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冥王来訪 補遺集

作者:雄渾
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第三部 1979年
原作キャラクター編
  秘密の関係 後編

 
前書き
 ユルゲンの浮気事件の顛末です。
ハーメルンの書下ろしで、第140話の再録になります。 

 
 F‐14は、米海軍の要求によって作られた新型機である。
それまで主力だったマクダエル・ドグラム――現実のマグドネル・ダグラス――製のF-4ファントムを置き換える目的で開発された。
主眼はBETAの光線級とそこから放たれる大量のレーザー光線による飽和攻撃からの防衛が目的である。
ソ連での対BETA戦の情報を基に、ミサイル・キャリアーとしての艦載機の側面が多分に強い。
 新開発のAIM-54フェニックスミサイルを、両肩にそれぞれ3発ずつ発射装置に取り付けて、装備可能な機体だ。
追加武装として、中距離ミサイルAIM-7スパロー、短距離ミサイルAIM-9サイドワインダーもある。
 その為、ミサイルの運用を前提にした、最新のレーダー火器管制装置が追加された。
管制ユニットは複座となり、もう1名の衛士は爆撃手と通信士を兼任した。
 その他の特徴として、飛行状況に応じ、主翼角度を変更できる可変翼。
この可変翼により、F‐14戦術機は、F-4ファントムと比して、高い運動性能と高速性能を両立した。

 クゼ大尉が操縦するF-14は、チャイナレイク基地の上空を飛んでいた。
最高速度のマッハ2.3で、力強い爆音を響かせながら、進んでいく。
ボディを閃かせて突進する様は、まるで金属製の鎧をまとい、敵陣に切り込まんとする中世の騎士さながらだ。
 期せずして、20名以上の海軍士官や整備兵が歓声を上げる。
拳を突き上げ、()えるように、新型機に声援を送った。

 ユルゲンの妻役として来ていたマライ・ハイゼンベルク。
彼女にとって、今回の新兵器の公開セレモニーはどうでもいい事だった。
駐在武官補佐官の妻という秘密任務は、今は気をもむ一つに過ぎない。
 だが、重要な事は一つだった。
それはユルゲンの子供を身ごもっていることだった。
他の事は、何も考えられなかった。
 セレモニーに参加していた米海軍関係者や駐在武官の夫人たち。
若い武官や海軍将校の中には、子供連れも多くいた。
 これから先を考えると鬱勃(うつぼつ)といて、心がますます重くなる。
父・母・子という完璧な家族を持つことは厳しいだろう。
 ユルゲンの妻であるベアトリクスの件もある。
だが、それ以上に重要な事があった。
ユルゲン以外の男を受け入れる余地がないからだ。
 この先、未婚の母として生きていくことを考えると、途方にくれた。
子供を育て、生計を立て、衣食住を確保する。
 すべての責任が、自分の双肩に重くのしかかってくるのだから……
そして、その間、自らが(いだ)(いと)し子の顔は、自分が捨てた男を思い起こさせる。
 部隊勤務の時、他の隊や基地で男女の騒ぎがあった事は聞いたことがある。
しかし、マライにとって、それはあくまで、噂でしかなかった。 
 今回のユルゲンとの情事は、他人事ではなかった。
駐在武官の不倫は、司令部や政治局にとっても一大事のはずだ。
 何がどうなるか、だれがどう動くか。
皆目(かいもく)見当(けんとう)が付かない。
 ましてや、自分がどう動くべきか、猶更(なおさら)わからなかった。
マライは、頭の中が真っ白になったまま、基地をさまよっていた。

 
 F‐14の管制ユニットから降りると、機体の前に一人の東独大使館員が待っていた。
ユルゲンは、参事官の姿を目の前にして、驚くと同時に嫌な予感が頭をよぎる。
「同志ハイゼンベルクが、どこに行ったか知らないかね」
 彼は米軍基地への引率者で、ユルゲンとマライの監視役も兼ねていた。
やや硬い表情なのが、ユルゲンには非常に気になった。
 ユルゲンは終始(しゅうし)無言だったので、クゼ大尉が思わず問い返した。
「ベルンハルト大尉。
奥さんが、どうかしたんですか」 
クゼは、ユルゲンの喉がヒューとなるのを聞いた。

 
 青い顔をした参事官の話だと、こうだった。
マライが、砂漠を見に行くと言い残して、姿を消したという。
 チャイナレイク基地の周囲にあるモハーベ砂漠は、広大な砂漠だ。
面積は、およそ81000平方キロメートル。
カリフォルニア州、ユタ州、ネバダ州、アリゾナ州の4州にまたがり、ほぼ北海道と同じ広さ。
 気温は、年間を通して摂氏2℃から36℃に変化する過酷な環境だ。
山岳地帯や岩石、塩湖や川があり、多様性に富んだ砂漠である。
 降水量が極端に少なく、水が飲めるような場所も、十分にない。
荒涼とした砂漠の中で行方不明になれば、助かる見込みはない。
 参事官は、あまりの出来事に気が動転している様子だった。
戦術機の目の前だというのに、ゲルベゾルテに火をつけるほど。
ターキッシュの独特の癖のある煙が、周囲を漂い始める。

 マライを探し出すのが最優先だ。
大使館や政治将校への報告は、どうにでも出来る。
 落ち着いて、冷静に……
ユルゲンは、そう自分に言い聞かせた後、クゼの方を向いて。
「クゼ大尉、ジープを用意してもらえますか」

 ――ジープとは、馬力の強い全輪駆動の小型自動車の一車種。
軍用車両としては1940年代から1980年代まで米軍で使用された。
2020年現在、後継車両のハンヴィーが、その役割を担っている――

 クゼは、納得しがたい表情を浮かべながらも、頷いた。
まもなくクゼが運転する車に乗って、マライの方に向かった。


 クゼと共に、ユルゲンはマライの事を探した。
 チャイナレイク基地は、小さい。
ノースアイランド海軍航空基地のように広くないから、移動にも時間がかからない。
ジープから飛び降りたユルゲンは、待合所として使われている建物に入った。
小規模なので、探すのに苦労しない。
 マライは、喫茶室を兼ねた士官食堂の中に座っていた。 
見慣れぬ東洋人の女とお茶をしている最中だった。
 無言のまま、ユルゲンは、マライの目の前に立つ。
マライは、信じられないといった表情を浮かべてから、今にも泣きだしそうになった。
 目のまえのマライは、ともすればただうつむきがちだった。
ふたりは、溶けきれないもどかしさのまま、むかい合っていた。
「少し時間があるかな」
 ユルゲンはふと、こんな糸口をみつけて言った。
ひとつの話がとぎれると、あとの話題も彼がもちだすほかないのであった。
「一緒に話し合おう」
 その一言で、マライの顔に赤みがさす。
ユルゲンにはそれだけで十分だった。

「俺が間違ってたよ、マライ」 
そういって、ユルゲンはマライの壁を破った。
「今までの仕打ちを許してほしい……」
 ユルゲンが、そこまで言ったとき、マライが唇に人差し指を置いた。
まるで、その先の言葉は言わないでと言わんばかりにである。
「許すだなんて……
私は、あなたの望みのままになりたいと思っていたのに……」
 ユルゲンは、意外とはっきりと言った言葉に気圧(けお)されていた。
そしてマライは、優しくユルゲンを抱擁し、キスをした。
 二人の体が密着し、周囲が見えなくなる。
ユルゲンは、唇にむしゃぶりついた。
 若い男の熱さと脈動を、マライは頼もしく思った。
そして驚きは、次第に切ない感覚に変化していく。
 キスに感じ入ってしまう自分に驚きながら、マライは慌てる。
彼女は恥じ入りながら、ユルゲンを唇からそらせた。
「もう、よしましょう。いけないわ……」
 マライの言葉は、ユルゲンに向けたものというより、自戒だった。
ここで思いとどまらねば、どんどんエスカレートするだろう。
「君は、俺の事をこんなにしておいて、ひどい(ひと)だ」
マライは、ユルゲンのはっきりした物言いに驚いた。
男の情熱を知らないだけに、混乱してしまう。
どう対応していいか、皆目見当が付かない。
「そんな、恐ろしいこと言わないで……
もう戻りましょう。
クゼ大尉が、さっきからそこで待っているわ」


 基地司令や各国の武官達が、マライの行方不明を知ったのは20分後だった。
 報告が伝えられた時、その場は凍り付いたが、まもなく歓喜に代わった。
 クゼが、基地司令に知らせたのだ。
まもなくクゼは、上司のヘレンカーター提督に近寄ると奇妙な提案をした。
「従軍司祭を呼んでほしいだと?」
「結婚式を挙げたいそうなんで……」
「誰が?」
「東独軍から視察に来ているベルンハルト大尉です」 
 副官の提案に、ヘレンカーター提督が唇をゆがめる。
傍から見ると笑っているかのようには見えたが、無理やり作り笑いを浮かべたようだった。
クゼの話を喜んでいるような表情には見えなかった。
「まあ、F‐14の公開セレモニー……
今回の慶事に乗じて、結婚式を挙げるというのも人情としては判らない話ではありませんな」
 声を弾ましたハイネマンにつづいて、来賓の一人である男が言った。
「新型機の発表と、若い二人の門出。
これは本当に目出度い事ですな……
東西融和としての、米海軍基地での結婚式、良い事ですな。
早速、手配しましょう」
 声の主は、現政権の国防長官であるハロルド・ブラウンだった。
彼は、1969年の第一次戦略兵器制限交渉に、米国代表として参加した人物である。

 かくして、ユルゲンとマライの奇妙な結婚式が始まった。
大勢の来賓(らいひん)を前にして、夏季勤務服(サービス・カーキ)姿の従軍司祭が、淡々と決まり文句を読み始める。
 それぞれ勤務服姿のユルゲンとマライは誓いを立てる。
ユルゲンはこの時、意図して教会風の言い回しを避けた。
 理由は、SEDの方針として、キリスト教の信者は出世できないからである。
司祭にも、自分はキリスト教徒ではないと伝えておいた。
「私、ユルゲン・ベルンハルトは、ここに結婚の誓いをいたします。
妻マライ・ハイゼンベルクさんへの思いやりを忘れず、生涯、大切にし、愛する事を誓います」
 マライは、覚悟した。
もう引き返せない。
このまま、押し切ってしまわねば……
「私、マライ・ハイゼンベルクは、本日、皆様の前でお約束します!
どんなときも、ユルゲン・ベルンハルトと支え合い、一生愛し続けることを誓います」
 司祭は、用意された結婚許可証(マリッジ・ライセンス)にサインをする。
そのまま二人はキスをして、結婚の儀式は終了した。

 日本と違い、米国では結婚式が婚姻届とセットだった。
結婚式を必ず行わないと、法的に結婚手続きが完了しなかった。
 婚姻届を役所で出す場合は、結婚式を市長や立会人の前でするしかなかった。
その他に、結婚式の司式者は、役所の許可を持つ人物でなければいけなかった。
 クゼ大尉は、ユルゲンの提案を、婚姻届を出すものとして勘違いしていた。
こうして、ユルゲンとマライは、なりゆきで米国内で婚姻届を出すこととなったのだ。 
 

 
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