コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十一章―ルガレドの実力―#1
「これが、アレド、お前さんのライセンスだ」
ようやく、冒険者ギルドの査定が終わり、レド様のランクが決まって冒険者ライセンスが発行された。
レド様は、これまでの魔獣討伐の功績と私の推薦により、Bランク始まりとなった。与えられたライセンスは銀製だ。
「細かい規定なんかは、リゼに聞いてくれ。その方が確実だ。オレなんかより、リゼの方が正確に覚えているからな」
私がレド様に教えるのは構わないけれど…、ギルドマスターがそれでいいんですか、ガレスさん…。
「冒険者ギルドは、冒険者を護るための組織だ。たとえ、お前さんが皇子としての立場を───この国を追われようと、ギルドはお前さんを護るだろう。
ただ────その代わりに、一介の冒険者では手に負えない魔獣の出現など、緊急の場合は出来る限り、手を貸してもらいたい」
「勿論だ。権利だけを享受して、義務を怠るような真似はしない。可能な限り、要請は受け入れよう」
「さすが、リゼの旦那だ」
にやりと笑って言うガレスさんに、私は噴き出しそうになった。
な───何でそこで、そんなこと言う必要があるの…!?
私の疑問を読み取ったようで、ガレスさんはにやにやした笑いを浮かべたまま、私に答える。
「リゼも、Sランクに昇進するとき、同じこと言ったろ」
確かに言ったかもしれない…。
ガレスさんには私の素性を打ち明けてあったから、レド様と同じことをガレスさんに言われて、同じようなことを応えた覚えがある。
「そうなのか」
レド様は、とても嬉しそうだ…。
「さて、それじゃ、ライセンスにアレドの魔力を登録しちまおう。アレド、それを手に取ってみてくれ」
ガレスさんに促され、レド様が冒険者ライセンスであるコインを手に取る。
「これに、魔力を流せばいいのか?」
「…自分でできるのか?」
レド様の問いに、ガレスさんが驚いた表情を浮かべる。
あ、そうか────普通は、魔力を操作することはできないんだっけ。
「本当に────さすが、リゼの旦那だな。リゼもそう言って、さっさと自分で登録しちまったんだよな…。こりゃ、冒険者ギルドきっての最強夫婦になりそうだな…」
だから、何でそういうこと言うの、ガレスさん…。
レド様の魔力が、コインに向かって流れていく。
コインに細い光のラインが交錯するように走り、最後には中央部分が、光り輝いた。これは、コインの中に仕込まれた魔石が輝いているのだ。
「無事、登録できたようだな。これで、このコインはお前さんしか使えない。失くすと、再発行には金貨2枚ほどかかってしまうから、注意してくれ」
金貨1枚で、庶民なら子供二人抱える夫婦が3ヵ月ほど暮らせる。そう考えると、このコインはかなり高価だ。
実は、レド様に宛がわれたコインは、見た目は普通のライセンスと変わらないが、特殊な立場にある人物専用のものなのだ。
冒険者には、犯罪者以外は、身分を問わず誰であろうとなることは出来る。身分を伏せるために通称で通すことは可能だが、登録時に名前や年齢を偽ることだけは許されない。
では、どうやって偽証を防ぐのかというと、レド様や私のような訳あり人物には、予めレド様に渡されたのと同じ特殊なコインを用いて登録する。
何でも、ライセンスであるコインに書き込まれた情報と、コインに魔力を流して起動させた人物に齟齬があると、エラーが出て作動しないのだそうだ。
この特殊コインは、大きな権力を持つことになるAランカーとSランカーには、漏れなく適用される。
冒険者登録したときは、『さすが異世界』とか『魔道具ってすごい』とか感じただけだったが───よくよく考えてみれば、これはすごいことな気がする。このコインが、起動させた人物の情報を読み取るということなのだから。
もしかして、記憶を読み取っているのだろうか───特殊能力【抽出】みたいに。
コインの製造方法については秘匿されているのだけど────まさか、古代魔術帝国の技術だったりしないよね?
ちなみに、害のない一般人と判断された冒険者に渡されるものは、登録された魔力に反応するだけの簡素な魔術陣を施された小さな魔石が仕込まれたコインらしい。
「解った。失くさないようにする」
レド様が、コインをコートの内ポケットに剥き出しのまましまおうとしたのを、私は止めた。
「お待ちください、レド様。────よかったら…、その、これをお使いください」
私は、自分の内ポケットから、掌サイズの長方形の木箱を取り出して、レド様に渡した。
レド様は反射的に受け取り、すぐに木箱を開ける。
「これは────懐中時計?」
「レド様は、懐中時計はお持ちではないようでしたので…」
「リゼからの贈り物ということか…?」
「はい…」
この懐中時計は───シェリアたちが私のために造ってくれた懐中時計をモデルにして、狩りで手に入れた魔石を材料に、私が魔力で創り上げたものだ。
本当は───職人さんに特注して、ちゃんとしたものを贈りたかったけれど、時間がなくて────かといって、その辺の安物では私の気持ち的に嫌だったので、自分で創り上げることにしたのだ。
「これは────“月銀”か?」
「はい」
“月銀”は、星銀よりも含まれる魔力量が多く、その分だけ希少価値も高い。
「それに、この蓋に彫られた意匠────リゼのSランカーの個章に似ているが…、剣が一本多い?」
「!」
私の───円を描くように広げられた翼と交差させた双剣の個章。レド様の時計には────交差する双剣の後ろに、一本の大剣が真ん中を貫くように彫り込んである。
「その…、後ろの大剣はレド様の剣を表していて────つまり…、私がレド様を護るという決意と────それから、その…、ずっとお傍にいますという意思を込めて、というか────」
説明していて、物凄く恥ずかしくなってきた…。
「…ありがとう────リゼ。こんな嬉しい贈り物は…、初めてだ。絶対、大事にする」
レド様は、蕩けるような笑顔を浮かべて────今までで一番嬉しそうな声音でそう言ってくれた。
レド様なら喜んでくれるだろうとは思っていたけれど、想像以上に喜んでくれて、胸が熱くなった。嬉しくて────笑みが零れる。
「あー…、お二人さん、イチャつくなら他でやってくれないか?」
「!!」
そうだった────ここは冒険者ギルドの応接室で、ガレスさんがいたんだった…。
おそらく真っ赤になっているだろう私をよそに、レド様は気にせず嬉しそうに笑っている。
何か────レド様、日に日に明け透けになってきていませんか…?
◇◇◇
レド様が両手剣を薙ぎ、オーガの首を一閃で斬り落とす。
ガレスさんの───ギルドの応接室を辞した私たちは、早速、魔物討伐の依頼を受け、目的の森にやって来ていた。
ここは、皇都周辺に複数ある森の中では比較的魔素が多いせいか、魔物や魔獣の出現率が高く、低ランカーには危険な森だ。
探すまでもなく、討伐を依頼された魔物───オーガに遭遇したため、レド様が一人で対応している。
オーガは、反り返った2本の大きな角が生えた牛に似た頭を持つ、二足歩行の魔物だ。
オークなどより機敏で、知能も高く、その上獰猛だ。食肉として需要が高いが、オークやコカトリスなどに比べ、討伐の難易度が上がるため、オークの肉やコカトリスの肉よりも高値がつく。
それにしても────“オーガ”って牛のモンスターだったっけ?
ラノベなどに描かれる“オーガ”は確かに角は生えていたが、どちらかというと“鬼”のようなイメージだったような気がする。
オークやコカトリスは、ラノベに出てくるものに似ていたのに、何でオーガだけ違うのか、ちょっと不思議だ。
しかも、草食動物である牛ような頭をしているくせに、このオーガという魔物は肉食なのだ。コカトリスよりも獰猛ってどういうこと?
あれ───でも、前世には“闘牛”なんてものもあった気がする。意外と牛も獰猛?
「5頭のオーガ相手に───魔法も魔術も使わず、剣だけで渡り合えるなんて────レド様は本当に強過ぎですよね…。親衛騎士である私の立つ瀬がないです」
次々にオーガを屠るレド様を一緒に眺めているジグとレナスに、同意を求めて呟く。
「…リゼラ様も似たようなものだと思いますが」
「そうですよ。リゼラ様だって、オークの集落をほぼ剣だけで全滅させたではないですか」
レナスが、少し呆れたように言う。
「あれはオークですよ。オーガより動きだって鈍いですし、あのときは奇襲できましたしね」
「いや…、オークであろうと普通はできないんですよ」
「護衛として立つ瀬がないのは、我々です」
ジグの言葉に、私は眼を瞬かせた。
「ジグとレナスの本領は、人間相手でしょう?それに────貴方たちの技量は、レド様を欺けるほどのものじゃないですか。そんな風に考える必要はないと思います」
「いえ。ルガレド様が置かれている状況を考えれば、魔物や魔獣からもお護りできるようでなければ、護衛は務まらないと思うのです」
ジグの言うことも、一理あるかもしれない…。
「…ジグとレナスは、冒険者のライセンスを持っていると言っていましたが、ランクは?」
「自分はCランクです」
「オレはBランクです」
二人は、レド様が遠征に行くときは、冒険者として参加して、レド様を陰から護衛していたらしい。
国の先導で行う魔獣討伐に参加できるくらいだ。ジグもレナスも、冒険者としてもそれなりの実力は持っているはずだ。
「それでは────人間だけでなく、単独でも魔物や魔獣と渡り合えるよう、鍛練しますか?私でよければ、指導しますよ」
「よろしいのですか?」
「ぜひお願いしたいです」
ジグとレナスと話しているうちに、レド様は5頭すべてのオーガを倒し終えたようだ。
「レド様、申し訳ありません。解体までレド様にやっていただこうと思いましたが、時間がないので、今日のところは私がやります」
「時間がない?」
「ええ。おそらく、この近くにオーガの集落が出来上がっていると予想されますので、探しにいかないと」
レド様は、魔獣討伐の経験の方が多い。魔物を討伐したことは数えるほどしかないとのことで、魔物の種類や習性などあまりご存じない。
私は倒れているオーガに【解体】を発動させながら、レド様に説明する。
「これが1頭なら、“はぐれ”か、まだ集落が出来上がる前の少数の集団の可能性はありますが、5頭ものオーガが徒党を組んでいたとなると────もう集落が出来上がっている可能性が高いです。それに、このオーガたちは斥候ではなく、食糧を調達するための部隊だと思われますので、集落もそれなりに大きいのではないかと考えられます」
「なるほど」
「こういった場合、出来れば集落の有無や規模、それから位置を確認し、殲滅不可能な場合は、ギルドに戻って必ず報告してください」
「解った」
私は、マジックバッグから麻袋を数枚取り出し、鞣革や肉塊、魔石、その他の素材を分けて入れていった。凝血キューブだけは、共通のアイテムボックスに入れる。
「リゼ、その袋は?」
「これは、素材を持ち帰るための袋です。麻袋の内側に、失敗した魔玄を縫い付けてあるんです」
初期、試行錯誤していたときに出来た失敗作だ。血が上手く染み込まず、しかも均等に色がつかなくて斑になってしまったのだ。
だけど、それでも普通の布よりは丈夫だし、魔物や魔獣の生臭い素材を入れても、臭いが漏れないので重宝している。
説明すると、レド様が、感心とも呆れともつかない溜息を吐いた。
「リゼは、本当に多才だな。よく、そんなことを────思いつける」
「いえ、一緒に入れている荷物に臭いがつくのが嫌だったから、知恵を絞っただけなんです」
失敗作を活用しただけであって、そんなに大したことじゃないんですよ。
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