コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十八章―惑いの森―#5
【心眼】で森の木々と精霊樹の隙間から空を見上げると────編み込まれた魔素の網が天を覆い、夜空の星々のように煌いているのが、垣間見えた。
「良かった。無事、“結界”を張り直せたみたい…」
「これで、この地は護られる。感謝する───我が姫」
私が“結界”を確認していると───ヴァイスがそう言って、私の腕に頭を擦りつける。
「ふふ、どういたしまして」
“デファルの森”の区画は、念のため、ノルンに【結界】で囲ってもらっている。アルデルファルムがいなくても、魔獣がこちらに迷い込んでくることはないはずだ。
魔獣に関しては、時間を見て、少しずつ討伐していこうと考えている。ジグとレナスの訓練にちょうどいいしね。
さて、後は─────
「アルデルファルム、ヴァイス、お願いがあるのですが」
<<<何ですか、リゼラ>>>
「この森に、私の作業する場所───工房を置かせてもらえないですか?」
<<<勿論、構いませんよ>>>
「この森の何処でも使うといい、我が姫」
「ありがとうございます、アルデルファルム。ありがとう、ヴァイス」
アルデルファルムもヴァイスも快諾してくれたので、私は笑みで返した。
「良かったな、リゼ。────それで、どんな風にするつもりなんだ?」
「そうですね…。また隠れ里から、一つログハウスを拝借してくるか…、もしくは自分で創るか…」
どうするかな…。
「それなら、主リゼラ、“原初エルフの遺跡”を利用したら、どうですか?」
ノルンが、私の足元に来て、私を見上げて言う。私は反射的にノルンの頭を撫でながら、首を傾げた。
「“原初エルフの遺跡”?そんなものがあるの?」
作製した【立体図】には、そんなの見当たらなかった気がするけど。
「ありますよ。ちょっと待っててくださいね」
ノルンは、私から数歩離れると、眼を閉じた。
ノルンの足元に魔術式に似たものが現れ、光を放つ。
光が強くなったと思ったら、地面が揺れ始めた。
レド様が───私を護るように抱き寄せる。
地面の揺れが治まり、ノルンの足元の魔術式も消えた。
ノルンは、私の方を振り返る。
「さあ、行きましょう」
何処に、と訊きたかったが、ノルンがさっさと歩いて行ってしまったので、仕方なく追いかける。
アルデルファルムは、遺跡の存在を知っているのか、ついて来ないようだ。
ヴァイスは、私と並んで歩き出した。
ノルンが向かった先は────私たちが最初に訪れたあの湖だった。
湖は森で囲まれているので、湖の上空だけが、ぽっかりと開いている。
空は夕日に焼けて、色を沈ませていた。それを背に────湖の真ん中に、尖塔を擁する城がそそり立っていた。
夕日に染まり、影だけがくっきり浮かび上がっている。
「あれが────原初エルフの遺跡…?」
「そうだ。あれは、“結界”を施した原初エルフの一部族が、この地に住んでいたときのものだ」
私の呟きを拾って、ヴァイスが答える。
「でも…、勝手に利用してもいいの?」
「大事に使うなら、構わないのではないか。彼らはもうこの世に存在しない。この地を護ろうとしてくれる我が姫になら、許してくれるだろう」
それなら────ヴァイスの言葉に甘えて、大事に使わせてもらうことにしよう。
だけど、中を検めるのは、今度だ。そろそろ帰らないと、カデアに怒られてしまう。
それでも、時を経てまた現れたその城から目を離せないでいると────レド様が私の腰を抱き寄せた。
「また明日にでも、城を探検しに来よう」
「ええ、そうですね。そうしましょう」
夕焼けが黒味を帯びてきて────やがて宵闇に埋もれるまで、レド様と寄り添って、湖に佇む城を眺めていた─────
◇◇◇
「原初エルフの遺跡…」
シェリアはそう呟いた後、絶句した。
昨日は、お城の探検と整備に一日費やしてしまったので、二日経ってからの報告だ。勿論────シェリアに話すことは、許可をもらっている。
今日は、レド様は昨日ロルスの授業を休んでしまった分、みっちり授業を受けることになっている。
私は、シェリアに報告だけしたら、ジグとレナスを伴って“デファルの森”に討伐に行くつもりだ。
「それで───そのお城というのは、どうだったの?」
「それがね、湖岸から見たときは、大きなお城に見えたんだけど───中に入ってみたら、小さな町だったんだ。すべてが同じ白い石で建てられているから、一体化して見えてたみたい。
高台に小さな家が無造作に積み上げられていて、家々が細い通路と階段で繋がれていてね、階段の途中から見る湖が───階段を上がり降りする度に見入っちゃうくらい凄く綺麗なの。湖の色が───遺跡が現れる以前もアーシャの瞳みたいな色で綺麗だったのに───今はレド様の瞳みたいな淡い紫色になっていて…、凄く神秘的で綺麗なの」
「そう…」
「だけど、建物はちょっと寂しい感じがしたから、ところどころの花壇らしきスペースに、色とりどりの花を植えて、白い石壁には蔓草を這わせたら、蝶や鳥型の精霊獣が来てくれて───ふふ、庭園みたいになっちゃった」
「肝心の工房は整えられたの?」
「うん。一番大きな家を使わせてもらえることになったけど、それだけじゃ間に合わないから、そこにノルンが支援システムの調練場を繋げてくれてね」
しかも、ノルンってば、こっそり精霊樹の魔素を、調練場───もとい工房に適度に注ぎ入れてくれるらしい。助かるけど、いいのかな…。
「せっかくだから───皆にも一軒ずつ使ってもらうことにしたんだ。
もっと忙がしくなってしまう前に、一日だけ休暇を設けて、皆でゆっくり過ごす予定なの。ところどころにテラスもあるから、お茶とかしながら、のんびり景色も楽しめるし、森を散策することもできるし。
それでね────よかったら…、シェリアも遊びに来ない?」
「えっ…、わたくしも…?」
思ってもみない提案だったのか────驚いたらしく、シェリアが、カップを置くときに音を立てた。滅多にしない粗相だ。
「わたくしも、行ってもいいの…?」
「勿論。ちゃんと皆にも許可をもらっているから大丈夫。森全体に“結界”を張っているし、お城も拠点登録して、セキュリティーを施しているし、私もいるし、移動も魔術でするから心配はいらないよ。それに、行くなら、カエラさんも連れてくるでしょ?」
シェリアは、ロウェルダ公爵公女という立場と、その美貌から、出かける際はどうしても危険が伴う。
どうしても出かけなければならないときは、護衛をかなり厳重にして、情報を漏らさないようにしながら慎重に計画を立てなければならない。
だから────おいそれとは出かけられないのだ。
シェリア自身、何度も誘拐されたことがトラウマになってしまっているようで、欠席不可能な行事以外は出かけようとしない。
ただ、私が一緒だと安心して出かけられるらしく────時間がなくて本当に偶にだけれど、計画を立てて連れ出すようにしている。
「……わたくしのことなど、もう、どうでもよくなってしまったのかと思っていたわ」
シェリアは一瞬、泣き出しそうな表情を浮かべた後────口を尖らせて、言う。
「もしかして────シェリアってば、拗ねてたの?」
私はわざと、揶揄うように軽く返す。
「…だって、リゼったら、最近は殿下のことばかりで…。うちに寄っていってもくれないじゃないの」
「成人前は、冒険者の仕事が忙しくて、もっと寄れなかったと思うけど」
「そうだけど!でも、殿下の親衛騎士になってから、毎日のように来てくれていたから…」
「ふふ、シェリアは意外と寂しがりやだよね」
普段は公女然としたシェリアが───私の大事な親友が、幼い子供のように不貞腐れる様が可愛くて、私は笑みを零した。
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