機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第二部 黒いガンダム
第五章 フランクリン・ビダン
第二節 人質 第四話(通算89話)
前書き
人質はカミーユの父母だけだった。
そのことに戦慄するカミーユ。
グラナダの機密漏洩に気づいた。
その前に父を説得しなければならなかった。
君は刻の涙を見る――
驚いたような表情のまま、何の用かと探るような目付きをしたフランクリンは押し黙った。それは、まるでエマを値踏みしているかの様に見え、カミーユは激昂しそうになるのを抑えるのに苦労した。
(こんなときにっ……)
中年になった大人の処世術といえば聞こえはいいが、若いカミーユからすれば、下心の塊にしか見えない。勿論、それはカミーユの父親に対する偏見だ。フランクリンは仕事に熱心であり、腹芸が苦手な方である。そもそもフランクリンにはエマから訪問される心当りなどないのだ。しかも、ノーマルスーツを着用したMS乗りが二人だ。訝しがるのが普通である。
「エマ中尉……一体」
ようやく口を開いたフランクリンのどうしたのかという言葉を遮って、エマが切り出す。
「一緒に《アレキサンドリア》から脱出していただけませんか?」
「なにをバカな……」
フランクリンは話にならんという態度をとった。それは当然の反応だ。訳も解らず《アレキサンドリア》に乗艦したとはいえ、MS開発から外れた訳ではない。サイド7に戻れば、また研究漬けの生活が待っている。まして、エゥーゴのMSを滷獲できれば、それを参考に新しいMSを開発できるのだ。いや、見せられた形状から凡その性能は察しがついている。滷獲しなくとも、映像があれば、なんとでもなる。重MSのガタイに《クゥエル》を翻弄する機動性と追随を許さない加速力はガンダリウム――ルナ・チタニウム合金を抜きに考えられないが、更に改良に成功していると見るべきだ。連邦では、コストの問題から装甲材への採用が見送られていたが、製造法の改良によって、ようやく量産が可能になろうとしていた。この責任者がヒルダである。
フランクリンは今、ティターンズの次期主力MSの開発を一手に引き受け、これから最後の地上試験を行おうというときである。現在開発中の《バーザム》が完成すれば、ムーバブル・フレームとフレキシブル・アーマーの融合による史上初の量産型であり、MS開発の常識をひっくり返す画期的な発明と認定されることは間違いない。このまま開発を続ければ確実に開発史に名を刻むだろう。技術者ならば、その名誉と命を引き換えにしても悔いはないと言うだろう。
それを、エマは捨てろと言い切った。
「今の大尉は人質に過ぎません。バスク大佐は大尉を飼い殺しにする気です。下手をすれば命もありません」
「そんなバカな……」
俄には信じられない話だったが、否定の声は弱かった。バスクの性格から考えれば、ない話ではないからだ。だが、フランクリンには人質というのがピンと来ない。自軍の兵器開発を遅らせてまで、なんのために、自分が人質になるというのか。解らなかった。
「事実です。大尉と夫人はエゥーゴに対する人質になっています」
「親父! 行くか行かないかだ。行かないなら、母さんと脱出する」
バイザーを開け放って、カミーユが肉声を放つ。フランクリンにしてみれば、突然の息子の登場に驚愕するだけだった。
カミーユにすれば、時間の無駄にしか感じない。フランクリンを説得する必要などないのだ。機会を与えるだけでいい。選ばなければ死が待ち受けていることを教え、残るというならそれが父親の生き方なんだと思うしかなかった。父親をよく知る息子だからこそ、フランクリンが脱出に賛同するとすれば、なんのためか解りすぎるのだ。
「カミーユ……あなた……」
エマにはカミーユの葛藤が理解できなくはない。父親を嫌ってはいても、嫌いになりきれない――反発することでしか父親の関心を自分に向けさせられないのだ。
「……エゥーゴか……」
エゥーゴの名前を耳にしてやっと得心したようだった。だが、実際に、フランクリンの脳裡に浮かんだのは、エゥーゴのMSを弄りたいという欲求と、ティターンズの次期主力MSを完成させた名誉の軽重であり、カミーユの言葉でも、エマの言葉でもない。そもそも、二人の言葉をきちんと聞いているかも怪しかった。
この目であのMSを見て、触って、構造を研究したい。フランクリンの頭はMSの開発から離れることなどないのだろう。一瞬、屈託のない笑顔で甘える愛人のことが頭をよぎったが、彼の探求心のブレーキにはなりえなかった。所詮、そんな薄情だからこそ家族を顧みず不倫にうつつを抜かせるのだ。
「……よし、解った。行こう」
エマにも、フランクリンが本心ではなく、単にエゥーゴのMSへの関心だけであるとみてとれる。だが、今はそれでいい。この人を仲間に殺させないためには、それ以外の選択肢はないのだから。
「ではノーマルスーツに着替えて、バイザーを閉めてロックしてください」
手にしたノーマルスーツを渡し、着替えを促す。不馴れだからだろうが、なかなか着替えられないフランクリンに、黙ってカミーユが手を貸した。見るに見かねたのだろう。
(いいとこ、あるじゃない)
エマは好意的に誤解した。が、実際にはカミーユは内心舌打ちしていた。中年太りによってフランクリンは動きが緩慢になっており、足手纏いになりかねないと考えたのだ。その確認をしていただけなのだが、予想通りであり、益々フランクリンを軽蔑した。
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