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ボーイズ・バンド・スクリーム

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第24話 爪研ぎ

 
前書き
皆さま、おつトゲです!今回からベイキャンプ回です!4話構成ですが一つ一つは短くなる予定。それでは、本編をどうぞ! 

 
川崎市、東扇島公園。茹だるような熱気に包まれる中、ロックの祭典が始まろうとしていた。夏のフェス、ベイキャンプである。

「おっ、トゲナシトゲアリ、2日目に変更になってますよ!」

「本当か?2日目のこの時間は運がいいな。追い風、吹いてんじゃねぇか」

ONES CRY OUTの控えブースにて。川崎が誇るソウルフード、ニュータンタンメンを啜りながら健斗が瑞貴に話しかける。

「このクソ暑いのに。しかも朝っぱらからラーメン食うなや」

「何言ってるんですか!暑い時には熱いラーメンに決まってるじゃないですか!」

「頭おかしいやろ…」

「これ食べたらヒナちゃんに会いに行くんですから!力つけとかないと!」

「ライブで力入れろや、アホンダラ。俺らトリやで」

「ふぁ〜い!」

「食うか喋るかどっちかにせえや、ボ健斗」

「パイセン、ディスりのバリエーション豊富っすね!」

「君の相手、疲れるわ」

「それほどでもー!」

「褒めとらへんねん!」

「まあまあ俊哉さん。トゲトゲんとこ行きませんか?金清も来るだろ?」

「僕も行く。桃香さんに謁見できる…恐悦至極」

「別に女王陛下じゃないから。ま、いい女だけど」

「惚れたもんの弱みやな〜」

「それはお互いさまでしょ?」

「行ってらー。俺と健斗はダイダスんとこ行くから。元同級生とも顔合わせとく」

瑞貴、金清、俊哉は昔のダイヤモンドダストのファン。春樹、健斗は今のダイヤモンドダストのファンだ。バンド内のメンバーでも賛否両論があるぐらいだ。ファンの間で好みが分かれるのは自明の理だろう。

「よっ、みんな調子はどうだ?」

「白石さん!」

「おっと…ルパ。久しぶりってほどでもないか」

「はい!」

「じゃあ私は後ろからっ!瑞貴さん、久しぶりっ!」

「うわっと…すばる、元気してたか?」

「も〜、それがさ!聞いてよ!仁菜と桃香さんはよく喧嘩するしっ!酔っ払いの桃香さんの介抱も仁菜のお守りも全部、私の役目でさっ!偉いでしょ〜?頭、撫でて撫でて〜?」

「よしよし…すばるはしっかり者だな。偉いぞ」

「えへへ〜」

トゲナシトゲアリのブースに瑞貴が足を踏み入れると、いきなりルパのハグを受けた。異国育ちだからか人との距離感が近い。すばるにもバックハグされ言われるがままに頭を撫でる。仁菜、智、俊哉、金清はその光景を遠巻きに眺めていた。

「おいっ!白石っ、デレデレすんなっ!」

「うわっ、河原木!」

「…何だよ?照れてるの?」

「当たり前だろっ…!」

「そっ、そっか…ははっ、だよな」

今度は怒った桃香に肩を組まれる瑞貴。彼が照れ臭くなって、そっぽを向くと彼女は嬉しそうな様子だ。桃香はコロコロと機嫌が変わる。女心というのはよく分からない、と瑞貴は益体のないことを考えていた。

「かっ、河原木桃香さんっ!」

「ん?」

「知ってるかもしれないけど…ギターの金清。お前の大ファンだ」

「会えて光栄ですっ…ぼっ、僕はっ…!」

「金清だな?お前のギターで鳥肌立った。私も負けてられないなって。会えて嬉しいよ」

「はいっ…ありがとう、ございますっ!あのっ、ライブ応援してますっ…!」

「ありがとう」

「まだ緊張してるから許してやってくれ」

「うん、私は大丈夫」

女性陣から瑞貴が解放されると金清が桃香に話しかけた。緊張のあまり声が裏返っている。憧れの人に初めて会うファンの反応としては自然だ。むしろ人見知りなのに勇気を振り絞ったと瑞貴は微笑ましい気持ちになる。

「俊哉。この前はシュークリームごちそうさま。凄く美味しかった」

「ほなよかったわ。時間、変わったんやって?君のピアノでダイダスに爪立ててやれ」

「望むところよっ…!」

「へ〜、実物は更にイケメンだね〜?あれっ、智ちゃんと目の色お揃いだね!」

「ちょっと、すばる!?いきなり顔なんか覗き込んで失礼よ!」

智と挨拶を交わす俊哉の前に突然すばるが顔を出す。

「かまへんよ。女顔って珍しいやろうし。ベースの俊哉や。よろしゅう。君がすばるか?どこぞのマヌ健斗と違ってドラム安定してて羨ましいわ」

「はい、安和すばるです!ありがとうございます!よろしくお願いします!ところで俊哉さんって…出身は?」

すばるは俊哉の方言が気になったのだろう。彼女自身は神戸出身だがアクターズスクールに通っており標準語が板についている。

「京都やで」

「うげっ…」

「うげっ、は酷いな。俺のことは大阪の人やと思ったらええわ。何でもハッキリ言うし。京都人みんな腹黒なわけちゃうでー」

「俊哉っ、あのねっ…すばるは安和天童の孫なの!彼女も京都の出身だからっ、ちょっと身構えちゃったんだと思う」

「あっ、解決おばばの事件簿の!再放送見てるでー」

「えっ、俊哉も見てるの?!」

「筋金入りちゃうけど普通におもろいし。俺にとっては地元の人やしな」

目を爛々と輝かせて俊哉の話題に食いつく智。彼女は安和天童の大ファンだそうだ。和気藹々と話しながらトゲトゲとワンクラのメンバーで一通り挨拶を済ませる。

「仁菜。爪痕、残してけ!深いやつを、な?」

「はい!瑞貴さんもっ!絶対、見に行きますからね!」

「ありがとう。他のバンド、ぜんぶ喰ってやるっ…!」

「その息です!」

瑞貴と仁菜は小指を立てながら笑い合う。そのまま踵を返し自身のブースへ戻ろうとしたが服の裾を軽く引っ張られ立ち止まる。振り返ると彼の後ろには桃香が立っていた。

「白石、私には何かないの?」

「河原木。お前のギターで観客を釘づけにしてやれっ!他のバンドなんか気にすんな!あと、またカラオケ一緒に行きたいっていうか…と、とにかくそういうことだからっ!」

「ははっ、ありがとう」

「瑞貴爆ぜろ」「辛いなーモテ男は」「ひゅーひゅー!」「羨ましいですっ!」

2人の空気感に野次馬根性丸出しの他メンバーズが茶々を入れていた。トゲナシトゲアリの“爪研ぎ”は順調なようだ。瑞貴たちは本日のライブのトリなので他のライブを見にいくことにした。

「ヒナちゃん、初めまして!今いいですか?」

「…何?」

ダイヤモンドダストのブースに突撃する健斗と春樹。ボーカルのヒナを見かけるや否や健斗は笑顔で話しかける。ナナ、アイ、リンは不在のようだ。ヒナは素のドライな感じで返事をした。

「あっ、ダイダスのボーカルはキャラ出してる感じ?頑張ってるんだねっ!俺は鳴神健斗!ONES CRY OUTのドラムしてますっ!よろしくー!」

「ダイダスのヒナ。まあ、よろしく」

「素のヒナちゃんも良いね!もちろんダイダスのヒナちゃんも可愛いよ!いつも元気もらってますっ!ありがとう!」

ニカッと歯を見せてヒナに笑いかける健斗。彼のカーゴパンツにはヒナのキーホルダーがぶら下がっている。彼女はそれを一瞬見てから直ぐにそっぽを向く。

「っ…ふん。口では何とでも言えるわよ」

ダイダスは桃香の脱退後、ボーカルがヒナに変わった。売れる方向に舵を切ったダイダスは企画先行のバンドになり下がったとネットで叩かれている。ヒナは健斗の真っ直ぐな言葉を素直に受け止められずにいた。

「まあ落ち着けって。俺は工藤春樹。河原木桃香の同級生だ。ナナもアイもリンも知ってる」

「どうせあなたたちも向こうのファンなんでしょ?」

「だったらダイダスのブースには来ないって。瑞貴たちはトゲトゲのほう言ったよ」

「白石瑞貴さんですか?大介さんの孫ですよね。あの人のほうが、まだ私たちのこと理解してくれそうですけど」

「あのね、ヒナちゃん!色々思うところはあるかもしれないけど。春樹さんも俺も今のダイダスが好きで、ここにいる!もちろんオリジナルが嫌いってわけじゃないよ!桃香さんが作った歌があったから今のダイダスがあるわけだし。でもやっぱりヒナちゃんの歌が好きなんだっ!」

「何なのよ、あなた…」

「ヒナちゃんのファンだよっ!ダイダスのボーカルでいてくれて、本当にありがとうっ!ライブ楽しみにしてるからね!」

真っ直ぐで、せからしくて、まるで仁菜みたいな。仁菜とヒナは昔、高校の友達だった。虐められていたクラスメイトを仁菜が助けたことで今度は彼女自身が虐められることになってしまい、彼女とは絶好した。なぜ今、仁菜のことが思い浮かんだのか分からない。健斗の八重歯のせいだろうか。ヒナは胸のざわつきを感じた。この感情は一体、何だ。

「ヒナちゃん!もし良かったら、サインくれない?」

「…はい」

健斗は屈託のない笑顔でヒナのブロマイドを差し出した。スリーブに入っており大切に扱われているようだ。ヒナはブロマイドの裏側に「バカは見る」とメッセージを書き、あっかんべーをしているイラストを添えて健斗に突き返した。

「ちょっと!ヒナちゃんも俺をバカ呼ばわりするの!?ひどいよ!でもイラスト可愛い…絵心あるんだね!家宝にするねっ!ありがとうー!」

「…ほんと、バカじゃねーの」

「あっ!ヒナちゃん、ちょっと笑った!可愛いー!」

「用は済んだんでしょ?早くブースに戻ったら?」

「そういう言い方はないんじゃない?」

声のしたブースの振り返ると入り口にはダイヤモンドダストのメンバーであるナナ、アイ、リンの姿があった。

「ナナさん…」

「ナナ、アイ、リン!久しぶりだな!」

「工藤!髪、短くなってる!似合うね。何?彼女に振られた?」

「いや、振られてねーから。瑞貴がライブ見に行くから3人によろしくって」

「高校随一だったイケメンさんは顔出さないわけね。同級生のよしみで見に来られても複雑なんだけど」

「まあゾッコンだしなあ」

「確かにモモは可愛いけどさー。やっぱり複雑。今からでも乗り換えさせようかな?誘惑とか?」

「こらこら」

同級生と再開し軽口を叩き合う春樹。ナナに嗜められたヒナは健斗のほうを睨みながらも見ていた。挨拶もそこそこに2人は瑞貴たちと合流するべくダイダスのブースから出ることにした。

「ヒナちゃん、またね!ライブ見に行くからね!」

「はいはい…暇だったら、あんたたちのライブも見に行ってあげる」

「ありがとう!マジで愛してる〜♪」

「調子に乗るなっ!」

ヒナの手を取る健斗。彼女は心底嫌そうに、その手を振り払っていた。ヒナにアンニュイな感じで来られても怯まず話しかける健斗に春樹はある種の尊敬の念を抱いた。フェスで爪痕を残すため、それぞれのバンドが爪研ぎをしている。炎天下の中、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。 
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