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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第九十七話 矜持

宇宙曆796年5月15日18:00
ジャムジード宙域、ジャムジード星系、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第十三艦隊旗艦トリグラフ、
ダスティ・アッテンボロー

 まもなく捕虜を乗せた輸送戦隊とトリューニヒト国防委員長御一行を乗せた第一艦隊…ヤン先輩がやってくる。そのまま先輩がトリューニヒトをフェザーンまで護衛するのかと思いきや、会合後は俺の艦隊が任務を引き継ぐ事になっていた。ウィンチェスターの差し金だ。『アムリッツァ防衛の任務ご苦労様でした。フェザーン回廊突入への一番槍の名誉はアッテンボロー先輩に差し上げましょう。保養も兼ねてフェザーン旅行をお楽しみ下さい』
何が一番槍の名誉だ…トリューニヒトをこの艦に乗せると思うとゾッとするぜ…。
「そろそろ気を引き締めた方が宜しいのではないですかな?司令官閣下」
そう嫌みったらしくあげつらうのは、ローゼンリッター(薔薇の騎士)連隊長のシェーンコップ大佐だった。
ローゼンリッター連隊は旅団に格上げされ、旅団長としてヴァーンシャッフェ准将が指揮を執っている。連隊長は目の前のシェーンコップ大佐、増強装甲大隊の大隊長はリンツ中佐…アムリッツァ防衛の為に旅団ごとアムリッツァに派遣されていたものの、ヴァーンシャッフェ旅団長とシェーンコップはウマが合わないのだろう、旅団本部とリンツ大隊はカイタルでは無くチャンディーガル、連隊はまるごとウチの艦隊に乗せられている。ウチに居ても惑星降下戦をやる訳でもないから、連隊員の一部は例の擬装商船団の船長として乗船している。現地雇用の軍属も勿論存在するが、彼等を商船の船長にしてしまうと、帝国に拿捕された時に何を口走るか分からないからだ。新領土の現地市民…元帝国人達は同盟の統治には概ね慣れてきているが、まだ油断は出来ない。フェザーン行きの任務が与えられた事によって擬装商船の任務は一旦停止しているものの、商船引き揚げの時は帝国艦隊と戦闘になったり色々と大変だった…。

 「暇そうだな、大佐。そもそも貴官の(ふね)はこの艦じゃないだろう?」
そうなのだ、そもそもローゼンリッター連隊には専用の強襲揚陸艦イストリアが充てられているのだ。
「あっちはブルームハルト大尉に任せていますよ。私が居ない方があいつ等も気が楽でしょう」
「ブルームハルト大尉…大尉に艦を任せているのか?」
「今年の定期昇進で少佐です。大丈夫ですよ」
「そういう事じゃないんだが…」
返事に困っていると、参謀長ラオ大佐が耳打ちしてきた…なるほど。
「女性士官及び下士官兵から苦情が出ている。艦内の風紀が乱れて困ると」
「乱れの原因は小官ではなくて旗艦空戦隊のポプラン大尉では?」
ラオ参謀長が図星、という顔をした。そうなのだ、女性士官や女性兵士、及び下士官兵からの苦情は主にポプラン大尉という士官への物だ。シェーンコップへの苦情は無い。近い将来同盟軍の誇る二大漁色家…になるかもしれない二人の一方を退治しようとした参謀長の目論見は見事に砕け散った…だが上官としては、ポプラン大尉への苦情を利用して豪勇シェーンコップを退治しようとした勇者ラオの勇気は買わねばならない。
「とにかく艦内の風紀が乱れているのは事実なんだ。ポプラン大尉の引合いに出される貴官にも非はある。気を引き締めるのは貴官の方だろう?」
「艦内の風紀を取り締まるのは艦隊司令官ではなく、旗艦艦長や副長の任務であり権限だと小官は認識しておりますが…如何でしょう?」
俺とシェーンコップのやり取りを面白そうに見ていた旗艦艦長のガットマン大佐が俺から目を逸らした…なんてこった…。
「艦隊司令部にも苦情が来ているんだ!」
「小官は抱かれて苦情を言う様な女を相手にした事はありません。それに…小官の経験から申し上げますと、風紀がどうとか苦情を言うのは男に相手にされない女や、もてない男共だと決まっておりまして…ポプラン大尉には博愛精神を徹底しろと言っておいて下さい。では」
慇懃な敬礼をしてシェーンコップが司令部艦橋を降りて行く。では、じゃないだろう!
「…参謀長、貴官のせいじゃない。ポプラン大尉にはきつく指導をしておくように」
「…了解、であります」



5月15日18:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、
ヤマト・ウィンチェスター

 今頃ジャムジードでヤンさんとアッテンさんが会合している頃だろう。帝国は捕虜交換の使節としてヒルデスハイムとミュッケンベルガーをフェザーンに派遣するという。幕僚副総監と宇宙艦隊司令官…帝国政府は政府同士のやり取りにしてしまうと面子が潰れると考えたのだろう。だったらこちらもビュコック長官か俺でいいのでは?と思って、トリューニヒトに俺が行こうかと伝えたんだけど、自分が行くと譲らなかった。
『面子を考えるのは向こうの勝手だよ。それに話を持ちかけたのは同盟だ。あまり地位の低い者を出すと…君の地位が低いと言っている訳ではない、面子を潰されたと言って騒ぎ出すかも知れんだろう?』
現役の第一線の政治家として、こういう面ではやはりトリューニヒトは有能だった。まあ、同盟市民へのアピールの場を逃したくないからなのかも知れないけど…であれば、せめてヤンさんの第一艦隊と再編成の終わった第十艦隊を連れて行けと言ったら、
『君でなくともミラクル・ヤンを連れて行ったら帝国を刺激するだろう。それに二個艦隊も出すとフェザーンも快くは思わないだろう。政府首班ではないが主要閣僚として私、護衛の任務もあまり仰々しくない方が帝国も我々を卑下しないだろうし、帝国の面子も充分に立つだろう』
という事でアッテンさんに行ってもらおうと思ったんだ。第十三艦隊も帝国では有名だけど、艦隊司令官もアッテンさんに替わっているし、規模も半個艦隊規模だからそれ程帝国を刺激しないだろう…。

 「…どう思われますか、副司令長官」
「え?ああ…うーん…」
パン屋…総参謀長のチュン・ウー・チェンが訝しそうに俺を見ている。俺と総参謀長が見ているのは再出兵の概略だった。ビュコック長官は奥方の体の調子がすぐれないという事で休暇を取っていて、宇宙艦隊司令部は総参謀長が切り盛りしていた。俺は捕虜交換の方をやっていたし、おまけに作戦案を練るのを手伝っていたヤンさんも居なくなったから、宇宙艦隊司令部は夜逃げ閉店間際のパン屋…といった有り様だった。
「動員兵力が増えていますね」
「はい。十個では到底足りませんので」
パン屋のいい所は言葉を飾らない所だ。当初の動員兵力は十個艦隊の想定だった。それが国内に一個艦隊を残して十二個艦隊を動かす事になっている。
「国内に一個…これでは不測の事態に対処出来ないのでは」
「当初の想定通り三個艦隊残したところで、対処し得ませんよ」
そうだ。国内に残した三個艦隊を動かす時は前線が崩壊したという事だからだ。
「イゼルローン要塞攻略戦の時、閣下がアムリッツァで踏みとどまるという作戦を立てた訳がやっと解りましたよ。当時も今も、進攻作戦を行うにはまるで戦力が足りません」
そうなのだ。帝国の兵力が原作の同盟末期の様な状態ならともかく、辺境守備にラインハルトの五個艦隊、帝国中枢に十個艦隊が存在するこの状況では、一戦場で勝つ事すら至難の技だ。しかも地の利は帝国にある。手伝っていたヤンさんも頭を抱えたに違いない。
「ヤン提督は何か仰っていましたか?」
「今私が口にした言葉と一言一句同じ事を仰っておられました。それと…」
「それと?」
「同盟軍は外征に向いた組織では無い、とも仰っていましたよ。言われて思いましたが、私も同感です」
軍隊というのは、その成立経緯によって組織の性格が決まる。同盟軍も例外じゃない。同盟が建国された当時、同盟の存在は帝国には察知されていなかった。当時の為政者達は何を考えたか。同盟領域の防衛に徹する、という事だっただろう。国是として専制政治の打破を唱えざるを得ないにしても、現実問題としては国土防衛に徹せざるを得ない。それに戦闘のアドバンテージは先に攻撃してきた側が持つ。帝国軍が攻めて来れば同盟軍は受動的な立場に置かれる。そういう図式が固定化して、次第に同盟軍は国土防衛軍という性格を持つに至ったのだ。そしてイゼルローン要塞が出来てからは益々その傾向が顕著になった。時折要塞攻略戦を企図するものの、大きな戦いは同盟領内で発生するからだ。それもその筈で、イゼルローン要塞という蓋を抜かない限り帝国領に入れないからだ。帝国軍は防御に絶対の自信を持った上で安心して攻勢に出る事が出来る。同盟軍の悲願がイゼルローン要塞奪取になったのは当然の帰結だったろう。だからこそヤンさんでさえもイゼルローン要塞を陥とす事が出来れば講話の道が開けると勘違いしてしまったのだ。同盟軍が攻勢に向いていない証拠がある。帝国領進攻だ。原作での描写は、闇落ちフォークの口車に乗せられて事が進んでしまった感のある作戦だが、ある意味フォークの言っている事は正しい。『高度な柔軟性を保持しつつ臨機応変に対処する』…まさに攻勢に出る軍隊に求められるのはそれであって、何もおかしくはないのだ。欠点は具体的な方策を示せなかった事にある。フォークは参謀だから、当時の宇宙艦隊司令長官であるロボスの意志決定の補佐や助言を行うのは当然で、具体的な方策を決められなかったのはフォークではなく司令官達の方なのだ。あの戦いの罪は同盟軍上層部にある。自分達の攻撃ターンなのに具体的な策を示せないというのは、攻め手がない、もしくは考えた事がないというのと同じだ。何故なら考える必要がないからだ。同盟軍の任務は国土防衛にある…皆がそう考えていた事の証左がここにある。
 俺の居るこの世界でもそれは同じだ。帝国を倒すという願望はあるが、それについての具体的方策はない。ヤンさんはましな方だろう、講和を考えていたのだから…これは決してヤンさんを批判しているんじゃない、イゼルローン要塞を陥とせば何とかなる、いう考えはこの時代の同盟市民として、同盟軍人として当然の帰結なのだ。状況を変えるにはイゼルローンを陥とすしかなかったのだから…。
だからこそヤンさんが策定に関わっても動員兵力を増やすという選択しか思いつかなかったのだ。俺がヤンさんだったとしても結果は同じだったろう、純軍事的にはそれしか手がない。だからこそ辺境を経済的に浸蝕する、という方法を採っているんだけど…。
「作戦目的を辺境守備の五個艦隊の撃破に変更しましょう。これなら随分変わって来る筈です」
「成程、それなら充分に成算があります。ですが、勝手に作戦目的を変更しても宜しいのですか?」
「壁に描かれた美味しそうなパンと目の前にある特売のパン、総参謀長はどちらを選びます?」
「心でパンは食べられません、特売のパンでしょう」
「ですよね。軍人も政治家も現実主義者の集まりです。サンフォード議長は成功の可能性が高い方を選ぶと思いますよ。最高幕僚会議の開催を要請しましょう」
「幕僚会議ですか…作戦目的の変更だけなら、幕僚会議の場は要らないのではありませんか?」
「変更した作戦案を提示してああだこうだ言われるより、その過程に参加して貰った方が手っ取り早いでしょう?それに、議長には覚悟を決めて貰わねばなりませんからね」
「覚悟、ですか?」
「そうですよ。失敗したら議長の座を降りるだけでは済みません。下手すると帝国軍がまた同盟領内に攻めて来るのですから。国を失う覚悟があるのか、それを問います」
「…副司令長官は中々過激ですな」
「当たり前ですよ、大勢の軍人や市民の命がかかっていますし、議長は最高司令官なのですから。覚悟を持つのは当然ですよ」
長年戦争をやっているせいだろう、政治家達の中には戦争は軍がやっている、という間違った認識がある様な気がする。実際には確かにそうだけど、他人事過ぎるのだ。あまりにも遠く離れた場所で戦闘が行われているから、現実味がないのかも知れない。
「覚悟ですか。確かにその通りですね」

5月16日09:00
ジャムジード星系、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「世話になったねヤン提督。帰りも君が迎に来てくれるのかな?」
「…ご希望に沿える様善処します、国防委員長」
「ハハハ、善処か。期待しているよ」
トリグラフからはアッテンボローがシャトルで迎えに来ていた。何故か完全武装の装甲儀仗兵を自ら率いるシェーンコップも居る。
「宜しく頼むよ、アッテンボロー提督」
「お任せくださいヤン提督」
「ところで何故シェーンコップ大佐が此処に?」
「いや…色々ありまして」
アッテンボローはそう言って頭を掻いたが、シェーンコップ自ら率いて来ただけあって、儀仗兵の捧げ銃の動作は大したものだった。

 一行を乗せたシャトルが移乗ハッチを離れて行く…私の艦隊はこれからアムリッツァに向かわねばならない。
「アッテンボロー提督、行ってしまいましたね」
ユリアンが一瞬寂しそうな顔をする。ユリアンは兵長待遇の軍属、私の従卒として今回の出撃から行動を共にしている。
「そうだね。今思うとお前も乗せてって貰えばよかったかな」
「フェザーンへですか?」
そう返事をするユリアンの顔が一瞬曇った。
「お前が邪魔だからとかそういう意味じゃないよ。見聞を深めるのも経験だし、お前には広い視野を持った大人になって欲しいんだ。それにフェザーン人が、同盟をどう見てるか知って欲しいというのもある。一方からでは見えない景色という物があるからね」
「なるほど…」
「私も小さい時だったがフェザーンに行った事がある。私のの親友も一人、フェザーンに居るんだ」
「そうなんですね!何という方ですか?」
「ボリス・コーネフという奴さ。仲間うちでは悪たれボリスで有名だった。親泣かせ、友達泣かせのひどい男で、奴の悪戯に何度私も泣かされた事か」
「その悪戯のほとんどは優秀な共犯が居てこそのもの…ではなかったんですか?」
笑いを押し殺しながら言うユリアンに、私は思わず聞き返していた。
「…誰から聞いたんだい?」
「すみません提督、実はコーネフさんの事を以前にウィンチェスター提督から聞いた事があるんです。ウィンチェスター提督はフェザーンに軍の任務で行った事があって、その時に雇った商船の船長がコーネフさんだったと」
「…ああ、そういう事か。しかし共犯はひどいな、ボリスが主犯で、私は被害者だよ…ところでユリアン」
「はい」
「彼は、ウィンチェスターは、フェザーンについて他にも何か言っていなかったかい?」
「他に、ですか?…活気があっていい所だったって仰ってました。エリカさんの叔父さんの経営するレストランもあるって…」
ユリアンはそこで口を止めて、腕を組んだ。
「そういえば…その時は気にならなかったんですけど…」
「何か気になる事があるのかい?」
「はい。同盟人はフェザーン人の事を拝金主義者と悪く言うけど、彼等をよく知らないのに悪口を言っちゃいけないって。俺達だってアーレ・ハイネセンや帝国のルドルフを歴史の授業で学んだ以上の事は知らないのだから、一方から見える顔が全てと思っちゃいけないよ…って仰ってました。ヤン提督のお言葉でそう仰ってたのを思い出しました…提督が言われた事と何か関係があるんですか」
「いや、関係無い…無くはないか」
ボリスの事はともかく、ウィンチェスターは何故ユリアンにそんな話をしたのだろう。ユリアンの将来性を買っているのか、それとも徒然の話だったのか。歴史の授業で学んだ以上の事は知らない…そんなことはない、ウィンチェスターの知識量は相当な物だ。特に帝国との戦いでは彼の知見が活かされている。軍事的識見もさることながら、彼は帝国内部の情報、それも表層的な物ではなく、我々が知り得ない知識を元に戦っている気がする…そうか、そういう事だったのか、やっと分かった、彼はおそらく知っているのだ。我々が知り得ない何かを…それを元に戦っている。やはり存在するのだ、彼にとってのケーフェンヒラー大佐が…だが彼は我々にそれを明かす事はない。多分話しても信じて貰えないと思っているのだろう。アッシュビーの再来とはよく言ったものだ。アッシュビーは知り得た情報を自己の栄達に利用した。若くして顕職に就いたアッシュビー、彼が生きていたらどうなったのだろう。巷間言われている様に帝国を打倒する事が出来ただろうか……いや、もしもは止めよう、既に我々にはアッシュビーの再来が存在するのだから…。
「いや、何でもないんだ。ユリアン、グリーンヒル少佐を呼んで来てくれないか」
「分かりました!」
ユリアンが弾かれたように司令部艦橋に向けて駆け出していく。あの子が大人になる頃には戦争は終わっているだろうか、出来ればそう願いたいものだ…。


5月17日13:30
ハイネセン、ハイネセンポリス、最高評議会ビル、国防委員会特別会議室、
ヤマト・ウィンチェスター

 俺の要請が通って、最高幕僚会議が開かれる事になった。閣僚で参加しているのは…
最高評議会議長ロイヤル・サンフォード
国務委員長ジェイムス・アイアデル
情報交通委員長コーネリア・ウインザー
財政委員長ジョアン・レベロ
人的資源委員長ホアン・ルイ
国防委員長代理マルコ・ネグロポンティ
法秩序委員長アルセーヌ・ダルメステテール
…の七名が出席している。天然資源、経済開発、地域社会開発の各委員長はどうしても外せない予定があるとかで、欠席だ。軍からは…
統合作戦本部長ドワイド・D・グリーンヒル大将
宇宙艦隊司令長官アレクサンデル・ビュコック大将
後方勤務本部高等参事官アレックス・キャゼルヌ少将
そして俺…の四名。今回の会議は帝国領再出兵における作戦目的の変更を討議して、その許可を得る為のものだ。

 「この度は政府閣僚の皆様におかれましては、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今回の会議は宇宙艦隊副司令長官ウィンチェスター大将の要請によるものです。ではウィンチェスター提督、発言をお願いする」
今日の会議は、グリーンヒル本部長が司会役をかって出てくれた。ビュコック長官も奥さんの体調の件でしばらく休んでいたから、発言はほとんど俺が行うんだけど、当然二人も参加者だし質問されるだろうから、二人には前もって今日の会議の目的を話してある。キャゼさんは捕虜交換の事務手続やら色々手伝ってもらっていたんだけど、それも終わって第一艦隊に便乗してアムリッツァに戻る所をひっ捕まえた。急遽後方勤務本部付にしてもらって、後方勤務本部高等参事官として作戦時の補給支援について話してもらう事になっている。
「はい。前回の会議で決定した帝国領再出兵ですが、宇宙艦隊司令部での検討の結果、実行面で大きな困難を困難を伴う事が判明致しました」
政府閣僚がざわつく。顔ぶれを見ると…出兵賛成派は議長サンフォード、美魔女ウインザー、アイアデル、ダルメステテールの四人。出兵反対派が…ホアン、レベロ、そしてトリューニヒトの代理のネグロポンティだ。ネグロポンティは緊張した面持ちだ。トリューニヒトの留守中にこんな会議が開かれるなんて思っていなかったのだろう。一応奴にも会議の開催を要請する件は話してある。トリューニヒトが居ない間、仲間外れにして機嫌を損ねてもらっても困るからな…。

 サンフォードをチラリと見てからウインザーが口を開く。
「どの様な困難が存在するというのです?ウィンチェスター提督」
きつい視線で舐め回す様に俺達を見ている。止めてくれ、俺は年上の女は好みじゃないんだ。
「作戦目的の達成は難しいという事ですよ、ミセス・ウインザー」
「あら…前回の会議で発案した方々は自信満々でしたのに」
「自信を持つのは大事ですが、それが直ちに成功に直結する訳ではありませんよ、夫人」
今更ながらに気付いたのだろう、発案者の三馬鹿…ムーア、ルグランジュ、ホーランドがこの場に居ない事に…。
「今をときめくウィンチェスター提督らしくもないですわね。貴方はヤン提督と並ぶ同盟の英雄ではありませんか。自信がないなどと…ブルース・アッシュビーの再来と謳われる貴方の名声に傷が付きますよ」
ウインザーはそう言って薄く嗤った。酷薄そうな嗤い方だ。この女の旦那はこの女のどこがよくて一緒になったんだろう…家でこんな笑い方されたら気が滅入ってたまらんぞ…いかんいかん…。
「名声で戦争に勝てるなら大事にもしますけどね。それに自信が無いのでは無く、困難だと申し上げているのです」
ウインザーが続けようとしたのをサンフォードが制した。
「一体、どの様な困難があると言うのだね?」
「兵力が足りません」
「何、兵力が足りないだって?」
「はい。その上地の利もありません。これでは勝てません」
俺の簡単な物言いにサンフォードは面食らった様だった。専門的な用語を並べても理解してもらえるか判らないから、誤解のないように分かりやすく言ったつもりなんだが…黙ってしまったサンフォードに代わって、再びウインザーが口を開いた。
「それを勝てる様にするのが貴方達軍人の本分でしょう?それに、たとえ兵力が足りずとも、たとえ地の利が無かろうとも、専制政治打破の為には…」
ウインザーの必殺技が飛び出した。
「まあまあ、落ち着いて下さい。キャゼルヌ少将、資料を皆さんに配ってもらっても宜しいですか」
必殺技を邪魔されて不満げな美魔女を尻目に、キャゼルヌ少将が無言でペーパーを配っていく。
「ゆっくり読んでもらって構いません」
ペーパーに目を通す賛成派閣僚達の顔が曇っていく。対象的に反対派…レベロやホアンの方は深く頷いていた。同じ反対派でもネグロポンティはペーパーの内容に驚いている様だ。まあ仕方がない、当時の奴はこれを見られる立場にはなかったからな…。

 ペーパーから目を上げたレベロから称賛の言葉があがった。
「よく出来た資料だ。内容から察するにこの資料はイゼルローン要塞攻略作戦の時の物の様だが、キャゼルヌ少将、君が作成したのかね?」
「いえ、これは当時の宇宙艦隊司令部の作戦参謀であったウィンチェスター提督や後方主任参謀が作成したものです。当時小官はシトレ氏の首席副官でありましたので多少は関わらせてもらいましたが…後方任務、補給に携わる者として言わせていただければ、たとえ戦場で帝国艦隊を撃破したとしても、その後が続きません。際限無く物資を放出せねばならないのですから」
「その通りだ…二人とも軍人ではなく財政委員会の方が向いているのではないかな…それはともかく、議長、これでは再出兵など成功する筈はありませんぞ。中止すべきです」
レベロの横でホアン・ルイが何度も頷いている。サンフォードは沈黙したままだ。誰かが助け船を出すのを待っているのだろう。だけど誰も喋ろうとはしない。諦めた様にサンフォードが口を開いた。
「だが、この資料は過去のものだ。出兵してみない事には結果は分からないだろう?元はと言えば、軍がボーデンで勝てなかったからこうなったのではないかね?」
多分サンフォードはムーア達のでしゃばりに乗ってしまった事を後悔しているだろう。戦争をしている以上、戦場で勝ったり負けたりは付き物だ。結果としてアムリッツァは守られたのだし何の問題もないだろうに…そもそも何故古い資料を見せたのか分からないのか?まあ分からないんだろうな、仕方ない。グリーンヒル本部長とビュコック長官、キャゼさんにだけ聞こえる様に、言った。
「言葉を飾るのに飽きてきたんですが」
二人共苦笑すると、ビュコック長官が呟く。
「貴官の言いたい様に言ってやるといい。会議とはそもそも言葉を飾る場所では無いからな。どうですかな、本部長」
「構わないと思います。たまには本音を聞かせてやるのもいいでしょう。ウィンチェスター君、やりたまえ」
「ありがとうございます」
深呼吸して立ち上がろうとすると、キャゼさんが袖を引っ張った。
「おい、あんまりやりすぎるなよ。舌禍問題でお前さんが居なくなるなんて困るからな」
「分かってますよ」


16:40
国防委員長執務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 「何だね、さっきの会議での発言は!」
ネグロポンティが怒っている。
「事実を述べたまでですが…それがいけないと委員長代理は仰るのですか?」
「事実の述べるのは構わん、だが目上に対して礼を失するに余りある態度だったとは思わんのかね!」
まるで校長の顔色を気にする教頭だ。一緒に座らされている本部長や長官は学年指導と担任の先生というところか…。
「目上?政治家とはそれ程偉い存在なのですか?」
「何だと?」
「会議で述べた通りです。政治家、特に政府閣僚は市民が納める税金を公正にかつ効率よく再分配するという任務を託されて、給料をもらってそれに従事しているだけの存在です。社会生産に何ら寄与している訳ではありません。寄与していないと言えば、我々軍人もまた同じです。私たちはよく言っても社会機構の寄生虫でしかありません。それを認識してもらっただけですが」
「だからと言って…」
「まあ聞いて下さい。委員長代理、貴方も驚かれたのではないですか、前回の会議の内容を聞いて。軍内部の一部の不届者の絵図に乗って、議長は兵士達の命と政権維持を天秤にかけたのですよ。それでも私の発言が礼を失するに余りあると言われるのですか」
「それは…」
ネグロポンティは言い淀んだ。
「皆さん政治家の方々が世論や市民の意向を気にするのは分かりますが、その為に兵士を死地に追いやる訳には参りません。軍は帝国と戦う為に存在するのであって、政治家の地位を守る為に存在するのではありません。違いますか」
「それはそうだ、だがね、あの議長への発言は宇宙艦隊副司令長官の職に有る者としては少々不見識かつ不穏当なものであったとは思わないのかね」
「思いません。同盟市民として、同盟軍人として本音を申し上げたまでの事です。そもそも私は前回の会議が開かれた経緯についても納得しておりません。たとえ許可されているとはいえ自分達の損得勘定で作戦案を最高評議会に持ち込む…それに乗る議長も議長です。それによって同盟軍が、同盟が危機に陥るかもしれない、そういう事態に陥りかねない状況を見逃す事は出来ません。ですが、小官もああ申し上げた以上は後には退けません、同盟の為に職務に邁進する所存です。失礼させていただきます」

 
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