コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第二十章―見極めるべきもの―#1
レド様からこのお邸に対する懸念を打ち明けてもらえた翌朝────
下級兵士用調練場での鍛練と朝食を終え、皆で行う鍛練の前に、厨房で話し合いを行っていた。
ラナ姉さんだけは不在なので、後で詳細を伝えるつもりだ。
「そういうわけで、この邸を持って行くこととなった。ここには、代わりの邸を設えるつもりだ。皆それぞれやらなければいけないことがあるのに、すまないが───協力して欲しい。リゼに邸の手配を任せてあるが、リゼには他にも色々と任せている。俺も時間を見て、内装など手伝うつもりだが…、皆にも、リゼの手助けを頼みたい」
【つがいの指環】の効果で、レド様も私の【技能】である【創造】を行使できるようになっている。
私のこれまで培った知識も共有されているので、よほど特殊なものでなければ、レド様の創りたいものを創れるはずだ。
「勿論です───旦那様。リゼラ様お一人に、ご負担をかけるつもりはございません」
ラムルが応え───皆がそれを肯定して頷く。
「ありがとうござます。どうか、よろしくお願いします。それと───代わりのお邸については、皆の要望をある程度は取り入れられると思います。必要な設備や、自室について考えておいてください」
私がそう言うと、皆は再び頷いてくれた。
「代わりのお邸の手配については、すでにラムルを通して、ファルリエム辺境伯家所縁のベルネオ商会に手配を頼んであります」
昨夜のうちに相談したら、ラムルは早速、今朝方ベルネオ商会に赴き手配をお願いしてくれた。
「…ファルリエム辺境伯家所縁の商会?」
レド様の疑問に対して、ラムルが口を開いた。
「はい。ベルネオ商会と申しまして───会頭のベルネオは、ファルリエム辺境伯家門の者なのです。私とも旧知の仲でして───信頼できる者です。馬や馬車の手配も、ベルネオ商会に任せてあります」
「そうか。だが、馬については、リゼのおかげで必要なくなったのではなかったか?」
「私が、念のため、そのまま確保していてくれるよう、お願いしたのです」
ラムルに替わり、私が答える。
これまで、レド様に専用の馬は与えられていなかった。ファルリエム辺境伯が生前、レド様のために手配してくれた馬が皇城の厩舎で飼われていたが───辺境伯家門の解体に伴って、皇妃一派の手の者が勝手に放逐してしまったらしい。
遠征するときは、皇城の予備の馬を貸し与えられていたのだけれど───どんな馬を宛がわれていたかは、言わずもがなだ。あいつら、全員、本当に呪われてしまったらいいのに。
今度の辞令式で何処に行かされることになるにしろ、馬は必要なので購入することになったのだが、何処で世話をするかが問題になっていた。
皇城の厩舎は以ての外だ。皇妃一派の腰巾着に何をされるか判ったものではなく───馬も可哀相だ。
かといって、そこまでロウェルダ公爵家に頼るわけにもいかず、ギリギリになってから購入するしかないと考えていた。
だけど、私が精霊獣と【契約】したことで解決の糸口が見えた。
精霊獣の中に、馬型の子が数頭いたのだ。お願いしてみたところ、私たちを乗せて走ることも、馬車を引くことも快く承諾してくれた。
その子たちは、古代魔術帝国では“水晶角馬”と呼ばれていた通り、水晶のような角を持つ黒い一角馬だ。
ドリルのように捩じれている立派な角は、私と【契約】したことにより、蒼い魔水晶のようになっていて、漆黒の毛並みと相俟って神秘的な美しさがある。
勿論、角は認識されないように、策を講じるつもりだ。
「何事も無ければ、予定通りに精霊獣たちに頼むつもりです。ですが、不測の事態を考え、そのまま確保していてくれるようにお願いしたのです」
「そうか。何なら、代金を払っておいてくれても構わない。馬は需要があるから、もし不要になっても、売り払うことができるだろうからな」
あ───まずい流れになってしまった…。
私はできるだけ表情を落として言う。
「いえ、それは大丈夫です」
「……リゼ?」
ああ、やっぱりレド様はごまかされてはくれなかった…。
「確保を言い出したのは私です。当然、私が支払うべきですし、レド様が先程仰った通り、馬は需要があるので、負債になることはありえません。ですから、気になさらないでください」
「気にするに決まっているだろう。リゼが負担を負うのは、看過できない。
ラムル───後で、金額を教えてくれ」
「かしこまりました」
ラムルが、何だか満足げな表情で応える。もしかして────わざと馬について言及した?
「いや、レド様、本当に大丈夫ですから…!私の知り合いがちょうど馬を欲しがっていて、その人にはお世話になったので、お礼も兼ねて安く払い下げるつもりなんです」
「解った。不要になった場合は、リゼの知り合いに安く払い下げればいいんだな?」
「いえ、ですから───レド様に払っていただくわけにはいかないという話で────」
「リゼが世話になったというのなら、婚約者の俺がお礼をしても問題はないはずだ」
「ありますよ!」
「リゼラ様、ここは黙って、旦那様に支払っていただくべきです。男なら、大事な女性に支払いをさせるなど、言語道断なのです」
もしや、レド様が私に頑なに支払いをさせようとしないのは───ラムルの教育の賜物?
◇◇◇
ロルスの授業を受けるレド様と侍女修行をさせてもらうアーシャと共にロウェルダ公爵邸に跳び───シェリアに挨拶をして、ラナ姉さんに今朝の話し合いのことを報告した後、私は本日の護衛であるジグを伴って、“お城”へと跳んだ。
昨日と同じく、そこにはノルンとヴァイスが待ち受けていた。
「主リゼラ!」
「おはよう、ノルン、ヴァイス」
今日は、ノルンがこの森以外でも活動できるよう、何か講じるつもりだ。
早速、皆で工房に繋げた調練場へと向かう。調練場は時間の流れを変えることが出来るので、時間が足りないこの状況では、本当に助かる。
「それじゃ、ノルン───始めようか」
「はい!」
「まずは、現状の把握からだね」
ノルンは、【案内】という亜精霊だったが、レド様と私の魔力によって、自我を持つ力のある精霊へと昇格したという。
ジグやレナスが私たちの濃厚な魔力を大量に体内に流すことにより、魂魄の位階が上がったのと同じ原理だそうだ。
そして、今は───この森を守る“原初エルフの結界”の核である自我を持たない精霊を呑み込んだために、核そのものとなっている。
「でも、ノルンは、今でもレド様と私のサポートをしてくれているよね」
「ええ。“私という存在”の大部分は“結界の核”ですが、主ルガレドと主リゼラに繋がっていて、動かすことのできない私の一部が留め置かれている感じですね」
「その“動かすことの出来ない一部”というのが、特殊能力【案内】────ということ?」
「はい。私たち【案内】は、“命令を書き込んだ核”を亜精霊に埋め込んだ存在なんです。核に書き込まれた命令通りにしか動けません。主たちの中に残っているのは、その核を埋め込まれた部分ということです」
「ノルンにとって、その“命令を書き込まれた核”というのは、どういうもの?異物でしかないの?それとも────それがノルンの存在を創り上げているの?」
「“命令を書き込まれた核”は───主リゼラの仰る通り、“私という存在”を創り上げているものです」
「それなら、安易に消すことはできないね。上手く上書きができればいいんだけど───とにかく、どんな方法にせよ、ノルンが自由に動くなら、その核を何とかしなければならない────ということね…」
「はい…」
【心眼】で分析したいけど、分析したいノルンの“核”というのは私の中にある。
レド様はいないし───どうしたものかな。
ふと少し後ろに控えるジグの姿が目に入った。
そういえば───ジグは、【聖騎士】になったことにより、レド様と私よりグレードは落ちるものの、支援システムを受けられるようになった。
「ジグ、今朝の鍛練で新たな能力を検証していたとき、自分の【現況確認】を確認しましたよね。そのとき、【案内】───私たちと【契約】したときに聞こえたような、“導く声”はしましたか?」
「はい、聞こえました」
やはり、ジグたちにも【案内】が付与されているようだ。
「それでは、その声───ジグの【案内】を分析させてもらえますか?」
「…分析していただくのは構いませんが、どうすればよろしいのですか?」
ジグは、少し困惑げに言う。
ジグが【案内】を発動させているところを分析するしかない。
さて───どうするかな。
なるべく、発動している時間が長いもの…。
やっぱり───【解析】とか【鑑識】とかだろうか。
【解析】はジグたちには発動できなかった魔術だけど、【管理亜精霊】に【接続】できるようになった今なら、おそらく発動できるようになっているはずだ。
【解析】も【鑑識】も有用だし、これで行使できることが確認できたら、一石二鳥だよね。
となると───【解析】をしてもらう方がいいだろう。同時に【鑑識】も【顕在化】できるし。
では、何を【解析】してもらおうか。
あ───そうだ。
私は、この間狩った魔物と魔獣の魔石をアイテムボックスから取り寄せる。
ちょうど、魔石の傾向を分析をするつもりだったので───これなら一石三鳥だ。
「それでは───ジグ、これを【解析】してみましょうか」
ジグとレナスは、私が【解析】を行使するところを何度も見ているので、どういう魔術なのかも知っている。
ジグは、私が説明するまでもなく───頷いた。
「では…、やってみます。────【解析】」
ジグが宣言すると、足元に魔術式が現れ、光を放った。
私はすかさず、【心眼】を発動させる。
【解析魔術式】のセッティングを開始します…
【管理亜精霊】に【接続】───
【記録庫】に【連結】開始───成功───
【鑑識】の【顕在化】完了
───【解析】が実行可能になりました
【解析】を開始します…
【解析】とは別の───ジグの中で発動している魔術式を捉え、【心眼】で視る。
その魔術式を発するそれは、淡く光っている。以前のノルンと同じ────【案内】の輝きだ。
【心眼】で、じっと見つめていると────その光の中央に、まるで地球の内核のように凝縮された光球が視えた。
視続けていいると────それが、立体的な魔術式だと判った。
魔術式を端から辿るように少しずつ丁寧に視ていく。繊細に編み込まれた魔術式の中に書き込まれているのは────命令と禁止事項だ。
これだ、この禁止事項────これのせいで、命令された以外の行動を禁じられている。これを消去できれば、ノルンは自由に動けるはずだ。
もう一度、注意して魔術式をつぶさに確認してみたが───アルデルファルムに刻まれていた“刻印”のように、書き換えたり消し去ったりすると宿主を破壊するというような仕掛けは見当たらない。
目的を達成することができたので、私は【心眼】を解除した。
「………」
終わりを告げようとジグの方を見ると────ジグは何やら怪訝な表情をしている。
「ジグ?」
「…あ、すみません、リゼラ様」
「何か、不可解なことでもありましたか?」
「…リゼラ様、この魔石を────分析してみていただけますか?」
私はジグに言われるがまま、再び【心眼】を発動させた。そして───ジグの示す魔石を手に取る。
【純魔石】
魔物に大量の魔素が注がれることによってできた魔石。魔物の魔力のみが凝固された通常の魔石より、含まれる魔素の量が多い。
何これ────どういうこと?魔素を注がれることによって…?────これでは、まるで…、誰かが意図的に魔素を魔物に与えたような────
「リゼラ様、これはどこで討伐した魔物───あるいは魔獣の魔石であるか、覚えていますか?」
ジグにそう訊かれたが───魔石は基本、形や大きさ、凝縮された魔素の含有量は多少差があるものの、例外なく色のないガラスのような石で、見た目はどれも似たり寄ったりだ。
「いえ…、正直、判別がつきません。【転移】で移動して───色々な場所で狩りをしましたから…」
何だか嫌なものを感じたが────どこで狩った魔物のものか判らない以上、追求しようがない。
冒険者ギルドに報告したいが、詳細が判らない上に、魔術で移動しているため───報告することはできない。
これからは、狩りをする際───留意しておいた方がいいかもしれない。
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