| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一部 皇都編
  第十七章―密やかに存在するもの―#5


 薄暗い森の小道を、レド様と手を繋いで歩く。

 この森は木々が密集していて、生い茂った葉が分厚く空を覆い、まるでトンネルの中を歩いているような感覚になる。

 ところどころに偶然できた小さな天窓のような隙間から、木漏れ日が細い───柔らかな光の柱となって降り注ぐ。

 今日は、レド様の休息のために、レド様と一緒に行くことを約束していた───ネロと出逢った“精霊獣の棲む森”へと皆で来ている。

 ネロの故郷なので、一緒に行かないかと誘ったら───ネロには、サンルームで寝ている方がいいと、断られてしまった。

「リゼの言った通りだな。薄暗い中に木漏れ日が差し込んで───地面も柔らかくて…。あのサンルームへと続く廊下を歩いているようだ」
「ふふ、でしょう?」

「ただ、鳥の鳴き声はしないな…」
「ええ、ここは精霊獣が棲んでいるからか、魔物は勿論、鳥獣の類すらいないようなんですよね」
「そうなのか」

 しばらく小道を歩いていると、前方に光が見えてきた。光に向かって進み、小道の終わりまでくると、唐突に前方が開けた。

 目の前には────眩しいほどの日の光と、光にさざめく湖があった。

 湖はレド様のお邸よりも遥かに大きく、近寄ると水底まで覗けるくらい水は澄んでいるのに、少し離れると青のような緑のような────そう、アーシャの双眸みたいな色合いに映る。

「うわあ…、キレイ…!」

 ラムルとカデアと共に少し後ろを歩いていたアーシャが、声を上げた。

「これは────すごいな…。これが、湖というものなのか…」

 レド様はそう呟いて────眼を細めて、湖に見入った。

「レド様、あちらまで行って、湖の傍で寛ぎませんか?」

 私は、湖にせり出した小さな半島となっている場所を指す。

「そうだな。行こうか」



「ちょっと、ここで待っていてくださいね」

 目的の場所に近づいたところで、私は皆に留まるように促した。

 一人で進み出ると、私は小さな半島に、異次元にあるらしい拠点専用スペースから、ガゼボを取り寄せた。

 ガゼボは───よくある白い石造りの柱と屋根からなる様式で、十畳ほどの広さがある。高床なので、前面に階段を設けてある。

 前面の入り口を残して、造り付けのベンチで囲ってあり、真ん中には同じ石材のテーブルも造り付けた。

 自動的に、常時【結界】が展開するようにしてあるので、セキュリティーも万全だ。

「リゼ…、これは?」
「今日のために創ってみたんです。皆で寛ぎたいなと思って」

 皆でこの湖に来ることが決まったとき、嬉しくて────はりきって創り上げた。

 あれ?何だか、皆が奇妙な表情になって────押し黙ってしまった…。
 もしかして────張り切り過ぎた…?

「…リゼラ様、一体いつこんなものを?」
「というか…、何処で創っていたんですか?」

 ジグとレナスが、狐に摘まれたような───呆然としたような態で訊く。

「ええと…、就寝前に少し…。自分の部屋で創りました…」

 何でしょう、この雰囲気…。
 何か────親に隠れてこっそりゲームをしてしまい、白状させられている子供の気分…。

「…ジグとレナスも知らなかったのか」
「知っていたら、止めてます」
「何か創っているのは知っていましたが、まさか、こんなものとは…」

 ジグとレナスは、レド様と私の護衛を常時してくれているけど、応接間と厨房、ダイニングルームとサンルーム以外は室内が覗けないので、音や声を聴いているのみらしい。

 私がよく【換装(エクスチェンジ)】を使用していると判ったのは、口に出して発動していたからのようだ。それを知って打ちのめされたのは、いい思い出だ…。

「しかし…、こんな大きなものを、よく部屋の中で創れたな」

 レド様が、ちょっと呆れたように言う。

「その…、ベッドを【異次元収納庫】に収納して、部屋の真ん中で創ったんです」

 正直、面倒だったので、専用の工房が欲しくなってしまった。

 エルフの隠れ里で手に入れたログハウスも、作業できる場所がないから、まだ手付かずだし。

 時間を見て、どうにかしたい。

 それにしても、何故、皆こんな雰囲気なんだろう?喜んでくれると思ったんだけどな…。

「あの…、これ、創ってはいけなかったですか…?」

 私の声が不安そうだったからか────そう訊くと、皆は、はっとしたような表情になって慌て出した。

「いや、そういうわけではない。ただ、リゼが無理をしているのではないかと思って────」
「そうです、最近、リゼラ様は忙しそうでしたし────」
「リゼラ様が我々のことを思って創ってくださったのに、悪いわけがありません。自分は────嬉しいと思っております」
「あっ、ジグ、てめぇ、またそうやって────」
「本当に油断も隙もない奴だな…!」

 あれ、またいつものじゃれ合いが始まってしまった。

「リゼラ様、申し訳ございません。このようなものを創っていた様子がなかったから、皆、ただ驚いていただけなのです。私どものためにありがとうございます、リゼラ様」

 ラムルは、兄弟のようにじゃれ合い始めた三人に構うことなく、私に向かって頭を下げる。

「ラムルの言う通りです。こんな素敵なものを創ってくださって────本当にありがとうございます、リゼラ様」
「こんな素敵なものをありがとう、リゼ姉さん」

 ラムルに続いて、カデアとアーシャもそう言ってくれた。三人とも、気を使って言っているわけではなさそうだったので、安堵した。

「さあ、あの三人は放っておいて、リゼラ様が創ってくださったガゼボで寛ぎましょう」

 いいのかな、と思いつつ────カデアに促され、ガゼボの階段に足をかけた。



 じゃれ合いを止め、慌ててガゼボに駆け上がってきたレド様たちを交えて、皆でガゼボのベンチに座る。

 座る位置でまた一悶着あったけど、結局、ガゼボの背面───湖側のベンチにレド様と私が並んで座り、レド様とは反対隣にアーシャが座って───ジグとレナス、ラムルとカデアで、それぞれ二人ずつ両脇のベンチに座ることになった。

「昼食には、まだ早いですね。お茶でも飲みましょうか」

 私が提案すると、レド様を始めとした皆が───また、あの奇妙な表情になった。

「まさか…、リゼ────お茶の用意もしてきてくれたのか…?」
「え?あ、はい。昼食はカデアが用意してくれるとのことでしたから、それならお菓子でも、と思って」
「それは───いつ作ったんだ?」
「朝食やお弁当を作るときに、少しずつ作り置きしていたんです」
「そんなの作っていたか…?」
「ええと、レド様が来られる前に、仕込みと焼くのと工程を分けて、少しずつ作っていたんです」

 晴れて厨房入りをカデアに許されたレド様は、私が朝食を作る日は、また手伝ってくださるようになった。

 だけど、レド様はどうも低血圧らしく、あのベッドを以てしても寝起きはすぐに動けないようで、厨房に来るのは私より遅れがちなのだ。

「いけなかったですか…?」
「…いや────ただ、俺も一緒に作りたかったと思っただけだ。用意してくれてありがとう、リゼ」

 レド様はそう言って────にっこり笑う。他の皆もにっこり笑う。

 何だか妙な雰囲気に首を傾げつつ、私はアイテムボックスから、淹れたての紅茶が入ったポットと人数分のマグカップ、それに作り置きしておいたお菓子を取り寄せた。


◇◇◇


 アイスボックスクッキーや貝型のマドレーヌを摘まみつつ、その美しい景色を堪能する。

 どこからか風が吹き込んでいるらしく、湖には波が立ち、陽光を映す水面が一層煌めいて本当に綺麗だ。

 湖から立ち上る冷気が風に載って、ひんやりと頬を撫でていくのも気持ちがいい。

 眼を細めて湖を眺めていると、ふと対岸に───森の木立を背にして佇んでいる狼が目に入った。

 白炎様のような、光を撥ね返す純白の長毛を靡かせ、雄々しく佇むその姿はただの獣には見えなかった。

 おそらく、あれは────精霊獣だ。

 だけど、何故あんなところにいるのだろう。精霊獣は森の奥深くに隠れ棲み、人前には決して姿を見せることはないと、ネロは言っていたのに。

「リゼ、どうした?」

 レド様に声を掛けられたが────私は白狼から目を離せなかった。
 私の視線を追って、レド様も白狼に気づいたようだった。

「あれは…?ただの獣ではないようだが───魔物ではないよな?」
「ええ。おそらく、精霊獣ではないかと」

 対岸までかなりの距離があったが、それでも、白狼が、レド様と私をじっと見ているのが判った。

 不意に───白狼が動いた。

 湖に前足を踏み出す。しかし、前足は沈むことなく水面に乗り上げた。
 四肢全部乗り上げると、白狼は、前方に───こちらに向かって、歩み始める。

「こちらに────来るつもりか?」
「…そのようです」

 レド様も私も、腰を浮かせた。

 他の皆も事態に気づいたようで、緊張が(みなぎ)るのを肌で感じた。

「ガゼボを収納します。皆、外に出てください」

 相手は魔物ではなく、精霊獣だ。戦闘になるとは思えないが、万が一ということもある。

 私は、全員がガゼボから出たことを確認すると、ガゼボを拠点専用スペースへと移動させた。

「アーシャ、念のため、装備を替えて」
「うん!」

 アーシャは腕時計を使って、侍女服から冒険者の装備へと替える。



 私たちが注視する中、湖を横切ってこちらに辿り着いた白狼は、岸辺へと上がってきた。

 皆が警戒して、並び立つレド様と私の前に出ようとしたが───レド様が押し止める。

「いい。───大丈夫だ」

 【心眼(インサイト・アイズ)】で見る限り、やはりこの白狼は精霊獣で────その魂魄はこの湖の水面のような輝きを纏っていて、敵意も見当たらない。きっと───レド様も神眼でそれを確かめたのだろう。

 白狼は、レド様と私の前まで歩み寄ると────その(こうべ)を垂れた。

<<<神竜の御子と神子姫とお見受けする>>>

 直後、【案内(ガイダンス)】とも白炎様とも違う、深く脳に染み渡るような───不可思議な声が響く。

 ネロは普通にしゃべるので、少し驚いてしまった。そういえば───ネロは私の魔力をあげるまで、話せなかったと思い出す。

「何故、俺たちの前に現れた?」

<<<神竜の御子と神子姫。どうか…、我らを助けていただきたい>>>

「助ける?───どういうことだ?」

 レド様が、訝し気に返す。白狼は下げていた頭を上げ、レド様と私を───ネロとそっくりなその琥珀色の眼で見る。

<<<我らが長と、契約を交わしていただきたい>>>

「…お前たちの長と?」

 精霊獣の長────以前、ネロに聞いたことがある。

 精霊獣は色々な種類がいて、森の中で共生しているけれど、その数多いる精霊獣を統べる存在がいるのだ───と。

<<<我らが長は、魔獣化の危機に瀕している。それを防ぐために───神竜の御子、神子姫───どちらでもよい、我らが長を、どちらかの使い魔にしていただきたいのだ>>>

「…精霊獣も魔獣化をするのか?それに───使い魔となることで、魔獣化を防げる、と?」

 それについてもネロに聞いたことがあったが、白狼に話してもらった方がいいだろうと、私は口を噤む。

<<<聖獣も精霊獣も魔物も、本質は変わらぬ。ただ、器の大きさが違うだけなのだ。取り込む魔素が器を超えれば、魔獣化をするのは皆同じだ。それは、魔力を体内に持つ存在の宿命と言っていい。だが────何故か、人間だけは違う。魔獣化することはない>>>

 確かに、そこが不思議な点だ。植物ですら、魔素を過剰に摂取すると、黒ずんで壊死してしまうのに。

 私が筆記具として利用している“墨果”────あれだって、そういう種なのでなく、果実が魔素に侵されることによって出来るらしい。

<<<何故なのかは解らぬが、人間と繋がることによって───人間の魔力を取り込むことによって、魔素に侵されることを防げるようなのだ。だから、頼む。どうか、我らが長を救ってはくれまいか>>>

 白狼の懇願に、レド様は溜息を吐いた。

「せっかくの休息だったのに────すまない、リゼ」
「レド様が謝ることではありませんよ」

 私が笑って首を横に振ると、レド様は口元を緩めたが────すぐに表情を引き締め、再び白狼に向き直った。

「使い魔にするかどうかはともかく、お前たちの長というのに会ってみよう。案内してくれ」

 白狼は、レド様の言葉に首肯するように───感謝を示すように、また首を垂れた。


「…さすが、リゼラ様だ」
「やっぱり、引き寄せたな」

 うるさいですよ、ジグ、レナス。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧