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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第九十二話 再侵攻

宇宙暦796年1月18日09:00
バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、「ガストホーフ・フォン・キンスキー」
ヤマト・ウィンチェスター

 “ウィンチェスター大将、そして奥様も…笑顔でお願いします…そう、そう…もう一枚…ありがとうございました”
“大将閣下、奥方も…こちらにもスマイルお願いします…ありがとうございます”

『では、お二人は下士官術科学校在学中から愛を温めてきたと…うらやましいお話ですね』
「当時は将来こんな事になるとは思ってませんでしたよ」
『そして閣下は…当時のウィンチェスター兵曹は後ろ髪を引かれる思いで任地のエル・ファシルへ赴き、そこで当時のヤン中尉の知遇を得る…という事ですね。当時のミラクル・ヤンにはどの様な印象を持たれましたか?』
「とても奇跡を起こす様には見えませんでした。人は見かけによらない、という言葉のいい実例でしたね…」
『そうなんですね…そして今やそのヤン中将を追い抜き同盟軍史上最年少の大将、宇宙艦隊副司令長官となられた訳ですが……あ、はい、ご夫妻のお二人は一旦ここで休憩入りまぁす』

 今日は軍の広報誌『JP3-61』の取材を受けている。取材場所も軍広報センターではなくて奥様の実家で…という事で、ガストホーフ・フォン・キンスキーに来ている。仕事でエリカの実家に来るのは妙な感じだ。
「すみませんお父さん、ご迷惑をおかけしてしまって」
「そんな事はないさ。ウチの宣伝にもなるからね。でもまさか、私達やエリカまで取材を受けるとは思わなかったよ」
そう、エリカの実家という事もあって、俺だけではなくエリカの両親も取材を受けているのだ。
「どうやら私達の番の様だ、ではまた後で」

 エリカの両親が、俺達と入れ違いに取材会場であるパーティールームに入って行く。宇宙艦隊副司令長官就任以来、こういった取材を受ける事が多くなった。アムリッツァを確保した時以来だ…同盟軍史上最年少の大将!ブルース・アッシュビーを越えた男!アムリッツァの守護者!……とまあ色々な二つ名をマスコミが奏でている。いい加減まともに仕事をしたいんだよなあ。
“しばらくはマスコミ攻勢が続く筈だ、もう慣れっこだろう”
辞職したシトレ親父の言だ。親父本人も辞職したことで取材攻勢に遭っているらしい。十二月に行われる評議員選挙では故郷カッシナから出馬する事が決まっている…。

 “ワシがまさか宇宙艦隊司令長官とはのう。国防委員会も何を考えておるのやら”
ビュコック爺さんはそう言って宇宙艦隊司令長官に就任した。総参謀長はおなじみのパン屋、チュン・ウー・チェンだ。ビュコック長官は能力的には間違いない、だが本人は兵卒あがりという事で引け目を感じている。パン屋本人もパン屋なんてあだ名をつけられるくらいだから、押しに強くはない。副司令長官なんて新設したのもそのせいだ…。
「ローザス少佐、君の古巣は俺に仕事をさせないつもりなのかな?」
「すみません、こういう時じゃないと広報部は大きな仕事がないもので…」
「分かるんだけどね、今後の取材は控えてくれる様に君から伝えてくれるかい」
「了解しました」
そもそもだ、年が明けたってのに統合作戦本部との今後の方針のすり合わせすら済んでないんだ、どうなってるんだよもう…。


11:00
ミリアム・ローザス

 今の所取材がメインだけどとんでもない忙しさ…忙しいのはいい事かもしれないけど、嫌になるわ…。閣下の直卒する第九艦隊の人事にもいろいろと変更があった。私、両方に関わらなきゃいけないのに…。

第九艦隊:一万五千隻、旗艦ヘクトル
艦隊司令官(宇宙艦隊副司令長官兼務):ヤマト・ウィンチェスター大将(本隊、六千隻)
艦隊副司令:ワイドボーン少将
参謀長:タナンチャイ少将
同参謀:フォーク大佐
同参謀:スール大佐
同参謀:バグダッシュ少佐
副官:ミリアム・ローザス少佐
分艦隊司令:バルクマン少将(三千隻)
同司令:ダグラス少将(三千隻)
同司令:ホーウッド少将(三千隻)
本隊所属分艦隊司令:カヴァッリ准将(一千隻)
同分艦隊司令:カールセン准将(一千隻)

シェルビー副司令…もう違うか、昇進したシェルビー中将は宇宙艦隊司令部へ、同じく昇進したイエイツ少将は第三艦隊へ…。そしてその第三艦隊からタナンチャイ少将が参謀長として転任して来られた。少将は少しやりづらそうにしている。確かにやりにくいと感じるかもね…旗艦も変わった。アキレウス級のヘクトルだ。ヘクトルはシトレ元本部長が使っていた旗艦戦艦で、シトレ元帥が統合作戦本部長になってからも本部長の艦として係留ステーションに保管されていたのだけど、それをウィンチェスター閣下が使うというのはシトレ元帥が閣下を自分の後継者にしたいからなのでは…という噂が飛び交っている…でも、あながち間違いじゃないのかも知れない。
「艦隊と…皆はどうだい?」
「特に問題はない様です、ただ…タナンチャイ参謀長が司令部の皆に少し遠慮がちにしている様に見えます。まあ、新参ですから…」
「ボーデンでパストーレ提督を上手く補佐出来なかった、同盟軍の失態は自分のせいだ、とでも?」
「はい、いいえ…何か仰っている訳ではないのですが」
「あれは、参謀長のせいじゃない。参謀が何か進言しても決定権は司令官にある訳だし、敵のミューゼル大将が一枚も二枚も上手だっただけさ」
パストーレ中将は自ら艦隊司令官を退かれた。ルフェーブル提督も勇退、第二艦隊のパエッタ提督も怪我の療養中という事で予備役に編入された。ルフェーブル提督はルーカス前宇宙艦隊司令長官に説得されたらしい。自分達のせいで上役が辞任するとあっては受け入れざるを得なかった、という事だろう…。
「小官もその通りだと思うのですが…」
「まあ、周りが何か言うと益々気にするだろうからね。折を見て私も話をしてみるよ」
自分の艦隊が大損害を受けて、転属した先は同盟軍の誇る若き英雄の参謀長職…私でも嫌だ…へこむ。参謀長、いい人なんだけど…しばらくは出撃が無い事を祈るしかない…。



19:00
ハイネセンポリス、シルバーブリッジ三番街、
エリカ・K・ウィンチェスター

 「エリカ、今日はお疲れ様」
「貴方もね」
実家(うち)で行われた軍広報部の取材も終わって、やっと家に戻って来た。パパもママも夕食を一緒にしたかったみたいだけど、断った。だって…ヤマト、本当に疲れてるんだもの。顔にはあまり出さないけど、色んなメディアの取材を受け過ぎて、いい顔するのがウンザリみたい…今日は軍の広報誌だったからまだよかったけど、TVの番組に一緒に出演した時は本当にひどかった。大筋では間違っていないのだけど、極端に誇張の多い再現ドラマを見せられて感想を訊かれた。TV番組だよ?ここは嘘です、事実と違います、なんて言えないじゃない?ヤマトも顔が少しひきつってたし…。
「どうしたんだい?」
「ちょっと飲みたいなと思って。どうかしら?」
「いいね。よし、今日は俺が何か作るよ」
「え?ホント?」
「たまにはね」

 ウチからこそっと持って来たワインを出して……。あたしがヤマトを好きになったのは決して将来性を見越して…とかじゃない。図書室の窓際で本を読む姿が素敵だったから。すごく自然で、目が合うと必ず返してくれる笑顔が素敵だったから。あたしと同じ様にヤマトの事を素敵って言ってる同期の女子は多かった。誰にも渡したくなかった、だから…。
「ほい」
「早っ!」
「パパっとね。久しぶりだからね、味は分からないよ?」
スズキのアクアパッツァに…これは五目ヤキソバ?そして…ミソ肉炒め?
「あとは…今から春巻を揚げるから…ああ、食べてていいよ。乾杯」
偉くなくてもいい、英雄なんかじゃなくていい。ただ側にいて欲しい。
「乾杯……愛してるわ、ヤマト」
「どうしたの、急に」
「ちょっと言いたくなっただけ。愛してる」



1月20日19:15
ハイネセンポリス、トリューニヒト別邸
ヤマト・ウィンチェスター

 今日はグリーンヒル本部長、ビュコック司令長官と共にトリューニヒトの別宅にお呼ばれしている。用意されたコーヒーをすすりながら、ビュコック爺さんが口を開いた。
「どうかねウィンチェスター提督、取材攻勢は」
「こう言っては何ですが、帝国軍の方がマシです。まあ、あらかた申込みのあった取材や番組出演は終わりましたから、広報部には今後の取材は必要最低限にしてくれと言いました」
「帝国軍の方がましか、そうじゃろうて…ところで本部長、今日のこの会合はどういう趣旨のものですかな」
「はい。今後の国防方針についてすり合わせをしたい、との事です。最高評議会で何やら出兵論が出ている様でして」
「出兵論ですと?」
グリーンヒル本部長によると、内容はこうだった…先の戦いはアムリッツァは守られたものの、素人目には敗けに等しい戦いだった、戦略的に攻勢なのは同盟なのに、守勢にまわっているように感じられる…ヴィーレンシュタインまで押し出せば、印象的には大分違うのではないか…という事らしい。

 「トリューニヒト国防委員長がそう仰っているのですか?」
「いやビュコック長官、言い出したのは最高評議会議長です。正確には議長に直接、話を持って行った一部の軍人達です」
何やらきな臭い匂いがするな、原作に似て来たぞ…。
「一部軍人と言いますと…」
ビュコック長官がそう続けようとすると、トリューニヒトが部屋に入って来た。
「ああ、敬礼はいい、楽にしてくれたまえ」
皆座ると、続いて使用人と思われる女性が食事や飲み物の類いの乗ったカートを運び入れる。
「皆、夕食はまだだろう?今後の方針の検討とは言うものの非公式な会合だし、気楽に行こうと思ってね。さ、遠慮なくつまんでくれたまえ」
トリューニヒトはそう言うが、本部長も司令長官も動かない…仕方ない、先陣を切るか…。俺が取り皿によそうと、二人も倣う。一通り取り分けてソファに戻ると、ビュコック長官が再び切り出した。
「委員長、政府内で出兵論が出ているというのは本当なのですか?」
「本当だ。私は反対なのだがね」
酒も用意されているけど、皆飲んでいるのはノンアルコールの物ばかりだ。非公式とはいえ酔っぱらったらどんな本音が出るかわからん…。
「しかしだ、高級軍人というのは一体何を考えているんだ?艦隊を率いて戦う事しか考えられないのかね?君達なら私の言っている意味が理解できると思うが」
呆れがちなトリューニヒトの問いに、ビュコック長官もため息をついた。
「現在の軍の方針では、帝国軍が来ない限りしばらく戦いはない、という事はしばらく昇進する事はない、出兵案を提出したのはそういう不満を持つ高級軍人達、という事ですか」
「そうだ。彼等は先日の戦いを見て、自分達の出番だと勘違いしているのだ。連中は私のところに出兵案を持って来た。本部長、知っているだろう?」
「はい。私の所にも持って来ました。国防委員長に見せるといい、と私が答えたので了承されたと思ったのでしょう。今の現状を考えれば了承などする訳はないのですが」

 そう答えたグリーンヒル本部長の顔は暗かった。先日の戦い…自分に原因があると思っているのだろう…トリューニヒトがテーブルの上に置いた作戦案のコピーに目をやると、立案者の名前が記載されていた。ムーア、ホーランド、ルグランジュ…シトレ親父が本部長だった時には大人しくしていた三人だ。トリューニヒトが序列がどうとか言うから、ムーアもルグランジュもとうとう艦隊司令官になっちまった…でもなんで最高幕僚会議名で出兵案を出すとはね…。この最高幕僚会議という組織は原作でもアニメ劇中でもその存在がクローズアップされた事がない。ヤンさんがイゼルローン要塞の司令官に任じられた時に最高幕僚会議議員という肩書きも一緒に出て来るくらいで、何しているかよく分からん。おそらく将官連中の人材プールみたいな扱いなんだろう。よく分からん組織だから、どうせなら国防委員長直属の諮問機関にしてしまえ、と以前に進言したことがある。シトレ親父にはお前がやれと言われたっけなあ…軍組織をいじる事になるから書類手続が面倒で結局やらなかったけど……。

 トリューニヒトは空になったグラスにジンジャーエールを注ぐと、一気に飲み干した。
「彼等は先日の戦いが私や政権の評価に傷が付くと言って私を煽って来たよ。あの戦いは帝国の都合で行われた物だし、アムリッツァは防衛出来ているのだから、私としては痛痒を感じないのだが…困った事に現政権の支持率は下落した。慌てた最高評議会議長サンフォード氏は支持率回復の為に彼等の企みに乗ろうとしている。私が相手にしないものだから、彼等は議長に直接出兵案を持ち込んだのだ。アムリッツァが上手くいっているのだから、ヴィーレンシュタインまで押し出せばボーデン、フォルゲンも後背地化出来ると言ってな」
トリューニヒトの言っている事は事実だった。現に戦いの後のインタビューでもトリューニヒトは、アムリッツァが守られたのだからなんら問題はない、そう答えていた。だけど同盟市民は納得しなかった。市民はあの戦いを敗けだと見ている。それが政権の支持率低下に繋がっていた。
「ウィンチェスター君、彼等の意見をどう思う?」

 俺はまだ食べてるんだよ!大体だな、本部長に質問する内容だろうこれは…。
「…あながち間違いではありませんね」
俺を除く三人の動きが止まる。
「間違い、ではないか」
トリューニヒトはそう言って苦笑しているけど、軍事的に間違いではないのは本当だ。
「ですが、彼等の出兵案はともかく、国防委員長の許可もなく議長に出兵案を持ち込んだのですから処罰すればいいじゃありませんか。明らかに越権行為です。命令系統からの逸脱ですよこれは」
トリューニヒトはキョトンとした顔をしている…俺変な事を言ったかな?至極当たり前の事を言ったつもりなんだが…。
「グリーンヒル本部長、私は何か変な事でも言いましたか?」
「ウィンチェスター提督、忘れているのか?…まさか知らない訳じゃないだろうね?」
「何をです?」
「最高幕僚会議は最高評議会の諮問機関だ。そこに所属する将官達が最高評議会議長に何か提案するのは何もおかしなな話ではない。それに、私もビュコック長官も、それに君だって最高幕僚会議の一員なのだ。そもそも少将以上の将官は皆そうだ」
…え?そうだったの?俺も入ってるの?
「…失念しておりました、申し訳ありません」
「まあ、開催される事など滅多にないし、失念していても問題はないのだがね…最高幕僚会議が議長に何か直接提案したとしても、軍事に関する責任者は国防委員長だし、実行するのは軍だ。だから責任者たる国防委員長と実行者の代表である統合作戦本部長が反対すれば、大抵の場合は議長も提案を飲む事はない」
「では今回もこの出兵案は却下されると?」
「分からない。サンフォード議長がどう判断するか、だ。議長が政権の支持率低下を一時的な物として捉えるか、深刻な物として捉えるか…それに」
「それに?」
「自分の政敵を失墜させるのにいい機会でもある…そうではありませんか、トリューニヒト国防委員長」
「そうだろうね、本部長」
本部長の言葉に苦笑いしたトリューニヒトは肩を竦めて笑った。本部長の言う通りだった。現政権…サンフォード政権が高い支持率を維持していたのはアムリッツァ確保による国内の好景気が背景にある。しかしそれはサンフォード議長の手腕によるものではなく、国防委員長トリューニヒトの手腕によるものだという事は誰の目からも明らかだった。サンフォードはそれが面白くない。議長主導で行った出兵案が成功すれば、反対したトリューニヒトの面目は丸潰れだ。支持率アップと政敵の追い落とし…サンフォードはこの案に乗る可能性は高い。でも…。
 
 「ウィンチェスター副司令長官、どうかな」
「私は反対です。支持率と政敵の追い落としの為に行われる出兵など論外です。ビュコック司令長官はどうですか」
「儂も反対じゃな。軍は政治家の玩具ではない。本部長はどうですかな」
「無論、反対です」
「三人とも反対か。まあそうだろう。ところで本部長、新しい宇宙艦隊の陣容はどうなっているかな」

第一艦隊:ヤン中将 一万五千隻
第二艦隊:ムーア中将 一万五千隻(編成中)
第三艦隊:アル・サレム中将 一万五千隻(編成中)
第四艦隊:ルグランジュ中将 一万五千隻(編成中)
第五艦隊:ビュコック大将 一万五千隻
第六艦隊:ホーランド中将 一万五千隻、アムリッツァ
第七艦隊:マリネスク中将 一万五千隻、アムリッツァ
第八艦隊:アップルトン中将 一万五千隻、アムリッツァ
第九艦隊:ウィンチェスター大将 一万五千隻
第十艦隊:チュン中将 一万五千隻(編成中)
第十一艦隊:ピアーズ中将 一万五千隻、アムリッツァ
第十二艦隊:ボロディン中将 一万五千隻、アムリッツァ
第十三艦隊:アッテンボロー少将 七千五百隻、アムリッツァ

「この様になっています。新しい艦隊司令官のうち二人は委員長の推薦によるものです」
「嫌な言い方をするね、本部長」
「そういう訳では…」
「私は人事権を玩具にしている訳ではないよ。実績、序列を考慮した結果だ。有難がるのは本人達の勝手だがね…だが、こんな事なら推薦するんじゃなかったよ。さてウィンチェスター君、どうするかね?」
「何故私にお尋ねになるのですか?」
「シトレ君から、面倒な事は君に任せろと言われているのでね」
「シトレ閣下が、ですか?」
「そうだよ。君を副司令長官に選んだのはその為だと私は聞いているがね。そうだろう?本部長」
「…平たく言えばそうなります」
何てこったい。そういう覚悟はしてたけど、原作の様な出兵案が出るとはね…しかし、本当に勝てると思っているんだろうか…動員する艦隊は十個、一挙にヴィーレンシュタインまで押し出して主要航路上のヴィーレンシュタイン星系を占拠する。そうすれば何れはボーデン、フォルゲンの主要な有人星系は枯れ落ち、同盟に救いの手を求めるに違いない。彼等を救う事で、ますます帝国の支配体制にヒビが入る事は間違いない…出兵案の書類に記されている内容をまとめるとこういう事になる。言っている事はまともなんだけどな、そう上手く行くかどうか…。
「言っている事はまともですが、ただ出兵するのでは成功の可能性は低いでしょう。此方の動員する艦隊のほとんどは再編成中の艦隊ですし、その艦隊が出撃可能になる頃には帝国も昨年の戦いの損害もとっくに回復しているでしょう。帝国軍は昨年の戦いを大した被害を受ける事のないまま切り上げました。という事は練度の高い艦隊がそのまま存在している訳です。更に、帝国軍にも新規編成中の艦隊が存在しています、我々が攻めて行けば彼等も出て来るでしょうし、おそらく新規編成の艦隊はかなりの精鋭でしょう。こちらが十個艦隊動員したとしても、勝てるとは思えません」
「過大評価、という訳ではなさそうだね」
「はい。昨年の戦いで活躍した、帝国のミューゼル中将…今は大将ですが、新任の大将ながら、帝国軍宇宙艦隊の副司令長官に抜擢されました。我々が攻めれば…帝国軍は当然迎撃に出る訳ですが、出て来るのはそのミューゼル大将が率いる新規編成の艦隊達でしょう。その艦隊司令官達はミューゼル大将の子飼いの優秀な者達です。フェザーンに派遣している私の参謀からの情報がそれを裏付けています」
 
 ラインハルト本人だろ、ミッターマイヤー、ロイエンタール、メックリンガーにケスラー…レギュラーメンバーが五個艦隊…全く想像したくない。これにミュッケンベルガーの率いる十個艦隊…もっと想像したくない。帝国の国内情勢を考えれば、その十個艦隊まるまる出て来る事はないだろうが、それでも半数の五個艦隊は出て来るだろう、という事は十個艦隊が迎撃に出て来る可能性がある、詰みだ…。
「委員長、もし出兵案が実施されるとしたならば、時期はいつ頃でしょう?」
「選挙前だろうな。選挙は十二月、となると遅くとも十月には出兵だろう」
出兵が決定してしまえば、本部長もビュコック長官も反対は出来ない。作戦実施に向けて準備をしなくてはならない。
「改めて確認しますが、委員長ご自身は反対のお立場なのですよね?」
「無論だ」
「分かりました。善後策を協議してみます」
「頼むよ」
トリューニヒトの返事と共に中断されていた夕食が再開された…。


1月23日09:00
統合作戦本部ビル、宇宙艦隊副司令長官執務室、
ミリアム・ローザス

 閣下は先日、トリューニヒト委員長の別宅に呼ばれたみたい。トリューニヒト委員長、グリーンヒル本部長、ビュコック司令長官、そして閣下…この四人で今後の方針を話し合ったというのだけれど、何かあったのかしら、今日の閣下は機嫌が悪そう…。

 うん、そうだ、そうしよう…閣下は独り言の様にそう言うと、内線をかけ始めた。
「あ、司令長官は在室かな?……了解です、そちらに行くと伝えてください……ほら少佐、行くよ」
言われるがままに着いていく。普段、大抵の用事は私か内線で事足りる。司令長官の執務室に行くと言う事は、長い話になるという事だ…。

 司令長官執務室では副官のファイフェル少佐が出迎えてくれた。
「何か急用かな、ウィンチェスター提督」
ビュコック長官はいつお目にかかっても好好爺、という表現がよく似合うと思う。亡くなった祖父とは違うけど、とても好感の持てるお方だ。
「ちょっと考えがありまして」
「ほう…?一体何を思いついたのかね?」
「捕虜の事です」
「捕虜?」
ウィンチェスター閣下は説明を始めた。捕虜を活用したい、と言う。同盟にはおよそ二百万人程の帝国軍捕虜が存在しているそうだ。
「まずはフェザーンを通じて帝国に捕虜交換を打診します。ですが、おそらく受け入れられる事は無いと思います。帝国の面子がそれを拒むでしょうから。その上で捕虜達の意識調査をして、同盟に亡命を望む者、帝国に帰国を望む者とに選別します」
「ほう…だが、亡命を望む者など存在するかな」
「帝国が交換を拒むとなれば…帰国を断念する者も出るでしょう。それに、帰国出来たとしても彼等には過酷な運命が待っています。共和主義者に逆洗脳を受けたとか、叛徒共に屈した売国奴とか…」
「成程のう。有り得る話じゃ」
「亡命者として受け入れる姿勢を見せれば、溶け込むのは早いと思います」
「帰国を望む者…要するに同盟に与するのをよしとしない者達じゃが…その者達はどうする?」
「捕虜という処遇は変わりませんから、定期的に意識調査を実施します。同盟に帰化した者達の状況を知らせれば、気が変わる者もいるでしょう」
「成程のう」
「はい。上手くいかないかも知れませんけどね。それにもし捕虜交換を帝国が受け入れたなら、帝国に囚われている同盟軍兵士達が戻って来る事になります。損はありません」
「ふむ…戦争よりよほどいい仕事じゃな…じゃが、目的はなんだ?」
「帝国人に、同盟に慣れて貰いたいのです」
「アムリッツァの様にかね?」
「はい。徐々に共和制に慣れて貰う…アムリッツァの各星系は同盟に対する拒否反応も少なく、今では同盟各星系からの入植も進んでいます。もっと軋轢が生じるかと予想していましたが、意外でした」
「皆腹を満たしておれば不満など出んからの」
「そうなのです。確かにそう進言しましたし、現在の状況はそうなっているのですが、となると同盟と帝国、税金を納める先が変わるだけで所属する国家は関係ないという事になりませんか?」
「確かにの。政府閣僚がよく言う、暴虐な専制政治の打破とかいう謳い文句…百五十年も戦争しておれば絵空事にしか聞こえんからの」
「はい。帝国は我々の事を共和主義者、凶悪な政治犯と蔑んでいます。帝国辺境にとってはそうではないのかも知れない。帝国辺境の在地領主達は過去の政争の結果辺境に追いやられたり、帝国中枢から弾かれた人々ですから、心理的風土は我々に近いのかも知れません。アムリッツァの状況を見て、そう感じたのです」
「ふむ、それで」
「以前から行っていた、ボーデン、フォルゲンへの働きかけを強化したいと思っています。同盟に帰化した捕虜はその活動に参加させるつもりです」
「以前からだと?貴官、そんな事をやっておったのか」
「はい」

 はい、と答えたウィンチェスター閣下は少し面映ゆそうだった。貨客船と農業プラントの提供に留まっていた物をこれから加速させる…同盟に帰化した捕虜を使うというけど、帝国にバレてしまうのではないだろうか…。
「しかしのう…あまり大っぴらにやると帝国に露見してしまうのではないかな」
ビュコック長官も私と同じ疑問を口にした。
「露見しても構いません」
露見したらどうなるか…ウィンチェスター閣下は再び説明を始めた…ボーデン、フォルゲンに領地のある在地領主達や現地住民は帝国政府から責めを追うだろう。帝国政府に許可を得ずに…許可など出る筈はないだろうが、叛乱軍勢力と関係を持った、として領地没収、現地人民は政治犯扱いか農奴階級に落とされるだろう…確かに閣下の言う通りかも知れない。同盟がアムリッツァを確保した事によって同盟領と帝国領が直に接する様になったから、同盟の動き次第では考えられる事態だ…。閣下は説明を続ける。
「以前接触した時の事です、その時は貨客船と農業プラントの提供に留めたのですが、それだけでも非常に喜ばれました。占領直後のアムリッツァもそうでしたが、農業について帝国辺境は地球時代における中世となんら変わらない。それほど彼等は困窮しているのです。そんな状況でも反乱が起きないのは、辺境は在地領主達も含め自分達が食べて行くのに精一杯だからなのです。そういう事情を考慮せずに帝国政府が彼等を罰したらどうなるか」
「敵の敵は味方…同盟を頼る者達が出るじゃろう。そうなると帝国に対する反乱が起きかねん。じゃが処罰をせずに黙認しても、辺境は同盟色に染まっていく。どちらにせよ帝国政府としては頭の痛い事じゃな」
「出来る事ならこの計画を実施した後の出兵が望ましいと思うのです。上手くいけば救援を求める帝国辺境を助ける為に…という大義名分を掲げる事が出来ます。帝国軍の対応も変わって来るでしょう。ただ出兵する、では戦う兵士達を無駄に死地に追いやるだけです」
「貴官はあの出兵案が実施されると思うかね?」
「おそらく実施されるでしょう。勝利を得たなら支持率アップは間違いないでしょうから…ただ反対、で何もしないのでは新任の副司令長官として格好がつきませんし…高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する、という訳です」
「ははは、行き当たりばったりの様に聞こえるがの」
「違いありません。ですが、軍事作戦なんて古今どれもがただの思いつきですよ。そうではありませんか」
「そうじゃな…思いつきの行き当たりばったりを正当化する為にそれらしい計画を立てる…どうせなら意味のある戦いをしたいからのう。早速本部長に相談してみるか」
「よろしくお願いします」

 私もファイフェル少佐も、お二人の話を固唾を飲んで聞いていた。ビュコック長官も驚いていたけど、ファイフェル少佐の驚きはそれ以上だっただろう。辺境とはいえ帝国領土に住む人達を援助するというのだから…本当に今まで以上に忙しくなりそう…。


 
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