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エターナルトラベラー

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エイプリルフール番外編 【カンピオーネ&ありふれ】その②

 
前書き
カンピオーネ編です。ただ書きたかったから書いた、そんな感じの作品です。一応時間軸的には前のカンピオーネ編の後くらいのIFと言うか正史通りに進んだ後の一月くらいと言う事になります。カンピオーネの主軸であるはずの最後の王の正体すら分からなった当時はぶん投げるしか出来ず、後からの修正も出来ないほど自分で改変していたので続きも書けないと言う状況でした。そもそもアテナを救済した時点でもう修正は不可能。なので、どこかの平行世界と言う事でお願いします。 

 
そんなこんなですでに暦は新年を迎えていた。

草薙護堂とは帰ってきてすぐ連絡を取ったくらいで、会えていない。

少し薄情じゃないだろうか。

そう言えば自分がカンピオーネであることを護堂は知っているのだろうか?

年明けに護堂は海外に行っているらしく、それこそ会えずじまいだった。



学校帰りの放課後、実家のすぐ近くにある商店街の入り口のアーケードで草薙堂を待つ。

護堂の家は昔古本屋をやっていて、彼は必ずこの商店街を通るからだ。

ようやく待ち人来ると思った矢先、彼の左右に金と銀の髪を靡かせた美少女二人が侍っていた。

「護堂…」

「お、明日香。久しぶり」

昨日会ったような気楽さで挨拶をする護堂。

「ええ。数か月ぶりかしら…それで、隣の女の子達は?」

「えっと…こいつらはだな…」

質問の答えに詰まる護堂。

「わたしは護堂の愛人よ」

と護堂の腕を組む金髪の女性。

つぃと険しい顔をして明日香に何て関係ないだろうという雰囲気を醸し出している銀髪の女性。

「護堂…しばらく見ない内にふしだらになったわね…」

「あなたは確か帰還者の…」

それは最近一般的に知られることになった単語で主に明日香達を指す言葉だった。

「へぇ、面白いわ。ねぇ護堂、わたしちょっと彼女に用があるの。今日はお暇しても良いかしら」

「は?明日香とか。それなら俺も一緒に…」

「護堂。これはあなたの愛人として果たさなければならない私の使命なのよ」

誰が愛人だという護堂の否定をだれも取り合わない。

「おい、エリカ」

唯一何をしようとしているんだと隣の銀髪の女性が止める。

「リリィも一緒にいらっしゃいな。きっと面白い事になるわよ」

「はぁ…お前のお目付けも私の役目か…草薙護堂、しばらく御前を失礼します」

まるで中世の騎士のようにリリィと呼ばれた少女も護堂を先に行かせた。

「ちょ、ちょっと」

明日香は護堂と話がしたかったのだが、エリカとリリアナに連れられて人気のないところに連れていかれた。


「で、何の用よ」

海を臨む公園だが、エリカが魔術で人払いしたのか辺りに気配は無い。

「改めて自己紹介を。わたしはエリカ・ブランデッリ。草薙護堂の愛人で第一の騎士よ」

「む、それには修正を加えたいが。私はリリアナ・クラニチャール。草薙護堂の侍従長をしている」

「愛人と侍従長…護堂…ただれた生活をしているわね…」

と明日香。

「あなたは徳永明日香よね。帰還者の」

とっくにこちらの事は調べていたらしい。

「帰還者。たしか異世界から戻って来た、と。少し特殊な術が使えるらしいと言う情報しかないが」

「そういう事よリリィ。前からわたし戦ってみようと思ってたのよ。異世界帰りがどの程度なのか」

とエリカ。

「ほどほどにしておけよ。相手は元一般人だぞ」

「一般人にしてもファンタジーに有るような冒険をしてきた者たちよ」

そう言ってエリカが明日香に向き直る。

「どうしても戦うと?」

「わたしはこれ以上護堂に女性を近づけたくないの。ここで腕の一本や二本折っておけば二度と彼に近づかないでしょうし、その方があなたも安全だわ」

分かりやすい動機だった。

それとちょっと特殊能力を得た程度で神や神殺しの戦いに参加できると勘違いさせないためのエリカの優しさでもあった。

「クオレ・ディ・レオーネ」

どこからか取り出したのかエリカは細剣を手にして構える。

「さ、あなたも準備しなさい」

エリカはミラノの魔術結社である赤銅黒十字の大騎士である。若干16歳でディアボロ・ロッソの称号も得ている天才だ。

彼女の自信は確かに才能と彼女自身の努力に裏打ちされたものだろう。

「あー…魔術師かぁ…なるほど」

明日香が脅威に思わないのも無理はない。魔術師ではカンピオーネには敵わないのは裏世界の常識なのだ。

明日香の情報を隠蔽していた正史編纂委員会の仕事もあって仕方のない事だがエリカは明日香の正体に気が付いていないのだ。

「んー…まぁ…そうだね。オルタ」

「はーい」

明日香の影から白髪と浅黒い肌をした明日香そっくりの何かが現れた。

「ダブル…ね。それがあなたの能力かしらね?」

「いや、シュネー雪原で捕まえたただの使い魔」

訂正した明日香の言葉を聞いていただろうか。

「あの騎士をやっちゃえばいいんですかぁ?」

と時間凍結庫からミートハンマー・ミョルニルを出して構えるオルタ。

「それじゃ危ないでしょ。こっちにしなさい」

「ああ、わたしのミョルニル…」

明日香が手渡したのはホイッパー・ブリューナクだった。

「馬鹿にして…」

そして二人の戦いが始まった。

「はっ!」

エリカの太刀筋はどれも洗練されていて美しい。

空を飛ぶ事こそ出来ないが、魔術で脚力を上げてまるで羽根のように軽々と飛び跳ねる。

彼女の魔術は金属や炎との相性が良いようで、それらを駆使してオルタを攻めるが、一向に攻め崩せない。

「なんなのよ、調理器具のくせにっ!」

距離を開ければブリューナクから電撃が飛び、近づけば打ち合ったブリューナクに力負けをして飛ばされる。

バリバリとオルタの体が帯電したかと思うとその姿が消えた。

「エリカッ!」

「くっ」

突如背後に現れたオルタが振りかぶったブリューナクを薙刀を手にしたリリアナが止めていた。

「助かったわ、リリィ」

ギリギリとつばぜり合い。

「く…力負けする…」

「はっ!」

エリカがオルタを斬りつけ、それをかわすように距離を取るオルタ。

「二対一ね…」

「相手は化け物だぞ」

「ええ、でもわたしとリリィなら」

「今回だけだ」

今度は二人掛かりで攻めてくる。

彼女たちの連携は神獣程度なら良い戦いが出来そうではある。

だが…

「くっ…」

「重い…」

彼女達が持つクオレ・ディ・レオーネとイル・マエストロが魔術で強化されているはずの力でさえ持ち上げるのがやっとなほどに重さを増していた。

「雷撃だけでも面倒だと言うのに…」

リリアナが悔しそうに唸る。

「その武器、見た目に反してなかなかの能力を持っているのね」

ホイッパーと打ち合うたびに重くなっていった自分の武器にオルタの武器のでたらめさに驚愕していた。

「でも、あの武器さえどうにか出来れば」

「ああ、道は私が開く」

打開策を、とエリカとリリアナが覚悟を決めているが…

「もしかして、これがすごいと思われてます?心外だなぁ…」

とオルタ。

確かにオルタの攻撃は防御も雷撃もあのホイッパーで行っていた。

「絶禍」

ホイッパーを引いて突き出された左手の先に直径60センチほどの黒球が現れ空気を、落ちていた落ち葉を吸い込み始めた。

「くっ…うそ…短文詠唱でっ」「重力球…だと」

重くなっているのが幸いして突き刺したクオレ・ディ・レオーネとイル・マエストロにしがみつき吸引に耐えているエリカとリリアナ。

あの黒い球に吸い込まれてしまえばどうなってしまうかも分からない。

どこかワームホール的に出口につながっているのかもしれないし、圧縮されるてミンチになってしまうのかもしれない。

どちらにしても良い事は無いだろう。

「オルタ」

「はーい、お姉さま」

明日香の声で黒球を消し明日香の元へと戻るオルタ。

「っはぁ…はぁ…」「ぅっ…すぅ…はぁ」

玉の汗を浮かべ息を整えているエリカとリリアナ。

「そんなんじゃいつ死んでしまうか分からないわよ。イタリアの大騎士さん」

明日香は彼女達をイタリアの大騎士と呼んだ。それは彼女が裏の事を熟知していると言う事。

「っ…」

明日香はこの恋敵たちが逆に心配になっていた。

カンピオーネに侍ると言うのは生半可な事では不可能だ。

だが自分がいくら言って聞かせても彼女たちは聞き入れないだろうと言う直感がある。

それほどまでに彼女達は護堂の事を思っているのだ。

彼女たちは強い。

年齢が若い事を除けばこの世界では十分にトップレベルだ。

だがそれは逆に彼女たちがこれ以上強くなれる余地がこの世界には無い。

「今の魔法は…何なのかしら」

とエリカ。

「七つある神代魔法の一つ。重力魔法」

「神代…」

「神代と言ってもこの世界じゃないのだけれど」

「そうね。あなたは帰還者だったわね」

だけど、とエリカ。

「神代魔法なんて報告書には書いてなかったが」

そうリリアナが苦い顔をして明日香に問いかけた。

「報告書に全て書かれてる訳ないでしょう」

「それもそうね。だからこうしてわたしはあなたと戦ってみた訳だし。その甲斐は有ったのでしょうけど…ここまでとは」

悔しそうにエリカの表情も歪んだ。

「七つ、と言ったかしら?他には何があるのかしら」

彼女達は明日香が話すなと言えば口を閉ざすだろう。

それくらいの義理は通すのがエリカだ。

「生成魔法、重力魔法、空間魔法、再生魔法、魂魄魔法、昇華魔法、変成魔法の七つよ」

重力魔法ですらエリカの既知の魔術を越えていた。

「帰還者たちは全員が使えるのかしら」

そうだったら恐ろしい事になるとエリカは問わずにはいられなかった。

「試練を突破した者たちだけよ。それも10にも届かない。全部集めたのは三人だけ」

「あなたは…いいえ、愚問ね。おそらくあなたは集めきっている。そんな感じがするわ」

彼女のダブルにすら敵わなかったエリカは悔しそうに納得する。

「わたし達もその試練は受けられるのかしら」

「エリカ?」

「それは異世界に行って死にそうになりながら大迷宮をさまよってでも手に入れたいって事?」

「ええ」

「本当に死んでしまうかもしれないんだよ」

「でも、乗り越えた先にはご褒美が有るのでしょう」

エリカが妖艶に笑う。それはとても似合っていて美しかった。

「神代魔法がご褒美って…」

まぁ、たしかにそれほどに強力ではあるが…

だが、それほどの力が無ければこの先護堂には付いていけないだろう。

そしてその覚悟の強さを感じ、明日香は折れた。

負けた、と思ってしまったのかもしれない。

「出来るだけの準備をして、じゃないとすぐに死ぬわよ。それと学校と…護堂への説明はちゃんとしなさいよね」

「ええ」

「エリカ、本当に行くのか?」

とリリアナが止める。

「リリィは今のままで良いと思っているの?いくら大騎士とは言っても護堂に守ってもらってばかりのお姫様でいるつもり?」

「それは…」

「だからわたしは行ってくるわ。それでもし死んでしまうのだったら、そこまでだったって事。この先護堂に付いていっても遠からず死んでしまっていたでしょうね。だから、わたしが戻ってくるまで護堂の事をお願いね」

「断る」

「リリィ?」

「エリカにこれ以上差をつけられては面白くない。とうぜん私も付いていくぞ」

「あなたならそう言うわよね」

エリカは満面の笑みを浮かべた。


もろもろの準備と休学届を出してエリカとリリアナはトータスへと旅立つ。

護堂の仲間には他に万理谷裕理と清秋院恵那が居るが、万理谷は荒事には向かず、清秋院は不純物が入ると神がかりに影響するだろうとエリカは連絡を取っていない。

護堂には内緒でエリカとリリアナは異世界の門をくぐった。

トータスの案内は調理用温度計を渡されたオルタだった。

「それじゃ、リリィ」

「ああ、死ぬなよエリカ」

「それはお互い様よ」

事前に神代魔法の宿ったアーティファクトで彼女たちの適正を見るとエリカは生成魔法、リリアナは変成魔法に強い適性を示した。

一つ一つ二人で攻略すればいいのだが時間が無いとそれぞれで攻略する事にしたらしい。

死なれてはたまらないと明日香お手製の水笛に時間凍結庫の機能を付け、更に記憶から読み取った飲料を再現する機能を付けて改良したアーティファクトを渡してある。

「本当に大丈夫?」

「まぁ死んだらそれまでって事ね」


そう言ってエリカとリリアナはオルクス大迷宮で別れ、リリアナはオルタにシュネー雪原まで送り届けてもらう。

流石に二人とも魔術結社の大騎士と魔女である。

どうにかそれぞれ大迷宮を踏破して戻って来た。

「生成魔法、凄いわねこれは」

元々鉄を操る魔術に適性を持っていたエリカは鬼に金棒を持たせたようなものだろう。

「リリィは?」

「色々応用が効きそうではあるな」

リリアナも変成魔法を応用し魔女の神髄に至るだろう。

「もう帰る?」

とオルタ。

「いいえ、まだ帰らないわ」

「そうだな、もう一つ二つは欲しいところだ」

「そうなるかぁ…まぁ時間もないしさっさと行こうか」

次はハルツィナ樹海の大樹の攻略だ。

本来なら四つ以上の迷宮をクリアして再生魔法を覚えていないと挑めないのだが、開ける人物にくっついて中に入る事は可能だ。

この時ばかりは日本から明日香本人に来てもらい、エリカとリリアナの二人で大樹の攻略に向かう。

明日香は扉を開いた後は絶対に中に入らない。

記憶から消した黒い何かがあったような気がするからだ。

普段から感情を律している二人はどうにか大樹を踏破して昇華魔法を手に入れる。

二人とも攻略できたようだが精神的にクる物があったようで数日まともに動けなかった。

「これは…酷いわね…」

「ああ…この魔法は魔術の根幹を揺るがす魔法だ…」

最低でも一段階魔法魔術の威力が上がるのだ。それはとてつもなく強力だった。

「敵わない訳ね…」

何やら納得顔のエリカだが、あの時オルタは別に昇華魔法は使ってなかったのだが言わないでおこうと思った。

神山にある魂魄魔法の習得条件は二つ以上の神代魔法を習得し神に靡かない強い精神を持っている事だ。

条件が比較的に簡易であるため、カンピオーネにくっついて行こうと言う気概の有る二人なら条件の達成は容易だった。

リリアナは重力魔法の適正もあるようだが、ライセン大迷宮は魔法魔術の発動を阻害するので攻略をあきらめざるを得ず、空間魔法には二人とも適性が無い為スルー。

適性が無かろうがどうしても手に入れたかった魔法がある。

再生魔法だ。

これの有る無しで味方の生存率が跳ね上がる。

迷宮は海の底に有るので、呼吸、水圧と問題は山積みだったが、そこは魔女と大騎士。難問をクリアして大迷宮を踏破して来た。

試練そのものは難しくない。そこまでたどり着けるかの方が難しいのだ。

そうやってそれぞれ四つの神代魔法を手に入れたエリカ達が日本に帰る頃にはバレンタインが近づいていた。



どうしてこうなった。と空を見上げれば、中天を指した太陽からじりじりと明日香の肌を焼いていた。

ほんの少し前まで明日香はイタリアのフィレンツェに居たはずだ。

それはエリカからの誘いで神代魔法のお礼に明日香に塩を送るつもりで護堂がイタリアのカンピオーネであるサルバトーレ・ドニに誘われて神獣狩りでもと言う話に明日香も同行したのだ。

明日香の同行に驚いた護堂だったが、明日香が帰還者であり、自分たち程度には戦えるとエリカが言ったため護堂は渋々と明日香の帯同を認めたのだ。

だが、カンピオーネのいる所に騒動あり。

出てくる神獣は古代の二足歩行の恐竜で、それらがまさか過去から現れていたとは思いもよらず。

同じくカンピオーネであるアイーシャ夫人が作るゲートには時空間を移動してしまう物がある。

普段は月に一度しか開かれないそのゲートの痕跡を意図的にドニが暴走させたためにたまたま居合わせたエリカ、恵那、護堂と共に明日香も時の旅人となったのだった。

現れたのは5世紀ごろのガリア。

文明レベルはけして高いとは言えず、剣と弓、あとは魔術が最強の武器であった時代だ。

明日香は今河の流れに身を任せていた。

どうしてそんな事になっているのかと言えば、三日前にさかのぼる。

このガリアに来て護堂たちとは離れ離れになっていて右も左も分からない状況で、人の住む街を見つけたので話を聞いてみるとここが古代のガリアと呼ばれる地域だと推測できた。

そしてその住民が言うには最近大きな蛇が上流に住み着き河を堰き止めていると言う。

確かに川は干上がり、人々が生活するのも難しくなってきていた。

そこにお構いなしに現れたデイノニクスのような神獣を襲われている住人が不憫だと助けたのが事の始まり。

あれよあれよと勇者に祭り上げられ上流の蛇を倒して来てくれと懇願された。

対価は確かに彼らの精一杯が用意されていたので断りづらく、どうせこのデイノニクスはほっとけないので上流へと行ってみれば、居たのはデイノニクスなどではなく巨大な蛇だった。

蛇がその巨体でとぐろを巻いて川を堰き止めていたのだ。

「まつろわぬ…神…」

「なんじゃ、お主神殺しか」

巨大な頭をこちらに向けるとその蛇は人語を解し話しかけてきた。

本当に運が悪かった。

まつろわぬ神と神殺しが相対せばそこには戦いがあるのみだ。

相手は障害を意味する、不死の属性を持つ巨大な蛇。

そう、また不死属性持ちなのだ。

カルナ、ラーヴァナ、ガルダに続き、またしても相手は不死属性を持っている。

相手は木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかず、昼も夜も自分を殺すことができないないと明日香をあざ笑った。

なので明日香は唯一武器ではないと思われるホイッパー・ブリューナクを手にその巨蛇…ヴリトラと三日三晩戦い、そして三日目の昼でも夜でもない明け方、ついに口の中に突き立てたホイッパー・ブリューナクから放たれた木、岩、乾いた物、湿った物のいずれでもない振動破砕効果を付随した泡でヴリトラの頭を粉砕し倒す事が出来たのだが、同時に堰き止めていた水が濁流になって流れ出したのだ。

「空が青い…」

激流でも死なないのが流石カンピオーネの頑丈さだろう。

川の流れが落ち着いて、ようやく明日香は漁船に引き上げられた。

その後温泉に入れられ、濡れた服から現地の服へと着替えさせてもらえた。

引き上げてくれた人が親切だったのだと思ったら、どうやら権力者への貢物として贈られるようだ。

不埒な事をされたら暴れてやろうと思っていたのだが…

「え?護堂」

「明日香か、よかった」

はぐれてから心配していたと護堂。

どうやら権力者とは護堂の事だったようで、エリカと恵那も一緒にいるようだ。

「良く生きてたね」

とはあまり面識がない清秋院恵那だ。

「彼女、帰還者なのよ」

「なるほど、それで」

恵那も由緒正しい姫巫女である。当然魔術関連の事件の仔細は聞いていた。

護堂たちはたどり着いたここで時の権力者と勘違いされているらしい。

「そっちはどうだったんだ?何か大変な事とかなかったか」

それは護堂にしてみれば明日香が無事に合流したので、単に世間話程度の質問だった。

「そうね…なんか巨大な蛇ととんち比べをして狩って来たわ」

「しゃべる蛇でも居たのか?いったいどんなとんちだったんだよ」

「そうね…木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかず、昼も夜も自分を殺すことができないないと言ったから、太陽が昇るのと同時に泡を使って倒してきたわ」

「泡って…まぁ石鹸も使いようか」

小さいしゃべる蛇だったんだなと呆れる護堂とは対照的にエリカと恵那の表情は硬い。

ふたりでこそと耳打ちしている。

「ね、ねぇ…気のせいかしら?何か聞いた事の有る故事なのだけど」

「恵那も聞いたことがあるよ。インドラがヴリトラを倒した逸話まんまじゃないかな?」

「そ、そうよね?それで、ヴリトラって神かしら…それとも神獣かしら」

「神様じゃないかな?悪神も神様でしょう」

「数日前までライン川の水位が下がってるって言ってたわよね…それが急に回復した」

「ヴリトラって川を堰き止めてたんだっけ」

「「………………」」

「ど、どうする。聞いてみる?」

と恵那が言う。

明日香がカンピオーネなのか否か。

「………やめておきましょう。今わたし達の関係を崩すわけには行かないわ」

明日香がカンピオーネと認めてしまうと気軽な関係を維持できなくなる。

「わ、わかったよ…で、でもエリカさんはどう思う?」

「それを聞く?」

「ま、まぁ…」

「………………彼女、護堂に通じるものがあると思うわ」

「……やっぱり」

次の日、馬と馬具を手に入れた護堂たちはこの世界に来ているはずのサルバトーレ・ドニを探すべく移動。

この辺りにしては大きな街、アウグスタ・ラウリカ市が見えてくる。

その城壁を今まさに明日香達が現代で見かけた神獣デイノニクスが襲い掛かっていた。

どうやら護堂が勘違いされていたのはウルディンと呼ばれるカンピオーネで、それが今ラウリカ市を襲っているようだ。

助けるべきかと逡巡していると護堂が聖句を唱え始めた。

「我がもとに来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、輝ける駿馬を遣わしたまえ」

西に沈みかけている太陽から放たれる熱線がウルディンを襲う。

西の太陽が揺らいだ瞬間、ウルディンは異変に気が付き、聖句を唱えた。

「ルドラの矢よ、俺に日輪の輝きをよこせ」

東に上る第二の太陽から閃光が走り二つの太陽からの攻撃は対消滅。

その後護堂はウルディンと要点のかみ合わない会話をしてウルディンは意気揚々と去っていった。

一応都市の蹂躙は阻止した感じだ。

「あれが護堂の権能…」

太陽そのものを攻撃に変える力だ。

「そう。ウルスラグナ、白馬の化身の力よ」

ウルスラグナ。それが草薙護堂が倒したまつろわぬ神の名前だ。

ゾロアスター教の勝利の神で10の化身で人々を助ける英雄神である。

ラウリカ市の中に入ると、デイノニクスとの戦闘で傷ついた兵士を癒すまるで聖女のような褐色の女性。

魔術では治せないそれをいとも容易く治してしまったそれは権能の発露だろう。

「アイーシャ夫人」

一見ほんわかしていて無害そうではある。心根も優しく困った人を見捨てられないようだ。

しかし、それだけの人間が神殺しになんてなりはしない。

きっとずっと迷惑な人間のはずだ。

実際この時代に飛ばされたのも彼女の権能な訳で…

エリカが懸命に被害の少ない方法を提示しても最後はとんでもない方向に落ち着く。

カンピオーネとはそう言う星の元に生れ落ちているものだ。

護堂はなぜかウルディンに気に入られたらしく、彼の砦に招待された。

全員で向かう訳にも行かず、明日香はラウリカ市でアイーシャ夫人の見張りをしていたのだが…

「見失った…導越の羅針盤でも捉えられないって…いったいどういう事よ…」

何か特別な力が働いているようだ。

だが探すまでもなく事件有るところにカンピオーネあり。

ウルディンが襲撃してきてアイーシャさんを連れ去ろうとしたらしい。

しかし交渉は決裂。ならば力ずくだとウルディンは権能を使うが、やはりアイーシャ夫人も神殺しである。

直接戦う力は少ないが、やられもしない。

「これだから神様関係って嫌なのよね…」

自分もカンピオーネであることを棚に上げて戦況を見つめている。

下手に横やりを入れれば問題解決よりもきっと被害が大きくなると分かっているからだ。

しばらくするとウルディンの方が引いていった。

「アイーシャ夫人のあの攻撃がすり抜けるのはなぜだろ」

なぜかウルディンの攻撃はどれもアイーシャ夫人を捉えられなかった。

とは言え、明日香の直感では本気でアイーシャ夫人を攻撃すれば割と何とかなる気がしている。

夜、再びアイーシャ夫人を連れ去りに現れたウルディン。

しかしそれをウルディンの要塞から帰って来た護堂が迎え撃つことに。

どうやらウルディンの奥さんたち…そう奥さんたちだ。彼女たちにお願いされておいたをしているウルディンに灸を据えてほしいらしい。

ウルディンが彼の権能であるルドラの矢をつがえて放つ。

その攻撃は雷を伴い、権能にふさわしい威力を発揮する。

しかしそのルドラの矢は二発目からは効果を発揮しなかった。

「なに…あれ…」

護堂の周りを無数の光球が浮かんでいた。それはまるでプラネタリウムのように輝いている。

その輝きがルドラの矢を削っているのだ。

護堂のウルスラグナ第十の化身、戦士だ。

彼が操るのは神を斬り裂く言霊の剣。それは神の来歴をつまびらかにする事で神の権能を無力化する。

「うわぁ…わたしの天敵じゃないかな…」

明日香の絶対防御を斬れる唯一の剣であろう。

ウルディンが使役する恐竜たちの相手はエリカと恵那がするらしい。

エリカなら遅れを取らないだろうから援護はしない。

実際押し負けたりはしていなかった。

再生魔法を取れた事は大きく、魔力が続く限り多少のケガは問題なく瞬時に治療出来ていた。

大けがを負った恵那もケガはもう見当たらない。

「ありがとう…けれどどうやったの?」

エリカに感謝をしつつ訝しむ恵那。流石に瞬時にこれほどの治癒が出来る腕前はエリカには無かったはずだ。

「異世界の魔法よ」

「はぁ!?」

異世界と恵那は驚いているようだ。

「うらやましいけど、恵那には無理かなぁ。濁っちゃう」

神降ろしする事で神の力の一端を借り受けられる特異体質の恵那は、普段は清廉な所で身の汚れを祓っているらしい。

人里は本来穢れが多すぎるらしいが、護堂の為にしばしば山を下りてきているのだと言う。

その後護堂は白馬の化身で太陽を呼び、猪の化身で巨大な20メートルもあるイノシシを呼び出した。

さらには山羊の化身で雷まで操る始末。

「ちょっと多才すぎないかしら護堂…」

それでも劣勢に陥った護堂は奥の手と空中に巨大な重力球まで作り出したのだ。

それでようやく痛み分け。

ウルディンとの戦いは引き分けに終わった。

「周りの被害を考えないあたり、さすがカンピオーネ…」

何度も言うが自分の事は棚上げである。

数日、英気を養っているとどこかの街が明日香達のように現代からきたカンピオーネであるサルバトーレ・ドニが率いる軍団に占拠されたと言う話が聞こえた。

どうやらドニはこの古代ガリアをゲーム感覚で遊んでいるようだ。

これに義侠心を発揮するのが護堂。

一応ドニを探しに行く前にウルディンの所へとエリカと共にこの街を襲うなと念を押しに行ったようだ。

しかし、アイーシャ夫人の監視と言う留守番をしていた明日香と恵那はやはりと言うか何と言うかアイーシャ夫人を見失ってしまう。

それから数々の不運に見舞われる。

街を出たらしいと言う話を聞いて追いかけるために船を用意しようとすると何故か様々な要因でどれも不可能になってしまう。

どうやらアイーシャ夫人を探そうとするとそれを邪魔をする不運に見舞われえしまうようだ。

ならば徒歩でもと街を出た明日香と恵那の前に突如天変地異が襲い掛かる。

それは天を裂き火線を伴い落下してくる稲妻。

「我が倒すべき龍を屠ったのは貴様か」

それは三面六臂の偉丈夫で、手には様々な武器を持ち、足元には炎を巻き上げて浮遊する何かに乗っている。

「やばいっ…まつろわぬ…神…どうしてこんな所に」

そのプレッシャーに恵那が震えあがる。

アイーシャ夫人を追いかけようとする明日香を止めようとする力が呼び寄せたようだ。

「哪吒太子…」

「ほう、我を知るか」

恵那の呟きに広い目と耳を持つ哪吒が可可と笑った。

「御身はなぜこのような所においでになったのか」

と恵那が問いかけた。

「知らぬとは言わせぬ。我は龍殺しの神ぞ。その獲物を横からかっ攫われては面白くもない。だろう神殺し」

そう言った哪吒の視線はもう明日香して見えていなかった。

「龍を…やはりヴリトラを倒していたのね…」

哪吒の獲物になるほどの龍の神格なら当然ヴリトラであっただろうと恵那。

「清秋院さん、ちょっと離れてくれるかな。戦いにくいから」

「くっ…」

恵那の表情が悔しそうに歪む。

しかし、護堂からの加護もなく神の正面に立つ愚は犯せなかった。

明日香はいつの間にか牛刀を右手に持ち、全身を黄金の炎が包んでいる。

「やはりカンピオーネ」

それもおそらくヴリトラが初めてではない。すでに何柱か倒していると恵那は感じた。

それでも持ち前の気概を発揮し天叢雲の剣を構える。

「そちらのおなごはこいつらでも相手にしておれ」

そう言った哪吒の言葉で現れたのは哪吒に調伏された魑魅魍魎の数々。

哪吒太子はまつろわす神なのだ。

「くっ…」

ジリと恵那から汗が落ちる。

「オルタ」

「はいはーい」

「誰?」

「お姉さまの使い魔ですぅ」

その姿は白髪に浅黒い肌をした明日香そのもの。

その彼女は今回はとミートハンマー・ミョルニルを構えていた。

「清秋院さんを守ってくれる?」

「お任せください」

魑魅魍魎を切り刻みながら横目で見たそれからの戦いは、護堂とまつろわぬ神との戦いを幾度と見てきた恵那にしてもやはりでたらめとしか表せない戦いだった。

明日香がバリバリと雷光を纏って消える。

神速の速度で動いたからだ。

しかしその程度を捌けなければ龍殺しの異名を得ないだろう。

「おもしろい」

緩慢な動きに見えながら、しっかりと捉えた哪吒の乾坤圏で弾かれて地面に激突して土埃を上げている。

戦神であれば武術の腕前は人類の極致を軽々と超える技量を持っているのが当たり前だ。

「いたたっ」

しかし土埃から立ち上がった明日香は無傷だった。

「そうでなくては面白くない」

と哪吒は喜悦をもらす。

「って、うわっ!?」

「ほう」

明日香を追って振り下ろされた火尖槍をクロスした腕で受け止める。

「ダメージが入り辛いな。我が前身たる天竺の神々のようだ」

天竺とはインドの事を指し、前身とは仏教に習合される前のインド神話の神の事だ。

哪吒太子も元をたどればナラクーバラと言う神となる。

「ふんっ」

気合一発。哪吒が剛力を発動して明日香を押しつぶす。

明日香の足元はひび割れ、このまま押し込まれればハマって身動きが取れなくなってしまう。

「おも…たい…」

バリバリと牛刀から電撃が走った。

至近距離で大量の呪力を込めた雷撃に哪吒は一度下がる。

六本の腕に六個の武器。

人間なら使いこなせるはずのないそれを流石は神さま、とてつもない技量を発揮し、明日香は攻めあぐねている。

「いつまで防御しているつもりだ」

「いつまででもっ!!」

幾度もの攻防。

ヴァジュラによる空間切断を使おうにも哪吒は第六感が働くのか切断空間を的確に避ける。

流石はまつろわぬ神と言う事か。

明日香の権能は基本的に守りの権能である。

「ならば我慢比べと行こうかの」

混天綾(こんてんりょう)で明日香を縛り付け、火尖槍(かせんそう)、乾坤圏(けんこんけん)、砍妖刀(かんようとう)、降妖杵(こうようしょ)、綉毬(しゅうきゅう)を振るう。

明日香はこの時を待っていた。

「わが身は全ての武器を通さず」

聖句を口にすると明日香の覆う黄金の炎が激しさを増す。

そしてこの防御は最大の攻撃への布石だった。

「インスタント・カーマ」

「なんとっ!?」

振り下ろしたはずの哪吒の腕が逆に斬り飛ばされている。

・邪龍の因果応報(インスタント・カーマ)

明日香がまつろわぬヴリトラを倒して手に入れた第三の権能。

発動中は木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかず、昼も夜も明日香を殺すことができないない。さらに自身が受けた攻撃ダメージをストックして相手に叩き返すカウンター技だ。

ただでさえ固い明日香がさらに固くなった上に防御が反射に転化したのだった。

「さて、ここからは反撃の時間だよ」

「まだまだこれからよっ」

そう言った哪吒太子は斬り飛ばされた腕とは別に二本の腕が生えてきた。

その手には陰陽剣が握られ、無事だった残りの一本の腕には九竜神火罩(きゅうりゅうしんかとう)を持っていた。

哪吒太子は三面八臂の神だったのだ。

「これだから神様は嫌いなのよっ!ピンチでパワーアップはヒーローだけの特権でしょっ!」



……

………

「面白い戦いであった。願わくばまたいつの日か相まみえようぞ。その時まで武芸を磨いておくがよい」

そう言って哪吒は塵となって消えていく。

「いつも思うけど。二度とごめんだわ」

哪吒が倒されたからか魔物の群れも消失した。

哪吒の権能が明日香に移ったからなのか地に落ちた宝貝(パオペエ)は塵にならず明日香に帰属したようだ。

哪吒太子が倒されたことで消えた魑魅魍魎。体力の限界を感じていた恵那はようやくと地面に倒れ込む。

オルタはいつの間にか明日香の影に戻っているようだ。

「はぁ…はぁ…」

「大丈夫?」

時間凍結庫からペットボトルを出し恵那に渡す。

「なんとかね。それより…」

と居住まいを正す恵那。

「魔王様におかれましては…」

「あー、いいのいいの。今までのままで大丈夫」

明日香が速攻で恵那の態度を訂正させる。

「そ、そう?よかったー恵那もちょっとどうしようかって思ってたから」

「適応はやいねっ!」

「それよりやっぱり王様だったんだね」

「普通気が付くかぁ」

「ヴリトラを倒したって言ったも同然だったし」

明日香の発言は聞く人が聞けば分かるどの情報だった。

「だよね。護堂は…」

「多分気が付いてないと思うよ」

「そっか…そう言う所鈍いものね」

さてと、明日香は周囲の宝具を拾い集めると彼女の体へと消えていく。

「わっ」

驚く恵那。

どうやら意思一つで顕現できるようで、さすがは神様の武器と言う事なのだろう。

「また何か不慮の事故が起こらないとも限らないから」

そう言った明日香は哪吒の置き土産である風火輪を取り出すとその上に乗る。

「すごい、風火輪かぁ。いいなぁ」

「力場は調節できるみたいだから清秋院さんも乗れると思う」

「それじゃあ、おじゃまします」

それから二人で自転車の二人乗りのような体制で風火輪で空を駆ける。

速度は時速60キロ程度。本気を出せば雷鳴と同等の速度も出るのだろうが、普通の人間は耐えられない。

「すごいね。空を飛んでる」

眼下の景色を面白そうに眺めている恵那。

「どこにいるかは分かってるんだよね」

「王様が持っている天叢雲とはどこに居ても念話出来るからね」

「間に誰かが入る伝言ゲームみたいな感じか」

そろそろと思った時、雷雲が轟き始めた。

「ちょっとっまたなのっ!?」

ライン川上空を風雨が吹き荒れ穏やかなはずのライン川が荒れていた。

「あそこにエリカさんがいる」

恵那が常人離れした視力で岸にしがみついているエリカを発見したので風火輪で急ぎ駆けつけ岸へと引き上げる。

「もう隠す事もしないのね」

とはエリカ。

「いろいろあったのよ…いろいろ」

いつの間にか嵐は過ぎ去っていた。

何があったのよとエリカが恵那に視線を送った。

「突然不幸が訪れるように哪吒太子が襲ってきてさぁ」

あれには参ったわ、と恵那。

「それはまた大物ね…それじゃそれは風火輪って事?」

呆れたようにエリカが視線を送った。

「あはは……それより護堂は?」

と明日香。

「船が転覆してアイーシャ夫人も一緒に行方不明」

だが心配はしていないようだ。

「お二方ともカンピオーネだもの。この程度で死ぬはずはないわ」

と言う信頼があるらしい。


エリカを連れてコロニア・アグリッピナの街へ着くと、ほんの少し聞き込みをしただけで護堂の居場所を見つけることが出来た。

「護堂…あなたって人は…」

「いつでもどこでもすぐにハレムを作っちゃうんだから困った人ね」

「さすがは王様だよ…」

呆れた声を上げるのはここまで心配しながらやって来た明日香、エリカ、恵那の三人。

「誤解だっ!」

しかし当の護堂は否定の声を上げるが、その否定のどこを信じればいいのだろう。

大きな屋敷に居を構え美女の使用人を何十人と侍らせていた。

話をまとめると、あの嵐はアイーシャ夫人の幸運を呼ぶ権能が関係していたようで今は解除しているとの事。

「カンピオーネを足止めしようとするなら相応の規模になってしまうらしい」

と護堂。

今護堂が間借りしている部屋には護堂、エリカ、恵那、明日香と居て、アシーシャ夫人はなぜか呼べばすぐに部屋へと現れた。

どうやら同じ屋敷に間借りしているらしい。

ふしだらと三人の責める視線が護堂を貫くが、冷汗を流しながら護堂はスルー。

「もしかして哪吒太子に襲われたのってアイーシャさんが原因だったんじゃ…」

話を戻すと、この街にはサルバトーレ・ドニも滞在しているらしい。

ならばとっちめてさっさと現代へ帰ろう、とは行かず。

現代への通路は月に一度、特定の条件下の夜にしか現れないらしい。

それと、サルバトーレ・ドニが好き勝手やった結果、フランク族と女神が抗争状態になっていて、人の営みに介入してくる神を放っておいて現代に帰還する事も護堂の教義的にはアウトらしい。

一度は女神アルティオを退けたらしいのだが、次回は息子を連れてきて再戦をすると勝手に告げて逃走したようだ。

「輝く剣を持ちし勇者、四人の悪魔を撃ち滅ぼさん、とか何とかと言う噂を聞いたよ」

と恵那が言う。

「勇者が女神アルティオが言っている息子だとしたら、四人の悪魔はカンピオーネかしらね」

エリカがまとめた。

「ああ、俺、ドニのバカ、あとはアイーシャさんとウルディンだな」

数はあっている、と護堂。

恵那とエリカの視線が明日香に向いた。

はぁとエリカがため息を吐く。

「護堂、明日香が言っていた泡で倒した蛇の話を覚えていて?」

「ああ。面白いよな、石鹸で蛇を倒したなんて」

「そうじゃないよ、王様。神話には同じ逸話があるんだ。明け方インドラに泡で倒された巨大な蛇。その名をヴリトラ」

「なんかゲームとかでよく聞く名前だな」

「そりゃそうよ。ゲームとかそう言うのって神話の神様の名前を持ってくるものだし」

「へぇ、そうなんだ」

「護堂、鈍いのもほどほどにしなさいね」

エリカが呆れている。

「あ、なるほど。先ほどの哪吒太子と言うのも封神演義や西遊記では孫悟空のライバルとして描かれる神様ですよね」

無邪気な声色でアイーシャ夫人がなるほどと呟く。

「その哪吒太子も明日香さんは倒してたんだよねぇ」

「へぇ、すごいんだな。帰還者って」

「もうっ!本当に鈍いわっ!明日香も神殺しなのよっ!」

溜まらずとエリカがネタバラし。

「え、マジで?」

ようやく状況を理解して護堂が素っ頓狂な声を上げる。

「しかも先輩ね」

「ええっ!?」

「ま、まぁそう言う事だから…」

明日香もバツが悪かった。

本当はアテナ事変の時に問い詰めるはずだったのだが、運悪くトータスへと召喚されそのままタイミングを逃していたのだ。

今後の方針を決めると、しかし相手の出方を伺う他なく。

しかし事態は急変する。

太陽が昇っているにもかかわらず、あたり一面暗闇が広がった。

「明日香ッ」

この事態に明日香の一番近くに居たのはエリカで、他のメンバーはそれぞれ時間をつぶしていたのだが、湧き上がる呪力を感知して現場に向かうだろうと明日香は風火輪を出してエリカを乗せると暗闇の中を走る。

途中、馬に乗った護堂と恵那、アイーシャ夫人と明日香には初対面のドニと合流。

「へぇ、カンピオーネがこんな所にも。後で戦ってみたいなぁ」

「さすがドニ卿、誰かさんと違ってご慧眼ね」

「う、悪かったよ」

「わたしの上からいちゃついた会話を投げないでもらえますか?」

「ごめんなさい。でも護堂があまりもあんまりだったから、つい」

「はぁ…」

「しかしすごいな。それゲームで見たことがあるぞ」

と護堂が風火輪を見て言った。

「哪吒太子の宝貝(パオペエ)ね。風火輪(ふうかりん)、火尖槍(かせんそう)、乾坤圏(けんこんけん)、砍妖刀(かんようとう)、降妖杵(こうようしょ)、混天綾(こんてんりょう)、綉毬(しゅうきゅう)なんかが有名だけど…」

護堂がカンピオーネに成って以降、戦士の化身の為に努力をしない護堂の為にエリカは一生懸命古今東西の神話を読み漁った。

その中には当然封神演義や西遊記も含まれている。

「これが権能…」

「な訳ないよ。恵那も見てたから。それらの宝貝は哪吒太子を倒した後に拾ったやつだよ」

「それらって事は他の六つも…」

「当然拾ってたよ。あと陰陽剣(いんようけん)と九竜神火罩(きゅうりゅうしんかとう)だね」

九竜神火罩は捕獲宝貝の一種で、モンスターボールみたいな物を投げると敵を捕らえ、神火の九竜が焼き尽くす。

明日香が食らっても生きていたのは黄金の炎の効果が大きい。

普通の魔術師なら即死だろうし、護堂も捕まれば骨も残さず燃え尽きるだろう。

「はぁ…やっぱり明日香もカンピオーネなのね…」

エリカが頭を押さえていた。

「それよりも、恵那さんが丸腰なんだけど」

「まぁ仕方ないね。これから神様との一大事なのに天叢雲を借りる訳にはいかないし」

明日香は仕方がないと時間凍結庫から一振りの刀を出すと恵那へと投げる。

「これは?」

つくりは恐らく日本刀。

馬上で上手に鞘から抜いたそれは雷を帯びた刀身を現す。

「すごい…これは」

「マグロ包丁」

それはトータスでやる事が無かった時に使徒の剣を使ってハジメと作り出したマグロ包丁だった。

「はいっ!?」

「一応名前はマグロ包丁・雷切」

「そう言えばあなたの武器って包丁や肉叩き、泡だて器だったわね…」

そうエリカが遠い目をして呟いた。

泡だて器に負けた記憶を振り払いたいらしい。

「一応アーティファクトで、使いこなせば空中に足場くらいは出せたはず。あと雷速蠢動だったかな」

自前で出来るため何を付加させていたのか覚えてなかった。

「い、一応ありがとうと言っておくよ…うちにこれ程の霊刀なんてあったかな…でもマグロ包丁なんだね…」

世の中って理不尽であふれかえっているんだと恵那が心の中で泣いていた。

ストーンヘッジのような巨石が見えてくる。

おそらくあそこが祭壇だろう。

「エリカと恵那はここで待機だ。明日香はすまんが二人を頼む」

「しかたない、か。四人も行ったら過剰戦力だろうし」

「行ってらっしゃい護堂」

「でも悔しいな。王様の役に立てないなんて」

「いつもお前たちは俺を助けてくれているだろ。今回は役目が違うだけだ」

桃色の空間になりかけ…

「わたしの目の前でハーレム禁止だから」

明日香に言われビクゥとして護堂は罰の悪い表情を浮かべて祭壇へと急いだ。

その後、日食が突如として終わりを告げ空に白球が現れる。

「強大なまつろわぬ神…」

その威圧を空気で感じて明日香の体が戦闘態勢へと移行する。

「まさか勇者が降臨してしまったの?」

「遅かったか」

エリカと恵那も悔しそうだ。

白球が落下すると辺り一面を吹き飛ばす。

「護堂っ」「王様っ」「護堂ーっ」

爆風を手で遮りつつ見つめる先には黒い重力球が現れた。

「あれは護堂の」「そうだよ、王様の黒の剣だ」

二人が言うには護堂の権能らしい。

それが白球と対消滅。

しかし再び空に現れた白球が地上に向かって雷を降らせる。

「マズイっ!」

それはひとしきり護堂たちの元に振った後、獲物を見つけたかのように明日香達の方へと飛んでくる。

それを咄嗟に現した火焔光背で受け止めた。

迦楼羅の上半身が顕現し、明日香達を包み込むように雷に背中を向け…

「我が身はいかなる武器も通さず」

背後にエリカと恵那が居るのだ。逃げることなど出来はしない。

聖句を口にすると明日香の体から呪力があふれ、雷の攻撃の一切を遮断。

「防御の権能?」

「哪吒太子の攻撃でも明日香さんは傷一つ付かなかったよ」

そうエリカに話す恵那。

白球の呪力と明日香の呪力、どちらが先に切れるかの勝負だった。

相手が万全じゃ無かったようで、白球は明日香の呪力が限界を迎える前にしぼんで消えたが、それまでにいったい何万の雷撃を放ったことか。

辺り一面焦土と化していた。

「王様はっ!?」

「生きてはいるみたいよ。どういう訳かここから数十キロ先にいるみたい」

人探しのまじないで護堂をさがしたエリカが言う。

何やら奇跡が起きて爆心地からは遠く離れたようだ。

他のカンピオーネを探すとアイーシャ夫人は気を失って倒れていた所を発見したが、サルバトーレ・ドニは弱っている所を女神アルティオの魂に憑依されてしまったのか救世の神刀と呼ばれるものを持って去っていった。

明日香がアイーシャ夫人を介抱していたために遅れを取ってしまったのだ。


風火輪に乗り導越の羅針盤を使って護堂を迎えに行くと今まさにキスをしようと言う雰囲気の護堂と万理谷裕理。

「ご…ごめんなさいね…つ…続けて?」

「ご、誤解だっ!」「誤解ですっ!そう、これは治療行為でっ!」

治療と言ってもリリアナは再生魔法を覚えている。今さら万理谷が治療行為に及ぶ必要はないはずだが…

「リリアナ・クラニチャールただいま戻りました…何をしているのだ?」

カオスだった。

どうやら万理谷裕理とリリアナ・クラニチャールは現代から伝手を頼ってこの時代へと来たらしい。

どうにかたどり着いた矢先、倒れていた護堂を発見した。

雷撃は明日香に向かって続けられていた事は知らずに、リリアナが魔女の飛翔術を使って戦線を離脱。

目的地も定めていなかったためにこんな辺鄙な所に居るらしい。

三人を回収し、エリカ達の所に戻る。

ドニは行方不明。

リリアナと万理谷の話では、魔王殲滅の勇者と呼ばれる存在が予定よりも早く現れてしまい歴史が大変な事になりそうだと言う。

最後の王とも呼ばれ、その名前すら誰も知らない。

便宜上アルトスとかアーサーとか呼ばれているが本当の名では無いと言う。

「つまり、その魔王殲滅の勇者を跡形もなく魂まで消滅させればいいって事?」

「「ちがいますっ!」」

万理谷とリリアナが力いっぱい明日香の言葉に反論。

違うらしい。

「と言いますか、出来るんですか…あなたには…いいえ、聞きたくありません」

いやいやと首を振るリリアナ。

女神アルティオを倒しドニを連れ帰り最後の王は救世の神刀の状態に戻せと言う事らしい。

「殲滅させるより面倒なんだけど…」

「あなたの権能は防御主体じゃなかったかしら」

とエリカ。恵那も確かにと頷いた。

「奥の手はあるものだよ」

そう言う明日香の言葉にはカンピオーネとしての格言が宿っていた。

神を倒せない神殺しなど存在しない、と。

「それより最後の王の名前よね。それだけは教えてもらえなかったんでしょう?」

時の番人のような存在に送ってもらってきた割には最後の王の名前は最後まで教えてもらえなかったらしい。

「あの救世の神刀の攻撃、あれは…」

「あれは武器を撃ち出してたんだと思うよ。古今東西、あらゆる武器と言う概念を雷にして投げつけてきた」

「え?」

と明日香を見る一同。

一番近くでその雷を弾いていた明日香にはあの雷が武器であると見えたのだ。

「神崎さんもたまにやってくるしね。剣の絨毯爆撃とか」

神崎さんって誰よ、と一同。

「でもそれなら尚更分からないわ。古今東西のありとあらゆる武器だなんて…」

とエリカ。

そうかな…結構わかりやすいとも思うけど…皆が分からないのなら違うのかな。

そう感じるのは明日香の簒奪した権能からの逆縁ゆえだろう。

明日香が最初に倒した神の名前はラーヴァナと言うのだから。

ドニの相手は戦士の化身が使える護堂が担当するほかない。

アルティオの支配力を弱めなければドニを助けられないのだから。

女神の眷属である巨大な熊たちが居る。それらの担当はエリカ達だ。

少々苦しいだろうが、神代魔法もあるしどうにかなるだろう。

どうにもならないのはむしろアイーシャ夫人の魅了の権能で、無意識に垂れ流すそれにエリカ達では抗えず、何度も魂魄魔法をかけているが根本的な解決にはならず、距離を取るほかない状況だ。

とは言えすぐに暴走するアイーシャ夫人に首輪を付けれる訳もなく…もうなる様にしかならないと遠巻きに見守るだけだ。

明日香の担当はドニが戦っていたと言う風を纏う武人の神。

「どう言う訳かドニの魔剣も弾いていたぞ」

と護堂。

ドニの権能であるシルバーアーム・ザ・リッパーは手に持った剣をすべてを断ち切る魔剣へと変える。

その切れ味は他の追随を許さず、まさに斬れない物は無いとまで言われるほど。

「明日香と打ち合ったらどっちが勝つかしらね。矛盾の実戦かしら」

「概念同士のぶつかり合いは呪力が大きい方かな…出来れば戦いたくないなぁ…」

防御力100を攻撃力1で斬り裂けるドニの魔剣。明日香の防御力が100ならば攻撃力100の威力が必要だと言う事だ。

それはさておき。

明日香は時間凍結庫から手に握れるほどの透明な球体を取り出す。それはまるで卵のような大きさで。

「万理谷さん」

「なんでしょうか」

「これ」

「……これは?」

中心から同心円が描かれていて、ハード、ミディアム、ソフトと書いてある。

「エッグタイマーだな。ゆで卵を作る時に一緒にゆでるんだ。百均とかで300円くらいで売ってるよ」

護堂がその正体を知っていた。

「ええ!?調理器具なんですか!?でも、なんかすごい神秘を感じるんですが」

あちゃぁ、とエリカと恵那、リリアナが頭に手を置いていた。

牛刀、ミートハンマー、ホイッパー、そしてマグロ包丁。

今まで散々場違いなほど強力な調理器具を見てきているのだ。おそらくそれもそうだろうと知っていた。

「魔力を通すと異世界の防御魔法『聖絶』が張れるアーティファクト。強度と範囲は反比例するから目安はそのグラフ通りだよ」

込めた魔力と意思によりエッグタイマーの色が変わる。

「ええ!?良いんですが、そんなものをお借りしてっ!」

「万理谷さん、ヒーラーでしょう。自分の身は自分で守らないと…これくらいないとすぐに死んじゃいそうで怖い」

「……すみません」

「神様相手にどれだけ効果があるかは分からないけどね」

ないよりはマシでしょうと明日香。

「本当にお借りしていいんですか?明日香さんは…」

「わたしが傷つくと思う?」

ぶんぶんぶんと首を振るエリカ、リリアナ、恵那の三人。

護堂と万理谷は分からずときょとんとしていた。

「まぁわたしは自前で使えるからね」

そう言って聖絶を唱えると、光の壁が明日香を覆った。

「へぇ、どれくらいの強度があるのかしらっ!」

クオレ・ディ・レオーネを取り出すと魔力を込めて力いっぱい振り下ろすエリカ。

それを難なく弾く光の壁。

「結構本気で攻撃したんだけど…なかなか強力ね」

「でもこの魔法の本領は味方の攻撃は通して敵の攻撃は通さない所だよ。ほら」

そう言うと明日香が炎弾を飛ばす。

「ちょっとっ!」

「エリカならそれくらい簡単に対処できるでしょ」

「来ることを知っていたからよ…あー、なかなかに凶悪ね…さすが異世界魔法」

感心するエリカ。

「でもあの雷には紙も同然かな」

「それでも無いよりはマシでしょう」

「それと、再生魔法も付与してあるから15分以内の傷や状態異常なら完全回復できるわよ」

「「「…………」」」

「絶対そっちの方が本命でしょうに…」

エリカが大きくため息を吐いた。

「それで名前はなんていうんですか」

と万理谷。

「賢者の石」

やはりとエリカ達はため息をついていた。

大層な名前に負けない効果を持っているくせに見た目はエッグタイマーなのだ。ため息も出ようと言う物だろう。


エリカ達がそわそわとしている。彼女たちは護堂に誰が教授の魔術を掛けるのかで女の戦いがあるらしい。

そんな事を知らない明日香は何かある、と思ったのだが…ナチュラルトラブルメーカーであるアイーシャ夫人の起こす騒動の火消しに忙しかった。


準備も整った事で決戦。

アルティオを追い詰めドニを取り返す作戦を決行する。

明日香の担当はアルティオの熊型の神獣の数を減らす事だ。

平原を横一列に埋め尽くさんばかりのフクロウのような熊の神獣。それは二メートルほどのものから30メートルほどのものまで大きさもバラバラだ。

風火輪に乗った明日香は空からその神獣を見下ろしていた。

「どうするの?」

同乗していたエリカが問いかける。

「とりあえず平和的に…」

「どうして日本人のカンピオーネってエセ平和主義者が多いのかしら」

護堂もすぐに似たような事を言うとエリカはしょうがない人を見るような視線で見つめる。

『散れっ』

たった一言。明日香がそう言っただけで小型の神獣は我を忘れたように森へと逃走していった。

「何をしたの?」

「神言。魂魄魔法を使った強制命令」

「カンピオーネの呪力で言われればああもなるかしらね」

「大きいのは残ったけどね」

「仕方ないわ。流石に女神アルティオも抗ったと言う事でしょう」

さて、とエリカ。

「恵那さんだけに良いかっこさせる訳にも行かないから、行ってくるわね」

そう言って飛び降りていくエリカは既にクオレ・ディ・レオーネを手にしていた。

彼女達には残りの神獣の処理をしてもらわなければならない。

平原ではすでに恵那が雷光を伴って神獣をなぎ倒していた。

すでに彼女はマグロ包丁に付与してある雷速蠢動を使いこなしているようだった。

きっと彼女は雷と相性がいいのだろう。

「それで、わたしの相手はあなたと言う事ね」

空に浮かんでいる明日香の目の前に風を伴って正体不明の武神があらわれた。

ドニが戦った最後の王の従属神だろう。

嫌な事に属性は鋼の英雄神であることは間違いない。

彼は無口なまま明日香と対峙する。

牛刀を持つと体が今までよりも自然とその扱いを知っているかのよう。

・武芸百般(ガンダールヴ)

まつろわぬ哪吒太子を倒して手に入れた第四の権能。手にすればどんな武器をも使いこなすことが出来る。

どうやら牛刀は武器と判定されたらしい。

ホイッパーもヴリトラを倒してしまっているので今なら武器判定になるだろう。


明日香と鋼の英雄が激突する。

鋼の英雄、正体を隠している彼はハヌマーン。

ラーマーヤナに出てくる猿の神様で、風を操り神々から不死の体を得たと言う。

すでに戦闘開始から数分。幾合も明日香とハヌマーンは切り結んでいた。

一見戦闘は互角の様相だ。

しかし、戦いには相性という物もある。

「はっ!」

明日香がハヌマーンの間合いで牛刀を振る。

鋼の不死性か、ハヌマーンは手の甲で受け止めるだけで弾いた。だが…

バリバリバリ

絶え間なく流れ出る電流。

「……っ」

ハヌマーンは堪らずと飛びのく。

「雷は苦手なようね」

ハヌマーンはヴァジュラに顎を砕かれて転落死した逸話がある。

たまたまだが明日香の牛刀はヴァジュラと言い、雷霆を操る。

「霧への変化も出来なくなったようね」

最初の方ハヌマーンはその鋼の不死性の現れでもある霧へと変化して明日香の攻撃を避けていた。

だが、度重なる雷撃に帯電してしまったのか霧への変化が出来なくなっていた。

しかし相手は武神。徒手空手だとしても岩を砕く。

それを明日香は黄金の炎で受け止めつつ牛刀で反撃しているのだ。

ハヌマーンも風や不死性以外の権能を使えばもっと明日香を追い詰めただろう。

しかし、最後の王への忠義立てでそれらの権能を使えなかった。

ハヌマーンが最後の王の従属神として呼ばれていると分かればすなわち彼の主人の名前が分かってしまう。

それではせっかく名を伏せている主人の面目が立たない。

迷いが彼の強さに精彩さを欠いていた。

しかしそれは明日香には関係のない事。

「オルタ、少し時間を稼いで」

「ちょっとっ!!それは荷が勝ちすぎますっ!!」

「良いから、やれっ!」

影から出てきたオルタはまな板とミートハンマーを装備して明日香の前に立つ。

「わ、わかりましたよぉ…」

「…………」

明日香が何かをする事は分かり切っているのでオルタを避けて明日香に迫ろうとして…

「させませんよっ!」

バリバリと雷を伴った神速でオルタはハヌマーンの前に立ちはだかる。

だが…

「きゃあっ!?」

ほんの二合切り結ぶだけでオルタは吹き飛ばされてしまった。

アイギスのおかげか、オルタにダメージらしいダメージが無い事だけは幸いだろう。

だが、時間は稼いだ。

「神々の王の慈悲を知れ、絶滅とは是、この一刺し…」

黄金の炎を脱ぎ捨て、明日香の手には一本の槍が握られている。

ハヌマーンはその槍にただならぬ気配を感じた。

あれは撃たせてはならぬもの。必ず避けねばならない。

全力でこの場を離脱しなければ…しかし…

明日香がその槍で狙いを付けたのは護堂との戦いで再顕現した最後の王だった。

にやりと明日香が口角を上げる。

どうする、とハヌマーンを挑発したのだ。

「日輪よ、死に随え…ヴァサヴィ・シャクティっ」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

明日香が全力で投擲した黄金の槍は最後の王へと向かって飛んでいく。

その射線上へ無理やりその不死身の体をねじ込むハヌマーン。

ハヌマーンの顎を砕き不死性すらも滅ぼしてハヌマーンを絶命させたその槍は彼の最後の意地か、最後の王からは大きくそれて空へと消えていった。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

もう飛んでいるのもしんどかった。

「お姉さまっ!」

そこへ現れたオルタに風火輪の制御を預けると彼女の背中に倒れ込む。

オルタは気絶した明日香をおんぶするとゆっくりと地上へと降りた。

「あ、明日香さんはっ!?」

「ちょっと魔力切れ、ですね」

万理谷裕理の張った結界内で彼女を守るオルタは心配ないと万理谷に告げた。


護堂と最後の王との戦いは互いに痛み分けで終わり、どうにか護堂は救世の神刀を元の朽ちた状態へと戻した。

これで歴史はおおよそ元の流れに戻るだろう。


現代に戻ってきてようやくフィレンツェのホテルで一息ついていると、エリカは勝手にリリアナの部屋へと上がり込んでいた。

そこには裕理と恵那もエリカに誘われたのか同席している。

「魔術的結界まで張っての内緒話か」

とリリアナ。

「ええ、ちょっとね」

「分かるよ。明日香さんの事だね」

と恵那。

「明日香さんですか…」

いったいどうしたんだろうと裕理が問い返した。

「彼女の権能…あれは…強力過ぎるわ。味方である内は頼もしいのだけれど、いつ護堂に牙をむくか分からないし。そんな事には万が一にもなって欲しくは無いのだけれど」

大きく恩恵を受けたエリカには当然気が進まない事ではあったが、避けて通れるものでもなかった。

「なるほど、神の来歴を共通認識しておこうと言う事か」

スっと紅茶を飲みながらリリアナが言う。

「ええ。いつでも護堂が戦士の化身を研ぎ澄ませられるように、ね」

さて、とエリカが続ける。

「まずは確実に分かっているものから行きましょう」

「そうだね。まず確実なのが哪吒太子。これは恵那の前で倒してたし、神様が自身で名乗ってたから間違いないよ」

と恵那が言ってからお茶をすすった。緑茶だった。

「また最初からビッグネームが出てきたわよね」

「封神演義や西遊記に出てくる龍蛇をまつろわす戦神」

エリカの言葉にリリアナが続けた。

「蓮の化身として生まれ変わる死と再生を繰り返す典型的な英雄譚。鋼の属性を持っていても不思議じゃぁ無いよね」

そう恵那が言う。

「権能は…」

「それは分からないかな。宝貝は拾ったものだし。敵の武器を当然のように奪っていくのはもう立派な魔王様だね」

はははと恵那が笑う。

「笑いごとじゃ無いのですが…」

と恵那を裕理がたしなめた。

「次はヴリトラね」

とエリカが話題を変える。

「ヴリトラとはあのインドラに倒された不死の蛇の事か?」

聞いていないとリリアナが言う。

「ええ。これはわたし達も直接見た訳じゃないのだけど…それらしき事を言っていたわ」

「権能はたぶんあれ。木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかず、昼も夜も殺すことができない」

「なっ!?いくら何でも…」

とエリカが言ったことに信じられないと返す裕理。

「そしてヴリトラは恩恵を齎す者でもある。川を堰き止め、氾濫させる事で後の実りを与える」

「どう言う事?」

と恵那の言葉に聞き返すエリカ。

「明日香さん、相手の攻撃のダメージを相手に返してたんだよね。たぶん喰らった攻撃を無効化してカウンターとかそんな感じの権能じゃないかな」

「固いうえにカウンターまで…えげつないわね…」

「つ…次に行こう。当然まだあるのだろう」

とリリアナ。

「じゃああの救世の神刀の雷撃を防いだあれだけど」

エリカが話題を振った。

「あれはたぶん火焔光背だと思うよ。迦楼羅神の仏像とか見たことない?まんまあんな感じだったし、その後現れた化身あれは迦楼羅神そのものだったよ」

「迦楼羅。インド神話のガルダが中国に伝わり仏教と習合した事で守護神として祭り上げられた神、であっているか」

「大体そんな感じであってるよ」

とリリアナの言葉に恵那が返す。

「わたしたちは上半身しか出している所しか見てないけれど、そんな訳はないでしょうし。化身系の権能、と言う事でしょうね」

「でもあの防御力はどうして?」

と恵那。

「迦楼羅の前身であるガルダは不死の神でインドラの百倍強いと言う逸話もある強靭な神でもありますから」

それらの権能を持っていても不思議ではないと裕理。

「はぁ…こうまとめるとほんと、どうやって倒したのか不死や不死身のバーゲンセールね」

ほんとあきれちゃうとエリカ。

「確認が取れてても神の来歴が分からないのが一つ。あの風の王様だよね」

恵那が思い出して言う。

「ええ。それについては明日香本人も分からないでしょう。それよりも警戒したいのはその風の王を屠った攻撃ね」

エリカの表情に真剣みが増した。

「近くで視ていたので何となく感じたのですが」

あの明日香の槍による投擲を裕理も見ていたのだ。

「何か視えたのか?」

とリリアナが急かす。

「インドラ神と何か関係があるような感じでした」

「インドラってさっきも出てきたインドの雷神さまだっけ?」

恵那の問いかけに裕理がはいと答える。

「あの攻撃と黄金の炎はセットのような感じがしたぞ」

そうリリアナも自身の直感を述べる。

「炎の守りを捨てて槍を作った?」

エリカが何かを考えこむ。

「黄金の炎が不死性の表れだとしたら、それを脱ぎ捨てる事で手に入れる武器と言う事」

「はい。なので、英雄カルナではないでしょうか」

裕理が頷く。

「カルナ?」

と恵那が誰だっけと問いかけた。

「マハーバーラタに出てくる英雄だな。確か生まれついて着ていた神でも破壊できない黄金の鎧をインドラの策略で奪われるんだったか。インドラはその代わりに神をも殺せる槍を与えるのだったな…てまさか…」

リリアナが自分で言って驚愕する。

「ええ、そのまさかでしょうね。インドラの槍は放てば狙いを外さず神でも消滅を免れないと言う…」

明日香の権能が分かった事で逆に沈黙が支配する。

「こう見ると明日香の倒した神はインド由来のものが多いのね」

「と言うか、判明しているものは全てインド由来だね。迦楼羅はガルダだし、哪吒太子はナラクーバラが訛ったものだしね」

エリカの呟きに恵那が肯定する。

「そこまで行くと呪いか何かに感じるわね…あの風の王もインド由来の神格なのかしら」

「ヴァーユや風の力を持つ英雄は多数います。特定するのは難しいですね」

エリカの言葉に裕理が付け加えた。

「それに、明日香は権能が無くても強いのよ…」

「そうです、それです。あの神代魔法とは何ですか」

と裕理。

「異世界トータスで大迷宮の試練を突破して迷宮に認められると手に入る。それこそ神代の魔法よ」

トータスと裕理が呟く。

「確かクラス全員が行方不明になった事件の…」

「そ。一応報告書は目を通しているとは思うけど」

とエリカ。

「事実は報告書以上のものが隠されていた訳だ」

そうリリアナが言う。

「全部で七つあってね」

そう指折り数えてくエリカ。

「エリカさんも持っているんだよね?」

「そう言えばリリアナさんも護堂さんを治療していましたね」

恵那と裕理の視線が自然と二人へと向く。

「わたしとリリィは明日香に頼み込んで連れて行ってもらったわ…そう言えば考えなかったけれど異世界転移のアーティファクトも持っていたわね…彼女」

「あれが異世界だけにつながると思っているのか?」

「そんな訳ないわね…」

「話がそれているよ」

エリカとリリアナで脱線した話を元に戻す恵那。

「それじゃ二人で五つの神代魔法を手に入れたって事ですか?」

と裕理。

「とは言っても、適性が大きく関わってくるからわたし自身は生成魔法と昇華魔法しかまともに使えないのだけれど」

「私は変成魔法だな。一応再生魔法や魂魄魔法もエリカよりは適性が高いが…明日香には敵うまい」

エリカとリリアナが自己評価する。

「何ができるんですか?」

裕理が手札の確認を促す。

「わたしはこれね」

そう言って取り出したのは一発の銃弾。

「ピストルの弾?」

覗き込んだ恵那が不思議そうな表情を浮かべた。

「この弾には聖なる殲滅の特権を込めてあるの。古代ガリアの時は文明の変革を恐れて使わなかったのだけれど。これで撃たれれば神獣くらいなら倒せるはずだわ。神様相手にはピストルの弾が当たるなんて奇跡が起こるとは思わないけど、傷の一つくらいは付けられると思う。ただ問題は一つ作るのにも大量の魔力を使うからそう数を用意できないのが玉に傷ね」

護堂がピンチの時に魔力切れでした、なんて言えない。

「私はこの子だな」

「この子?」

と呟くエリカ。

そしてリリアナの影から現れる二メートルほどの何か。

「ちょと、それアルティオの神獣じゃない」

「そうだ。変成魔法で使い魔にならないかと試した所何体か付いて来てもらえた」

「まぁ、リリィは生粋の魔女だものね。大地母神の系譜だから熊とかフクロウとかとは相性が良いのよね」

「ああ。ダメもとであったが僥倖だった」

うむとリリアナが頷いた。

あの戦いで強力な使い魔をゲットしていたらしい。

「すごく強力な魔法なんですね…神代魔法って」

「ええ。それを七つ全て持っている上にまだ何か隠してそうなのよね」

明日香は概念魔法までは伝えていなかった。

「それで、結局明日香さん対策はどうするのさ」

と恵那。

「正直、どのカンピオーネよりも戦いたくはないわ。私情もあるのだけれど、この強さにカンピオーネ特有の生き汚さと思い切りの良さを発揮されれば…その被害は考えたくもない。護堂がかわいく見えるわよ…」

とエリカ。

「だが、一番に封じるべき権能はやはりカルナと言う事になるか」

真剣な表情でつぶやくリリアナ。

「防御を捨てた必殺の一撃。その一瞬は無防備ではあるのでしょうけど、その隙をオルタちゃんが守っているものね…」

「撃たれれば王様とは言え多分消滅しちゃうと思うよ」

恵那が事実を口にする。

「「「はぁ………」」」

ため息で締めくくられるように、何の解決方法も浮かばずにその日の会議は終了した。



そしてその後エリカは最後の王の情報を得ようと訪れたサルデーニャ島にて、草薙護堂の目の前に復活したアテナが最後の王の復活させるために極東で儀式を行うとわざわざ宣言しにやてくると言う珍事に出くわし、急ぎ日本に帰国するのだった。

その話を先に帰っていた明日香は日本でエリカから聞いた。

「じゃああの風の王も居たって事?」

その時パラス・アテナと名乗った神祖の随神として草薙護堂に倒されたはずの斉天大聖孫悟空、ペルセウス、ランスロット・デュ・ラックとさらにあろう事か古代ガリアで明日香が倒したはずの風の王までも現れたらしい。

エリカにカフェに誘われた明日香だが、まさかそんな話題になるとはと頭を抱える。

「倒しそこなっては…無いと思うんだよね。権能は確かに有る、と思う」

権能ははっきりと明日香の中にあると断言できる。なぜならすでに風の王から簒奪した権能の発露でそのパラス・アテナの存在を感じ取っているからだ。


・猿神の献身(ザ・ブリーズ)

ハヌマーンを倒して手に入れた第四の権能。

どんなものでも見つけ出し、忍び込む。転位の権能である。


「そう。じゃあもしかしたら最後の王の覚醒に誘発されて再び神話の世界からまろびでたのかもしれないわね。何にせよ、厄介よ」


だから先制攻撃も出来なくはないが、それで最後の王の問題が解決する訳ではない。

一度最後の王をこの時代に復活させて完膚なきまでその存在を消滅させた方が被害の度合いは少ないだろうと明日香はスルーする事に決める。

「そして一番厄介なのが魔王殲滅の特権」

そうエリカが言う。

最後の王の持つ魔王殲滅の特権とは世に居る神殺しの数だけ力が上昇すると言うバフだ。

古代ガリアで護堂が最後の王と引き分けれたのは直前に明日香が切り札を切ってすべての権能が一時的に使えなくなっていた事も要因の一つだった。

「護堂はやる気よ、でもならばせめて」

「一人分だとしても上昇量は減らしたい?」

「魔王殲滅の特権がどの程度の範囲で適応されるのかは分からないけれど、一国に居て効果が無いって事は無いと思うわ」

とエリカ。

「……分かった。知り合いに何とかならないか聞いてみるわ」

「どうにかなる知り合いが居るの?」

「この世界最高の錬成師がね」


明日香が頼ったのはハジメだ。

「で、権能を封じ込める概念付与のアーティファクトだったか」

「そ。出来ない?」

「神結晶が作れるからな。後はあんたのでたらめさを知っている俺とユエなら多分作れるな」

明日香の権能をどうにかしたいと言う強迫観念を元にした概念魔法の制作なら出来そうだとハジメが答えた。

「どのくらいで必要なんだ?」

「世界に滅んでほしくなかったらなるはやで」

「そう言う所がマジ魔王様な訳だが」

「なに?」

二コリと明日香が無言の圧力を掛ける。

「まぁすぐに取り掛かるさ。俺もせっかく帰って来たのに世界が無くなるのは勘弁だからな」

そうやって出来上がったのが指輪型のアーティファクトで、効果ははめている間すべての権能の効果を忘れると言うもの。

封印すると言うよりも忘却する。それは世界すら騙す忘却だった。

他者から教えられようが明日香はそれを記憶できない。解除するには指輪を外すほかない。

「忘れちゃったけれど、すごく怖い…いつも守られている何かが無い感じ…」

「お、おう…まぁうまく隠せているんじゃねぇ?」

「えっと、何?ハジメくん。何を隠すって」

「今なら明日香倒せる」

とユエが言う。

「へぇ、わたしを倒す気でいると。何なら今やる?」

ヴァジュラを取り出してユエを睨む。

「それは卑怯…ハジメ」

オルタもいる。明日香の変成魔法で強化されたオルタは全力のユエでも倒すに至らないのだ。

「おー…よしよし…おっかなかったな」

「そういう事は家でやれ」

急にイチャイチャしだしたハジメとユエを半眼で睨む。

「ここ、俺んちな」

そう言う事なので、用が済んだ明日香はハジメの家を後にした。



明日香が指輪をはめた数時間後。

エリカはいつの間にか人の気配が消えた商店街を歩いていた。

「あなたがエリカ・ブランデッリ?」

目の前に勝気な金髪の少女が立っていた。

「ええ、そうよ。あなたはユエ、だったかしら。異世界人の」

ユエにエリカの問いに答える必要を感じてない様で。

「明日香から伝言。権能はちゃんと封印した」

「そう…ありがとう。でもどうして明日香から連絡が無いのかしら」

「今の明日香は自分が神殺しだと言う事を覚えていない。だから神や神殺しに関わる全てを忘れてしまった」

それは人間関係も含まれていた。今の明日香はエリカの事を覚えていないのだ。

「忘却による隠ぺい…明日香は大丈夫なの?」

「日常生活は問題ない。それともう一つ伝言」

「何かしら。うれしい話だと良いのだけれど…」

「ラーマ」

「っ!!?それはっ!!」

「明日香が魔王殲滅の勇者はおそらくラーマだろうって」

それだけ言ってユエは姿を消した。


「ラーマだと?」

リリアナが信じられないと問いかける。

そもそも自分たちはなぜその結論にたどり着けなかったのか、とも。

エリカの部屋に護堂とその仲間たちが集まっていた。

エリカはベッドに腰かけ、護堂は床に座り、その左右に恵那と裕理。リリアナは壁を背にして立っている。

「ラーマってどんな神なんだ」

と言う護堂の言葉にエリカが説明。

ラーマーヤナの大英雄でヴィシュヌの化身だ。

「明日香さんが言うのだから間違いないんだろうけど」

そう恵那がしみじみ言う。

「どうしてだ?」

「護堂さん。明日香さんの権能、その殆どがインドにルーツの有る神格ばかりだからです。彼女の直感は看過できないと思います」

裕理が護堂に説明。

「一応護堂も記憶しておきなさい。明日香が倒した神はおそらくカルナ、迦楼羅、ヴリトラ、哪吒太子、そしてあの風の王」

エリカが指折り数える。

「待ってください。なにか多顔多腕の神様を幻視したのですが」

と裕理が突如霊視したそれを口にする。

「哪吒太子じゃないの?」

哪吒太子は三面六臂の姿で現れたのを恵那は見ている。

「いえ…もっと源流の神様です」

恵那の言葉に裕理が答えた。

「逆説的に考えましょう。なぜ明日香が最後の王がラーマだと断定できたのか。まるで逆縁でもあるかのようね」

最後の王には名伏せのまじないが掛けられているのに、とエリカ。

「答えは簡単だな。ラーヴァナだ。ラーヴァナは10の顔、20の腕を持つと言う。おそらく徳永明日香はラーヴァナも倒している」

リリアナが言い当てた。

「そしてラーヴァナは神仏魔では傷を付けれない」

「どれだけ防御力に振っているのよってかんじよね…」

恵那の言葉でエリカが呆れた。

「神仏魔では傷を負わず、神でも破壊できない太陽の鎧を身にまとい、木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかず、昼も夜も彼女を殺すことができないないとかだったらいったいどうやって倒せと言うんだ…」

リリアナも渋い顔をする。

「まて、迦楼羅や哪吒太子って中国の神様だろ?」

俺でも知っていると護堂。

「中国仏教の神様の殆どがインドにルーツを持つ神様なんです。先ほどの迦楼羅ならガルダと言う神鳥になります。もしかしたら倒したのはガルダ神かもしれません。そしてやはりガルダも不死身の神です」

リリアナがピシっとした声色で言った。

「それとあの現代に再び現れた風の王。あれはきっとハヌマーンだ」

恵那もインド神話の記憶を引っ張り出して言った。

「そうね。最後の王がラーマであるのなら当然その従者はハヌマーンであるべきよね」

「はい。わたし達が風の王と呼んでいるようにハヌマーンは風の神の息子ですから」

エリカと裕理も続けた。

「ハヌマーン?聞いたことも無いぞ」

と護堂。

「ハヌマーン。護堂が相手をした斉天大聖のモデルとされている猿神ね。風の神様で、鋼の軍神。太陽を盗んだ神で、不死身の神よ」

ハヌマーンについての簡単な説明の後、エリカが言葉をこぼす。

「こう考えると明日香、本当に不死不死身の神様ばかりよく倒しているわね…」

呆れたようにエリカが呟いた。

しかしそれは今は関係ないので、いったん置いておかないととエリカ。

「それよりもまずはパラス・アテナかしらね」

「ああ。あいつが悪さしなきゃ最後の王の復活はまだ時間がかかるだろうしな」

しかし、やはりラーマの封印は解かれる事になる。

どうにか護堂はまたもや痛み分けに持ち込めたが、それはただの時間稼ぎでしかない。

これだけのカンピオーネが地上に居るのだ。ラーマはすぐにでも復活するだろう。

魔王殲滅の特権の効果は距離の概念は関係なく、今この地球に存在するカンピオーネの数だけ強化される。

それではどうあがいてもラーマには勝てない。

ならばどうするか。

簡単な話だ。自分以外のカンピオーネの数を減らせばいい、とは神殺しの獣の考えそうなことである。

そして現在、続々と世界中のカンピオーネが東京に集結しつつあった。


夜の羽田空港の滑走路。

そこは静寂に包まれていた。

普段は昼夜を問わず飛行機が行きかう空の港だったが、今この時ばかりはライトアップする昭光だけが普段の滑走路を思い出させる。

カンピオーネが一同に集まるとして、世界中の航空機会社に秘密裏に渡航禁止を言い渡したからだ。

草薙護堂、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン、サルバトーレ・ドニ、羅翠蓮、アイーシャ夫人、ジョン・プルートー・スミス、アレクサンドル・ガスコインと七人のカンピオーネが一堂に集結して居た。

そこに遅れて一人、少女がやってくる。

「あ、護堂」

「明日香」

「ねぇ、どういう事?なんかいきなり護堂が呼んでいるって連れてこられたんだけど」

明日香を連れてきたのはアイスマンと言うアレクサンドルの部下だった。

「変わったお友達ね護堂」

なぜこんな所に呼ばれたのかもさっぱりわからない明日香は不安を紛らわせるために護堂をなじる。

「我らの語らいにこのような女子を連れてくるとは」

羅濠教主が不敬に対する罰をと明日香を睨む。

「ひっ…」

「まぁ、まて。伊達や酔狂で連れてきた訳じゃない」

とアレクが言う。

「なに?」

更に不機嫌に眉毛を吊り上げる羅濠教主。

ドニはにやにやしていた。

「あ、そうでした。明日香さんもカンピオーネなのでしたね」

忘れていた、とアイーシャ夫人がある意味爆弾を投下。

「ほう」

ヴォバン侯爵はニヤリと嗤っている。

「なに?カンピオーネ?どこの言葉?」

「アイスマン」

アレクがアイスマンを促した。

「失礼します。レディ」

アイスマンが明日香の手を取るとその指に嵌めていた指輪を外す。

途端に記憶と力を取り戻した明日香は、その存在感を増した。

「あー…なんか絶対めんどくさい状況だ。カンピオーネが一同に会するなんて…」

「なるほど。忘却の魔道具ですか」

羅豪教主が納得する。

「ほう、これはなかなか。おそらくこれでカンピオーネとしての記憶と能力を封印していたのだろう」

アイスマンから手渡された指輪をアレクが興味深そうに調べている。

「それとなるほど。これはおそらく魔王殲滅の特権を騙せるくらいに強力だ」

「あ、ちょっと…返してください。と言うか、カンピオーネを増やしてどうするんですかっ!」

せっかく減らしていたのにと明日香。

「そうだな。だからやはり減らしておこう」

「へ?」

「あら、嫌だわ。またもわたし無意識に魅了の権能を…」

アレクがアイーシャ夫人の手を取った。

それは結婚式で指輪をはめる新郎のようで、アイーシャ夫人は右手を頬に当てて照れていた。

「あ」

すっとアイーシャ夫人の指にはまる忘却の指輪。

「アイスマン」

「招致いたしました」

トン、とアイスマンはアイーシャ夫人のまるで少女のよに華奢な体を手刀で気絶させるとそのままどこかへと連れ去っていく。

「なるほど、合理的だ」

とスミス。

「かの女人が一番たちが悪いのは皆理解しているだろう」

一番にアイーシャ夫人を脱落させたかったアレクは簡単に片が付きそうだった為に実行しただけだ。

そしてその行動を他のカンピオーネは誰も咎めない。

彼女と少しでも関わった事の有る人ならば誰もが持つ共通認識だったからだ。

「あの指輪はまだあるのか」

仮面をかぶりマントを靡かせる男、スミスが問う。

スミスの質問は当然だろう。

「そう何個も用意できる物じゃないから」

あれ一個だけだと明日が答えた。

「そうか。ならばやはり手段は一つだけだな」

そう、残った手段は一つだけ。誰もが引くつもりが無いのだ。

明日香もかかる火の粉は払わなければならないだろう。

決戦開始は午前零時。

それだけを決めると魔王たちはそれぞれ消えていく。

最悪な事になった、と明日香はすぐにハジメ達に連絡し、親しいものはゲートを通りトータスへと避難させる。

カンピオーネの数が減るまでは共闘も良いだろうとエリカが言うので護堂は明日香と一緒に明日香の進めで南雲ハジメの家に押し掛けた。

南雲ハジメと草薙護堂の相性はそう悪くないらしく一安心。

その後ろで彼らの女たちが親交を深めていた。ハーレム男に苦労するもの同士通じるものがあるのだろう。

「じゃぁ、問題の解決をはかるにはカンピオーネを減らさなければならないって事か」

「そういう事。あの指輪は…」

「さすがにすぐには無理だな」

ハジメが即答。

「ねぇ、あなた達なら他世界のゲートをひらけるのよね?だったら他世界にカンピオーネを飛ばしちゃえばいいのよ」

簡単でしょう、とエリカ。

「そう簡単に言ってくれるなよ。トータスへのゲートを作るのにも結構な魔力を使うんだ。と言うか、明日香みたいな奴らをトータスになんて送れるかっ!俺らの家族が避難してんだよ、あんたらのせいでっ」

「じゃあトータスじゃ無ければ、行き場所も決めずにただ空間に穴を開けるとかは出来るの?」

「あー…どうだろうな」

「ハジメのゲートを昇華魔法を使って暴走させれば多分行ける」

そう魔法に卓越したユエが分析した。

「なるほど、制御されてない空間だが、どこかに飛ばすだけならば出来る、と」

「でも、どこに飛ぶかは分からない…」

人道的な手段ではないとユエ。

「まぁ相手はカンピオーネだものどこに飛ばされても死なないでしょう、たぶん」

「まぁ、どのみちバトルロイヤルなんだから、死なない確率があるだけマシでしょうね」

エリカが世の中しょうがない事もある、と。

「結局どうするんだ?」

と護堂。

「他のカンピオーネには他世界へご退場願おうって事。明日香は…」

「護堂はラーマとどうしても戦いたいんだよね」

エリカの言葉に明日香が続ける。

「ああ。これは俺がやらなきゃいけない事なんだと思う」

その凛々しい横顔を見た明日香ははぁとため息。

「最後の二人まで残ったのなら、わたしはトータスへと移動するわ。それでいい?」

「助かる。ありがとう。お前は最高の幼馴染だよ」

「護堂…本当にデリカシーが無いんだから」

エリカが困った人だと言う。

「いいのよ。わたしは…きっとダメなのよ。近すぎたし、同じすぎる。でもエリカさん達も苦労すると思うわ」

ああ、自分はきっとこの先も護堂に必要とされないと分かってしまった。

「それはもう覚悟しているわ」

明日香の言葉にエリカは笑って答えた。

ハジメ特性のゲートも完成し、後は決戦を迎えるのみ。

戦って弱らせなければきっとカンピオーネをゲートに落とせないだろう。

結局死ぬか生きるか。万が一自分が相手を瀕死に出来れば生かせると言う程度なのだ。

「ハジメくん達は手伝ってくれる?」

「あーなんだ…明日香だけ手伝いが居ないってのもかわいそうだからな」

他のカンピオーネには大概一人二人介添人が居る。護堂には四人もの女の子が侍っているのに明日香は一人も居なかった。

「腐れ縁」

ハジメとユエが仕方ないと答えた。

「ちょっとユエ。もっと言う事無いの?」

「カオリうるさい」

香織がユエを窘めた。それにユエが反発するところまでがセットだろう。

「まぁ、カンピオーネを相手にするとかは勘弁なのですが…」

「ゲートの遠隔操縦とか色々手伝えることも有るじゃろ」

散々明日香のトンデモぶりを見てきたのだその同類に戦いを挑もうとは思わないらしい。

「ありがとう、ティオ、シア」



そして午前零時。

魔王大戦がはじまる。

風火輪で空を飛んでいる明日香。

意外にも空を飛べるカンピオーネは少ない。

羅濠教主なら道術で空を飛べるだろう。

ヴォバン侯爵なら風を操り浮くことくらいはできる。

スミスなら魔長に変身して飛べるだろうが、それでも空を思いのまま動けるのは明日香くらいだ。

「なんかいきなり新宿御苑辺りが腐海の森もかくやの魔界になって、そこにいきなり普通の人間が狼人間にになって突っ込んでってるんだが…」

と色々な所に飛ばしていた目からの情報を明日香に伝えるハジメ。それはとても信じられないと言った様子だ。

「カンピオーネは基本的に人でなしだから。他人の命なんて鼻紙以下よ」

狼男達は腐海に入っては食人植物に食われている。

それでも領土を削り取る様に狼男達は進軍していると言う。

「お、腐海の森が浄化されるように戻っちまったぞ」

「護堂ね。誰が使った権能か分からないけど、どうやら腐海の権能を断ち切ったみたいね」

それと、と明日香。

「片方はヴォバン侯爵ね。自身も狼に変身するそうだから。それと去年の春の事件では睨むだけで人間を塩の塊にした事もあるそうよ」

正史編纂委員会からの報告書を読んだ明日香が言った。

「おっかねぇな…でも見られなければまだ…はぁ!?」

「どうしたの?」

「なんかいきなり人々が塩の塊に変わっていってるのだが…」

「塩にするのに視線を合わせる必要はなさそうね」

それどころかどこから見ているのかも分からない。

「もとに戻るのか?」

「神のみぞ知る、ね」

もしかしたら護堂の戦士の化身が効くかもしれないし、他に何か手立てがあるかもしれない。

「化け物かよ…」

「だから魔王なのよ」

今さら知ったの、と明日香。

その時、ひゅんと何かが明日香へと飛んできた。

それは地上から放たれたもののようで…

地上へと降りるとそこにはサルバトーレ・ドニの姿があった。

今の攻撃は魔剣の権能で衝撃波を飛ばしたのだった。

「やぁ、招待に応じてくれてうれしいよ」

とドニ。

「ガリアに居た時から君とは一度やってみたかったんだよね」

とにこやかに話しかけてくる。

「どの相手とも戦いたくはないけれど…全く持って面倒な…」

「そう言ってくれるなよ。君の防御と僕の魔剣、どっちが強いか矛盾の実戦と行こうじゃないか」

どのみち戦わなければならないのだ。ならば、と

右手に牛刀を構え、左手には乾坤圏を持つ。

「それじゃあ、やろうか」

日本刀を手に持ったドニがゆっくりと、自然体でいて隙が無く距離を詰めてくる。

キィン

「へぇ。君のその炎は武器まで覆えるのか。面白い」

全てを断ち切る権能持ちに強力な武器でも受ける事は出来ないが、明日香の炎ならば別だ。

「あまり舐めないでよっ!」

哪吒太子から簒奪した武芸百般(ガンダールヴ)の効果で今の明日香はドニと切り結んでも技量負けする事は無い。

「ははは、面白い。面白いねっ!おっとっ!」

「一発くらいくらいなさいよねっ!」

どう言う感覚をしているのか。空間切断の能力は一切通じずに避けられ、牛刀が出す雷撃も一部は切られ、体に当たっても彼の権能である鋼の加護が弾く。

ディレイしていた空間切断も逆に魔剣が斬り裂き無効かまでされている。

マジなんなのこいつっ!

逆にドニの魔剣も明日香を斬り裂くことは叶わず。

「これだからこの世界は面白い。ここまで打ち合いが出来る相手はあまりいないからね」

達人の領域に至ったドニを満足させるだけの敵はそうそう現れないのだ。

だがいま彼の前には明日香が居る。

ドニが斬っても傷つかず、自身の技量に付いてくる達人が。

「これでどう?」

「お、おお?」

重力魔法でドニの周りだけ高重力で地面に縛り付ける。

「でも、こういう事も出来るんだよ、僕は」

そう言うと権能、聖なる錯乱を発動し、重力魔法に干渉し暴走させた。

「ぐぅ…なんでこっちにも」

適応範囲と効果が暴走し高重力が明日香を襲う。

たまらずと重力魔法を切ると、明日香は後ろに作ったゲートへと飛んだ。

「逃がさないよっ!」

迫るドニの魔剣を避けるために神速を発動し、ゲートをくぐる。

当然ゲートが締まり切る前にドニは追ってくるのだが…

「ちょっとそれはズルいっ!!」

そこで明日香はハヌマーンから簒奪した権能である猿神の献身(ザ・ブリーズ)を発動。

暴走している異空間からさらに極小の穴を開け、自身の体をそよ風に分解し現実世界へと戻る。

「はぁ…はぁ…まずは一人、ね」

当然、背後のゲートは閉じているので、ドニはどことも言えない世界に飛ばされたはずだ。

風火輪で空を飛び、護堂と合流する事に。

護堂は羅豪教主とヴォバン侯爵の戦いに横入れしてから逃走したらしい。

ドンとどこからともなく銃声が響き、ありえない角度から明日香を襲う。

「あいたっ!?」

その銃弾の威力はすさまじく、その衝撃を殺し切る事が出来なかった明日香は撃ち落されて地面を転がり土埃が舞った。

「明日香?」

「護堂?」

誰かと戦っていたのだろう護堂と背中合わせで隣り合う。

「なんと、私の魔弾を喰らっても無傷とはな。それでは私も多少落ち込むと言うもの」

明日香の目の前に現れたのはスミスで、護堂と対峙していたのはアレクサンドル・ガスコインだった。

「いやはや、四人も集まってしまうとはね」

アレクが皮肉たっぷりに言った。

「そちらの二人は同郷で幼馴染だったな。どうする」

「そうだな、あまり褒められた手じゃない気もするが共闘もやぶさかでは無いな」

護堂と明日香が幼馴染で互いに協力している事を察しているのだろうアレクの誘いにスミスは乗った。

ピコピコと明滅する外灯。

それはスミスが人口の光を贄に超変身でジャガーに変身する準備だった。

そして辺り一面から明かりの全てが奪われるとそれを合図にしたかのように四人のカンピオーネの姿が消えた。

アレクは電光石火の権能で神速を発動し、護堂はそれにつられるようにウルスラグナ鳳の化身を発動して神速で避ける。

もちろん明日香はバリバリと雷光を発しながら神速を使い、スミスはジャガーで地面を駆ける。その速度はどれも常人には残像すら見えないほどだ。

「ここまで高速戦闘が出来るカンピオーネが一同に集まるとはな」

とはアレクだ。

神速の緩慢の一瞬で会話をしているのだ。

神速の常時発動は体にダメージを残す。その対策に緩急をつけ、一瞬の全力と静止を繰り返しながら四人の戦いは続いていた。

神速の練度ではやはりアレクが一枚上手だ。

止まった明日香の影へと移動して来たスミスの牙を、間一髪でスミスの影へと入って逃れる明日香。

明日香の遁甲[+影移動]のスキルの効果だ。

「くっ」

影に潜った明日香を追ってくるスミスの牙が突き刺さるが、すぐに振り払う。

防御の権能は伊達じゃなく、スミスの牙を通さなかった。

「牙は通らないか…固すぎるな…まぁ私の魔弾が通用しなかったのだから当然と言えば当然だが…これは一度仕切り直した方が良いのではないかね?」

「お前にしては弱気なものだな」

とスミスの愚痴に叱咤でかえすアレク。

権能には事前準備が必要な物も多く、今この場で決定打は互いに打てそうにない。

しかし駆けだそうとしたアレクは何かに捕まった。

「さんざん見てきたからな。対策の一つくらい思いつく」

そう言ったのが護堂で、丁度アレクとスミスが直近で止まった瞬間を狙い、準備していた黒の剣の重力を操る能力で地面に縫い留めたのだ。

「私にはこれくらい…どういう事だ?」

影に潜ろうとしたスミスも影へは入れず。

「わたしが影との境界を隔てたからね。わたしも入れなくなったけど、もうあなたは影に潜る事は出来ないよ」

明日香は空間魔法を使ってスミスが影に潜れないように境界に蓋をしたらしい。

「なら他の手段を取るまでだ」

「動かない方が良いと思うけど」

「なに?」

「あなた達の周りには無数の空間が切断されて解放の時を待っている。わたしの合図で一斉に空間が裂けて、防御など無意味の攻撃が襲うよ」

そうヴァジュラを縦横に振るっていた明日香が言う。

「何かやっていると思ったが…」

護堂はやや呆れながら言った。

「はったりだ」

アレクがそんな事が出来るはずない、と言うが…

明日香がどこからか取り出したペットボトルを投げると、まるで何か鋭い物に斬り裂かれたかのように切断される。

「ウソではないようだな。この状況で殺さないと言う事は殺す気が無いと言う事か」

そうスミスが言った。

「まぁね」

ゲートキーを二人の前にそれぞれ投げ転位門を開く。

「どこに繋がっているんだ?」

アレクが興味深そうに視線を送っている。

「暴走させているからどこに行くかは運しだい」

「一か八かの反撃をした方が生存率が高そうだ」

スミスが皮肉を言う。

「空間の切断だから、世界からの修正からも守れるほどの防御が出来ないと死ぬ」

「おっかねぇ…」

「そこ、あなたの為にやってることでしょうっ!」

「は、はい…」

エセ平和主義の護堂は出来ればカンピオーネと言えど殺したくは無いのだ。

「はぁ、どちらも分の悪い掛けならば前者を取ろう」

スミスがゲートを潜った。

「次会う時を覚えておけよ」

アレクも明日香を睨みゲートの中へ。

「ふぅ…助かった」

「ほっとしているところ悪いんだけど、残りの二人が一番強力でしょう」

「まぁな…」

残りは羅濠教主とヴォバン侯爵。古のカンピオーネの二人だ。


示し合わせたかのように残り四人のカンピオーネが集結する。

「互いに手を組むと言う訳ではありませんが、勝者を決める戦いはあれらを倒した後でする事としましょう」

「そうだな。それに我も先約があるのでな」

羅濠教主の言葉にヴォバン侯爵が同意する。

「あまり草薙の王を舐めない事です」

羅濠教主が要らぬ忠告をする。

「さて、約束を果たしに来たぞ」

「あまりうれしい約束じゃないんだけどな」

ヴォバン侯爵は護堂しか見ておらず、護堂もやる気のようだ。

「それではわたしはそちらの若輩に稽古をつけてあげる事にしましょう。あなたが次元の門を開けるのは視えていましたよ」

つまり痛めつければ次元の扉を開いて逃げるだろうと羅濠教主は言っているのだ。

「防御が固いようですが、それも呪力によるもの。涓滴(けんてき)岩を穿つといいます。必ずや羅濠の拳が打ち砕くでしょう」

「あはは…お手柔らかにお願いします」

明日香は両手に乾坤圏を持ち羅濠教主に対峙する。下手に牛刀を構えればやられると直感が告げていた。

「疾っ」

羅濠教主が神速もかくやと地面を蹴ると、すでに明日香の目の前で拳を構えていた。

「くっ!」

明日香も武芸百般の権能で羅濠教主の武術に食らいつく。

刹那に何合と打ち合い、技を読み合い、拳を交える。

そこに入れる人間など存在しないほどの武の境地。

明日香は肉体的ダメージは入らないが、呪力は削られていく。

彼女たちの打ち合いの余波ですでに辺り一面クレーターが出来る程。

明日香の攻撃は羅濠教主にほとんど届かず、しかしそれでもたまに入る攻撃で着実に羅濠教主にダメージを与えていて、それで戦況はようやく五分を維持していた。

「これほどまで…でも…」

「ほう…なかなかの功夫です。しかし」

明日香の武術に羅豪教主は彼女に何かを感じたようで。

「その武術をどこで身に付けましたか。それは我が武林の極み。そも我が弟子にすら見せた事のないものをどうやって避けたのか」

やっぱり、と明日香は思った。

明日香が使う武術は羅濠教主のものとそっくりだった。それ故読み合いの最中で達人でも破れないはずの羅濠教主の攻撃を寸前でかわせているのだ。

「神崎さんに教えてもらいました」

明日香自身が不思議に思っている事なので素直に答える。

羅濠教主はすっと目を細めた。

「今の答えで視えるものがありました」

至高の道士でもある羅濠教主は西欧で言う魔女に相当し、霊視による看破なども条件さえそろえばやってのける。

「なるほど、あなたも数奇な運命に翻弄されていますね」

今回羅濠教主は一を聞いて百を知るほどの霊視力を発揮したようだ。

ふっと一息。

「それも我が弟のせいで…姉として少しばかり心苦しくあります」

その表情にほんの少しだけ憐憫を宿した。

「うん?え…弟?え、ええ!?」

突然意味が分からない事を言い出す羅濠教主。いったい何を視たと言うのか。

羅濠教主に弟が居た事すら驚きなのだが、それが自分と何が関係あると言うのか。

「あ、護堂…」

報告書で羅濠教主と姉弟の契りを交わしたと読んだ事がある。

「いいえ、草薙の王ではありません。今のわたくしには関係のない者かもしれませんが」

キッと羅濠教主は視線を上空に向けた。

「見ているのでしょう。疾く現れなさい」

虚空に向かってさも当然と声を掛ける羅濠教主。

するとスススと空から現れる人影。

「え?神崎さん…?」

パンツスーツを着ているようだが、彼女は正史編纂委員会の女性職員で明日香の師匠だった。

「いつまでそのような格好をしているのです。姉の前ですよ」

「はは…さすが翠蓮お姉さまは侮れないね」

次の瞬間、神崎さんは男の姿に変わっていた。

「え…どういう事…?お…男の人っ!?」

明日香は大混乱だ。女性だと思っていたのに…いや、一緒に温泉とかお風呂とかも入ったことがある。

確かに付いてなかったはずの彼女が男性だなどと。

「姉はあなたにいろいろと聞かねばならない事が有りそうです。そこの乃止与女(おとよめ)」

「わ、わたしっ!?」

ビクッと素っ頓狂な声を上げる明日香。

「他世界への門を開きなさい」

「は、はい!?」

「姉はこの愚弟を懲らしめねばなりません。ラーマチャンドラは戻って来た時に倒されてなければこの羅濠が誅殺すれば良いだけの事」

とりあえず自ら消えてくれると言うので話がこじれない内にゲートを開く。

「さ、行きますよ愚弟」

「……お手柔らかにたのむよ、姉さん」

そう言って羅濠教主と神崎さんはゲートの中へと消えていった。

「いいのかなぁ…なんかスッキリしない」

護堂の方を見れば何か巨大なドラゴンをゲートの中へと押し込み、ダメ押しとばかりに白馬の化身をぶつけていた。

これでこの世界に残ったカンピオーネは二人だ。

「ほっほ、そろそろ良き頃合いじゃろうて」

「英雄ともあろう者が穴倉にこもりきりではな」

グッと呪力が張る。

その声に振り返ると二柱のまつろわぬ神が居た。

「斉天大聖とペルセウスか」

その正体を護堂は知っていたようでその名を呼んだ。

眼前の二柱は以前草薙護堂らによって倒されたはずの神格なのだが、最後の王を復活させるにあたりその従属神として鏃の円盤に封印され使役されていた。

「護堂」

「悪い…出来れば代わってくれ」

護堂の第一の権能・東方の軍神は十の化身を操る。

一個の権能でそれだけの効果をもたらすにはやはりデメリットも存在していて、一度使うと一定時間同じ化身を使えなくなってしまうのだ。

殆どの化身を使い切ってしまいインターバル中のこの状況、護堂なら逃げの一手だ。

別に逃げる事を卑怯とも何とも思っていないのだから。

「仕方ないなぁ。貸し一つだからね」

「今度何かおごるよ」

平謝りの護堂。

「我らに貴様との逆縁は無いのだがな」

そう斉天大聖が言う。

「これでも?」

そう言って取り出したのは風火輪と火尖鎗。

「ほう…面白い」

突然斉天大聖がピリピリとした覇気を伴い始める。

「斉天どの?」

「すまぬな、ペルセウスどのよ。これは我の戦いよ」

「な、なにをするっ!!」

自我が強さに直結するまつろわぬ神の力関係にペルセウスは斉天大聖の呪力に抗いきれず。

「喰っちまいやがった…」

護堂が言ったようにペルセウスを法力で小さくした斉天大聖はペルセウスを丸呑みしてその呪力を自分のものにしてしまったのだ。

ぐっと拳を握りしめ、その力を確認する斉天大聖。

「さて、我が宿敵を倒した神殺しどのよ。やるとするかの」

「後の事は全部護堂に丸投げするから」

護堂の為の道を開くという条件で明日香はようやくガルダの権能を解き放つ。

化身ではなく、自身の背中に翼と火焔光背を現し、火尖鎗を構える。

「ははは、面白い神殺しが居たものよ」

孫悟空は筋斗雲に乗り如意棒を構えすでに臨戦態勢。

互いはどちらともなく空へと昇り、火尖鎗と如意棒をぶつけ合う。

ガキンガキンと鉄がぶつかり火の粉が夜空に散る。

それはいくつも打ち上げられたハナビのよう。

西遊記では斉天大聖と哪吒太子はライバル関係だという。

それも哪吒太子の力量と宝貝をいかんなく使いこなす明日香に斉天大聖は気焔を吐く。

「くっ」

バリバリと帯電した明日香が神速の領域へと突入すると、それを待ってましたとばかりに孫悟空も神速へ。

火尖鎗から炎をバラまけば、如意棒を振り回して消してしまう。

互いに受ける攻撃も、鋼の軍神の不死の現れ、神炎ですら殺せなかった頑丈さで大きなダメージは無い。

「はははははっ!楽しいのう、楽しいのう」

とは言え、自力の差がだんだんと出てきた。

「ぐぇっ」

斉天大聖が地面へと叩きつけられ新しいクレーターが出来た。

今の明日香はガルダの権能でインドラの百倍強いと言う故事そのままの強さを発揮している。

「なんのこれしき」

とすぐに体制を立て直すが、その隙を孫悟空に与える程明日香には余裕が無い。

「インスタント・カーマ」

「ちょっとそれは卑怯じゃないかのっ!」

直上から幾千と降り注ぐ雷撃。それはいくら神速を発動した斉天大聖でもすべてを避ける事は叶わず。

降り注いでいるのは救世の神刀から放たれた数多くの武器による雷撃をインスタント・カーマで蓄積していたものを最後の戦いだと明日香は気前よく解放しているのだ。

「うひぃ、こりゃたまらんっ」

だがしかし、斉天大聖は鋼の体をいかんなく発揮してダメージを最小限にとどめていた。しかし、一撃一撃のそれがかつてサルバトーレ・ドニの鋼の加護でも戦闘不能に追い込んだもの。

さすがの斉天大聖も無傷とは行かず…

「くぅ…効くのぅ」

血みどろだが、まだその存在を保っていた。

が、しかし…

「日輪よ、死に随え…ヴァサヴィ・シャクティっ」

明日香最大に一撃を放つ隙を作るだけの時間はしっかりと稼ぎ切り、そして神さえその存在を消滅させる一撃が斉天大聖へと振り下ろされた。

「それは天竺のっ!?」

理解した瞬間にはもう斉天大聖は黄金の槍に貫かれていた。

「ぐ…ぐぁああああああ」

今日一番のクレーターを作って斉天大聖は消滅した。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ………」

まだ気を失うわけには行かない明日香はどうにか気合で意識を保ち、風火輪を操って護堂の元へ。

途中消えずに転がっていた如意棒を拾い上げる。

地面に倒れそうになった時、それを支えたのは護堂の元に馳せ参じたエリカだった。

「お、おい、大丈夫か」

と護堂が心配そうに問いかける。

「ケガはしてないわね。ドニ卿よりも固いのよ。流石は不死身の体現者だわ」

エリカが明日香をそう評した。

ハジメが持たせてくれた神水のアンプルを割り、飲み干すと呪力が戻ったのか幾分顔色に血色が戻る。

切り札を切った明日香はもうしばらくはその反動でまともに戦える状態じゃない。

「後は頼んだわよ、護堂。エリカさん護堂の事をたのむわ」

「ええ。安心して。ラーマはきっと護堂が何とかするわ」

後の事は全て護堂たちに任せて明日香はトータスへと移動する。

草薙護堂とラーマチャンドラとの結末は、護堂がラーマチャンドラを魔王殲滅の宿命から解放し、和解したらしい。



あれから五年。

「明日香、綺麗」

「ほんとう、綺麗ですぅ」

とウエディングドレスを着ている明日香に結婚式場に招かれたユエとシアが頬を赤らめて言う。

「あ、ありがとう」

「いつかはわたしもハジメくんと結婚式をあげたいなぁ」

「結婚式かぁ」

と香織と雫が何かを想像し赤くなった。

みな花嫁に祝福の言葉をかけていく。

「おう、まさか明日香が神崎さんと結婚する事になるとはな」

スーツを着た護堂が明日香へと声を掛けた。

「まぁ、まさかわたしもこんな事になるとは思ってなかったわ」

少し微妙な顔をする明日香。彼と知り合って10年ほどになるが、その半分は彼を女性だと思っていたのだ。

「おめでたなんですものね」

と主役よりは大人しいドレスに身を包んだエリカが言う。

「まぁね。…まさかわたしが妊娠できるとは」

「確かに、カンピオーネともなると極端に妊娠率がさがるらしいからな」

とリリアナ。

「まぁうちの王様には四人も居るんだから、誰かは当たるでしょう」

「ちょと恵那さんっ!はしたないですよ」

あっけらかんと言った恵那を裕理が窘めた。

「まぁ、でもようやくわたしも白紙のスタートラインに立つ気分だわ」

ここまでは占いの通りだった。だがこれからは占いに縛られることは無い。

そしてブーケトス。

明日香の見上げた空は青く透き通っていた。



・黄金の炎(ウォール・オブ・ゴールド)

カルナとラーヴァナを倒して手に入れた第一の権能。

体を覆う黄金の炎が衝撃を緩和し、傷一つ付かない。例え傷がついたとしてもすぐに治癒してしまう。神仏魔には特に強力に働き、神性が高いほど突破するのは難しい。すべての防御力と引き換えに顕現する黄金の槍は、存在すると言う概念をも消滅させる神滅の一撃。最強の一撃だが、発動中は各種耐性も低下し、使用後はしばらくの間黄金の炎を使えなくなってしまう。

・迦楼羅(カルラ)

ガルダを倒して手に入れた第二の権能。

他者の為に困難に立ち向かう時にしか使えない。発動さえしてしまえば、しばらくの間は何度でも発動可能。鳥頭の甲冑を着た武人の化身を身にまとう。全長は20メートルほどから上限は魔力次第である。

・邪龍の因果応報(インスタント・カーマ)

ヴリトラを倒して手に入れた第三の権能。

発動中は木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかず、昼も夜も殺すことができないない。自身が受けた攻撃ダメージをストックして相手に叩き返すカウンター技を放つ。

・武芸百般(ガンダールヴ)

哪吒太子を倒して手に入れた第四の権能。

武器を手にすればどんな物も使いこなすことが出来る。武器と判定されれば戦闘機や戦車なども操縦可能。

・猿神の献身(ザ・ブリーズ)

ハヌマーンを倒して手に入れた第五の権能。

ラーマーヤナでハヌマーンがラーマの攫われた妻のシータを探し当てた逸話に由来する。導越の羅針盤とクリスタルキーのようなもの。対象物まで極小の空間をつなげ、自身を一度霧へと分解してその穴を通り抜ける。一種の瞬間移動。しかし開ける穴が極小で済むので消費魔力はクリスタルキーに比べれば極端に少ない。明日香が時間旅行を経験した結果、魔力量に比例して時間移動も可能になった。移動時に触れていた者も一緒に移動できる。

・未来福音(クロース・コール)

斉天大聖孫悟空を倒して手に入れた第六の権能。

孫悟空の閻魔帳を塗りつぶして運命を変えた逸話から、確定された未来を変動させ九死に一生を得る権能。発動中は未来視や天啓などの効果さえ不確定にしてしまう。




・牛刀 ヴァジュラ

雷撃能力、鋭利な切断能力と空間切断能力を持つ。

・ミートハンマー ミョルニル

ヴァジュラを越える雷撃、振動破砕、必中能力を有し投げても勝手に戻ってくる。

・ホイッパー ブリューナク

星のエネルギーに干渉する。泡を飛ばして攻撃できる。

・まな板 アイギス

流体金属で形を変えられる。その気になれば全身を覆う防具にもなる。衝撃吸収と溜めた衝撃を雷撃に変換して放つ性質を持つ。

・マドラー 天逆鉾

魔法を一段階強化する。

それを持ってかき混ぜると固い柔らかい強度に関係なく混ざり合う。

・調理用温度計 導越のクリスタルキー

導越の羅針盤とクリスタルキーの能力を併せ持つ。タイプCで充電できるらしい。

・マグロ包丁 雷切

雷を発しながら高速移動が出来るようになる。

・エッグタイマー 賢者の石

各種防御魔法と回復魔法が使える。

・鍋敷き 風雷輪

風火輪をもとに作られた量産機。空を飛べる。

・ミトン ヤールングレイプル

かわいくデフォルメされたドラゴンクローのような見た目をしたミトン。

耐火能力に優れ腕力を倍増させえる。

本来はメギンギョルズの方が適当な名前だが、明日香が間違って名付けた。










五年前の出来事。


「もう、これは反則じゃないかしら?」

明日香を見下ろすのはピンクの髪を両サイドでまとめた女性だった。

絶世の美少女だったがこの日本においてその身なりは結構奇抜だった。図書室の漫画でみたギリシャ神話に出てくる人々が着ているような服装だったからだ。

名をパンドラと言う。

「仕方がなかったんだ。ラーヴァナは神や羅刹からのダメージを無効にする権能を持っているのだからね。アレを殺せるのは人だけだ」

少年、神崎蒼が懸命にパンドラに説明していた。

彼のちょっとした手違いでカルナとラーヴァナを招来してしまったのだった。

「確かに。ラーヴァナは神も魔王も傷つける事は出来ないかもだけど…だからって、ねぇ」

蒼の全力をもってしても不死不死身の羅刹王は容易に倒せる相手ではなかったのだ。

逆に人の身ならばラーマの物語に有る様に、神の力を使って容易に倒せる。

はぁとパンドラがため息を吐く。

「この場合どうなるんだ?」

神を殺したのは誰なのか、と言う事だ。

「それはもちろん倒したのはあなたの能力を宿したこの娘になるわ、でも使い魔が倒した神の権能は元々のカンピオーネに帰属するの」

「つまり?」

「あなたの権能が増えるだけって事」

パンドラが呆れたように言った。

「神を直視してしまったこの娘は魂が焼かれてしまっているわ。このままにすれば、きっと死んでしまう。この娘が可哀そうだと思うならどうするべきか、分かるよね」

とパンドラが蒼を見る。

蒼がもらうはずの権能を明日香に移せばパンドラの居る今のこのタイミングならばカンピオーネとして新生するだろう。

「すこし重荷を背負わせてしまう事になる…だから、まぁ」

と蒼が言う。

「見守るくらいはしなきゃな」

そう言った蒼は正史編纂委員会に正体を隠して就職し、明日香の傍で見守る道を選んだのだった。






富士の樹海の奥、最近訓練に使うようになった為常時人払いをされている、おそらく巨大な力で薙ぎ払われて平たんになった後に草が生えたであろう平原に複数の人影があった。

まずは明日香。

「桃色空間禁止っ!」

あまりやる気が感じられないのも仕方ない。

彼女の左右にはハーレムが形成されていたのだから。

まず明日香の幼馴染の草薙護堂。

彼はカンピオーネと言う神を倒した豪傑で、彼の元に侍る魔術師の少女たち。

エリカは欧州でもトップクラスの美人で、リリアナはまるで妖精のよう。裕理はその佇まいから大和撫子の体現と言っても過言ではなく、恵那は漆黒の濡れ羽色の髪が神秘的な美少女だ。

その四人が全員草薙護堂に好意を抱いているのである。

そして明日香に左側には南雲ハジメがいる。

彼も異世界トータスの経験から人類を越える力を手にしている英傑だ。

そしてやはり彼の傍にも美少女が侍る。

ユエは幼い体ながらしっかりとした色気を漂わせ、白髪とうさ耳がトレードマークのシアもこの上なくかわいい。香織や雫は学校では一二を争う美少女だし、ティオに至っては和服美人のお姉さんと言った様相をしている。

やはり全員南雲ハジメに好意を寄せていた。

ハーレムに囲まれてそれだけでも明日香は不快だと言うのに、明日香の右手に居る遠藤浩介。非モテだと思われていた彼は今ここには居ないものの、神崎さんの依頼で各国を飛び回るうちに、アメリカのコスプレ仮面には気に入られなぜか深淵に覚醒。イギリスではティーンエイジャーの博士とスパイを引っ掛け、バチカンではなぜか秘蔵の聖女に好意を寄せられている。

後の魔王の右腕、魔王の左腕と呼ばれる遠藤浩介と南雲ハジメのその両方ともしっかりとハーレムを築いているのである。

さて、明日香達がなぜこんな何もない所にいるのかと言えば、一番謎が多い神崎蒼についてだ。

明日香が一番驚いたのは女性では無かった事実なのだが、体はどちらにもなれるらしいが、心は男性だと言う。

裏切られたっ!と思っても後の祭り。とっくに一糸まとわぬ姿をみられた後だった。

女同士だもの、温泉行けば、ね…

その彼の正体を問い詰めるべく、こんな場所に居る。

エリカ達は羅豪教主に一歩も引かない気概を見せていた事からもしかしたらカンピオーネではないか、と疑っているのだ。

ならば戦ってみるのが手っ取り早い、と挑戦状を叩きつけたのだが、それを聞いた明日香が自分でも勝ったことが無い、ハジメ達もボコボコだったと言う話を聞くと、これだけの戦力を集めたのだ。

「おい、大丈夫なのかよ。神崎さんって正史編纂委員会の職員だろう?」

と護堂。

「バカね護堂。あの明日香が勝ったことが無いって言っているのよ」

エリカは赤と黒のケープも纏い、左手に盾、右手にクオレ・ディ・レオーネを変形させた突撃槍を構える。

その突撃槍の根本は窪んでいて、何やら銃口のような溝が6抗掘られている。

「明日香が?」

明日香が強いと言う事はもう護堂も認めていた。その明日香が勝てない相手。

知らずに護堂の体が戦闘に向けてギアを上げ始めた。

「油断は出来ない相手かと」

とリリアナもイル・マエストロを弓の形にして、すでに使い魔である梟熊の神獣を召喚していた。

その使い魔は小さいもので二メートル、大きいものは10メートルを超える。

「だが、あの子は…?」

護堂が心配するように今蒼の隣には12歳ほどの少女が寄り添っている。

「彼女は人間ではありません。霊獣、精霊の類と似た存在です」

霊視したのだろう裕理が言った。

「つまり、全力で戦ってもこっちが不利かもしれないって事だね」

そう言ってマグロ包丁・雷切を構える恵那。明日香は返してもらうのを忘れているらしい。

「あーやる気しねぇ」

だらけているのは南雲ハジメだ。

「でももう来てしまいましたし」

とドリュッケンを構えるシア。

「そうじゃぞ、ご主人様よ。これだけの戦力じゃ。それに今回は明日香と草薙どのが加勢するのじゃ、もしかしたら……うん、無理じゃな」

とティオが以前の戦いを思い出して自分自身を否定する。

「まぁ、今回の目的は神崎さんが魔王かそうじゃないか、って事を確認する事がメインだから」

「いや、とっくに魔王だと思うぞ」

ハジメが香織の言葉にため息を吐く。

「あれからわたし達も訓練して来たんだから」

「うん。今度こそ…せめて傷の一つらいは…」

雫とユエも遠い目をしていた。

「えー…神崎さんと戦うのかよ…俺、生き残れるかな…」

遠藤の声は誰にも届いていないように消えていく。

明日香は諦めの極致で牛刀を握っている。

開戦の火ぶたを切ったのは狼の大群だった。

「なっ!?これはっ!」

「驚いている暇はねぇだろっ!」

ハジメがメツェライを宝物庫から取り出し連射。

面制圧にはハジメのアーティファクトは大いに巨力だった。

「わたし達もっ!護堂はまだよ」

エリカの掛け声で皆がそれぞれ狼を討伐していく。

「でも、これって…あの人の権能に似ているっ」

恵那が愚痴る。

「ヴォバンの爺さんの狼にそっくりだな」

と護堂。

「そっくりと言いますか、そのものと言って過言じゃありません」

リリアナも梟熊を操り狼を殲滅しつつ弓を射る。

「そんな事あり得ると思うか?」

「護堂の天叢雲剣も相手の権能を真似出来るのだし、そう言う権能ならあり得るでしょうね」

エリカも突撃槍で狼を引き裂きながら護堂の疑問に返答した。

「でもこれで一つだけ分かった事が有る。これがどう言うものであれ神崎さんは王様って事だね」

恵那もそう言いつつ雷切で狼を仕留める。

「上ですぅっ!」

シアの言葉に目の前の狼から距離が開いていた人たちが上空を見つめる。その先には先ほどの少女が空を飛んでいた。

ポポポと複数の魔法陣が展開されたかと思うとまるで絨毯爆撃かのように撃ち出される砲撃魔法。

「うっそだろぉっ!?」

「きゃーーーっ!!?」

「くっ…早速来たわね」

エリカは突撃槍の槍先を少女に向けると穴の窪みから硝煙を上げて撃ち出される弾丸が少女へと駆ける。

魂魄魔法も使ってその弾道を制御されているのでその狙いを外す事は無い。

エリカが放った弾はその一発の中に聖なる殲滅の特権が込められていて当たれば神獣にも手傷を負わせるほどのもの。

それをためらいもなく撃ち出したのだが…直前で誘導が効かなくなり明後日の方向へと飛んでいく。

「う、うそっ!?」

少女…ソルはあらゆる魔法に干渉する権能を主から譲渡されていた。それはいくら神代魔法とは言えその制御を奪われるほどの物。

つまりソルの前にあらゆる魔法は効果をなさない。それでいて彼女自身は彼女が生きた年月分のありとあらゆる魔法が行使される。

いまソルが撃ち出しているのは魔力の衝撃で失神を狙った非殺傷のものだ。それでも魔力量に物を言わせ雨あられと撃ち出されればたまったものじゃ無いだろう。

「我がもとに来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わしたまえ。駿足にして霊妙たる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

護堂が太陽から伸びるレーザーがソルへと迸る。

しかしその直前、東の空に昇る第二の太陽。

「なっ!?」

その太陽からも白馬をかたどった熱線が発射され、ソルに届くことなく対消滅。

「ウルディンのような太陽の権能をも持っていると言うの!?」

焦るエリカ。

「いいえ、あれはむしろウルスラグナの白馬そのものですっ」

裕理が直感で叫ぶ。

「やはり神崎蒼は相手の権能をマネする権能を持っているのだろう」

リリアナが苦い顔をしてそう進言した。

そして突如として地面から木々が乱立し樹海が生み出される。

「これは羅濠教主のっ!!」

「神崎って人は化け物かよっ!」

「護堂さんっ」

「くっ、すまない裕理、今は俺に知恵を授けてくれ」

「っはい…」

そう言って食人植物がはびこる中熱烈なキスをする護堂と裕理。

「わたしの前で良い度胸ね、護堂…」

「ご、誤解だ明日香ッ!これには深い訳がっ!」

明日香ははぁと息を吐く。

「まぁ、良いわよ。別に護堂が誰とキスしようが」

と言いつつ半眼で睨んでいた。

「く…だが今はそれどころじゃない」

護堂が黄金の剣を一振りすると、樹海は元の植生を取り戻し一応の終息を見せた。

「マズイです、明日香さん避けてくださいっ!」

シアが天啓視から叫んだが、時すでに遅し。

明日香はその防御力から受けて返すを得意としていた。その為に反応が遅れたのだ。

上空から無数の光球が明日香を襲う。

「………やられた。権能が斬られたみたい」

明日香の絶対防御の権能を斬られてしまったようだ。

彼女を覆っている黄金の炎が消え去っている。

「とは言え、最大威力の攻撃を封じられただけ、かな」

彼女の硬さはヴリトラの権能も由来している。それだけでも並の攻撃を弾けるだろう。

と思った次の瞬間、空に浮かぶ太陽が突如として陰った。日食だ。

「おいおいおい、カンピオーネってやつは蝕すら起こせるってのか?」

ハジメが絶望の声を上げる。

「や…やばい…」

「何がヤバイって?」

ハジメが聞き返した。

「神崎さん、わたしを一番でつぶす気だわ」

蝕による暗闇は昼でも夜でも無い。その為明日香の防御力はガクッと下がっていた。

今なら相応の呪力があれば明日香にダメージを与えられるだろう。

焦った明日香は風火輪と火尖鎗を取り出し、武芸百般の権能に任せる。

「あれは星か?」

見上げた護堂がそんな事を呟く。

「違うっ!?あれは…速くわたしの所に集ってっ!!」

暗闇の空に無数に展開される金色のゲート。

明日香は迦楼羅の化身を現し、火焔光背を盾にする。

そして撃ち出されるのは数多くの剣や槍。その一つ一つが巨大な魔力を内包していた。

「なんだってんだよ…ラーマみたいな攻撃まで出来るのかよっ」

驚きの声を隠せない護堂。

「くそ…ハヌマーンの影よ、光を飲み込め」

護堂がハヌマーンを倒して手に入れた権能で、それは太陽や炎、閃光などを飲み込む巨大な影を生み出す。

今回はそれが優位に働いたのか光を伴って空間をつなげていた何かを消し去った。

それを見て明日香が迦楼羅の化身を半身から全身へと作り変えると、しかしそれに相対するように空に巨大なカラス天狗が現れその巨大な刀を振り下ろす。

「くっ…」

明日香も迦楼羅を操り仕込み刀から刀身を現して迎撃。

ドンと空気を震わせ、巨体同士が距離を取る。

足元に居た護堂たちが吹き飛ばされていったが、気にしてられない。

「明日香の迦楼羅と互角だなんて…あれはいったい…」

「スサノオに近しい神格を感じます…」

エリカの戸惑いの声に彼女に守られていた裕理が霊視から得た事柄を伝えていたが、それが何の役に立つと言うのか。

互いの巨躯が打ち合うたびに木々がなぎ倒されていく。

「くそ、いい加減にしやがれ。天叢雲、そろそろ行けるな」

そう護堂は手に持った黒剣に問いかけると、どこか応と答えているようだ。

直後、上空に現れた巨大な黒球。それは全てを飲み込む重力球だった。

「だ、ダメですっ!」

裕理の忠告はしかし遅くに失っし…

空に浮かぶソルが片手を前に出した。すると…

「うおっ…」

「どうしたの、護堂」

「エリカ…マズイ…黒の剣の制御を奪われた」

今のソルは全ての魔法、魔術を屈服させる。魔術である黒の剣の制御を奪うの何て造作もない事だった。

「う…うそ…」

護堂にとっても切り札である黒の剣の威力は救世の神刀にも通じたもの。その計り知れなさは護堂たちが一番知っている。

その全てを飲み込む黒球が護堂たち目掛けて降ってくる。

「ほら、逃げるぞ。早くしろっ!」

ハジメがゲートを開き、護堂たちを呼ぶ。

護堂たちは躊躇いもなくそのゲートへと走った。

「天叢雲、根性をみせろ、それと…ランスロット出番だっ!」

どうにか黒の剣の制御を奪い返そうと呪力を高め、また上空に雷雲が現れたかと思うと、白い閃光がその重力球へと向かって落ちる。

ランスロットの白き騎士の突撃だ。

それらのぶつかりでどうにか黒の剣は最大威力を出さずに霧散。

命からがら護堂たちはゲートを潜り、逃げた先、数キロから見えたそこにはクレーターが出来上がっていた。

「相変わらず、恐ろしい威力だこと」

「ですが、次からはもっと慎重になってもらいたい。今回のように制御を奪われれば最悪な事態を招きかねません」

エリカとリリアナが目の前の凄惨な光景にそう感想を言った。

巨躯同士の戦いも決着が着いたようで、ズザザーと迦楼羅がその巨体を滑らせて木々をなぎ倒し、消滅。

「明日香さんっ!?」

「大丈夫だ、気絶しているだけみたいだな。命に別状はないだろう」

ハジメが目を飛ばして確認すれば傷は無くただ気絶しているだけのようだ。

「だが…」

最大の戦力である明日香がやられたのだ。

スウと空を飛んで現れるカラス天狗のような化身。

「降参だ…俺たちの負けだな」

護堂がギブアップして彼らの蹂躙劇は終止符が打たれた。

戦闘後、富士の樹海からほど近い湖畔のホテルの宴会場で皆が料理に舌包みをうっている。

慰労会と言う事なのだろう。

男子は少ないので自然と蒼、ハジメ、護堂と同じテーブルに付いていて、女性グループもそれぞれ気の合う者同士で固まっている。

「それで、結局神崎さんはカンピオーネって事で良いのでしょうか」

裕理が同じテーブルに着いたエリカに問いかけた。

「そうでしょうね。いったい何柱の神を倒したのやら、見当もつかないわ」

とエリカが返す。

「わたしは早く草薙護堂を海外に移住させる方が良いと思うぞ。カンピオーネが複数同じ地に居て騒動が起こらないためしがない」

リリアナが焦燥気味に答えた。

「ええ。でもすぐにって訳にはいかないでしょうね。でも将来的にはそのプランで行きましょう」

エリカも真剣に返した。いくら護堂が日本に愛着を持っていたとしてもそれはいらぬ騒動の火種が燻るばかりだろう。

「明日香さんも軽くあしらっちゃうんだもんね神崎さん…」

恵那も信じられないものを見たと言った。

「せめて権能を真似る神の神格くらいは分からないと…戦士の化身を逆に使われたらあれほど脅威になるんだから…もしウルスラグナの権能を斬り裂かれでもしたら護堂じゃひとたまりもないわね」

皆、明日香の不死性の半分を持っていた事を思い出していた。

「神崎蒼はカンピオーネにしては珍しく血の気が多いと言うタイプじゃないし、折り合いをつけて行けばすぐにどうこうなる事も無いだろうが…」

リリアナも語尾を緩めた。

それでも神崎蒼も神殺しの獣である事実は変わらない。

エリカ達は蒼へ警戒する事は当然だった。

そして、この戦いの顛末はイギリスの賢人会議へとレポートとして送られ、彼らの頭を悩ませる事になるのは別の話だろう。
 
 

 
後書き
古代ガリア、魔王内戦編とおまけの真なる魔王とのバトルです。権能は増えていく過程がやはり醍醐味ですかね。ここにアオが入っちゃうともう持ってる権能でどうメタを張るかの話になるので、取り扱いが難しくなるのが難題です。
さて、次はいつになるのやら。何か完結している作品でちょうど良いのがあれば良いのですが…
ではまたいつか。 
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