拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~
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第2章 高校2年生
ホタルに願いを込めて…… ①
――愛美たちの原宿散策から一ヶ月が過ぎ、横浜は今年も梅雨入りした。
「――愛美、あたしこれから部活だから。お先に」
終礼後、スポーツバッグを提げたさやかが愛美に言った。
「うん。暑いから熱中症に気をつけてね」
梅雨入りしたものの、今年はあまり雨が降らない。今日も朝からよく晴れていて蒸し暑い。屋外で練習する陸上部員のさやかには、この暑さはつらいかもしれない。
「あら、さやかさんもこれから部活? 私もですの」
「アンタはいいよねー。冷房の効いた部室で活動できるんだもん」
「そうでもないですわよ? お茶を点てるときのお湯は熱いし、着物も着なくちゃならないから」
珠莉は茶道部員である。さすがに活動のある日、毎回和装というわけではないけれど、定期的に野点を開催したりするので、大変は大変なのだ。
「へえー、そういうモンなんだぁ。どこの部も、ラクできるワケじゃないんだねー。――愛美も今日は部活?」
「ううん。文芸部は基本的に自由参加だから、わたしは今日は参加しないよ」
「え~~~~、いいなぁ。……じゃあ行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
親友二人を見送り、自分も教室を出ようと愛美が席を立つと――。
「相川さん、ちょっといいかしら?」
クラス担任の女性教師・上村早苗先生に呼び止められた。
彼女は四十代の初めくらいで、国語を担当している。また、愛美が所属している文芸部の顧問でもあるのだ。
「はい。何ですか?」
「あなた、今日は部活に参加しないのよね? じゃあこの後、ちょっと私に付き合ってもらってもいい? 大事な話があって」
「はあ、大事なお話……ですか? ――はい、分かりました」
(大事な話って何だろう? まさか、退学になっちゃうとか!?)
愛美は頷いたものの、内心では首を傾げ、イヤな予感に頭を振った。
(そんなワケないない! わたし、退学になるようなこと、何ひとつしてないもん!)
とはいうものの、先生から聞かされる話の内容の予想がまったくできない愛美は、小首を傾げつつ彼女のあとをついて行った。
* * * *
「――相川さん、ここで座って待っていてね。先生はちょっと事務室でもらってくるものがあるから」
「はい」
通されたのは職員室。上村先生は、その一角の応接スペースで待っているように愛美に伝えた。
(……事務室でもらってくるものって何だろ? ますます何のお話があるのか分かんない)
愛美は言われた通りにソファーに浅く腰かけ、一人首を捻る。
事務室といえば、管理しているのは生徒の名簿や成績や、学費・寮費などのお金関係。
(おじさまに限って、学費の振り込みが滞ってるなんてことはなさそうだしなぁ)
〝あしながおじさん〟は律儀な人だと、愛美もよく知っている。間違いなく、この学校の費用は毎月キッチリ納められているだろう。
ということは、それ関係の話ではないということだろうか?
「――お待たせ、相川さん。あなたに話っていうのはね、――実は、あなたに奨学金の申請を勧めたいの」
「えっ、奨学金?」
思ってもみない話に、愛美は瞬いた。
「ええ、そうよ。あなたは施設出身で、この学校の費用を出して下さってる方も身内の方じゃないんでしょう?」
「え……、はい。そうですけど」
上村先生は何が言いたいんだろう? 保護者が身内じゃないなら、それが何だというんだろう?
「ああ、気を悪くしたならゴメンなさい。言い方を変えるわね。……えっと、あなたは入学してから、常に優秀な成績をキープしてるわ。そしてあなた自身、『いつまでも田中さんの援助に頼っていてはいけない』と思ってる。違うかしら?」
「それは……」
図星だった。愛美自身、〝あしながおじさん〟からの援助はずっと続くわけではないと思っていた。いつかは自立しなければ、と。
そして、ちゃんと独り立ちできた時には、彼が出してくれた学費と寮費分くらいは返そうと決めていたのだ。
「この奨学金はね、これから先の学費と寮費を全額賄える金額が事務局から出るの。大学に進んでからも引き続き受けられるから、保護者の方のご負担も軽くなるんじゃないかしら。大学の費用は、高校より高額だから」
「はあ……」
大学進学後も受けられるなら、愛美としては願ったり叶ったりだ。大学の費用まで、〝あしながおじさん〟に出してもらうつもりはなかったから。そこまでしてもらうくらいなら、大学進学を諦める方がマシというものである。
「まあ、一応審査もあるから、申請したからって必ず受けられるものでもないんだけれど。あなたの事情や成績なら、審査に通る確率は高いと思うの。これが申請用紙よ」
上村先生はそう言って、ローテーブルの上に一枚の書類を置いた。
「あなたが記入する欄だけ埋めてくれたら、あとは事務局から保護者の方のところに直接書類を郵送して、そこに必要事項を記入・捺印して送り返して頂くから。それで申請の手続きは完了よ」
「分かりました。――わたしが書くところは……。あの、ペンをお借りしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
愛美は上村先生のボールペンを借りて、本人が記入すべき箇所をその場で埋めていく。
「――先生、これで大丈夫ですか?」
「書けた? ……はい、大丈夫。じゃあ、すぐに相川さんの保護者の方宛てに郵送しておくわね」
「先生、このこと……わたしからも伝えておいた方がいいですか? 田中さんに」
こんなに大事なことを、愛美ひとりで決められるはずがない。学校の事務局から書類が送られるにしても、念のため愛美からもお願いしておいた方がいいと思ったのだ。
だいいち、〝あしながおじさん〟が「もう自分の援助は必要ないのか」とヘソを曲げないとも限らないし――。
「そうね。それは相川さんに任せるわ。私からの話は以上です」
「はい。先生、失礼します」
――職員室を後にした愛美は、寮までの帰り道を歩きながら考え込んでいた。
(奨学金……ねぇ。そりゃあ、受けられたらわたしも助かるけど……。おじさまは気を悪くしないのかな……?)
彼はよかれと思って、厚意で愛美の援助に名乗りを上げたのだ。他に手助けしてくれる人がいないのなら、自分が――と。
それに水を差されるようなことをされて、「もう援助は打ち切る」と言われてしまったら……?
(もちろん、奨学金でもわたしのお小遣いの分までは出ないから、それはこの先もありがたく受け取るつもりでいるけど)
今までのようにはいかなくても、お小遣いの分だけでも愛美が甘えてくれたなら、〝あしながおじさん〟も自分のメンツが保てるんだろうか?
「こんなこと、純也さんに相談してもなぁ……」
彼とは一ヶ月前に連絡先を交換してから、頻繁に電話やメッセージのやり取りを続けている。「困ったときには何でも相談して」とも言ってくれた。
でも、こればっかりは他人の彼が口出ししていい問題ではない気がする。
「っていっても、もう手続きしちゃってるし。今更『やっぱりやめます』ってワケにもいかないし」
本校舎から〈双葉寮〉まで帰るには、途中でグラウンドの横を通る。グラウンドでは、さやかが所属する陸上部が練習の真っ最中だった。
「――わあ、さやかちゃん速~い!」
百メートル走のタイムを測っていた彼女は、十二秒台を叩き出していた。
「暑い中、頑張ってるなぁ」
本人に聞いた話では、五月の大会でも準優勝したとか。この分だと夏のインターハイへの出場も確実で、今年は夏休み返上かもしれない、とか何とか。
「さやかちゃ~ん! お疲れさま~!」
愛美は親友の練習のジャマにならないように、その場から大声で声援を送った。すると、タオルで汗を拭きながらさやかが駆け寄ってくる。
「愛美じゃん! さっきの走り、見てくれた?」
「うん! スゴい速かったねー」
愛美は体育は得意でも苦手でもないけれど(強いて挙げるなら、球技は得意な方ではある)。さやかは体育の授業で、どんな種目も他のコたちの群を抜いている。
中でも短距離走には、かなりの自信があるようで。
「でしょ? この分だと、マジで今年は夏休み返上かも。あ~、キャンプ行きたかったなぁ」
インターハイに出られそうなことは嬉しいけれど、そのために夏休みの楽しみを諦めなければならない。――さやかは複雑そうだ。
「仕方ないよ。部活の方が大事だもんね」
「まあね……。ところで愛美、今帰り? ちょっと遅くない?」
部活に出なかったわりには、帰りが遅いんじゃないかと、さやかは首を傾げた。
「うん。あの後ね、上村先生に呼ばれて職員室に行ってたから。大事な話があるって」
「〝大事な話〟? ってナニ?」
さやかは今すぐにでも、その話の内容を知りたがったけれど。
「うん……。でもさやかちゃん、今部活中でしょ? ジャマしちゃ悪いから、寮に帰ってきてから話すよ。珠莉ちゃんも一緒に聞いてもらいたいし。――そろそろ練習に戻って」
「分かった。じゃあ、また後で!」
さやかは愛美にチャッと手を上げ、来た時と同じく駆け足で他の部員たちのところへ戻っていった。
* * * *
「――えっ、『奨学金申し込め』って?」
その日の夕食後、愛美は部屋の共有スペースのテーブルで、担任の上村先生から聞かされた話をさやかと珠莉に話して聞かせた。
「うん。っていうか、その場で申請書も書いた。わたしが書かなきゃいけないところだけ、だけど」
「書いた、って……。愛美さんはそれでいいんですの?」
珠莉は、愛美が自分の意思ではなく先生から無理強いされて書いたのでは、と心配しているようだけれど。
「うん、いいの。わたしもね、おじさまの負担がこれで軽くなるならいいかな、って思ってたし。いつかお金返すことになっても、その金額が少なくなった方が気がラクだから」
「お金……、返すつもりなんだ?」
「うん。おじさまは望んでないと思うけど、わたしはできたらそうしたい」
愛美の意思は固い。元々自立心が強い彼女にとって、経済面で〝あしながおじさん〟に依存している今の状況では「自立している」ということにはならないのだ。
もし彼がその返済分を受け取らなくても、愛美は返そうとすることだけで気持ちの上では自立できると思う。
「それにね、奨学金は大学に上がってからも受け続けてられるんだって。大学の費用まで、おじさまに出してもらうつもりはないから」
「それじゃあ、あなたも私たちと一緒に大学に進むつもりなのね?」
「うん。そのことも含めて、おじさまには手紙出してきたけど。さすがにこんな大事なこと、わたし一人じゃ決めらんないから」
愛美はまだ未成年だから、自分の意思だけでは決められないこともまだまだたくさんある。そういう点では、彼女は〝カゴの中の鳥〟と同じなのかもしれない。
「おじさまが賛成して下さるかどうかは分かんないけどね。一応おじさまが保護者だから、筋は通さないと」
「律儀だねぇ、アンタ。何も進学のことまでいちいちお伺い立てなくても、自分で決めたらいいんじゃないの?」
「それじゃダメだと思ったの。誰か、大人の意見が聞きたくて。……でも、誰に相談していいか分かんないから」
「でしたら、純也叔父さまに相談なさったらどうかしら?」
「えっ、純也さんに!? どうして?」
何の脈絡もなく、この話の流れで出てくるはずのない人の名前が珠莉の口から飛び出したので、愛美は面食らった。
「ええと……、そうそう! 叔父さまは愛美さんにとって、いちばん身近な大人でしょう? きっと喜んで相談に乗って下さいますわ。愛美さんの役に立てるなら、って」
「そ、そう……かな」
珠莉は何だか、取って付けたような理由を言ったような気がするけれど……。他に相談相手がいないので、今は彼女の提案に乗っかるしかない。
「じゃあ……、電話してみる」
愛美は二人のいる前でスマホを出して、純也さんの番号をコールしてみた。〝善は急げ〟である。
『――はい』
「純也さん、愛美です。夜遅くにゴメンなさい。今、大丈夫ですか?」
『うーん、大丈夫……ではないかな。ゴメンね、今ちょっと出先で』
純也さんは声をひそめているらしい。出先ということは、仕事関係の接待か何かだろうか?
「あっ、お仕事ですか? お忙しい時にゴメンなさい。後でかけ直した方がいいですよね?」
『いや、僕一人抜けたところで、何の支障もないから。――それよりどうしたの?』
「えっ? えーっと……」
純也さんも忙しいようだし、あまり長話はできない。愛美は簡潔に要点だけを伝えることにした。
「……実は、純也さんに相談に乗って頂きたいことがあって。電話じゃ長くなりそうなんで、ホントは会ってお話ししたいんですけど。何とか時間作って頂けませんか?」
電話の向こうで純也さんが「う~~ん」と唸り、十数秒が過ぎた。
『そうだなぁ……、しばらく仕事が立て込んでるからちょっと。でも、夏には休暇取って、多恵さんのところの農園に行けそうだから、その時でもいいかな? ちょっと先になるけど』
「はい、大丈夫です! 急ぎの相談じゃないから。――いつごろになりそうですか? 休暇」
この夏は、純也さんと一緒に過ごせる! それだけで、愛美の胸は躍るようだった。
『まだハッキリとは分からないな。また僕から連絡するよ』
「分かりました。じゃあ、連絡待ってますね。失礼します」
愛美は丁寧にそう言って、通話終了の赤いボタンをタップした。
今すぐには相談に乗ってもらえなかったけれど、電話で純也さんの声を聞けて、しかも夏休みには彼と一緒に過ごせると分かっただけでも、愛美の気持ちは少し楽になった――。
* * * *
――その数週間後。すでに七月に入っていたある日。
「相川さん、ちょっと」
短縮授業期間のため、午前の授業を終えて帰り支度をしていた愛美は、上村先生に手招きされた。
「――先生? どうしたんですか?」
「あなたの保護者の方から、今さっき奨学金の申請書が送り返されてきたそうよ」
「えっ、そうなんですか? それで、必要事項は――」
もしも白紙で(愛美が埋めたところ以外は、という意味で)戻ってきたのなら、〝あしながおじさん〟は愛美が奨学金を受けることに反対。キチンと書かれていたのなら、反対はされなかったということなのだけれど。
「キチンと埋められていたそうよ。というわけで、奨学金の申請はこれで無事に終わり。審査の結果は夏休み中に分かるはずだから、事務局からあなたに直接連絡があると思うわよ」
「そうですか……。分かりました。知らせて下さってありがとうございます」
愛美は半信半疑ながらも、担任の先生にお礼を言った。
(おじさま、反対しなかったんだ。――あれ? でも『あしながおじさん』のお話の中では……)
あの物語の中では、ジュディが奨学金を受けることに〝あしながおじさん〟は猛反対で、何度も何度もグダグダと文句を書き連ねた手紙を秘書に出させていた。――あれは、彼女が自分の手を離れるのがイヤでやったことだと思うのだけれど……。
(じゃあ、わたしの方のおじさまには、わたしの自立を後押ししたいって気持ちがあるってことなのかな?)
「――ところで、今日は午後から文芸部の活動があるけど。相川さんは出られる?」
上村先生は、今度は文芸部顧問の顔になって愛美に訊ねた。
「はい、出るつもりです。この夏に、ちょっと応募してみたい文芸コンテストがあって。その構想を練ろうかな、って」
「そうなの? その年で公募にまでチャレンジするなんて、さすが小説家志望はダテじゃないわね」
「……はあ。でも、他の部員の人たちもそうなんじゃないですか? みんな書くのは好きみたいだし」
「そんなことないわよ。ほんの趣味程度にやってる子がほとんどね。プロの作家を目指してる子の方が珍しいくらいよ」
今年入ったばかりの一年生はまだどうか分からないけれど、二年生から上の部員はみんな文才がある。前年、部の主催で行われた短編小説コンテストでも、愛美以外の入選者はみんな文芸部の部員だった。
「文才があるからって、みんながみんなプロを目指してるわけじゃないの。お家の事情とか、色々あるんだから」
例えば医者の家系に育ったら、自分も医学の道に進むことが決められているとか。経営者の一族だったら、後継者にふさわしい婚約者(〝フィアンセ〟と言った方が正しいかもしれないけれど)がすでに決められているとか。
愛美は施設育ちだし、両親のこともよく覚えていないけれど、珠莉を見てきているから何となく分かる。
「そうですよね……。お嬢さまって大変なんだなぁ。――じゃあ先生、失礼します」
愛美は上村先生に挨拶をして、スクールバッグを提げて寮までの道を急いだ。――要するに、お腹がグーグー鳴っていたのだ。
「あ~、お腹すいたぁ。今日のお昼って何だっけ」
〈双葉寮〉の食堂のメニューは、朝昼夕とそれぞれ日替わりなのだ。好きなメニューが当たった日はハッピーだけれど、キライなものや苦手なメニューが出た日は一日ブルーでたまらなくなる。
……と、昼食メニューのことに意識を飛ばしながら早足で歩いていた愛美のスカートのポケットで、マナーモードにしていたスマホが振動した。
「……電話? 知らない番号だなぁ。誰からだろ?」
ディスプレイに表示されているのは、まったく見覚えのない携帯の番号。愛美は首を傾げながら、通話ボタンを押した。
「もしもし? 相川ですけど、どちらさまですか?」
『恐れ入りますが、相川愛美さまの携帯でお間違いないでしょうか』
聞こえてきたのは、穏やかな初老と思しき男性の声。
「はい、そうですけど。……あの」
『失礼。申し遅れました。私、田中太郎氏の秘書を務めております、久留島栄吉と申します』
「久留島さん? ……ああ、あなたが! いつも何かとお気遣い頂いてありがとうございます」
まさか、〝あしながおじさん〟の秘書から電話がかかってくるなんて……! 普段から何かとお世話になっているので、愛美はまず彼にお礼を言った。
『いえいえ。私はただ、ボスの言いつけに従って自分の務めを果たしているだけですので』
「……そうですか」
(なんか腰の低い人だなぁ。「ボス」なんて、おじさまの方がこの人より絶対若いのに。よっぽど慕ってるんだ)
〝ボス〟という言い方にも、彼の雇い主への愛情というか、信愛が感じられる。
『――ところで愛美お嬢さん、奨学金の申請書についてですが。私のボスがキチンと記入・捺印して学校の事務局に送り返したことは、もうお聞きになっていますか?』
「はい、今さっき伺いました」
『さようでございますか。では、お嬢さんの大学進学にも賛成だということは?』
そのことは、上村先生からは何も聞いていない。
「いえ、それは伺ってませんけど。なんか意外だったんで、ちょっと驚きました」
『意外、とおっしゃいますのは?』
「わたし、田中さんに反対されると思ってたんです。奨学金のことも、わたしが大学に進むことも。だって、田中さんにしてみたら、『自分はもう、保護者としてお払い箱なのか』って思うかもしれないでしょう? 自分には頼ってくれないのに、大学には進みたいのかって。それって、自分でも勝手だなと思ってるんで」
将来的に、出してもらったお金を返すつもりだということは、久留島さんにも言わないことにした。それが万が一〝あしながおじさん〟の耳に入って、今の関係がこじれてしまうのはイヤだから。
『いえいえ、そんなことはございませんよ。ボスの一番の望みは、お嬢さんが有意義で充実した学校生活を送られることなんです。奨学金がその役に立つなら、ボスに反対する理由はございません』
「はい……」
『大学へお進みになることもそうでございますよ。お嬢さんが本気で小説家を目指しておいでなのでしたら、ぜひ大学へも進まれるべきだとボスは申しておりました。学費を出す必要がなくなっても、できることは何でもするから、と』
「そうですか。――あの、わたし、奨学金で学費が要らなくなっても、毎月のお小遣いは頂くつもりでいるので」
奨学金で学費や寮費は賄われても、個人的に必要な細々した生活費などまでは面倒を見てくれない。
愛美だって今時の女子高生なのだ。欲しいものもそれなりにあるし、趣味に使うお金も必要になる。そうなるとやっぱり、お小遣いは必要不可欠だ。
『さようでございますか! では、ボスにそのように伝えますね。――ところでですね、もうすぐ夏休みでございますが、今年はいかがなさいますか?』
「ああ、それならもう決まってますよ。今年も、長野の千藤農園さんにお世話になろうと思ってます」
『かしこまりました。では、そのようにこちらで手配しておきます。どうぞ、楽しい夏休みをお過ごし下さい』
「ありがとうございます。……あの、一つお訊きしたいことがあるんですけど」
『はい、何でございましょうか?』
愛美にはずっと気になっていることがあった。自分に好きな人ができたことについて、〝あしながおじさん〟はどう思っているんだろう? と。
「わたし今、好きな人がいるんですけど。そのことで、田中さんはあなたに何かおっしゃってましたか? グチでも何でもいいんですけど」
世の中の父親は、娘に彼氏ができることが面白くないらしいと聞いたことがあった。
〝あしながおじさん〟はいわば、愛美の父親代わりである。やっぱり、娘のような愛美に好きな男がいることは面白くないのだろうか?
『いいえ、特には何も申しておりませんでしたが。なぜでしょう?』
「わたしからの手紙、このごろその人のことばっかり書いてるので……。田中さんが呆れてらっしゃるかな……と思って」
ここ一年近く、特にこの数ヶ月の手紙は、もうほとんどが純也さんについての内容で埋め尽くされていた。愛美自身、ノロケっぱなしで胃もたれしそうなくらいなのだ。
すると、久留島さんは笑いながらこう答えた。
『呆れているご様子はなかったかと存じます。むしろお喜びでございますよ。「小説家になるうえでの想像力を養うにも、恋はした方がいいから」と。お嬢さんくらいの年頃でしたら、好きなお方がいない方が不思議だ、ともボスは申しておりました』
「そう……ですか」
『はい。ですから、何もボスの機嫌を伺うようなことはなさらなくても大丈夫でございますよ。思う存分、青春を謳歌なさいませ。――では、千藤農園にはこちらから連絡させて頂きますので。突然のお電話、失礼致しました』
「はい、ありがとうございます」
電話が切れると、愛美はスマホの画面を見つめたまましばらくその場に立ち尽くした。
(おじさま、わたしに好きな人がいることが嬉しいなんて……。どうしてだろう?)
純也さんが自分の知り合いで、信頼できる人だから? それとも――。
「まさか、本人だから……?」
そういえば、『あしながおじさん』ではジュディの好きな人と〝あしながおじさん〟が同一人物だった。――でも、いくら何でもそこまで同じだと考えるのはベタすぎる。
「……なワケないか。行こ」
一人で納得して呟き、愛美はスマホをポケットにしまって、食堂に向けてまた歩き出した。
* * * *
「――愛美ー、こっちこっち!」
食堂に着くと、奥の方のテーブルからさやかが手を振ってくれた。もちろん、珠莉も一緒である。
ちなみに、今日の昼食メニューはチキンカツレツとサラダ、そして冷製ポタージュスープだ。チキンカツレツにはトマトベースのソースがかかっている。
「ゴメンね、遅くなっちゃって」
「いや、別にいいんだけどさ。どしたの? っていうかなんで制服?」
愛美が謝りながらテーブルに着くと、さやかは怒っている様子もなく、彼女が遅れて来た理由を聞きたがった。
愛美は食事をしながら、それを話し始める。
「ん、このチキンカツレツ美味しい! ――教室を出ようとしたら、上村先生に呼び止められて。奨学金申請の手続きが無事終わった、って。――あとね、スマホにおじさまの秘書さんから電話がかかってきたの」
「秘書さんから? どんな用件で?」
「書類がちゃんと着いたかどうかの確認と、今年の夏休みはどうしますか、って。わたしは今年も去年とおんなじように、長野の農園でお世話になるつもりだって答えたよ。今年は純也さんも来てくれるみたいだし」
さやかも昼食に手を付け始めた。ゴハンよりも先に、愛美が絶賛したチキンカツレツに箸が伸びる。
「あ、ホントだ。コレ美味しい! ――そっか。もしかしたら、告白するチャンスかもしんないもんね。頑張れ、愛美」
「うん。ありがとね、さやかちゃん。……ところで、珠莉ちゃんはなんであんなに不機嫌なの?」
愛美とさやかがおしゃべりに盛り上がる中、珠莉は不気味なくらい静かだ。
「さあ? っていうか珠莉、チキンあんまり食べてないじゃん。サラダも」
見れば、珠莉はゴハンとスープばかりを口にしている。サラダも、トマトはのけてレタスとキュウリしか減っていない。
「珠莉ちゃん、食欲ないの?」
「そんなんじゃないの。……私、トマトが苦手なのよ」
「あれま。調理の人に言えば、タルタルソースに替えてもらえたのに。サラダのトマトは自分でのけられるにしてもさぁ」
「その手がありましたわね! 私、さっそくソースを替えてもらってきますわ!」
途端に珠莉の顔色が明るくなり、彼女は踊るような足取りで調理室前のカウンターまで飛んで行った。
「知らなかったなぁ、珠莉がトマト苦手だったなんて。……で、何の話だっけ?」
さやかが珠莉の背中を目で追いながら、しみじみと呟いた。
三人の付き合いはもう一年以上になるけれど、まだまだ知らないことがたくさんあるもので。愛美も頷いた。
「夏休み、わたしは純也さんに告白するチャンスかもって話。――ちなみに制服なのは、午後から部活に出るから」
「あ、ナルホドね。だからカバン持ってきてるんだ。部屋に寄らずに直で来たワケね」
「うん。……あ、珠莉ちゃん戻ってきた」
珠莉はタルタルソースがかかったチキンカツレツのお皿を手にして、嬉しそうなホクホク顔でテーブルに戻ってきた。
「お待たせしましたわ~~♪ こちらの方がカロリーは高そうですけど、まあいいでしよ」
そう言いながら、コッテリしたタルタルソースがけのお肉を美味しそうに食べ始める。
「……よっぽど苦手なんだね、トマト」
「トマトのソースの方が、絶対サッパリして食べやすいだろうにね」
愛美とさやかは、珠莉に聞こえないように囁きあった。
「――ところで、二人は今日、部活は?」
愛美が訊ねる。さやかも珠莉も、すでに制服から着替えている。
「あたしも午後から部活だよ。でもまあ、部屋でスポーツウェアに着替えて直行できるから」
「茶道部は今日、お休みですの」
「そうなんだ」
どうりで、珠莉がのんびりしているわけだ。愛美は納得した。
「でもさぁ、あたしはやっぱ夏休み返上で寮に居残り決定だよ。インハイの予選、順調に勝ち残ってるから。嬉しいんだけど、今年は家族でキャンプ行けない……」
さやかは「はぁ~~」と大きなため息をついて、その場でうなだれた。
「しょうがないよ。部活の方が大事だもん。わたし、長野から応援するよ!」
「愛美さん、今年の夏も長野にいらっしゃるんですの? ……ああ。そういえば、純也叔父さまも行かれるんでしたわね」
「うん、そうなの。だから楽しみで仕方ないんだ♪ ――珠莉ちゃんはどうするの? 夏休み」
「どうせ、また海外でしょ? 今度はどこよ」
少々やさぐれ気味に、さやかが言う。
「今年はグアムに。……でも私は、できれば日本に残りたいんだけど」
「どうして?」
愛美が首を傾げると、珠莉はたちまち耳まで真っ赤になった。
「べっ……、別にいいでしょう!? 私だって、たまには日本でのんびりしたい――」
「あ~~~~~~~~っ! 分かった! もしかして、好きな人できた? ねっ、そうでしょ!?」
珠莉の弁解を遮り、さやかが大声でまくし立てる。珠莉はその勢いに押され、「……ええ」と小声で頷いた。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「愛美、何か知ってんの?」
どうやら気づいていなかったのはさやかだけのようで、彼女は愛美に詰め寄った。
「うん、……多分。珠莉ちゃん、間違ってたらゴメンね。その好きな人って、もしかして治樹さん?」
「えっ、ウチのお兄ちゃん? まっさかぁ! そんなワケ……」
「……そうよ、愛美さん」
その一言に、さやかが雄叫びを上げた。
「ええええええええ~~~~っ!?」
愛美と珠莉は、思わずのけ反る。
「……もしかしてさやかちゃん、気づいてなかったの? わたしですら気づいてたのに」
「うん、全然。だって、まさかお兄ちゃんなんて……。ねえ珠莉、いつから?」
「五月に、原宿でお会いした時からよ。あの時からずっと気になっていて……」
「その時は〝恋〟って気づかなかったんだ? わたしもおんなじだったから分かるよ。初恋なんでしょ?」
愛美も初恋だから、一年前は自分では恋に気づかなかったのだ。さやかに言われて初めて、「これが恋なんだ」と分かった。
きっと、今の珠莉も同じなんだと思う。
「私もまさか、高校生になってから初めて恋をするなんて思ってもみませんでしたわ。今までにも男性と知り合う機会はありましたけど、治樹さんはその誰とも違ってましたの」
(……あ。わたしが純也さんに言われたこととおんなじだ)
愛美は思った。セレブの人たちって、一体どんな異性と知り合うんだろう? と。
みんながみんなお金目当てとか、打算で近づいてくるような人ばかりだったら、恋なんてできるわけがない。
したところで、本気で自分を好きになってくれない人を好きになったって虚しいだけだし……。
「お兄ちゃん……ねぇ。言っちゃ悪いけど、あんまりオススメできないよ? 可愛い女の子には目がないし、愛美だってターゲットにされたもん。秒でフラれたけど」
兄の性格を知り尽くしている妹としては、さやかも珠莉と兄がくっつくことをあまりよくは思っていないらしい。
それは兄のためではなく、珠莉があの兄のせいで泣くところを見たくないという、友情に基づいての忠告だったのだけれど。
「あら! でも、少なくともあの人には打算っていうものはないでしょう? それに、好きになった女性のことは絶対に大事にする方なんでしょう? でしたら何の問題もありませんわ」
「う……、まぁ。お兄ちゃんはそういう人だけど……」
〝恋は盲目〟というのか、珠莉はすっかり治樹さんが「女性を大事にできるステキな男性」だと思い込んでいるようで。
「さやかちゃん。こうなったらもう、珠莉ちゃんの背中押したげるしかないんじゃない? 親友として」
「…………だね。しょうがないかぁ」
さやかは渋々、愛美の言葉に頷いた。
「――ところでさ、愛美。ここでのんびり喋ってていいの? もうゴハンは食べ終わってるみたいだけど、午後から部活じゃなかったっけ?」
「えっ? ……わ、もうすぐ一時!? ごちそうさまでした! わたし、もう行くねっ!」
愛美はイの一番に部室へ行って、文芸コンテストに応募する短編小説の構想を何作分か練っておくつもりだったのだ。
「さやかちゃんは、まだ行かなくていいの? 部活出るんじゃ……」
自分の食器を片付け、スクールバッグを取り上げて食堂を出ていこうとした愛美は、ふと思い出した。
「うん、あたしはまだいいの。部活は二時からだから」
「そっか。今日も暑いから気をつけてね。じゃあお先に!」
* * * *
――愛美は来た道を引き返し、文芸部の部室へ。
「あ、愛美先輩! こんにちは」
部室内には、すでに一年生の部員が一人来ていた。彼女は大きな机の前に座り、資料として置いてある小説を読んでいたけれど、愛美に気づくと立ち上がって頭をペコリと下げた。
「こんにちは。あらら、一番乗りはわたしじゃなかったかぁ。残念」
「でも、先輩だって二番目に早かったですよ。私はこの秋の部主催のコンテストに向けて、作品の構想を練ろうと思って」
「へえ、そうなんだ? わたしもなの。でもね、わたしは雑誌の文芸コンテストに応募するつもりなんだよ」
部活動に熱心なのは、この後輩も同じらしい。もちろん張り合いたいわけではないので、愛美はあくまで控えめに彼女に言った。
「スゴいなぁ。先輩、公募目指してるんですか? 志が高くて羨ましいです」
「別に、そんなことないと思うけどな。小説家になるのが、わたしの小さい頃からの夢だったから」
「いえいえ、ますますスゴいですよ! もしかしたら、この部から現役でプロの作家が誕生するかもしれないってことですよね?」
「……こらこら。おだてても何も出ないよ、絵梨奈ちゃん」
和田原絵梨奈。――これが彼女の名前である。
絵梨奈は愛美と同じ日に入部した女の子で、新入部員の中では愛美のことを一番慕ってくれている。
「じゃあ、絵梨奈ちゃんは自分のことに集中して。わたしも何か参考資料探そうかな……」
「はーい☆」
絵梨奈がまた本に意識を戻したのを見届けて、愛美も本棚を物色し始めた。
* * * *
――その日部室で、四作ほどの大まかなプロットを作り終えた愛美は、ちょっとした達成感を得て寮の部屋に帰った。このコンテストは手書き原稿を受け付けていないらしいので、今回はパソコンでの執筆に挑戦するつもりだ。
「ただいまー」
「お帰りなさい、愛美さん」
「お帰りー。お疲れさん」
部屋には珠莉と、部活を終えたさやかもいた。部屋のバスルームでシャワーを済ませた後なのか、さやかの髪は少し濡れている。
「さやかちゃんも、部活お疲れさま。大丈夫? バテてない?」
「ああ、平気平気☆ めっちゃ汗かいたから、先にシャワー使わせてもらったし。こうして水分と塩分補給してるから」
さすがはアスリートだ。彼女が飲んでいるのは、水分と塩分が両方摂れるスポーツドリンクだった。
「愛美も飲む?」
「うん、ありがと。もらおっかな。グラス持ってくるよ」
愛美がキッチンから取ってきたグラスに、さやかが五〇〇mlのペットボトルからスポーツドリンクを注いでくれた。
「愛美さん、それを飲んだらお着替えなさいよ」
「うん、そうする」
やっぱり、部屋に帰ってきてから制服のままでいるのは落ち着かない。
――着替え終えた愛美は、再び共有スペースの椅子に座り直した。
「部活はどうでしたの? 何かいいアイデアが浮かびまして?」
「えっとねぇ、とりあえず四作くらいのプロットが浮かんだよ。一応、全部小説として書いてみて、その中から応募する作品を選ぶつもり。今回はパソコンで原稿書くよ」
雑誌の公募となると、どのジャンルが受賞しやすいかどうか、傾向を見極める必要があるのだ。
「そっか。じゃあ、その前に誰かに一通り読んでもらって、その人の意見とか感想も参考にした方がいいよね」
「でしたら、純也叔父さまに読んで頂いたらどうかしら? 叔父さまの批評は的確ですから。ただし、少々辛口ですけど」
「えぇ~~? それはちょっとコワいなぁ……」
愛美はちょっと困った。自分が一生懸命書いた小説を、大好きな人からけちょんけちょんに言われるとヘコむ。
「まあ、そんなにおびえないで。よほどヒドい作品じゃなければ、叔父さまだってそんなに厳しいことはおっしゃらないと思いますわ」
「……そう? 分かった」
自分のメンタルの弱さは十分自覚しているので、愛美はあまり自信がないながらも頷く。
(コレで全部「ボツ!」とか言われたら、わたし多分立ち直れない……。ううん、大丈夫!)
それでも、どれか一作くらいは純也さんのお眼鏡にかなう作品があると思うので、全滅の可能性を愛美は打ち消した。
「――あ、そういえばわたし、今月に入ってからおじさまに手紙出してないや」
前に手紙を出したのは、上村先生から奨学金の申請を勧められた時。あの時はまだ六月だった。
「今日は秘書さんからの電話もあったことだし、夏休みの予定も多分まだ伝えてないから。そろそろ書かないと」
先月の手紙では、奨学金のことを伝えるのに精一杯だった。あの時はまだ、純也さんに電話する前だったし……。
「そうだよね。ちゃんと知らせて、おじさまを安心させてあげないとね。――珠莉、あたしたちはちょっと外そう。コンビニ行くから付き合って。あたし、洗顔フォームが切れてたの思い出したんだ」
この寮の中には、お菓子などの食品・ドリンク類からちょっとした文房具や日用品、雑誌まで揃うコンビニもあるのだ。
「ええ? ……まあいいわ。私は特に買うものはないけど、時間潰しにはなるものね。――じゃあ愛美さん、ちょっと行ってきますわ」
「うん、行ってらっしゃい。二人とも、わざわざ気を遣わせちゃってゴメンね」
――二人が出ていくと、愛美は机に向かい、レターパッドを開いた。
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『拝啓、あしながおじさん。
今日のお昼、おじさまの秘書の久留島さんからお電話を頂きました。
久留島さんは、おじさまがわたしの奨学金のことも、大学に進むことも反対されてないとおっしゃってました。わたし、何だか信じられなくて……。
だってわたし、おじさまは反対するものだと思ってたんです。おじさまからの学費はいらない、でも大学には行きたいなんて、わたしのワガママかもって。そんなのスジが通らないから。
でも、おじさまはそのワガママを聞き入れて下さったってことですよね?
あのね、おじさま。久留島さんにもお伝えしましたけど、わたしは奨学金を受けられることになってからも、毎月のお小遣いだけは変わらずに頂くつもりでいます。これなら一応、おじさまのメンツは保てるでしょう? そしてできれば、大学に入ってからはお小遣いも増額して頂けないかと……。
あ、そうだ。おじさま、わたし、今年の夏休みも千藤さんの農園で過ごすことに決めました。
というのも、今年の夏には純也さんも休暇を取られて、農園に来られるそうなんです。彼と一緒に過ごせるのが楽しみで! いつごろ来られるのかはまだ分かってないんですけど、また連絡を下さるそうです。
そして、わたしはこの夏、ある文芸誌のコンテストに挑むべく、四作の短編小説を書くことに決めました。それぞれジャンルも、文体も、世界観も違う四作です。もうプロットはできてます。
そして四作全部書きあがったら、純也さんに読んで頂いて、どの作品を応募するべきかアドバイスを頂こうと思ってます。珠莉ちゃんが「純也叔父さまの批評は辛口だ」って言ってたので、わたしはちょっとおびえてます。でも、きっとどれか一作くらいは彼のお眼鏡にかなう作品が書けると思うので、まずは自分の文才を信じようと思います。
珠莉ちゃんは今年の夏はグアムに行くそうですけど、本人は日本に残りたいみたい。どうも、好きな人ができたらしくて。それが誰かなんて、わたしからはお話しできませんけど。
さやかちゃんは所属する陸上部がインターハイ予選を順調に勝ち進んでるので、今年は夏休み返上で練習。ということで寮に残ることになりました。
さやかちゃんはすごくガッカリしてましたけど、わたしは部活を一生懸命頑張ってるさやかちゃんが大好きです。だから、遠く離れた長野から応援しようって決めました。
最後になりましたけど、久留島さんはおじさまのことをすごく慕ってらっしゃるみたいですね。
彼はお電話で、おじさまのことを「ボス」ってお呼びになってました。多分ですけど、おじさまよりだいぶ年上のはずなのに。
お二人の関係が良好で、お互いに信頼しあってるんだなって、わたしにもよく分かりました。
ものすごく長い手紙になっちゃいましたね。すみません。
今年の夏休みも思う存分楽しんで、そして執筆も頑張って、ステキな思い出をたくさん作ってこようと思います。ではまた。
七月十日 愛美
P.S. 奨学金の審査の結果が出たら、またおじさまにお知らせします。夏休みの間に、事務局からわたしの携帯に直接連絡が来るそうなので。 』
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