スーパーヒーロー戦記
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第17話 時の庭園
「何! 魔導師を取り逃がしたじゃと!」
「も、申し訳ありません、Dr.ヘル! 折角Dr.ヘルより賜った飛行型機械獣軍団を用いたと言うのにこの失態、全てはこの私の油断による物なんです!」
Dr.ヘルの前でブロッケン伯爵は深く頭を下げて謝罪していた。折角捕らえた魔導師を逃がしてしまい、あまつさえもう一人の魔導師を追い詰めたのだが其処で転移されてしまい結局逃げられてしまったのだ。
「まぁ良い、別に焦る必要もなかろう。それよりも今は空飛ぶ機械獣軍団の完成を急ぐのじゃ! 当面の目的は我等が宿敵マジンガーZじゃ!」
「はっ! 必ずやマジンガーZを血祭りにあげ、同様に仮面ライダーやウルトラマン等も全て我等機械獣の手により葬ってみせましょう!」
「大した自信よ、その自信が今のワシには頼もしい限りよ」
一転して高笑いをするDr.ヘル。その背後にはたった今完成したばかりの飛行型機械獣の大軍団が備えられていた。これらが一斉に日本に責めてきたら恐らくとんでもない事になる。
それは明白な事実でもあった。
そして、その日は確実に迫りつつあると言う事だけは理解出来た。
***
一瞬眩しい閃光が視界を塞いだ。その間、なのははギュッと目を瞑ったまま状況が理解出来ないままであった。そうしている間にも、転移とやらが終わったらしく、目の痛みは治まった。なのははゆっくりと目蓋を開く。
其処に映ったのは何処と無く不気味な風貌を漂わせた一面の壁と巨大な二枚の扉であった。大きさからして成人男性の約2~3倍はある。
それ程までに巨大な扉がなのは達の前に盛大に佇んでいた。その扉だけでもド迫力なのにそれ以外の場所もかなりの迫力を誇っていた。
何よりも驚かされたのは窓の外から見える風景だった。
其処には見慣れた空も無ければ海も大地もない。有るのは無数に過ぎ去っていく輝く点と異様な色をしたオーロラの様な景色だけだった。
普通に見ればそれはうっとりする程美しい光景なのだろうが、今のなのはにはそれがとても美しいとは思えなかった。
それどころか、何処か不気味にすら感じられた。まるで、自分は此処に居てはいけない。そう思わせるかの用に―――
「此処は…何処なの?」
掠れた声で、それでも必死の思いで放った言葉がそれであった。その言葉を聞き、前に居たフェイトはゆっくりと振り返る。そして、とても申し訳なさそうな顔をしながらボソリと一言呟いた。
「時の庭園……私達はそう呼んでる場所」
「時の……庭園」
なのはは呟いた。それが何を意味しているのかさっぱり理解出来ない。そもそも何故この様な場所へ来てしまったのだろうか。あの時フェイトが助けに来てくれてバードス島を脱出出来たまでは良かった。だが、その後追撃部隊としてやってきたのは大空を飛び回る機械獣軍団の姿であった。
信じられなかった。今まで機械獣は大地を主としていたのだ。それが何時しか大空を自在に飛びまわれるようになっていた。もし、あれだけの機械獣が日本に攻め入ったならば、最悪の光景が目の当たりになるだろう。
それを考えるとなのはは背筋の凍る思いがした。思わず身震いしてしまう。
「ほら、ぼうっとしてないで歩く歩く」
そんななのはの背中をアルフは叩いた。本人からすればそれは「急げ」と急かす為に行った行為なのだろうが、今のなのはにとっては緊張を解す良いきっかけとなってくれた。
そうして、フェイトの後に続きなのはは時の庭園と呼ばれる建造物の中を歩いた。
見れば見るほど不思議な佇まいだった。何処と無く西洋を思わせる作りはしてあるが、決して古臭くはない。しかも、作られ方に違和感を感じられた。まるで、人の手で作られたのではない作りをしていたのだ。
それが何を意味しているのかはなのはには分からない。只、そう思えたのだ。
っと、突如目の前のフェイトが足を止めた。何かと思いながら見ているとくるりとフェイトは振り返りなのはを見る。
「此処で待ってて。母さんと話をしてくるから」
「う、うん!」
なのはは強く頷いた。その後、後ろから現れたアルフに「うろちょろするんじゃないよ」と釘を刺されたのもその時だ。
うろちょろしようにもなのははこの建築物の地理が全く無い。それにこれだけ広いとなると確実に迷子になる。そうなれば下手すると本当に甲児達の元へ帰れなくなってしまう危険性がある。
此処は下手に動かずじっとしている方が良さそうだ。だが、だからと言って「はい、分かりました」と素直に従えるかと言われればそれは無理と言える。こんな不気味な建物の中一人で取り残された時、幼いなのはの心の中に芽生えるのは異様な恐怖感だった。
見慣れない風景や建物。その中で一人ぼっちとなり、背後からは自分を狙って牙を尖らせる異形が息を殺してチャンスを伺っている。
ドラマの見過ぎとも思われるだろうが、実際この年齢ならば確実に持つであろう恐怖心だ。現になのはは一度恐ろしい目にあった。その後で此処で待ってろと言われて果たして待ってられるだろうか。
嫌、待てなかった。怖かったのだ。一人でこんな所に居ると言う恐怖心に勝てなかったのだ。
すると、なのはの足は自分の意思とは関係なくフェイト達の歩いていった方へと進んでいた。
頭の中では「進んじゃ駄目!」「止まって! 止まってよ足!」と念じているものの、体は全く意に反して動いている。似た様な風景がどんどん前から現れては後ろへと消えていく。そんな光景が幾回も続いた後、見えてきたのは先ほど入ったのと同じ巨大な二枚扉であった。
相変わらずデカイ。やはり扉だけでもその存在感は大きかった。思わず目が飛び出しそうになるのをグッと堪えながら扉を見た。
ふと、扉の隅で蹲っている何かを見つけた。それは、ついさっき自分の背中を押し叩いてくれたアルフと言う女性だ。あの時はあれだけ芯の強そうな女性であったのに、今目の前に映っているのはまるで子が親を恐れているように蹲り、耳を押さえて震えていた。
「アルフ…さん?」
「あ、あんた…なんだって此処に!?」
なのはの声を聞き、アルフは震える目蓋を持ち上げてなのはを見た。何故此処に来たか? その疑問を問い正すよりも前に扉の奥から何かが聞こえてきた。
それは、何かを叩く音であった。とても生々しく、痛々しい。恐らく柔らかいもの、言うなれば人の体などを何か撓る物で叩く様な嫌な音だった。
そして、もう一つ聞こえてきたのは苦痛の叫びであった。痛みを堪えようとしているが、それでも痛さに負けて声が出てしまっている。
そんな感じの声だった。そして、その声の主をなのはは聞き覚えがあった。
「この声…フェイトちゃん!」
そう、その声の主は紛れもなくフェイトであった。そのフェイトが扉の奥で何者かに叩かれて悲痛の声を上げている。一体何故? 何故フェイトがそんな声をあげねばならないのか? 何故、アルフは助けに行かずその場で蹲っているのか? 全ての疑問を解き明かす為、なのはは重い二枚扉のノブに手を掛けた。
「ば、馬鹿! 行っちゃ駄目だって!」
「だって、フェイトちゃんあんなに苦しんでるんですよ! 黙ってみてられません!」
アルフの制止を振り切り、なのはは思い切り扉を開いた。その奥で映し出された光景は目を見張る光景であった。
其処にあったのは両手を鎖で繋がれ、宙吊り状態となり、ボロボロになったフェイトと、撓る物を持ちフェイトをたたき続ける女性の姿があった。
女性は紫の長髪で同じ色の口紅を使い、胸がはだけた上着と丈の長いスカートの組み合わせの服装をしていた。その女性が今、フェイトを叩き続けていたのだ。
なのはは一瞬その光景に飲み込まれそうになったが、やがて自然に体が動いた。
「止めてぇぇ!」
声を張り上げ、脇目も振らずまっすぐに走り、そして撓る物がフェイトに襲い来る方向に背中を向けて立ち塞がった。
乾いた音が響いた。それと同時に背中に強烈な痛みが走った。撓る物で叩かれた為に皮膚が赤くなり内部にまで痛みが信号として伝わってきたのだ。
余りの痛さに背中から感じた痛みが背骨を通り越して胸部にまで突き抜けていった。
痛さに膝が折れそうになったが、それでもなのはは歯を食いしばり立った。
「な…なのは…」
体中鞭で打たれ続け、意識も朦朧とした状態の中、自分を庇ってくれたなのはを見たフェイトは掠れた声でありながらも彼女の名を言った。そんなフェイトの前でなのはは痛みに耐えて歯を食いしばりながらも必死に立っていた。9歳位の幼い子供であればその痛みに耐えかねて泣き叫ぶだろう痛みなのに彼女は必死に耐えていたのだ。
目を潤ませて唇を噛み締めながらも彼女は必死に耐えていた。
「急に出て来て…貴方、一体誰なの?」
そんななのはをさも不満そうに女性は見ていた。どうやら自分の行っていたのを邪魔されて相当腹を立てているのだろう。不機嫌な顔をしているのが一目瞭然であった。
なのははそんな不機嫌そうな顔をする女性の方を向き、毅然とした面持ちで女性の目を見ながら話した。
「どうして…どうしてこんな事するんですか?」
「貴方には関係のない事だわ」
なのはの問いに女性は突っ返すように言い放った。お前に言う義理などない。そう目でも訴えてる。それでもなのはは聞きたかった。何故彼女にこんな酷い仕打ちをするのか? それを聞きたかったのだ。
「関係なくありません! 教えて下さい! どうしてこんな酷い事をするんですか?」
キッと女性を睨むように見上げてなのはが問うた。それには流石に女性も応えなければならないのかと思ったのか。それとも単なる気まぐれなのかはこの時は分からない。しかしながらも、女性は溜息混じりになのはに応えた。
「私は、其処に居るフェイトにジュエルシードを全部集めるように言ったのよ。だけど、フェイトはこれだけ時間を掛けたと言うのに集めてきたのはたったのこれだけ…出来が悪いにも程があるわ! だから躾をしただけの事よ」
それだけ? たったそれだけの為にこんな酷い仕打ちをすると言うのか?
なのはは信じられなかった。彼女はまだ自分と同じ位の年の幼い少女なのだ。その少女にあの広大な世界に散らばった小さな宝石を集めろと命令したのだ。
しかも、これは只の宝石じゃない。下手をしたら命に関わる危険な代物なのだ。その代物が女性の手の上には3つ持たれていた。それでも女性は不満なのだろう。だからフェイトに躾と称して鞭を打ったと言うのだろう。そんな事を認められる訳がなかった。
「酷い! 酷過ぎます! フェイトちゃんは一生懸命頑張って集めたんですよ! なのにこんな酷い仕打ちなんてあんまりですよ!」
「他人が人の家の事に首を突っ込まないで頂戴! 貴方には関係のない事よ!」
「あります! 私は…私はフェイトちゃんに何度も助けられたんです! だから、だからもうフェイトちゃんを傷つけるのは止めて下さい!」
今だにフェイトを守るように女性の前に立つなのは。その言葉には強い意思を感じられた。決して上辺だけで言っている舌先三寸の言葉ではない事は確かだ。
しかし、それでも女性は聞く耳など持ってはいなかった。
「駄目よ、どんな理由があろうとこの子は言いつけを破った。悪い子にはお仕置が必要なの」
「だったら……」
なのはは何を思ったのか、首にぶら下げていたレイジングハートを手に持つ。
そして、小さな声でレイジングハートに語りかけた。
「レイジングハート…今持ってるジュエルシード、全部出して」
【いけませんマスター。そんな事をすれば大変な事態になります】
「お願い! フェイトちゃんを助けたいの! だから出して!」
【……】
なのはの強い要求に折れたのか、レイジングハートから5つのジュエルシードが姿を現した。なのははそれを女性に差し出した。女性の手には合わせて8つのジュエルシードが揃った事になる。
「私の持ってるのを全部あげました。だから…だからフェイトちゃんを許して下さい! お願いします」
なのはは必死になって願い出た。その姿をフェイトはずっと見ていた。何故其処まで出来るのだろうか。必死になって集めたジュエルシードをわざわざ自分の為に差し出すなんて何故平然と出来るのか。
この時のフェイトには理解出来そうになかった。
「…フェイト、つくづく貴方には失望したわ」
許して貰えると思ったなのはの耳に入ってきたのは思いもしない言葉であった。見れば女性は更に険悪そうな顔をしてフェイトを睨んでいた。
「これだけ時間を掛けて3つしか集められなかったと言うのに、こんな子供に5つも奪われていたなんて…貴方は本当にどうしようもない出来損ないよ! 一度徹底的に躾をしないと駄目の様ね!」
そう言い、女性は鞭を持っていた手を大きく振り上げた。長い鞭を撓らせて威力を高め、女性の腕の力に従い鞭がフェイトに迫ってきた。フェイトは覚悟を決めて歯を食いしばり、目を閉じた。
「駄目ぇ!」
だが、またしてもその一撃はフェイトには届かなかった。またしてもなのはが壁となってフェイトを庇ったのだ。その様に女性の険悪そうな表情は更に悪化した。
「其処を退きなさい! でないと、子供と言えども容赦しないわよ!」
「もう止めて下さい! フェイトちゃんをこれ以上傷つけないで!」
「口で言っても駄目みたいね……それじゃ望み通りにしてあげるわ!」
女性が狙いをなのはに絞り更に激しく鞭を撓らせた。唸りを上げて迫り来る鞭がなのはの背中に叩きつけられる。その度になのはの体は大きく仰け反り、顔からは苦痛の表情が浮かび上がり、口からは悲痛の声が上がった。
その光景を見ていたフェイトは居たたまれなくなってきた。自分の為に彼女が此処まで苦しんでいる。本来なら自分が受ければ良い罰を彼女が変わりに受けている。それがフェイトには溜まらなく辛かったのだ。
「もう良い。もう良いから! もう私から離れて! これ以上私を庇わないで!」
「い…嫌だ…よ……だって、フェイトちゃん……私の事助けてくれたもん……だから、だから今度は……私がフェイトちゃんを守る!」
途切れ途切れながらも必死の想いをフェイトに打ち明けたなのは。その間も女性から放たれる鞭が途切れる事はなかった。既になのはの衣服は背中から破れており、其処から見える素肌は鞭の影響を受けて赤く変色し、痛々しさが増していた。それでも、なのはは必死に立ち塞がった。
命の恩人でもあるフェイトを守る為に、自身を壁にしてフェイトを必死に守っていたのだ。
だが、それも遂に限界が訪れた。どれだけ打った後か、とにかくその鞭の一撃を受けた後、なのはは糸の切れた人形の様に力なくその場に倒れてしまった。
幼い体で必死に耐え続けたが、それが限界であった。
一方で、ひたすら打ち続けていた女性も疲弊しており、肩で息をし、あちこちから汗が滲み出ていた。
「もう良いわ。この子に免じて今回は許してあげるわ」
女性はそう言い、フェイトの拘束を解除した。両手の拘束が外れ、自由になったフェイトは、まず最初に自分を庇ってくれたなのはに寄り添う。
なのはの背中の傷はとても酷かった。ひたすら打ち続けられた結果なのか、鞭の跡が痛々しく残っており、場所によっては内出血したのか血が滲み出てる箇所もあった。
「なのは……御免ね。私の為に……こんな痛い思いさせて……」
気を失ったなのはを抱き寄せて、フェイトは泣きじゃくった。自分の為にボロボロになった彼女を見て、とても辛い思いがしたのだ。
「フェイト、貴方に泣いてる時間は無いわ。すぐに残りのジュエルシードを探して来なさい!」
「は、はい…母さん」
「それから……もう二度と部外者をこの時の庭園に入れるんじゃありません。次入れたら……容赦はしないわよ」
「はい……」
不可抗力とは言えなのはを時の庭園に入れてしまった事を女性は酷く怒っていたのだ。もう二度と彼女を此処に連れてくることは出来ない。そう釘を刺された。
フェイトは黙って従いなのはを抱え上げようとする。が、そんなフェイトに女性は平手打ちを放った。
「そんな子に構ってるんじゃない! 貴方は只ジュエルシードを集めてくれば良いのよ!」
「でも、この子の手当てしないと……酷い怪我だし……」
「その必要はないわ!」
女性は言い放った後、開いていた方の指を鳴らす。すると何もない場所から鎧甲冑を思わせる姿をした者が二体姿を現した。
鎧甲冑は倒れたなのはを抱え上げると女性の前に跪いた。
「その子を地下の牢獄に入れておきなさい。このまま下界に戻しても私達の邪魔になるだけ! だったら二度と出られないようにしておく方が良いわ」
「そんな、母さん!」
「黙りなさい!」
抗議しようとしたフェイトに向い女性は更に強く鞭を当てた。鞭はフェイトの右頬に当たり、フェイトを押し倒した。痛みの余り立ち上がれなくなったフェイトの前で、なのはを抱えた鎧甲冑達は地面へと沈み、遂には姿を消してしまった。
抱えていたなのはと共に……
「これでもう邪魔者は消えたわ。何をボウッとしてるの! 早くジュエルシードを集めて来なさい! もう邪魔が入らないのだから今度は全部集めてくるのよ!」
「は…はい……母さん」
俯きながらフェイトは頷いた。その時のフェイトの目には大粒の涙が零れ落ちていた。
だが、それを女性に見られないように必死に隠しながらフェイトは部屋を後にして出て行った。
部屋を出た所にはアルフが蹲り、同じように涙を流していた。
「アルフ…」
「あの女…酷い女だよ…フェイトをあんなに庇ってくれたあの子にあんな酷い仕打ちするなんてさぁ……」
アルフは肩を震わせて泣いていた。先の一部始終を見ていたのだ。自分は行く事が出来なかったのをなのはは身を挺してまでフェイトを庇ってくれた。
自分は何が出来ただろうか。使い魔である以上主には逆らえない。それが凄く悔しかった。
なのははそんなアルフの代わりにフェイトを庇ってくれた様な物だったのだ。だが、その結果はあれである。
時の庭園の地下牢獄で一生を過ごす。もうあそこに入ってしまえば二度と出られない。
それが彼女の運命だったのだ。
「アルフ……また、無理聞いて貰って良い?」
「あぁ、良いよ…何をすれば良いんだい?」
通路を歩きながら、フェイトはアルフの耳に小声で囁いた。そして、それを聞いたアルフの目が今まで以上に眩しく輝いたのは言うまでも無かった。
***
時の庭園の地下牢獄は丸い球体型の牢獄であった。壁一面が魔力結界で覆われており、その中では一切の魔法が使えない。その為閉じ込められたが最後、その結界を解かない限り牢獄からは出られないのだ。
その牢獄の中になのはは閉じ込められていた。
先ほどの痛みがまだ残っているのか、まだ立ち上がれないで居る。床に横たわったまま動けずに居たのだ。
それでも、意識は取り戻したのか徐々に目蓋を開いた。
「レイジング…ハート……私…」
【マスター、ご無理をなさらないで下さい。今の貴方はまともに動ける状態じゃないのです】
なのはの目の前に転がっていたレイジングハートが冷静にそう告げた。相変わらず機械的な音声だがなのはの身を案じてくれているのだ。意識がハッキリしてきたなのはが次に感じたのは背中の激しい痛みだった。つい先ほどまで鞭で打たれ続けていたその痛みが今頃になって痛み出したのだ。
余りの痛みになのはは誰も居ないのを良い事に声を出して泣いた。
目から大粒の涙を流して泣いた。レイジングハートは黙ってそれを見ていた。如何に魔力を持ち幾多の闘いを経験してきたと言っても、なのははまだ9歳の幼い少女なのだ。そんな少女がこんな経験をして平然としていられる訳がないのだ。泣きたくなっても当然と言える。
やがて、泣き終えたなのはは涙を拭い痛みを堪えて立ち上がった。未だに足取りが重く、フラつく体ではあるがそれでもどうにか二本の足で立ち上がったのだ。
「レイジングハート…起動出来る?」
【申し訳ありません。先ほどDr.ヘルの尋問の際に高圧電流を流されてしまい機能の殆どがショートしてしまっています。今貴方にバリアジャケットを纏わす事は出来ません】
「そっかぁ……」
ガクリとなのはは項垂れた。バリアジャケットが纏えない。それは即ち此処から出られないと言う事になる。だが、纏えたとしてもどの道今のなのはの体力では破るのは到底無理であった。
「私、ずっとこの中に居なきゃならないのかなぁ…」
出られないと知ると、なのはは牢獄の隅で蹲り顔を埋めた。
寂しさ、孤独感、恐怖感、痛み、苦しみ、あらゆる負の感情が一斉になのはに襲い掛かってくる感覚であった。その負の感情に今なのはは押し潰されようとしていたのだ。
皆に会いたい。その思いが強くなのはの中にあった。だが、それは敵わぬ願いだった。
此処は何処とも知れぬ時の庭園。そして自分は牢獄の中に閉じ込められている。そして、今の自分は何の力も持たない只の子供。
絶望するには充分過ぎる内容であった。
だが、そんな時、牢獄に誰かが入ってくる音がした。足音は徐々にこちらに近づいてくる。初めは暗くて見えなかったが、近づくにつれてその顔はハッキリと見えるようになった。
やってきたのはアルフだった。
「ア…アルフさん」
「有難うよ。家のご主人様を助けてくれてさ……今出してやるからさ」
そう言い、アルフは目の前の装置を操作し、なのはを閉じ込めていた牢獄の結界を解除した。音を立てて周囲の結界が消えていく。
晴れて自由の身となったなのははゆっくりと立ち上がり、牢獄から歩み出る。
すると、そんななのはをアルフは強く抱き締めたのだ。
「アルフさん? 一体どうしたんですか?」
「有難うよ。フェイトを守ってくれて…本当に有難う。あんた…良い子なんだねぇ」
見ればアルフは大粒の涙を流していた。彼女にとってフェイトはとても大切な存在なのだろう。そのフェイトを身を挺して守ってくれたなのはにアルフは感謝の気持ちで一杯だったようだ。
やがて、なのはから離れると、今度はその手を握って牢獄から出た。
「フェイトが言ってたんだ。あんたを下界に戻してくれって。だから、あたしが連れてってやるよ」
「フェイトちゃんが? あの、フェイトちゃんは大丈夫ですか?」
「あぁ、あんたのお陰で元気だよ。それから…あんたに言伝を頼まれてたんだ……【有難う】って」
「あ……うん!」
なのはは嬉しかった。初めてフェイトからお礼の言葉を聴けたのだ。それは今のなのはにとっては何よりも嬉しい言葉であった。だが、その突如であった。
通路を走っていたなのはの足元が突如無くなってしまったのだ。
「え?」
「なっ!」
それは意図的な仕業であった。なのはの足元だけを無くし、彼女を時の庭園から落としてしまったのだ。
なのはの下に広がっている空間。それは虚数空間と言い、その空間の中ではあらゆる魔法が使用不可となってしまう。当然飛行する事も出来ない。
まして、今のなのはは魔法すら使う事が出来ない。その為どの道落ちる以外に道はなかった。
「な、なのはぁ!」
必死になのはに向かい手を伸ばすも、時既に遅し、互いの手は微かに触れ合っただけで終わり、そのままなのはは虚数空間の底へと真っ逆さまに落ちていった。
アルフの耳から聞こえてきたのは小さくなって行くなのはの叫びだった。そして見えていたのは徐々に姿を消していくなのはの姿であった。やがて、完全にその姿が見えなくなり、その声が聞こえなくなった所で、床は元に戻り、何事も無かったかの様な佇まいとなった。
「あ……あぁ……く、くそぉぉぉぉ!」
アルフは現れた床に拳を叩き付けた。こんな事をする奴は一人しか居ない。アルフは天を睨み大声で叫んだ。
「ふざけんなぁぁぁ! プレシアぁぁぁぁぁ!」
アルフが涙を流して叫ぶ。だが、幾ら泣こうが、幾ら叫ぼうが、其処になのはは居らず、全てが空しく過ぎ去っていくだけなのであった。
つづく
後書き
次回予告
少女は知る。
己の中に宿る力と己に課せられた運命を。
次回「帰還」
お楽しみに
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