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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第100話 半端者

 
前書き
いつもありがとうございます。

ついに100話になりました。

読み直してみて以前の方がパワフルに書けていて、筆力の低下が著しいことを痛感せざるを得ませんでした。書き直しも考えてます。

ちょっと説明回というか、石黒版アニメに対する筆者の勝手な想像が入っています。
正確ではありませんので、その辺は読み飛ばしてもらっても構いません。

一応次回(と次々回?)、特別話を書こうかなと思っています。
筆者は英雄になりました。(歯医者の治療台に座った) 

 
 
 宇宙暦七九〇年 九月 バーラト星系 惑星ハイネセン

 喧嘩別れのような話し合い以降、エベンスとは業務上必要最低限の会話しかしないようになった。まぁ、これは仕方がない。先に挑発してきたのはエベンスの方だし、何か仕掛けてくれば状況に応じて対処する、でいいだろう。業務にも支障をきたしているわけでもない。

 と、いうより現時点ではマトモな業務がない。普通は予算折衝が終わったらすぐに新年度の予算に向けてまた仕事を始めるのだが、そっちの仕事はパッタリなくなってしまった。それでいて面会者に接待にゴルフに会食は継続的にあるので、時間に妙な隙間ができて逆に迷ってしまう。

 こういう時にピラート中佐はどうしていたのか。胸が開いた画面の向こうに出てくるようなものから、第一ボタンまでキッチリと封がされ、僅かにフリルの付いた清楚系に装いが変わったチェン秘書官に聞くのは正直躊躇われた。『休憩』すればいいといっても微妙すぎて聞けるわけがない。ちなみに国防委員会本部ビルにはシャワー室も仮眠室も簡易ベッドも完備されている。

「有給休暇のご申請ですか? もちろん私のほうで手続きは可能ですわ」

 ……一応上官である首席補佐官ロビン=エングルフィールド大佐に申請を出さなければならないのだが、大佐も外出が多い人だ。当然のように専属の秘書官がいて、そういう申請は秘書官同士のやり取りで事が済むらしい。

「スケジュールの調整はお任せくださいね。今ですと……押し込めれば四日程度はひねり出せると思いますわ」

 むんっと両握り拳を豊満な胸の前で握る仕草と無邪気さすら感じさせる微笑みは、とてもアラフィフの情報機関工作員とは思えない。大人の色艶を減らしつつ、デキるキレイ系成分を増やしつつあるのは、俺を『殺し』にかかっている疑いもある。それが本人の意思なのか、それともCの七〇の指示なのかまでは分からないが。

「四日でしたら、三泊でちょっとしたご旅行ができますわね。ご希望の観光地とかございますか? それとも中佐はグルメの方がお好みですか?」
「ハイネセン第一軌道造兵廠を見学しようと思っているんですが」
「そうですか。造兵廠を……造兵廠ですか? 衛星軌道リゾートではなく?」
「そのつもりですが?」

 当然のように答える俺に、チェン秘書官は呆れましたと言わんばかりに、肩を落として大きな溜息を吐く。あまりにもあからさま過ぎて、演技と思えないくらいに。

「大気圏の妨害もなく銀河の全てが見渡せる全球型ナイトプールは、地上では到底味わえない最高のレジャーと言われております。特にユーフォニア・HD傘下のホテル・ミローディアスの全球型低重力ナイトプールは、同盟最高のホスピタリティと合わせて、極上の休暇を楽しむことができますわ」
「もう銀河の星を見るのは飽きたよ……」

 前世の俺だったら、間違いなく喜んで行っただろう。しかしこちらの世界に転生して士官学校からこのかた宇宙戦闘艦の艦橋にこの身を詰めてもう何年になるか。満点の星空を見て美しいと思うより、まだ仕事中かよと思うようになってきた。司令艦橋でリクライニングして寝る余裕なんて、時間的にも精神的にも立場的にもない。
ちなみに艦橋に誰もいないと思って手を伸ばして星を掴もうなんて真似していたら、ブライトウェル嬢がすっとんできて『コーヒーでよろしいですか?』と言われただけだった。

 ましてそんな満天の星空の艦橋で低重力なんて状況は、どう考えても戦闘中における重力制御装置の故障を疑うような事案だ。艦の僅かな動きでペチャンコになるかもしれないと想像するだけでとても落ち着けない。
 しかし地上勤務のチェン秘書官みたいな民間人には、やはり宇宙空間は興味深い場所なのかもしれない。チェン秘書官の瞳はいつもより妖しく輝いている。

「今なら同盟最高の女性スタッフが二四時間体制で、中佐を心の底からお寛ぎいただけるようおもてなしいたしますよ?」
「いやいや大丈夫です。自分で工廠併設の宿泊船を予約しますよ。チェンさんには予算の時、だいぶご苦労をおかけしましたからせっかくです。ゆっくり休んでください。で、有休はいつからとれそうですか?」

 情報機関の女性と二四時間一緒に休暇など、一体どんな罰ゲームだよと固くお断りしたが、オープンファイルタイプの端末を開く一瞬だけ、チェン秘書官の顔が夜叉に見えたのは気のせいだろうか……

「それでは一〇日後から四日間はいかがでしょうか?」
「結構です。その旨をエングルフィールド大佐とエベンス・ベイ両少佐にお伝えください。少佐達も特に急ぎの用がなければ適時休暇を取るようにと」
「承知いたしましたわ。中佐」

 いつものように笑顔を浮かべつつも、小さく頷く程度に変わったチェン秘書官のお辞儀に、俺は危うさを感じていなければなかった。たった数ヶ月。自分の仕事に集中して、手配や手続きもろもろをチェン秘書官に任せっぱなしだったツケは、一〇日後に支払わされることになる。

「まさか君のほうからミローディアスに私を招待してくれるとは思わなかったよ」

 予定通りハイネセン第一軍事宇宙港に向かった俺が、軌道軍事ターミナルまでのシャトル便に乗ろうとゲートを潜ろうとして、チケットの無効で止められた。制服を着ている俺が中佐と分かって丁寧な口調で受け答えしてくれた係員の曹長曰く、四日前にシャトルのチケットのキャンセルが『俺のオフィス端末』からされていたということ。

 やった犯人は一人しか考えられないので、即座にチェン秘書官に空港備え付けのヴィジホンで連絡したら、平身低頭の体で謝罪され、既に代わりのシャトルとチケットを用意しているのでハイネセン第二民間宇宙港に行ってほしいと言われ、携帯端末に送られてきたチケットを見た民間宇宙港の係員の顔は真っ青になってファーストクラスラウンジの『裏』に俺を連れて行き……そこにはペニンシュラ氏が待っていたのだった。

「しかも委員長クラスじゃないと手配できないVIPルームが使えるとは、君もなかなかやるな」
「ははははは」
「スーツで来るように君の秘書官君が言っていたのが不思議だったが、これならば仕方ない。到底サマージャケットで来られるような場所ではないからな」
 チェン秘書官の行動に正直俺は業腹なのだが、アイランズが気持ちよく手放しで『俺の手配』を褒める以上、この場で違いますと言っても、アイランズが気を悪くするだけであんまり意味がない。
「おそらくこれっきりになるとは思いますが……」
「そりゃあ、そうだろう。君。私だって身の程は知っている。正直、このとおり足が竦んでいるんだよ」

 僅かに貧乏ゆすりしている足を指差すアイランズの顔は、笑いながらも微妙に引き攣っている。確かに普通の業務個室にソファと赤い絨毯が敷いてあるだけの軍用宇宙港のVIPルームとは、内装の素材といいデザインといい装飾アートの品の良さといい、まるで格が違う。これでさらにそれなりの経験のあるアイランズですら招待を喜ぶホテル・ミローディアスの予約まで取ったチェン秘書官の気合の入れようは一体何なのか。訳が分からない。
 もちろんシャトルの席はファーストクラス。ビジネスクラスやエコノミークラスの乗客に見えないように最後に乗り、民間軌道ターミナルでは最初に降りると、こちらのVIPルームでいつも通りの装いのチェン秘書官が待っていた。

「チェン秘書官。これはどういうことだ」

 ニコニコ顔で珈琲を飲んでいるアイランズをよそに、俺はチェン秘書官を廊下に連れ出して問い詰めると、彼女は普段通りの笑顔で答える。

「いまさら済んでしまったことをとやかく言っても仕方ありませんわ。起こってしまったことは最大限利用なされるべきです」

 お前の親戚、もしかして回廊の向こう側にいるんじゃねぇの、と思わず口から零れそうになる。だが済んだこととか言えるような話ではない。シャトルに乗っている間に携帯端末で調べたミローディアスの一番安いクラスの宿泊費ですら、俺の月給の三分の一は消し飛んでしまう。
 アイランズにシングルルームみたいな部屋を案内するとは思えないので、俺の月給がすっ飛ぶ額どころではない金が動いている。そんな予算が国防委員会参事部にあったかどうかもさることながら、それだけの金をチェン秘書官はどこから引っ張ってこれるのか……

「ラジョエリナ氏か?」
「サンタクルス・ライン社はユーフォニア・HDと持ち合いしてますものね」
答えになっていないが、顔は正解ではないと言っている。とすると他のコネクションなのか、面会者の誰かなのか。俺自身の能力ではおそらく追い詰められないところからだろう。
「詮索はこれ以上するつもりはない。だが、少なくとも上官の有給休暇日の行動に関して、勝手に干渉するのはこれっきりにしてもらいたい」
「もちろんです。出過ぎた真似をいたしました。以後気をつけます」

 目にはうっすらと涙が浮かび、身長差から俺を見上げる形になるチェン秘書官の顔は、一見すれば心の底から謝罪しているようにも見える。いきなりこの顔を見せられたらわからない。だが彼女が本気で反省とか謝罪とかをしようとする気がないのは明らか。

 冷静に冷静にと脳が身体へ呼びかけるが、俺の体は本能的にチェン秘書官に向けて小さく一歩ずつ前へと動き出す。最初の一歩の時。うるんだ瞳の奥にはまだ余裕があった。だが二歩・三歩と進むにつれ、それが消えていくのがはっきりとわかる。彼女の瞳に映る俺の顔は明らかに人殺しのそれに近い。

 チェン秘書官がバグダッシュの言う通りアラフィフのCの七〇ならば、海千山千の経験をしてきた凄腕だろうから、ペーペーの中佐如きの脅しなど屁でもないだろう。操り人形が急に反抗してきた。せいぜいそのくらいの感覚だとは思う。

 勝手な想像だが、味方が一人もいなかったピラート中佐にしてみれば『唯一の』部下であり、チェン秘書官にしても敵だらけの中佐は実に都合のいい相手だった。多くの便宜を図ることで中佐の弱みを握り、時には任務を隠れ蓑にして好き勝手に中央情報局が国防委員会に対して何らかの工作をしていたとも考えられる。

 そちらには目をつぶり、俺は俺の目的を果たすべく有能な秘書官としての彼女を使えばいい。そう考えないでもないが、無駄で無意味だとわかっていても、面従腹背のこの女狐に一言言ってやらないと気が済まない。傷一つない壁と俺の左上肢の幅にチェン補佐官を追い込み、口を開いたその時だった。
 
「ボロディン君、ちょっといいかね……あ、あぁ、いや、すまなかった。お取込み中だったようだな」

 VIPルームからひょっこり顔を出してきたアイランズが、俺とチェン秘書官の『壁ドン』状況を見て、前世の家政婦のように顔色を変えてルームへと戻っていく。
 明らかに殺気立っていた段階でのとぼけた闖入者に、穴が開いた風船のように気が抜けた俺は、壁に背をつけたままのチェン秘書官から距離を取った。乱れてもいない制服を引き延ばし、襟マフラーの形を整える。

「……アイランズ先生に感謝するんだな」
「えぇ……大変申し訳ございませんでした」

 今度は腰を直角に曲げるお辞儀で応える。先ほどに比べれば、遥かに謝罪の気持ちが籠っているように見えた。戻ってきた顔には先程までの甘さは感じられない。

「ただこれは言い訳ではございますが……中佐ご自身が造兵廠と交渉しても、案内役は中尉か大尉。見学できる範囲は限られてしまう可能性がありました。アイランズ議員が同行することで、造兵廠側も態度も変わると考え、勝手をいたしました」

 そんなことはアイランズの登場した時点で分かっている。国防委員会参与が造兵廠に来るというのは、公的ではなくとも視察と受け取られ、造兵廠側も余計な腹を探られたくないから対応には慎重を期す。おそらくは造兵廠の責任者か副責任者か参事官が対応することになる。彼らにとってみればいい迷惑だ。

 そしてただ造兵廠の見学だけでは出てこないであろうアイランズを引っ張り出すために、餌としてVIP待遇とミローディアスを手配した。俺に対する善意でとれば単純な話だが、俺に何も言わずに事を進めるのは別の意図があったのかもしれないが。
 
「配慮してくれたことには感謝するが、俺の有休に評議会議員を巻き込むようなことは慎んでくれ」
「はい」

 恐縮するようなチェン秘書官の声を背中に、俺は表情を戻してVIPルームに戻ったが、待っていたのはアイランズの意味深なニヤケ顔であった。車は新車よりも中古車の方がいいだの、夫婦円満の秘訣は家計のやりくりだの、アイランズでなかったら顔をぶっ飛ばしてやるような雑談を延々と聞かされ続け、造兵廠から迎えに来た恰幅のいい若髭の大佐が後光を放つ天使に見えた。

「お待たせして申し訳ない。ハイネセン第一軌道造兵廠第一造船部主任のジェフリー=バウンスゴール大佐です」

 声も姿も人を落ち着かせるような深さがある。胸に輝くYの徽章は技術士官の証。即座に起立して敬礼する俺に、堅苦しさとは無縁のゆっくりとした敬礼で答えるその姿だけで、人格が慮れる。アイランズ相手に卑屈にならず、かといって隔意があるわけでもない。その自然体な立ち居振る舞いに、俺はそれまでのイライラが何処かに吹き飛ぶようだった。
 アイランズもそう感じたようで、いつもなら軍人相手に意気高々な態度をとるにもかかわらず、スッとソファから立ち上がると、右手をバウンスゴール大佐に差し出した。

「国防委員会のアイランズだ。今日と明日、よろしく頼むよ」
「勿論です。ご期待に沿えるかは分かりませんが、精一杯務めさせていただきます」

 さぁどうぞ、とアイランズの横に立ちながら出口を促す動きも実に自然。恐らく初対面であろうに、まるで一〇年来の友人のように応対する。シャトルまでの会話も自然で、明らかにド素人のアイランズに対しても知識をひけらかすような真似は一切せず、簡単な雑談から造兵廠に興味を持ってくれたことへの感謝を含めつつ、造兵廠の仕組みや組織の説明を的確に言葉短く説明していく。二人の後ろで聞き耳を立てているだけの俺でも、いつの間にかこれから遊園地に向かう小学生のような気分になっていく。

 軍のシャトルに移乗して二時間の間も、窓側に座らせたアイランズが退屈しないよう造兵廠関連だけでなく、窓から見える軌道上にある軍事施設を次々と平易な言葉で語る姿は、まるで超一流のバスガイドだ。

「あれはアルテミスの首飾りの一一番衛星になりますね。先月定期メンテナンスが終わったばかりですから、流体金属も綺麗ですな」

 シートの背もたれの向こうで話すバウンスゴール大佐の言葉に、アイランズの後ろに座る俺も首を傾けて窓の外を見る。恐らくは数十キロは離れているであろうが、キラキラと星空を反射させつつ三日月を描いている。

「流体金属が綺麗、とは?」
 実家が金属工業なだけあって、アイランズはすぐに反応した。
「アルテミスの首飾りは微小ながらも重力を持った『衛星』になります。すると衛星軌道上のデブリを引き寄せてしまうんですよ。厳密に観測管理されている人工デブリとは違って、隕石の破片やガスなどの天然由来のものも引き付けてしまうのです」
 あれ? じゃあカストロプ公爵領にある『従妹たち』はどうなるんだ。確か小惑星帯の中に仕込んであったはずだが……
「大佐。であるとすると、小惑星帯の中にアルテミスの首飾りを設置するのは大変なことになるのでは?」
「ボロディン中佐の言う通りです。付近に大きな小惑星や密度の高い小惑星帯や惑星環があれば、せっかくの全球体構造なのにわざわざ火線の死角を作ってしまいますから意味がありません。岩石密度の低い惑星環もダメですね。数ミリの氷や岩石の粒なら集塵機のように吸い取ってしまいます。メンテで良い事なしですよ」

 流体金属層に異物が入り込むと、内部から飛び出してくる兵器層(砲塔やミサイル発射口)の障害となりうる。イゼルローン要塞のようにでかいモノであれば、対流式の半自動的なクリーナーを設置できるだろうが、小さいアルテミスの首飾りは兵装側に内部容積を獲られていて小規模なものしか付けられず、時折『詰まって』しまうらしい。
 逆に比重が流体金属より軽いモノであれば表面に浮き上がり、センサーやレーダーの障害になるとのこと。正直どれだけ汚れるか俺にはまったくわからないが、カストロプ公爵はどれだけメンテに金を使ったのか、想像するだけでバカバカしくなってくるし、公爵の立場につけ込んでそういう商品を売りつけたフェザーン商人(この場合は自治政府か?) の悪辣さには虫唾が走る。

 もしイゼルローン回廊の出口に大量設置した場合はどうなるのか。移動能力を付けた上で戦列歩兵よろしく、順繰りに膨大な数のメンテナンスをしていかねばならないということになるのだろうか。その費用もまた膨大なものになると考えると、やはり設置宙域の選定が重要になってくる。

「そろそろ到着ですね。下の銀色の箱が複数繋がっているのが、軌道造兵廠の造船ドックになります」

 それはアルテミスの首飾りよりも低い軌道に位置して、箱型というよりも肋骨構造の筒のような形状をしていて、内部では時折火花が散っているようで、青白い光チラチラと光っては消えを繰り返している。シャトルはゆっくりと旋回しつつドックへと近づいていくが、接近するにしたがってその巨大さが嫌でもわかる。

 この第一軌道造兵廠の造船ドックは、数多ある軍用ドックの中でも特別だ。容積だけで言えばこれより大きなドックは幾つもあるが、アイアース級大型戦艦を建造しているのはココだけ。五つ並んだ船渠は、定期検査で使用される一つと、ローテーション任務から帰還した後の補修や改修に使用される二つ、そして新造用の二つで構成されている。アイアース級の建造に必要な期間は約一年。費用や資材等で支障がなければ、都合半年に一隻新造されることになる。

 船渠外周を一周してからドックの管理棟に移乗すると、そこは軍事施設でありながらも軍服ではなく作業服や簡易宇宙服を纏った造船マン達の占領地だった。バウンスゴール大佐や俺達を見てマトモに敬礼する人間はほとんどいないが、誰も彼も大佐を見て軽く指を米神に当てたり小さく頷いたりと何らかしら軽く挨拶していく。バウンスゴール大佐も、忙しそうにしている彼ら彼女らに声をかけることはせず、小さく手を振って応えるのみ。

「この雰囲気はいいですね」

 アイアース級の艦橋そのものを利用した第五船渠管理棟の頂上(つまり司令艦橋部分)で、アイランズが目の前で建造されているアイアース級の艤装に目を奪われている時、俺がバウンスゴール大佐の後ろから囁くと、大佐は褒められた子供のようなニコニコ顔で振り返った。

「軍事施設らしからぬ砕けた感じで、実のところあまり好かれない人も多いんですが、ボロディン中佐はやはりボロディン少将のご子息でしたね」
「グレゴリー叔父……あ、いや少将閣下の?」
「叔父さんのお陰ですよ。もう七年も前ですかね」

 七年前。大佐が技術少佐としてここに配属された時、フライトⅡとなっていたアイアース級の建造が、部材納品の遅れや用兵側からの注文による工数の増大で想定上に遅れ、管理者も工員も精神的に追い詰められていた。造兵廠内の統制は乱れ、それが過度の綱紀粛正を招いてしまい、さらに雰囲気が悪くなるという悪循環の繰り返し。スケジュールの遅れを取り戻すべく無茶をして、死亡事故も起きてしまった。
 事故をきっかけに統合作戦本部は管理する施設部上層部の入れ替えを決断し、グレゴリー叔父は新任の施設部次長として造兵施設の統制回復に送り込まれた。
 グレゴリー叔父は着任早々、軍管理者・軍属・協力業者・工員・関係者全員をここに集めて、今後一切施設内のおいては一切の敬礼と暴力を廃止すると告示した。強硬に反対したベテラン主事を三日で更迭して管理側の統制を手中に収めると、圧倒的多数の工員からは諸手をあげて歓迎された。

「そして次は少将のご家族がここに来られたことですね。あれで一気に船渠の雰囲気が変わりました。確か少将の一番下のお嬢さんだったと思いますが、当時建造中だったリオ・グランテの主任工程管理者をひっ捕まえて、自動溶接マシンの運転台に乗り込んでリオ・グランテの外殻構造を現場まで見に行きましたからね」
「ラリサだったかぁ……」
 興味があることがあればとことん突き進む。知識欲の権化のような末妹の行動に右手を目に当てた俺に対し、バウンスゴール大佐は含み笑いで応える。
「あれからここで働く人間の家族ならば年二回、事前に申し込みをすれば誰でも見学OK。一応の『身体検査』と、場内での禁止事項はいっぱいありますが、家族が見学に来た作業員は公休扱いにすることで、『仲間』に恥をかかせるなって連帯感が生まれて士気も上がり、工程管理もずっとやりやすくなりましたよ」

 もっともおかげさまで私の仕事にツアーガイドも加わってしまいましたがね、と頭を搔きながら苦笑するバウンスゴール大佐を見て、俺は心の中でグレゴリー叔父に感謝した。
 本来ペーペー中佐の俺に、バウンスゴール大佐が丁寧語を使うことはない。もちろん大佐自身の温厚な性格もさることながら、俺の後ろにいるグレゴリー叔父に対する敬意と感謝があるからこそ丁寧に応対してくれている。

 俺は一体どれだけ恵まれているのだろうか。そして恵まれた環境をどれだけ活かしきれているのか。与えられた政治力にしても人脈にしても、同盟存続の為にどれだけ使いこなしているのか。どれをとっても全く自信がない。

「あの艦はもう名前が決まったいるのかね?」

 バウンスゴール大佐に問うアイランズの声に、俺は顔を上げてメインスクリーンに映る建造中のアイアース級戦艦を見つめる。センサー・通信構造体が後方上に突き出した、アイアース級としては特異な艦橋仕様。通常の正面主砲ブロックだけでなく船体下方にも主砲ブロックがあり、総主砲門数は六四門。横から見ると背中が涼しく、巨大戦艦としてはアンバランスな印象がぬぐえない。次世代旗艦用大型戦艦の試作艦として建造されながらも中途半端な能力で以後量産されることなく、やはり道具は使い手次第という代表例となってしまった艦……

「現在はA一三〇-F五-BX一ですが、いずれFBB-三一『アガートラム』と呼ばれることになるでしょう」

 ところどころ深紅の耐熱塗料素地が見える新品の黄唐茶色の船体が、見ているお前も同類だと自虐的な笑みを浮かべているようにしか思えなかった。
 
 

 
後書き
2024.4.21 更新

結局、ボロディン中将のアクリルスタンドは売っても作ってもくれないし、バラ売りもしてくれなさそうなので、おとなしく30%OFFに釣られて買う予定です。

足りないのはグレゴリー叔父(ボロディン)・ニコルスキー・カールセン・コクラン・S・M・A 
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