星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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激闘編
第八十七話 国境会戦(中)
帝国暦486年9月30日15:30
フォルゲン宙域、フォルゲン星系第七軌道近傍、銀河帝国、
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ナイトハルト・ミュラー
戦況は決して悪くない。むしろ叛乱軍第十三艦隊を押しているだろう。決め手はやはり本隊正面に開けた啓開路だった。敵は一点集中砲火で此方の前進を阻もうとしたが、それも長くは続かなかった。敵の戦法に倣う形で本隊も一点集中砲火戦法を行ったのだ。
『周りは機雷原です。散開して敵の一点集中砲火を避ける事は出来ません。であれば此方もそれを行うべきではありませんか』
ビッテンフェルト大佐の意見だった。前進しながらの一点集中砲火は味方各艦の座標が刻一刻と変化する為に、後方の艦は前衛部隊の艦を射線に入れない様に射撃を行わなければならないから、効果は限定的なものになってしまう。私がそう言うと、
『よいではないですか。奴等は小惑星帯に潜んでいるのですから奴等も自由には逃げられません。此方の攻撃の効果は限定的でも、敵の一点集中砲火を止めさせる事は出来るでしょう』
成程、と思った。ビッテンフェルト大佐は昇進して艦隊司令部に入る前まで、高速戦艦の艦長をやっていたという。戦艦艦長としての経験から砲撃戦については造詣が深い様だ。ミューゼル閣下が彼の進言を採ると、敵十三艦隊は最初に作った啓開路の対処に充てていた分艦隊を呼び戻して兵力の合流を図った。しかしこれこそがミューゼル閣下の狙いだった。敵が分艦隊を呼び戻した為に、最初に開けた啓開路からミッターマイヤー、ロイエンタールの両分艦隊が機雷原の突破に成功したのだ。見事な策だ…。
「敵は数が少ない。分艦隊を呼び戻さねば此方に対処する事は出来ないからな」
「これでミッターマイヤー提督を苦情の嵐から救う事が出来ましたね、ラインハルト様」
「そうだなキルヒアイス…ビッテンフェルト、こうも作戦が上手くいったのも卿の進言のお陰だ」
「はっ、ありがとうございます」
深く一礼したビッテンフェルト大佐の顔が紅潮している。参謀として自らの進言が容れられるというのは、何にもまして嬉しいものだ。
「ミュラー大佐、この後敵はどういう行動を採るだろうか」
「はっ…敵は元々こちらのおよそ半数です。しかも現在は我々の全軍から攻撃を受けています。小惑星帯という地の利を得ていたとしても攻勢に転ずるのは困難でしょう。小惑星を盾とした散発的な攻撃になるかと思われます」
「うむ。卿の意見は理に叶っている。キルヒアイス参謀長はどうか」
「はい。ミュラー大佐の意見を是とします。ですが当方も全艦艇が戦闘に参加出来ている訳ではありません、後衛は未だ啓開路の途上にあります。現状では互角と考えるべきです。油断は禁物です」
「そうだな、不本意ではあるが、敵戦力少しずつを削りとっていくとしようか」
無理はしないという事か、それは理解出来る、しかし小勢ながら敵はしぶとく戦っている。増援はすぐそこまで来ているという事だろう。一体どれくらいの規模の兵力なのか…。
「ロイエンタール分艦隊より入電。敵十三艦隊に近付く艦影を発見、約二千五百隻」
オペレータの報告に動じる事もなく、ミューゼル閣下はじっとスクリーンを見つめている。
「増援か。それにしても数が少ないな」
そう、数が少なすぎる。敵の第十三艦隊は善戦しているものの、二千五百隻程度では此方の優位は動かない。叛乱軍の目的は何だ…。
「こ、これは…失礼しました、更に後方に艦影多数、一万隻を越えます。先程の二千五百隻の集団とは別行動を取っている模様」
オペレータのこの報告にはミューゼル閣下も僅かに表情を硬くしていた。概略図には第七軌道を周回する小惑星帯に布陣している敵十三艦隊、それに近付く二千五百隻程の敵小集団、その更に後方には小惑星帯に沿って戦場を迂回して進む一万隻規模の集団が映し出されている。
「奴等、味方を放っておくのか」
思わずビッテンフェルト大佐が声をあげた。
「キルヒアイス参謀長、現在の彼我の兵力は」
「はい。敵十三艦隊は現在約五千隻程です、あの小集団が合流すれば七千五百隻から八千隻かと思われます。対する我が艦隊は…一万隻弱です」
一万隻対八千…微妙な数字だ、しかも現状では互角…おそらく序盤のミッターマイヤー、ロイエンタール両分艦隊の損害が大きいのだろう。本隊の動きを隠す為とはいえ少なくない数の犠牲が出ている筈だ。
「地の利があるとはいえ、敵十三艦隊がこれ程しぶとく戦うとはな。ヤン・ウェンリーという男も中々やるではないか…」
ミューゼル閣下の言う通り、敵はしぶとい。あのしぶとさに更に二千五百隻が加われば敵は勇気づけられるだろう。小惑星帯は戦力の集結が行いづらい。敵はそれを考えて少ない増援を送ったのではないだろうか。とすると増援の派出元と思われる、後方の一万隻規模の敵艦隊の意図する所は…。
「閣下、あの後方の艦隊ですが、饒回進撃を狙っているのではないでしょうか」
「饒回進撃?敵は我々の後方に回ろうとしているというのか、キルヒアイス参謀長」
「小惑星帯は大兵力の運用は困難です。敵十三艦隊がそこに籠っている以上、多数の増援を送るよりは一挙に我々の後方を遮断した方が危機を救う事が出来る…と判断したのかもしれません。若しくは…」
「…メルカッツ艦隊の後方に出ようとしている、そういう事だな」
すかさずミューゼル閣下の指示によりオペレータが警告の通信を発した。メルカッツ艦隊の後方…確かに可能かもしれない。しかし我々が警告すれば、メルカッツ艦隊とて充分に対処可能だ。だが…少数の味方が苦戦しているのにそんな悠長な策を採るだろうか。
「どう思う?ビッテンフェルト大佐」
「そうだな…敵の増援本隊の指揮官は、眼前の敵十三艦隊の司令官を信頼しているのだろう。ヤン・ウェンリーと言ったな、確か」
「かのウィンチェスターの参謀長だった男の様だ。『エル・ファシルの英雄』でもある」
「ふむ…されば、あの増援本隊の指揮官はウィンチェスターではないのか」
「何故そう思うのです?」
「増援の戦力だ。ヤン・ウェンリーなら二千五百隻で事足りる、と判断したからこそ少数の戦力しか送らなかった。互いの能力をよく知る者のみにしか出来ぬ判断だ」
なるほど、確かに常識的に考えれば艦隊全てか、此方と同数になる様に戦力を派出するだろう。それを少数しか派出しないとなれば、それで充分、と考えている事になる。信頼と、互いの能力をよく知る者同士でなければ出来ない判断だ。
「それに、一つわかった事がある」
「何でしょう?」
「敵にとって、やはりヤン・ウェンリーは信頼に足る指揮官、という事だ。半個艦隊ながら、二千五百隻の増援で一個艦隊を相手に出来るというのだからな」
そう言うとビッテンフェルト大佐は腕を組んで再びスクリーンを注視しだした。一見すると粗野な人物の様に見えるが、、どうやら人は外見では判断出来ない一例の様だ。
「通信傍受の結果、後方の敵の大規模集団は叛乱軍第九艦隊の模様。徐々に離れていきます」
オペレータの報告にビッテンフェルト大佐は肩をすくめながら苦笑した。
「嫌な方に予想が当たるな。これは苦戦間違いなしだぞ、ミュラー大佐。ミューゼル閣下はどうするおつもりだろうな」
宇宙暦795年9月30日16:00
フォルゲン星系第七軌道、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー
“お待たせしました。我々だけですが、少しは楽になるかと”
「助かるよ、ダグラス准将。やはり我々だけではキツくてね。ところで、貴官のところの本隊は饒回進撃を狙っているのかな?」
“いえ、あくまでもそちらの後退の援護行動の様です。ところで我々は何をすれば?”
「我々の後退の援護か…成程。准将、済まないが右翼についてくれ。敵の左翼を押し返してくれるとありがたい。フィッシャー提督を我々の後方に下げたいんだ」
“了解しました”
「どうやら敵の左翼の指揮官は、ミッターマイヤー少将という人物の様だ。貴官は知っているかい?」
“ヤマト…じゃなかった、ウィンチェスター閣下から聞き及んでいますよ。何でも疾風だとか”
「らしいね。大丈夫かい?」
“小官なら疾風怒濤か疾風迅雷といきたいところです”
「はは、任せたよ」
ダグラス准将が屈託のない笑顔を見せると同時に映像通信は切れた。二千五百隻、少ないが充分に有難い援軍だ。
「ダグラス分艦隊、前進する模様!…よろしいのですか?」
「大丈夫だ、ラップ参謀長。彼等は戦場に着いたばかりだ、我々を鼓舞するつもりだろう」
ダグラス准将は一昨年のヒルデスハイム艦隊との戦いでも見事な働きだった。これで一息つけるな…。
「参謀長、フィッシャー提督に連絡、我々の後方についたならそのまま右翼に向かって、アッテンボローと合流して敵の右翼を叩いてくれと伝えてくれ」
「了解しました!」
9月30日16:15
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター
「マイクは無事合流したみたいだね」
「ダグラス分艦隊だけで大丈夫でしょうか、もう少し援軍を送った方がよかったのでは…」
「大丈夫だ、ヤン提督もマイクも敗けはしないよ。それに本隊が少なくなってしまうと敵に迷いがなくなるからね」
敵は…ラインハルトはウチの艦隊の行動を饒回進撃だと思う筈だ。自分達の後方に出ると考えるか、もう一つの艦隊、通信傍受で判明したメルカッツ艦隊の後方に出ると思うか…。
「なるほど、本隊が少なければメルカッツ艦隊独力で対処出来る、と思いますな」
「うん。同様に少ない本隊でミューゼル艦隊の後方に回ってもメルカッツ艦隊と挟み撃ちにすればいい、と考えるだろう。我々は二千五百隻を第十三艦隊に派出しても、本隊は一万二千五百隻だ。敵にとっては少なくない数字だ。我々がメルカッツ艦隊を突くと考えれば、ミューゼル艦隊はメルカッツ艦隊を放っておく事は出来ない。後退してメルカッツ艦隊と合流を果たそうとするだろう」
ミリアムちゃんが食堂から軽食のケータリングを運んで来た。紅茶ポット、コーヒーポット、サンドイッチ各種……あれ、緑茶がない……。
いただきますと最初にパクついたフォークがスールズカリッターにひっぱたかれている。大体こういう時は上官が先に食べ始めるもんだけど、いい意味で緊張はしていない様だ。
「閣下、質問なのですが、よろしいでしょうか」
「スールズカリッター中佐、何かな?…というか、スールって呼んでいいか?」
「あ、構いませんが…閣下がそう推測されるのには、何か根拠がお有りなのですか?」
「根拠ねぇ…勘、かな」
「勘…ですか」
「うん。まあ、勘というかミューゼル中将の心理状態だよ」
ラインハルト本人は極めて優秀な戦術家だ。戦闘に関しては果断速攻、逡巡を嫌う。そして強敵、良敵を求める傾向が強い。まあ自信満々だからなのだが…だから敵の動きに対しても能動的に考えがちなのだ。それに一昨年ラインハルトは俺にしてやられている。しかも今戦っているのは、ラインハルトが元々興味のあったヤンさんだ。俺とヤンさんの組み合わせ…今頃は此方が俺の率いる艦隊というのはバレている頃だろう、眼前のヤンさんはしぶとい、俺は何考えてるか分からない…このまま戦闘を続けていたら、またしてやられる、と判断する可能性は非常に高い…そうスールに説明すると、何度も深く頷いている…。
「まあ、もう一つ仕掛けがあるんだけどね」
仕方ない、緑茶は自分で用意するか…。
9月30日17:15
フォルゲン星系中心部、銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ
敵の増援は第九艦隊と判明、饒回運動により我または貴艦隊の後方を扼す恐れあり…。
「どう思う、参謀長」
「確かに可能性はあります。ミューゼル艦隊が早目に動いたのが裏目に出ましたな」
ファーレンハイト参謀長の言葉は、聞く人が聞けばミューゼル中将への批判とも取れるものだった。
「ミューゼル中将の気持ちも分からんではないがな」
このフォルゲン星系にはミューゼル艦隊と私の艦隊…二個艦隊が配置されている。おそらくは敵増援の誘引を求められての事だとは理解出来るが…。
「参謀長はミューゼル提督に会った事があるかね?」
「いえ、軍務省で何度かお見かけした事がある程度です」
「あれは覇気の強い男だ。敵増援が到着する前にこの宙域の戦況を有利に展開しようと考えたのだろう」
「それは理解出来ますが、我が艦隊には増援に対処しろという要請はいささか…平たく言えば邪魔をするな、という事ではありませんか。ミュッケンベルガー司令長官は閣下に何も仰らなかったのですか」
「…その辺でやめておけ、参謀長。私は優秀な参謀長を舌禍問題で失いたくはないのでね」
「は、はい…申し訳ありません」
ファーレンハイトの言う事は尤もだが、ミューゼルと方針を話し合わなかった私にも責任はある。主戦場ではない宙域を任される…信頼されていると考えるべきか、厄介払いと考えるべきか、その点だけでも話し合うべきではなかったか…。
「参謀長、第七軌道に向けて前進だ。ミューゼル艦隊の後方に向かう。そうすれば敵の第九艦隊の目的もはっきりするだろう」
「はっ」
9月30日18:00
フォルゲン星系第七軌道近傍、銀河帝国軍、ワーレン分艦隊旗艦ブラウエン、
アウグスト・ザムエル・ワーレン
叛乱軍十三艦隊に増援が現れてしまったか…側面攻撃の機を逸してしまった、今は迂闊に動けない。動けば迂回して進んでいる叛乱軍第九艦隊に此方の位置を暴露する事になる…。
「司令、妙ではありませんか」
「何がだ?ライブル参謀長、言ってみろ」
「敵の第九艦隊ですが、艦隊の移動速度が遅いと思うのですが…概略図を見る限りは本隊またはメルカッツ提督の後方を扼す動きに見えますが…あの速度では」
…確かに、饒回運動にしてはゆっくりと移動している。あれでは後ろに出たとしてもメルカッツ艦隊は充分対処出来るだろう。何を考えているんだ、敵は…。
「第九艦隊の指揮官はあのウィンチェスターだったな?」
「その様です」
「一泡吹かせたいが、我々の兵力ではな…。引き続き現状維持だ。警戒を怠るなよ」
「はっ」
9月30日18:05
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
スーン・スールズカリッター
敵のミューゼル中将の心理状態か…。
「えらく感心しているな、スールズカリッター…俺もスールって呼んでいいか?」
「あのなフォーク、人の名前を略すのは止めてくれよ」
「閣下には構わないって言ってたじゃないか」
「閣下だからだ!」
「あだ名みたいでいいと思うがなあ…しかし、この饒回運動だが成功するかな?」
「…何故そう思う?」
「艦隊の速度だよ。これじゃ後ろを取っても敵は待ち構えていると思うんだ。最悪の場合、メルカッツ艦隊は前進してミューゼル艦隊と合流するぞ」
「そうだな…ふと思ったんだが、何故メルカッツ艦隊は後方にいるんだ?最初からミューゼル艦隊と共に十三艦隊を攻撃していれば、俺達が来る前に有利な態勢になったんじゃないか?」
「それは…分からん」
「お前なあ…参謀だろ?」
「お前だってそうじゃないか。感心してばかりいないで少しは考えろよ」
悔しいがフォークの言う通りだ。そう思ってふと閣下を見ると、座りっぱなしで腰でも痛いのか、指揮官席を立ち上がって腰を回している…かと思うとワイドボーン参謀長と組んでストレッチし始めた。
「痛てて…閣下、本当にミューゼル艦隊は後退する…と思いますか」
「痛たたた…すると思うよ」
「何故…そう思われるのです?」
「後方のメルカッツ艦隊が参戦していないだろう?常識的に考えれば、まとまって動く筈だ。たとえヤン提督が小惑星帯に籠っているとしてもだ、合流した方が安心して戦える筈…それをやってないという事は、ミューゼル艦隊は独断で戦闘を始めた可能性が高い。此方が後方を遮断する動きを見せればいつまでも戦闘にかまけている訳にはいかないさ」
「という事は…二つの艦隊の連携はあまり良くないという事でしょうか?」
「それはないと思うね。ただ、ミューゼル艦隊は…当時はヒルデスハイム艦隊だったが、一昨年第十三艦隊に破れている。雪辱を果たしたい、そう思ったんじゃないかな」
「ミューゼル中将を追い込んだのは閣下ではないですか…ああ、そういう事か…まさしく心理戦ですな」
9月30日19:20
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ジャン・ロベール・ラップ
今のところはなんとか戦えているが、このままではそう長くは保たない…。第九艦隊からの増援が二千五百隻と解った時は耳を疑った。だが、ダクラス分艦隊から単座戦闘艇で直接通信文を渡されたヤンは微笑しながら言ったものだ。
「成程。ウィンチェスター提督も人が悪いね」
シェイクリ中尉というパイロットがもたらした通信文をヤンから見せてもらった。
『お疲れ様です。ミューゼル艦隊は我々の動きを気にして後退すると思います。ミューゼル艦隊が後退を始めたら、ヤンさんも後退してください。あと機雷の始末も宜しくお願いします』
…これだけだ。
「本当にミューゼル艦隊が後退すると?」
「ウィンチェスター提督はどうやらミューゼル艦隊は独断で戦闘を開始したのではないか、と推測しているんだと思う」
「独断で?…何故ウィンチェスター提督はそうお考えなのでしょう?」
「メルカッツ艦隊は動いていないからね。常識的に考えればミューゼル艦隊だけではなくメルカッツ艦隊も攻撃参加するか、合流はする筈だ。一個艦隊より二個艦隊で一緒に動いた方が有利だろう?」
「それはそうですが…」
「一緒に行動していないという事は、やはりメルカッツ艦隊は別の任務を与えられているか、元々二つの艦隊の任務はこの宙域の警戒と監視だったんじゃないかな。だが我々が居た為にミューゼル艦隊は戦闘を開始した…」
「そうか…我々は少数ですし、ミューゼル中将はこの艦隊に敗れていますからね」
「うん。そして我々に第九艦隊からの増援が成される訳だが、その兵力は二千五百…ミューゼル中将は考えるだろう、何故増援は少数なのかと。第九艦隊には別の目的があるのでは、とね。そして彼から見える第九艦隊の動きがそれを肯定する…迷うだろうね、ミューゼル中将は」
どうなっているんだヤンの頭の中は。ヤンもそうだがウィンチェスター提督も、どういう思考回路をしているんだ?
「しかしだ…ウィンチェスター提督も意地が悪い」
「何故です?」
「ラップ参謀長、君が敵の…ミューゼル艦隊の参謀長だとする。敵十三艦隊が二千五百隻の増援を得た、どう考える?」
どう考えるって……成程、確かに意地が悪い。
「敵は増援を得たが味方よりは劣勢、戦闘続行には支障がない……面子も自尊心もくすぐりますな、こいつは」
「だろう?相手にまだ味方が有利だと思わせるギリギリの線で兵力を派出しているんだ。提督が味方でよかったよ」
「帝国軍、僅かずつではありますが後退しつつあります!」
オペレータの報告に反応するかの様に、ヤンは紅茶入りブランデーを一気に飲み干した。
「グリーンヒル中尉、もう一杯貰えるかな……参謀長、此方も後退の準備だ。機雷の始末をしようか」
「機雷、ですか?始末といわれても戦闘中です、回収は困難ですが」
「全部爆発させてしまおうか」
「ば…爆発させるのですか?」
…我ながら間抜けなオウム返しだ。ヤンの言葉を聞いてムライ中佐やパトリチェフ少佐も呆気に取られた顔をしている。
「処理はしなくてはならない、でも戦闘中で回収は困難…爆発させるしかないだろうね。ミューゼル艦隊もさぞ驚くだろう」
ヤンはほぼブランデーの紅茶を啜りながら、そう言って笑っている。爆発させると言っても機雷はまだ相当な数が存在する筈だ、それを一斉に爆発させる…お前だって充分に意地悪だぞヤン…ミューゼル艦隊はそりゃあ驚くだろう、何しろ何百万発もの盛大な花火なのだから…。
9月30日20:00
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
パオラ・カヴァッリ
「八時方向、爆発光を確認、とんでもない光量と熱量です!」
オペレータの報告と共に、正面スクリーンが八時方向の映像に切り替わった。入光量は調整してあるみたいだけど、とんでもない明るさの爆発光が広範囲に広がってる。爆発光が明るすぎて、小惑星帯がはっきりと確認出来る、でも綺麗…こんな事思い付くのは…ウチの司令官かしらね。
「ヤン提督は私の考えを理解してくれたみたいですね…参謀長、全艦反転。反転後、艦隊速度全速。ヤン提督と合流します」
「了解しました……全艦反転、反転後、艦隊速度全速で第十三艦隊と合流する!急げ!」
これが狙いだったのね…饒回運動と見せかけて、第十三艦隊を後退させる…ワイドボーン参謀長の号令と共に急いでケータリングが片付けられていく。ローザス大尉だけじゃ大変ね。
「手伝うわよ」
「あ、ありがとうございます」
「飽きないわね、あの人の下だと」
「ウィンチェスター提督の指揮下…という事ですか?」
「そう。戦闘中に機雷原を爆破するなんて思い付かないでしょ、普通」
「提督のお考えだと仰るのですか?」
「ヤン提督は私の考えを理解してくれた、って今言ってたじゃない。何百万個もの機雷が爆発する光景、想像出来る?此処からでも爆発光が見えるくらいなのよ?」
「ちょっと…想像出来ません」
「でしょう?今頃ミューゼル艦隊はパニックなんじゃないかしら」
9月30日20:30
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「状況を報告せよ!」
敵の第九艦隊の饒回運動に対処する為に、艦隊を後退させようとした矢先だった。とてつもない光、振動だった。スクリーンが光に満たされたかと思うと、艦体がひどく揺さぶられた。茫然自失、というのはこの事であろうかと思わんばかりの出来事だった。
「周囲の機雷が一斉に爆発した様です…一時的なものと思われますがセンサー類に異常警報がでています、その他は異常ありません」
冷静に報告をあげたのは艦長のシュタインメッツだった。この艦ですらそうなのであれば他の艦は…艦橋内は未だ混乱から脱していない、オペレータ達が混乱している…。
「うろたえるな!敵の虚仮威しに過ぎぬ。被弾した訳ではないのだぞ!…司令官閣下、醜態をお見せしてしまい申し訳ありません」
「よろしい、艦長…参謀長、全艦に命令、後退を続行せよ。異常のある艦は各司令部に状況を報告せよ」
短い頷きと共に俺の命令を復唱しようとするキルヒアイスを、オペレータの声が遮った。
「敵艦隊、後退していきます!」
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