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ボーイズ・バンド・スクリーム

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第11話 虚空を泳ぐ

 
前書き
こんばんは!今回でデート回は一応最後になります!それでは本編のほうをお読みください! 

 
瑞貴宅のリビングにて。話したいことがあると瑞貴は桃香を自宅に招待したのだった。春樹は謎の気を利かせて、鎌倉にある金清の家まで泊まりに行っていた。「藤沢行けてないからな。そのまま江ノ島で湘南の風に打たれてくる!お前も初デート頑張れ!今日はお持ち帰りもイケるぞ!」と少々わけの分からないことを言っていた。お持ち帰りとは何ぞやと瑞貴は考えていた。

「ただいまー。モモ、帰ったぞー」

「モモっ?!誰?!女なの?!」

「違う違うっ、飼ってる鳥の名前だって!モモ、河原木だよ。挨拶して」

「ピィー!」

「うわっと…」

オオマシコ。スズメの一種である。大猿子と読んで字のごとく猿のように頭など所々、身体がピンク色をしている。瑞貴が鳥籠から出してやると赤い鳥は一直線に桃香の肩に止まった。臆病な性格なのに桃香が気に入ったようだ。

「オオマシコのオスだ。勘違いすんなよ?名づけ親は春樹だからな。半年ぐらい前に家の前で足痛めてるモモを見つけて。まだ小さかったし、うちで飼うことにしたんだ」

「雛鳥なのか。オスなのにモモって…可愛いけど」

「ピュイッ、ピュイッ!」

モモは桃香の手に乗り指を嘴でちょんとつついている。懐いている仕草だそうだ。彼女自身が瑞貴に名前で呼ばれているようで、どこかむず痒かった。

「そうそう。春樹がネーミングセンス皆無でさ。『ピンク色してるからモモで!』みたいな」

「絶対、私の名前入れてるだろ…」

「言われてみれば。春樹にちゃんと訊いたことなかったな」

「あいつ…確信犯だな。とっちめてやるっ!」

「ははっ」
 
瑞貴は立ち話もほどほどにしようと思い、モモを鳥籠に戻して桃香を椅子に座らせた。冷蔵庫から2人分の烏龍茶をコップに入れてテーブルに置き、隣り合わせで座る。リビングには幼少期の瑞貴と両親と思しき男女が映っていた。瑞貴の祖父、大介の姿もある。

「お前の家族か?今も元気なの?」

「母さんは、どこにいるか分からない。父さんは…じいちゃんから変わらず仕事を淡々としてるって聞いた」

「そっか…」

父親の様子も人伝ということは複雑な家庭事情があるのかもしれない。瑞貴の事情に土足で踏み入りたいと願ったのは桃香だったが、彼の話を聞いて二の足を踏みそうになっていた。

「うち、両親が離婚してるからさ。俺がまだ小学生の時。よくある喧嘩別れ。母さんはイギリス人と日本人のハーフで。大学のミスコン総なめだったらしい。父さんは家庭を顧みない仕事人間。結局、母さんが男作って出てったんだよ。ま、愛されてないって思ったんだろうな…」

「そっか…大変だったんだな」

「小さい頃のことだしな。それはもう平気」

「その、じゃあ瑞貴はクォーターになるのか?畏れ多いこと言うけど…お母さん、どことなく私に似てない?」

「うん。男はよく母親似の女性を好きになるって言うよな。確かに容姿に惹かれたのは認める。けど大丈夫。重ねたりはしてないから。お前が好きだよ。お前の歌のファンだから。俺の心を動かしたのは河原木桃香の音楽だから。再会して短い時間だけど一緒に過ごしてさ…やっぱり好きだなって。俺の気持ちは変わらないよ」

そう言って瑞貴は桃香に優しい顔を向ける。彼女は再会するまで高校時代の、学級委員長としての彼しか知らなかった。初めて見る表情ばかりに、どこか胸のざわつきを覚えた。

「白石…こんな私を好きになってくれて、ありがとう。私も、お前のこと嫌いじゃないっていうか…でもいきなりすぎて気持ちの整理が追いつかないんだよ」

「そっか…そうだよな」

「いつか、ちゃんと返事するからなっ!待っててくれるか?」

「うん。それが聞けただけでも十分。こちらこそありがとう、だ」

「お前は良い男だな」

「ほ、褒めても何も出ねぇからな」

「おっ、照れてる照れてる」

「うるせぇな…」

桃香から素直な言葉を投げかけられた瑞貴は赤面する。彼女に揶揄われると彼は頬杖をついて、そっぽを向いた。桃香は、そんな仕草も自分に似た気がして少し嬉しい気持ちになった。

「サイズは大丈夫そうか?」

「うん、ちょっと大きいぐらいだけど。ありがとう」

お互いにシャワーを済ませ部屋着に着替える。桃香には瑞貴の部屋着を貸していた。確かに袖丈が長く手が隠れてしまっている。

「…じゃあコレを見てくれ」

「嘘、だろ…なっ、なんだよこれっ…!」

瑞貴は意を決して桃香の前で上半身の服を脱いだ。筋肉質な身体には夥しい数の傷跡があった。胸、背中、腹、腕に至るまで火傷の跡や打撲痕、中には切り傷が塞がった後まで見え隠れしていた。これが瑞貴が高校時代、人前で頑なに肌を見せない本当の理由だった。

「一体、誰が…」

古傷のあまりの酷さに言葉が続かない桃香。父がしたことだと瑞貴は告白する。小学生の頃、母親の浮気が原因で両親は離婚。父親はショックのあまり飲酒と煙草がやめられず、瑞貴に暴力をふるった。酒が抜けると瑞貴を強く抱きしめ謝り続けるが、ひとたび酒に溺れれば瑞貴は父親の暴力に晒され続けた。今でこそ父親は市長だが、その時は一介の議員に過ぎない。世間的には品行方正な公務員だった。煙草の火を腹に押しつけられた時、彼は誰かに助けを求めることを考えたが、暴力がエスカレートするのを恐れて声を出せなかった。母親に似て美形な瑞貴の顔が愛憎どちらの感情も産んだのだろう。瑞貴はどうしていいか分からず戸惑いながら暴行に耐え続けた。中学卒業を前にして祖父が瑞貴を引き取っている。

「引いたか?笑っちゃうだろ?これがクリーンで通ってる市長の裏の顔。とんだ飲んだくれの暴君だ」

瑞貴は自重気味に笑う。顔こそ綺麗なままだが、顔から下は傷だらけ。自身の醜悪な身体を想い人に晒して引かれないわけがない。瑞貴は桃香を自宅に送り届けるつもりでいた。受けれ入れられるはずがない、と。

「笑えるもんかっ!酷い、酷すぎる…これがっ…これがっ……人間のやることかよっ…!」

瑞貴の予想に反して桃香は涙を流しながら憤激していた。次の瞬間には瑞貴は桃香に抱きすくめられていた。女性の柔らかい感触が瑞貴に触れる。シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。

「しろいしぃ…痛かったよなあ…話してくれて、ありがとぉっ…私にはっ、これぐらいしか…」

「河原木…」

その先は言葉にならない。瑞貴の胸の中で桃香は嗚咽する。彼女が瑞貴を慮り、本気で心の傷を癒そうとしてくれるのを彼は感じ取っていた。瑞貴は彼女の背中をポンポンと軽く叩きながら彼女が落ち着くのを待った。

「その、落ち着いたか?」

服を着直した瑞貴は桃香に優しく声をかける。よほどの衝撃だったのだろう。俯いたままリビングのソファに座っている。瑞貴は彼女の隣に腰掛けた。

「悪いな、取り乱しちまって。泣きたいのはお前のほうだよな」

「いや、てっきり引かれるかと思ってた」

「そんなわけないだろっ!だいたい、お前は何も悪くないじゃないか!その、高校の時って…」

「大半の男子は受け入れてくれたよ。むしろ仲良くしてくれた。春樹が言うには『完璧じゃないからじゃないか?ミロのヴィーナス的な?片腕ないから不完全で美しい、みたいな。イケメンで成績優秀、おまけにスポーツ万能と来りゃあ近寄りがたいし反感も買うけど身体がキズモノだったから、みんなよろしくしたがるんだよ。男の嫉妬も実はけっこう怖いぞ〜?』って」

高校生のクラスメイトの男子は全員、傷のことを知っていた。中には気味悪がっているものもいたが、大半は本気で心配してくれた。むしろ3年間、誰も口外しなかったことに瑞貴は感謝している。教師には皮膚炎が酷いため水泳の授業は見学させてほしいと頼み、代替えの補修で対応してくれたと瑞貴は説明した。

「そんな、なま易しいもんじゃないだろっ!何言ってんだよ、あいつはっ!無神経なんだよっ!」

「ま、幼馴染だからな。安っぽい同情よりは笑い飛ばしてくれたほうがマシってやつだ」

「そっ、それはそうかもしれないけどさ。白石の気も知らないで」

瑞貴は柔和な表情で桃香を見つめる。桃香が自分のために本気で泣いたり怒ったりしてくれた。その気持ちが彼には嬉しい。

「まだ痛むのか?」

「うん。雨の日とか雪の日とか。そんなとこだ」

「酷すぎる。実の親がこんなことって…」

「…今でも、時々うなされてるらしい。酒も20歳祝いに飲んでみたけど一口で吐いちまった。クソ親父をおかしくしたもんが身体の中に入り込んできたと思うと、どうしても駄目だったな。弱い人間だよ、俺は」

「弱いもんか!肉親から暴力振るわれるなんてっ…お前はっ、よく耐えたよ」

「だから俺にもロックは必要なんだよ。俺にとってロックは酸素なんだ。ないと…生きていけない。歌って、吸ったり吐いたりするんだ。怒りも憎しみも哀しみもぜんぶ曝け出してさ」

「白石…」

祖父が演歌歌手というのもあるが、瑞貴らしい表現で叫んでいるのだろう。ワンクラは暗い歌詞も多いが、光や希望を持とうとする。助けを求めたり世の中の理不尽を叫んだり。それは彼の、彼らの純粋な叫び声なのだろう。それが時に聞き手の共感を呼んでいる。桃香はそんなふうに思った。

「ま、もう夜も遅い。送って行くよ。話、聞いてくれてサンキューな」

「今の話を聞いて1人にできるか!工藤いないんだろ?何もできないかもしれないけど、泊まっていく!」

「お、おう。分かった」

瑞貴が悪夢にうなされるのを心配してくれたのか、桃香が泊まることになった。瑞貴は桃香をベッドに寝かせて自分はソファで寝ようとしたが桃香に止められた。その後も言い合いを続けた。

(どうしてこうなった…)(どうしてこうなったんだろう…)

結果として瑞貴のベッドで瑞貴と桃香が背中合わせで寝ることになった。瑞貴はその後も春樹のベッドで寝ることを提案したが「同じ部屋じゃないと意味ないだろっ!だいたい私から逃げようとするなっ!好きじゃないのかよっ!?」と怒った顔で桃香に言われ仕方なく2人で同じベッドで横になったのだった。ベッドが広めとは言え大人2人が寝るには少し狭い。

「なんか落ち着かねぇな…」

「そうか?私はお前が相手だと、なんか落ち着く。もっと早く話しとけばよかった」

「嬉しいけど、この状況で言われてもな…ちょっと複雑」

瑞貴が男性であるとの認識はないのだろうか。自身の好きな異性にここまで無防備に来られると彼は緊張で落ち着かなかった。

「…なあ。まだ私のこと、好きか?」

「何だよ改まって。好きじゃなかったら水族館行こうなんて誘うかっての」

「そうだよな。なんか、好きだって言われてから変に意識しちまって。白石を他の女に盗られるって考えたら感情ばっか先走ってさ。私って悪い女だ…縛りつける権利もないのに」

「俺が勝手に告白しただけだし河原木が気に病む必要はない。そう思ってくれてるだけでも嬉しいよ。ま、今の状況と言動は一切噛み合ってねぇが…」

「うっ、仕方ないだろ…嫌だったか?」

「全然。もし明日、死んでも後悔はねぇよ」

「それはさすがに大袈裟」

お互いに背を向いたまま、どちらからともなく吹き出した。会う時こそ気まずい感じはある。しかし一度、会えば旧知の友のように会話が転がるのが心地よかった。元同級生だからだろうか。瑞貴はそう考えながら桃香に語りかける。

「河原木」

「ん?」

「ありがとう。お前が俺を好きでも嫌いでも、この想い出があれば強く生きていける気がする」

「白石…」

「おっ、おいっ、河原木っ!」

瑞貴は後ろから桃香に抱きすくめられていた。本日2度目の抱擁だが、やはり気恥ずかしく、落ち着かない。

「ばかだな…悪夢なんて私が吹き飛ばしてやるからっ!はっ、早く寝ろっ!」

「…分かったよ。おやすみ」

桃香の確かな温もりが瑞貴の背中に伝わる。瑞貴は心が安らぐのを感じた。このまま時が止まってしまえばいい。瑞貴はそう思いながら眠りについた。

翌日。瑞貴は布団ではないような重さを感じて目を覚ます。

「かっ、なっ…おまっ」

「んっ…なんだよ?」

桃香が瑞貴の身体の上で寝ていた。背中合わせで寝ていたはずだが、いつの間にか彼女の頭が瑞貴の胸ぐらいの位置になっている。女性の柔らかな感触、それも想い人のものが身体にこれ以上なく密着している状況に瑞貴は気が変になりそうだった。

「河原木っ、どいてくれっ!そうしないと俺は…」

「あ?なんで目をそらすんだ?私から逃げるなよ!」

瑞貴は桃香から顔を背け、肩をそっと掴んで彼女をベッドの端に移動させようとするが、彼女は瑞貴の頬を両手で掴んで自身のほうに向かせた。

「いや違っ…恥ずかしいからさ」

「こうされるの…嫌?」

「じゃなくてっ…!」

見つめ合う瑞貴と桃香。お互いの顔が至近距離にある状態で瑞貴は落ち着かなかった。胸の鼓動が鳴り止まない。付き合ってもいない男女が密着しすぎるのは良くない。そう思い、再び桃香の身体を移動させようとするが、彼は緊張のあまり身体が動かなせなくなっていた。直後にノックの音が聞こえてハッとする。

「瑞貴〜?起きてるか?帰ったぞ」

春樹が泊まりから帰って来たようだ。そのまま部屋の扉が開いてしまった。

「…お前にも、春が来たんだな。おめでとうさん」

「ちょっと待て春樹、誤解だっ!これは違ぇって!」

「何が誤解なの?別に私が好きなら問題ないだろ?」

「いやっ、そうなんだけど…そうじゃねぇっていうか」

「はっきりしないやつだな」

「もう勘弁してくれー!」

瑞貴の絶叫が家中に響き渡ったのは想像に難くなかった。 
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