無限の成層圏 虹になった男
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九話
「諸君、お早う」
「お早うございます!」
織斑先生の言葉に全員が不動の姿勢をとる。大分織斑先生も統率が取れている。
「今日からは本格的な実践訓練を始める。うちのクラスでは、アズナブル、オルコット、織斑が実際に操縦しているのを見ている者も多い。だが、お前らの目指す頂はまだまだ遠い。訓練機を使用して、実機での授業となる。気を引き締めて授業に臨め。それから……」
織斑先生が本日の授業項目について説明していく。漸くIS実機での訓練か、専用機を持っていない者達にはさぞ楽しみだろう。
そうなると、専用機持ちは何をするのやら。やはり、訓練の補助だろうか。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ!」
織斑先生の言葉に、山田先生が応えた。まあ大体の事は織斑先生が話しただろうと考えた、その時。
「ええとですね、今日は何と転校生を紹介します!しかも二名です!」
その言葉に驚く。クラスメイト皆もだろう、大層驚いた様子で声を上げた。
この時期に、転校生が二人。……何かきな臭いものを感じる。
そんな事を考えていると、教室のドアが開く。
「失礼します」
「…………」
そうして二人の転校生が入って来た時、先程より大きな衝撃を受ける。
何故なら、片方の転校生が身に着けていたのは男子用の制服だったのだ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
転校生の一人、デュノアがにこやかな顔で一礼する。
私も思わず、あっけにとられていた。
「お、男……?」
クラスメイトの誰かがそう言うと、デュノアが話す。
「はい。此方に僕と同じ境遇の方いると聞いて本国より転入を……」
デュノアは人懐っこそうな顔で言う。体の線は細く、顔も中性的な人相だ。濃くて長い金髪を後ろで丁寧に束ねている。
あまり体格がいいとは言わないが所々で気品の良さがにじみ出ている。結構な上流階級の出自なのだろうか。しかし、それはどこかでとってつけたように見える。
私が考えていると、クラス中から声が上がる。
「きゃああああー!!」
悲鳴に近いような喜び声が教室に響く。事態はそれだけでは収まらなかった。
「三人目の男子が!うちのクラスに!」
「しかも美形!守ってあげたくなる系の!」
クラスメイト達が騒ぎ立てる。この後起こることは想像に難くない。
「あー、静かにしろ。騒ぐな」
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから……」
今回は出席簿の音はしなかった。面倒だったからか、はたまた女の園に美形が入ってきたことに少し思う事があるのだろうか。
それとも、別の思惑が……まあいい、今はそんな事を考えても仕方が無い。もう片方の転校生に目をやるとしよう。
もう一人の転校生はやや白に近い銀の髪を腰まで下ろしている。そして目に付くのは、眼帯だ。
医療用のものでないそれを、自然体につけているのは、それと長い付き合いがあるという事だろう。
身体はデュノアよりよほど小さい。が、身にまとうそれが軍人だという事は、私には誰よりも深く認知できる。
まだ殺しはしていない、だが覚悟はあるという面構えを、宇宙世紀で嫌というほど見せられてきた。
「…………」
当の本人は未だ口を開かない。此処に来るのが心底嫌という様子だった。
まあ理解はできる。軍人であれば、こんなおままごとの様な学校は辛いだろう。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
綺麗な敬礼だ。しかし、織斑先生は答礼をしなかった。
織斑先生に対して、教官か。昔どこかでやっていたのだろうか。
「ここではそう呼ぶな。此処では私は一般教員で、お前は生徒だ。織斑先生と呼べ」
「了解しました」
相変わらず、軍人口調が抜けてない様子だ。どこかでサポートしてやるべきか。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「…………」
沈黙。クラスメイトが次の言葉を待っていたが、不動の姿勢をとっている。
「あの、以上ですか?」
「以上だ」
山田先生の助勢も、にべもなく切って捨てられた。大人への口調がなってないそれは、軍人の方もおままごとで自己完結してるように見える。
これは何か手助けしてやるにしても、難題だなと考えていると、ボーデヴィッヒは何かを見つけ、歩いて行った。
「っ!貴様が……」
彼女は一夏の前へ行くと、大きく手を振るった。
平手打ち。一夏も困惑している。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
これには私も大層驚いた。実際皆驚いているし、箒に至っては口をぽかんと開けている。
「いきなり何しやがる!」
「ふん……」
一夏の問いには答えず、そのまま空いた席に座るボーデヴィッヒ。その姿、その精神には、グリプス戦役での若い強化人間を想起させられる。
感傷的で、幼い。癇癪を起こす様な強化人間がハマーンのもとにいたと、人づてで聞いた事がある。
「あー……ゴホンゴホン!ではホームルームを終わる。各人は直ぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
さて、あの様子を見ても叱らないのは教師としての欠陥か、はたまた自分の弟だから良いのか。
どちらにせよ、教師には向いてない。変にちゃんと教師をしてる面が多いため、逆に浮き彫りにされる。
おっと、そろそろ着替えが始まってしまう。急がなくては。
「おい織斑、アズナブル。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男だろう」
そう言われたのでデュノアのもとへ行こうとするが、既に一夏にデュノアが接触を図っていた。
「君が織斑君?初めまして、僕は……」
「そういうのは後にしよう。シャア、早く行こう」
「うむ、急いだほうが良い」
「えっ、ちょっと、うわ!」
私に言葉をかけるや否や、デュノアの手を握る一夏。相変わらず、パーソナルスペースの狭い男だ。
「取り敢えず男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動があるから、早めに馴れてくれ」
「う、うん……」
デュノアは何やら落ち着かない様子だ。どうかしたのか。
「なんだ、トイレか?」
「い、いや!全然違うよ!」
「そっか、それは何より」
一夏とデュノアと走りながら話す。
「今日はどこが開いているんだ?」
「第二アリーナの更衣室だぜ、シャア!」
そう言ってると、デュノアが話しかけてくる。
「そ、その……二人とも、仲いいんだね」
「それは、寝食を共にしているからな」
「時期にデュノアもこうなるぜ」
そう言うと、少し頬を赤らめた様子でデュノアが言う。
「シャルルでいいよ、僕の事は」
「じゃあ、俺も一夏で」
「私の事はシャアと呼んでくれて構わない」
そう返しながら走ると、目の前に人影が。
「あっ、転校生発見!」
「しかも織斑君とアズナブル君と一緒!」
「しまった、見つかったか!」
そんな人影を気にせず、一直線に走り続ける私達。
人影がどんどん増えて来た。
「いたわ、こっちよ!」
「織斑君が転校生と手をつないでる!」
「美しい……ッ!」
捕まるとまずい、そのまま質問会開催からの授業に遅刻のパターンだ。
「さっさと抜けよう、一夏君、シャルル君」
「ああ、そうしよう」
そうして、どうにか群衆に捕まる事無く無事校舎から出る事ができた。
そして第二アリーナ更衣室到着。時間はぎりぎりだ。
「うわ、時間やばいな。すぐ着替えようぜ」
そう言って中に入り、すぐに上着を脱ぎ棄てる一夏。私も上着を手にかけた所で、予想外の声が上がる。
「うわぁ!?」
シャルルが驚きの声を上げていた。一体どうしたと言うのだ。
「なんだ、着替え忘れたのか?言っとくけど、織斑先生は遅刻には怖いんだぜ?」
「う、ううん。何でもないよ。すぐ着替えるけど、あんまり見ないでね」
「お、おう……」
実は欧州では、余り裸を見せ合わない文化がある。それに比べ、日本では公衆浴場などで気軽に全裸になる。
とは言え、それを考慮してもシャルルの行動は怪しい……怪しいが、明らかに素人の動きだ。
まあいい、今はどう考えたって無駄だ。さっさと着替えてしまおう。
そう言う考え一瞬で全裸になり、ISスーツを身にまとい始めた時に、一夏から声が。
「シャルル?」
「な、何かな!?」
私もシャルルの方を見ると、シャルルはもう着替え終わっていた。
「着替えんの速いな。何かコツでもあるのか?」
「い、いや別に……というより、一夏は早く着替えないの!?シャアに至っては全裸だし!」
「お、おう……すぐ着替える」
その対応は、最早生娘のそれだ。結構なシャイなのか、それとも。
取り敢えず、ISスーツに足を通す。
「これ着る時に裸なのが着辛いんだよなあ。シャアなんかデカい物ぶら下げてるし、大変だよな」
「ああ、これがひっかかって中々着辛くてな」
その会話に顔を真っ赤にするシャルル。……本当に未通女みたいな反応をする。
「よし、私も着替え終わった。待っていてくれて有難う。では行こうか」
「そうだな」
「うん」
そうやってグラウンドに向かう途中、少しシャルルに揺さ振りをかけてみる事にした。
「シャルル君。君の着ているISスーツは、私達のとは違うな」
「あっ、たしかにそうかも」
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどオーダー品」
「デュノア社か、確か聞いた事があるな。ううむ……」
「僕の家だよ。父がね、社長をしているんだ。一応フランスで大きなISメーカーなんだ」
「という事は、シャルル君はデュノア家の社長子息か」
「確かに、言われてみれば高貴な振る舞いだもんな」
「そうかも、ね……」
シャルルが目を伏せた。これは思ったより闇が深そうだ。とは言え、私もそんな事を気にしていられる立場ではない。
「それより、一夏の方が凄いよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」
「はは、こやつめ!」
「うん?」
「……いや、何でもない」
一体何の会話だったのだろうか。私にもわからない。
「まあ、操縦に関してはシャアがピカ一だしな」
「そんなに凄いの、シャアって」
「まあ、自分で言うのも何だがそこそこのもの、とだけ言っておこう」
「勘弁してくれよ。シャアがそこそこだったら俺たちはどうなるんだ」
「君も時期に成るだろう。そういう事だ」
「あはは、なんか面白いね。一夏とシャア」
その様な事を話しながら、グラウンドを目指すとすでに列ができていた。まずいな、これは。
「遅い!」
そう言われたのでスッと列に入り込む。一夏は何やら考えている。その一瞬が命取りになるというのに。
出席簿を叩く音。今回は一回限りだった。
すごすごと、列に参加する一夏とシャルル。私は思わず軽口をたたく。
「綺麗な女性に二度も叩かれるとはな。これが人で言うご褒美というものなのか、一夏君」
「片方は実の姉だし、俺にそんな趣味はねぇよ」
「では、シャアさんはどうですの?」
突然、会話に混ざり込む者が一人。セシリアだ。
「まったく、品のない会話をして……そんなに叩かれたいのなら、わたくしが叩いて上げましょうか?」
「結構だ。私にもそういう趣味はない」
後ろでは、一夏と鈴が何やら言い合っている。我々は直ぐに列と合わせる様に、前を向いた。その後起こる事が想像できるのである。
「まったく、また馬鹿が目の前に二人も現れるとはな」
出席簿の音が二回。本日二度目だ。
音が青空に響き渡る。そんな日の出来事であった。
「それでは、本日から格闘及び実弾射撃を伴うIS実践訓練を行う」
「はい!」
クラス二つ分だからか、今日の返事はやけに大きく感じる。
ふと後ろを見ると、鈴が一夏の事を蹴っていた。それだから相手にされないのだ。
「今日は戦闘を実演して貰おう。なにせ活力に溢れた者がいるのでな。鳳!オルコット!」
「わたくしもですか……」
「専用機持ちは直ぐに準備できるからな。良いから早く前に出ろ」
そう言って、ぶつくさ文句を言いながら前に出るセシリアと鈴。
「どうやら良い特訓をしてもらってるようじゃないか。……あいつらに良い所見せたいだろう?」
織斑先生に何やら耳打ちを貰うと、途端にやる気になるセシリアと鈴。どうやら、気難しい彼女等を操縦する秘訣を織斑先生は持っているらしい。
さて、相手は誰かと探していると、上から飛来するものが。
ISだ。あれは量産期か?そんな事を考えていると、飛来先がここだと理解する。
「ああああっ!ど、どいてくださいぃっ!」
まずい、避けられない。
飛来したそれに突き飛ばされ数メートルゴロゴロと転がる。次に抱いた感触は、柔い物であった。
「あ、あのぉ……アズナブル君、ひゃうん!」
私の左手には、まるでプリンの様な柔らかさを持つ、大きな胸が。
「あ、アズナブル君!その、こんな場所で、いや場所じゃなくて、そもそも私たちは教師と生徒の関係なのであって……」
「す、すいません。すぐに退きます」
これは別の意味でまずい。視線をよそにやると……
「……シャァアさぁん!?」
案の定、セシリアの怒りが有頂天になっていた。
やはり少女というのは気難しい。父親の様な、親しい異性の様に感じていた存在が、別の女性とこうなるのはやはり怒りが来るのだろうか。
因みに私はセシリアの思いに何となくだが感づいている。今はやや異性の面が大きいようだ。私は一夏と違って鈍感ではない。
「あー、こう見えて山田先生は元代表候補生だ。甘く見るなよ」
そう言う織斑先生の言葉に、セシリアが反応する。
「鈴さん、油断はなさらない様に」
「なによ、あのへボい着地みたでしょ」
「確かにあまりよろしい物ではありませんでしたが……」
セシリアが、あえて皆に聞こえる様に言った。
「着地後、シャアさんに傷一つ負わせない様転がり込んでカバーしています。よほどの腕ですわよ」
「……オーケー、セシリアの審美眼に疑いはないわ。全力で行くから、いつものよろしく」
「さあ、目に物見せて差し上げましょう」
「い、行きます!」
そう言って、戦いの火蓋が切って落とされた。
「デュノア、今の間に山田先生が使っているISを解説してみせろ」
「あっ、はい。ええと、山田先生が使っているISはデュノア製のラファール・リヴァイヴです。第二世代型の開発では最後期となっていますが……」
織斑先生に何やらシャルルが説明させられていたが、私はすでに空中の戦闘に目を奪われていた。
山田先生は見事に二人の攻撃を捌ききっている。
鈴が言ったいつものとはセシリアが遠距離、鈴が近中距離で攻撃を行うといったスタイルだが、山田先生はそれをものともしない。
何より凄いのは、山田先生の機体の向きだ。
確りとセシリアと鈴がいる方向にぴたりと張り付いて向きを変えない。
セシリアと鈴が二手に分かれた場合は、何方かの方向へ移動し絶対に後ろを見せない。
流石に何発か被弾しシールドエネルギーは減少しているがそれはセシリアと鈴の比ではない。
特に前に出て戦う鈴のシールドエネルギーの減少が早い。もう間もなく撃墜るだろう。
「くう、こなくそ!」
鈴が近距離で衝撃砲を撃ち、セシリアのBT兵器と手持ちのスターライトが逃げ道を塞ぐ。
そこで山田先生は、瞬時加速を後ろにかけた。
近距離の衝撃砲は交差し外れ、BT兵器とスターライトは直線状に流れ消えていく。
「ちょ、マジ!?」
そのまま一斉斉射を食らった鈴君がリタイヤした。
ここからはセシリアと山田先生の一騎打ちだ。シールドエネルギーは山田先生の方が多いとはいえ、そこまで差はない。
セシリアは邪魔になる僚機を失ったことで、BT兵器を山田先生に纏わりつかせる様に展開する。
一斉に火を噴くBT兵器。しかし山田先生はそれを少しスラスターを吹かすだけで回避した。
「BITの制御が素直すぎます。もう少し散らばる様に撃つと良いでしょう」
山田先生はそう言うと、セシリアに近づく。そのまま中距離での撃ち合いに持ち込んだ。
「BITの機動もまだまだですね、私の機動に追いついてない。でもよくやれてると思いますよ?二人とも」
そう言いながら、セシリアを中心にした円状で不規則な機動でセシリアを攪乱する山田先生。勿論射撃は外さない。
「まあスターライトは素のままでは中距離の撃ち合には向いてないですからね」
そう言いながら、急速にセシリアとの間合いを詰める山田先生。そこにセシリアのとっておきが発動する。
「悪いですがBITは六機あって____」
「それは機体特性から知っています。わざわざ近接用の搦め手を用意するというのは、近距離が苦手と言っている様なものです」
「____んなっ!?」
二機のミサイル型BT兵器をくるりとよけ、近距離でショットガンに持ち替え撃ち込む山田先生。
そしていくばくかの時間が経ち、セシリアのシールドエネルギーが切れた。
「まあ、二人ともすごく上達していますよ?」
実際、山田先生がここまで腕が立つ存在だとはわからなかったし、二人もだいぶ持ちこたえていた。
私の場合、如何なるかわからない。超高速戦に持ち込めば勝てるかもしれないが、正確無比な射撃がどれだけ飛んでくるかわからない上そもそも相手がすんなりとやらしてくれるとは思えない。
今の機体ではどうしようもない。やはり、新しい機体が欲しい。それも、嘗ての機体の様に優れたものが。
「と言う訳で、我々IS学園の教師の練度が分かっただろう。今後ともに敬意をもって接するように」
織斑先生の言葉に、拍手で返す生徒たち。あそこまでの練度を見せられては、脱帽する限りだ。
「鳳、オルコット!シールドエネルギーを充填してこい。それが終わったらその二人と織斑、デュノア、アズナブル、ボーデヴィッヒの六人でグループを作り実習を行う。専用機持ちはそれぞれの班長となり手助けする様に。わかったな」
全員が肯定の声を出す。さて、私も頑張らなくてはな。
「ええと、いいですか皆さん。これから訓練機を一班一機取りに来てください。打鉄とリヴァイヴが三機ずつですよ、早い者勝ちですからね!」
私達は、リヴァイヴを使う事にした。特に深い意味はない。
『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。取り敢えず午前中は動かす所までやってくださいね』
山田先生からプライベートチャンネルで指示が来た。まずは乗る事から始めさせよう。
「さあ、此方に来て。何、怖がる事はない」
「は、はい!」
取り敢えず列の先頭にいた子を手招きする。やけに緊張している様子だ。
「あ、あの……訓練機に届かないんだけど」
「おや、それはいけないな。どれ……」
そう言って、私は屈む。
「お手を拝借」
「はわあ……」
そのままお姫様抱っこの様に持ち上げ、訓練機の前まで行く。
「まずは足からだ。ゆっくりでいい、焦らないで」
「ひゃ、ひゃいいぃ……」
そのまま訓練機に生徒をするりと送り込む。
「心配する事は無い。ゆっくりと、歩く所から始めればいい。手を前に出してくれ」
「手を、こう?」
「そうだ、そのまま……」
生徒にはその状態のままでいてもらう。そして私が前に行く。
そして生徒の手を取った。
「よし先ずは右足からだ。一歩ずつ前へ」
「こ、こんな感じかな」
「そんなに緊張する事は無い、いつも歩くようにやればいいんだ。そのまま左足、右足、左足……よし、大分うまくなっているだろう」
「は、はい!」
そうやって、訓練を進めていった所、後ろからガツンと何やらぶつかるものが。
振り返ってみれば、セシリアがBITをこちらにぶつけていた。
そして、セシリアからプライベートチャンネルで言葉が。
『……何かな、セシリア君』
『別に。……随分優しく教えて差し上げるのですね』
『相手はまだ、ISに乗った事のない素人だからな』
そう告げても、セシリアはいら立ちを隠しきれない。
『……わかった。今度つきっきりで日本語の勉強に付き合おう』
『絶対ですからね』
そう言って、セシリアとのプライベートチャンネルを切った。やれやれ、思春期の少女というものは扱いが難しい。
とは言え、この班での訓練は滞りなく行われた。
途中、皆が立たせた状態でISを降り続けるといったアクシデントもあったが、おおむね順調に進んだ。
まあ、こんなものだろう。しかし、教師、という選択肢も悪くない、と私は思った。
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