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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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41:心の死


 ……それでも。
 それでもボクは未だ、完全に人を信じられなくなったわけではなかった。
 そう、違う……違うのだ。
 人は、信じあえる生き物だと、まだ信じているのだ。
 ボクがルビーを、ルビーがボクを受け入れてくれたように、ボクらにも手を差し伸べてくれる人もいることを。

 一縷の望みをかけ、《ルビーの心》を胸に抱きながら、ボクはある場所へと向かった。
 ……鉄球の足枷が付いたかのように、重くなった足を引きずりながら。




「だ、誰かっ……誰か助けてくださいっ……!」

 ボクはアインクラッドでもっとも活気があり人も集まる……現在の最前線の中央街の転移門前で、声を出していた。

「誰か、ボクの《使い魔》を、助けて下さいっ……!」

 《心》アイテムは、三日間経過すると《形見》に変化するが……この変化には何か意味があるのではないか、と当時ではプレイヤー達の間で何かと議論されていた。
 その中でもっとも有力な説……形見に変化するまでの期間は、使い魔が何らかの手段で蘇生できるまでの猶予期間ではないか、という意見が持ち上がっていたのだ。
 現在、その何らかの手段であるクエストが存在するのか、攻略組や攻略熱心なプレイヤー達が調査しているという情報を聞き……この場へと赴いたわけだ。

 ――しかし……この時はまだ、第四十七層《思い出の丘》で、使い魔蘇生用アイテムが手に入る事は誰にも判明されていなかった。
 ――それを知らず、ボクはそれでも、転移門へと向かう強そうなプレイヤー達に声をかける。

 だが、ボクに向けられる目は……同情、哀憫、無視。それらの視線だけで、彼らは気まずそうに何も言わず通り過ぎ、立ち去っていく。その中には、胡散臭さや不気味さの気配も混じっている。……無理も無い。
 今のボクは……目深くフードを被っていたのだから。
 ここでボクの顔が割れるわけにはいかなかった。なにより……ここで彼らに《ルビーの心》を見せる訳にはいかなかった。蘇生させるモンスターがあのミストユニコーンだと知れれば、蘇生させてまた即座に……あの悪夢のような光景が繰り広げられるかもしれないからだ。
 あくまで使い魔を助けたいことだけを言い、純粋に善意でボクを助けてくれる。そんなプレイヤーにだけ……最後に、ルビーのことを打ち明けよう。
 そんな人が、こんな世界にもいることを、ボクは信じる。

 ……そしてボクは、助けを請い続ける。

 初日。
 この日はこのデスゲームが始まって一年が経過しようとしている、二〇二三年の大晦日(おおみそか)だったらしい。どうでもいい。
 ……その為か、この門を通る戦士達は普段よりも目に見えて少なかった。その代わりに、浮ついた雰囲気の能天気なプレイヤーやカップル達が、不思議そうにボクを見ている。
 日が沈むと、背後の最寄宿ではレンガの壁越しに忘年会染みた実に楽しげな喧騒が届いてくる。ボクは、冷たい冬の風が吹き荒れる転移門の傍で、ただ口を開いて白い息を吐いては凍える両手を温め、立ち尽くす。
 そして今日は、一部の人がちらりと目を合わせるだけで、話をしてくれる人は居なかった。

 二日目。
 元旦の早朝、転移門前へ出掛ける前に宿で朝刊を読むと……驚くべき記事が一面にあった。
 その記事はいつにないほど大きく取り上げられ、びっしりと新聞を埋め尽くしている。
 その表紙には……ボクだけを除いた、あのレイドパーティの集合写真が大きく取り上げられていた。全員が満面の笑みと、手にはそれぞれレアアイテムを掲げており……その中央、リーダーの手にはミストユニコーンの蹄と鬣が鷲掴みにされていた。
 それだけではない。
 ……そのタイトルは、彼らのユニコーン討伐の成功を祝ったものではなかった。

 ――《殺人(レッド)を名乗るギルド《ラフィン・コフィン》結成か。 初犯で数十人規模の一ギルドが全員犠牲に》

 というタイトルの記事だった。
 その記事の内訳はこうだ。


 ――昨日、大晦日の午前、あの超レアモンスターである《ミストユニコーン》の討伐に成功した団体が名乗りを上げた(表紙一面)。これでユニコーンの討伐は通算九体目となる。つまり、アインクラッドに現存するユニコーンはこれでついに残り一体のみとなった。
 その団体は後に、ギルドを設立。ミストユニコーンの恩恵を一手に受けた、話題必至の中層小規模ギルドの誕生かと思われた。
 しかし……悲劇は起きた。
 その日の正午から、メンバー全員はギルド設立祝いの為に、フィールドの観光スポットで野外パーティを開いていた。
 そこを《ラフィン・コフィン》と名乗る犯罪者ギルド約三十名が襲い掛かり、メンバー全員が殺害された。
 そのギルド《ラフィン・コフィン》は本日、アイクラッドの主だった情報屋に、結成の告知を送付した。
 告知内容は結成のものだけで、今後の犯行予告などはされていない。
 その初犯から、数十名もの命を一手に奪うという……これは間違いなく、アインクラッド最悪のPKギルドの結成といえるだろう。
 これを読む全てプレイヤーは身の回りの徹底的な安全対策と、そして《攻略組》による極めて早急な対策が望まれている。
 以下は、現状で最善と思われる、PKから身を守る安全対策を特集してある。ぜひ参考にしてほしい。
 ………………
 …………
 ……
 …



「……あははっ」

 ボクは小さく笑っていた。
 自分でも驚くほどに、冷たい笑い声だった。
 ……なにも、憎きあの人達が死んだことに喜んでいるわけではない。
 わけではないと……思う、のだが……。

 だって……滑稽で滑稽で仕方がなかった。
 ――ボクから全てを奪ったヤツらが……その日の内にそいつらも全てを奪われ、挙句、無様に死んだのだから。

 原因の分からぬ可笑しさに、腹と肩が震え、口から哄笑が漏れる。
 気づけば……宿の客やNPCの店主にまで、不気味そうな目をボクに向けていた。
 それでもこの笑いが治まらず……ボクは朝刊をカウンターに置き去りにして、宿を後にした。
 肩を震わせながら、転移門広場への路地を歩き……その途中、思わず人気の無い角を曲がり、しゃがんでその場にうずくまる。
 そして《ルビーの心》をオブジェクト化し、それをぎゅっと胸に抱く。

「っ、うぅっ……」

 いつしか肩の震えは……涙の嗚咽のそれに変わっていた。

「ルビー……会いたいよっ……会いたいよぉっ、ルビーッ……」

 ぼたぼたと涙が零れ、角を濡らしていく。

 ……悲しみは、ルビーを失った昨日から、なにも薄まってはいなかった。


     ◆


 しかし、無情にもタイムリミットは確実に、刻一刻と近づく。

「だれ、か……誰か、た……助け……」

 それからもボクは、ろくに休息も睡眠時間も取らず……
 ふらつきながら、門を通り過ぎていく人達に、とっくに()れてしまった声をかけては手を伸ばしていく。
 ……彼らにとって、先日から微妙な気まずさや不気味さの注目を集めていたボクの姿は……やがて嫌悪のそれに変わっていた。

 舌打ちをしながら、あからさまな無視を決め込み通り過ぎていく人がほとんどになった。
 すれ違いざまに、わざとボクの体を煩わしそうに肩で突き飛ばす人が出て来るようになった。
 要約すると「迷惑」「出て行け」「気味が悪い」などという暴言も吐かれた。
 フードの奥のボクの顔を見抜いた男どもが、ニヤニヤと嫌らしい顔でボクを取り囲み、ボクの話も聞かず……卑しい目で舐める様に見てはしつこく下心のある誘いをかけられる事もあった。その時、誰も助けてはくれなかった。
 終いには、伸ばした手を苛立たしげに、あるいは汚らわしそうに払われた。

「……………」

 人々が通り過ぎていく中、とうとうその場に立ち続ける力すら失せ……その場にドサリと崩れ落ち、顔を伏せた。

 そしてふと、自問する。


 ………………なんだこれは。


 なんだ。この『醜い』世界は。
 これが……ボクの信じてきた『人』達だったのか。
 誰も……いやしないじゃないか。温かい人など。
 これが、人なのか?
 いや違う。
 人は……『これ』だったのか?
 この姿が、人の本質だったのか……?

「…………ひっ……!?」

 ボクは戦慄の如く恐怖した。
 ボクは今、とんでもないことを自問しているのではないか……!?
 違うっ……!
 お父さんは、言ってたじゃないか! 人は信じあえると!
 お母さんが、抱きしめてくれたじゃないか! あの温かさを忘れたのか!?


 ――……なら、今の、ボクの目の前の光景はなんだ?


「ち、ちがっ……だれかっ、たすけっ……」

 ボクは……足元から、真っ暗闇に吸い込まれるかのような、尋常ではない不安に襲われた。

 ――寒い……!


「おねがい……誰かっ……!」


 寒い。苦しい。悲しい。冷たい。冷たいっ……!


 この世に生まれてから……今まで信じてきた、ものが……こ、壊れっ……――


「――だれか助けてぇぇえええっ……!!!!」


 自分を抱きかかえながら叫ぶ。
 その酷く嗄れてしまった、喉を引き裂くような嘆願の声は。


 辺りのプレイヤーが一斉に退き……嫌悪の目を一層集めるだけだった。



 ……………。

 ……………。

 ……………。



 そして。


 ルビーが死んでから、三日目の午前0時。


 真夜中、寝静まって誰も居なくなった、転移門広場の中央。


 その場でずっとうずくまっていたボクの手の中で。


 《ルビーの心》が、微かに残っていた光と温もりが消えるとともに。


 《ルビーの形見》に変わったと同時に――





 ――ボクの《心》も死んだ。

 
 

 
後書き




解説:

・心アイテムの変化のくだりですが、蘇生アイテム・プネウマの花のくだりが判明するのは二〇二四年二月です。
 (正確には、この時期で『最近分かったこと』※原作第二巻のキリト曰く)
 よって、今回の二〇二三年年末にはまだ判明していない、と私は判断しています。
 ……わりとタッチの差ですね。あと少し時期さえずれていればユミルもこんなことには……

・ユミルが最前線の転移門前にて助けを乞うている場面ですが、この時、奇しくもキリト達とは出会えていなかったという設定です。
 彼らも連日狩りにに出掛けているわけではありませんし、年末でしたから。
 アスナも狩りではなくその数日は本部で指揮やデスクワークをしていた……という設定でご勘弁をorz
 ……なかでもキリト君は、つい最近のクリスマスイヴにサチの記録結晶で「ありがとう、さよなら」の一件があったばかりなので、ひどく傷心中だったことでしょうしね……。

・ラフィンコフィン結成のくだりは、原作第五巻のキリトと死銃がはじめて対面したシーンにあります。
 ラフコフ結成時に、野外パーティを楽しんでいた一ギルドを潰した後に結成宣言をした、という描写がありますが、それが実はユミルの所属していたレイドパーティたちだった、という設定です。

 私はこのように限りなく原作を崩さないように、かつ原作に密接に絡めるように気を使っています。今のところ唯一の矛盾があるとすれば、ヒロイン達の面識時期の差がありますけれど; 
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