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世界はまだ僕達の名前を知らない

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決意の章
04th
  情報共有





「……………………」

 目を開けた。

 先ず視界に飛び込んできたのは茶色い天井だ。木で出来た茶色い天井である。目醒めたばかりでまだぼぅっとしていた所為か、トイレ男は無意識にシミの数を数えていた。「…………」、顔に見えたので止めた。怖い。

 僅かな恐怖を覚えた事で意識が本格的に覚醒を始める。先ず思い出したのは気を失う直前の事。……。…………。……………………。阿呆なのか? そう思った。

「お、起きた?」

 声が聞こえたので顔を右に向けると、そこには右衛兵が居た。まぁあれだけ暴れたら監視役を付けられるのも仕方無いだろうなと思いつつ上半身を起こす。

 起こして、どう接したらいいか判らなくなった。

「……………………」

 トイレ男の中では、彼は記憶が無い上に喋れず更にトイレを抱えているという情報過多なトイレ男に優しく接してくれた良い人である。

 しかし今の右衛兵の中では、トイレ男は詰所の中で大暴れした犯罪者である。彼がそんなトイレ男にどう対応してくるか、今一よく判らなかった。

 いや、待てよ。若しかしたら彼も()()()いるかも知れない。トイレ男がしたのと同じ様に、前回前々回前々々回の記憶を取り戻している可能性も有る。そしたら話は早い……いや、だとしたら彼が動いていないのは可怪しい。だとしたら襲撃の事に就いて知っている筈であり、衛兵である彼がそれに対する備えをしていないのは可怪しい……いや、既にしているのかも知れない、トイレ男の知らない所で。或いは既に襲撃そのものが終わってしまっているという可能性も有る。「…………」、自分が寝ている間に終わったと思うと何だか悲しくなった。

「? 大丈夫?」

 考え込んでいると頭を心配されてしまった。兎も角、彼は前回前々回の事は憶えていないという前提で動く事にする。「…………」。コクコクと首を動かし、右手でエアペンを握り左手でエアペーパーをパラパラしてみる。

「……? 紙とペン?」

 幸い彼にジェスチャーは通じたらしい「…………」と頷き掛けると、彼は「ちょっと待ってて」と退室した。

「……………………」

 トイレ男はそれを見届けた後、一人頭を抱えた。

 阿呆過ぎる。勿論右衛兵が、ではない。自分がだ。ここが襲撃されるのだという事を意識した瞬間、それをどうにか防ぐ、それができなくとも被害を最小限にしようとした。それはいい。問題は具体的な策を考えない侭に暴れ回ってしまった事だ。自分は酷く落ち着きが無かった。紙とペンぐらい今の自分の様にジェスチャーすれば貰えたろうに、何だよカウンターに押し入るって。今考てみればあの時放り投げたあのネックレスはとても高価な物だったかも知れないのに。「…………」、壊れてないよな? 心配になった。

 そうこうしている内に右衛兵が戻ってくる。手にはちゃんと紙とペンが。トイレ男はちゃんとそれを受け取り、サラサラと文字を書いてゆく。

【僕は喋れません】

「……!? あ、あー、そういう事ね。あー、うん、何か色々と納得行ったよ」

 この情報は右衛兵に大きな衝撃を齎したが、それに続く納得感のお陰ですんなりと受け容れられた様だ。

「うーん、じゃぁ取り敢えず自己紹介をお願いできる?」

【名前はツァーヴァス。男。トイレが好き】

「…………うん、解ったよツァーヴァスくん。僕はアルトー。宜しくね」

 何だか最重要である最後の情報を見なかった事にされた様だが、差し出された手は握っておいた。「…………」、ばっちいとはと思わなかったのだろうか?

「何個か訊きたい事が有るんだけど、先ずはさっきの事に就いて訊いていいかな?」

 さっきの事、というとトイレ男が暴れ回った事だろう。

 トイレ男はどう答えたものか少し考えてから、

【ここって襲撃されたりしました?】

「? し、してないけど?」

 質問に質問で返され右衛兵が困惑している。その質問の内容も可怪しな物であったのだから当然だ。

 トイレ男は右衛兵の答えとその様子から、彼が記憶を取り戻している可能性は限り無く低いと感じた。そしてそれはそれとして何故自分が思い出したのかという疑念が生まれる。

 だが、それは後回し。先にこの事を警告しておく必要が有る。

【ここが襲撃される可能性が有ります】



      ◊◊◊



 情報源(ソース)は? とすぅっと細い目をした右衛兵に問われ、トイレ男はたじろいだ。何も考えてなかった。

 自分が時間を巻き戻った事を話そうとも思ったが、若し自分がそんな事を言われてもとても信じられないので止めた。そんな事を言ってしまえばトイレ男は右衛兵の中で変人、それこそ信じるに値しない妄言を言い触らす様な変人という事になってしまう。襲撃の脅威が現実の物として存在する今、それは避けたかった。

【路地裏でその様な話を聴きました】

 なので適当に丁稚上げた。まぁ、襲撃犯である白女と黒女の会話を聴いたのだから完全に間違いという訳でもない。

「……ふむ…………」

 右衛兵はトイレ男の答えを見て思案する素振りを見せた。

「人数は? 時間は?」

【最低二人、今夜。……因みに僕どのぐらい寝てました?】

「君が寝ていたのは、合計で大鍋一杯の水が三回沸かせるぐらいかな」

 結構寝ていた。前回前々回に襲撃が有った時刻は疾うに過ぎているだろう。「…………」。本当に襲撃は有るのだろうか? 今回はもう無いのではないだろうか? 少し不安になった。

「その話が本当だとしたら、」

 程無くして結論を出したらしい右衛兵が言う。

「もうそれ程時間に余裕は無い。という訳で僕はこの事を支部長に伝えに行こうと思う。ちょっと待っててくれ」

 右衛兵は再び退室した。

「…………」

 暇になったトイレ男は、襲撃に就いてより詳細に思い出してみる事にする。

 前々回、詰まり最初に襲撃が起こった回。その時は、先ず一回で大きな物音⸺戦闘の音がした。右衛兵が見に行くも戻らず、トイレ男が行くと伏せた衛兵達の中に白女が唯一人立っていて……という具合。

 前回は右衛兵が戻らなかった所までは一緒。違うのはトイレ男が一階の様子を見に行かなかった事だ。二階を彷徨(うろつ)いていたトイレ男は黒女に出会って……という具合。「…………」ら今にして思えば、この回で感じていた焦燥は襲撃に対しての物だったのだろうな、と改めて確信する。どうやら、記憶は時間が戻る度に完全にリセットされる訳ではなく、或る程度、それこそ無意識レベルで継承される様であった。

 現時点で、襲撃の目的は全く以て不明。襲撃側の戦力は最低二人。幾ら得体の知れない力を扱う白女と黒女と言えど多数の衛兵をたった二人で無力化できるとは思えない……思いたくないので、実際は三人以上居るだろう。「…………」、そう言えば、今回は路地裏で白女と黒女の他にやさぐれてそうなおっさんも居た。彼も襲撃のメンバーだろうか。いや待て、何かが可怪しい。路地裏で、白女と黒女&やさぐれ男は別れていた。共にここを襲撃するのなら、別に別れる必要は無い筈である。何故二人は別れた? ……そう言えば、前回会った黒女は足元が赤く染っていた。今ならばアレが何なのか断言できる。血だ。しかし、一階に居た衛兵に派手に出血している者は居なかった。一階に居たのが衛兵の全てという訳でも無いだろうが、一階の衛兵は血を出さずに無力化したのに他の衛兵は出血させるというのも可怪しな話だ。「…………」、アレが彼女達の目的に関わっているのだろうか。現時点では情報不足だ。

 考えている内にややこしくなってしまったので再び纏めると、

 ・目的:不明。
 ・人数:三人以上。
 ・黒女は足が赤く染まっていた。
 ・白女と黒女&やさぐれ男は別行動をしている。
 ・白女は感覚を封じるという得体の知れない力を使う。更に意識をぐっちゃぐちゃに掻き回す様な事もできる。
 ・黒女はこちらの動きを止めたり腕を伸ばしたりといった得体の知れない力を使う。

 こんな所だろうか。若しかしたらやさぐれ男も得体の知れない力を持っているかも知れないが、見た事ないので判らない。

 丁度そこまで考えた所で右衛兵が帰って来た。彼は別の衛兵⸺前衛兵を連れていた。 
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