木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第四章 いつだって、道はある。
イタチ
どう、と衝撃が襲った。口の中から血を吐き出す。先ほど殴られた時に、口を切ったみたいだった。
サスケ、とマナが叫ぶ。険しい顔つきのまま、カカシが地面を蹴って飛び上がった。クナイを振るい、破竹の勢いでイタチに切りかかる。
イタチは振り返った。
「うちは一族でないながら、その目を上手く操れる……流石カカシさんだ。でも」
ぐるぐると三つの勾玉が渦巻く。
――しまった!
カカシが気づいた時にはもう、遅かった。イタチの両目は確実にカカシの瞳を捕らえていた――
鬼鮫の水遁を、ハッカの水遁が弾き返した。もともと任務で疲弊していた所為もあるのだろう、顔色が悪くなっている。
「アスマ、紅……わ、私、割と限界なんだが……か、カカシは何して……?」
四日ぶっ続けで寝ずに任務をこなしてきたハッカは既に疲弊しきっており、その上水のない場所でこんなに大量の水を練りだしたんだから尚更だ。その上鬼鮫の水遁の威力はかなりのもので、かなりのチャクラを込めねばとても止められない。
この四人の上忍の中で一番の実力を持つのは間違いなくはたけカカシだ。なのにそのカカシがいきなり動きを止め、直後に倒れたのだ。一瞬、上忍たちに戸惑いが走る。
「カカシ、大丈夫かッ!?」
アスマがすばやく移動し、カカシを助け起こして紅とハッカのところに戻ってきた。イタチの邪魔をしない限りは鬼鮫も邪魔しないようで、その目を使いすぎると貴方にも悪いですよなどと笑いながらイタチに忠告をしている。
顔色の悪いハッカの傍、紅が目の下に深い隈をつくり、荒い呼吸のカカシを見据える。
「きっと幻術にかけられたのね……でも、たった数秒で解いてしまうなんて、流石はカカシだわ」
「いや……俺は丸々三日、あの術にかかっていた……」
「三日……だと? ……ッう」
アスマが聞き返しながら左腕を押さえた。左腕は血の気を失って真っ白になっている。紅は慌てて包帯を取り出し、一応止血させようとする。
「恐らく、あいつのあの術の中じゃ、一瞬も三日に伸ばせるん、だッ……」
幻術の中、無数に増えたイタチは言っていた。その幻術の中では、空間も、時間も、質量も、全て全て彼の操作の下にあるのだと。その上その中で受ける痛みは本物だ。幻術の中で、カカシは何度も何度もイタチに突き刺されてきた。丸々三日間、なんども刺され、それでも死すら許されずに苦しみの声をあげていた。
それがたった一秒の間に起こったことだなんて、にわかには信じられない。
「おかしいな……なぜ援軍が来ない? ユナトなら、とっくに気づいてるはずなのに……」
ハッカが荒い呼吸をしながら火影邸のあるであろう方向に視線を向けた。塀に囲われて火影邸なぞどこにも見えなかったけれど、ユナトにはこんなもの関係ないはずだ。任務という線もあり得ない。ユナトはその能力の性質ゆえ、滅多に里を離れることはない。
「がっ……牙旋牙ァ!!」
身に纏ったチャクラを回転させながら、マナと紅丸が突っ込んでいく。ひょいと軽い動作で鬼鮫がそれをかわし、鮫肌でマナを殴り飛ばした。吹っ飛んだマナが塀に頭を強打して崩れ落ちる。額から血が出ていた。
「くぅうん」
紅丸が駆け寄ってくる。どうしたらいいのか、迷っている顔だ。不意に紅は、血を流しながらもゆらりと立ち上がったサスケを目に捉えた。
「!! ――だめよ! 私達上忍でも敵わないのに……!!」
「ッ、これは……俺の、戦いだ……!」
紅の悲痛な声に、サスケが苦しそうにしながらも、それでも、そう宣言した。止めなければと慌てて立ち上がるカカシ達が一瞬にして水牢に包囲される。アスマが痛む腕を無理やり動かして風遁を発動し、水を切り裂こうとしたが、それも意味は持たなかった。
「容赦ないですねえ」
鬼鮫のつぶやきに、全員の視線がサスケを向いた。ハッとアスマが息を呑む。
イタチはサスケの目の前に立っていた。蹴りと拳を容赦なくサスケに食らわし、非情な瞳でサスケを見下ろしている。サスケは何度も血を吐きながらも全く抵抗するすべを持たず、されるがままだ。
縮まっていない。
そう思った。
あの時から、ずっと。
自分とイタチの実力さは、縮まっていなかった。
それなりに、それなりの強さをつけてきたという自覚はあったのに。あったはずなのに。
力なく地面に倒れたサスケの瞳は空ろだ。赤い血が口の端から垂れる。
そんな時、不意に煙が巻き上がった。
「自来也さま……? それに、ナルト!」
カカシが目を見開く。煙の向こうから現れたのは正に腐っても鯛、太っても猫、エロくても三忍な自来也と、金髪を煌かせる少年が立っている。
「サスケッ!!」
ナルトが走り出すのを、同じく鬼鮫が制止した。何するんだってばよ、という怒声に、これは二人の戦いですよとにたにた笑いながら言う。
「サスケ――っ」
ぐい、とイタチがサスケの服の襟を掴み、彼の体を持ち上げるなり、ばん、とうちはの家紋が描かれた塀に思い切り叩き付けた。首を掴まれたサスケが、咳き込んだ。
「お前は弱い……なぜ弱いか? ――足りないからだ」
その耳元に口を近づけ、サスケに刻み付けるように、烙印を押すように、暗示をかけるように、言う。
「憎しみが」
写輪眼の瞳が、サスケの瞳と合わさる。
空が鮮血の色を持って逆流し、サスケはその中に落下していく。真っ赤な月が血の涙を流し、そして血以外は全て色を失って黒白になった世界に、サスケはただ一人突き落とされ、そして見た。
あの夜、うちは虐殺の惨劇の夜、兄に幻術を用いて見せ付けられた光景を、血を、恐怖を。
やめて、と幻術の中のサスケが掠れた声で絶叫をあげる。
「うわぁあああああああああああ!!」
現実のサスケのあげた絶叫に、カカシはきっとサスケも同じような術を使われているのだと悟った。ナルトが大きく目を見開く。暫く沈黙していたサスケが、再び絶叫をあげる。そんなことが何回も何回も繰り返された。幻術でおぞましいものを見せられ、叫び、おぞましいものを見せられ、叫び、そんなことが何度も、何度も。
「相変わらずですねえ……弟相手に『月読』ですか」
「……弟?」
ナルトが目を見開く。どういうことだってばよ、と声を震わす彼に、自来也が説明した。
「うちはイタチ――あいつはサスケの実の兄にして、うちは一族をたった一人で滅ぼした抜け忍じゃ」
六歳でアカデミーを卒業し、十三歳で暗部に入ったうちは一族の天才――そしてうちはサスケを除く一族を虐殺した後里を抜けた、Sランクの重罪人。
「いい加減にしやがれ、てめぇえええ!!」
ナルトがサスケの方へと走り出す。自来也が印を組んだ。と同時に、走り出したナルトも、それを追いかけようとした鬼鮫も動きを止めた。動きを止めたというよりは、動けなくなってしまったのだろう。ぬらぬらとしたピンク色の肉が盛り上がり、突如として近くを包囲する。
「忍法、蝦蟇口縛り」
ずぶずぶと、サスケが自来也によって召喚された大蝦蟇の食道の中に沈んでいく。イタチがぱっと手を離した。ふと鬼鮫に視線をやると、その足もまた食道に埋まっている。水牢の術が解けて、自由を取り戻した上忍達が立ち上がった。ハッカとカカシはとても戦える状態ではないし、アスマも早く休んだほうがいいだろう。
だが自分が出るまでもないらしい、と紅は自来也の後姿に頼もしさを感じながら、視線を鬼鮫とイタチにやる。これでもう大丈夫だろうと、そう思っていた。
「鬼鮫、来い」
鬼鮫が頷き、足と鮫肌を無理やり食道から引き抜くと、イタチと共に走り出した。二人が、と声を零す紅に、自来也が笑う。
「わしの術じゃ、安心せい」
今までどんな奴も、この食道から逃れることは出来なかったのだ。食道の内壁が盛り上がり、猛スピードで鬼鮫とイタチ、二人を追いかけていく。二人よりも素早く盛り上がっていく食道の内壁が、二人を押しつぶそうとする。
「……どうします、イタチさん?」
「…………」
す、とイタチが目を閉じて、また、開いた。
血がするりと流れ落ち、そしてそれと同時に黒い炎が吹き上がった。
「――――!?」
自来也が目を見開き、上忍達が一斉に走り出す。見れば二人の姿は既になく、破壊された箇所にはまだ僅かに黒い炎が残っていた。
――よもや……この壁をつき破られるとはのう
まだ燻っている真っ黒な炎に視線を向ける。ここから出て直ぐのところに川がある筈だ。水のある場所で鬼鮫と対峙するのは限りなく不利であるし、上忍たちも疲弊してしまっている。奴らも撤退したようであるし、こちらも一先ずは撤退したほうがいいだろうと判断し、自来也は仲間達を振り返った。
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