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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第十九章―誓いと祝福―#1


 日課の全員での鍛練を終えた後、ロウェルダ公爵邸に跳ぶ。今日も、レド様は、例によってロルスの授業だ。

 私は、工房で、構想中のジグとレナスの武器の試作をするつもりでいる。

 直接、原初エルフの遺跡に設置した【転移門(ゲート)】に跳ばないのは────レド様が行くときだけでも寄って欲しいと、シェリアに拗ねながら言われてしまったからだ。

「おはようございます、殿下、リゼ」
「おはよう、シェリア嬢」
「おはよう、シェリア」

 出迎えてくれたのがシェリアだけだったので、ロルスがいないことを不思議に思いながら、シェリアと挨拶を交わす。

「殿下、リゼ───実は、ラナから、お二人の礼服が出来上がったと(しら)せを受けまして、本日はご予定を変更して、試着するお時間をいただきたいのです」

「礼服が?」

 レド様が、驚いたように声を上げる。私も、眼を見開いてしまった。

 年度初めの辞令式まで───あと約1ヵ月半。つまり、ラナ姉さんに礼服を依頼してから、まだ1ヵ月半しか経っていない。

 古着を手直しするだけと言っても、それに専念していたわけではなく───レド様と私の普段着や、これから必要になるであろう仕事着も作ってくれていたのだ。

 そちらも大半が古着をアレンジしていたとはいえ、結局のところ手間はかかっているし、数もあった。

 それなのに────もう礼服が出来上がった?
 まさか────相当、無理をしたとかじゃないよね…?

「大丈夫よ───リゼ。我が公爵邸で預かっていて、無理を許すわけがないでしょう?」

 顔色が変わった私に、シェリアが優しい笑みを浮かべて言う。

「そっか…、そうだよね」

 シェリアの気遣いを嬉しく感じながら、私は笑みを返した。



 この国の王侯貴族の礼服は、ベストとコートを身に着け、アスコットタイを締めるのが基本だ。

 だけど、年度初めの辞令式は───この礼服ではなく、“準礼服”を着るのが習わしらしい。

 “準礼服”は───軍事国家時代の名残で、当時の軍服をベースにしたデザインが基本なのだそうだ。

 この世界───というかこの国の軍事国家時代の軍服は、詰襟のジャケットに肩章、それに太い飾り紐をつけるか、サッシュを斜めにつけるのがスタンダードだったようだ。


「どう?」

 渡されるがまま着替えて、全身鏡の前に立つ。ラナ姉さんに訊かれたが、答えるより見入ってしまった。

 ラナ姉さんが、私にあつらえてくれたものは、銀糸でパイピングと繊細な刺繍がなされている、真っ白な詰襟のジャケットで───6つの飾りボタンで前身頃を留めるようになっていた。

 ジャケットは、着丈がコートに近く───契約の儀で着た礼服のように、腰部分の布地を寄せてバックスカート風になっているのだが、寄せ方が巧みで、綺麗なドレープを描いている。

 肩章はシンプルで、右肩の肩章に通して斜めにかけるサッシュと揃いになっていて───やはり、白地に銀糸でジャケットと同じ意匠の刺繍がなされている。腰に巻いた白いベルトも素材は違うが、同じ刺繍が施されていた。

 それから、両の二の腕部分に、レド様の個章が刺繍されている。

 どの刺繍も、手作業で刺したものとは思えないくらい細かい上に、一寸の乱れもなく揃っていて────本当に見事な出来映えだ。

「裏地として魔玄を縫い付けてあるから、ちょっと今は分厚く感じるかもしれないけど、【最適化(オプティマイズ)】すれば大丈夫でしょ?」

「これ────刺繍するの…、凄く大変だったんじゃない…?」

 おそらく、レド様のものにも同様の刺繍をしているはずだ。

「そうでもないかな。リゼが創ってくれた針のおかげで、魔玄も硬い鞣革も、すいすい縫えたからね」

 魔玄は、その性質上、普通の鋏では切れないし、普通の針では縫えない。

 サヴァルさんが抱えるアトリエや革製品の工房では、特注の星銀(ステラ・シルバー)製の鋏と針を使っているのだが───私とラナ姉さんは予算の関係上、星銀(ステラ・シルバー)製のナイフくらいしか用意できなかった。

 仕方がないので、今までは────先に服を作り上げて、完成したものを染めていた。

 素材を持ち帰るための麻袋の内側に“失敗作”を縫い付けたときは例外で、星銀(ステラ・シルバー)製のナイフで裁断し、斑に染まっていたからこそ、血の薄い部分を縫い付けることができた。

 だから───色々創れるようになって真っ先に、聖銀(ミスリル)製の鋏と針を創って、ラナ姉さんに渡したのだ。

「本当は────凝ったスカートとか、刺繍を入れたロングブーツとか作りたかったけど…、何かあったときのために、いつもの魔玄のショートパンツとサイハイブーツに合わせたいって言ってたでしょ。その分、ジャケットにドレープをつけて、ちょっとだけ華やかにしてみたんだけど────どう…?」

 ラナ姉さんの声音には、少し不安の色が混じっていた。

「想像してたより、ずっと素敵だよ」

 ジャケットに使われている飾りボタンは、私が【創造】で創ったものだ。
 星銀(ステラ・シルバー)製で、ファルリエムの貴族章である雪の結晶が彫り込まれている。

 だけど、このボタンと魔玄を渡したとき────いや、元となる古着を選んだときですら────ここまで素敵なものを作ってもらえるとは思っていなかった。

「とても────気に入った。本当にありがとう、ラナ姉さん」

 私のために、精魂込めて作ってくれたのだということが見て取れて───嬉しい気持ちで胸がいっぱいになって────私は、意識することなく、笑みを浮かべてそう言葉にしていた。

「良かった」

 ラナ姉さんも、綻ぶような笑みを返してくれた。



「リゼ?着替え終わったかしら?」

 ラナ姉さんと笑い合っていると、シェリアの声がして我に返る。いけない、シェリアたちを待たせているんだった。

「待って、今行く」

 私はシェリアに返事をすると、ファルリエムの模造章を取り寄せて、詰襟の合わせ目につけた。
 辞令式では、貴族章ではなく模造章の方をつけるのが習わしなのだそうだ。

 それから、【誓約の剣】を取り寄せて、腰に提げ、ラナ姉さんと二人、シェリアが待つフロアへと向かう。

「お待たせ」

 シェリア────と続けようとして、私は絶句してしまった。

 そこには────すでに着替えを済ませたレド様が佇んでいた。

 ジャケットの基本のデザインは、白地に銀糸のパイピングと刺繍が施され、前身頃を飾りボタンで留めるというのは、私のものと変わらないが、着丈は私のものよりも短めで、やはり白地に銀糸の刺繍があしらわれたショートマントを右肩にかけていた。

 マントは、私が創った───飾り紐を模したチェーンがついたレド様の個章を模った星銀(ステラ・シルバー)のブローチで留められている。チェーンは、左肩の肩章を留める飾りボタンに繋がれていた。

 ベルトと編み上げのブーツ、それにマントの裏地は魔玄製で───白と黒のコントラストが印象的だ。

 ベルトには、私が霊剣にしてしまった名工ベルクの片手剣を提げている。

 長身で姿勢の良いレド様は、その豪奢な純白の軍服を負けることなく着こなしていた。

 レド様は端正な顔立ちながら、後ろに流した短髪や左眼の黒い眼帯と刃傷が精悍な印象を醸しているので────軍服が似合い過ぎるほど似合っていて────私は眼が離せなかった。

「────カッコいい…」

 惚けていた私は、自分の口から言葉が零れ落ちたことに気づかなかった。

 レド様の右眼の目元が、赤く染まる。

「…リゼも、すごく────似合っている」

 レド様にそう言われて、またやらかしてしまったことを悟った私は、おそらく真っ赤になっているだろう顔を両手で覆った。

「……ありがとうございます…」

 うぅ…、シェリアの視線が痛い…。

 だって、しょうがないじゃない。レド様の軍服姿────本当に、格好良過ぎるんだもの…。


◇◇◇


「殿下、どこか気になるところや、変えて欲しいところはございませんか?」
「いや、大丈夫だ」

「リゼはどう?」
「私の方も大丈夫」

 レド様と私の答えを聴いて───ラナ姉さんは、安堵したように微笑む。

「それでは、【最適化(オプティマイズ)】してしまうか」
「…そうですね」

 また醜態を晒してしまいかねないので、レド様を直視しないように視線をずらして頷く。早いところ、レド様に着替えてもらわねば…。

 【最適化(オプティマイズ)】を済ませ、着替えることを提案しようとした矢先────ラナ姉さんが、意を決したような表情で、口を開いた。

「殿下───礼服は、ご満足いただけたでしょうか?」
「ああ…、とても気に入った。俺のも───リゼのも、想定していた以上の出来だ」

 嬉しそうに答えるレド様とは裏腹に、ラナ姉さんの表情は強張ったままだ。

 どうしたんだろう、と心配が募ったとき─────ラナ姉さんが、レド様に向かって頭を下げた。

「それならば、殿下────どうか、わたしを専属として雇っていただけないでしょうか」

「ラナ姉さん…!?」

 突然の申し出に、私は思わず声を上げた。

 レド様は、表情を引き締め────ラナ姉さんに問い質す。

「俺が───今度の辞令式で、辺境に追いやられる可能性が高いことは知っているはずだ。それは、辺境に共に赴く────ということか?」

「はい。お針子としてだけでなく────アーシャのように、リゼの侍女と兼任でも構いません。何でもします。ですから────どうか、共に連れて行ってはいただけないでしょうか。
わたしは────リゼの傍にいて…、支えたいのです」

 ラナ姉さんの言葉に、私は眼を見開く。

 ラナ姉さんが、私を妹のように可愛がってくれているのは判っていたけれど────そこまで思ってくれているとは、考えてもみなかった。

「俺たちが赴く辺境の地が────危険な場所だとしてもか?」
「覚悟の上です。わたしは、アーシャのように戦えない。ですが───服やドレスを創ることや手直しすることはできます。
リゼは、いずれ殿下の妃となる身です。わたしの技術は───これまで培ってきたものは、きっとリゼの役に立つ。この手で…、リゼを支えていきたいのです」

「ラナ姉さん…」

「この一月半───服を作る傍ら、わたしはこの公爵邸で、様々な行事や式典のドレスコード、それに化粧やヘアメイクの仕方を学ばせていただきました。必ずお役に立てるはずです。
ですから…、どうかお願いです、わたしも連れて行ってください…!」

 まさか、ラナ姉さんが────そんなことまでしていてくれたなんて…。
 その気持ちは、とても嬉しいけど─────

「……いいだろう。そこまで覚悟ができているというのなら────連れて行こう」

「レド様!?」

 レド様の言葉に驚いて、振り向く。

 ラナ姉さんは、アーシャの場合とは違う。辺境に連れて行くのも、私たちの不安定な道行に巻き込むのも、絶対に賛成できない。

「リゼ、ラナの決意は固い。それに───ラナの持つ技術が、リゼに必要となるのは事実だ。アーシャがその点に関して一人前になるには、まだまだ時間がかかる。ラナがついて来てくれるのは、正直、ありがたい」

「ですが、レド様…!」

 少し前なら────私たちの魔力が存在を変えてしまうという事実を知らないときならば、承諾してしまったかもしれない。

 でも、【契約】の実情を知ってしまった今、簡単に【契約】をするわけにはいかなくなってしまった。

 かといって、【契約】せず、無防備なまま、大事なラナ姉さんを───危険な地に連れて行くことも、不安定な道行に巻き込んでしまうこともできない。

「リゼが、何を心配しているかは解っている。いい機会だ────リゼ、シェリア嬢とラナに話すことにしよう、俺たちのことを────」

 レド様が髪をかき上げて息を吐き────そう言った。

 シェリアとラナ姉さんには、白炎様の一件や、私たちがどういう存在なのかということは話していなかった。

 いずれ話したいとは思っていたけど────黙っていたのは、私がネロ以外の精霊獣と契約したこととは違い、レド様や白炎様の事情まで言及しなければならない事柄だったからだ。

 だけど───それだけではなくて、二人とは違う存在となってしまったことを告げるのが、怖かったというのもある。

 シェリアもラナ姉さんも、そんなことで私を奇異な目で見ることはないとは解っているが、それでも躊躇する思いがあった。

「大丈夫だ────リゼ」

 はっとしてレド様を見上げると────レド様が私を安心させるように微笑んだ。

「シェリア嬢、応接室を貸してもらえるか?」
 
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