同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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自由惑星同盟の最も長い3カ月
その名に誇りはあれど安らぎはなく
前書き
最高評議会がなすべきことは明らかです。各構成邦の枠を超えたすべての市民に寄り添い。ただ着実に、着実に、同盟全土の復興を実行していくことです。コルネリアスの大侵攻は各構成邦ではなく、「同盟に対する挑戦」でした。同じように専制主義者達の暴虐からの再生を行うことこそが自由惑星同盟の国体に対する信頼に報いるのです。我々はまだ侵略と戦っているのであります。
――ブリアン最高議長代理(国務委員長)、コルネリアス大親征終了から1年後の670年の両院合同会議における一般教書演説に手
金帰火来ともなかなかいかないが、同盟弁務官も議員たるもの可能な限り母星‥‥【地元】に戻らなくてはならず。また同様にハイネンセンポリスにて活動しなければならない。アスターテの政府用旅客船に再集合した弁務官達も同様に戻った後のハイネンセンポリス‥‥同盟議会における活動について相談するはずであった。
ロムスキーとリッツ、二人の老医学者達は例によって朝早くに茶を飲み交わし、いつもと違い緊張と希望、そして混乱が入り混じった顔で相談していた。
「イゼルローン要塞が陥落した‥‥誤報ではないのか?」
ロムスキーが端末をいじるとニュースサイトが次々と表示される。
秘書の一人が首を横に振った。
「申し訳ございません、国防委員会への確認ができない状況です。向こうも回線が込み合っているようでしてチャットボットに回されてしまいます」
秘書のいら立ちに仕方ないさ、とロムスキーは手を振った。
「トリューニヒトもつかまりませんからな。向こうも大変なことになっているのでしょう」
リッツはどうしたものですかなぁ、と敢えてのんきそうに茶に口をつけた。
「それはそうだろうな。ホアン・ルイもそそくさといなくなった」
「ロムスキー先生の目をかいくぐって?」
目とは何だね、とロムスキーは鼻を鳴らした。
「内務長官とミーティングがあるといって内務省の車に乗って、そのまま宇宙港に消えたよ。どこぞで人的資源委員会の船に乗り換えたのだろうさ」
「エル・ファシルの内務長官とは距離を取っていると思いましたが」
「選挙前に不仲を清算するついでだろうね。まったくどちらも抜け目のないことだ」
「不仲といえばご子息とはいかがです?」
「フランチェシクかね?アレがまだ若手のころに院長を退いた私を恨むのもわかる・・・・」
臨床の場に立つ息子を思う老政治家をリッツは微笑んで眺めていた。その時、扉が開き黒人の中年軍人が入室した。
「おはよう、ロムスキー代表」
「イロンシ、聞いたか?」
イロンシはいいや、と首を振る。
「事後の動向を見ると可能性は高いが、信じられないよ。エオウィン女史を待つべきだろうさ。パランティアの情報部門は統合作戦本部と提携している。HUORNあたりから報告が入っているんじゃないか?」と医師と退役中将が言葉を交わしているとドアが乱暴に開いた。
「遂に!遂にかっ!!」
普段の豪傑かつ宿将然とした態度をかなぐり捨て吼えたのはリヴォフである。目に危険な光を宿し、体躯を震わせ、咆哮する。
諌めるはずのアリシアも同様だ。この二人はさもありなん、と代表世話人であるサウリュス・ロムスキーは肩をすくめた。
「我々は為すべきことをせねばならない。第一なる約定、本土への帰還こそが私の!アスターテ連邦の夢だ!!」
「わかっている。我々とてそうだ」
そして興奮した二人の後ろから弁務官就任一年目にして会派事務局長となったエオウィン・イシリアンがいる。
「おはようございます。情報確認に手間取りました、申し訳ありません」
【交戦星域】の盟主、強国たる構成邦パランティア連合国を代表する3人の弁務官のうちの一人であり、現パランティア執政肝煎りの俊英である。
「エオウィン君、間違いないのだね?」
静かにロムスキー代表が問う。リヴォフはどさりと医師に座ると腕を組んで目をつむり、何かを考えこんでいる。
「間違いありません。イゼルローン要塞はヤン・ウェンリー少将の支配下にあります。私の情報筋から確証を取りました」
いつもの内心をつかませぬ微笑は薄まり、彼女もまた張り詰めている。
「諸君、会派代表世話役として一言」
ロムスキーが面々を見回す。
「今、まさに我々は政治の分岐点に立っている。それも期せずして政権選択を行う選挙の直前だ。あと半年で同盟政府は次代の議長を迎えることになる」
「我々は迅速に、新たな指針を定め、予算を制定しなければならない。諸君、私たちは何者であろうか?私達は党派を超えた【交戦星域】市民達の代表者である。イゼルローン要塞が陥落し、もっとも大きな変化を迎えるのは私達が代表する人々である!」
「皆も自覚しているだろう。私たちは時に自由惑星同盟のマイノリティとなる。だからこそ、これからの数カ月間、【民主主義の縦深】は団結して新たな情勢に対応しなければならない。諸君、さあ——仕事を始めよう!」
「さて!」
リッツ教授が手を叩き、【縦深】執行部の者たちは背筋を伸ばす。
「ハイネセンポリスで我々はまず何をするかだな」
口火を切ったのはヴァンフリートの弁務官、イロンシだ。
「まずは軍部の動向だ。特にトリューニヒト国防委員長とシトレ統合作戦本部長、ロボス艦隊司令長官を押さえないとまずいぞ」
そしてイロンシは机をたたく。
「議長のところに行く前にシトレとロボスの首根っこをつかむ必要がある!」
それに反論するのはティアマト民国を代表するアリシアだ。
「軍部も重要だが最優先ではない、問題は連立を組む評議員たちだ!議長選の真っ最中だぞ。上院どころか下院の動きも読めなくなる!」
アリシア弁護士が頭を抱える
「情報を収集するしかないか。国政政党たちの議長予備選挙の候補たちが何を言い出すか‥‥」
エオウィンも声を荒げることはなくとも普段と異なる早口で持論を述べる。
「世論の動きも見張らなければなりません。サンフォード議長らが迅速に指針を示さねば、総選挙の結果が我々の望むものにはならないでしょう。同盟全体が痛んでいます。バーラト首都圏は悲鳴を上げています。中間星域はなおさらに、そして交戦星域に至っては重症です。そしてそれらを繋ぐ星間流通星間流通を担う技術者と技能労働者は宇宙軍で集中的に消耗している。同盟社会の第一の病巣はここです」
するとこれまで目を閉じて黙りこくっていたリヴォフがじろりとエオウィンに視線を向けた。
「エオウィン君。何を言いたい」
「与党が主導権を失った場合、困窮している層の世論が割れるということです。反戦市民連合と人民防衛同盟が耳目を引いてしまうでしょう」
あの二つの政党は自由ですから、とエオウィンは吐き捨てた。
リヴォフは再び目を閉じ、頷いた。目を開くと、本土を失った国を背負う老人がついに立ち上がった。
「アスターテのためであれば‥‥うむ、決めた。法案を提出する。皆に協力していただきたい」
「リヴォフ老。与党に話を通してないと聞いていますが」
リッツは目を細めた。この時期に緊急に法案を作って出すと?エオウィンの分析は正しい。そこで与党に先んじて状況をかき乱すだと?何を引き起こすのかわからないわけがないだろうに!
「4カ年計画‥‥いや8カ年でもいい!軍を拘束できる規模の支出による包括的な内政計画を法制化させる。当然アスターテとティアマトの復興もそこに組み込む!!」
イロンシがギョッと目を見開いた。
「待て‥‥あぁいや待ってください、リヴォフ老!だがそれでは強硬派が反発します。バーラト首都圏の弁務官や軍部も敵に回りますよ!?」
ロムスキーはゆったりとした口調で旧友をなだめようとする
「すまんがな。アレークシン。イロンシの言う通りだ。あと数か月で全国統一予備選の投票、そして年末には弁務官の3分の1の改選に下院と議長の総選挙だ。“今”その規模で船を揺らしても船から落とされるのは我々だぞ」
エオウィンの古風な丸眼鏡がきらめいた。
「それについてですが、私に案があります。レダ級の試験運用は既に中盤。トリグラフ・プランの試験運用艦となるトリグラフも来年には完成するはずです。そこを抱きこむことで軍部を味方につけることはできるはずです」
「‥‥‥それで予算はどうなる?」
「予算は真水の量も重要ですがそれ以上に使い道です。会戦の損耗を大幅に削減できるのであれば、予算を民需に移しても昨日はすると判断します。軍需から民需に予算枠を移せば国債の利率も低い物に借り換えができます」
「軍需産業も経済ということですよ。【復興法に軍の再建プランを入れて悪い道理はない】はずです、違いますか?退役中将閣下?」
エオウィンが微笑を浮かべるとリヴォフは呵呵と笑い始めた。
「悪女め!実に素晴らしい、あぁそれでいこう!妥協の余地はいくらでも残すべきだ」
「宇宙軍の復興プランの大まかな例示はリヴォフ世話役を中心としたWGを立てましょう。造船と船乗りの伝手はアスターテが1番です‥‥パランティアを除けば」
エオウィンがにこりと笑って付け加えたひと言にリヴォフも諧謔を込めてもう一度笑った。
「悪女め!」
「冗談ですとも、さてさて産業・労働分野のプランニングはリッツ先生と私が」
リッツもうなずく。安全衛生管理についてはリッツは専門家だ。
「ティアマト・アスターテの帰還に関する法的な手続きの部門は私がWGリーダーを務めます」
「法案制定委員会の枠組みを作るのは良いが、どこの下院議員に声をかける」
議員立法は基本的に弁務官と代議士……上下院の連名で提出することになる。
そもそも法案の作成が大事業であり議員の華である、そして自由惑星同盟の上院議員は同盟弁務官であり(選挙により選出されるが)構成邦から3名ずつ選出される「Commissioner」である。つまるところ同盟国政政党の”党員”ではあっても党議員ではないのだ。ですです。西暦2000年代で例えれば、国連大使を官吏ではなく選挙によって任命しているようなものだ。党派以上に構成邦政府に帰属する。
一方で下院は各選挙区に密着し、選挙によって選ばれた8000を超える代議員達である。彼らは400名程度の常任委員会とその下にある「小委員会」にて活動し、与野党問わず「党政策部会」にマスメディアの中継が入ることは極めて多い。(近年は党自らも配信し、解説を付けることもある)
故に議員立法に名を連ねる事は下院議員の個人名が広がる華の中の華であり、次の行政委員部の席への王手となる事もある。
「NRP(国民共和党)とLASP(労農連帯党)は必須だ」
「LP(自由党)にはどうします」
「戦時国債から利率の低い国債に借り換えをする点を強調すればいい。労働教育や流通の再建に回す分にはそのまま経済の回復、税収にもつながる」
「SAU(主権自治連合)は?」
「パチェノ代表幹事にあたるとしよう。賛同の筋で行くのならSAUを固めた方がいい。統制の緩和は彼らの悲願だ」
「NRP、特にトリューニヒトの動きがわかりません。シトレ元帥の本部長続投が決定したとなると軍部の動きも読めません」
「シトレ本部長はLP閥——いや、だからか」
「軍内の主導権争いが予想されます。ドーソン次長(統合作戦本部事務総長兼務)がイゼルローン攻略作戦に協力したとはいえ、その後の協力関係も不明です」
「いずれにせよ。カーティス副議長閣下に接触してからだな」
上院の黒幕の名が上がると皆が首肯する。
「カーティスが頷けばサンフォードも無下にできんだろう」
「中道派を引き付けるプランニングにしなければなりませんね」
「上院を通すならどのみちそうなる。妥協は必要だよ」
「ルンビーニの追求と並行するとなると面倒だな。政府を叩きすぎるのもよろしくない」
「であればこの問題はどう始末をつけます?」
「ルンビーニの追及も大切だ、同盟政府の公共事業の安全管理の甘さを追求し、地方への人の移動を促進させよう。イゼルローンの陥落は良い契機だ。技術者と技能労働者の不足をアピールしよう」
弁務官たちが秘書にあれこれと指示を出し始める。既にハイネンセンポリスにつくまでのしばしの休息などは消えてなくなっていた。
「リッツ君、君には苦労を掛けるな」
「なに、エオウィン女史がルンビーニの調査担当に名乗りを上げてくれた分、政府とのやり取りに集中できます。ですがサンフォード政権との距離感を誤れば大失態だ。ひどくやりがいのある仕事ですな」
「あぁ何しろ【交戦星域】の名が外れるかもしれない。なあ君、【交戦星域】の名を私たちは常に利用してきた。対帝国の最前線に住まい、常に血を流した構成邦として我々は誇りを持ってきた。だが誇りはあっても、そこに安らぎはなかった。【交戦星域】と名乗らなくなる日が来たんだ」
——我々にとってこれ以上に重要なことなどない。
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