コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十章―見極めるべきもの―#2
魔石のことは一旦、頭の隅に追いやり、今はノルンのことに意識を集中する。
「ノルン、【案内】の“核”は皆、同じなの?」
「はい。私たちは“量産品”ですから」
ノルンは、少し寂し気な声音で答えた。
私は、何となくノルンの頭を撫でながら───どうすべきか考える。
やっぱり、アルデルファルムのときと同じやり方でいくしかないかな。
「【潜在記憶】検索───【抽出】」
私は、先程分析させてもらった、ジグに付与された【案内】の“核”を【抽出】する。
「新規の【立体図】を作製開始」
私が告げると、瞼を閉じたノルンの身体が俄かに発光し───いつものように、ノルンの声が頭に響いた。
了解───新規の【立体図】を作製開始します───完了
「作製した【立体図】を投影」
了解───正面に【立体図】を投影します…
正面に、分析した“核”───立体的な魔術式の複製図が現れる。
私は、今のノルンの声を辿って、ノルンの“核”の位置を捕捉した。
「【同期】」
魔術式が光を発すると同時に、私の中にあるノルンの“核”と【立体図】が連動したのを感じ───私は、ベルトの背中部分に括り付けてある小刀の一つを手に取る。
そして───【心眼】を発動させ、目的の“禁止事項”に小刀の刃を当てた。
ノルンの様子も窺いながら、慎重に“禁止事項”を削り取っていく。“禁止事項”を削り終えたとき、核である魔術式が光を放ち、削られた隙間を埋めるように───歪になった形を整えるように蠢いて、再び球体を成す。
すると───ノルンの身体からも光が迸った。すぐに光は収まり、ノルンが閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。
「…ノルン」
上手くいったとは思うけど、ノルンに悪影響がないか心配になり────呼びかける声が少し不安気になってしまった。
ノルンの表情が、喜びに綻ぶ。
「ああ…、これで────規定に縛られず、自由に動けます。ありがとうございます、主リゼラ!」
ノルンは、名前をもらったときのように───喜びが溢れた弾んだ声音で続ける。
「これで───もっとお二人のお役に立てます!主リゼラが何か創るときも、これで───もっと色々サポートできます…!」
全身で喜ぶノルンに、私も嬉しくなって笑みを零す。
「これからもよろしくね───ノルン」
「はい…!」
「それじゃ───次は、ノルンが森の外でも実体を持てるようにしなきゃね」
「はい!」
これは、どうすればいいかな…。
昨日、ノルンに提案した通りに“端末”を創るべきか、“魔導機構”を創るべきか───それとも、それ以外に何かいい方法がないか調べてみるべきか。
「ねえ、ヴァイス。貴方たち精霊獣は、どうやって実体をとっているの?」
ネロ以外のすべての精霊獣と【契約】した際に知ったのだけど───精霊獣は、通常の獣とは違い、生殖によって増えるわけではないらしい。
何と、すべての精霊獣は、精霊樹から生まれ落ちるとのことだ。
よって───同じような姿をしていても別に親子というわけではなく、どんなに姿がかけはなれていても、すべての精霊獣は兄弟姉妹なのだそうだ。
「我にもよく解らないが────我らは魂魄に刻み込まれた情報を元にして姿を成しているのだと、アルデルファルム様は仰っていた」
それは、どういうことなのか────アルデルファルムに直接、訊いた方がいいかもしれない。
◇◇◇
<<<よく来てくれましたね、リゼラ、ジグ。ノルン───リゼラが来てくれて良かったですね。それにしても───リゼラは相変わらず、重そうですね>>>
精霊樹の下に蹲っているアルデルファルムの許へ皆で赴くと、アルデルファルムが嬉しそうに迎えてくれてから───ちょっと呆れたように言葉を付け足す。
私は、例によって、両肩や頭に精霊獣を載せた状態だ。
今日は、ヴァイスだけでなく、他の狼型の子や豹に似た子も何頭かついてきていた。何故か、“クマノミ”みたいな子たちまでが傍に群がっている。
どうやら皆私を好いてくれているみたいで、それは嬉しいんだけど───何だろう、この状態…。
「こんにちは、アルデルファルム。今日は、訊きたいことがあるんです」
私は、ノルンが今どういう存在なのかと────彼女に今のような仮の姿ではなく実体を与えたいことを、アルデルファルムに打ち明ける。
<<<なるほど…。───それでは、エルフや精霊獣について、より詳しくお話ししましょう>>>
私は、両肩や頭に載る精霊獣たちを落とさないように、そうっと地面に座る。すかさず、ヴァイスや他の狼型、豹型の子たちが、傍らに伏せて私の膝に頭を載せた。
もふもふハーレムは嬉しいけど───何だか埋もれてしまいそうだ…。
お魚さんたち───髪の毛先をはむはむするのは止めてください…。
後ろに控えているジグの妙な沈黙と視線も気になる…。
ノルンが負けじと私の隣に陣取り、私の腕にしがみついた。
「ええと…、では───お願いします、アルデルファルム」
<<<精霊は魂魄に魔素を融合させた存在で───エルフも精霊獣も、精霊が肉体を持った存在だということはお話ししたと思います。より詳しく言うなら、人間の肉体に精霊が宿って生まれたのが原初エルフで───最初は少数だった彼らが繁殖した結果、生まれたのがエルフという存在です。
ですが、精霊獣は肉体を持った過程がまったく違います。精霊獣は───精霊樹から生まれ落ちます。精霊獣は魂魄の状態で生まれ落ち、魂魄の“潜在記憶”に蓄積された───かつての姿を元にして、魂魄に大量に含まれた魔素を使って今の姿を成しているのです>>>
「“潜在記憶”に蓄積された姿────ヴァイスやこの子たちは…、元は普通の動物だった、ということですか?」
<<<そうです。かつて───この森で生きていた獣たちの魂魄が、死した後、精霊樹へと取り込まれ、同じく取り込まれた魔素と融合し、再び生まれ落ちた存在なのです>>>
「それなら…、今のノルンは、エルフよりも精霊獣に近い存在────ということですね」
ノルンは、精霊樹から流れ込む豊富な魔素を使って、私という存在の情報を元に実体をとっている。
「ノルンに大量の魔素───魔力を与えれば…、この子たちのように───この森の外でも実体を保てますか?」
<<<ええ。保つことができるでしょう>>>
「そうですか…。私がノルンに魔力を与えるとして────実体を保てるようになるのに、私の固有魔力量だけで足りますか?」
<<<…ノルンが精霊獣のような存在になるのは、リゼラの固有魔力量では、少し足りないでしょう>>>
「少し───ですか…」
少し足りないということは────共有魔力を使わせてもらえば、できるということだ。
ただ────心配をかけてしまうことになるかもしれない。レド様に説明してから、実行に移した方がいいかな…。
「…アルデルファルム、訊いてもよろしいですか?リゼラ様の固有魔力では少しだけ足りないということは───ルガレド様の固有魔力なら足りるということでしょうか?」
珍しいことに───不意にジグが口を挟んだ。
<<<ええ、ルガレドの固有魔力量なら、足りるでしょう>>>
「ありがとうございます、アルデルファルム」
ジグは答えてくれたアルデルファルムにお礼を言うと────私に向き直って、再び口を開いた。
「リゼラ様、この件はルガレド様に任せてみてはいかがでしょう?ノルンは、ルガレド様とリゼラ様の精霊なのでしょう?リゼラ様が無理をしてまで、一人で抱え込む必要はないと思います」
「でも────レド様にもやることがありますし…」
「いや、どう見ても────ルガレド様よりも、リゼラ様の方がやることを抱えています。一つくらいルガレド様にお任せしてもいいんじゃないですか?リゼラ様が倒れてまで抱え込むより、頼ってもらった方がルガレド様は喜ぶと思います」
レド様なら────確かに、そうだろう…。
だけど、レド様だって忙しいのに───時間をとらせてしまうのは、抵抗があった。
私が躊躇っていると、ジグがちょっと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「…リゼラ様、ロウェルダ公爵家での授業が終わり次第、ルガレド様がこちらに来てくださるそうですよ。ノルンの件は、何もせず、そのままにしておくように────とのお達しです」
「え───レド様に話してしまったんですか…!?」
「リゼラ様、自分はリゼラ様の護衛です。リゼラ様が、お倒れになるような事態は看過できかねます。ですから───諦めてください。ルガレド様の魔力量なら、倒れることもなくできるのですから、いいではないですか。ルガレド様にお任せしてしまいましょう。
ノルン───お前も、リゼラ様が自分のために倒れてしまうようなことになったら、嫌だよな?」
「当たり前です!主ルガレドに頼みましょう、主リゼラ」
ノルンが泣きそうな表情で────潤んだ眼で私を見上げる。
う…、これは────逆らえない…。
「……ジグの策士」
つい、拗ねたような口調で、そんな言葉を零してしまった。
私が観念したことを察したからか────ジグは、人の悪そうな笑みではなく───何だか嬉しそうな…、朗らかな笑みを浮かべた。
「……何で嬉しそうなんですか」
ちょっと恨みがましく言うと、ジグは笑みをさらに深めて答えた。
「いえ───リゼラ様が、そのようなお顔を見せてくださるのは────初めてでしたので」
◇◇◇
もう───こうなっては仕方がない。
レド様が来られるまで、できることをやってしまおう。
私たちは、アルデルファルムのところを辞して────また“お城”の工房へと戻る。
「ところで────ノルン。ノルンは、レド様と私の魔力で、亜精霊から精霊に成ったんだよね?これって、特別なことなの?それとも────ジグや、他の皆の【案内】も精霊に成るの?」
「いえ、成らないと思います。主ルガレドと主リゼラの魔力は多いだけでなく、とても濃厚だったからこそ、私は精霊に成れたのです」
「そう…。皆にも、ノルンのような精霊がサポートしてくれたら───と思ったんだけど……」
そう上手くはいかないか…。
「それなら────私が、皆さんのサポートをしましょうか?」
「…そんなことできるの?」
「私が、皆さんの【案内】を呑み込んでしまえばいいのです!」
「え?」
ノルンが胸を張って、得意げに言う。
その様子はとても可愛らしいけど────
「今の私は、“原初エルフの結界”の核です。魂魄の精度も上がり、亜精霊だったときとは、処理速度も使える魔素量も桁違いになりました。
全員のサポートを受け持つことが可能です。【配下】では行使できない既成魔術も、行使できるよう計算し直して編み直すこともできますし────魔力の切り替えや調整などもできます。
それから、支給品の手配もやりますよ!【一級支援】や【二級支援】では手に入らない支給品を主たちの【特級支援】で受理して、皆さんの【異次元収納庫】に送付することもできます」
「ああ、それは───ラムルが喜ぶかも」
ラムルは、仲間内では自前の魔力量が一番少なくて、【二級支援】しか受けられなかったので、念願の魔導機構の支給はしてもらえないらしく────今朝、検証しているとき、この世の終わりかというほど嘆いていた。
それに、魔術の編み直しも助かる。
古代魔術帝国の攻性魔術は、一群を殲滅するような強力過ぎるものばかりで、皆が行使できないのもそうだし───レド様と私は行使できるけど使いどころがないのだ。
「ノルン、魔術の編み直しができるということは────新たな魔術式を編み上げることもできるの?」
「ええ、勿論です!私の本体となった“聖結晶”で処理すれば、あっという間に編み上げることができますよ!」
新たな魔術を創り出す…。
それは、物凄く楽しそう────じゃなかった、物凄く役に立つ。
ああ───何かワクワクしてきた。
「皆をサポートする件はレド様にお伺いしてからとして────魔術式の編み上げの方は、早速やってみてもいい?」
「はい、お任せください!」
ノルンはその澄んだ瞳をキラキラと煌かせて、勢い込んで頷いた。
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