仮面ライダーAP
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
黎明編 仮面ライダースパルタンズ 第30話
前書き
◆今話の登場怪人
◆エドワード・ドゥルジ/エチレングリコール怪人
かつての対テロ組織であり、現在は悪の秘密結社と成り果てた「シェード」に属している改造人間。青白い筋繊維を露出させた人体模型のような容貌の怪人態を持つ、優雅にして残忍な男。手から分泌される無色の粘液は強力な猛毒であり、改造人間すら毒殺するほどの致死性を有している。仮面ライダーGが日本で活躍していた頃、部下の戦闘員達を率いて北欧某国に侵攻していた。当時の年齢は不詳。
――天を衝く爆炎。その巨大な火柱を遠方から目撃していたプレーンスパルタンとキャリバースパルタンは、瞬時にそれが意味するものを「理解」していた。それでも彼らは、スパルタンハリケーンのハンドルを握り締める。その手指に動揺の色は無い。
レオン、エドガー、ヴィルヘルム。そして、彼らの後に続いた何人ものスパルタンライダー達。戦火に消えた彼らが命を賭して成し遂げた「陽動」は、シェード戦闘員達の迎撃体勢にかなりの混乱を齎していた。この機に乗じて敵将を討たなければ、彼らの命も無駄になってしまう。
「……皆、先に逝っちまいましたね、隊長」
「俺達も先を急ぐぞ、少尉。ウチの隊員は、待たされるのが嫌いな奴ばかりだからな」
それにこの後、すぐに会えるのだから悲しむことはない。振り返る必要もない。今はたった一瞬、後ろを見遣る暇も余力も惜しい。それ故に、残されたプレーンスパルタンとキャリバースパルタンは振り向くことなく、猛煙の奥へと走り続けていた。かけがえのない「親友」の散華を、知ることもなく。
「いたぞぉおお! いたぞぉおぉおお!」
「クソったれ、なんて殺人的な加速力なんだッ! 俺達の弾が当たらないなんてッ!」
彼らを乗せたスパルタンハリケーンは最高速度に達し、戦火の真っ只中を疾風のように駆け抜けている。グールベレーが全滅した後も、残った一般戦闘員達は2人の動向を捕捉していたのだが、改造人間の動体視力を以てしても、彼らの愛車を撃ち抜くことは出来ずにいた。
スパルタンシリーズの重量にも耐え得る頑強なボディと、圧倒的な馬力。人類の誇りを懸けて開発されたスパルタンハリケーンは、シェードの見立てを大きく凌ぐ疾さに到達しているのだ。その「暴れ馬」を巧みに駆るキャリバースパルタンは背中の大型刀剣「斬装刀」を引き抜いていた。
「が、はッ……!?」
「……悪いな。その首一つくらいは、貰って行くぜ」
装甲車の車体さえ切断可能な、強靭なる高周波振動大剣。その一閃をすれ違いざまに振り抜いたキャリバースパルタンの斬撃が、戦闘員の首を刎ね飛ばしてしまう。
たかが模造品の鉄屑如きに、改造人間の自分が殺されることなど、あってはならない。あるはずがない。そんな驚愕の表情を露わにしたまま、戦闘員の首が斬撃によって舞い上がって行く。
確かに斬装刀の切れ味ならば、改造人間の装甲にも通用し得るだろう。だが、その刃の性能だけでは、実戦の場でシェードの戦闘員を斬り捨てることなど出来はしない。単純な戦闘能力においては隊長に次ぐ強者である、ニコライ・イェンセン自身の「実力」が成せる技なのだ。
「慣れない外骨格を着たままでは、その刃も思うようには振るえないのではないかと案じていたが……杞憂だったようだな」
「昔、日本に出向していた頃にしこたま扱かれましたからねぇ。どんな鎧を着ていようが、変わらず使いこなして見せますよ」
その「力」を「結果」で証明して見せたキャリバースパルタンの剣技を見届け、プレーンスパルタンは深く頷いている。どうやら数年前、日本で剣術の修行を積んでいたというニコライの技術は全く衰えていないようだ。
自分達の力ならば、幹部級怪人にも通用するはず。仲間達の無念に報いることも出来るはず。その確信を持って、2人は愛車をさらに先へと走らせて行く。
「……! 少尉!」
「えぇ、見えています! 奴が……!」
そんな彼らを最奥で待ち受けていたのは――2人に対して背を向けている、端正な黒スーツを纏った1人の大男だった。黒いボルサリーノハットを被り、後ろに手を組んで立ち尽くしている彼の後ろ姿は、気品に溢れた優雅な佇まいにも見える。
「……ッ」
だが、愛車から飛び降りたプレーンスパルタンとキャリバースパルタンは、本能で察知していた。この男こそが、祖国を苦しめた「元凶」。シェード戦闘員達を率いてこの国を襲撃した、「指揮官」に相当する幹部級怪人なのだということを。
「……見事なものだな。ただの人間如きが、ここまで辿り着くとは。よもや北欧支部最強の上級戦闘員達までもが敗れるとは、さすがに私も想定外だったぞ」
「貴様が指揮官か……」
「いかにも。まずは私の元に到達した君達の努力を真摯に讃えようではないか。尤も、君達の勲章になるものなど持ち合わせてはいないがね」
「……!」
厳かに口を開いた黒スーツの男は、ボルサリーノハットを脱ぎながらゆっくりと振り返る。そのあまりに異様で醜い彼の「素顔」に、プレーンスパルタンとキャリバースパルタンは戦慄を覚えていた。
彼の正体は、青白い筋繊維を露出させた人体模型のような容貌の怪人だったのである。紳士然とした黒スーツとボルサリーノハットで人間らしい印象を与えてはいたが、その真の姿は並の怪人とは比にならない悍ましさであった。
「勲章? 勲章なら、あんたの首で十分だぜ」
「……ほう、その発想は無かった。あまりに非常識で、あり得ない提案だ。思わず虚を突かれてしまったな」
「あり得ないかどうかを決めるのは、貴様達シェードの物差しではない。真実はただ、未来の決着にのみ存在する」
「良いことを言う。では、試してみるが良い。君達がこれから目の当たりにする真実が、お望みのものであるかどうかをな」
その男の醜悪な容姿を前にしてもなお、怖気付くことなく真っ向から対峙するプレーンスパルタンとキャリバースパルタン。そんな2人を「倒すべき敵」と認識した男は、静かに両手を広げて臨戦態勢に移る。
「ドゥルジ様、ご無事でしたか! ……ええい、人間風情が俺達を出し抜きやがって……! 今ここで蜂の巣にしてやるッ!」
「くっ……もう追い付いて来おったか!」
そこへ、2人を捕捉していた一般戦闘員達がゾロゾロと大勢で駆け込んで来た。自分達の防衛線を突破され、指揮官のところにまで到達された失態を取り返そうとしているのだろう。プレーンスパルタンとキャリバースパルタンは挟み撃ちの状況に陥り、仮面の下で唇を噛み締めている。
だが、「ドゥルジ」と呼ばれた指揮官の男は片手を翳し、静かに彼らを制していた。手出しはするな、という「厳命」がその異様な眼光に顕れている。
「……お前達は下がっていろ。この2人は私が直々に相手をする。どのみち、上級戦闘員達を倒してしまうような連中をお前達が阻止出来るはずが無かろう」
「し、しかしドゥルジ様! 我々にもあまり時間は無いのです! お戯れは程々にして頂きませんと……!」
「分かっている。……日本で暴れている『No.5』、もとい『仮面ライダーG』。奴を打倒するための戦力を揃えねばならぬ以上、いつまでも北欧某国で遊んではいられない……と言いたいのだろう?」
「……恐れながら、それがあの方々のご意志なのです。あなた様のお立場というものを、どうかご理解ください」
「だからあの方々のためにも、私自身の手で早急に『尻拭い』を済ませてやる、と言っておるのだ。……人間風情に遅れを取りおって、未熟者共が」
「……返す言葉も、ありません……」
「仮面ライダーG」への対処を急がねばならないシェード側としても、この某国の攻略に手こずってはいられないのだろう。戦闘員達はドゥルジの全身から迸る絶大な殺気と威圧感を浴びながらも、彼の判断に苦言を呈している。それでもやはり上官には逆らえなかったのか、彼らはすごすごと引き下がっていた。
「……こんなところ、だぁ? てめぇ今……俺達の祖国をッ! てめぇらが散々壊し尽くした、この国をッ! 犠牲になった皆が愛したこの街をッ! こんなところって言いやがったのかぁあッ!」
「……! イェンセン少尉、待てッ! 奴の能力が判明していない段階で迂闊にッ……!」
そんな中――ドゥルジの「失言」に怒りを爆発させたキャリバースパルタンが、斬装刀を振り上げて真っ先に斬り掛かって行く。プレーンスパルタンの制止も聞かず、大型刀剣を振るう緑の戦士は、ドゥルジの首に狙いを定めていた。
先ほどの戦闘員のように、その首を一瞬で刎ねてやる。その鋭い殺意を帯びた一閃が、勢いよく振り抜かれていた。だが、彼の高周波振動大剣がドゥルジに届くことはない。
「うッ……!? ぉおおぉおおッ!」
ドゥルジの指先から放たれた謎の粘液が剣の柄に命中し――そこに内蔵されていた高周波振動の作動装置を溶かしてしまったのである。それでもキャリバースパルタンは怯むことなく、ただの剣と化した斬装刀をそのまま振るう。
「なッ……!?」
だが、ドゥルジの膂力は彼の予測を遥かに超えていた。強化外骨格の人工筋肉を最高出力で稼働させ、全身全霊を込めて振り抜いた一閃。その刃は、たった3本の指で摘むように止められていたのだ。斬撃を阻止されたキャリバースパルタンも、それを目撃したプレーンスパルタンも、ただ瞠目するばかりであった。
「……失敬。先ほどの発言は不適切であったな」
「ば、化け物めッ……!」
これが、シェードが誇る幹部級改造人間の力なのだ。戦闘員を相手取るのがやっとのスパルタンシリーズでは、どうあがいても辿り着けない人外の怪物。その体現者の1人が、この男なのである。
やがて、ドゥルジが見せた圧倒的な実力差に戦慄する間も無く――剣をへし折られたキャリバースパルタンは、首を掴まれて吊り上げられてしまう。ドゥルジの片腕はすでに、殴るための握り拳を用意していた。
「非礼の詫びとして……1発だけ。幹部級改造人間の膂力をフル稼働させた、本気の拳打を見せてやろう」
「ぐぅうッ……!?」
「いかんッ! イェンセン少尉、逃げるんだッ!」
その光景を目にしたプレーンスパルタンは一気に走り出し、ドゥルジの拳を阻止しようとする。だが、何もかもが手遅れであった。醜悪な怪人の拳が、一瞬のうちに最高速度に達する。もはや、音速の域だ。
(……すみませんねぇ大佐、最後の最後でこんなザマで。……ごめんなぁ、ニッテ。こんな、弱っちい……父ちゃんで……!)
確実な「死」が迫る中、キャリバースパルタン――ニコライ・イェンセンは独り、悔しげに瞼を閉じていた。己の不甲斐なさを責める彼の脳裏に敬愛する隊長と、安全な場所に残して来た「愛娘」の姿が過ぎる。
ニッテ・イェンセン。観光都市「オーファンズヘブン」の市長である親友――ドナルド・ベイカーの元に預けている、8歳になったばかりの愛娘だ。この死地に赴く直前、裾にしがみついて「私も行く!」と泣きじゃくっていた姿が、未だに脳に焼き付いている。
――心配するな、父ちゃんは世界で2番目に強いんだから必ず帰って来る。娘にそう豪語して、この戦場に出て来たというのに。その約束を果たせないばかりか、諸悪の根源に一矢報いることすら叶わなかった。これほど情け無い話はない。
だからこそ、せめて最後の希望だけは。世界で1番強いのだと、部隊の誰もが信じている男に託すしかないのだ。その万感の思いを込めて、ニコライはジークフリートの方へと視線を映している。
(後は……頼みますぜ、隊長ッ!)
そんな彼の切実な思いが、言葉になることはなかった。仮面の下で開かれたニコライの口から出たのは、言葉ではなく――致死量の吐血だったのである。
「がはぁ、あッ……!」
音速にも迫るほどの疾さで突き出されたドゥルジの鉄拳。その拳はキャリバースパルタンの装甲を容易く貫通し、そのままニコライの身体を貫いてしまったのだ。
「イェンセン、少尉ッ……!」
しかも――身体に開けられたその風穴は、徐々に広がり始めていたのである。まるで、炎が燃え広がるように。最後の部下の死を嘆く暇もなく、プレーンスパルタンはその光景に驚愕するばかりとなっていた。
ドゥルジの拳に貫かれたキャリバースパルタンの装甲とニコライの身体は、徐々に「溶解」し始めていたのである。鋼鉄も、肉も、骨も、魂に至るまで。その者が存在していた痕跡すら残さない、残酷極まりない「異能」であった。
触れた対象を内側から溶解させる、人智を超えた「猛毒」。その特殊能力と、改造人間としての膂力を兼ね備えたドゥルジの拳によって、ニコライ・イェンセンという人間はその存在ごと「消し去られて」しまったのである。
やがてキャリバースパルタンの残骸もろとも、泡となって消滅して行くニコライ。その骸に震える手を伸ばすプレーンスパルタン――ジークフリートだったが、彼の指先が届くことはなかった。
「触らない方がいいぞ。君の指が溶けるだけだ」
「き、さまァア……!」
「……あぁ、そういえば……『自己紹介』がまだだったな」
完全に存在ごと消失したニコライの最期を見届け、憎悪と義憤に燃え上がるジークフリート。そんな彼と視線を交わしたドゥルジは、挑発的な笑みを浮かべながら、再び両手を広げて臨戦態勢に移るのだった。
「私はシェード幹部級怪人、エドワード・ドゥルジ。またの名を……『エチレングリコール怪人』だ」
ページ上へ戻る