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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第十一章―ルガレドの実力―#3


「おはようございます、ルガレド殿下」
「……おはよう、ロルス」

 ロウェルダ公爵邸に赴くと、太陽のごとく眩しい笑顔を浮かべたロルスに、レド様は颯爽と連れて行かれてしまった。その様子に、“ドナドナ”という謎の言葉が思い浮かぶ…。

 何か…、日毎にロルスの肌艶が輝いていっているというか────再会した当初よりも生き生きとしている気がする…。


「それ、気のせいではないわよ」
「そうなの?」

 午後────ロイドによる授業が済んで昼食もご馳走になった後、完成した服があるというので、ラナ姉さんの支度を待つ間、私はシェリアとお茶をしていた。

「何でも、殿下がとても優秀で、爺は───ロルスはどうも生き甲斐を感じているようなのよね」
「やっぱり…、レド様は優秀なんだ」

 日々、レド様と接していて、それは────レド様が優秀であることは、私も肌で感じていた。
 レド様は、頭の回転が速く、かつ決断力もある。洞察力もあり、判断も的確だ。私がパニックになったときも、素早い対応だった。

「………」
「リゼ?」
「あ…、ううん、何でもない」
「…嘘おっしゃい。そういうときのリゼは何かあるのよ。さあ、何が不安なの?わたくしには言えないこと?」

 さすが、シェリアだ。一瞬過っただけの、どうしても消すことの出来ない────私の小さな不安を、シェリアは見逃さなかったようだ。

 言葉にしてしまうのは怖かったが、うやむやにすることをシェリアは許してくれそうにない。

 意を決して────口を開く。

「私…、レド様の求婚────受けて、本当に良かったのかな…」
「どういうこと?」
「私は…、レド様と生涯を共にしたいと思っているし────レド様が、私と生涯を共にしたいと…、心底から思ってくれているのも解ってる。
でも────本当に、私で良かったのかなって思ってしまって────」

「何故そう思うの?」
「私は────公爵家を除籍された身だし、社交界でも悪評が出回ってる…。
求婚されたとき…、私───本当は一度断っているの。後ろ盾になれる貴族家のご令嬢と婚約する方がレド様のためになると思ったし、私では皇妃にはなれないもの。
だけど、レド様は────公務からも社交界からも離れて長いから皇王にはなれないし、なるつもりはないと────そんなことで断らないで欲しいと仰られて……」

 あのとき、私はそれで頷いてしまったけれど────

 レド様は、皇王になるのは無理だと仰っていた。でも────本当に…?
 レド様を見ていると────無理ではないのではないかと思ってしまう。
 むしろ────皇王に向いているのではないかと思ってしまうのだ。

「リゼは何故、皇妃にはなれないの?」
「だって…、後ろ盾がないし、悪評も出回っていて────社交界を取り仕切れる素養がないもの」
「何だ────そんなこと。馬鹿ね、リゼらしくもない。殿下が立太子できるとしたら、皇妃一派が一掃された後でしょう?それなら────我が公爵家が表立って、殿下のこともリゼのことも後援するに決まっているじゃないの。リゼを我が公爵家の養女にすることだってできるし、どうとでもなるわよ。社交界の悪評だって、参加していれば────リゼなら、すぐに払拭できるわ」

 シェリアに軽い調子で言われて────私は目を見開く。

「けれど────殿下は、絶対に皇王にはならないと思うわ。だって、実力はともかく、今の殿下は皇王には向いていないもの」

 シェリアは苦笑を浮かべ、続ける。

「皇王は、正妃以外にも側妃を娶らなければならないでしょう?断言してもいい────あの方は、リゼ以外の妃を娶るくらいなら、皇王にはならないと仰られるはずよ」
「…っ」

 確かに、レド様なら仰られそうだ…。そう思うのは────決して、私の自惚れではないはず。

「そもそも、リゼがそんな理由で求婚を断ろうものなら、きっと────皇子としての身分すら棄ててしまうのではないかしら」

 それは────ありえるかもしれない…。

「ね?だから、リゼはそんなこと気に病む必要はないのよ。貴女が、殿下と生涯を共にしたいと思うなら、そうしてもいいの」
「シェリア…」

 シェリアに強く断言され、ずっと燻っていた不安が────霧が晴れるように消えていく。

 本当に…、シェリアには助けられてばかりだ。

「ありがとう…、シェリア」


◇◇◇


「あら、今回はワンピースタイプなのね」

 今回の服は、手直しではなく、ラナ姉さんが作製してくれたもののようだ。

「これ、もしかして────“失敗作”?」

 漆黒になりきれていない、濃いグレイの生地に見覚えがあった。確か、まだどれくらいの血の量が必要なのか検証していたころの魔玄の失敗作だ。

「うん。色は薄いし、効能も成功作に比べたら劣るけど、綺麗に染まっているから勿体ないって思ってたのよね。いい機会だから、使ってみたの」

 立ち襟で細身のシンプルな身頃に、シンプルな七分袖。

 スカート部分はシルエットとしてはタイトな感じのロングスカートだけど、巻きスカートのようになっていた。合わせ目の部分にギャザーが施されていて、綺麗なドレープを描いている。

 さすが、ラナ姉さんだな。

 襟には、太めの黒いリボンタイ。実は────このリボンタイは、私のアイデアだったりする。といっても、例によって前世の真似だけど。

 これなら、ブーツよりも────濃い目のタイツを履いて、パンプスの方がいいかな。

「とにかく、着てみるね」



「まあ…、素敵じゃない!さすがラナだわ。スカートのドレープも綺麗ね」
「ありがとうございます」

「あら────リゼ、そのパンプス、変わってるわね」

 これは、特注で作ってもらった、魔玄製のストラップシューズだ。

 足首に太いストラップがついていて、爪先部分が四角(スクエアトゥー)になっている。またもや押し切られ、私にしては高めのヒールだ。

「普通のパンプスだと、もし戦闘になったとき戦いにくいから、特注したの。これなら、脱げずに安定して戦えるから」
「………戦えるかが優先なのね」

 親衛騎士ですから。

「ところで、ラナ姉さん。これ、どんなシチュエーション想定なの?」
「え?もちろん、補佐官よ」

「すごく素敵ではあるんだけど…、これだと懐中時計も入れられないし、武具を提げられないかな」
「大丈夫。ほら、この前と後ろの身頃部分の2本ずつの切れ込み。ここ、浅いけど、それぞれポケットになっているの。あとはオプティマイズさんが、何とかしてくれるでしょ?」

 オプティマイズさんって…。まあ、確かに何とかしてくれると思いますけども…。

 後で気づいたのだが────【最適化(オプティマイズ)】すると、ポケットが異次元仕様になるのだ。

 ポケット内部の大きさがA4サイズほどに拡張される上、マジックバッグと同様になるため、物を入れてもぺったんこのままなので、すごく便利だ。

「まあ、後ろのポケットに小刀を仕込んでおけば大丈夫かな…?」

 せっかく作ってもらったし。それに、素敵なのは事実だし…。

「ただ、模造章をつけるなら、そのタイではない方がいいわね」

 シェリアに言われ、確かにリボンタイじゃない方がいいかな───と思う。

「それなら、リボン結びにしないで、“ループタイ”みたいなのはどうかな」
「「“ループタイ”?」」

 【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】でブローチのついた模造章を取り寄せてから、リボン結びを解き、固結びの状態にして、結び目の上に模造章をつける。

「こんな感じ」
「いいんじゃないかしら。でも、リボンはもう少し細くて短い方がいいわね」
「そうですね。模造章用にもう一つリボンを作ります」


「あら、こちらもワンピースなの?」

 2着目は、レド様の持つ装身具の蒼鋼玉(サファイア)のような───深い蒼色のワンピースだった。

「綺麗な色でしょう?これ、大分前に手に入れたんだけど、黒く染めてしまうのは忍びなくて。いつか、リゼに着てもらいたいと思ってたの」
「確かに、綺麗だけど────」

 冒険者としても、親衛騎士としても、補佐官としても、相応しくない。せっかくだけど────着る場面がないのだ。

 お金がないわけではないが、いざというときのためにも贅沢はなるべく控えたい。断ろうとする私を制して、ラナ姉さんがにやりと笑って告げる。

「これは、殿下と過ごすときに着る用よ。殿下からのご注文だからね。リゼは断れないわよ」
「え?」
「リゼの服は、殿下がすべて費用を持ってくださることになっているの。わたしが思うように作ってよいとの仰せよ。うふふ、腕が鳴るわ」
「ちょっ───いつの間に…!?」

 いつかの悪い予感が当たってしまった…!

「あら、どこへ行くの、リゼ」
「レド様のところに」
「もしかして、抗議でもするつもり?」
「駄目よ、リゼ。婚約者にドレスやワンピース、装身具を贈るのは、男の甲斐性よ。殿下の面目を潰すことになるわ。黙って受け取りなさい」

 シェリアにそう言われ────私はがっくりと項垂れた。


※※※


「そうか…。やはり────リゼは気にしていたか…」

 夕食を終え、サンルームでリゼとしばし過ごし、自室に引き揚げたルガレドは、レナスから報告を受けていた。

 今日はジグがルガレドに付き、レナスがリゼラを護衛していた。

 レナスはリゼラに悪いと思いつつも────リゼラがシェリアに語った不安を、主であるルガレドに報告した。

「…シェリア嬢には感謝だな」
「それでは、ロウェルダ公爵公女の見解通りで?」
「ああ。シェリア嬢の言う通り、俺はリゼ以外の妻はいらない。当然───皇王などなるつもりはない」

 ルガレドは、迷うことなく答える。

「まあ、そうでしょうね」

 ジグが返し、レナスも頷く。

「幸い、ゼアルムがいるしな。必ずしも、俺が皇王にならなければならないわけではない」
「ゼアルム殿下は、皇妃に目を付けられないよう、うまく立ち回っているみたいですね」
「公務もそつなく熟しているようです」

 皇妃の手前、まともに接することができないだけで、ジェスレムとは違い、ルガレドとゼアルムの仲は悪いわけではない。

「まあ、あいつなら、いい皇王になるだろう。リゼの言う通り───あいつは、ただ柔和なだけではないからな」
「そういえば、リゼラ様はそう仰っていましたね。確かに、ゼアルム殿下は、ラメルク殿に似ている気がします」
「リゼラ様はすごいですね。夜会のとき控室でゼアルム殿下を一目見かけただけで、見抜くなんて」

「そうなんだよな。リゼは洞察力は優れているんだ。なのに、何故───自分のことには、あんなに無自覚なんだ?」

 ルガレドは首を傾げる。

「ここ数日、一緒に行動してみて────解ったような気がします」

 そう言ったのは、レナスだ。

「リゼラ様は、荒くれ者ばかりの冒険者の中にあって、浮いているようなんですよね。しかも、早いうちから冒険者として活動していて、すでにSランカーです。幼い頃から交流があった者以外、どうもリゼラ様には近寄りがたいようで────同年代に至っては気後れしてしまうようです」
「なるほど。他の冒険者とあまり交流がないから────常識が抜けているようなところがあるのか」

「まあ、リゼラ様はあの美貌に加え、立ち振る舞いが洗練されていますからね。よほど、自分に自信がある者でなければ、声などかけられないでしょう」
「高嶺の花として遠巻きにされているから、自分が周囲にどんな風に捉えられているのか、解らないのかもしれませんね」

「だが────商店街の男どもに関してはどうなんだ?」

 リゼラと初めて街に出たとき、リゼラの婚約を知ってショックを受けていた面々を思い出して、ルガレドは顔を(しか)めた。

「オレが思うに、リゼラ様は賢い分、頭で考え過ぎなのではないかと思うんですよね」
「どういうことだ?」
「ほら、オレたちのときも───年齢が離れているから、オレたちはリゼラ様のことを子供にしか思えないはずだと仰っていたじゃないですか。
商店街の連中は、皆、二十代後半から三十代前半辺りですよね?しかも、リゼラ様とは幼い頃から面識があったようですし、小さい頃から知っている“お兄さん”が自分をそういう対象に見ているとは思いも寄らないんじゃないですか?」
「そういえば、そんなことを言っていたな…」

 ルガレドたちにしてみれば───10歳差、20歳差の夫婦など、珍しいとは思わない。そもそも、年齢差という概念はあまりない。

 年齢など、成人しているかしていないか気にするだけで、今何歳なのかなど意識することなど、ほとんどないのだ。

「前世の記憶のせいもあるかもしれないな。もしかしたら────リゼの前世の世界は、年齢を意識するようなところだったのかもしれない」
「それは、ありえますね」


「しかし、その通りなら────危なかったですね、ルガレド様」

 ジグが、人の悪い笑みを浮かべ言う。

「何がだ?」

「一歩間違えば、ルガレド様も対象外になっていたのではないですか?」
「そうか───ルガレド様とリゼラ様は8歳差だもんな」

 レナスが納得したように、手を打つ。

「!!」

「リゼラ様が普通に社交界に出ていて、もっと前に出会ってしまっていたら、ルガレド様も対象外になっていたかもな」
「一旦、対象外にされてしまったら────リゼラ様のことだから、どんなにアプローチしても全部スルーされそうだよな」
「「危なかったですね、ルガレド様」」

 楽しそうなジグとレナスに、ルガレドはにっこりと微笑んだ。

「お前たちの俺を心配してくれる気持ちは理解した。お礼は────明日の鍛練で返してやろう」

 翌日───前日に続いてジグとレナスを鬼のように扱くルガレドを見て、リゼラが不思議そうに見ていたのは言うまでもない。
 
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