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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
孤独な戦い
  匪賊狩り その4

 
前書き
 インド編は、まとめに入ります。 

 
 「イーラムの虎」の首領は、その晩も、美妓(びぎ)を呼び寄せ、部下と共に酒をのんで深更(しんこう)まで(たわむ)れていた。
ところが、基地の諸所にあたって、ドドドと異様な音がするので、あわてて、斥候を送り出してみた。
 斥候の報告よりも、早く基地一体は、火の海と化していた。
硝煙の光、手投げ弾の火光などが火の渦となって入り乱れている間を、銃声、轟音、突喊(とっかん)の叫びが響く。
その音は、たちまち、耳も(ろう)せんばかりだった。
「あっ、夜討だっ」
 首領は、ピストルだけを持て、わずかな手勢を引き連れて、脱出を試みようとした。
車庫にあるジープにさえ行けば、大丈夫だろうと思っていた矢先である。
 そこに、閃々(せんせん)晃々(こうこう)とした太刀を持った男が立ちふさがった。
虎縞模様の「イーラムの虎」の戦闘員とは違う、階級章まで深緑色の野戦服。 
「邪魔だ!」
 とたんに、ドドドッと、銃弾のひびきがすさまじい音と煙の壁を作った。
宵闇(よいやみ)の中から、M16A2自動小銃を持った男が突っ込んできた。
「その男を殺せ!」
 白人の護衛は、拳銃を取り出すと、マサキと白銀に向けられる。
二人の両方から、銃を構えた男とまったく同じような迷彩服姿をした仲間がおよそ十数名、じわじわ詰め寄って来る。
そこに、インド系の男が両手を広げて、止めた。
「待て、殺すな……」
 銃を突き付けられながらも、不敵の笑みで見返す、M16小銃を持つ戦闘服姿の男。
その後ろには、顔を黒のドーランで塗り固め、3尺はある長い打刀を持ち、深緑色の頭巾姿の男。
首領が、彼らに、向き直って訊ねた。
「うぬらッ、何者だ!」
 それを横目に、M16小銃を持つ男は、からからと笑う。
ひるみかけた兵をしり目に、こう名乗った。
「俺は、木原マサキ!
天のゼオライマーのパイロットとは、俺の事さ」
「パ、操縦士(パイロット)……貴様がっ」
男は輪の中へ割って入って、急に押し黙った面々を見まわして、彼から訊ねた。
「どこに依頼された!
言え、米国か、ソ連か、それとも東ドイツ、あるいは西ドイツか……
いくら貰った!いくら貰ったか言えば、俺がその報酬の倍を出してやるッ」

マサキは、(うそぶ)く。
「依頼主などいなければ、報酬も貰ったわけではない」
土匪の首領は、なにか怒っていた。
「な、何ぃ」
「俺の野望の妨げになるやつらを……
特に共産主義テロリズムに関わる人間を狙って、俺の意志で殺したのだからな……」
マサキは、あわれむような深い眼差しを、じっとこらして、
「そこの白人の二人は、コンゴ動乱に関わったワイルドギースの兵隊だろう……
ミスター・プラバカラン、俺の狙いは、英国人傭兵グループだ。
だから、そのおびき出し役としてアンタを標的に絞った」

「イーラムの虎を支援しているのが、協力者(現地人工作員)を通じて英国人ということは噂の域を出なかった。
ソ連人を捕虜にして、ジャフナ市内のどこかに潜んでいるというのも分かった。
だが、その存在をつかむ手がかりはない。
そこでソ連軍とインド軍を使って、アンタらをいぶりだしたわけさ」

「これが俺の作戦さ。
もうアンタは籠の鳥だ。俺のために死ね!」
首領は、体のふるえを堪えながら、努めて冷笑して見せようとした。
「フハハハハ、籠の鳥は、お前ではないか、木原よ。
ハハハハハ、何ができるというのだ、ハハハハハ」
 今度は、首領からいった。
マサキは、笑みをつつみながら、反論した。
「俺は、この基地を爆破できる」
「何ッ」
「警備兵が、基地の外に出払っている間に、俺の仲間の忍者が爆弾を仕掛けたのさ。
それにもうじき俺の人形(おんな)が、この基地もろとも核ミサイルで攻撃する手はずを取っている」
シーンとした闇の中で、マサキのはっきりとした声が、皆の耳朶(じだ)を打った。
「お前が、戦争ごっこのために集めた秘密資金や有価証券、金銀財宝……
全てが、灰になり果てるのだ!」
マサキは、傲岸(ごうがん)な微笑を含んで、その人々を見下しながら、
「聞けぃ、木っ端ども!
もうすぐ、この男は破産して、『イーラムの虎』は無一文になる。
お前たちには1ドル、いや1セントも支払いですることが出来なくなるであろう」
(1979年のドル円レート、1ドル= 239円)
 答えは、唇の端に(ゆが)めた微笑をもってした。
低い一声、静かな呼吸の一つも、もういたずらに費やすことはできないものになっている。
 銃を握って佇んでいた護衛たちの顔は、途端にさっと蒼ざめた。
いかに勇猛な者どもも、こうした破綻を目の前に立つと、日頃の顔色もない。
「待ってくれッ、よし、分かった。
と、取引をしようじゃないか、木原博士」
 マサキがいったために、首領は急に動顛したのであろうか。
ふいに横からいった。
「あんたらの本当の狙いが、英国のMI6というのならば、私がその全容を明らかにしよう。
それでどうだッ、ソ連兵の誘拐の件からも手を引こう!」
 その瞬間、プラバカランは、後ろに立つ白人傭兵に脳天を狙撃された。
首領の影が、ただ一発の弾音に、地上へころげ落ちると共に、タミル人戦闘員たちは、もとの道へ散っていった。
 後に残ったのは、ワイルドギースの傭兵メンバーと、そのリーダーのみだった。
リーダーのマッドマイクは、談笑でもしている様に、こんな露骨な言い分をも、さも気軽(きがる)げに口にした。
「フォッフォフォ、結構、結構。
さすがはゼオライマーのパイロットだけは、あるな」
 白人の男は、自動拳銃をホルスターにしまうと、
「お前たち、下がっていいぞ」
 部下たちにその場から引き下がるように命じた。
傭兵たちが引き上げて、間もなく、
「このマッドマイク、木原博士の冒険心に敬意を表し、一対一の決闘を申し込む」
 そういうと、SASの汎用ナイフを黒革製の鞘から抜き掃った。
マサキは、KA-BAR(ケー・バー)ナイフを、横に差した革製の鞘からゆっくりと取り出す。
 黒染加工のされた、米国製の、1095炭素鋼で鍛えられた、片刃の短剣。
それは、世界大戦の折、米海兵隊が日本兵との格闘戦用に作った物であった。
「部下は全て帰した。私一人だ……さあ、どこからでもかかって来い!」
 マサキは、すでにマッドマイクの剣の前に、その運命をさらしていた。
男が、ナイフの鞘を払った瞬間に、マサキはもう自分の運命がわかったような気がして、体がさっと冷たくなった。
「いくぞ!」
 さっと、形相を変えるやいな、男は、マサキに躍りかかった。
マサキは、受け太刀ぎみに、だだだと、踏み退がる。
「いつまで、俺の剣から逃げられるかな」
 と云いながら、男は、マサキのまわりを走り歩いた。
剣を数回、打ち合わせ、激しい格闘が、なお続いた。
 ガキン!
火花とともに鳴り響く鋭い剣の音。
 白銀も、負けじと、軍刀をびゅッと低く()いでいたのである。
しかし、一筋の白い閃光は、いずれも空を打ッてしまい、およそ予想もしなかった姿態を描いて勢いよく泳いでいた。
そして、その体勢をまだ持ち直さぬ間に、
小童(こわっぱ)洒落(しゃれ)真似(まね)を」
マッドマイクの(あざ)笑う声がどこかで耳を打った。
「なにをッ」
 マサキは身を翻かえすのに、早かった。
しかし短剣を一つな奮迅も、男がビシッと構えた短剣の前は、どうしても踏み込めなかった。
 側面を(うかが)う白銀にしても、おなじである。
いや二人を併せた力よりも格段に、マッドマイク、一人の方が強かったということに尽きている。
 決して一瞬の仮借もするのではなかった。
10歩下がれば10歩迫り、身をかわせば、寄ってくる。
 男が持つ短剣の閃光は、風の如く、マサキの身ひとつにつめよる。
耐えきれなくなった白銀は、手に白刃を提げながら狼狽し始めた。
「博士、どいてください。
邪魔で、そいつを斬ることができません」
 マサキは、男が白銀に一瞬気を向けた瞬間を計って、飛び込んだ。
飛び込んだと思うと、マサキの短剣が、白銀の軍刀をまたず、男の脾腹(ひばら)を突き通していた。
ぱあと鮮血がほとばしり、マサキの顔に、煙の様に降りかかった。
 一面の鮮血を見ても、マサキは案外、平然としていた。
気が弱いように見えて、一面、残忍酷薄な性質も、そのどこかには持っているらしい。
白銀には、そのようなマサキの態度から、そう感じるのであった。
「フォフォフォ、これで目的は達した」
 差された腹を抑えながら、笑い止まないのである。
むっとしてマサキが、
「どういう事だ?」
かというと、その男は、なお笑って、
「知れたこと。お前は偽物に引っかかったのだ」
「偽物だと!」
男は、それに答えていう。
「今頃、本物のマイクは、センチュリーハウスのMI6本部に逃げ帰っているであろうよ」
 この当時のMI6は、今日の様に、テムズ川の川沿いのヴォクソール交差点にある新庁舎ではなく、 ランべスにあるセンチュリーハウスという庁舎に本部を構えていた。
「地獄で待っているぜ!」
 そう言い残すと、男は懐中に隠したベビー・ブローニング拳銃を取り出す。
マサキが止める間もなく、25口径のピストルで頭を打ち抜いた。
勝ち誇ったように笑みを湛えて、この世から別れ去ったのである。
 呆然とするマサキをよそに、白銀はどこからか持ち出したガソリンをかける。
脱出するついでに、基地を燃やすことにしたのだ。
 戦い疲れて、棒のように立つマサキの気持ちもわからないでもない。
だが、白銀には時間が気になった。
ここで2時間もぐずぐずしていたら、爆撃隊が来るからだ。
「博士、夜明けまで時間がありません。
インド空軍の爆撃隊が来ます!
ラトロワさんたちを救いに行きましょう」
「ああ……」
 マサキの返事を聞くや否や、白銀はマッチに火をつけた。
火種を投げ込むと同時に、マサキと共にその場を後にした。
  

 基地を脱出した後、マサキたちは捕虜が収容されているナッルール寺院の門前に来ていた。
途中、手に入れた赤いヒンズー教の袈裟を、軍服と装備の上から被り、杖を突いていた。
 警備兵の目をかいくぐって、寺院の内部に潜り込んだ。
何もない堂の真ん中に、樹の前に腰かけている骨と皮ばかりな老僧がいた。
 しかし老僧は眠っているのか、死んでいるのか、空虚な眼をこちらへ向けたまま、答えもしない。
「おい、坊主」
 マサキは、M16の銃床で、老僧の脛をなぐった。
老僧は、やっとにぶい眼をあいて、眼の前にいるマサキと、(きら)めく軍刀を持つ白銀を見まわした。
「和上、我々の願いを聞いてくれますか」
 白銀は、老僧に優しい英語で丁寧に、これまでの経緯とここに来た理由を教えた。
誘拐されたソ連人の特徴を説明し、彼らの居場所を聞いた。
「わしは何度か、白人の連中を見ておりますが、寺院の奥の部屋におるとしか……」
 赤い頭巾をかぶったマサキは、タバコをふかしながら、僧侶に感謝の意を示した。
「俺からのお布施だ、受け取ってくれ」
 マサキは、ヒンズー教の僧侶にお礼として、首から下げていた頭陀袋を渡した。
中には、ビディーというインド製のタバコとキングフィッシャーという瓶ビールが数本入っていた。
「こんなもの、受け取れませぬ」
「インドの坊主は乞食が仕事だろ!ありがたく受け取っておけ」
 先生は、禁欲中のヒンズー教のお坊さんに酒とたばこを渡すのか……
相変わらず、破天荒な人だ。 
白銀は、そう思いながら、マサキと共に先を急いだ。
 遠くの空から、エンジンの轟音が聞こえ始めてきた。
それと共に、市中に空襲警報の音が鳴り響く。
 寺院内にいる警備兵たちは、途端に狼狽し始めた。
武装したマサキたちの事はどうでもよく、彼らは逃げ惑った。
 走りながら、マサキは自動小銃の安全装置を解除した。
何時でも打てるように言う準備だったが、それより早く白銀は警備兵を捕まえて、物陰に引きずり込んだ。
白銀は無言のまま、軍刀の柄に手をかけ、さっと抜くなり、刃を捕まえた男の目のまえに突き出した。 
「白人の二人組の部屋は……」
「一番奥の右側」
鈍く光る白刃を首へまわして、
「鍵は……」
 警備兵は、やむなく、肌深く持っていた鍵束を差し出してしまった。
すると、白銀は、左手で、さっと()り上げて、男の腹に、刀の柄で一撃を叩き込んだ。

 彼らは混乱する警備の目をかいくぐりながら、部屋の前にたどり着いた。
鍵を外し、ドアを開けると、ベットの上に腰かける二人の男女が目の前に現れた。
 赤軍大尉とラトロワは、若干疲労の色は見えるが、衰弱した様子はなかった。
白銀は、さっと刀を構えて、外から入ってくる敵を警戒した。
「出ろ!ロシア人」
「貴様たちは!」
「テロリストどもに処刑されたいか!早くしろ」
 マサキは、鍵束をラトロワに放り投げた。
彼女は赤軍大尉の両手にはめられた手錠を外すと、彼に自分の手錠の鍵を外してもらう。
「よし、もたもたするな」
「お前たちは……」
 マサキは、うろたえるソ連兵を背後に、M16小銃の安全装置を装着しながら、銃を構える。 
「余計な質問はするな。お前たちに危害は加えんッ、それとも敵に見つかって死にたいか!」
「わかった……」
マサキ達の説得に、ソ連兵たちは、納得した様子だった。
「俺は、木原マサキ」
「白銀影行」
 そういうと、二人の手を引いて、牢屋から脱出する。
空襲警報で混乱する、寺院の大伽藍に躍り出る。
途中で敵兵との遭遇戦を切り抜けながら、一気に駆け抜けた。
「車取ってきます」
「へま、するなよ」
 白銀は、マサキに見向きもせず、立ち去った。
マサキはしきりに、その後ろ姿にまで眼をつけていた。 


 無言のまま、マサキは、男女一組のソ連兵を連れて、大廊下へ流れ出した。
戛々(かつかつ)とした軍靴のひびきと3名の足音が一つになる。
 長い廊下や階段を幾つも上り降りした。
眼を塞がれるような闇も歩かせられた。
『この間に、()す気なのか』
赤軍大尉は、多少身構えてもいたが、そんな気ぶりはない。 
 赤軍大尉にとって、その懸念は全く根拠のないことではなかった。
彼は、かつてハバロフスクでマサキによって己の父を殺され、幾度となく復讐の機械を伺った相手であった。 
 またソ連赤軍とマサキも、この事件に遭遇するまで、お互いに砲撃をしたり、銃を撃つ闘争を演じる間柄だったからだ。 
 しかもその深怨(しんえん)を含む、お互いの意識は今日にいたっても少しは消えてはいなかった。
油断のならない敵であり、警戒を有する相手であった。
「敵が来るぞ」
 マサキは慌てず、袈裟の下から手投げ弾を取り出す。
そして、驚くラトロワたちの前に見せつけた。
「これが何だか、わかるか」
 生気の軍人教育を受けた彼等には、即座に分かった。
マサキが手にしているのは、米軍が開発配備している、M26手榴弾だった。
 勢いよく放り投げると、敵兵が驚く間もなく爆散した。
「貴様ら、無茶苦茶だ」 
「俺たちをとらえるには、2、30人の兵士では無理なのさ」
マサキは、二人のソ連兵をかえりみて、にこと微笑しながら大言を吐いた。

 赤軍大尉は、マサキの態度を疑い、むしろ不安をすらおぼえた。
マサキが装備しているものは、米国製の小銃と銃剣のみ。
精々、隠し持った武器といえば、手投げ弾と拳銃ぐらいだ。
 一たび弾薬が尽きれば、白刃を噛み、肉弾をうつ、白兵戦となるのは必至。
自分たちはピストルの一つはおろか、短剣すら持っていない。
 このまま、大部隊と遭遇すれば、全滅ではないか。 
赤軍大尉は大いに怖れた。
「これからどうする」
彼の不意の問いに対して、マサキはそれに答えて、
「俺には、お迎えが来るのさ」
「ほう……誰だ、知り合いか」
マサキは、何を答えるのも明晰で、妙に怖れたりするふうなど少しもなかった。
「俺の人形(おんな)さ……」 
 

 
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