魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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XV編
第246話:十分な成果
前書き
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風鳴宗家での戦いは決した。洗脳された未来はキャロルにより取り押さえられ、翼に敗北した訃堂も、自身に逆らった翼や弦十郎、八紘を睨みつけながらもそれ以上の抵抗はしない。自慢の一振りであった群蜘蛛を翼に砕かれた事で心も折れたのだろう。不満はあるが、抵抗は無意味と悟っているのだ。ここで無様に取り乱す様な醜態をさらさないのは、彼の中に残ったプライドが為せることか。
ともあれこれで訃堂は終わりだった。この男相手に何処まで意味があるかは分からないが、弦十郎が手錠を掛けた。プライドの塊の様なこの男に対しては、自身が法で裁かれる象徴とも言える手錠を掛けられる自体はそれこそが屈辱であるに違いない。
輝彦は正直、何時訃堂がやけくそを起こしてあの細いチェーンを引き千切って暴れるのではないかとヒヤヒヤしながらも、取り合えずこの場が収まった事に安堵の溜め息を吐きつつキャロルに魔力を分け与えて自身が動けなくなったハンスに手を貸した。
「立てるか?」
「手を貸すより魔力を分けてくれ。正直、今にも意識飛びそうなんだ」
「そうしてやりたいのは山々だが、すまんな。私にもそんなに余裕は無い」
訃堂を相手にかなり全力を出してしまったと言うのもそうだが、何よりも輝彦には魔法の使用に際してちょっとした制約があった。
「何だよ、ウィザードの親父って割りには大した事ないな?」
「そう言うな。昔、ワイズマンとやり合った時に魔力を封じられかけているんだ。完全に封じられるのは防いだが、それでもあまり派手に戦いを継続するだけの余裕は無い」
「ふん、ワイズマン……ね」
そう言えばワイズマンは輝彦の父であり、颯人の祖父であったと言う事をハンスは思い出す。在り来たりな表現だが、ハンスはこの親子とあの男に血縁関係があるとはとても信じられなかった。やっている事がこの親子とあの男では180度違う。何をどうすればあの男からこの親子に血が繋がるのか、ハンスには理解できなかった。
するとそれまで何処か意気消沈した様子だった訃堂が、地の底から響くような声を上げた。
「貴様は……本当に何も気付いていないのだな」
「ん?」
訃堂の言葉に輝彦がそちらを見た。そこで輝彦は、戦いが始まる前に訃堂が自分の事を親不孝者と罵っていた事を思い出す。確かに父親のやる事に真っ向から反抗しているから、親不孝者と言えば親不孝者なのだろう。しかし、どうもそう言うのとは違う何かを感じた輝彦はいい機会だしどういう意味かを輝彦に問い質そうとした。
「そう言えば、お前は私とワイズマンの事を知っている様だったな。どういう事だ?」
訊ねるが、訃堂はそれ以上語るつもりは無いのか目を瞑りそっぽを向く。自分から話を振っておいてこちらからの質問に答えようとしないその態度に、輝彦も苛立ちを感じそのまま彼に詰め寄ろうとした。
だがそこで、未来を拘束するのに手一杯なキャロルが助けを求めてきた。
「おい、終わったんならこっちにも手を貸せッ! 洗脳されてるからか抵抗が止まらないんだッ!」
「おっと、そうだったな」
今の未来はスイッチを切らなければ止まらないマシーンのような状態だ。例え訃堂が捕らえられても、命令の解除が無い限りは戦い続けようとするしその妨害をされれば抵抗を続ける。何より厄介なのは彼女が纏う神獣鏡の力だ。聖遺物の分解を可能とする浄化の力は健在であり、未来自身にその方面での知識が薄いからか対処できているが現在進行形でキャロルからの拘束を分解しようとしてくる。その都度キャロルも術式を加えたりして拘束が解かれる事を免れて入るものの、次第に糸への干渉頻度が増えておりこれ以上は拘束が持たなくなりつつあったのだ。
そうなる前に洗脳を解くか、未来の意識を強制的に失わせる必要があった。
取り合えず輝彦は、未来にスリープの魔法を掛けて眠らせる事で大人しくさせようとした。洗脳されていようが、意識を途切れさせてしまえばそれ以上の抵抗は出来なくなる。
「そのまま押さえていろ。今――」
輝彦が未来の背後に近寄り、その手に指輪を嵌めて自身のハンドオーサーに翳そうとする。
その瞬間、キャロルは見た。一体何時からそこに居たのか、黒衣の魔法使いが輝彦の背後で赤く光る刃を構えている瞬間を…………
「明星 輝彦ッ!?」
「ん?……はっ!?」
キャロルのただならぬ様子にここで漸く輝彦も何時の間にか背後を取られていた事に気付いた。しまったと思い振り返るもその時には既にワイズマンは刺突を放っており、キャロルは咄嗟に輝彦を守ろうと彼とワイズマンの間に障壁を張った。お陰で輝彦が致命傷を負う事は避けられたが、代わりに未来への対応が疎かになってしまいこの隙を見逃さず未来は自身を拘束するキャロルの糸を分解してしまった。
「しまった!?」
「くっ!?」
自由の身になった未来に対し、こうなったら多少強引にでも指輪をつけさせて眠らせてしまおうと迫る輝彦だったが、拘束から抜け出した未来は素早く空中へと逃れて眠らされる事を避けてしまった。
これでまた未来に対しては振出しに戻ってしまうし、今度はワイズマンも居ると言う最悪の状況。しかも訃堂の時とは違って戦える者は皆大なり小なり満身創痍に近く、唯一対抗できるだけの力を持っているのはキャロルしかいない。そのキャロルも、未来の拘束でかなり魔力を消耗していた為、あの2人を同時に相手をする事が出来るかと言われれば正直怪しいと言わざるを得なかった。
「ワイズマン……!? 貴様、このタイミングで……!」
訃堂との戦いが終わった直後、本部から緊急の通信が入りジェネシスからの襲撃を受けたと連絡が入った。襲撃してきた魔法使いの中にはワイズマンの姿も確認できたと言う事で、ここに横槍は入ってこないだろうとタカを括っていた。にも拘らずこれである。この最高に厭らしいタイミングで、しかも本部の方に居る筈のワイズマンがこちらに来ている事には驚きを隠す事が出来なかった。
「本部の方に居るのではなかったのかッ!」
「折角の大事な依り代だ、放っておく訳がないだろう? まぁ君らが勝手に潰し合ってくれたから、一番おいしい所を頂けてこちらは満足しているよ」
つまりはこの状況も全てワイズマンの掌の上と言う事か。ワイズマンは敢えて本部襲撃のタイミングをズラし、訃堂と輝彦達が消耗し合う状況を作り出していたのだ。
結果的に自身も利用されてしまっていた事を知って、訃堂は怒りのあまり奥歯が砕けそうになるほど噛みしめる。
「貴、様ぁぁぁ……!」
「ご苦労だったね、風鳴 訃堂。安心したまえ、この神の力は私が有効活用してやるよ」
訃堂の手により、まだ完全とは言い難いがそれでも9割方は未来の洗脳は終了している。あとは魔法も交えれば完璧だ。全てが自身の思うままに動いている事に、ワイズマンは込み上げる笑いを堪える事が出来ずにいた。
だが………彼は見落としていた。唯一彼の目論見を看破し、それを阻止する為に動いている男が居た事を。尤も警戒すべきその男に対して、彼は慢心して注意を怠ってしまっていた。
「そいつは困るな。未来ちゃんには帰って来てもらわないと……!」
「ッ!? 何ッ!?」
不意にこの場に居る筈のない男の声が響いて、ワイズマンが未来の方を見た。そこでは未来のさらに頭上から飛び降りる様に振って来た、インフィニティースタイルのウィザードに変身している颯人が彼女の鳩尾に肘を叩き込んで意識を刈り取っている光景があった。
「ゴメンな未来ちゃん、ちょっとだけ我慢してくれっ!」
「あ゛……!?」
流石に鳩尾への一撃は効いたのか、未来は一瞬目を見開くと次の瞬間には糸が切れた様に項垂れファウストローブも解除され黒いドレス姿に戻ってしまった。颯人は気絶した未来を優しく抱きかかえながら着地し、そのまま彼女をキャロルへと預けた。
「キャロル、悪いが未来ちゃんを安全な所に」
「あぁ、分かった」
「何時起きて暴れ出すか分からないから、早く母さんの所へ連れて行ってやってくれ」
「言われるまでもない」
一刻も早く未来をアリスに診せ、この洗脳状態を解かなければならない。本部では未だに戦闘が行われているのだろうが、正直このままここに置いておくと何時隙を見てワイズマンが未来をまた連れ去るとも分からない。それならば本部に連れて行ってワイズマンから引き離した方が余程安全だ。
キャロルは速やかにテレポートジェムを足元に叩き付けて未来共々転移した。その場に残った颯人は、キャロルが未来を連れてこの場を離れてくれたのを確認すると一仕事終えたと言うように首と肩を回して解し、そして改めてワイズマンと対峙した。
「よ、ワイズマン。久し振り……ってほどでもねえな」
これ見よがしに気安くワイズマンに話し掛ける颯人。対するワイズマンは、目の前で未来が連れて行かれた事に対してこれと言った感情を露にすることも無く淡々とした様子で颯人の声に応えた。
「やれやれ……困ったものだね」
肩を落として首をゆっくり左右に振るワイズマン。仕草はとても落ち着いているが、しかしその実内心でははらわたが煮えくり返るほどの苛立ちを募らせているのが颯人だけでなく周囲の者達には察する事が出来た。あれは怒りを押し殺しているからこそ、対応が淡泊になってしまっているのだ。
今まで散々こちらを引っ掻き回してくれたワイズマンが、その策を見破られてまんまとしてやられた事に苛立ちを覚えている様子に、颯人は趣味が悪いと自覚しながらも気分が良くなり饒舌になった。
「考えたもんだよなぁ、自分そっくりの影武者を用意して俺達の目をそっちに向けさせようなんてよ。母さんが作った指輪には衣装を変える奴があるけど、外見をそっくりそのまま他人にする奴なんて見た事ないぞ。あれ、誰が作ったんだ? 良ければ俺にも一個くれよ」
完全にワイズマンをおちょくるように話を続ける颯人に、翼と弦十郎はワイズマンが怒りに感情を爆発させるのではないかと肝を冷やした。何しろワイズマンの力は未だに未知数な部分が多く、感情のままに暴れられたらどうなるか想像もつかないからである。取り合えず八紘が巻き込まれたら絶対にただでは済まないので、翼と慎次は急いで彼をこの場から離れさせた。
「お父様、ここは危険です。早く離れて……!」
「こちらです」
「あ、あぁ、すまない」
「親父も、もういいだろう。行くぞ」
八紘に続き、弦十郎も逮捕した訃堂をこの場から連れ出そうと引っ張った。だがどうした事か、訃堂はまるで足をアンカーで固定したようにその場から動かず颯人とワイズマンが対峙する光景から目を離そうとしなかった。
「あ奴は……もしや……」
「親父?」
颯人とワイズマンの対峙を凝視する訃堂に、弦十郎が怪訝な顔をして声を掛けるも無視される。一体あの2人の何がこの男の注意をそこまで引いているのか分からず、弦十郎は訃堂と颯人達を交互に見た。
そこまで注目されていると言う事に気付いているのかいないのか、颯人からの言葉による攻撃にワイズマンも対抗していた。
「何、優秀な指輪職人は何も1人とは限らないと言う話さ。少なくとも余計な気を回さないだけ、ウチの指輪職人は優秀だよ」
「なるほど、気が利かない訳ね」
「身の程を弁えていると言ってほしいね。それより、そこを退いてもらえないか?」
何時までも颯人との言葉の応酬に付き合うつもりは無いのか、ワイズマンの雰囲気が変わった。唐突に剣呑な雰囲気を纏い、肌にへばりつくような威圧感を周囲にバラ撒き始めたワイズマンの佇まいに、颯人も気を引き締めた。
「退く? 何で? お前が帰ればいいだけの話じゃん?」
「そうはいかない。折角手に入れた神の力だ、返してもらわないとね」
「返してもらうのはこっちの方だ。あの腕輪は元々俺らが苦労して回収した物だし、依り代になってる未来ちゃんを待ってる子も居るんだよ。冗談はその外面だけにしてもらいたいもんだな」
当然だが颯人はここでワイズマンに譲歩するつもりは一切ない。神の力は渡さないし、未来も取り戻す。その硬い意思を感じてか、ワイズマンは暫く黙り込んでから大きく溜め息を吐いた。
「はぁ~~~~……、そうか。では、仕方がないな」
一度は引っ込めていた赤い光の刃を両手に取り出すと、颯人もアックスカリバーを手に取った。
颯人とワイズマンは、互いに自然体で構えながら円を描くように動く。相手の間合いを測りながら、何時相手に隙が出来るかをつぶさに観察する。一触即発の空気に、傍から見ている翼は耳鳴りがするほどの緊張感を感じていた。自分が対峙している訳ではないのに、唾を飲む音すら異様に大きく聞こえるほど目の前の光景に集中している。
当事者からすれば何時間にも及ぶのではないかと言う程の時間睨み合う両者。だが実際には数分と経っておらず、そしてその沈黙は唐突に破られた。
ワイズマンの一挙手一投足を見逃さぬよう観察しながら横に動いていた颯人。その最中、彼は下ろしているアックスカリバーの切っ先に何かが当たる感触に視線だけをそちらに向けた。
そこにあったのは、先程の戦いの影響で砕けた岩の欠片だろう小石。それの存在を確認した颯人は、再び視線をワイズマンの方に戻すと仮面の下で軽く口角を上げるとその小石を掬い上げる様にしてワイズマンの方へと打ち出した。
「ッ!」
真っ直ぐ自身に飛んでくる小石は、所詮当たった所で何の効果もない。しかし人としての反応からか、ワイズマンは咄嗟に自身の顔に向けて飛んでくる小石を片方の剣で切り払ってしまった。
〈インフィニティー!〉
その瞬間颯人は超高速移動を発動し、目にも留まらぬ速さで接近して何度もワイズマンにアックスカリバーの刃を振り下ろした。殆ど光の軌跡しか捉えられない程の動きを見せる颯人に対しては、ワイズマンも殆どお手上げなのか辛うじて直撃を回避するのが精一杯と言った様子だ。
「くっ!? チィッ!? 流石に、これは……!?」
目にも留まらぬ速さと言うのはそれだけでかなり厄介なものである。特に颯人がやっているような、単純な速度ではなく時間操作による高速移動では反応速度など殆ど何の意味もなさない。
あのワイズマンが颯人に追い詰められようとしている光景に、翼は今度はワイズマンも手も足も出ないかと期待した。
「よし、これなら……!」
だが相手はあのワイズマンだ。恐ろしく残忍で、そして何よりも狡猾な男である。享楽主義者であり他者が苦しむ様子を愉しむ異常者である事に違いは無いが、決して愚かではなくまた強かで頭の回転が速い男であった。
確かに颯人の超高速移動は驚異的だ。目にも留まらぬ速さで動き回られては、同じ速度で動く事が出来なければ対処する事は難しい。しかしどんな物に対しても例外や抜け道、攻略法と言うものは存在した。
「フン……確かにこの速度は驚異的だ。だがね……!」
〈インビジブル、ナーウ〉
ワイズマンが一瞬の隙を見て新たな魔法を発動すると、彼の姿が霞の様に掻き消えた。攻撃すべき対象を見失った颯人は、無意味に動き回る事も出来ずその場で足を止め消えたワイズマンの姿を探す。
「チッ! あの野郎、あんな魔法まで……」
『フフフッ……姿が見えなければ、早く動けても意味がないだろう?』
何処からかワイズマンの声が聞こえてくる。反響するように聞こえてくる為、声の方向から彼の位置を特定する事は難しかった。
姿が見えなくなったワイズマンを警戒する颯人は、特に背後に注意しながらもその一方で思考を巡らせた。この状況下で、ワイズマンがどう動くだろうかと。
背後を警戒する颯人ではあったが、このまま素直にワイズマンが颯人の不意を衝くだけで終わるとは彼には思えなかった。曲がりなりにも屈辱を味合わされた彼に一泡吹かせようと、何か厭らしい事をしてくる筈。
まず考えられるのはこのまま不意打ちすると見せかけて本部へと向かう事だが、その可能性は正直低いと考えている。何故ならあちらにはキャロルが居るからだ。翼以外の装者に加えてキャロル、そして魔力を使う物に対してはある意味で特攻とも言えるハーメルンの笛のファウストローブを纏えるアリスが待ち構える本部に、颯人を出し抜く為だけに向かうのは流石に効率が悪すぎる。
となると他に考えられるのは、この場に居る誰かを死なない程度に不意打ちして颯人に武装解除を迫る可能性だ。ワイズマンがやりそうな所で考えられるとすれば、これが一番可能性が高い。
問題なのは誰がワイズマンのターゲットとなり得るかである。この場にはワイズマンが狙いそうな者が何人も居る。その中で彼が颯人を出し抜きつつ、同時に何かしらの利益がある相手を狙うのだとすれば…………
「――――そこだッ!」
唐突に颯人がアックスカリバーをある方向に向け投擲した。その方向とは、弦十郎の隣で佇んでいる訃堂のすぐ横。自身に向けて飛んでくるアックスカリバーを、訃堂は瞬きせず見つめそれが自分のすぐ脇を通り過ぎようとした瞬間、剣は鈍い音を立てて何かに弾かれ明後日の方へと飛んでいった。
「何ッ!? 何だッ!?」
突然の事に弦十郎も目を見開いていると、訃堂の直ぐ傍の空間が揺らぐ様に波打ちそこにワイズマンが姿を現した。
「チッ、まさか気付かれるとは……」
ワイズマンは颯人が他の装者や魔法使いの例に漏れず、本質的にはお人好しであると言う事を理解していた。だから敵ではあったとは言え、戦う意思を失った訃堂を人質に取られれば動けなくなると踏んだのである。だがワイズマンが颯人の心情を見抜いたのと同じように、颯人もまたワイズマンの思考を見抜いていた。
「俺がここに来れたって事を忘れてねえか? お前の考える事なんて百も承知なんだよッ!」
颯人は明後日の方に弾き飛ばされたアックスカリバーをインフィニティーの超高速移動で回収しつつ、訃堂の傍にいるワイズマンに斬りかかりその場から引き剥がした。彼がワイズマンの狙いを見抜けたのは、訃堂を狙う事への意外性に気付けたのもそうだが何よりも組織的な繋がりのある訃堂を切り捨てる事でそれ以上の干渉や追跡を断つ為でもあった。協力関係にあった訃堂がこの世から居無くなれば、颯人達は訃堂を通してワイズマンの動向を予想する事は出来なくなる。
立て続けに自身の思考を読まれ策を妨害された事に、ワイズマンは苛立ちを隠せなくなりそのまま颯人に何度も斬りかかった。
「本当に鬱陶しいよ、君と言う男はッ!」
「カッ! 人の事言える立場かよ、お前がッ!」
颯人のアックスカリバーとワイズマンの2本の剣が何度もぶつかり合う。透と同じく二刀流で戦うワイズマンは、素早さで敵を翻弄する通るとは違ってまるで風に吹かれる柳の木の様に捉えどころのない不規則な動きを見せる。アックスカリバーの鋭い斬撃も難なく弾き、反撃の一撃が何度かインフィニティースタイルの鎧に当たるがアダマントの鎧は傷一つ付かない。
攻撃が当たらないワイズマンと、攻撃が通用しない颯人。全く方向性の違うスタンスで相手の攻撃を無力化している2人であったが、危機感を感じているのは颯人の方であった。
――クソ、コイツッ! 何て動きしやがる、攻撃が掠りもしねえッ!――
一見すると攻撃が通用していない颯人の方が有利な様に思えるかもしれないが、攻撃自体が命中しているのはワイズマンの方なのである。今はまだワイズマンの攻撃が颯人の鎧の防御力を下回っているから大した事にはなっていないが、ここからワイズマンが強力な一撃を放ってきたら一気に颯人の方が窮地に陥ってしまう。
そうなる前にと、颯人は一気に勝負を掛けようと一瞬の隙を見てインフィニティーの超高速移動を発動させた。
〈インフィニティー!〉
「またそれかね、芸が無いなッ!」
颯人が目にも留まらぬ超高速移動で翻弄しようと言うのであれば、こちらも姿を消して不意を打つだけだとワイズマンはインビジブルで姿を消しまた別の誰かを人質にしようと画策した。訃堂以外であれば、誰が狙われるかは颯人にも分からない。一度策を見抜いてしまった事が、逆に彼を思考の海に引き摺り落とし決断を迷わせるはずであった。
しかし今度の颯人は違った。彼は素早い動きでワイズマンを翻弄する為に超高速移動を発動した訳ではなかったのだ。
「おぉぉぉぉぉっ!」
颯人は目にも留まらぬ速度で動き回りながら、闇雲に剣を振り回し地面や岩、木など目に映る人以外のものを片っ端から切り裂いていった。ワイズマン達の目からは突然周囲の物が粉砕され土煙や砂埃、瓦礫を撒き散らしている様にしか見えない。
「一体何を……!? しまった!?」
そう、颯人は周囲に煙を撒き散らす事で物理的に敵味方問わず視界を奪ったのである。見えなければ攻撃できない、なるほど確かにその通りだが、相手の視界に映らなくなる方法は何も姿を消すだけではない。こうして煙を起こして視界を遮ってしまえば、それだけで行動は著しく制限されてしまう。
「なるほど、考えたじゃないか。しかしッ!」
それならばとワイズマンは、その場から大きく跳躍して上空の土煙が届いていない所まで上昇すると眼下の煙で包まれた屋敷に超巨大な魔力球を叩き落そうとした。
〈イエス! バニッシュストライク! アンダスタンドゥ?〉
「諸共に全て消し飛ばしてしまえばそれで終いだッ!」
この攻撃で颯人を確実に仕留められるかと言われれば、インフィニティースタイルの防御力を見るに難しいと言わざるを得ないだろう。だが逆に言えば、颯人以外はこの攻撃でほぼ全滅する。彼が視界を遮る様な煙幕を張った事で、屋敷に居る者達は迂闊に動く事が出来なくなった。彼自身が行った行為が、翼や弦十郎など彼の仲間達を逆に窮地に追い込んでしまったのである。
「これで……!」
頭上に掲げた掌の上で燃え盛る太陽の様な輝きを放つ魔力球をワイズマンが振り下ろそうとした、その時…………
ワイズマンの後を追うようにして颯人が、必殺技のストライクウィザードを放ちながら飛び出してきた。
〈チョーイイネ! キックストライク、サイコー!〉
「ハァァァァァァァァァッ!!」
「なっ!? くぅっ!」
ワイズマンは慌ててバニッシュストライクの魔力球を颯人に向けて投げつけた。当たれば大抵の魔法使いも木端微塵に吹き飛ばすだろう一撃。しかしインフィニティースタイルとなり魔力が大幅に上昇した颯人のストライクウィザードはこれを正面から打ち破り、それだけに留まらずその先に居たワイズマンにまで迫った。
「クソッ!?」
〈バリヤー、ナーウ〉
慌てて全力で障壁を張るワイズマンだったが、完全に防ぎきる事は出来ず障壁を砕かれて吹き飛ばされた。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
「ちっ、流石に浅かったか」
颯人の攻撃を防ぎきれなかったワイズマンだが、颯人もまた完全に決めきる事は出来なかった。バニッシュストライクに障壁と、二度の障害で颯人の必殺技も大幅に威力を削られていたのだ。結果、障壁を砕いてワイズマンを吹き飛ばす事は出来たがダメージ自体は対して与える事は出来なかった。
その事に颯人が歯噛みしながら着地すると、ワイズマン落下の衝撃で煙が吹き飛ばされた。翼達は漸く視界が戻ったかと思えば、倒れたワイズマンと両足でしっかり立つ颯人の姿に彼の勝利を確信した。
「颯人さんッ! やりましたねッ!」
「ワイズマンに勝ったのかッ!」
「まだ動くなッ!」
喜ぶ翼に弦十郎だったが、颯人はまだワイズマンを仕留めた訳ではないと分かっている為警戒を怠らない。彼の真剣な雰囲気にただならぬものを感じた翼達も、口を噤んで倒れたワイズマンの動向を固唾を飲んで見守った。
果たして、彼の警戒は正しかった。ワイズマンは直ぐに立ち上がると、一瞬ふら付きながらも軽く頭を振り胸や肩の埃を払うと、疲れ切ったような溜め息を吐いた。
「はぁ~~~~…………」
「どうする? まだやるか?」
敢えて挑発する事で自身の余裕を見せつける颯人だったが、ワイズマンは彼の挑発に乗る事はしなかった。ワイズマンは鼻で軽く笑うと、全てに興味を失いやる気を無くした様子で手を振った。
「フン、もういい。神の力はまた後で返してもらうよ。今日はもう疲れたから、これで失礼させてもらう」
〈テレポート、ナーウ〉
この場から逃げる様に姿を消したワイズマン。颯人はそれを妨害するような事はしなかった。このまま戦っても負ける気はしなかったが、本当に怖いのは自棄を起こしたワイズマンが八紘やハンスなどもう戦えない者を明確に狙い始める事だ。あの男なら嫌がらせの為だけに颯人の手が届かない者を傷付ける事も厭わない。
それに一番の目的は果たす事が出来た。まだ洗脳から解き放つ事は出来ていないが、未来は取り戻せたし訃堂も捉える事が出来た。
二兎追う者は一兎をも得ずとも言うし、欲を張らずに手にした成果に満足する事にしたのであった。
後書き
と言う訳で第246話でした。
インフィニティースタイルの颯人とワイズマンの戦いは、完全な決着にこそなりませんでしたが未来を取り戻せたことで颯人達の勝利と言う形となりました。ただ未来に関してはまだ洗脳の問題がありますし、宿ったシェム・ハを何とかしなければならないと言う問題もあったりと大変ですけどね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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