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エイプリルフール番外編 【カンピオーネ&ありふれ】その①
前書き
まずはじめに。今回の主人公はアオではありません。それでも良いと言う方は楽しんでいただければ幸いです。
今回はカンピオーネとありふれの二つを主軸とした作品になっています。
カンピオーネって完結しているんですよね。この作品がカンピオーネを取り扱った当時の最新巻までのクロスを書いた訳ですが、あの状態から続きを書く訳にも行かず、ならばIFと言う事でもう一度書いてみる事に。
とは言っても、同じ所をもう一度やる気力は出ず、ならいっそ続きの時間軸まで時間を飛ばしちゃえと別クロスを挟んだのですが、こっちの方が長くなったかもしれません。
と言う事で、前半はありふれ編となります。前回はアンチにアンチを重ねたような作品になってしまったので、今回は出来るだけ肯定的に仕上げたつもりです。
主人公はカンピオーネの名付きのモブキャラとなります。冒頭に出てくる占い結果はオリジナルではなく最終巻で明かされた事実ですので悪しからず。
主人公たちの年齢や学年は気にしてはいけません。
全長10センチメートルほどの草のクッションの上に小学校高学年ほどの少女が横たわっている。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息が荒い。
その少女、徳永明日香は力なくその体を小山の斜体に預け空を見上げていた。
体を動かそうにもあちこちひどく痛み、もしかしたら全身の骨が折れているかもしれない。
何故そんな事になっているかと言えば、少女はこの小山の斜面に吹き飛ばされて打ち付けられてしまったからだ。
見上げた空で衝撃波がいくつも破裂している。
少女が死に向かっているからだろうかその空中に十の鬼面、二十の腕を持った巨人の怪物と、金の鎧と炎を纏った戦士が戦っているのが見えた。
その戦いは激しい物であったのか、突風が地表をいくつも掠め、その強風に煽られて明日香はオズの魔法使いのドロシーのように吹き飛ばされてしまったのだ。
「はぁ…………はぁ………」
息が細くなっていくのが自分でも分かった。
背中に嫌な汗を感じ、早くお風呂に入りたいなぁなんて突拍子もない事を考えてしまう。
他の人が見ればそれは汗などではないのは一目瞭然なのだが、首一つ動かせないために確認する事は出来ない。
死んじゃうかな…お母さん…お父さん…いや…いやいやっ!いやっ!死ぬのは絶対いやっ!
死んじゃうにしても何も何も…何も…あたしをこうした原因にただ踏みつぶされる蟻のように殺されるなんて認めない。
そう思って、せめて空中の何かを睨め付けた瞬間…ゴポリと視界を泡が立ち上った。
そして不思議な事に明日香の視界に無数の剣戟の痕が浮かんでいたのだ。
それは明日香には分からない事ではあったが、多頭の巨人や金色の戦士がその槍をふるった軌跡だった。
その軌跡を注視すると、突然その剣戟の痕が現実に浮き上がったのだ。
ザンッ
その剣戟は斬れるはずのない物を切断し、殺されるはずの無い者をも殺す事の出来る斬撃だった。
明日香の目の前で、何が起こったかもわからずに多頭多腕の巨人と黄金の戦士が切り刻まれた。
彼らの表情は明日香にはうかがい知ることは出来なかったが恐らく驚愕に染まっていただろう。
両者とも傷を負う事のない権能を持つまつろわぬ神であったが故に。
偶然か必然かここに神殺しは成る。
「もう、これは反則じゃないかしら?」
明日香の近くで少女のような、そして完璧な女性のような声が聞こえた。
視線を上に向ければその視界にピンクの髪を両サイドでまとめた女性の姿が見えた。
絶世の美少女だった。しかし、この日本においてその身なりは結構奇抜だった。図書室の漫画でみたギリシャ神話に出てくる人々が着ているような服装だったからだ。
「仕方がなかったんだ。ラーヴァナは神や羅刹からのダメージを無効にする権能を持っているのだからね。アレを殺せるのは人だけだ」
もう一人、男性の声が聞こえるが明日香は首を動かすのも億劫なため探すのを諦めた。
ただ、少し前に聴いたような気もするとどうでもよく考えていた。
「確かに。ラーヴァナは神も魔王も傷つける事は出来ないかもだけど…だからって、ねぇ」
「この場合どうなるんだ?」
「それは………で………に……」
声が遠くに聞こえてきた。
明日香が意識を保てたのはそこまでだった。
どうしてこんな事になったのだろうか、と明日香は夢に見ていた。
彼女は小学校の修学旅行で奈良を訪れていた。
その自由行動の時間、彼女は友達と観光地にならぶお土産屋を冷やかしていた。
小学生の少ない小遣いで何を買うか、何を両親に買っていけば喜ばれるか考えながら商店街を歩いていると、怪しげな占いテントを見つけた。
入るのを戸惑う明日香に友達は明日香を引っ張り天幕に入っていった。
そこからは一人ずつ呼ばれるままに中に入り、占いを聞くと言う。まぁ一般的な占い師の様相だった。
薄暗い照明、いかにもな水晶が置かれたテーブルに占い師と向かい合うように座らされる。
「何を占おうか」
以外にも薄暗い照明の向こう側から聞こえてきた声は年若い男性の物だった。
「えと……恋愛運を…」
明日香は幼いなりにも気になる男子生徒が居る。彼との恋愛運は明日香にとって割と無視できないウエイトを占めていた。
「どれ」
といかにもと言う手つきで水晶の周りに手をかざす。
占い師の表情は見えない。逆光になる様に絶妙に照明が配置されているようだ。
「あまりいい結果は伝えられそうにないね」
「なっ!!」
ふぅと一度心を落ち着かせる。
所詮は占いよ、と。
「あなたが気になっている男性は天性の人たらしだね」
「うぐっ…」
明日香の言葉が詰まった。彼女の思い人は顔立ちは普通だが、密かに彼を思っている女性とは多かった。
「だけど、ここからが本題なんだけど、彼とは遠くない未来で互いの人生が離れていくのが見えるね」
「転校するって事ですか?」
「いや、これはもっと別の意味合いだ。住む世界が違うと言う感じだ。それに彼には運命の相手が五人ほどいるようだ」
「五人っ!?ちょっと、嘘言わないでよっ!」
ここは日本で一夫一妻だと明日香が吼える。
「じゃ、じゃああたしもその五人の中のひとりとか?」
「うーん」
と一息置いて占い師が答える。
「君はそうだなぁ…21歳で年上の男性とデキちゃった婚するようだよ。大学は通っているみたいだけど、休学して子育てが落ち着いたら復学して卒業するみたい」
「……っ……」
あまりにもあんまりな占いに声も出ない。
「未来は変わると言うけれど、そうだなぁ…デキちゃった婚は変えられそうにないなぁ。いったいどう言う星の元に生まれたのだか」
だけど、と占い師。
「君の初恋が自然消滅か、それとも納得して離れていくのかは決められる」
「ちょっと、すでに失恋が決定しているように言わないでください」
明日香はショックのあまり目に涙を溜めている。
「いたっ!」
こつんといつの間にか占い師の伸ばした人差し指と中指が明日香のおでこを突いていた。
「一度だけ、運命を変えるチャンスをあげるよ。思い人の彼とはうまく行くことは無いと思うけど、君の人生は一変するはずだ。その彼をもっと理解できると思うよ」
「ちょっとっ!」
怒る明日香を手で制する占い師。
「だけど、出来ればそうならない方が良いと思うのだけどねぇ」
占い師に促されながら明日香はその天幕を出た。
「なんなのよ、まったく」
ぷりぷりと怒る明日香。
その数時間後、観光地にいきなり突風が吹き荒れ、友達は建物に避難できたようだが運の悪い事に徳永明日香はドロシーよろしく竜巻に吹き飛ばされるのだった。
明日香が出た後の天幕にて。
「店番ありがとうね。まぁ、客もそう来る事はないんだけどね」
そう言っていかにも占い師ですと言う格好をしていた女性が天幕に入って来た。
「別にいいですけどね。普通修学旅行に来た男子高校生を捕まえて店番なんてやらせますかね」
「だって、おなかがすいていたのだもの」
なんて会話があったとか。
再び目を開けた明日香の体は傷一つなく、こうして徳永明日香は神殺しとなったのである。
彼女はこの異常事態に駆けつけきた正史編纂委員会と呼ばれる人たちに保護されることになり、修学旅行どころではなくなってしまった。
その後、彼女の人生は一変する事になる。
神殺し、カンピオーネとしてすべての魔術師にかしづかれる立場になったのだ。
それから四年。
彼女にも色々な事があった。
発現した権能があまり戦闘向きではないと言う事実に、正史編纂委員会から派遣された魔術師による戦闘訓練と言う名の地獄のような日々。
いや、カンピオーネを地獄に落とせる魔術師を魔術師と言っていいのかは不明だが、彼女の指導のおかげで何とか自衛出来る程に成長した。
戦闘向きの権能では無いとは言ってもカンピオーネは自身の勝ち方を知っている獣だ。
神と戦えないカンピオーネなど居ない。
四年のうちに権能の掌握も進んだのか、派生能力も使えるようになり彼女の力を疑う者は居なくなった。
・黄金の炎 (ウォール・オブ・ゴールド)
羅刹の王ラーヴァナと施しの英雄カルナから簒奪し、一つになった権能である。
絶えず彼女の周りに水ですら消える事のない金色の炎の陽炎が鎧のごとく覆っている。
その炎は全ての攻撃を通さず、通すダメージは10分の1にまで減少し、神や魔王の権能では傷一つ負う事は無い。
守りの力だが、攻撃のための奥の手はちゃんとある。
彼女の初恋の男子とは、春から別々の高校に通うようになり、少し疎遠になっていた。
そんな高校一年の春。
この四年で彼女も大きく女性らしく成長していたが、左右に髪をくくっていて少々あどけなさが残るが、十二分に美少女だろう。
時間はちょうど高校が下校時刻を迎えたころ、携帯電話に一通のメールが着信し、近場の喫茶店で待ち合わせる事にして徳永明日香は早足に下校し、現在。
「ゴルゴ…なんですか?」
少し年上の女性と対面するように腰を掛けて座っている明日香。
「どこのスナイパーですか…ゴルゴネイオンです」
丁度オリンピックの金メダルほどの大きさの物ですと両手を囲うようにして明日香より少し年上の女性が答えた。
「神崎さん、それはいったい」
何ですかと問いかける。
神崎さんはこの四年の間、徳永明日香に戦闘訓練を付けてくれている正史編纂委員会から派遣されているエージェントだ。
そう言えば下の名前聞いたことないな、とふと思ったが特に不便を感じていなかったのでスルー。
「イタリアの魔術結社が発見した神具なんだけどね、どうやら新しく生まれた魔王様が日本に持ち込んだんだよね」
ヤレヤレと神崎はアイスコーヒーのストローに口を付けた。
「大変じゃないですかっ!」
神具と言われればアレルギー反応が出る程あまりいい思いをしてきていない明日香が応えた。
「それで、そんな危険なものを持ち込んだ新しいカンピオーネってもちろん日本人なんだよね」
誰ですか、と明日香。
「そりゃもちろん…あなたが良く知る人物ですよ」
「へ…?」
そして腐れ縁の男の子の名前を聞いた。
「まさか、そんな事になっているなんて…いや、…十分にあり得そうではあるけど…」
草薙護堂。
城楠学院高等学校一年。
そう一番新しいカンピオーネである。
そして明日香の幼馴染で初恋の男の子だった。
神崎さんの説明によれば、春のイタリア旅行でまつろわぬ神を倒して草薙護堂はカンピオーネになったらしい。
そして…
「あ、愛人っ!?」
衝撃の言葉を聞いた。
エリカ・ブランデッリ。
イタリアの名門魔術結社である赤銅黒十字の大騎士にて紅き悪魔、ディアボロ・ロッソの称号を若干16歳で拝命している一流の魔術師らしい。
その彼女が護堂の愛人を自称して現在来日中だと言う。
「どうやら彼女が草薙護堂がカンピオーネになる切っ掛けを与えたようだよ」
そう正史編纂委員会のエージェントである神崎さんが言う。
ついでにと神崎さんが言うにはついこの間の連休でイタリアへと呼び出された草薙護堂が持ち帰って来たものがゴルゴネイオンと言う神具であると言う。
「こういう事されると困るんですけどねぇ。問題を他所にやってしまえばいいとか何を考えているのやら」
「でもでも、神様関係ならカンピオーネを頼るしかないじゃないですか」
と明日香。
カンピオーネの責務は一つだけ。神と上に関連する事柄に人類を代表して戦う事のみだ。
その重責を負うために、普段の横暴には目を瞑り、全力で隠ぺいされる。
「イタリアにもカンピオーネは居るはずだからね。被害を日本(こっち)に与えよう考えたとも取れるね」
世界に七人…いや、今は八人いるカンピオーネの一人、サルバトーレ・ドニはイタリア在住のカンピオーネなのだ。
「……それはちょっと…いや、だいぶ…?」
問題解決が出来ないならばまだしも、自国に神殺しが居るのにこれは良くない。
「と、とりあえず護堂に電話してみます」
「よろしくお願いします」
それが神崎が徳永明日香に会いに来た理由だった。いまだ日本の裏事の専門機関である正史編纂は草薙護堂に接触していないのである。
「あ、あれ…出ないなぁ」
コールが20を超えた所で明日香は電話を諦めた。
「護堂の奴、次に会ったらとっちめてやるっ!」
その頃護堂はゴルゴネイオンが呼び寄せたまつろわぬアテナに殺されて蘇っている最中だったなんてトンデモな事、明日香が想像できるはずもなく…
神崎の携帯電話が鳴った。
「はい、はい…はぁ…で、…どうします?はぁ…はい、はい」
「正史編纂委員会からですか?」
「ええ。まつろわぬアテナが現れたそうですよ」
「アテナ…あたしでも知っている神様ですね…それで」
「しばらくは様子見ですね」
「どうしてですかっ!」
神様相手に後手で良いのか、と。
「少々私にも理由がありまして」
そう言って神崎さんは明日香から視線を外した。
どこか遠くを見ているようだ。
「…?」
神崎は私用だと言ったニュアンスで答えたのだが、徳永明日香は気づかなかった。
結局、護堂には明日の放課後用事があるとメールを送り就寝。
しかしその約束は果たされることは無かった。
なぜなら明日香は翌日クラスメイト達と一緒に異世界へと転位させられてしまったからだ。
それは翌日の学校で、いつものように友達とおしゃべりをしていて、普通の日常のはずの一日。
社会科教諭の畑山愛子が授業開始を告げながら入室して来た、そんなタイミングでクラスメイトである天之河光輝を中心にして広がる魔法陣。
「え…?」
明日香の呟きとクラスメイトの悲鳴だけを残して一クラス分の人間が忽然と消えた。
彼らが召喚されたのはトータスと呼ばれる異世界で、剣と魔法がはびこり、文明が中世辺りで止まった世界だった。
神山と呼ばれる標高の高い山にある教会のような建物に召喚された明日香達だが、今はハイリヒ王国の王宮に招かれ説明を受けている。
イシュタルと呼ばれる年老いた神官が説明するには、このトータスは人間族と魔族が争っていて、最近になって魔族側が強靭な魔物を操って戦争を起こし人間族側が劣勢であるらしい。
そこで人間族を哀れんだ神であるエヒト神が異世界から勇者とその仲間たちを呼び寄せたんだとか。
(神…かぁ…絶対ろくでもない事になるわ…)
明日香は神と言う言葉ですでに辟易している。神と関わって良い事なんて1ミリもないのだ。
説明があらかた終わると騎士団長であるメルドからステータスプレートなるものが渡される。
そのステータスプレートに血を垂らすと自身のステータスが浮き上がると言う。
明日香も血を垂らしてみる。
徳永明日香 15歳 女 レベル:※
天職:調理師
筋力:※※※※※※
体力:※※※※※※
耐性:※※※※※※
敏捷:※※※※※※
魔力:※※※※※※※※
魔耐:※※※※※※※※
技能:調理魔法適性・言語理解
「なに、これ…」
ステータスが殆ど非表示になっている。
と言うか文字化けか。
メルド団長がレベルの概念、天職の概念、スタータスの意味を説明する。
レベルの最高は100でその数値はどれだけ完成に至っているかの一例であるらしい。
天職は一人に一つ与えられるもので変更は出来ない様だ。
ステータスは日ごろの鍛錬で伸びるらしい。
勇者の天職を授かったのはやはりと言うかクラスのリーダー的存在である天之河光輝で、彼のついでにクラスメイトも召喚されたのではないかと疑ってしまう程だ。
「君は調理師か…ステータスが表示されていない様だが…調理師では戦いは難しいだろう」
そうクラスメイトのステータスプレートを確認していたメルド団長が明日香に言った。
「は…はぁ…」
クラスメイトの殆どがこの世界では珍しい戦闘職で、非戦闘職ぽくはあっても治癒師や結界師はゲームで言う所のヒーラーに相当するため現代日本の感覚でなくても戦闘職に入るだろう。
その中で三人、はずれが存在した。
一人が教師である畑山愛子。
彼女の天職は作農師。完全に非戦闘職ではあるのだが、生産性をアップさせる事が出来るレア中のレアな天職であり、王国側にしてみれば勇者の次に必要な職業であっただろう。
次に南雲ハジメ。
彼は錬成師と言うありふれたもので、ゲームで言えば鍛冶師に相当する。
非戦闘職であり、彼のステータスも勇者である光輝がオール100と言う数値を叩きだしている所、オール10と言う最低値だった。
そして最後は調理師である明日香と言う事になる。
しかし愛子先生と南雲の扱いは両極だった。
クラスカースト最下位は南雲ハジメとなり、徳永明日香は女性と言う事で意識しないようにされている。
まぁいいんだけど…
帰れない現実に天之河くんが魔人族との戦争に勝てば帰れると希望を口にし、彼の幼馴染である坂上龍太郎、白崎香織、八重樫雫が同調した事で、生き抜くため、帰るために愛子先生の反対を押し切り行動を開始する事になり、次の日からは戦闘訓練が課せられた。
皆、戦闘は素人も同然のはずだが、天職の補正だろうか。結構さまになってきている。
戦闘職の成長速度は目を見張るものがあり、特に天之河光輝に至っては既にステータスを倍にしていた。
流石勇者。
城では一人一室を与えられ、衣食住の保証はされている。
リアルメイドさんに給仕されて一部の男子なんかは鼻の下を伸ばしていた。
一日の訓練が終わると身を綺麗をしてそれぞれの時間を過ごす。
最近はそれぞれ気心の知れた人と夜を過ごしているのが普通になっている。
明日香もその例に漏れず、彼女の部屋には香織や雫が明日香を心配してか訪ねて来ていた。
今日はそこに谷口鈴も加わっている。
誰も言わない事だが、クラスカーストのブービーである事は確かだからだ。
男子と違い女子の心根は正しい者が多い為、イジメに発展はしていないのは救いだった。
「うあー…つかれたよーー」
ぐでーと人のベッドで横になる鈴。
「こら、鈴ちゃん。明日香ちゃんのベッドを汚さない」
「別に構わないけど」
明日香が答えた。
「うー、いいじゃん。でも本当に筋肉痛で死にそうだよぉ」
本当に体が動かせない様で、谷口鈴はベッドから動けないようだ。
「ちょっと待って、回復魔法かけてあげる」
そう白崎香織が言うと詠唱を開始し始める。
「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〝天恵〟」
「あぁ…効くわぁ…」
どうやら痛みが引いてきたらしい。
「鈴、発言がおっさん臭いわよ」
「シズシズひどぉい」
ジト目をした八重樫雫が鈴を窘めた。
「香織もあまり回復させ過ぎないでね。筋力が付かなくなるから」
「わ、分かったよ」
「うぅ……いたた」
魔法は個人の資質が大きく表れる所であり、魔法陣に魔力を通し行使するのだが、その術式は素質により省略化できる。逆に言えばの素質の無い者はそれこそ二メートルを超える魔法陣を用意してようやく火球のような初歩の魔法が使える程度であり、それでは戦闘には使い物にならないだろう。
「でもいいよね、魔法って。ファンタジー最高」
「こら、鈴」
明日香の前だからか、雫がすぐに窘めた。
「あ、ごめんなさい…」
調理師である明日香の前で軽率な発言だった。
「大丈夫よ。わたしも魔法は苦手だから」
鈴がすぐに謝り、雫は天職が剣士と言う事もあって魔法全般に相性が悪かった。
「あー…言うタイミングを逃してたんだけど。わたし、魔法使えるよ?」
「え?そうなの?でもそれって二メートルくらいの魔法陣を用意してって事だよね」
「いや?」
そう言うと明日香は手首をスナップ。パチンと指が鳴ると火球の魔法が射出されずに空中に留まっている。
「え、どうして…?魔法陣は?」
「適正が高いって事かなぁ」
なんてことも無いように明日香が言う。
「「「はぁ?」」」
驚く三人。
「す、ステータスプレート見せて」
「はい」
鈴に請われて差し出したステータスプレートの技能欄を覗き込む三人。
「なんか生えてるーーーーっ!」
鈴が絶叫。
「生活魔法に派生技…?」
冷静に香りが言う。
「す…すごい…」
雫も唾を飲み込んだ。
明日香の技能欄はこうだ。
技能:調理魔法適性[+直感][+炎属性適正【+浄化】][+水属性適正【+浄化】][+風属性適正【+浄化】][+氷属性適正][+時間凍結庫][+光属性適正【+浄化】][+振動魔法適性][即死魔法適性【+効果弱体】][+感知][+看破][+錬成][+調合][+食材無毒化][+付与魔法適性(食材)][+魔力操作]・異世界言語
「何これ、チートじゃん。トッキーって調理師じゃなかったのっ!?」
「トッキー!?え、ええ!?」
初めて変なあだ名で呼ばれたような気がする。
「鈴じゃないが、これはどういう事なの?」
と雫。
「なにって調理魔法だよ。炎が無ければ焼けないし、水が無ければ煮込めないでしょ?錬成は包丁とかフライパンを作るためのものだし、直感、感知、看破はどこをどう捌けば良いか分かるようになったかなぁ。氷魔法と治癒魔法は鮮度維持とかに便利だよね」
「全部料理をするためって事?」
「そうだね」
「「「…………」」」
黙り込む三人。流石にショックだったらしい。
しばらくして、話題を変える。
「そう言えば、明日からオルクス大迷宮かぁ。大丈夫かな…わたし達」
眉根をハの字に曲げて鈴が言う。
「仕方ないよ。戦う力は必要だしね」
と、香織が言う。
明日から向かうオルクス大迷宮は数多くの魔物が住み着いていて、地下へと広大な洞窟が広がっていて、まさにダンジョンと言う体をしているらしい。
現在の人類最高到達点は65層で、いったいどのくらい続くのかも分かってないのだ。
「帰れるかな。わたしたち…」
「分からない。でもやらなきゃ」
鈴を雫が励ました。
「大丈夫。帰れるよ。だから死なないで」
そう明日香が力強く言い切った。
「どうしてそんなに言い切れるの?」
香織が視線を向けてきた。
「わたしね。子供のころによく当たる占い師に占ってもらったんだ」
「いきなり占いの話?」
雫がジト目で明日香を見る。
まぁまぁと明日香が返す。
「わたし小学生の時から好きな男子が居るんだけど。その子との恋愛運をみてもらったのよ」
「へぇ、どんな、どんな?」
鈴が恋愛話だと食いついてきた。
「もう、最悪」
「え?」
「そいつ、五人もの奥さんと結婚するらしいわ」
「そんな非現実的な…」
鈴が呟く。
「それがそうとも言い切れないのよね…最近海外から愛人を連れ帰って来たみたいだし」
「ええ?」
「あ、愛人!?」
香織と雫も驚いた。
「あ、じゃぁトッキーもその人のハーレムに加わるんだ。なるほど」
「…………」
「え、ちがうの…?」
「わたしはどうやら大学で年上の男性とデキちゃった婚するらしいわ…」
「「「…………」」」
「それは…」
「ひどいわね…」
「でもでも、占いだよ?」
「とは言っても、異世界召喚なんてされているんだよ。向こうの世界にも本物は居るって事だと思う。そして彼はその本物だった」
実際、明日香はカンピオーネと言うトンデモな事になってしまっていた。
沈黙が訪れる。
はぁと明日香はため息一つ。
「まぁ、重要なのはわたしが大学でデキちゃった婚するって事」
「あ、そうか」
「どう言う事、カオリン」
「明日香ちゃんが大学生になってデキちゃった婚するって事はっ大学生になるって事だよ」
「つまり、どういう事?」
「占いを信じるなら、明日香は日本で大学生になってると言う事。つまり帰ったと言う事だ」
「なるほどっ!じゃあ鈴達も帰れるって事だよねっ!」
雫に説明されてようやく鈴も理解したようだ。
「あれ、でもそれってトッキーは失恋確定っ!?」
「うっ……」
「こら鈴ちゃん。言っていい事と悪い事があるわよ」
「ご、ごめんー」
そうして夜は更けていき、オルクス大迷宮攻略が始まる。
オルクス大迷宮はその名の通り、地下深くへと続く巨大なダンジョン構造をしている。
多種多様な魔物が湧く事からしばしば騎士団のレベルアップに用いられていた。
今回はそこで異世界人のレベルアップを図ろうとするのは当然だろう。
騎士団の引率もあって20層まで問題なく降りてきた。
もちろん、途中で会敵した魔物はクラスメイト達が戦闘訓練もかねて倒している。
錬成師のハジメや調理師の明日香にも適度の弱らせて止めを刺させているほどなので、ゲームで言うパワーレベリングと言ったところか。
そして20層。
クラスメイトの檜山大介がメルドの忠告も聞かずに、グランツ鉱石と言うこの世界ではよく求婚指輪に加工すると言われる綺麗な石を採掘しようとして…トラップが発動した。
一瞬で広がる魔法陣は再びクラスメイト達を飲み込み、人類到達最下層、65層へと飛ばされてしまったのだ。
現れた先は左右が切り立つ橋の上。
クラスメイトの困惑のどよめきを他所に大量に召喚される人型骸骨の魔物、トラウムソルジャー。反対側の橋のその奥には巨体に二本角の獣型魔獣が現れた。
メルド団長はすぐさま撤退を指示し、クラスメイト達を率先して逃がそうと矢面に立つ。
そんな状況に勇者が義侠心を発揮し、戦闘に参加。巨獣…ベヒモスとの戦闘が開始された。
トラウムソルジャーを突破して逃げ道を確保するチームと、ベヒモスを食い止めるチーム。
そのどちらもがいっぱいいっぱいだ。
主戦力はどうしても強敵であるベヒモスに割かねばならず、トラウムソルジャーも弱敵では無いのである。
味方がトラウムソルジャーを退ける前に、ベヒモスを留めている方が崩壊しかけている。
勇者でありクラスのリーダーである天之河光輝は負傷し、メルド団長も劣勢に追いやられている。
どうにか防御魔法で留めているが、それもいつまでもつか。
そんな中駆ける一人の男性。
それはクラス最弱であると笑われていた南雲ハジメだ。
彼は自身の唯一の得意魔法である錬成を駆使して橋の上に壁を作り、ベヒモスを留めていた。
天之河光輝が回復し、トラウムソルジャーを一掃。退路の確保が出来たタイミングで、メルドはクラスメイト達に指示しベヒモスにありったけの攻撃魔法を撃たせ、その間に南雲ハジメを退避させるはずだった。だが…
なぜか一発の魔法が誘導をはずれ南雲ハジメの直前に着弾。
ダメージを負いつつも懸命に走るハジメにしかしベヒモスの攻撃で橋が崩落。
南雲ハジメもろとも奈落へと落下していった。
辛くも一人の犠牲でクラスメイト達は救われたのである。
そんな中、人一倍ショックを受けているのは白崎香織だ。
彼女は必死に奈落へと手を伸ばし、八重樫雫に止められ、天之河光輝からは南雲ハジメを見捨てると言う言葉が出る。
確かに普通に考えればどことも知れない奈落の底へと転落し、助ける術を持たない彼らには自分をごまかす言葉が必要だったのかもしれない。
だが、極限状態だからこそ、その人間の本質が垣間見れる。
もともと徳永明日香は勇者とは反りが合わない存在だ。
自我を通し、神をも殺す。エピメテウスの落とし子。
神殺しの魔王と呼ばれる存在に、四年前になってしまった。
そもそも明日香が本気を出していれば、ベヒモスくらい余裕で倒せたはずで、南雲ハジメは奈落に落ちずにすんだだろう。
だから…
トトトと崩れた橋に駆け寄りジャンプ。
「明日香っ!ダメっ」
「明日香ちゃん」
雫と香織が言葉を投げた時にはすでに空中で宙返りしながら頭から奈落へと落ちていく途中だった。
三人の視線が交差する。
「大丈夫、わたしは死なないから」
「ダメーーーーーーーーッ!」
「明日香―――――――っ!」
香織と雫の絶叫。
奈落の底へと真っ逆さまに落ちていく。
明日香の体からは陽炎が揺らぎ、彼女の体を金の炎が包み込むと、遂に奈落の底へと到達。
ドドーーン
粉塵を巻き上げまるで戦車でも落ちてきたかのように地面がくぼんでいる。
その中を這い上がってくる一つの人影。
「我ながらほんとどうなっているのだろうね」
それは常人ではありえないだろう光景。明日香は無傷でクレーターをよじ登っているのだ。
「さて…南雲くんは…」
まっすぐ落ちてきたはずなのに、南雲ハジメの姿は無い。
「喜んでいいのか悪いのか」
辺りには遺体も血痕も存在していない。
「どこかで運よく引っかかっては…居なかったから」
感知スキルで確認しながら来たのだ。
「運よく風か水流かに流されて大幅に落下地点がズレたかしたかな」
感知にはやはり引っかからない。
運が良ければ生きてるかもしれないしと思い、明日香は探索を開始した。
食糧はこの世界で手に入れた能力である時間凍結庫に入れてある分でどれだけ持つかは明日香には分からない。
時間凍結庫とは亜空間に有る時間の止まった空間で、一般的な六畳の部屋程度の収納能力を誇るが、中に入れられるのは主に食材と調理器具に限定される。
大きめの食糧庫、もしくは冷蔵庫と言う感じだ。
飲み水は水魔法でどうにかなるし、と気楽に考えていたのだが…
「魔物がウザい…」
二尾狼、蹴りウサギ、爪熊。
上層では比べるまでも無いくらいの強敵である。
「弱いのにわらわらと。逃げてけばまだ可愛げもあるってのにっ」
クラスメイトも居ないので、今の明日香は権能全開である。
彼女の権能、黄金の炎(ウォール・オブ・ゴールド)はこの程度の敵の攻撃ではダメージを負う事は無い。
逆に黄金の炎の付随効果である魔力変換(炎)の効果で魔物を燃やしていく。
探索を始めて十日を過ぎて、さすがに死んだかな?とあきらめかけていた。
そんな時、通路の先に響く銃声。
「銃声…?」
その音に向かって明日香は走る。
開けた場所に出ると、そこには今まさに爪熊を貪り食っている何者か。
「しばらく見ない内にワイルドになったね…南雲くん…」
「ああ?」
ジロリと向けられた赤い瞳。頭髪は白く染まり、ひょろガリだった体は程よく筋肉がついている。
だが、左腕が肩の付け根から無くなっていた。
「お前…徳永…なのか…?」
信じられないと言った表情。
「いや、これは幻影だ…俺の脳が見せている幻覚なんだ…こんな…奈落の底に人なんて…」
「いや、わたし本物だから」
「馬鹿な…どうやってここまで…」
回りの敵の強さはハジメ自身が魔物を喰ったことで強化されたパラメーターでどうにか対抗できるくらいに強敵なのだ。
今もようやく幾つもの賭けに勝って爪熊を倒した所だった。
「まぁ、南雲くんと同じで上から落っこちてきた」
「な…よく無事だったな…徳永の天職は俺と同じで…ん…その…一般職だろう」
「わたし、これでも神殺しの魔王なので。と言うか、どうしてそんなもの食べてるの?おいしいの?」
爪熊を手から出る赤い雷でバチバチと焼いて無理やり咀嚼して飲み込んでいる。
「おいしかねぇよ…だがここじゃ他に食えるものがねぇからな」
「ああ」
確かに明日香でも無ければ食糧何て持ち合わせが有る訳がなかった。
「それと、魔物を喰うとステータスが伸びる」
「ええっ!?」
これにはさすがに明日香も驚いた。
「それから魔物のスキルを奪えるみたいだ」
「そんなゲームみたいな…」
「だが、事実だ」
南雲ハジメはそうやってこの奈落の底で生き抜いてきたのだろう。
「はぁ…分かったわよ。でもまぁ、そのままじゃ味気ないでしょう」
そう言って明日香は時間凍結庫から包丁とまな板、寸胴を取り出し、錬成で地面にコンロを作り火魔法で加熱。
「徳永、何をやってるんだ」
「わたしは調理師だもの。料理に決まっているでしょう」
爪熊を三徳包丁と明日香の技量の高さで切り取り肉を切り分けると油でいためる。
「今回は豪華にいくわね。毎回は…ちょっと難しいけど」
時間凍結庫から名前も分からない根菜類を取り出すと水魔法で出した水と一緒に煮込んでいく。
調味料を加え、小麦粉でとろみを加えて完成。
「まぁ、こんなものでしょう。食器は自分で作りなさいね。錬成師でしょう」
「あ、ああ…」
錬成で作られた器にシチューを盛る。
「はい」
「あったかい…」
「そりゃそうよ。シチューだもの」
がっがと南雲ハジメは泣きながら熊シチューを胃に収めていった。
「うっうぅ…うぁ…うぁあああああああっ!!」
「ちょ、ちょっと南雲くんっ!?な、なんで急に…っ!?」
突然大粒の涙を流して泣き始めた南雲ハジメ。
彼は死を覚悟し、それを乗り越え、どんな手段を使ってでも生き残り、元の世界に帰る。そう心に決めた。
だが、そんな地獄の底で、温かいご飯は彼の心に染み渡り、壊れ続ける彼を踏みとどまらせた。
とは言え、それは引き返すには難しい崖の先で振り返るほどの戸惑いだった。
「あ、でも勘違いして惚れちゃダメよ。わたしには好きな人がいるから…って…」
しかし、明日香の運命の相手が草薙護堂ではなく、年上の男性とデキ婚だと言う事を思い出し、少し落ち込んだ。
「ば、バカ…惚れるわけねぇっ!!」
慌てた表情で反論するハジメ。
「はいはい。しっかり食べて、元気出して。熊肉も…意外とうまいわね」
スプーンで掬って一口咀嚼する。天職の影響か、我ながら結構上手に煮込めている。
「そう言えば、魔物の肉は猛毒だったな」
「え?」
「何故か俺は無事だったから忘れていた」
「そんな重要な事を何でもないように後出ししないでよっ!」
「まぁ、大丈夫じゃねぇか?俺が最初に食った時はとっくに激痛に苛まれていた」
やっぱり毒だったんじゃない。
「まぁ、食材無毒化の発展スキルがあるからかしらね」
南雲ハジメがスタータスプレートを確認している。
「お、やはりスキルが増えているな」
「へぇ」
その言葉に明日香も自分のステータスプレートを確認すると、確かに風爪のスキルが追加されていた。
「じゃぁ、腐れ狼と腐れ兎も食わないとね」
明日香も神殺しの魔王。
生き残るためには貪欲だった。
「お、おう…なにか嫌な事でもあったのか?」
「あいつら弱いくせにワラワラと…本当に狩りつくしてやろうかしら」
「こ、こえぇ…」
ふっふっふと笑う明日香に戦慄を覚えるハジメだった。
魔物に怨嗟を吐こうが、まずこのオルクス大迷宮を脱出しなければ。
「上への通路はたぶん無いかな。どういう訳か今まで上へ向かう通路は見つからなかった」
と明日香。
「マジか…って事はさらに潜るって事か?」
「それしか今の所可能性がないかな」
「と言うかお前、見た目通りのステータスじゃねぇな。じゃなきゃこんな奈落で生きて行けるはずがねぇだろ」
「お前だぁ?」
ジロリと睨み返す。
「すいません…徳永さん…でよろしいでしょうか…こえぇえよ…魔王が居るよ…」
しかしハジメの言葉は的を得ていた。
「呼び捨てで良いわよ。強さに関しては…まぁ、そうね。天之河くんをワンパンできるくらいには強いつもり」
「勇者がワンパンかぁ…」
ハジメが遠い目をしていた。奈落の底で無傷でいるのだ。妙に説得力があった。
今後の方針としては、ハジメの戦力が充実したら奈落のさらに下へと潜る事に。
ハジメが錬成した銃火器の威力は高く、魔物を調理しながらさらに下へ。
50層ほど潜ると、ひと際厳重に封印されている扉を発見する。
襲ってきたサイクロプスを倒し、迷宮攻略を信じて中へ。
しかしそれはすぐに裏切られる。
中で待っていたのは封印された金髪の少女。
「うん。絶対に封印を解いちゃいけない系だ」
しかし少女と問答をしたハジメがほだされて彼女を解放。
「ほらぁっ!なんか襲ってきたよっ!」
現れる巨大なサソリ。
「しょうがねぇだろ。見捨てられなかったんだよっ」
巨大なハサミや酸、魔力ビームなどを掻い潜り手に持った三徳包丁で黒い線をなぞる様に振り下ろすと、まるで捌き方を知っている魚のようにすっとその刃が通り、見る見るうちに解体されていく。
「おかしいだろっ!それはもう直死の魔眼だろっ!?」
どこかハジメの中二魂が叫んだようだ。
「食材をさばいてるだけだってっ!弱点が分かる的な?…たぶん」
感知と看破の複合スキルのはずだ。間違っても死の線をみてる訳じゃない…と思う。
「ぜってー嘘だっ!!」
「ねぇ、ハジメ直死の魔眼って?」
「今はそれどころじゃねー」
少女の質問に叫びながら答えるハジメ。
戦闘中のおしゃべりは遠慮してよっ!
ハジメにユエと名付けられた少女、どうやら吸血鬼族の生き残りらしい。
この奈落に封印されて300年になるようだ。
そんな彼女と共に巨大サソリを退け、更に下って行く。
サソリとサイクロプスはもったいないので調理して食べました。
エビや牛肉のような味がして結構おいしかったです。
「うまい…最高だぁ」
ハジメから感嘆の声が漏れる。
「たしかにおいしい…」
「もっと褒めなさいよ」
そんな会話の後、ハジメから離れて駆け寄ってきたユエがボソッと呟く。
「わたしは二番目でも我慢できる女」
それだけ言ってハジメの背中へと戻っていった。
「ちょっと勘違い、勘違いだってっ!!」
さらに50層ほど降りると再び大きな扉が現れた。
その奥にはおそらく主級の魔物が居る事は確実で、準備を入念に確認してから扉を開ける事にする。
その扉の奥で休息と食事を取っていた時、ハジメが明日香を呼ぶ。
「なぁ、徳永…さん」
一瞬呼び捨てにしようとして敬称を付けたハジメ。
「呼び捨てで良いって言ったわよ。いつまでも徳永さんじゃ言いにくいでしょうし」
100層近くの呉越同舟に明日香もハジメに気を許していた。
「そ、そうか…それで徳永、少し頼みがあるんだけど」
「頼みって?」
「ステータスプレートを見せてほしいんだ」
それは自分がどれだけ成長して、他者がどれほどの成長をしているかの比較をしたいと言う事のようだ。
「ああ。なるほど」
はいと手渡される明日香のステータスプレート。
「あ、ありがとう」
手渡されたそれを覗き込むハジメとユエは何とも言えない表情を浮かべている。
「なに、これ」
「ステータスが文字化けしている?」
徳永明日香 15歳 女 レベル:※
天職:調理師
筋力:※※※※※※
体力:※※※※※※
耐性:※※※※※※
敏捷:※※※※※※
魔力:※※※※※※※※
魔耐:※※※※※※※※
技能:調理魔法適性[+直感【+心眼】【+先読み】][+炎属性適正+【浄化】][+水属性適正+【浄化】][+風属性適正【+浄化】【+雷属性適正】][+氷属性適正【+仮死】][+時間凍結庫][+光属性適正【+浄化】][+振動魔法適性][即死魔法適性【+効果弱体】][+感知【+範囲拡大】][+看破【+弱点看破】【+鑑定】][+錬成][+調合【+発酵】【+発酵促進】][+食材無毒化][+付与魔法適性(食材)【+効果時間上昇】]・[魔力操作【+無詠唱】【+魔力放出(炎)】【+魔力放出(雷)】]・浮遊[+飛行][+飛行速度上昇]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪[+三爪][+飛爪]・※※※※・※※※※※・※※※※※・異世界言語
※※:※※※※・※※※※※※※
「ハジメ、これはどういう事?」
とユエが問いかけた。
「ステータスが文字化けしている理由なんて一つしかねぇ」
ああくそ、とハジメ。
「メルド団長の目も節穴だな」
はぁとため息。
「それは?」
「クラス転移物に一人は居るチート能力者…」
天之河じゃなかったのかと口の中で呟く。
「ハジメ?」
「文字化けじゃ無い。これはステータスプレートが明日香の能力を測れていないと言う事だ」
同じ非戦闘天職で外れ枠だと思っていたハジメは、薄々は感じていた事ではあるがやはりショックだったよう。
「大体なんだよ…調理魔法の派生スキルですら意味が分かんねぇよ…」
「いや、でも今までも料理に使ってたし、その時は何も言わなかったじゃん。それに火が無ければ焼けないし、水が無ければ煮込めない。氷が無ければ鮮度が落ちるし、即死魔法で滅菌してるんだからね」
「じゃああのチートお決まりのインベントリみたいなのはなんだよ」
日本でよくある転位転生ものにあるチート能力の一つ、インベントリ。それを明日香は持っているのである。
「あれは食糧庫。基本食料と調理道具くらいの小物しか入らないの」
「はぁ…この魔法適性がただの調理魔法の派生スキルだなんてな…これだからチートと言うんだ」
どうやら落ち込ませてしまったらしい。
食後、他に扉か下への階段が無いかハジメの提案で彼とユエ、明日香は別れて探す事に。
「二手に分かれて大丈夫かな?」
「明日香のステータスなら大丈夫だろ」
「わたしじゃなくてハジメくんが」
「チッ…ユエも居るし大丈夫だ」
ハジメは何かに焦っているような気がする。
「うん。ハジメはわたしが守る」
納得のいかないまま明日香は二人と別れて捜索を開始。
「やっぱり下への階段は無い、か」
どうやらあの扉をくぐる他ないらしい。
そう結論付けると明日香は扉の前に戻って来たが、ハジメとユエの姿が見えず。
しばらく待ってみたがやはり現れない。
最悪死んだか、とも思ったがこの階層で彼らに敵いそうな魔物には遭遇していない。
「まさか先に行っちゃった?」
明日香のステータスを目の当たりにして焦ったか。
このままここで待っていてもおそらく戻ってはこない。
意を決して明日香は扉を開けた。
扉を開け部屋の中に入ると薄暗い部屋に明かりがともり、奥には巨大な多頭の蛇が現れる。
「ボスって事ね」
とは言え、相手は神獣なんかよりも格下の存在。明日香に敵う訳もなく。
三徳包丁に風爪を纏わせて一太刀事に解体されるヒュドラ。
黄金の炎を纏った明日香には魔法も物理ダメージも効果が無い。
ならばあとは狩るだけだった。
部屋の中がボロボロだ。このダメージはほんの少し前に出来たものだろう。
所々弾痕が見て取れるし、まず間違いなくハジメとユエはここを通過している。
ヒュドラを倒して奥へと進むと、そこはこの迷宮の最奥。
迷宮には似つかわしくない太陽もかくやと言う陽光。大きな屋敷と迷宮の外なんじゃないかと思われるほどの静寂。
そして何かが這ったような汚れと血痕。
痕跡をたどって屋敷に入る。
「ここ、かな」
ガチャリとドアを開けると大きなベッドに寝かされたハジメとそのそばで今まさに服を脱ごうとしているユエだった。
「明日香、早すぎる」
「………とりあえずどういう状況?」
ユエに聞けば、ハジメが明日香と別れた後直ぐに扉へと向かったらしい。
明日香のステータスプレートを見て何か焦った感じだったが、まさかと思う。
ヒュドラとの戦いにどうにか二人掛かりで辛勝したが、その時ハジメは左目を失ってしまったようだ。
「ああ、あのヒュドラね」
「……明日香も戦った?」
「最後の試練と言う事だったのでしょうね。あれだけは魔物と言うより魔法そのものと言う感じだったから」
「……化け物」
「確かに気持ちのいいものじゃ無かったわね」
ユエはヒュドラを無傷で突破して来た明日香に言ったのだが、明日香はヒュドラの容姿だと勘違い。
ハジメが起きるのを待って屋敷の探索を開始する。
屋敷には多くの部屋があり、一部入れない部屋も存在していた。
その中の一室に中央に何やら巨大な魔法陣が描かれ、奥にはこの屋敷の主だろう白骨死体が鎮座する部屋を見つけた。
ハジメが魔法陣の中央に立つと反逆者で知られるこの迷宮の主であるオスカー・オルクスの幻影が現れ、この世界の真実を語って聞かせた。
どうやらこの世界の神、エヒトは明日香にしてみればやはり性格の悪い悪神で、長い間人間と魔族を操り戦争遊戯に耽っているよう。
その連鎖を断ち切りたかったのが今日では反逆者と言われる解放者たち。
だがその目論見は破れ、いつの日か神を倒せる者が現れる事を信じてこの迷宮を作り、七つ神代魔法を残したらしい。
その一つがこのオルクス大迷宮に眠っていたわけだ。
ハジメが覚えた魔法は生成魔法。
七つある神代魔法の一つだ。
「二人も覚えたらどうだ。魔法陣に入ると記憶を読まれる感じがして試練を突破したと判断されれば二人も覚えられるんじゃないか?」
「錬成、使わない」
とユエ。
「まぁ、減るものでもないし。わたしは錬成使えるからね」
もっぱら調理器具を作るときにしか使ってないが。
「むっ」
対抗意識を燃やしたのか、ユエと一緒に魔法陣に入ると無事に生成魔法を修得出来た。
その気になればアーティファクトすら作れる魔法で、これほどの魔法なら帰還するための魔法もあるかもしれないとハジメは気色食む。
魔法陣を通ればオルクス大迷宮の外まで出られるらしく、ようやく脱出の目途もたった。
しかしハジメはここに残りオスカー・オルクスの遺産を使い戦力増強を図りたいようだ。
その選択は正しい。
帰るために利用できる物は何でも利用するべきだ。
「徳永はどうする」
「明日香はすぐに帰るべき」
ハジメの言葉にユエが続けた。
「ほほう。帰っても良いけどその場合しばらく人間的な食事は出来ないと思いなさいね」
「なっ!」
「それは卑怯」
天職調理師の明日香だからこそこの迷宮内でもおいしい食事にありつけていたのだ。
それから三人はこの屋敷を拠点にレベルアップを図っている。
屋敷の中で見つけた指輪型アーティファクトである宝物庫はとても譲れないと言う意思を表したハジメに譲る。
まぁ彼の方が有用に使えるだろう。
それに明日香には時間凍結庫がある。基本的に食糧を入れてはいるのだが、別に冷蔵庫に日用品や衣服をしまってはいけないと誰が決めた?
冷凍庫には氷枕をしまっておくだろう、と。
オスカーの遺産の中にあった物を利用し、ハジメは失った左手に義手をはめ込み、同じく失った右目には魔眼石をはめ眼帯で覆っている。
メイン武器はドンナー、シュラークと名付けた二丁拳銃。最近は黒のコートに身を包み中二具合が爆上がりだった。
ハジメが武器を錬成している頃明日香はと言えば…
「良いわね、このフライパン」
アザンチウム鉱石を使ったフライパンだ。
更に生成魔法を使い雷魔法を付与して疑似的にIHを再現。火の無いところでもおいしく焼けるフライパンが完成した。
「お前っ!なににアザンチウム鉱石を使ってんだよっ!シュタル鉱石もっ!もったいねぇなっ」
「は?フライパン、いるでしょっ!」
「最高硬度の鉱石だぞっ!それをっ…」
「大丈夫。包丁とか中華鍋も作ったからっ!」
当然と明日香。
造られた包丁には振動魔法を付与し、切断能力を上げている。
中華鍋には火魔法を付与したおかげで中華料理にも困らない。
「大丈夫じゃねーーーっ!」
吼えるハジメだがそれも仕方のない事。希少なアザンチウム鉱石やシュタル鉱石を使われては怒るもの分かると言う物。
「もう、そんなに怒るならその水笛を鋳つぶせばいいじゃん。それもシュタル鉱石で作ったんだから」
「う…それは…」
ハジメの首に掛けられているのは犬笛のような口にくわえる10センチほどの縦長の管。
それは明日香が作ったアーティファクトで、魔力を込めて吸い込めば無限に水を供給する。
奈落で地獄のような飢餓を経験した彼にはただの水を出すだけのアーティファクトと言えど手放しがたい。
効果はそれだけじゃなく、炎魔法、風魔法、氷魔法も付与されたそれは魔力を通せば装備者の周りを一定温度に保つ効果も付与されているし、さらに明日香の魔法に付随している浄化の効果で風呂に入らなくても清潔さを保てる。
もしかしたらハジメが開発しているどのアーティファクトよりも有用なアーティファクトかもしれなかった。
とは言え精神的な疲れは取れないので入浴はおすすめする。
「すみませんでしたーーーっ」
ズザザーとジャンピング土下座。
「分かればいいのよ」
滞在中、何度も突っかかって来たユエとのバトルは、彼女が魔法をメインにしている限りユエに勝ち目はない。
戦闘状態の明日香の呪力耐性を抜けず、すべての魔法が彼女に届く前に霧散してしまうからだ。
かと言って、近代兵器を持ち出しても明日香の防御を抜くことは叶わない。
一度ユエはハジメのドンナー、シュラークを持ち出して明日香に挑んだが、撃ち出した弾は軽い音を響かせて地面に転がった。
確かに明日香に命中したと言うのに、だ。
その程度では明日香の権能、黄金の炎を抜けないのだ。
これにはユエよりもハジメがショックを受けていた。
それも仕方のない事だろう。
この権能は不死の羅刹王であるラーヴァナと不死身の英雄であるカルナから簒奪した複合権能。
不死身の伝承の具現化なのだ。
明日香のこの異様な打たれ強さの理由をハジメは聞かなかったし、聞いても明日香は答えなかっただろう。
魔法も兵器も無意味なら接近戦で、と言う希望もすぐに打ち砕かれた。
二対一で挑んでも明日香の体術技量に手も足も出なかったのだ。
「何か武術をやっていたのか?動き的には中国拳法みたいだけど」
と投げ飛ばされて地面を転がっているハジメが問いかけた。
「昔、鬼ち…いえ…知り合いに教えてもらってね…神をも殺す武術らしいわ」
おのれ神崎さん。と明日香が怨嗟を漏らす。
「神すら…」
エヒト神の悪行を聞いたハジメが表情を険しくした。
「さすがにそれは誇張」
ユエは言いすぎと言うが、明日香が修めた武術は魔教教主(クンフー・カルトマスター)のもの。
神を殺せると言う言葉に誇張はないのだ。
明日香はこれを四年でどうにか形にした。
いや、正確に言えば経験値だけで言えば四年とは言えず。体感で言えば何十年と訓練をしてようやく実戦で使えるようになったのだ。
そんな明日香に召喚されてまだ数か月のハジメが敵うはずが無い。
もろもろの準備を終えてようやくオルクス大迷宮を出る頃にはこの屋敷に来てから二か月ほどが経過していた。
「明日香はここを出たらどうするんだ」
とハジメ。
「ハジメくんが他の迷宮を探すって言うなら付いていくかな」
ハジメは他の迷宮にある神代魔法を探す旅に出るらしく、それに同行するつもりだ。
「残念。せっかくハジメと二人きりだと思ったのに。でもこれでご飯に困る事は無い」
とはユエの言葉だが、明日香にはどうあがいても勝てないので自分の中で理由を付けてあきらめたらしい。
オルクス大迷宮を出ると、出た先はライセン大峡谷。
ここでは発動した魔法が分解されてしまう魔境だ。
基本的にここでは魔法を使えない。
発動にはおよそ10倍ほどの魔力を込めねばならず、普通の人間ではすぐに魔力切れを起こすだろう。
「こんな所はさっさと出ましょう。せっかくオルクス大迷宮を出たと言うのに岩とか岩とか岩とかもう見飽きたわ」
「同意」
明日香の言葉に短く賛同するユエ。
「そうだな、さっさと…」
その時、遠くから助けを呼ぶ声が。
「たすけてくださーい」
「空耳か」
「うん」
「違うでしょ…ほら」
聞かなかった事にしようとするハジメとユエに明日香が首を振る。
その先には兎耳を付けた薄青い白髪の美少女がなぜか魔物を引き連れて走って来た。
「トレインはマナー違反よね」
「意外にゲームもいける口なのな」
「…神崎さんがね」
「たまに出てくる神崎さんって何者だよ…」
「鬼か悪魔か魔王よりも魔王そのもの。この世のバグを詰め合わせたような存在なのよ」
明日香が遠い目をしていた。
「お前にそれほどまで言われる存在…こえぇよ…」
「それより、来る」
ユエの言葉で正気に戻ると、やれやれと魔物を殲滅。
魔法は分解されるのでユエは戦力外。
魔法として発現した物を分解するのか、それとも明日香が特別なのか、身体能力強化には問題が無く、包丁片手に魔物を捌いていた。
捌いた魔物は時間凍結庫に保存。後で無毒化して食べる事にする。
「助かりました」
そんな彼女はハジメとユエのひどい扱いにもめげずに明るく笑いかけてきた。
助けた少女の名前はシア・ハウリアと言い、ハルツィナ樹海に部族単位で住む獣人族の一人らしい。
彼女が何でこんな何もない渓谷に一人でいたのかと言えば、彼女は魔力を持たない獣人族の中にあって突然変異で魔力を持って生まれてきたらしい。
そんな彼女を一族は隠して育ててくれていたのだが、それも先日とうとうバレたようだ。
彼女一人を追放すれば済む話だが、ハウリアの一族はシアを見捨てず故郷を出て流離っている内にこのライセン渓谷までたどり着いた。
だがそこでも生きる事は難しく、更に亜人狩りをする人間からも逃げなければならずこのままでは全滅してしまう。
そんな時、彼女の固有魔法である未来視で、自分たちを助けてくれる存在を視てここまで一人でやってきたのだ。
「で、どうするの?」
と明日香。
「正直どうでもいい。俺たちには関係がない…と言いたい所だが」
「ハジメ?」
ユエがハジメの目を見つめた。
ハジメはガシガシと頭をかいた。
「ハルツィナ樹海の案内が必要だし、な」
「ハジメ」
「ハジメくん」
「ほれ、さっさと案内しろ残念ウサギ」
照れ隠しからか語尾を強めるハジメ。
「シア・ハウリアですぅッ!シアって呼んでくださいっ!」
「お前なんて残念ウサギで十分だろう」
明日香が彼を救ったからだろうか。言動は暴力的だが、どこか困っている人を見捨てられないようだ。
それからハルツィナ樹海での大立ち回り。
温厚だったはずのハウリア族をどうやったのか短期間で首狩りバニーに変貌させたハジメ。
他部族や帝国とのあれやこれや。
ハウリア族を狂暴化させた一助に明日香が振舞った魔物肉の料理が原因だった。
しかしそれらのおぞましい思い出を明日香は記憶から消し去った。
あまりにもショッキングな出来事だった。
ハルツィナ樹海にある大樹は現地を訪れた結果、ほぼ確定で解放者たちの迷宮ではあるのだが、明日香達はまだ攻略条件を満たせず入る事は叶わなかった。
この迷宮は後回しにして他の迷宮探索に出発。
ハルツィナ樹海を出るときに旅の仲間が一人増えた。
シアがハジメに同行したいと申し出たのだ。
「お願いします。わたしもハジメさん達の旅に同行させてください」
それをユエが了承。
「連れて行こう」
「ユエ?」
どう言う事だ、とハジメが聞き返す。
「一人より二人ならもしかしたら勝てるかもしれない」
そうユエが言う。
……誰に?
ハルツィナ樹海を出てブルックの町で日用品と食糧を揃えると大迷宮と目されているグリューエン大火山に向かう途中にライセン大峡谷にも迷宮があると言う噂を確かめるために寄り道。
まぁ出戻りとも言うが。
そこでシアの強運か、ライセン大峡谷の迷宮を発見。
攻略と相成ったのだが…
「ふふふ…ミレディライセン許すまじ…慈悲は無い」
明日香が暗い笑顔で笑っている。
その大迷宮は昭和から平成初期のアニメにあるようなダンジョントラップの数々が仕掛けられていて、更にはどこかで見ているのかミレディ・ライセンの嘲笑の声が木霊する。
その仕掛けに一番引っかかったのはここ一番で運が無い明日香だった。
ダメージこそ無いものの馬鹿にされる声が聞こえる度に彼女の怒りのボルテージが上昇していく。
姿を現さない分明日香のストレスが溜まっていき…そして…
最終エリアはいくつものキューブが浮遊する特殊な空間。
その奥に巨大な鋼鉄製のゴーレムが鎮座していてその中から明日香をイラつかれるミレディの声が聞こえる。
「ふふふ、ようやく会えたわ」
〝あ、あれ?もしかしてなんかこれヤバイ状況?〟
ミレディの焦った声が聞こえる。
明日香はこの魔法が減衰する空間にもかかわらず空中に浮遊していた。
そしていつもは薄く彼女の周りを覆っている黄金の炎が彼女の体を離れ突き上げた彼女の右手の先に集まっているようだ。
「神々の王の慈悲を知れ……絶滅とは是、この一刺し…」
それは聖句。
その言葉に呼応するかのように明日香の魔力が高まっていった。
「は、ハジメさんっ!なにかヤバイですよっ!ぜったいやばい事がおきますぅ」
シアが焦ったように言った。
「おい、ユエ。どうなってる?ここじゃ魔法が減衰するはずだろう」
「分からない…あれは魔法と言うものを越えた何か…普段詠唱すらしない彼女が詠唱しているのがいっそう恐怖に感じる」
そう言ったユエは明日香が怖いのかハジメの腕を掴んでいた。
「あ、ズルイですぅ」
シアもハジメの反対側の腕をつかむ。
両者とも明日香が放つ存在感にブルブルと震えていた。
「ふふ…ふふふ…魂すら残さないわ…ふふふ…」
完全にストレスでイっちゃっている明日香。
「お、おいミレディ、はやく謝れっ!なんかわからんが、このままではヤバイっ。絶対大変なことになるぞっ!」
「そうですぅ!はやく謝るですぅ。命あっての物種ですぅ」
「土下座。土下座するべき。謝って。はやく明日香に謝って」
ハジメ、シア、ユエが冷汗を流しながらミレディを説得。
今の明日香を刺激すればおそらく本当に大変な事が起こるであろう事はひしひしと感じられていた。
〝すいませんでしたーーーーーっ!〟
ドンとその巨体で土下座をするミレディ。
勢いあまってその頭突きが足元のキューブを割った。
〝あーーーれーーーーーーー…………〟
巨体はキューブの上から滑り落ち、そのままどことも言えない空間へと消えていく。
「…悪は滅びた。さ、行きましょう」
コクコクコクと頷くハジメ達三人。
扉を抜けて小部屋へと入る。すると…
「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」
ガッっ!
ハジメ達の行動ははやかった。
その声をかけてきた出来の悪いカカシのようなゴーレムを明日香の視界から遮りギリギリとミレディの首を絞め上げる。
「おいその軽薄な態度を改めろ。じゃないと徳永じゃなくて俺がお前を魂まで粉々に砕いてみせるぞ」
「そうです…わたしなんて明日香さんが怖くてちょっとちびっちゃったんですぅ」
「明日香を怒らせてはいけない。これはこの世の真理」
「ギブ…ギブ…死ぬ…しんじゃう…あっ…………」
小部屋で待っていたのはこの迷宮の主であるミレディ・ライセン。
とりあえず、神代魔法の重力魔法を手に入れた明日香達。
「はぁ…ひどい目にあった。そこの君」
「わたし?」
「そうそう、ちょっとこっちきて」
そう言われた明日香はミレディの傍へと移動する。
強盗のようにミレディから物資と情報を巻き上げるハジメをミレディは水洗トイレの汚物を流すように退場させ、明日香と対峙する。
「あなたはいったい何者なの?」
それがとても重要な事だと真剣な問い掛け。
「わたしは…」
…
……
………
誰も居なくなった部屋でミレディはさっき明日香から聞いた言葉を思い出す。
まさかそんな存在が紛れ込んでくるとはねぇ。
彼らは間違いなく神の遊戯の駒のはずだった。だが…
その神自身の手違いでとんでもない者を呼び寄せた。
恐らく私の積年の望みはもうすぐ叶うだろう。
それもほんのひと眠りするほどの時間で。
そうなって欲しいのか、どうなのか。
みんな、もうすぐわたし達の願いが叶うよ。
これだけは喜ぼう。
この願いだけは私だけじゃなく皆の願いだったから。
………
……
…
次の目的地だったフューレンに到着してハジメ達と合流するとどうにもひと悶着あった後のようで、なぜか失踪した冒険者の救助に向かう事になったらしい。
今のハジメにしては珍しいと思っているといろいろとこちら…ハジメに理のある裏取引があったようだ。
フューレンで準備を済ませると湖畔の町ウルへと出発する。
ウルの町へと到着すると拠点確保と空腹を満たすために宿屋に併設されたレストランへと入る明日香達。
普段であれば明日香が作っているのだが、このウルの町では米を主食としているらしく、日本人としては一秒でも早くあの懐かしき味を堪能したかったのだ。
ユエとシアがハジメをかまいながら入店。
着席しメニューを開いていると隣の席から成人女性にしては背の低い、しかし然りとした使命感に燃えた声が聞こえた。
「南雲君!」
「あぁ? …………………………え…………………先生?」
突然声を掛けられて素っ頓狂な声を上げるハジメ。
それは一緒にトータスへと召喚された畑山愛子だった。
「それと…徳永さん…ふたりとも…よく無事で…」
隣の席から、嘘、南雲かよと言う声が聞こえる。
ハジメ一人だけならばこれだけ容姿が変貌している彼だ。とぼけ続けたかもしれない。
だが、彼の隣には今徳永明日香も居る。
二人がそろえばとぼけるのは不可能だった。
衝立を挟んだ隣の席にはクラスメイトの園部優花、宮崎奈々、菅原妙子、玉井淳史の姿も見える。
どうやら何か用事があって王都を離れているのだろう。
南雲ハジメを問い詰める愛子先生と入れ替わる様に明日香は隣の席へと移動する。
なにやら面倒そうな愛子先生の追及を逃れようと言う魂胆だ。
「……ユエ」
「シアです」
「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」
「お、女?もしかして徳永さんもハジメくんの毒牙に…」
「ちげぇっ!!!」
うん、隣から何かとんでもない自己紹介が聞こえてきたが、こちらに実害を向けないでほしい。
向こうに比べればこちらの追及は簡易だ。
死んだと思っていたとか、どうやって生き残ったのかとか、よく生きていたね、とか。
オルクス大迷宮の事を話せばみな目を丸くして驚いていた。
ドパンッ
銃声が聞こえて視線を向けるとハジメが放ったゴム弾がハジメに突っかかっていた愛子先生の護衛である神殿騎士の肩に直撃したようだ。
ガシャンと音を立てて吹き飛ばされる神殿騎士のデビット。
きゃあと優花たちも騒ぎ出した。
ハジメが撃った理由は彼らが獣人であるシアを蔑んだ言葉を吐いたからだ。
この世界の一般常識として亜人は人間の出来損ないで蔑視の対象であると言う。
なのでデビットは自分の常識に従って行動しただけだ。
だが、運悪くここにいる殆どは異世界から来た異邦人だ。
それもサブカルチャーのあふれた日本からの来訪者なのだ。
最初から亜人に対する忌避感が薄かった。
なので、非難の視線が一斉にデビットに向けられる。
その視線の意味を当然この世界の人達は分からないだろう。
怒ったハジメは身内のシアを貶されたのだから非殺傷のゴム弾に感謝しろとでも言うような視線を送っていた。
その一件もあって愛子の説得は失敗。
クラスに戻って来てほしいと言う彼女の願いは叶わず。
「明日香はどうするの」
そう優花が戻らないのかと問いかけてきた。
「魔族との戦争以外に帰れる手段を探してるから、城へは帰れない、かな」
「あるの!?」
優花がだんと机をたたいて立ち上がる。
「手掛かりは少しだけ、だけどね」
「でも、少しでも可能性はあるんだ…」
「なぁ、もし帰る手段を見つけたら俺たちも一緒に帰してくれるんだよなっ!なっ!!」
「玉井っ!」
よしなさいと優花。
「なんでだよっ!俺だって何かに縋りたいんだよっ!」
まぁ、分からないでもない。
彼はただ不安なのだ。そしてこの世界で生きて行く自分を想像できないのだ。
「まぁ、全員帰れると言う手段が見つかればね」
「……人数に制限があった場合は」
「わたしも両親には会いたい。だからこっそりと帰るわ。酷いとは言わないでね」
「………あ、ああ…そうだな」
玉井が暗い返事を返した。
次の日からハジメ達は行方不明の冒険者の捜索を開始。なぜか愛子先生とその親衛隊の皆さまも同行していたが、明日香はウルの名産である食材やコメの仕入れに忙しくウルの町で待機。
「今のハジメくんのギャルゲー的運命力を甘く見ていた…」
それは帰って来た彼がまた一人女性を増やしていたのだ。
黒髪の和服美人で、名を…
「ティオ・クラルスじゃ。ご主人様のペットをしておる」
美人なのに真正のドМのようで、今も身をくねくねとくねらせている。
種族は竜人族と言うらしい。
「どう言う事」
と視線をハジメに向けるとスッとそらされる。
ユエからの説明を聞くと、どうやら捜索対象の冒険者は見つかったのだが、その時襲ってきたのがこのティオであるらしい。
誰かに洗脳されていて逆らえなかったようだ。
その後、ハジメが彼女に無体を働いた結果、なぜか懐かれてしまった、と。
その時真正のドМに目覚めたらしい。
いったい何をやったんだという明日香の視線をクラスメイトは総じて無視を決め込んでいた。
そして報告はそれだけじゃないようで。
どうやら今このウルの町へ総勢6万もの魔物の軍勢が進行しているらしい。
6万だ。
簡素な町の防衛などひとたまりもなく蹂躙されてしまうだろう。
この状況に愛子先生はハジメに縋った。
どうにか助ける事は出来ないのか、と。
今のハジメの実力を先ほどの冒険で実感したのだろう。
断るかと思ったハジメは最終的に折れた。
「悪い、徳永。少し手伝ってくれねぇか。流石に6万は俺らだけじゃきついから」
「普通は逃げる所よねぇ」
「そうだな…だが…」
「いいわ。手伝ってあげる」
「すまん。助かる」
ウルの町は湖畔を背に陸路での侵入には峡谷の間を通るしか道が無い。
逆に言えば、大軍を進軍させるためにはそこを通るほか方法が無いのだ。
当然、ハジメはそこに錬成で防壁を作り、迎撃を行う作戦だ。
女子供は湖畔から船で逃がし、残った有志と愛子先生とクラスメイトが防衛に当たる。
「これが最後の晩餐か…すげーおいしいから後悔は無いかもしれないけど…」
6万の軍勢を相手取る事に、それでもなけなしの勇気を出して残った玉井淳史が呟いた。
「玉井くん、そんな事を言っちゃダメ」
同じ愛ちゃん親衛隊を自称する宮崎奈々がたしなめた。
「でも、本当においしいわ。天職調理師は伊達じゃ無いのね」
園部優花がシチューの肉をほおばりながら感嘆の声を漏らす。
「こっちのリンゴみたいなのもおいしい」
シャリシャリと肉よりも果実をほおばるのは菅原妙子だ。
「本当ですね。本来天職とはそういう物なのかもしれません」
愛子先生も目の前の料理に舌包みをうっていた。
当然、これらの料理を用意したのは明日香だった。
幾つかのテーブルに用意された料理をハジメ達も一緒に食べていた。
「そう言えばご主人様よ。このシチューに入っている肉はなんなのじゃ?500年を生きてる妾も食べた事ないのじゃが」
そうティオが不思議そうにつぶやく。
「ああ?魔物の名前なんかいちいち覚えてねぇな」
「へー…そうなんですか」
「ま…」
「もの…?」
愛子先生は気にもせず、玉井と優花の箸が止まる。
「すまぬ、ご主人様よ。妾の聞き間違えかの…魔物の肉と聞こえたのじゃが…」
「そう言ってる、この駄竜」
ユエが辛辣な声でハジメの代わりに答えた。
「聞き間違いじゃ無かったのじゃーっ!!」
慌てふためくティオ。
「待つのじゃ、皆のもの、魔物の肉を食うでない、死んでしまうぞ」
それはこの世界の常識だった。
「え?」「うそ…」
知らなかったメンバーは驚愕の表情。
「えー、おいしいですよぉ。魔物肉」
シアは問題ないと食べ続けていた。
「うん。明日香の料理はおいしい」
「それに、経験談から言えば魔物の毒は即効性だ。これだけ時間が経っていればすでにもがき苦しんでいるはずだ」
ハジメもシチューを口に運ぶのをやめない。
「だ、大丈夫なんですか?」
と愛子がハの字に眉毛を下げて情けない顔で問いかけた。
「徳永が調理した物以外は絶対に食うなよ。天職調理師…いや、徳永のチート能力だと思え」
「ひどっ!」
「ま、まぁ…食べれるなら問題、ない…のか?」
「私はまだ肉は食べてないし」
と菅原妙子が言う。
「その果物も大迷宮のトレントから採取したものだ。本来匂いで釣って食べた冒険者を殺すためのものだろうよ」
魔物の肉と何ら変わらないとハジメ。
「…………」
「この後決戦だからね。バフ掛けしとかないと」
「モンハンかよっ!」
明日香の言葉に玉井がたまらずと叫んだ。
ステータスプレートを確認する愛子先生とクラスメイト達。
「ステータスの横のかっこがバフで上がった数値だとしたら素ステまで伸びてんだけど…」
と玉井。
「魔物を食うとステータスが上がる事が有るらしいな」
「それが南雲くん達が強くなった理由ですか」
なるほど、と愛子先生。
「スキルも増えてるんだけど…えと魔力操作?」
優花がステータスプレートを確認して言った。
「あ、俺にも有るわ魔力操作」
「あ、わたしも」
「私にも…」
「へぇ、いいスキルを引いたわね」
じゃあと明日香は水笛をクラスメイト達に配る。
このアーティファクトは魔力の直接操作が出来なければ使用できないのだ。
「なに、これ」
「どこでも水が飲めるアーティファクトよ」
「ちげぇ、それはもっとすげーもんだ。使い方は…面倒だからシアあたりから聞け」
俺らは皆持っているとハジメが言う。
「ええ、わたしですかっ!?」
明日香のどうでもいいような説明に我慢がならなかったハジメだが自分で説明するのは面倒なようだ。
「ちなみに、妾には…」
「明日香に聞いてみろ」
ティオがハジメにねだるが聞く相手が違うと一刀両断。
「そ、そうじゃな…明日香…その妾にも下賜してたも」
そんなこんなでついには決戦の時を迎えた。
決戦の前に戦意向上と愛子先生の地位の盤石化を狙ってハジメが演説で煽動した後6万のモンスターの軍勢が襲い来る。
ハジメ、ユエ、シア、ティオ、明日香、玉井と優花が壁の上に上がり迎撃。
「吹き荒べ頂きの風 燃え盛れ紅蓮の奔流 〝嵐焔風塵〟」
ティオが放った巨大な炎の竜巻が敵を巻き上げる。
「〝壊劫〟」
神代魔法、重力魔法の黒い重力球はまるで削り取る様に地面事魔物を消失させている。
ユエとティオは得意の魔法で広域の殲滅を担当。
「おらおらぁですぅ!」
シアは六連のロケットランチャーであるオルカンを構えパシューと心地よい音と共に発射された弾丸が無慈悲に魔物の命を駆る。
ハジメはメツェライと言う名のガトリングレールガンを残弾など気にしないとでも言うようにぶっ放している。
ハジメの武器は基本的に魔力操作が出来なければ効果をなさない武器ばかりだが、ギリギリで玉井と優花が魔力操作を多少なりとも自分の意志で操れるようになったのでハジメは壁の上にあげオルカンを構えさせると言う鬼畜の蛮行だった。
二人はひぃひぃ言いながら必死に引き金を引いている。
幸いなのは、魔物側に範囲魔法を撃ってくるような魔法使いタイプが居ない点だろうか。
馬鹿の一つ覚えのようにただただ前進して、ハジメ達の的にされてしまっていた。
魔物に知能と呼べるものがあるのかは分からないが、それは自由意志を奪われた亡者の軍団とそう変わらない感じだろう。
「ちっ…弾切れか」
「こっちも弾切れ」
「俺もだ」
優花と玉井ももう戦力外だろう。
ティオも魔力を使い過ぎてすでに気絶するように眠っている。
ユエはまだ余裕を残しているようだが、そう遠くない内に魔力切れになるだろう。
それでも魔物の群れはまだ半数以上が健在だった。
「仕方ない…」
明日香も弾切れをおこしたオルカンを投げ捨てる。
「恥ずかしいからあまり使いたくないんだけど…」
「何か奥の手が有るのなら早くしてくれ」
ドンドンとドンナーとシュラークで空から迫りくる翼竜のような魔物を処理しているハジメが急かす。
無いならバイクに乗って突撃しに行くとハジメは宝物庫から魔力駆動二輪シュタイフを取り出していた。
とは言え突撃なんて無茶はさせられないと明日香も心を決めて聖句を口にする。
「真の英雄は目で殺す…」
その言葉で明日香の魔力が高まった。
それはビリビリと空気を震わせ、間近に居る玉井、優花などは立ってられないほどの威圧を放っていた。
「ブラフマーストラッ!」
「目からビームだとぉ!!」
ハジメの驚愕の声の通り、明日香の右目から放たれたビームは某巨神兵の熱線のように迸り魔物の大群の半数を吹き飛ばし、切り立った渓谷を崩す。
渓谷の崩落が残りの魔物を押しつぶし、数発撃った後には魔物の軍団など無かったとばかりに岩の荒野が広がっていた。
ブラフマーストラとはインドの英雄羅刹がデフォルトで収めている技能である。
最初の権能がインドのまつろわぬ神だった明日香はフレキシブルにその権能を発揮した結果使いこなす事に成功した。
本来投擲武器に付与されるはずのブラフマーストラ。何の因果か明日香は目からビームと言う形でしか使えず、アメコミかと自分でもツっ込みたくなったので長く封印して来た技だった。
「虚しい戦いだった」
生き残った魔物が戦々恐々と逃げ去っていくのを見ると明日香は壁を降り始めた。
「な、なんなのじゃなんなのじゃっ!あのバカげた威力はっ」
衝撃で起きたティオがその惨劇を目にして声を荒げている。
それもそうだろう。自分が魔力の限界を振り絞っても一瞬進行を遅らせる程度しかできない規模の大軍をほとんど一人で崩壊させてしまったのだから。
「この世界の理不尽、バグの存在証明」
「ティオさんいいですか、死にたくなければ明日香さんだけは怒らせちゃダメですからねっ!怒らせなければおいしいご飯を作ってくれる優しい人なんですぅ」
ユエとシアも酷い言いようである。
「しかし、ブラフマーストラかぁ…徳永も中二病を患っているんだなぁ」
一瞬、ハジメが奈落へと転落する前に戻ってしまう程の衝撃だったがどうにか立ち直り撃ち漏らしが無いかと一応シアとシュタイフに乗って確認に行く。
「ハジメさん、どうかしましたか」
あたりを確認して、生きている者が居ない谷底でシアが何かを見下ろしているハジメを見つけて問いかけた。
彼の視線の先には下半身を巨石に潰され絶命している誰かが居る。
「魔人族ですぅ」
「いや、こいつは清水だ。俺のクラスメイトだった」
「ハジメさんの仲間?」
「こいつがこの魔物騒ぎの原因だな。たしかこいつの天職は闇術師。精神支配スキル持ちだったのだろう。それで魔物たちを操っていたんだ」
「何が目的だったんですかね」
「さぁな。どうせろくでもない事だろう」
「ハジメさん、この事は…」
どうするんですかとシアが問いかけた。
「黙っておけ」
「愛子先生の為ですか?」
「それもあるが、徳永もへこむだろ。自分がまさかクラスメイトを殺していたなんて知ったらな」
「優しいんですね。ハジメさん」
「俺のどこが優しいよ。現にクラスメイトの死体を前にしても特に何も感じてねぇ」
「いいえ、ハジメさんは優しいですよ」
そう言ってシアはハジメを抱きしめた。
「……奈落で、もう本当に孤独でどうにかなってしまいたくなっていた時、何でもない顔をして現れたのが徳永なんだ」
「へぇ、そうだったんですね」
「勘違いするなよ。徳永には好きな人がいるらしいし、俺も好きって訳じゃない。ただ…」
「それを優しいっていうんです」
「そうかな…」
「わたしがそうだって言うのならそうなんですぅ」
「この、残念ウサギが生意気な事を」
「えへへ」
このまま渓谷を探索しても特に何か発見できる物も無く、ハジメは清水の遺体を崩した岩で一見では見つからないように埋葬すると町へと戻っていった。
町の復興はハジメは関係ないと、フューレンの街へと依頼達成のために戻り、明日香はそこでしばらく休息を取る事に。
ハジメ達と別れて日用品とかを見繕っていたのだが…
ドーン
「………これは…ハジメくん達ね」
街のいたる所で爆発音が響く。
大規模な魔法までも使用され、雷龍が空から降ってくる。
騒動の後合流した明日香はよもやハジメの主人公属性に父性まで持ち合わせていたのかと驚愕する事になる。
「ミュウはミュウなの」
と紹介されたのは四歳ほどの海人族の幼女。
彼女はなぜかハジメの事をパパと呼んでいた。
「あ、はい…ハジメくん?」
「やむにやまれぬ事情があったんだ」
どうやらこのフューレンでは人身売買の組織が横行していて、さらにハインリヒ王国では保護されているはずの海人族の幼女を攫い競売にかけていたと言う。
司法ではどうやっても救い出せなかっただろうミュウを救出したハジメを責める事を明日香はしないが…
「どうしてパパなの?」
「それは俺にもわからん。どうにも懐かれたようだ」
「それで、どうするの?」
「海上都市エリセンまでは責任もって送り届けるさ」
エリセンとは海人族と共生している街で、ミュウの母親もおそらくそこに居るだろうと言う事らしい。
「グリューエン大火山は?」
「そっちが先になるが…まぁ何とかなるだろ」
「はぁ…ハジメくんがそう決めたなら守り通しなさいね」
次の目的地であるグリューエン大火山。
しかしハジメは今回フューレンのギルドにミュウを助け出したあれやこれやの事件の後始末で世話なった事もあり宿場町ホルアドへとフューレンのギルド長からのお使いを頼まれることに。
フューレンへの移動は魔導四輪、まぁ外見を見ればハマーのような大型の自動車に乗っての移動なのでこの世界の基準を大幅に上回るほど快適で速い。
ただし基本的には整地されていない道を通る訳で、乗り心地にはマイナス補正が入るのは仕方のない事だろう。
フューレンに到着するとハジメ達はギルドに用事があると言うので、明日香はどうせなら魔物肉の調達にとオルクス大迷宮へと潜る事に。
「クラスメイト達と鉢合わせしてもめんどくせぇだろ」
そうハジメが言う。
「大丈夫、上層でウサギとか美味しそうなのを狩ってくるから」
「出来れば大物が良いのじゃ。ウサギ程度じゃ食いごたえがないでの」
とティオが言う。
まぁドラゴンの口には兎は小さかろう。
久しぶりのオルクス大迷宮。
明日香は順調に下層へと降りていく。
35層を過ぎたあたりで、そう言えばクラスメイトに会わないなと考えていた。
あれから四か月も経っているのだ。流石に低階層には居ないかと独り言ちる。
しかし運命のいたずらか、明日香は30層にある転位門に張っている王国兵を面倒がってすぐに31層へと降りてしまい結果70層から転位して来た遠藤浩介に会うことも無く迷宮を降っていた。
さてそろそろ帰ろうか。そんな事を考えていると、目の前で衝撃が天井を貫いてさらに地面に穴を開けていく。
「は?」
恐る恐る近づくと何かがその穴を通って落下していった。
それは黒いコートを靡かせていて。
「……ハジメくん?」
一瞬で通り過ぎていく彼に続いてユエ、シア、ティオとその穴を落下していった。
「なにが…?」
だが何かは確実に有ったのだろう。
明日香もその穴に向かってダイブ。なん十階層も落下していき、最後は重力魔法で制動をかけて着地。
「ハジメくんっ!?明日香ちゃんもっ!」
「明日香?」
「え、トッキーなの?」
驚きの声を上げたのはクラスメイトで奈落に落ちて以来会っていない白崎香織、八重樫雫、谷口鈴の三人。
回りを見れば多数の魔物と見知らぬ女性、それと先ほど声を掛けた三人と天之河光輝、坂上龍太郎、中村恵里、檜山大介が魔物の脅威に怯えていた。
ハジメが的確に指示を出し、シアたちがクラスメイトの救援に向かう。
「あー…わりぃ徳永、手伝ってくれねぇ?」
「はぁ…まぁいいわよ。わたしもクラスメイトに死なれたら寝覚めが悪いし」
ハジメは手に持った二丁拳銃、ドンナーとシュラークを使い魔物を的確に殺していく。
明日香は時間凍結庫から包丁を取り出すとその体からバリバリとスパーク。
まるで雷が放電するかの異音。
次の瞬間、明日香の体が消えた。
「え?」
それは誰の驚きか。
それは魔力放出(雷)からさらに進化した神速のスキルだ。
一瞬現れた明日香は猫のような魔物の首を切り落とした後だった。
「まるでアメコミのフラッシュか何かだよな。スピードフォースにでも接続してるのかってぇのっ!」
ドンナーで確実の魔物を仕留めながら、自身の縮地ではまるで追いつけないほどの速度で動く明日香にハジメが愚痴る。
「何を言っているのかわからないわねっ!」
ハジメがドンナーでも殻を割るには少し苦労する亀形の魔物アブソドを手に持った三徳包丁で綺麗に解体する明日香を見てクラスメイトが呆然としていた。
「あいつのダンスの相手は俺だぜ、徳永は他の雑魚どもをたのむ」
そう言うとハジメは魔物の奥に居る女性の魔人族へと距離を詰めていく。
「さて、これは俺が決めた戦いだ。だから汚い仕事を徳永にやらせるわけにはいかねーだろ」
捕虜にしてもどうせ王国軍に殺される。見逃せば次はクラスメイトの誰かが殺されるだろう。
クラスメイトの大部分はハジメにとって今やどうでも良い存在ではあるが…
圧倒的な実力差を示し、ハジメは魔人族の女に向かって無慈悲にドンナーの引き金を引いた。
その行為を殺人として天之河光輝が批難の声を上げたが、それに同意する人は少ない。
戦争をしているのだ。勇者パーティーに同行していた王国騎士団の人達は当然魔人族は殺すものだと思っている。
確かに相手は言葉が通じるのだろう。
しかし負ければ殺されていたのは自分たちである事実は身をもって体感している。
実際、八重樫雫は相手を殺すつもりで刀を振っていたのだから。
南雲ハジメと天之河光輝の問答は平行線を辿り、付き合うつもりのないハジメは早々に会話を諦めたようだ。
どうにか皆無事にオルクス大迷宮を脱出。
そして白崎香織が南雲ハジメに告白し、今後はハジメに付いていくと言う。
しかしなぜか天之河光輝は白崎香織が自分のパーティを抜けるのはあり得ないと意味が分からない暴論を展開。
だがその他のパーティメンバーに説得されていた。
白崎香織の告白にハジメは今は答えることが出来ないと言うが、構わないと言う白崎香織を加えてグリューエン大火山へ。
魔力駆動四輪ブリーゼの中の後部座席に座っている明日香に香織が声を掛けてきた。
「ユエやシア、ティオなんかはそうなんだなって思うけど、もしかしてだけど明日香ちゃんもなの?」
「え?何のこと?」
「ハジメくんを好きかって事!」
あーー。
確かにここはハジメくんのハーレムパーティだったわ。
「誤解よ。わたし、その…好きな人がいるし…」
「それは分かってるけど、危機的状況で燃え上がったりしてない?」
「ないないない。ありえない」
「ちょっと、ありえないってなに!?」
「じゃあどう答えればいいのよーーーーっ!」
明日香の絶叫を他所にグリューエン大火山へ。
道中サンドワームに襲われたりしたがどうにかアンカジ公国へ入国。
今この国は水源であるオアシスが汚染されていて特効薬はグリューエン大火山でしか取れないらしい。
その採取を頼まれ、ミュウは連れていけないので香織と二人お留守番してもらう事にして一同はグリューエン大火山へ。
どうせ大迷宮攻略にグリューエン大火山には行かなければならないので一石二鳥だった。
「本当、この水笛は最高。明日香が作ったと言う事を除けば」
ユエがギュっと水笛に魔力を通せばすっと冷たい空気がその体を包み込んだ。
「一言余計」
明日香は水笛を口に含みごくりと水を飲み込んだ。
ハジメの宝物庫や明日香の時間凍結庫には果実水などもあるが、ただ蒸し暑い所では果実水を飲み続ける訳にも行かない。
「妾はこのくらいの熱さはどうと言う事もないのじゃが、水は欲しくなるしの」
ティオがおいしそうに水笛を咥えていた。
「おりゃーですぅ」
シアが大迷宮内の炎属性に寄った魔物を彼女の武器ドリュッケンでぶっ飛ばす。
最大の懸案事項である熱さを克服した明日香達。大迷宮の攻略そのものは順調だった。
それでもいくつか難所は有ったが、オルクス大迷宮やライセン大迷宮よりは難易度が低い。
明日香達は地下深くへと降りて行き、開けた空間にマグマが溜まっている場所へと到着。
その中央に島があり、おそらくあそこがこの迷宮のゴールであろう。
直下はマグマであるとはいえ、ハジメが作ったアーティファクトや自力で空中に留まれる者たちばかりなので、マグマの中に直接落ちるような事にならなければ死ぬことは無い。
だが、さすがに最深部。
最後の試練が待ち受けていた。
マグマの蛇が現れたのだ。
体を構成するその殆どがマグマであり、核である魔石を壊さなければ倒せないであろう。
多彩な魔法を操るユエやティオ。銃火器を使用するハジメやシアは問題なく倒してく。
「明日香さんは見学ですかっ!」
とシア。
「氷魔法とか水魔法は使わない方が良いだろうし、わたしの得意魔法は基本的には炎だよ?」
水蒸気爆発とかしたら明日香はともかくハジメ達は死ぬ。
「だが、一体くらい倒しておいた方が良いぞ」
これが神代魔法を得るための試練なら倒さずに取得できるかは未知数だった。
「まぁ、ね」
仕方ないと明日香は最後の一体へと神速を使い近づくと、その魔力変換された雷を放電して魔石を焼いた。
これで最後と皆が思ったその時、極光が直上から明日香を飲み込んだ。その威力はマグマ溜まりが一時底が見える程だった。
「明日香っ!」
悲鳴に近い声を上げるティオ。
「ご主人様よ、明日香がっ…て…なぜそんなに冷静なのじゃ?」
「………」「………ふっ」「あー………」
この場で明日香の不死身ぶりを知らないのはティオだけだった。
「真の英雄は目で殺す…」
聖句が聞こえた次の瞬間、極光を跳ねのけて熱線が迸る。
ブラフマーストラ。
それは火山の直上から強襲を掛けた何者かと、灰竜の群れを吹き飛ばした。
「え、ええ!?無傷なのじゃがっ無傷なのじゃがっ!!?」
あまりにも驚いたのだろう。同じ言葉を二度言っているティオ。
ティオの言う通り、押し返された極光のその真下に無傷で見上げる明日香の姿があった。
「明日香の防御力は異常」
「俺らがどんな攻撃をしたとしても傷一つ付かねーだろうよ」
ユエとハジメがため息交じりに言う。
更にバリバリと空気が震え、次の瞬間明日香の姿が掻き消えた。
雷鳴が地面とは逆に空へと立ち上りばたばたと運よくブラフマーストラの直撃を避け、生き残っていた灰竜がマグマへと落下。
次に雷鳴がとどろくと、マグマの中心の浮島にヒーロー着地している明日香の姿があった。
「おー…カッコいい。やっぱ中二…」
浮島に着地した明日香の周りに集まるハジメ達。
「敵は?」
冷静に問いかけるユエ。
「逃がしたわ。どうやら空間移動系の魔法を持っていたみたい」
「それがいつの間にか囲まれていた理由か。神代魔法だな」
ハジメがヤレヤレと言う。
「だが、希望が持ててきた。空間を渡る神代魔法が存在する」
再奇襲を警戒しながら明日香達は漆黒の建造物の中へと入る。
中にはやはり神代魔法の魔法陣が存在していて…
「空間魔法だな」
「さっきの手品のネタバレが早すぎますぅ」
ハジメの言葉にシアが追随する。
神代魔法を手に入れ、帰りはブラフマーストラをぶっ放したせいで直上へと開いた穴を竜化したティオに乗って脱出。
アンカジへと戻るとミュウと香織と合流しエリセンへ。
エリセンはミュウの故郷であり、ミレディから教えてもらった大迷宮の有るところでもある。
ミュウの母親と再開させた際にはパパと呼ばれているハジメとひと悶着。
どうやらミュウの母親、未亡人であるレミアさんはなぜかハジメに好意的で、それが周りの海人族には気に入らないらしい。
ギャルゲーの主人公のようなハジメを横目に見つつ、明日香は海産物を仕入れていた。
エリセンから沖合に300キロ。
いつの間にかハジメが作っていた潜水艇に乗って月明かりが出る海原に停泊している。
そこがメルジーネ海底遺跡のある場所らしい。
そこでミレディからもらったグリューエンの証と月明かりと言うヒントを頼りに探しているが、一向に見つからず。
甲板ではハジメ達が諦めたように寝転んで、その上下左右にユエ、シア、ティオ、香織が寄り添っている。
「ハーレム死すべし…」
好きな男の子には五人の嫁が出来ると予言された明日香の声には怨嗟が籠っている。
「うぉおおぅっ!!」
飛び起きるハジメ。
「今いいとこだったのに…」
残念がるユエ。
「わたしはハーレムには厳しいのっ!」
理由を知っている香織は苦笑している。
とその時、おもむろにハジメがグリューエンの証を月明かりにかざすと証が光り出し、光を発して海底を指し示す。
「まさか、これが?」
「海底遺跡への入り口を示しているんでしょ」
いい雰囲気をぶち壊した甲斐もあり、メルジーネ海底遺跡への入り口を発見。
海中にあるので、この世界の人間ではまずたどり着けず、ハジメのように潜水艇の力があればどうにか侵入できる程度の凶悪な難易度だった。
水道を通っていくと、最後は空気の溜まっている空間へと落下。
ここからは徒歩で行くほかないようで、潜水艇は宝物庫にしまい歩いて探索する事に。
洞窟内部を歩いていくと、ひと際おかしい魔物に襲われた。
「なに、この巨大なクリオネはっ!」
魔法で攻撃しても破壊は去れるが消滅せず。
どこかにある魔石を破壊すれば死ぬはずだが、ハジメの魔眼石にはその体全てが魔石に見えるらしい。
「不死身って事?」
と香織。
「余裕そうだね、香織」
「う、うん…まぁ明日香ちゃんのおかけでね」
そう、今香織達は明日香が作った炎の壁の内側に居る。
彼女の権能である黄金の炎を魔力変換(炎)で広げたもので、強力な防御力と触れたものを焼き尽くす効果を得ていた。
中に引きこもっている限り傷つくことは無いが…
「逃げていくな」
そうハジメが言う。
「炎の攻撃を嫌ったのじゃろうて」
「殴れれば簡単なのにぃ」
ティオとシアが悔しそうに言う。
巨大なクリオネを退け先に進むと突如光が走りハジメ達とははぐれてしまった。
「ここは…?」
辺りは一変し、そこはどこかの大広場。
明日香はそこにまるで火あぶりにされるジャンヌダルクかのように十字架に括り付けられていた。
回りの民衆は口々に神の名を呼び明日香を責める。
「悪いけど。わたしは神殺しの魔王。魔王に神を説かないで」
ゴウと炎が吹き荒れる。
回りの人々は一瞬で消し飛んだ。
「幻影、ね」
それからいくつかの幻影を見せられたがその全てを消し飛ばすと諦めたのか最後は魔法陣のある部屋へと転位させられた。
「これはたぶん神代魔法の魔法陣…ハジメくん達は…」
とりあえず、この部屋からは出ずにハジメ達を待つ。
しばらく待っていると時を同じくしてハジメ達が転位して現れた。
「ユエ、シア、ティオ、無事か」
「うん。そっちは」
「問題無いな。徳永は…あー…」
あまりに暇してたからか明日香は一人ティーセットを出してお茶をしていた。
「明日香さんにそんな事を聞くのは愚問の最たるものですぅ…」
シアがあきれながら言った。
皆がそろったことで神代魔法、再生魔法の魔法陣へと足を踏み入れこれで四つ目。
ハルツィナ樹海攻略に必要な再生魔法は手に入れたが、あの樹海からは大分距離がある。
再生魔法を手に入れると、強制排出させられ、水流に乗って海の底へ。
水笛を口にすると呼吸は出来るので、後は水流に流されるように海面へ流れつく。
「皆、まだだっ!ティオ、変身して空へあがれっ!」
「く…魔力が残り少ないのじゃが…」
ティオがハジメの声で竜に変身すると空へ。
「飛び乗れっ!」
皆それぞれティオの背中に飛び乗ると海面から無数の触手が伸びてきた。
「ここであのクリオネかよ」
ハジメもあきれ顔。
それに上がったとはいえ、陸地は300キロも先。
今のティオでは飛べる距離ではなかった。
ハジメの潜水艇も目に見える範囲全てがあのクリオネに覆われていては難しい。
よしんば逃げ切れたとしてもこのクリオネがエリセンまで追って来てしまえばエリセンは壊滅するだろう。
「ここで仕留めるしかなねぇな」
「ハジメ、何か考えがある?」
「それを今考えてる」
ユエの声にハジメが答えた。
「でもでも、悠長に考えている暇はないかもですよぉ」
なかなか高度を取れずにいるティオに襲い来る触手。それを何とか潜り抜けている状況だ。
「何にしても速くしてたも」
ティオにも余裕が無かった。
「しょうがない…わたしが。ティオ」
「なんじゃ」
「上の方向に思いっきり上昇して」
「了解なのじゃ」
考える時間すら行動に移すしか猶予が無い状況にティオが魔力を振り絞り触手をかわし上空へ。
「あんまり使いたくないけど…緊急事態だし」
「徳永が使いたくないってどんなだよ…」
「え、え?ハジメくん、まるで明日香ちゃんが化け物みたいに」
「化け物より化け物」
「え、ええ?」
香織の驚きをあきらめ顔でユエが肯定。
そんな事をお構いなしに明日香が聖句を口にする。
「光赫よ、獄死の海を顕現せよ」
明日香の魔力が際限なく高まっていく。
ト、と明日香はティオの背中を蹴った。
「明日香ちゃんっ!」
香織の絶叫。再び目の前でクラスメイトを失う恐怖。
「大丈夫だ」
ハジメが香織を支えていた。
「ブラフマシラーストラッ!!」
空中に留まった明日香の目から放たれるビーム。
しかしその威力はブラフマーストラとは桁違いで…
そのビームは海を割り、海底遺跡を消滅させ、数十キロに及ぶ海水の殆どを蒸発させた。
「こんな威力、聞いてないのじゃぁ!」
クルクルと爆風に飛ばされながらもなんとか制御して爆心地から遠ざかるティオ。
このまるで核兵器でも落としたかのような威力の攻撃に巨大クリオネなど細胞の一つも残るはずもなく。
ザザーと割れた海に周りの海水が流れ込んでいく。
爆風に飛ばされたハジメ達は落ち着いたのを見計らって爆心地へと戻り明日香を捜索していた。
「明日香ちゃんは…」
「明日香が死ぬはずない」
香織の心配を達観からか切って捨てるユエ。
ハジメとシアも同様に遠い目をしていた。
「ブラフマーストラって何なんですかねぇ」
と何とはなしにシアが言う。
「ラーマーヤナとかマハーバーラタに出てくる英雄が使う兵器の名前だ」
そうハジメが答える。
「ええ?」
まさか答えが返ってくるとは思ってなかったらしい。
「ラーマーヤナとマハーバーラタってインドの二大叙事詩だっけ?」
と香織。
世界史の授業で聞いただけだがその名前には聞き覚えがったようだ。
「ブラフマーストラですらヤバイのにブラフマシラーストラは海すら蒸発させると言われている」
オタクである南雲ハジメはそう言った事にも精通していた。
「海、蒸発していましたよ…」
「うん…海底遺跡も木っ端みじん」
シアとユエが遠い目をしながら言った。
「へ、へぇ…」
ハジメの説明に初めて明日香のやばさを認識した香織も遠い目をしていた。
「俺、聞くのがこえーから絶対に聞かないが…もし徳永がブラフマンダストラが使えるとか言ったら……もしも帰る手段を手に入れたとしても徳永だけ送り返して俺はこの世界で余生を過ごすぜ…」
「ブラフマンダストラとはなんじゃ?いや、恐ろしい事だけは伝わってくるのじゃが…」
ティオも恐怖をこらえてハジメに聞き返した。
「ブラフマンダストラは一発で宇宙を破壊できるほどの威力らしい…俺はいつ世界が終わってしまうか分からない所で生きて行く自信がない…」
「いくら明日香ちゃんでもそんな…ねぇ?」
香織のその呟きに言葉を返す者は居なかった。
再生魔法を手に入れた一同は一路ハルツィナ樹海に向かっている。
前提条件を満たし、大樹の攻略が可能になったからだ。
さて、さすがはハーレム主人公。ハジメが行くところには騒動が付き物のようで。
ブリーゼを走らせている先に魔法で防御を固め盗賊や野党と対峙している集団が居た。
当然ハジメはそれを無視しようとして…
「お願い、ハジメくん助けてあげて。たぶんあそこには…」
香織が眉毛はハの字にして懇願。
「助けるって言ったってなぁ…俺が行けば基本皆殺しだぞ」
「……わかってるよ」
敵には容赦しない。特に盗賊や野党には、とハジメが言う。
「警告くらいしても良いんじゃない?ティオが竜化して飛んで行ってドラゴンブレスの一発もかましてそれでも挑んできたのならそれはわたし達の命のやり取りだよ…」
「ティオ、頼めるか」
明日香の言葉に一瞬逡巡したハジメだが、その言葉を聞きいれたらしい。
「了解じゃ。行ってくるぞご主人様よ」
グゥグルルワァァとうなり声をあげてドラゴンの巨体で飛んでいくティオ。
ドラゴンブレスを空中で一発ぶちかますと盗賊の集団は震えあがって逃げていく。
「根性無しの集団じゃの。ご主人様の爪の先ほどの勇気もないわ」
とはハジメの傍で人間に戻ったティオの言葉だ。
襲われていたキャラバンはどうやらハジメの旧知の人物も含まれていたようで、見捨てずによかった面もあった。
それよりも、その商隊の中に身ぎれいな金髪の少女が紛れ込んでいた。
「か、香織っ!」
「やっぱりリリィ」
香織が懐かしさを感じた魔法はどうやらこの少女のものらしい。
「愛子さんからは聞いていましたが、お二人ともご無事で何よりです」
「「だれだ?」」
「え、ええ!?」
まさか初対面のような反応を返されるとは思ってもみなかったリリアーナは素っ頓狂な声を上げた。
香織の説明によればハインリヒ王国の王女様らしい。
明日香もハジメも最初の二週間ほどしか王城には居なかったし、彼女自身もハズレ天職の二人に時間を掛けれず面識はあったが記憶に残らなかったのだ。
リリアーナ姫の話を要約すると愛子先生が銀髪の修道女に攫われてしまった。
その事を父に抗議しても聞く耳持たず。最近特に神に傾倒しているらしい。
その事に危機感を覚えたリリアーナは単身王都を脱出し、一縷の望みを賭けて香織と彼女が行動を共にしているハジメと明日香を頼ってアンカジ公国へと向かっていた最中なのだった。
この報告に神山が動いたのはもしかしたらハジメが神の真実を愛子先生に教えたからかもしれないと救出に向かう事に。
急遽ハインリヒ王国へと舵を取り、愛子先生を助けにまずハジメが単身で神山へと昇る。
神山に設置してあるであろうアーティファクトの目を潜り抜け愛子先生を救出するのにはハジメが一番適任だろう。
明日香では神山ごと吹き飛ばす方がずっと楽だった。
まぁ、後で神山は愛子先生とティオが吹き飛ばしてしまうのだが。
愛子先生の救出は、特に問題なく終わるだろうと思っていたのだが、タイミングの悪い事に…いやある意味明日香達が王都に戻っていると言うのはグッドタイミングではあるのかもしれないが、魔人族の大群が王都を襲い始めた。
明日香達の目の前で王都の防御結界が壊されていく。
香織はリリアーナと共に王城へと向かっていた。
そうこうしている間に念話石にハジメがティオを呼ぶ声が響く。どうにか愛子先生は助け出したがどうやら取り込み中らしい。
シアとユエも魔人族に会敵したらしい。
そして明日香はと言えば…
空中に浮かぶ明日香の周りを10人のまるで北欧神話のヴァルキリーのような戦乙女に囲まれていた。
「あなた達は…」
神の気配を感じ否応なしに戦闘高揚していく明日香。
「我らは神の使徒。あのお方の命ずるままに。消去します、イレギュラー」
四方八方から逃げ道の無い10の極光が明日香を襲う。
それは直撃すれば物質を分解してしまう一撃必殺の魔法だった。
神の御業の前に反乱分子は跡形もなく存在が掻き消え…るはずもない。
「馬鹿な」
感情の無い声で呟く神の使徒。
「その程度の攻撃で死ぬほどヤワじゃないわ。それに…」
明日香の周りを黄金の炎が踊っていた。
わざわざ言って聞かせる必要もないが、黄金の炎は神性が付与された攻撃では破る事は出来ないのだ。
まぁ、普通に当たっても傷一つ付かなかっただろうが。
とは言え、黄金の炎が無敵と言うわけではない。
草薙護堂が持つウルスラグナの黄金の剣ならばその神性を斬れるだろうし、概念同士のぶつかり合いで威力負けする事も有るだろう。
ブラフマーそのものの神格ならもしかしたら無力化出来るかもしれない。
だが、神の使徒程度の攻撃では傷一つ負う事は無い。
「じゃぁこちらの番だよね」
バリバリと明日香の体から雷光が舞う。その手にはいつの間にか三徳包丁が握られている。
次の瞬間明日香の姿が消え失せた。
明日香の体が一瞬現れる度に一体ずつ斬り裂かれ地上に落ちていく神の使徒。
「主よ…お許しください」
最後の一人が神の命令を完遂出来ずに落下していく。
「何体居ようと神の使徒程度」
神獣や霊獣に負けるカンピオーネが居るはずもない。
神の使徒が落とした左右一対の武器を何かに使えるかと回収していると…
ドンッ
「なに?」
それは遠くで神山ば爆発した音だった。
それからしばらくの間、明日香は灰竜やその上位竜や大きな黒い鷲を相手に包丁を振るう。
「これでしばらくはドラゴン肉に困らないなぁ、あと鶏肉」
ドウゥ
どこからともなく極光が明日香を撃ち抜いた。
「今度こそっ」
それはグリューエン火山で相まみえた白竜とそれに乗った誰かだ。
雷が落下したかのような衝撃が地面に落ち…
斬ッ
撃ち抜いたはずの明日香の姿が地上にあった。
ツーと白竜の首が落ちる。追って血しぶきが宙を舞った。
「ウラノスーーーーッ!」
しかし白竜の最後の忠誠か、首のない胴体から痙攣するようにして御者であるフリードを振り落とした。
このまま落下すれば真下に居る明日香に殺されてしまう事が白竜には分かっていたからだ。
フリードは投げ出されながらも悔しそうな表情を浮かべていたが、明日香には敵わないと悔しそうに地面を睨みつけた後一瞬双方の視線が交わり、その後空間魔法を使って明日香の前から消え去る。
白竜を時間凍結庫へとしまっていると、念話石からハジメの切羽詰まった声が聞こえた。
ハジメに請われて明日香は神山へと神速で移動する。
「魂魄魔法をっ!」
神山にある神代魔法の取得条件は二つ以上の神代魔法を獲得し、神に靡かない強力な意思を持ち合わせる事のようだ。
「香織がやられた」
ハジメに抱きかかえられるようにして死亡した香織の死体。
「香織っ!!」
友達の死にに流石の明日香も驚愕の声を上げる。
「幸い香織の魂の保存は出来ておる…じゃが…」
「ユエ、徳永、頼む…」
「うん、任せて。ハジメの願いなら全部叶える。香織は死なせない」
ユエが頷いた。
魔法適性の高い術者の魂魄魔法が必要なのだろう。
早速ユエとシア、それから明日香も魂魄魔法を修得し、香織の蘇生を試みる。
香織の体の修復も問題ない。ただ魂魄魔法で固定してあるとはいえ、死のイメージは魂魄を傷つけ、細心の注意が必要だった。
とは言え、適性の高いユエと明日香の手にかかれば大きな問題は無いだろう。
しかしそこでハジメが何を考えたのか、どうせならばノイントと呼ばれた神の使徒を素体に使おうと言いだした。
「あー、ハジメくんの所にも行ったのか」
「と言う事は徳永の所にもか」
「10体くらい来たけど問題なかったかな」
それを聞いてハジメとティオはあきらめの表情。
ハジメは一体でも辛勝だったのだが…
うん、こいつはそう言う奴だと再認識しているのだろう。
「………チートとは目の前のこいつの事を言うんだ」
数日掛けて香織の蘇生に成功させた。
その体はノイントのものなので香織の面影を残しつつ、黒髪だった髪は青銀に輝いている。
使徒のボディは伊達ではなく、香織はまだその性能を十全に発揮できずにいるようだが、天之河光輝何かよりは全てのスペックで勝っているのではなかろうか。
この一連の事件でクラスメイトである近藤礼一と檜山大介は死亡し、中村恵里は魔人族側に寝返ったらしい。
一応事件後の裏側の説明としてクラスメイト達には神の遊戯の説明をする。
当然、天之河からの反発があるが、それはハジメに丸投げしていた。
明日香は天職調理師の才能をいかんなく発揮してクラスメイト達に料理を振舞っている。
クラスメイト達はウメーウメーとひたすらに掻き込んでいた。
いくらショッキングな事が有ったとはいえ、腹ば満たされれば少しは気持ちも上を向く。
「あ、おいしいわね。このシチューに使われている肉は何なの?」
と八重樫雫が言う。
「白竜だね」
「なのじゃっ!?」
一瞬、自然と聞こえてしまったティオがポロリと器を落とした。
「落ち着け、ティオ。お前は竜人族で人間だろ。あんなトカゲと自分で一緒にするなよ」
「ご主人様よ、なぐさめてたも。ひと叩きしてくれなんだか」
「やっぱり失せろ変態」
「あーいい…いいのじゃぁ」
じゃれかかろうとして吹っ飛ばされるティオは根っからのドМだった。
「え、でもそれって魔物って事だよね…?」
「なに当り前のことを言ってるの?」
「いや、うん。きっとわたしの勘違いだわ」
特にクラスメイトに問題が起きていない為、雫はスルーする事にしたらしい。
結局、この時振舞われた料理を食べなかったのは場の雰囲気に反発した天之河光輝だけだった。
その後、明日香達はハルツィナ樹海へと神代魔法を取りに向かわねばならず、帝国の領土を通るならとリリアーナが途中まで同行を申し出た。
それから何故か勇者パーティである天之河光輝、八重樫雫、坂上龍太郎、谷口鈴もハルツィナ樹海に同行する事に。
どうしても神代魔法が欲しいらしい。
天之河光輝はどう見ても南雲ハジメに嫉妬から反発しているようにしか感じられずとても危うく見える。
いつの間に作っていたのかハジメの飛空艇で安全な空の旅が続く。
帝国まではあっという間だった。
途中ヘルシャー帝国でリリアーナを降ろし、再びハルツィナ樹海に向かっていると何やら帝国兵に襲われ…いや襲い返している兎人族を見つける。
うん、わたしは何もしらない。
首狩りバニーなんて居なかった。いいね?
彼らが一夜にして帝国を転覆させたとしてもそれは彼らの努力であってわたしの責任ではない。
亜人種と帝国のいざこざが前向きに進展して、ようやく大樹の攻略を開始する。
道中、香織はノイントの体に慣れるためか、天之河と戦闘訓練を積んでいた。
ノイントが使っていた双大検、一本までならば自在に振り回せるようになっていて、彼女が使っていた銀翼の攻撃や分解攻撃も出来るようになってきた。
もっと頑張らなきゃと言う香織に雫が…
「あなたはもう、チートなんて呼べない。バグキャラと呼ぶべきね」
と名状しがたい感想を述べた。
「わたしがバグキャラならハジメくん達はどうなるのよ」
「おい待て、俺らなんてかわいいものだぞ。真のバグキャラはそこに居る」
そう言ったハジメの視線の先には明日香が居た。
「ああ…」
と香織は遠い目をして納得。
「え、明日香が?」
そう雫が訝しむ声を上げた。
「確かにすごく速くスパパーって魔物を倒してたけど」
谷口鈴はオルクス大迷宮で助けられた時の事を思い出していた。
「明日香に常識は通用しない」
「妾のドラゴンブレスでも髪の毛一本燃やせぬじゃろうて」
ユエとティオも辛らつだ。
「皆、女の子になんて言事言うんだ。徳永さんは天職調理師なんだぞ」
ありがとう。こういう時にかばってくれるのは天之河くんだけだよ。
「天之河。お前、差別って言葉知ってるか?今のお前の言葉はナチュラルに徳永の事を見下しているって」
「はぁ、南雲お前、何を言っているんだ?」
意味が分からないと天之河光輝がハジメに言う。
「ダメだこいつ。救いようがねぇわ」
天之河は自分に都合がいい事実しか耳に入ってこないのだろう。
会話とは双方に同じ下地がある場合にのみ共有できると初めて実感したハジメは早々に天之河との会話を切った。
石碑を起動し、洞を通り抜け大樹の中へ。
すると光が迸りメンバーの半分が飛ばされてしまった。
最初の課題は相手の姿形に惑わされずに行動できるかと言う事のようで、醜い魔物に姿を変えた仲間を信じられるかと言う物だった。
二つ目の課題は誘惑に抗えるかだったらしい。
黄金の炎で魔法を受け付けない明日香は、ただ大樹の弦に捕まっていく仲間を探し出す事しか出来ず。捕まっている繭を見つけ、ただ彼らが自力で出てくるのを待つ。
本当は助け出そうとしたのだが、これが試練だった場合手を出したら試練失敗ととられかねない。
もしそうなら明日香は試練失敗と言う事になるかもしれないが、それは魔法陣に立つまで分からないだろう。
結局この繭から自力で脱出してきたのはハジメ、ユエ、シア、ティオ、香織、雫の六人で、天之河、坂上、谷口は帰還できず。
永遠に夢の世界に閉じ込めておくのも残酷だと香織が分解を使って助け出す。
この時点でおそらく三人の試練は失敗だが、引き返す事も出来ないのでこのまま皆で進む。
再び転位の光に包まれるとそこで襲い掛かってくるのはスライム。
そのスライムから分泌されたゼリーを浴びた仲間たちが次々と発情。
精神力が弱ければ強姦事件に発展していただろう。
いや、一部の者はハジメが力づくで止めていた。
しばらくして落ち着きを取り戻した一同。
「ねぇ、明日香は何ともなかったの?」
そう雫が聞いてきた。
「いやぁ、わたしって経口摂取でもしなければああいうのは効果ないから」
魔法や魔術にはめっぽう高い耐性を持っている。
「ウソっ!?」
「まぁ毒を飲んだくらいじゃ死なないんだけどね」
「さすがバグの存在証明…」
「ちょっと雫酷くない?」
「ごめんなさい…でも南雲くんが言っていたから」
そして四つ目の試練。
これは最悪だった。
過去一最悪だった。生きてきた中で…あの死を覚悟したまつろわぬ神の襲撃よりも恐ろしかった。
大樹の中でカサカサと蠢く黒い悪魔の大群。
日本人ならその殆どの人が嫌悪するであろうその甲虫が一面を黒で覆いつくして襲い掛かって来たのだ。
「いぃいぃやぁあああああっ!!」
寿司屋の娘である明日香など特に嫌悪を通り越して憎悪の対象である。
あんなものが店で出たなんて事になったらそれはもう大変な事になってしまうのだ。
咄嗟の事に明日香は黄金の炎を広げて身を守り、たまたま中に取り込んだのは近くに居たシアとティオだった。
他のメンバーはそれぞれ蠢動する嫌悪と戦っていたのだが、最終課題は感情の反転。
嫌悪するほど愛おしく、愛しているほど憎い。
ハジメ達は感情に戸惑いつつもどうにか戦っていた。
だが…
「ふふふ…ふふふふ…黒い何かに生きる権利なんて無いのよ」
反転魔法が効かない唯一の存在である明日香の精神は限界突破してしまう。
それはそうだ。一面を埋め尽くすほどの黒い悪魔なのだから精神も壊れよう。
「光赫よ、獄死の海を顕現せよ」
ドンと明日香の魔力が高まっていく。
「バカっ!シア、ティオ、やめさせろっ!」
ハジメが叫ぶ。
「や、やめるのじゃ明日香よ」
「そ、そうですよっ!お願いしますから、それだけは、それだけは~」
悪感情で明日香に触るのも嫌なはずの二人がそんな感情など忘れてしまう程焦って明日香に抱き着いた。
「でも~でもぉ~」
「大丈夫じゃ、ご主人さまが全て殲滅してくれるから、な、な?」
「そうですぅ。ブラフマシラーストラは使っちゃダメですぅ」
幼児退行を始める明日香を必死に止めるティオとシア。
「ユエ、香織、今は憎いとかそんな感情に支配されている場合じゃない、わかるな」
「お前に言われるのはしゃくだけど、同意してあげる」
「ほんと、明日香が暴走したらシャレにならないもの」
ハジメの呼びかけにユエと香織が頷いた。
「それじゃ、いっちょ派手に暴れるぜ」
「早く殲滅しないと絶対大変な事になる」
「一秒でも早く、だね。わかったよ」
無限とも思えた黒い塊をどうにか殲滅し終えると、明日香の精神も落ち着いたのか炎の壁を解く。
「あー…ごめん」
「徳永も反転していればまだマシだったんだろうがな」
謝る明日香にハジメは仕方がないと代表して答えた。
「あ、やっぱり明日香ちゃんは反転してなかったんだ」
「さっきも言ったけど、ああ言うの効かないからね」
香織の疑問に明日香が返す。
最後の試練を突破すると大樹の最上階に到着。
そこにはやはり神代魔法の魔法陣と、この迷宮の主からのメッセージがあった。
ここの神代魔法は昇華魔法と言い、すべての魔法を最低でも一段階上げると言う。
昇華魔法を手に入れられたのは明日香、ハジメ、ユエ、シア、ティオ、香織、雫の6人だけで、やはり幻影の試練がクリア出来なかった天之河光輝、坂上龍太郎、谷口鈴は認められなかったらしい。
「まて…それはもしかしたらブラフマンダストラが使えるようになるとかじゃぁねぇよな…?」
「はは…そんなまさか……あー…うん…魔力が全然足りない…かな」
「魔力が足りれば使えるのじゃな…」
ハジメが戦々恐々とし、明日香がそんな事出来るはずないと思いつつ、やっぱ出来そうと返すとティオが諦めたようにツっこんだ。
そしてこの迷宮の主の幻影が言うには七つの神代魔法の全てを揃えると概念魔法と言う物が使えるようになるらしい。
それは究極の意志でのみ発動できる何物も超越した魔法なのだとか。
その概念魔法で作り出された究極の一つがこの大樹の迷宮のクリア報酬である導越の羅針盤だ。
それはコンパスのような形をしていた望んだ場所を指し示すと言う効果があるらしい。
試しに地球をと念じてみれば、確かにどこにあるのか感じ取ることが出来た。
「これは徳永が持っていていくれ」
「わたしで良いの?」
ハジメが明日香に導越の羅針盤を投げ渡す。
「明日香以上に安全な場所は無い」
とユエ。
「たしかに」「そうかもしれませんねぇ」「明日香ちゃんはバグキャラだからね」
ティオ、シア、香織も同意した。
明日香は導越の羅針盤を時間凍結庫へとしまう。
迷宮をクリアした明日香達は獣人たちの街、フェアベルゲンで休養を取っていた。
流石にあの黒い悪魔には皆精神的に参ってしまっていて魂の休息が必要だった。
明日香と言えば、使っていた三徳包丁がくたびれてきたので、この間手に入れた神の使徒の武器を素材にして作り直そうと試行錯誤をしていた。
うまく行かなかったので、ハジメを呼んで手伝ってもらう事に。
「使徒の武器で包丁かよ…まぁ徳永がいいってなら構わねぇけどよ…後でいくつか別のも作らねぇ?」
「どうせゴミの再利用だし、手伝ってくれるならね」
はぁとハジメは大きくため息を吐いた。
ハジメの力を借りて、半径30メートルほどの巨大な魔法陣を描き、材料の剣をその中心へと突き刺すと、明日香はその魔法陣の外周円に立つ。
「それじゃぁ」
バリバリと明日香の体から雷のエネルギーが放電する。
「ああ、行け」
ハジメの掛け声で神速を使用。外周を走るとだんだん明日香の体に雷のエネルギーがオーバーチャージされていく。
「いまだっ!」
ハジメの合図で明日香は中央にる剣の柄へと触り、瞬間莫大なエネルギーが刀身へと注がれ、魔法陣へと流れ込む。
勢いあまって明日香が魔法陣から吹っ飛んでいった後、爆音。
土煙が上がったその中心には一本の牛刀が錬成されていた。
「成功だな」
「いたたぁ…出来た?」
「ほら、取って来いよ」
30メートルを一瞬で移動しその牛刀を手に取った。
「なんかバリバリしてるんだけど…」
「そりゃあれだけ雷を注げばなぁ」
とハジメはあきれ顔。
この牛刀、魔力を流せば電流が飛び出し、斬った軌道で空間が切断されるらしい。
刃には使徒の武器だったからだろうか、切断分解能力も付いていた。
投げても当然のように手元に戻てくるおまけ機能も。
空間切断能力は切れ味には関係がなく、刃先の通った後の空間を切断する。その効果に一見意味は見いだせない。
てう言うかそもそも牛刀にそんな効果自体必要ないのだが…
「名前つけてやらねぇとな」
「名前ねぇ…ヴァジュラとか?」
「包丁だっつの。つかなんで徳永のネーミングセンスはインド神話なんだよ…」
ハジメが呆れていた。
「と言うわけで、二つ目行くよ」
「あー…もう好きにしてくれ」
呆れつつハジメが魔法陣を描き直す。
再び雷鳴が轟くと、そこにはミートハンマーが錬成される。
それはやはりバイバリと雷光を放ち、込めた魔力を衝撃に変換し、大きさや重さを自在に変えるが、柄の長さだけは変わらなかった。
「なんで投げても戻ってくるのだろうか」
「…名前つけてやれよ」
ハジメが遠い目をしていた。
「うーん。さっきハジメくんにインドをディスられたから…」
そうだなと明日香。
「じゃあミョルニルで」
「でしょうねっ!!!」
それ以外にふさわしい名前が無いとハジメも思っていた。
だが、実態はミートハンマーである。
そして三つ目に作ったのが泡だて器、ホイッパーである。
このホイッパーには手持ち部分から先が自動で回転する機能が搭載。
なぜか電撃も発生させられるのはもはやご愛敬。
さらには振動付与能力が付いていてよく泡立つ…のだが、実際は星のエネルギーと接続させてしまう効果で、このホイッパーで殴られた相手は継続的に星の回転エネルギーが襲い掛かってくる。
「ブリューナクとかどう?」
「…そうだな」
次に作ったのはまな板だった。
まな板と言うがそれはどちらかと言えば液体金属のようで形は自由自在で、しかしそれはトータスのどの鉱物よりも固く、空間魔法による衝撃吸収能力を持っている。
衝撃を雷に変換して放つことも可能で、魔法、物理のどちらでもこのまな板を破壊する事は難しいだろう。
「アイギスとか?とはいえ、わたしに盾は必要ないのだけど…」
「も…好きにして」
次に作ったのはマドラー。
昇華魔法が施されていて、手に持つと魔法の効果が上昇するようだ。
それとかき混ぜると全てのものが混ざり込んでしまう。
「天逆鉾、とか?」
「…………」
精神が削られたとハジメが退場。
明日香だけでは難しかったので、とりあえずこの五つだけ錬成して明日香の休みは終わった。
最後のシュネー雪原にも勇者パーティは付いてくるらしい。
流石に足手まといになりそうなので、ハジメがアーティファクトで彼らの実力を底上げしていた。
ハジメの飛空艇、フェルネルで空を行く。
まったりとした時間を過ごしているとハジメが雫の所にコソと話しかけていた。
「最近、坂上との訓練でも天之河が押されているんだが、何かあったのか」
そう光輝が坂上龍太郎との試合でも劣勢に立っているのを見たハジメが雫に問いかけた。
「それがね…何が原因か分からないんだけど、最近急激にステータスが伸びたのよ。クラス全員」
「クラス全員?あー…」
「何か知っているの?」
「まぁ、な。そりゃ徳永のせいだ」
しまったとハジメ。
「明日香の?」
「王都襲撃の後、徳永が飯を振舞っただろ」
「ええ、そうね。美味しかったわ」
「でだ、魔物を食うとステータスが伸びたりスキルを獲得したりできる」
「なるほど、それでか…わたしもステータスプレートを見てビックリしたわ」
魔力操作や衝撃変換のスキルを得ていたからだ。
「たしかあの時、光輝は南雲くんにいじめられて部屋に戻っていたわね」
「イジメんなよ」
ハジメの言葉にフフと雫が笑う。
「じゃあ明日香に料理を頼めば良いの?」
「それがそうもいかない。弱い魔物を食ってもあまり意味がねぇんだ。お前らレベルだけは上がってるからなぁ」
レベルはその人間の完成度だ。
「確かあの時、あまりにも白竜の肉がうますぎで全部使っちまったみてーだ。おそらく今の天之河にはあのレベルの魔物じゃないと意味が無いだろうよ」
カンストクラスの白竜の肉などどうやって手に入れろと言うのだろう。
「あー…それは困ったわね…実は光輝には言えないでいるのだけれどステータスだけで言ったらわたしも龍太郎も鈴でさえも光輝の三倍くらいあるのよ。もちろん限界突破されれば簡単に覆るんだけど…」
「どうやらあの白竜の効果は劇的だったらしいな」
「と言う事は現状打開策は無いって事?」
「残念ながらな」
勇者が勇者パーティで一番のお荷物になりつつあった。
そんなこんなでシュネー雪原へと到着。
ここでもライセン渓谷であったようにラッキー兎の強運をいかんなく発揮し、はしゃいだついでに迷宮の入り口を見つけたようだ。
氷雪洞窟。その内部はまるでミラーハウスのようになっている。
幾つもの氷柱と氷の壁がまるで迷路のように方向感覚を狂わせた。
洞窟内部は凍傷をおこす風雪が吹き荒れ、ハジメが用意したアーティファクトが無ければ防寒もままならない。
道中いくつもの氷漬けの死体を発見。
それのどれもが魔人族である事を思えばここにある神代魔法は魔人族が従えている強力な魔物と関係があると分かる。
襲ってくる魔物を蹴散らしつつ奥へ。
少し広くなった洞窟に差し掛かると、扉を守る様に巨大な氷の亀の魔物が立ちはだかる。
その他も氷でできた鷲のような魔物が次から次に現れた。
フロストタートルの方は光輝達勇者パーティに自信を付けさせるためかただ面倒を押し付けただけかハジメが彼らに任せ、明日香達はフロストイーグルの処理に当たる。
明日香は相手が氷と言う事もあり新武器であるミートハンマー…ミョルニルを取り出して応戦。
バリバリと稲妻が舞い、投げたミョルニルが敵を粉砕。
「ちょっと見ない間にまたトンデモ武器が増えているわね…」
香織が呆れている。
明日香は手に持ったミョルニルを振るいコンと軽い音からは想像もできない衝撃を伴いフロストイーグルを爆砕する。
「まるでミョルニルね…」
「香織、むじょるにあとはなんじゃ?」
ティオが問いかけた。
「…?わたしムジョルニアなんて言ったかしら?言葉が変に変換されちゃった?まあいいか」
さてと香織が続ける。
「北欧神話の雷神トールの持つ武器…雷を発して敵を攻撃し、投げれば敵を外さず、呼べば手元まで戻ってくる…持ち手が短いのだけが弱点だと言う」
「逸話そのものですぅ」
シアが感嘆していた。
「まぁ、だからこのミートハンマーはミョルニルって名前にしたんだけどね…」
「それ、肉叩きだったんだ…」
「あ、マズイ」
フロストタートルの方を見れば倒したはずのフロストタートルの魔石をフロストイーグルが持ち去っていくところだった。
明日香はミョルニルの柄に付けた皮紐を持って振り回しフロストイーグル目掛けて投げつける。
狙いたがわず、ミョルニルはフロストタートルの魔石を粉砕して戻って来た。
「っ……」「あ」「くそ…」「うー…トッキー…」
勇者パーティ四人の目が向けられる。
むしろ助けたんだから恨みがましい目で見ないでもらいたい。
勾配の先、上から見れば巨大な迷路のような迷宮が現れた。
絶対零度の環境で、そんな迷路に何時間も潜っていたら死んでしまうだろう。
しかし、こちらには導越の羅針盤がある。
迷わない迷路は迷路ではなく、少し長い一本道だ。
迷宮の出口にはたどり着いたが鍵が無い。
四つ必要らしいのだが、この迷宮のどこかにあるのだろう。
それをハジメが遠隔操縦のアーティファクト、クロスビットを飛ばして回収。
次の扉を開ける。
扉の先もそう変わり映えの無い風景が続いているが、切り立っている氷壁がまるで鏡のよう。
迷宮を進んでいるとまず光輝がおかしくなった。
いや、おかしくはなってないのだが何者かの声が聞こえると言う。
しばらく進むとやはり聞こえるのか相当苛立っているよう。
始めは光輝だけだったその囁き声もついには全員が耳にするようになってしまう。
「明日香ちゃんは平気そうね」
声だけで実害は無いがイライラが募っている雫が平気そうにしている明日香を見て誰と話に呟いた。
「あー、八重樫。たぶん徳永には聞こえてねぇな」
「南雲くん?」
「徳永は転位とか、そう言った空間系以外の魔法が一切通じない。いや、おそらく空間系の魔法も本気で抵抗すれば効かないんだろうがな」
「ええっ!?」
「くそ…これは自分自身の声だな…徳永に対する劣等感を刺激されている」
何かが聞こえたハジメもイライラし始めていた。
迷宮内で迫りくる魔物。
しかしついにはその攻撃が誤射し始める。
「痛い…」
痛い、と明日香はただ口にしただけである。
「悪い、わざとじゃねぇんだが…」
取り繕うハジメ。
次の瞬間、炎弾が明日香を襲う。
「ごめん明日香。わざとじゃない」
そうユエが言う。
その後も香織や雫、ティオやシア、光輝まで明日香へ攻撃し始める始末。
「思考誘導の類じゃな。その相手が明日香であるのは不幸中の幸いじゃが」
ティオが冷静に原因を解明。解明した所で解決はしないのだが。
「はっなら話は簡単だ。全力でぶっ放せ。徳永なら傷一つもつかんだろう」
「ちょっとハジメくん、ひどすぎない?」
「だが他に手があるか?」
「皆が手を止めてわたし一人でぶっ倒す」
「「「「「「「…………………………」」」」」」」
誰の同意も得られなかった。相当苛立っていて、何かに八つ当たりしたいようだ。
殆どの攻撃が明日香に向いたと言う事はコンプレックスの対象が明日香に集中していたと言う事なのだが、その事実にはまだ気が付かない。
どうにか切り抜けると、ようやく出口が見えてくる。
光で出来た扉だ。
これを潜り抜ければ次の試練に向かうのだろう。
休息を取ってから門を抜ける。
視界が開けるとそこには誰も居なくなっていた。
「分断されたかな」
そして氷壁に魔力が集まったかと思えば白髪に浅黒い肌をした明日香が現れる。
「これが次の試練って事ね」
自分自身を乗り越えろ、と言う事だろうか。
だが…
「すみませんでしたーーーーーっ!!」
全力土下座だった。
「はい?」
流石の明日香も目が点になっている。
「お気づきかもしれませんが、本来ならわたしは相手と同等の能力を有し、相手の負の感情でパワーアップするんです。逆に負の感情に打ち勝つほど弱体化する」
「……なるほど?」
それがこの試練の仕組みらしい。
「ですがっ!いくら大迷宮の試練とは言え、あなたをコピーする事は出来なかった訳でして…」
「そりゃそうよ。わたしのこれは神を殺して手に入れた権能なんだもの」
神を殺す試練に神殺しの力が模倣できるはずもない。
「神を殺していらっしゃるのですねっ!」
なぜか少し嬉しそうだった。
「もちろん、わたしは試練の魔物な訳ですから、乗り越えて倒される分には何も感じなかったでしょう。でーすーがっ!」
力がこもった。
「生まれた瞬間悟ったんです。あれ、このままじゃわたし、なんの存在理由もなくただ消されるだけじゃね?って。そして思いました。ただ生きたいっ消えたくないって」
「なるほど…いっちょ消えとく?」
混乱している明日香の無慈悲な一言。
「なんでそうなるんですかっ!そこを何とか…この哀れなわたしを救うと思って」
黒い明日香が泣きそうだった。
「そう言う誘惑に勝てるか試している試練だったり?」
「しませんっ!命を懸けて誓いますっ!」
どうしよう…
「まぁ神代魔法が手に入らなかったらあなたの事を消せば言い訳だしね」
「そ、そうです…あぶねー…でも首の皮一枚つながりましたっ!」
ゴゴゴと次の部屋へと続く通路が現れた。
一応試練は突破したと言う事なのだろう。
明日香はブラック明日香を連れて迷宮を進む。
行けども行けども小部屋が続き、一向に誰とも合流できなかった。
「どう言う事?」
「あなたは一番危険だと判断されましたからね。一番遠い部屋へと飛ばされたんです」
この部屋は進めば誰かが試練をしている部屋に続いているらしいが、なんにせよ遠いようだ。
「ようやく登場かよ。まさか徳永が最後とはな」
ハジメの言葉に部屋の中に居た全員が一斉に明日香に向く。
どうやらこの部屋にたどり着いたのは明日香が最後だったよう。
「だが、そいつはどう言う事だ」
「ハジメ」「ハジメさん」
チャとドンナーを構えるハジメに追随するように構えを取るユエとシア。
それも仕方がないだろう。明日香の後ろにはもう一人浅黒い明日香が着いてきていたのだ。
それは皆が打倒した試練なのだからその正体が何かなど問われるまでも無い。
「やめときなさいって。一応敵じゃないわよ」
と明日香。だがそうやすやすと信じられるものじゃ無い。
「信じられるかっ!」
ごもっとも。
「え、敵ですか敵ですか?」
「あなたも煽らない」
黒明日香をたしなめる明日香だが…
ドンと問答無用でドンナーを撃ち出したハジメ。
しかしその弾丸は黒い明日香を撃ち抜くことは叶わず。
バリバリと帯電したかと思うとハジメの首筋に氷柱の先端を当てていた。
「ちっ…スキルは徳永譲りかよ」
「ハジメくんっ!」「ご主人様っ!」
しかし何をしようとも今黒明日香に攻撃してはハジメに当たるため、ユエ達も手出しが出来なかった。
ハジメが降参と手を上げる。
それを見た黒明日香は次の瞬間明日香の後ろへと戻っていた。
「で、そいつはどうしたんだ?」
一応敵じゃないと認めたハジメが再度問いかけた。
「なんか、わたしの能力をコピーしきれず、存在意義を見失ったこの子に懐かれた」
それを聞いた一同はあーと声を上げた。
「チートじゃなくて理不尽だものな…システムが理不尽を再現できるはずがないよな…」
とたんハジメが可哀そうなものを見る目を黒明日香に向ける。
明日香も部屋を見渡すと、仲間は全員そろってはいるのだが、なぜか天之河光輝だけ気絶していた。
「天之河くんは…」
「このバカは負の自分に呑まれちまったんだ」
そう龍太郎が言う。
彼の説明を聞けば、負の自分に呑まれた挙句意味不明な理論で自身の記憶を改ざんして南雲ハジメを襲ったのだと言う。
「まぁ、その年まで挫折を知らなすぎたのでしょうね。子供なのよ。きっと何かに負けた事なんて無かったのでしょうね」
綺麗なものを綺麗と言うだけで彼の世界は完結しているようなものだった。
「それで、その黒い徳永だが…」
どうしたものか、とハジメ。
「明日香が二人…恐ろしい。名前だけでも変えないと」
とユエ。
「そ、そうですぅ…恐怖の代名詞はひとりでじゅうぶんですぅ」
「散々な言われようだね明日香ちゃん」
シアと香織だ。
「確かにわたしもずっと明日香って呼ぶのは嫌かも…」
自分の名前を自分で呼ぶのは変な感じもするだろう。
「まぁ、こういった場合は明日香オルタナティブで呼ぶときはオルタでいいんじゃねぇか?」
とハジメが言う。
「なるほど、よろしく、オルタ。わたしはユエ」
「よろしくですぅオルタさん。シアと言います」
「あ、はいよろしくお願いしますっ!」
と言うか、オルタで決定してしまった。
余っていたステータスプレートをオルタに持たせるとひったくる様にしてハジメが覗き込む。
それを他のメンバーも見習った。
アスカ・オルタナティブ 0歳 女? レベル:※
天職:※※※※
筋力:12000
体力:12000
耐性:12000
敏捷:12000
魔力:12000
魔耐:12000
技能:調理魔法適性[+直感【+心眼】【+先読】][+炎属性適正+【浄化】][+水属性適正+【浄化】][+風属性適正【+浄化】【+雷属性適正】][+氷属性適正【+仮死】][+時間凍結庫][+光属性適正【+浄化】][+振動魔法適性【+破砕】][即死魔法適性【+効果弱体】][+感知【+範囲拡大】][+看破【+弱点看破】【+鑑定】][+錬成][+調合【+発酵】【+発酵促進】][+食材無毒化][+付与魔法適性(食材)【+効果時間上昇】]・[魔力操作【+無詠唱】【+魔力放出(炎)+炎属性軽減】【+魔力放出(雷)+雷属性軽減+神速】【+衝撃変換】]・浮遊[+飛行][+飛行速度上昇]・天歩[+空力]・風爪[+三爪][+飛爪]・竜咆[+爆縮][+拡散]・遁甲[+影移動]・弱体無効・気配遮断・夜目・念話・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・異世界言語
「うん。意味が分かんねぇ。これで徳永に土下座するレベルって…」
「明日香ちゃんが正真正銘のバグって事だね」
ハジメを慰めるように香織が言った。
気絶している光輝を連れて最後の扉をくぐる。
抜けた先には神殿があり、どうやら迷宮踏破と言う事らしい。
建物内を捜索し、神代魔法の魔法陣を見つけた。
攻略出来たと思われるメンバーが魔法陣の中へと進み、そして最後の神代魔法、変成魔法が刻まれる。
「ぐぅ!? がぁああっ!!」
「……っ、うぅううううっ!!」
急に苦しみだすハジメとユエ。
「お二人ともっ!大丈夫ですか」
「ハジメくんっ!」
「どう言う事じゃ、ご主人さま、ユエッ」
駆け寄ったシア、香織、ティオの三人が二人を抱き起すが意識が戻らない。
「いったい、どういう事なんだっ?」
声を張り上げる龍太郎。
「ふたりにいったい何が…」
そう鈴も心配そうだ。
「二人の共通点は七つの神代魔法じゃろう…じゃが」
ティオの視線が明日香に向いた。
「まあちょっとチクっとしたかな」
「まぁ、明日香じゃしのう…」
概念魔法なんてものが刻まれたのだ。気絶もするだろう。
「取り敢えず、二人を休ませんとの……」
ティオの言葉に従って二人をベッドのある部屋を探し寝かしつける。
しばらくすると二人の意識が戻ったらしい。
概念魔法とは極限の意志でのみ使える一回こっきりの魔法だ。
それを何度も使えるようにするにはアーティファクトに作り変えなければならない。
「明日香は使えるの?」
「極限の意志ってのが意外と難しい。絶対勝てない巨人を前に石ころを投げつけて勝ってやるってくらいの意志が無いと無理」
雫の質問に明日香が答える。
まぁ明日香の場合神殺しの獣だ。神を前に極限の状態になれば容易に使いこなすだろう。
神殺しの獣とはアリに対して核弾頭を用意するような連中なのだから。
概念魔法を理解したハジメとユエが二人掛かりでアーティファクトの制作に取り掛かった。
極限の意志は漏れ出した記憶として二人の心を映し出す。
それはどうやっても生き残ると言う意思。家に絶対に帰ると言う渇望。
「「――〝望んだ場所への扉を開く〟」」
二人が作り上げた概念魔法。それが望んば場所への扉を開く魔法だった。
そうして出来上がったのは多面体の鍵だ。
そしてハジメとユエは魔力切れで再度気絶。
香織が魔力を分け与えたので、しばらくして二人とも意識を回復させた。
新しく作られたアーティファクト・クリスタルキーはちゃんと起動し、導越の羅針盤と相応の魔力があれば地球へのゲートも問題なく開けるようだ。
だが召喚防止用アーティファクトはまだ作れていないので、このまま地球に戻っても事態は解決しない。
「その問題の解決方法はもう一つあるよ」
そう明日香が言う。
「もう一つじゃと?」
なんじゃ、とティオ。
「…神を殺す事だな」
「うん」
考えた事はあったの有ろう。ハジメがもう一つの解決方法を提示しすぐさまユエも同意する。
「でもでも、それって解放者が七人、それも神代魔法を使っても倒せなかったんでしょう?」
と香織が言う。
「同じ条件なら俺らでも無理だろうなぁ。だが」
そう言ったハジメは明日香の方を見た。
「トッキー?」
どう言う事、と言う鈴にハジメが続ける。
「薄々おかしいと思っていたんだ。俺らがどんなに努力しても徳永に傷一つ付けられねぇ。漫画の主人公みたいに最初から特殊能力があったとしてもあんな反則な効果なんてあるか?」
「明日香は神代魔法でも傷つかない」
とユエ。
「俺らだって相当強くなってるんだぜ?」
それでも明日香には敵わなかった。
「それで考えた。神代魔法で傷つかないならそれはもう神そのものの力なんじゃないかってな」
「まさか、明日香が神様だって事?」
「そこまでは言わねぇが…」
雫の疑問にハジメは言葉を濁す。
そして明日香は真実を告げた。
「そう。これは神を倒して手に入れた神様の権能」
ゆらりと明日香の体に黄金の炎が揺らいだ。
「ええ!?」
「権能と来たか…道理で」
「ていうか、トッキー神様倒したことあるの!?」
「自分でもよく分からないんだけどね。わたしは神を倒した。これだけは本当」
「インドの神様だろう。あの神話は不死身の神様のオンパレードだからな」
とハジメが言う。
「ええ?なんで分かったの?」
「あれだけブラフマーストラとかブラフマシラーストラとか言ってれば分かるって」
普通の一般人は絶対に分からないだろうが、ハジメには当然の事なのだろう。
「アグニとかガルーダとかか?もしくはスーリヤとか、まさかインドラとかシヴァ、ヴィシュヌなんて事は無いよな。と言うかもしかしたらそれこそブラフマーとかとんでもない事を言っちゃう?」
「なに、なんかハジメくんテンション高いんだけど」
怖いと明日香。
「ハジメくん、そう言うの好きだから…」
呆れる明日香に好きな人の趣味に理解がある香織が答えた。
「神崎さんはカルナとラーヴァナの二柱だって言っていたけど、本当の所は分かってないのよね」
「カルナ?ラーヴァナ?雫ちゃん、分かる?」
鈴が全く分からないと首を傾げる。
「わたしが分かる訳ないでしょ。インド神話なんて、それこそラーマーヤナとかマハーバーラタとかしか知らないし」
それも内容なんて全く知らないと雫が言う。
まぁ、それが普通だろう。
「一応言うとな、マハーバーラタに出てくる金の鎧の不死身の英雄がカルナでラーマーヤナに出てくる不死身の魔王がラーヴァナだ」
ハジメが常識だろうと言った。
「不死身ですぅ?明日香さんみたいですね」
「でも明日香はその二柱を倒しておるのよな?」
シアとティオが言った。
「まぁ、カルナもラーヴァナも叙事詩の中では倒されているからな」
「ハジメ、矛盾って言葉知ってる?」
ユエが冷静にツっこんだ。
「知ってるよっ!だが事実としてカルナとラーヴァナは倒されているんだ」
「うーん、頭が痛くなってきた」
「あら龍太郎、話について来ていたのね」
「ひでぇな雫」
「まぁ話を戻すとね、わたしなら神を倒す事も低い確率で出来るとは思うよ」
「確率低いんだ…」
「相手は曲がりなりにも神様だしね。油断はできないでしょう」
まぁ、と明日香が一拍置く。
「わたしの最大威力の攻撃が当てられれば必ず殺せるとは、思うけど、ほら…」
と明日香。
「なるほど。チャージショットは弱点が分かりやすいな」
「うん。詠唱中の魔法使いほど無防備な存在も居ない。詠唱中の魔法使いから倒すは常識」
ユエも当然とハジメを補足した。
「………何とかなるかもしれねぇぞ」
「どう言う事、ハジメ」
「どう言う事なのじゃご主人様よ」
しばらく考えていたハジメが不意に言葉を発し、周りの人間がどういう事と詰め寄る。
「要するに、無防備なチャージ時間さえ無ければ良いんだろ」
「それが出来れば苦労はしない」
だが、これまでどんな卑怯な手段をも模索して来たハジメだ。
「今の俺たちには導越の羅針盤とクリスタルキーがある。これでゲートをつなげて開いた穴へ全力攻撃してみるってのはどうだ?」
「…………」
「リミット技ってボス前に溜めておいて開幕ぶっぱが基本だろ」
ゲームでは当り前だろう、とハジメ。
「それはさすがに卑怯…」
「卑怯かどうかなんてのは生存競争の前には無価値だ」
「確かに…」
ごもっともと明日香。
神の正体は分かってる。エヒト神だ。
その居場所は導越の羅針盤が指示していた。
そこはどうやらこの世界とは別の空間のようで、クリスタルキーに明日香以外の皆で魔力を注ぎゲートをこじ開ける。
「ほら、全力で行け」
ハジメが明日香に発破をかけた。
「はぁ…分かったよ…それじゃぁ」
明日香も観念した。
「神々の王の慈悲を知れ……絶滅とは是、この一刺し…」
振り上げた明日香の腕の先に黄金の槍が現れる。
「それってライセン大迷宮の時のっ!?」
さぁと血の気が引いていくシア。
「そんな危ないやつをぶっ放そうとしてたんですかぁ!?」
「ある意味わたし達は最悪を回避していた」
ユエも血の気が引いていた。
それほどまでに明日香から放たれるプレッシャーがすごい。
「これが徳永の全力…」
「全力の…神殺し…」
黄金の槍を掴み、ゲートめがけて振り下ろす。
「日輪よ、死に随え…ヴァサヴィ・シャクティっ」
ゴウと投げ入れられた黄金の槍は一度放てば必ず敵を刺し貫く。
放たれたそれは物理的な防御はもちろんの事、結界や神秘、霊的存在等も含め、森羅万象ありとあらゆる「存在」という概念を焼き尽くす。それは神すらも滅ぼす究極の一撃。
しかしデメリットも存在していて、魔力消費が高いうえに反動も大きく一番の弱点はこの技は防御と引き換えに行使するので発動中は黄金の炎で防御が出来ず、各主耐性も下がり裸も同然になってしまう。
防御を捨てた事による最大火力の攻撃なのだ。
しかしそのデメリットを強襲と言う形で補い、全くの無防備な状態で…いや、例え防御が間に合っていたとしても存在そのものの概念を焼却する一撃には耐えられないだろう。
「どうなったの…?」
と香織が心配そうにつぶやいた。
その時…
ドクンッ
「う…」
溜まらずと膝をつく明日香。
「徳永ッ」「明日香」「明日香ちゃんっ!?」
明日香の異変に慌ててゲートを閉じた。
「大丈夫…問題ない。少し疲れただけ…」
ハジメは導越の羅針盤を確認して皆に視線を向けた。
「どうやら消滅したらしいぞ。導越の羅針盤でも存在を感知できない」
「えー…」「そんなんで良いんですか?」「妾の五百年が…」
ユエ、シア、ティオが何とも言えない声を上げた。
その後、魔力枯渇中のハジメとユエ、明日香は神殿で休養。
鈴と龍太郎は手に入れた神代魔法を使いこなすべく、ハジメの協力でハルツィナ樹海へ。
それに雫、光輝、香織も付き合っている。
鈴はまだクラスメイトを裏切り魔人族側に寝返った中村恵里を取り戻すつもりなのだ。
もろもろの問題は中村恵里の事以外は解決済みなので、魔力が戻り次第地球に帰っても良いのだが、鈴のお話がどういう結果であっても解決してからと暗黙の了解だった。
「お姉さま。スープをお持ちしましたぁ」
声の主は明日香オルタだった。
明日香の能力をコピーしているのでその料理の腕前は相当のものだ。
「あ、オルタありがとう」
「ここに置いておきますね」
と言うとオルタは明日香の影の中に消えた。
スキル:遁甲の効果である。
明日香のコピーであるオルタは結局明日香からの魔力供給が無いと存在が出来ないので、明日香の魔力が少ない現状彼女の影に入ってもらっていた。
オルタの明日香への呼び方がいつの間にかお姉さまになっていたが、他に適当な呼び方も無い為明日香も諦めたようだ。
一週間ほどして、ハジメやユエは快癒し、鈴達の準備が出来たので魔人族の領地へと行くらしい。
明日香はと言えば、まだヴァサヴィ・シャクティの反動が抜けていない。
「もう少し後にしない?わたしはまだ黄金の炎が戻ってないから…」
「あとどれくらいで戻るかもわからねぇんだろ?」
「ぐぅ…あと少しだとは思うんだけどね…あと一日かそこら」
絶対防御を失ったままは不安だった。その点この氷雪洞窟の奥は絶好の隠れ場所ではある。
「まぁゆっくりしてろって。ハルツィナ樹海へのゲートは設置しておいてやるから」
それで帰って来いとハジメが言う。
「徳永の世話はたのんだ」
と影に向かってハジメが言うと、魔力が回復したためか、自由に出入りしているオルタが出てくる。
「はぁい。お姉さまのお世話はお任せください。例えどんな敵がきてもぶっ飛ばしてやりますよ」
オルタがにぱと笑った。
この明日香が同行できなかった一日が大変な事になるとはこの時は思いもしなかった。
ようやく黄金の炎を取り戻した明日香が迷宮を出ると、事態が急変していた。
話をまとめると、迷宮を出たハジメ達は魔王にクラスメイトやミュウを人質に取られ、魔王城へと来るように言われたらしい。
ハジメ達を魔王城へと招待した理由はユエで、彼女の体をあたらいい神の器にしようと画策したエヒト神の従属神がユエを神域へと攫って行った。
三日もすれば新たな神に生まれ変わるだろうと言い、その後この世界を滅ぼし明日香達の世界にもその魔の手を伸ばすと言っていたようだ。
最初の目標はハイリヒ王国らしい。
天之河光輝は中村恵里の魔法で操られて行ってしまったようだ。
勇者役に立たないなぁと明日香は肩を落とす。
その後、暴走したハジメが魔王城の大半を破壊したようだが、今はどうにか落ち着いていて対策を練っている最中だと言う。
敵は従属神を名乗ったアルヴ。神域へと入っていった魔人族、何体いるのか分からない神の使徒、中村恵里と天之河光輝。そして最悪は神になったユエ本人と言ったところだろう。
そして明日香はオルクス大迷宮に居ると言うハジメに会いに来ている。
ハジメはそこでアーティファクトの大量生産をしているらしかった。
「なぁ、人が神になるなんて事が有ると思うか?エヒトとか言うヤローは確かに倒したはずだろう」
とハジメ。
「うん。ヴァサヴィ・シャクティは魂すらも残さない。だから生きているはずは無い、だけど…」
「信仰か…」
「うん。神を作るのは人々の信仰。この世界のエヒトへの信仰は絶対。その力をユエに向けられてしまえば人々の信仰によって新しくエヒトになってしまうかもしれない」
それはエヒト本人ではないが、エヒトとなんら変わらない力を持つ誰かになるだろう。
「徳永なら何とかなるか」
と言うハジメの言葉に明日香は苦い表情を浮かべた。
「やはりか…徳永の権能(それ)は神を倒す為のもので人を救うものじゃ無いって事か」
「だからハジメくんが何とかしないと」
明日香の権能は一個人を救済出来るものではなかった。
「まぁ、いくつかは考えてる。うまく行くかは分からねぇが」
「クリスタルキーは?」
「宝物庫ごと壊されちまった。ユエがいないんじゃ劣化版を作るのが精いっぱいだな。それでも神門とやらに使えば無理やりに通れるだろうが…導越の羅針盤を徳永に預けてあったのは幸いだった」
あとは白崎香織の本体も、とハジメが言う。
クラスメイト達もハジメの煽動の元、忙しく立ち回っているらしい。
明日香はハジメとの会話を終えるとただっ広い荒野に居た。
その荒野に描かれる半径100メートルほどの幾何学模様。
中央には使徒の剣やらオルクス大迷宮の鉱石やらが並んでいた。
「何をしているのですか、お姉さま。巨大な魔法陣ですよね」
そこに居るのは明日香とオルタのみ。
「ちょっと円の外周を神速で走って合図とともにここに触ってくれる?」
「よくわかりませんが、やってみます」
バリバリと帯電するとオルタが神速で走り出す。
「あ…あののっ!!あ…あまあま…あまり…な…ながく…ながくは…む…むむむむ…ムリ……」
明日香は黄金の炎の鎧の効果で衝撃を緩和しているのだが、それが出来ないオルタは数分も走ればすでに限界だった。
「いまっ!」
明日香が錬成を行使。
そしてドンッと雷鳴が響く。
「あーーーーーれーーーーーーーーーっ!!」
吹き飛んでいくオルタは数百メートル転がってようやく止まった。
「い…いったいなにを……錬成したの…です?」
息も絶え絶えで魔法陣の真ん中へとやってくるオルタ。
「成功したみたい」
そうして明日香が手に持ったもの、それは。
「温度計…ですか?」
バリバリと帯電しているそれは油の温度を測る時なんかに使う調理用の温度計のような形をしていた。
「切り札よ」
と明日香。
もろもろも準備をして、開戦。
平原に砦を築いて出迎える。
神山にある神門が開かれ、そこから大量の使徒や魔物が現れる。
ハインリ王国の住人はこの三日で全員避難済みのはずだ。
「じゃぁ景気付けにいっちょ頼むわ」
「軽いなぁ」
ハジメの言葉に明日香の肩が落ちる。
クラスメイトなんかは何が始まるのか分かってない様だが、一部香織なんかは何が起こるか分かってるのか遠い目をしていた。
「光赫よ、獄死の海を顕現せよ」
聖句と共に明日香の魔力が高まった。
そして…
「…ブラフマシラーストラッ!」
ドウッと明日香の目から放たれたビームは核爆発など目じゃない威力で神山を一発で吹き飛ばし、向こう何十年も草も生えない不毛な地へと変えた。
迫りくる爆風は王都から移設した防御結界でどうにかしのいだようだ。
「なんか威力上がってませんか?」
とシア。
「今回は何も遠慮なくやった」
ふうぅと額をぬぐう明日香。
「……明日香ちゃん、絶対日本では使わないでね?」
と香織も冷や汗を垂らしていた。
クラスメイト達は絶句し意識が戻っていない。
兵士などは何が起きたか理解した後口々に神の御業だと言って明日香に叩頭礼をし始める始末。
「あ、明日香さん?い…今のは!?」
愛子先生がどうにか立ち直って明日香に問いかけた。
愛子は以前、ティオと一緒に神山を爆発させたことはあったが、今回の規模は桁違いだった。
「チートはここにいたんだ…」
「光輝くん…安らかに眠ってね…」
「神だ…」「悪魔だ」「いや魔王だろう」
クラスメイトが散々に明日香の事を言っている。
すっと視線をクラスメイトに向けるとスイと避けられた。
神門自体は破壊されていないのか再び現れる敵兵。
「オルタ」
「はぁい」
明日香の影の中から現れた浅黒い肌をした明日香がバリバリと異音を発したかと思うと神門から円を描くように雷光が迸る。
ほんの数秒後、バリバリと現れたオルタの持っていたものは雷光が迸る牛刀。
一見なにも起こらず、今度こそ戦争かと覚悟を決める兵士たち。
再び神の使徒が埋め尽くしたその時…
「解放(リリース)」
牛刀(ヴァジュラ)を高々に掲げると、何もない空間が切れ、使徒や魔物たちが成す術もなく切断されて落下していく。
牛刀に付いていた空間断裂能力だ。
空間を裂く攻撃に強度は関係あるはずもなく、使徒も魔物も関係なく絶命する。
「包丁の癖におっかない物を持っているわね…」
雫が呆れていた。
「ほら、三陣が出てくる前に行って」
「行くぞ、お前ら。行ってユエを助けるぞっ」
「恵里と光輝君もだよぉ」
と鈴が言っているがハジメには関係ない事なのか同意は得られないだろう。
神域に向かうハジメ達突入組。
「オルタも行って」
「良いんですか?」
「他の人にアルヴを殺させないで」
アルヴは従属神ではあるがれっきとした神である。
「それって結構難しいと思うのですが」
「そのためにあなたを変性魔法で強化したんじゃない」
「そうなんですけどねっ!」
明日香の魔力で強化されたオルタはその力を何倍にも高めていた。
主に命令されては逆らえず、あきらめの境地でオルタはハジメ達と一緒に神門をくぐった。
「さて、行ったかな」
「お、おい…徳永…だ、大丈夫かな、俺たち」
そう気弱な声を出したのは玉井だ。
いくら数を減らしたとはいえまだまだ神門から使徒は出てきていた。
「仕方ない…戦意向上もかねていっちょやりますか」
そして明日香はここで第二の権能を解き放つ。
第二の権能、迦楼羅。
それはまつろわぬガルーダを運悪く倒してしまった明日香が手に入れた権能で、『他者の為に困難に立ち向かう時』にしか使えない。
金色の炎が明日香を包み込むとその姿を巨大な甲冑を着て、背中には一対の羽のある鳥頭の武人へと姿を変えた。
「な、なんだぁっ!これぇぇ」
「ウルトラ怪獣が現れたぞっ!」
クラスメイトは阿鼻叫喚。
トータス人は王国兵士、帝国兵士、獣人の垣根なく全て叩頭していた。
左手に持った横笛のようなものに右手を添えると、仕込み刀だったようで一気に引き抜き横に一閃。
衝撃波が飛んでいき、神の使徒、魔物ともその衝撃波が通過した後燃え上がり絶命。
その不可視の刃は奥の山々を切り飛ばしてようやく消失した。
戦意向上を考えていたのだが、民衆はそれどころでは無くただ神に祈りを捧げるように叩頭するばかり。この後トータスで、ひと睨みで世界を破壊する少女神とその乗り物とされる鳥の随神が信仰されることになるのは別の話だ。
魔人族やそれに従っていた魔物は迦楼羅の異様さに恐れ慄き逃走。残るのは神の使徒だけだった。
その使徒も迦楼羅のひと凪で百、二百と数を減らす。
分解する魔法攻撃が飛んでくるが、使用している炎は当然第一の権能である。その程度効くはずもない。
ガルーダはインドラの百倍強いと言う逸話そのままに明日香は戦場を蹂躙していた。
一方、神域へと突入したハジメ達。
ここは良いから先に行け、と仲間たちがそれぞれの敵と相対しながら進んでいく。
「私の相手が貴様程度の魔物とはな」
従属神であるアルヴ。その相手をしているのはオルタだった。
「その魔物に良いようにされているのはどこのどいつですかね」
これが地球の神だったなら、武術の極致が当たり前だったりするのだが、もともとは崩壊した世界の霊長の生き残りでしかないエヒトとその部下であるアルヴには圧倒的な力による魔法技術での蹂躙でトータスの誰よりも強かった為、こうフィジカル一辺倒に戦われるとその弱さを露呈していた。
「この下等生物がっ」
「そんな緩慢に動いていいんですかね?」
きらりと牛刀ヴァジュラを翻すと、切ってあった空間が断裂。
「ぐぁああああっ!」
伸ばした手が切断された。
「おのれ…おのれぇっ!」
しかし相手は従属神であれど神は神。すぐに再生されてしまう。
魔法が行使され、オルタを襲うが、すでにそこにオルタの姿は無い。
神速によって縦横無尽に駆けるオルタを捕まえる事は難しい。
更にその間に牛刀で空間を切っているのだ。
既に逃げ場もないほどに罠が仕掛けられ、アルヴは動くこともままならない。
「確かに私は動けない。だがそれでもお前ごときが私を滅ぼせるとでも思っているのか?」
近づけば不利になるのはオルタだ。
だから彼女も近づかず距離を取っている。
「わたしの主からの命令はあなたをクラスメイトに倒させるな、と言う事だけです」
「なに?」
「神殺しをクラスメイトにさせたくなかったんでしょうね」
「ははは、なかなかに信心深い者もいたものだな。ならば主に伝えよ、神の使徒にしてやろうと」
「あははははははははははははははっ!!ひーーーひーーーーっ!」
それを聞いたオルタは大爆笑。
「わたしのお姉さまはそんなに優しくないですよ…だって」
そう言ったオルタは懐からこの間作った調理用温度計を取り出した。
それは昇華魔法を使って読み取っていたクリスタルキーの構造と、導越の羅針盤の構造を融合させて作ったアーティファクト。
故に願った場所の扉を開く。
「わたしのお姉さまは神殺しの魔王なのだから」
ゴウゥ
「なっ…ばかなっ!!?これは…そんな…こんな事がっ」
大量の呪力を伴った炎の本流がゲートを通じて流れ込みアルヴを焼く。
死に様としてはエヒトと何ら変わらない。変わったものがあるとすればそれは明日香が片手間に放った炎で焼かれて消えたと言う程度のものだ。
そしてゲートから神殺しが現れる。
「お姉さまっ!」
「影に戻っていて」
人の大きさに戻っているが迦楼羅を解いてはいないのか、背中には翼と火焔光背がある。
「はーい」
オルタは明日香に預けられていた温度計(クリスタルキー)を彼女に返すと影へと入る。
余裕そうにしてはいたが魔力を見た目以上に消耗していたし、神速の体への負担は考えているよりも大きいのだ。
「それじゃ、終わらせに行きましょう」
クリスタルキーを使い明日香は一気にハジメの所まで飛ぶ。
「ハジメ、上ッ!」
「ああ?今それどころじゃ…って徳永?」
ユエに言われて魔眼石で確認すればなぜかゲートを潜り抜けて現れた明日香の姿があった。
「ユエは無事に取り返したみたいね」
「他の奴らは?」
「みんな地上よ」
どうやってとは聞かない。明日香ならどうにかするだろうと言う信頼がある。
「あれは…」
「どうやらあれがこのトータスの信仰のエネルギーと言う事のようだ。ユエは無事に切り離したが…」
「醜い…」
それは赤子が膨張し膨れ上がったような姿をしていた。
形の定まってない異形。それはまるで蛭子のよう。
クリスタルキーで地上へのゲートを作る。
「ほら、二人とも」
「明日香は?」
とユエ。
「当然、アレをぶっ飛ばすわよ」
「まさか切り札を使うつもりか?あのヴァサヴィ・シャクティを」
ハジメは明日香の必殺技の名前を憶えていたらしい。
流石元オタク。
「それだとこの後何かあった時に何も出来なくなるから今回は…」
そう言って明日香が新しくゲートを開きつなげたのはハジメが地上防衛用に用意していた太陽光集束型レーザー・バルスヒュベリオンの射線軸だ。
七基あるそれらから放たれる収束レーザーのごとき太陽光を明日香は背中に有る火焔光背で受け止めるとその太陽のエネルギーを自身の魔力へと生成変換していった。
そして昇華魔法でブラフマーストラを昇華。
「おいおいおいおい」
「明日香に常識を求めるだけ無駄…」
ハジメとユエはもう理解したくないと首を振っている。
「なんかハジメくんに期待させていたみたいだから」
「な…何のことかな…?」
嫌な予感に冷汗が止まらないハジメ。
明日香が聖句を呟く。
「ここに一つのユガを終わらせる…ブラフマンダストラっ!」
「やっぱりーーーーーーーーっ!!!」
放たれたビームは宇宙の終わりを告げるもの。その威力はこの神域を破壊するには十分で…
「ほら、速く逃げないと」
「ハジメ、せっかく助かったんだからわたしまだ死にたくない…」
「お、おう…そうだな…」
ブラフマンダストラが神域を破壊するよりも速くゲートをくぐり地上へと帰還。
その日、神域は跡形もなく吹き飛んでしまった。
予想より被害が少なかったのはやはり宇宙の破壊など人の身では無しえないものだからだろう。
神話大戦と言われるようなる戦いから数日。
明日香はハインリ王国の復興を手伝っていた。
ハジメ達は何やら忙しいらしく、いまだ地球へは帰れていない。
そしてクラスメイトが何やら大盛り上がりしていたので聞いてみると、そこでようやく神結晶を人工的に作っていたことが判明。
これを使って無くしたクリスタルキーと導越の羅針盤を制作するとの事。
「え?あ…言ってなかった」
どっと沸きあがるクラスメイトの歓声に、どうやらクリスタルキーと導越の羅針盤を作る事に成功したらしい。
そこに魔力を込めさえすれば地球に帰れるとクラスメイトは大盛り上がり。
「あー…」
「あれ、明日香ちゃん嬉しくないの?」
嬉し涙を溜めていた香織が変な表情を浮かべていた明日香に心配そうに声を掛けた。
「いやぁ…」
「まって、明日香ちゃん。ちゃんと言って」
観念した明日香は時間凍結庫から揚げ物に使う温度計によく似た機材を取り出した。
「それって…」
「あはは…導越のクリスタルキー…そもそもこれで神域にワープした訳で…」
「明日香ちゃん、ハジメくん達が何していたと思ってたのかな、かな?」
「いやぁ…あはは…」
香織の背後に般若が見える。
明日香は復興を手伝っているんだと感心していたのだ。ただコミュニケーション不足だった事は否めない。
「黙ってる…」
「そうしなさい」
今回のトータス転移事件で死亡したクラスメイトは四人。
彼らを置いて、明日香達は地球へと帰還する。
長かった冒険もようやく終わったのだった。
地球に帰還してからの騒動は仕方のない事だった。
なんせ数か月もクラスごと白昼堂々行方不明になっていたのだ、その事件は全国ニュースにもなり騒がれていた。
未帰還者も出したが、帰って来た彼らに世間は興味津々だった。
そこを明日香の鶴の一声で正史編纂委員会の力を使って沈静化。
みなどうにか一般生活を送れている。
ちなみに裏社会のあれやこれやはクラスメイトと愛子先生には説明しなければならず、明日香の正体もばれてしまった。
カンピオーネ。
それはまつろわぬ神を倒した神殺しの獣。エピメテウスの落とし子。羅刹王。
彼らは火のついた導火線で、絶対に関わってはいけないと正史編纂委員会の魔術師に口を酸っぱく注意された。
そして、ああなるほどと言う視線が明日香に向けられたのは仕方のない事。
特殊能力を持ってしまったクラスメイト。
その力の大きさは正確に調べなければならず。正史編纂委員会は過労死寸前だった。
一番重要な事は彼らが魔術師より上か、カンピオーネよりも強いのか、だ。
戦いからドロップアップした脱落組は戦闘経験も少なく魔術師なら容易に取り押さえられるだろう。
愛ちゃん親衛隊クラスでも魔術結社の騎士が勝つ。
勇者や永山パーティは魔術結社の大騎士なら余裕で取り押さえられる。
八重樫雫、谷口鈴、坂上龍太郎は神代魔法もあり大騎士でもてこずるだろう。
白崎香織は使徒ボディなら神獣クラスと同等で、ハジメの仲間たちはレミアやミュウを除き、災害級だ。
特に南雲ハジメが顕著で、アーティファクトの力も相まって一国を転覆できるだろう。
だが、ここにやはりこの世界の不文律が存在した。
カンピオーネには勝てない。
彼らはどんなに低い勝率でも勝ち方を見つける獣だ。
被害などお構いなしに暴れまわる彼らと戦えば周囲に多大な被害を及ぼし、しかし最終的に勝つのはカンピオーネだろう。
実際、南雲ハジメがどれだけ強かろうと徳永明日香には敵わなかったのだから。
トラブルメーカーである南雲ハジメとその仲間達は日本での生活は条件付きで認めるが、特定の諸外国への渡航は禁止された。
それはどこも自国にカンピオーネを有する国だった。
明日香と同じ神殺しが世界にあと七人存在すると言われればハジメ達も自粛するのもやぶさかでは無いらしい。
カンピオーネ達の反応はおおよそ興味がないと言った感じだ。
カンピオーネには遠く及ばず、と正史編纂委員会が世界の裏社会に向けて報告書を提出したからだ。
イギリスのカンピオーネであるアレクサンドル・ガスコインは興味を示したが、正史編纂委員会の…たぶん神崎さんの説得で不干渉となっているようだ。
どう言う折衝をしたのかは分からないが、神崎さんもたいがいだからと明日香は納得する。
富士の樹海の奥でハジメが地面に両手をついて転がっている。
そこならば一般人はまず立ち入らず、多少荒事になってももみ消しやすい。
回りにはいくつものアーティファクトが無残な姿で転がっていた。
彼の周りにいる彼を慕う女性たちもハジメ同様に煤けていた。
どうしてそんな事になっているのか。
「神崎さん、マジぱねぇ…」
とは日本でヤンチャしたハジメを明日香がよく口にする神崎さんに修正された後に呟いた言葉だ。
「うん…全く歯が立たなかった…」
とユエもボロボロだ。
「と言うかほんと強すぎますよぉ」
シアも涙目。
「そりゃわたしのお師匠さまだし」
そうハジメたちがボコられるのを見ていた明日香が呟いた。
「か、帰ったわよね…神崎さん」
息も絶え絶えな香織。
「だ…大丈夫よ、一応気配は無いわ」
雫があたりを見渡していった。
「しかしなぜ彼女は神代魔法を使えるのじゃ?」
そうティオが言う。
「しかもわたし達よりもずっと使いこなしてた」
悔しそうにユエが唸った。
そうなのだ。矯正に抗ったハジメをボコボコにした神崎さんは普通に神代魔法を使っていた。
「そりゃ、わたしの調理用温度計(導越のクリスタルキー)を使ってトータスに調査に行った神崎さんが数日で覚えて帰って来たからだね。それも全部」
明日香がぶっ壊した海底遺跡と神山の魔法陣は再生魔法のおかげかいつの間にか直っていたようだ。
「「「「「はぁあああああああああ!?」」」」」
流石に意味が分からないと大絶叫。
それはそうだろう。自分たちが苦労して集めた神代魔法。死にかけた事も一度や二度じゃない。それをほんの数日でコンプリートして来たとはいったいどういう事か。
「魔力はどうしたよ…まぁ徳永の魔力量なら問題ない…のか?」
地球とトータスの間にゲートをつなぐのは結構な魔力が必要で、ハジメ達はそう簡単に開けるものでは無かった。
「調理用温度計は魔力と言っても電力で動いているからね。なんならタイプCで充電できるし」
ほらと時間凍結庫から取り出して見せると本当にタイプCの充電器穴が開いていた。
「まぁ、使う電力は莫大だから普通にトータスとのゲートを開くなら家庭用電源で3年以上繋ぎっぱなしにしなきゃだと思うけどね」
明日香が使う分には普通に魔力を充填するか、神速からの雷エネルギーをチャージすれば良い。
後者の方が費用対効果が高い。
「ハジメくん達がわたしの事をチートだバグだって言うけれど、真のバグキャラは神崎さんだから。彼女の神を殺す魔法(ゾルトラーク)なんてわたしの防御を貫通してくるんだよ?」
そう言えば、クラスメイトに正史編纂委員会にちょうど良い人材を見つけたと神崎さんは嬉々として遠藤くんに訓練をつけていたようだ。
トータスへも道案内人がてら連れて行っていたと聞いているので、もしかしたら遠藤くんにも神代魔法も習得させているかもしれない。
そう言えば遠藤くんはトータスでハウリアの女の子に懸想したが最後までうまく行かなかったようだったが、自分のせいではないと思いたい。
「徳永の防御を抜く…だと…?」
信じられないとハジメ。
「ハルツィナ樹海で襲ってきたヤンチャな兎なんかは一族全て再調教されたらしいわ」
彼らは大樹に近づく不審者を襲ったつもりだったが、不幸な行き違いがあったらしい。
「お、おとうさまっ!?」
シアが声を上げた。
「大丈夫、死んじゃいないって。でも首狩りバニーは滅ぼしてきたって言ってた。たぶん今頃樹海でブルブル震えてるんじゃないかしら」
ハジメに暴力を是と教えられた彼らをハジメを上回る暴力で修正して来たと言っていた。
今頃トラウマで震えている事だろう。
「だからあまりヤンチャな事をしちゃダメだよ。神崎さんに消されちゃうから」
「「「「「「はい…」」」」」」
骨身にしみたハジメ達だった。
後書き
と言う事で、ありふれ編でした。次回カンピオーネ編に続きます。
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