仮面ライダーAP
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黎明編 仮面ライダースパルタンズ 第31話
プレーンスパルタンは全てのスパルタンシリーズの原型であり、元は基礎的な動作点検のために開発された初期型の外骨格だ。そのため他のスパルタンシリーズと比べても突出した持ち味が無く、「特徴が無いのが特徴」とまで評されている。
だが、だからこそ他の試作機と比べても動作の「クセ」が無く、最も扱いやすい機体でもあるのだ。装着者であるジークフリート自身の軍隊格闘術をそのまま活かすことが出来る、その「動きやすさ」こそが最大の武器なのである。
陸軍最強の格闘者であるジークフリートの動きを、一切阻害しないこと。それのみが、プレーンスパルタンが誇る唯一無二のアドバンテージなのだ。
「エドワード・ドゥルジ……! 貴様だけは刺し違えてでも、このジークフリート・マルコシアンが倒すッ!」
「刺し違えてでも……か。泣ける話だ。その覚悟を以てしても、この私に傷一つ付けられぬ事実に涙が止まらんよ」
「ほざくなぁあぁッ!」
触れた者を死に至らしめる猛毒の怪人。そんなエドワード・ドゥルジの巨躯を前にしても、プレーンスパルタンは躊躇いなく鈍色の鉄拳を振い続けている。
何度強烈な拳打を浴びせてもドゥルジの牙城は全く揺らいでいないのに対し、プレーンスパルタンの拳部装甲は早くも溶解を始めていた。このままではプレーンスパルタンもキャリバースパルタンのように、中身もろとも消滅してしまう。
「悲壮なる自己犠牲の精神と愛国心、そして仲間達の無念を糧に繰り出している拳打が……この程度か。もはや悲劇と呼ぶ他あるまいな。あまりに絶望感な、力の差というものは」
「黙れぇッ! 貴様らに何が分かるッ! ファルツ中佐、バレンストロート大尉、ロスマン中尉……イェンセン少尉ッ! そして、この戦いに命を賭したかけがえのない戦友達ッ! 彼らの痛みと、苦しみの何がッ!」
どれほど苛烈な拳打の嵐を浴びようとも、ドゥルジは一歩も引くことなく高速の拳で殴り返そうとしていた。その拳打をスウェーでかわし、プレーンスパルタンは怒りに任せて次の1発を繰り出している。
ドゥルジの憐れみさえ怒りに変えて、鈍色の鉄人はその剛拳を休むことなく振るい続けていた。ドゥルジの毒に皮膚を焼かれようとも、彼は怯まず拳を撃ち放っている。
「……私の毒をどれほど喰らおうと、覚悟の上で攻撃を仕掛けて来るとは。これほどの闘志と殺意を秘めた人間はなかなか居ないな。時間さえ潤沢にあれば、是非とも改造人間の素体にしたい逸材なのだが……」
「抜かせぇえぇッ!」
そんなプレーンスパルタンの鬼気迫る闘志を前に、ドゥルジは感嘆の声を漏らしていた。幹部級怪人の拳打は音速にも迫るほどの超高速。にも拘らず、プレーンスパルタンはドゥルジからのパンチを全て、紙一重でかわし続けているのだ。
(……奴のスーツが優れているのではない。ただの人間が鍛錬一つで、この域にまで達したというのか……)
「動きやすさ」に秀でたプレーンスパルタンの特性も、この回避率の高さに繋がっているのだと思われる。だが、決してそれだけではない。感情的になりつつも、敵の動きを正確に観察出来るだけの冷静さを維持しているジークフリートだからこそ、ドゥルジの攻撃を見切れているのだ。
(いや、違うな。我々を屠れる程のスペックではない……とはいえ、こいつらのスーツも決して侮れはしないのだ。当初の想定では、こちらの死者数は大きく見積もっても10名程度だった。しかし現在はすでに、200名以上もの死者を出している。この程度、と云うべきではない。「仮面ライダーG」の誕生から僅か半年程度で、人類はこれほどの外骨格を完成させていたのだ)
軽く「手合わせ」に付き合ってから、悠々と「始末」するつもりでいたドゥルジは、予想を遥かに凌ぐプレーンスパルタンの奮闘に舌を巻いている。並の戦闘員はもちろん、準幹部級怪人にも迫る彼の力を目の当たりにした彼は――無意識のうちに、「本気の速さ」でパンチを繰り出していた。
「が、はッ……!?」
「生憎……私もそこまで『暇』ではなくてな。楽しい時間をくれたことには感謝しよう、ジークフリート・マルコシアン。君のことは忘れない……さらばだ」
「ぐ、ぅうぅッ……!」
「威力」より「速度」を優先したジャブを腹部に喰らい、プレーンスパルタンはたまらず蹲ってしまう。余裕のある佇まいを見せてはいるが、ドゥルジは内心で彼の底力に冷や汗をかいていた。僅か一瞬、それも「軽いジャブ」を打った時だけとはいえ、自分の「本気」を生身の人間如きに引き出されてしまったのだから。
可能であれば組織に連れ去り、改造人間の被験体にしたい。生身の人間でありながら、幹部級怪人を相手にここまで食い下がれる兵士ならば、きっと凄まじい怪人になれる。それこそ、仮面ライダーGさえ瞬殺出来るほどの怪物に。
だが、自分達にその時間は無い。そこまで思いを巡らせたドゥルジは、名残惜しさを覚えながらも「とどめ」を刺すべく、蹲っているプレーンスパルタンの頭を踏み潰そうとしていた。
「……ぬぅおあぁああーッ! まだだァッ! まだ終わってなぁぁぁあぁあーいッ!」
「ぐッ……!?」
だが、プレーンスパルタンはここからさらに、己の精神力で鎧の性能限界を凌駕する。ドゥルジが彼の頭を踏み潰そうと片足を上げた瞬間、その不安定な体勢にチャンスを見出した鈍色の鉄人が、低姿勢からのタックルを繰り出したのだ。
「……見上げた底意地の悪さよッ!」
不意を突かれたドゥルジは即座に体勢を立て直し、再び「本気」の拳を突き出そうとしていた。今度は速度優先のジャブではない。確実に相手を抹殺するために繰り出す、渾身のストレート。先ほどキャリバースパルタンにとどめを刺した、必殺の一閃だ。
「それこそがッ……貴様が侮ったッ! 人間の力だぁあぁあーッ!」
その剛拳を前にしても、プレーンスパルタンは怯まない。むしろ自ら死に向かうかのように、彼は真っ向から渾身の鉄拳を振るう。双方のストレートパンチが交錯し、互いの胸部に炸裂した。天地を揺るがすかのような轟音が天を衝き、両者の足元に亀裂が走る。
「ぐっ、ぉお……!」
「がっ……あぁあッ……!」
その拳はまさしく、両者にとっての「必殺技」。確実に相手を仕留められる威力を追求した、渾身の一撃であった。しかし双方は大きくふらつきながら後退し、同時に片膝を着いてしまう。
ドゥルジの方は膝を震わせているだけだが、プレーンスパルタンの方は全身から火花が飛び散っており、顎部装甲の隙間からは吐血が漏れ出ていた。やはり、ダメージ総量はプレーンスパルタンの方が遥かに大きかったようだ。
「こんな……馬鹿なッ……!」
しかし、よろめきながらも立ち上がったドゥルジは、自身の勝利を確信していながら。驚愕の表情でプレーンスパルタンを見下ろし、わなわなと肩を震わせている。
彼が先ほど繰り出した「本気」の剛拳は、プレーンスパルタンの鉄拳による衝撃で勢いを殺され、キャリバースパルタンを抹殺した時のような威力を出せなかった。自身の必殺技を阻止するほどのポテンシャルを人間が発揮したという事実に、実際のダメージ以上の衝撃を受けているのだ。
(この私の……幹部級怪人の一撃が、人間の拳如きで「相殺」された……!? 何という膂力、何という精神力ッ……! もし条件が同等だったなら……いや、あと僅かでもあの鎧が高性能だったなら……私は間違いなく、今のパンチで殺られていた……!)
本来なら勝負にもならないはずの拳のぶつかり合いで、これほどの「互角」に持ち込まれていた。プレーンスパルタンの鎧如きでその域にまで肉薄していたジークフリートが、如何に精強な「素体」であったかが、その結果に現れている。ドゥルジの見立て通り、あと少しでもプレーンスパルタンの出力が高ければ、彼の身体は鈍色の鉄拳に貫かれていただろう。
「がッ……はッ、ぁあッ……!」
「……これが人間の力、か。ふっ、確かに侮るべきではなかったな。慢心を消し切れていなかったグールベレーでは、『相討ち』が関の山だった……ということか」
「うぐ、うぅッ……! お、俺は……俺達は、まだッ……!」
「……地獄の底で誇るが良い。この私に『負け』を認めさせた人間は、君が最初で……最後だ!」
怪人の素体にしている時間が無いというのなら、これほどの「逸材」は脅威にしかならない。ならば、迅速に抹殺しなければならない。その結論に達したドゥルジは己の甘さを自嘲しながら、片膝を着いたまま身動きが取れなくなっているプレーンスパルタンに、今後こそ「とどめ」を刺そうとしていた。
「……!? 日本支部からの緊急通信だと……?」
――だが、その時。ドゥルジの頭部に内蔵されていた通信機が反応し、彼は寸前のところで踏み止まってしまう。
どうやら、日本に居るシェード怪人から緊急通信が飛んで来たらしい。膝を着いているプレーンスパルタンを放置したまま、片耳に手を当てたドゥルジは「同胞」との通話を開始する。
「……なんだというのですか、このような時に。……撤退、ですと? 作戦終了の予定時刻はまだのはずですが」
「……!?」
「なんと……あの仮面ライダーGに、あなた方の1人が敗れたというのですか。なるほど、なるほど……それは確かに由々しき事態でありますね。分かりました、直ちに我々も日本に向かいます」
突如、ドゥルジの口から飛び出た「撤退」の2文字に瞠目するプレーンスパルタン。そんな彼を一瞥もせず、ドゥルジは通話を続ける。どうやら日本に居る仮面ライダーGの活躍は、この国を攻めている北欧支部のシェードにも影響を及ぼしていたらしい。
「……いえ、確かに今回の任務は失敗となりますが……手ぶらでそちらに出向くつもりはありません。この国の軍人達から、『面白いモノ』を見付けて来ました。いずれ、あなた方のお役に立てるかと」
不敵な笑みを浮かべながら、片膝を着いているプレーンスパルタンの腰部に手を伸ばしたドゥルジは――そこに装着されていたスパルタンドライバーを強引に引き剥がしてしまう。その行為によって動力を失ったプレーンスパルタンは、ただ重いだけの鎧と化してしまうのだった。
「えぇ……了解しました。私の手土産もきっと一助となりましょう。……全てはあなた方、始祖怪人のために」
そして、その一言を最後に。日本支部との通話を終えたドゥルジは、プレーンスパルタンと目線を合わせるように、ゆっくりと片膝を着いていた。愉悦に満ちた眼差しと、殺意を帯びた眼光が交わる。
「……朗報だ、ジークフリート・マルコシアン。我々は直ちにここから撤退せねばならなくなった。最後の最後まで諦めず、我々に食い下がって来た君達の勝利……というわけだ。末代まで誇るが良い」
「なん、だと……!?」
「特に君は、殺すには惜しい男だ。君の部下達も、機会さえあれば優れた改造人間になれたものを……残念だよ、実に残念だ」
「ふざ、けるなッ……!」
「そこで……君に相応しい『勲章』を特別に用意することにした。急場凌ぎで済まないが、受け取ってくれたまえ」
「な、にッ……ぐッ!?」
「勲章」を用意する。そのようなことを言い出したドゥルジはプレーンスパルタンの顔面を掴み、マスクを毒液で溶解させると――ジークフリートの素顔を露わにしてしまう。ドゥルジの人差し指が彼の「右眼」に突き刺されたのは、その直後だった。
「ぐっ、が……あぁあぁあぁああッ!?」
「心配は要らない、今のは『解毒剤の注入』だ。安静にしていればじきに全身に循環し、君を内側から蝕んでいた全ての毒は消え去る。我々の撃退という君の功績を証明してくれる、名誉の負傷というモノだよ」
その激痛にのたうち回るジークフリートを見下ろしながら、ドゥルジはゆっくりと立ち上がっていた。解毒と称してジークフリートの右眼を潰した彼は、脱ぎ捨てていたボルサリーノハットを拾い上げ、優雅に被り直している。
「ころ、してやる……! 殺してやるぞ改造人間ッ! いずれ貴様達全て、俺の手で殺し尽くしてくれるッ! 一切の例外なく、1人残らずだッ!」
「そうだ、その眼だ。この世界全てを焼き尽くさんとするかのような、その眼に私は惹かれたのだよ。その調子でこれからも、憎しみの炎を育ててくれたまえ。いずれ君も、力に溺れる悦びを知る時が来る。その時を私も楽しみにしているよ」
「ほざ、くな、ぁああッ……!」
奪われた右眼の箇所を押さえながらも、ジークフリートは憎悪と怨念を込めた左眼でドゥルジを睨み上げていた。そんな彼の内に眠る、「怪人」としての可能性にゾクゾクとした快感を覚えていたドゥルジは、嗜虐的な笑みを露わにしながら踵を返し、部下達を引き連れて悠々とこの街を後にして行く。その片手に、ジークフリートから奪い去ったスパルタンドライバーを握り締めて。
「うぅッ……お、ぉおおおッ……!」
傷付いた身体を引き摺りながらも荒廃した地を這いずり、そんなドゥルジ達の背中に手を伸ばそうとするジークフリートだったが。仲間達を救えなかった時と同様に、その手が届くことはなかった。
バイル・エリクソン2等兵。
ジュリウス・カドラリス大尉。
アレクシス・ユーティライネン中尉。
ガルス・ショウグレン少尉。
カイン・アッシュ少尉。
リーナ・ブローニング少尉。
ヨハンナ・ヴィルタネン少尉。
エドゥアルド・オリクルカム技術中佐。
ガーベッジ・オャスン曹長。
エリック・ツィカーデ中佐。
ノルト・マグナギガ少佐。
マキシミリアン・アインホルン軍曹。
大童傳治1等兵。
屋島北1等兵。
コンラッド・リンネア大尉。
ヘルヴィ・メッツァネン軍曹。
エネミー・アテネリス伍長。
アレクサンダー・フォン・シュタイン少佐。
ヴィルヘルム・フリードリヒ・フォン・ライン・ファルツ中佐。
エドガー・バレンストロート大尉。
レオン・ロスマン中尉。
そして、ニコライ・イェンセン少尉。
彼らの無念に報いることは、終ぞ叶わなかったのである。それこそがジークフリート・マルコシアンという男にとっては、何よりも重い「敗北」だったのだ。
(皆ッ……! 俺は、俺は何というッ……!)
彼をはじめとするマルコシアン隊は後に、この国を救った英雄として讃えられることになるのだが。彼自身が守りたいと願ったものは、何一つ守れなかったのである。
◆
――それから数週間後。シェード北欧支部から派遣されていた改造人間軍団の撤退とグールベレーの全滅を受け、某国政府は陸軍の勝利と発表。エンデバーランドの復興が進む中、国中が英雄である「マルコシアン隊」の、名誉ある「玉砕」を讃えていた。
戦闘終了後、破壊され尽くした街の中から凄惨な遺体が発見され、明確に「戦死」と認定されたのはヴィルヘルム、エドガー、レオン、ニコライの4人のみであり。最後の突撃に参加した他の隊員達については身元の特定に繋がるものすら見つからなかったため、一度は「戦闘中行方不明」として記録されていた。
だが隊長のジークフリートを含め、誰1人として彼らの「戦死」を疑ってはいなかった。遺体が発見されていない以上、今もどこかで彼らが生きている可能性も、決してゼロではない。しかしそれは「現場」を見た人間にとって、現実味の無い希望的観測。机上の空論でしかなかった。
全てが終わった後のエンデバーランドは、瓦礫の死体の山ばかりが辺り一面に広がる地獄絵図と化していたのだ。性別はおろか人間なのかどうかも分からないほどに激しく損壊した遺体ばかりが、死屍累々と横たわっていたのである。そんな地獄のような戦場から、生身の人間が生き延びているはずがない。それが陸軍の下した、「マルコシアン隊の全滅」という結論であった。
また、この戦いで親を失った孤児達の一部は、観光都市「オーファンズヘブン」へと身を移すことになり。市長を務めるドナルド・ベイカーが出資している施設に預けられ、新たな人生を歩むことになったのだという。ガトリングスパルタンことコンラッド・リンネアの「忘れ形見」となってしまった、エメラダ・リンネアもその1人だ。
最愛の家族を失った悲しみに泣き叫び、悲嘆に暮れる子供達。親代わりとして彼らを抱き寄せるベイカーの姿は全世界に報じられ、彼が慈善活動家として名を馳せる契機となった。その光景に対する「同情」が多額の寄付を集めた結果、ニッテ・イェンセンをはじめとする孤児達は経済的な不自由もなく、全員が学校に通うことが出来たのだという。
特に、アメリカのニューヨークに在住していたアラン・アーヴィング氏からの寄付金は、凄まじく莫大な額だったらしい。現地の惨状を報じるニュース映像に心を痛めていた、当時9歳の心優しい愛娘の涙を目にした彼は、巨額の資金をベイカーに送っていたのだという。
それら全ては、マルコシアン隊の尊い自己犠牲によって導かれた結果なのだと世間には報じられている。その「実態」が、大衆向けに喧伝されている広報の内容とは掛け離れたものであることを知っている者は、ごく一握りしか居ない。
当時の政権を握っていた政府上層部。一部の王族。マルコシアン隊の司令官だった、アレクサンダー・アイアンザック中将。そして唯一の生き残りである、ジークフリート・マルコシアン大佐。彼らを除き、全ての口は封じられたのだ。
そして、部隊の生き残りであるジークフリート自身もまた、この国を去る決意を固めようとしていた。
改造人間に対する憎悪を募らせている今の自分では、この国の英雄として相応しい姿を維持することは出来ない。国を想えばこそ、彼は留まるわけには行かなかったのである――。
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