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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第六十八話 前線指揮

宇宙歴793年6月26日13:00
チャンディーガル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留艦隊司令部庁舎
ヤマト・ウィンチェスター

 「では、小官以下視察団はこれよりハイネセンへ帰投致します」
「ご苦労だった、准将。済まないが、一度イゼルローンに寄ってくれないか」
「了解致しました」
イゼルローン要塞指令官、ルーカス大将のとの通信はあっさりと終わった。ロボス元帥は既に軍法会議出廷の為にハイネセンに向かっているので、イゼルローンからアムリッツァにかけて存在する同盟軍人の中ではルーカス大将が最上位者だ。ルーカス大将…原作には出てこない人物だから、よく知らないんだよな。まあ原作に出て来ない人が居ても全く不自然じゃないんだが、為人がわからないのはちょっと困る。シトレ親父の話だと、冷静沈着だが物事を常に懐疑的に見る人、という事だけど、あまり話した事もないからよく分からん。

 当然というか案の定というか、ハイネセンでは軍部を非難する声が挙がっているらしい。だが意外にもロボス元帥を非難する声は小さい様で、非難の矛先は不正を働いた補給士官達へ向いている様だった。ロボス元帥は管理責任はあるものの、利用された悲劇の人物、という事になっているらしい。同じ様にアムリッツァの貴族達に対しても同情論が強いという。元々彼らは門閥貴族ではないし、搾取される側、というイメージが同盟内でも強い。
「トリューニヒト氏のおかげ、だそうだ。向かう所敵無しだな」
手持ちぶさたにペンをくるくると回しながら、オットーがそう言った。
「ペン…?何を書いているんだ?」
「レポートだよ。PCで清書する前にさ」
「レポート?何の」
「今回の視察のレポートさ。ワイドボーン中佐に言われたんだ。それぞれ思う所を提出しろって」
「じゃあ…マイクや他の皆もレポート書いてるのか?」
「そうだよ。俺達は内々だけど、お前はシトレ本部長に報告書出さなきゃいけないと思うけどな」
「あ」
「准将閣下…しっかりしてくれ」
再びオットーはペンをくるくる回し出した。

 報告書か…何書きゃいいんだ?オットーから何枚か紙を分けてもらおう。
……今回の不正の一件は同盟市民の政府および軍部への信頼を著しく損なうものではあるものの、想定外の状況とは言えない。許してはならないが、組織が存在する以上、不正を行う者が出現するのは過去の事例を見ても必然である事は否めない。寧ろ建国史上初の帝国領への進駐という事態に対し、安易に軍司令官に対し現地の施政権を行使させた事に問題がある。施政権の行使に関しては軍最高幹部といえども素人であり、それを補佐する専門家の存在が不可欠である。現状では政府各委員会から下位カテゴリーの行政官は派遣されているが、彼等の権限は助言のレベルに留まっており、一定の決定権を付与された専門家はおらず、全ての決定権は現地司令官にある。現地軍司令官の最高位者は施政官として最高評議会議長より任命されている為、表面上は文民統制の枠内だが、現地レベルでみた場合、決定者が軍司令官である現状は文民統制の捻れ現象を引き起こしている。これは早急に解決せねばならない。一方、上記の不正事案の他は現地の統治に齟齬は見られない。これに関しては帝国時代から現地を統治する貴族達の功績が大である。彼等を行政官として同盟政府に帰属させ、現地行政を施行させた方がよいと思われる……。出だしはこんな感じか?

 「おお…早えな」
「何が」
「それ、今考えた事だろ?」
「まあね」
オットーはペンを口に咥えて天井を見ている。
「なるべくしてその立場に居る、って気がするよ。お前に関しては」
なるべくしてその立場、か…。大抵の事を知っている人間が組織に入れば、まあそうなるよな…。言ってしまえばもうこの世界は俺だけの銀英伝なんだもんな。それだけに周囲の人達に対しては人生を、運命を変えてしまった責任がある…。
お互いにペンを走らせる音だけが聞こえる。急にドアが開いたのはその時だった。部屋の入口にはワイドボーンが緊張した面持ちで立っている。
「こちらでしたか…。中央指揮所会議室にて各艦隊司令官がお待ちです。お急ぎ下さい」
……は??



13:30
同所、中央指揮所、会議室
ヤマト・ウィンチェスター

 中央指揮所に隣接する会議室に居並ぶのは、第一、第二、第三、第六、第七、第九の各艦隊司令官達だ。ロボス元帥は直卒兵力五千隻と共にハイネセンへ向かっているから、現地の最高司令官には暫定的に先任の第九艦隊司令官コーネフ中将が充てられている。十二艦隊ボロディン提督が居ないところを見ると、十二艦隊は定期哨戒の任務中なのだろう。
挨拶をする暇も無いまま会議室に入るなり着席を促され、言われるままに席に着いた。俺に続いてワイドボーンとオットーも入室を許された。
「移動前に済まないな、ウィンチェスター准将」
「いえ…コーネフ提督、何かご用がおありですか」
「哨戒任務中のボロディン提督から通報があった。フォルゲン星系宙域に帝国艦隊らしい存在を確認したそうだ。およそ五万隻らしい」
「五万隻、ですか」
「そうだ。ボロディン提督は艦隊を二分し、ボーデン、フォルゲン星系にて哨戒を行っていた。両宙域とも、此処に隣接する宙域だ」
「ボーデンには敵は居ないのですか?」
「今のところは。だがボーデンに敵が現れた場合、こちらは両宙域から挟み撃ちされてしまう」
「そうですね。大変な事態になります」
よく落ち着いていられるな、と言わんばかりのコーネフ中将の顔がおかしかったが、笑い出す訳にもいかない。
「困ったことに現在ロボス閣下は居られない。当然宇宙艦隊司令部も存在しない」
中将は、余計な事をしてくれた、と言わんばかりの顔をした。
「貴官を責めている訳ではない。一部の不心得者達のせいだ。だが、実際に困った事になっている」
コーネフ中将の言う事は尤もな話だった。確かにコーネフ中将は艦隊司令官の中では最先任の中将だから、指揮を任されるのも分かる。だがそれは彼が望んだ結果ではない。戦闘の全権を任されている訳ではないし、たとえ任されたとしても、いち艦隊司令官がいきなり七個艦隊の統率を任されるのだ。艦隊司令官だからといってそれ以上の統帥が可能か、という事は別の話になる。
「ロボス司令長官は現在その職能を一時的に停止させられている。イゼルローンのルーカス大将、ウランフ提督にアムリッツァ駐留部隊の指揮をお願いしたが、やんわりと断られた」
断られた…?
「そうなのだ。前線からの要請だけで自分の権限を逸脱する事は出来ない、そう仰っておられた。現在はシトレ本部長のご判断を待っているところだ」
何を悠長な……とは言えない。前線の司令官が自分達の判断だけであれこれやり始めたら指揮系統はめちゃくちゃになってしまう。ルーカス大将の言う事は尤もな話だ。
「ボロディン提督…十二艦隊はなんと言ってきているのですか?」
「ボーデン宙域から戦力をフォルゲン宙域に呼び寄せて監視体勢を強化すると言っている。まあ、一部はボーデンに残すそうだが。当然我々も各艦隊に出動待機命令を出してある」
「帝国軍には動きはないのですか?」
「現状では動きは無いらしい」
呼び入れられた当番兵が、会議室の皆に珈琲を給仕し始めた。状況は判った。だけど何で俺が呼ばれたんだ?俺に何か口出す権利も権限も無いんだが…。珈琲が行き渡って当番兵が出て行くと、自然と小休憩の様な形になり、皆が思い思いに雑談を始めた。
 
 「ワイドボーン、どう思う?」
「そうですね…皆腹案はあってもそれが受け入れられるとは限らない、部外者…高等参事官の意見が聞きたい…そんな所ではないですか。第一艦隊司令官のクブルスリー提督とは宇宙艦隊司令部勤務の時にご一緒されていたのではないですか?」
ふとクブルスリー提督を見ると済まなそうな顔をされた。ワイドボーンの言っている事が正解らしい。オブザーバー役という訳か…。

 会議室にドアをノックする音が響き、失礼しますという声と共に通信士官がコーネフ提督の元に駆け寄って行く。通信士官が出て行くと、コーネフ提督が皆に声をかけた。
「皆、聞いてくれ」
コーネフ提督の呼び掛けに皆、居ずまいを正す。
「国防委員長命令だ。まだ内示だがルーカス大将が一時的に宇宙艦隊司令長官代理となられる。イゼルローン要塞司令官はウランフ大将が代理として兼任する。全般の統制はルーカス司令長官代理が行われるが、宇宙艦隊司令部の要員には臨時に高等参事官以下のアムリッツァ視察団を充てる。ウィンチェスター准将以下のスタッフは今手が空いているし、准将の能力は皆が知るところだ。それに長官代理が来られるまで何もしない訳にもいかない。この件はシトレ本部長も了承されているそうだ。正式な命令書はイゼルローン経由で届く」
会議室がざわつき始めた。一番ざわつきたいのは俺なんだが……。イゼルローン要塞や要塞駐留艦隊にだって司令部要員は居るだろうに。長官代理とて当然スタッフを連れてくるのだろうが…。皆責任を取りたくないのに違いない。再びドアがノックされ、先程の通信士官が入って来た。通信士官はルーカス提督の耳元で何か囁くと、逃げる様に出て行った。
「ルーカス司令長官代理からだ。基本方針として戦線維持および迎撃に徹せよ。兵力の戦術的運用については現地任命の宇宙艦隊司令部スタッフと各艦隊司令部とで調整せよとの事だ」
ざわつく声が大きくなっていく。艦隊司令官は宇宙艦隊司令部の命令無しに勝手に動く事は無い。現地のスタッフ、つまり俺と調整しろという事は、俺の言う事は司令長官代理の命令と等しいと言う事になる。丸投げだ、丸投げ!

 「急な事で済まないが准将、よろしく頼む」
コーネフ提督はじめ諸提督が頭を下げた。あんたら気概は無いんか!俺は准将なんだぞ?形式としては宇宙艦隊司令長官が直卒する形だけど、実際に指示を出すのは俺なんだぞ?それにだ、指示を出す俺の身にもなってくれよ、上位者からの反感や妬みを買うのは真っ平御免なんだよ…。
「高等参事官…これは、出来レースじゃないですか?」
オットーが提督達を見ながら呟いた。ワイドボーンも頷いている。
「出来レース…?そうか、そうだろうな」
普通に考えれば、たとえ国防委員長命令とはいえ下位の俺の指示など聞きたくもない筈だ…だが誰も反感やそういった類いの負の感情を表面上は出す事もなく、命令を粛々と受け入れている。誰もホイヘンス中将の轍を踏みたく無いのだ。彼は命令不服従を犯した。帝国軍は撃退しなくてはならないが、独断専行と言われる様な事は避けたい。かと言って動かなければ戦意不足などと言われかねない。だが上級司令部は不在…。七個艦隊と言えば聞こえはいいが、まとめる者が居なければ烏合の衆に過ぎないのだ。二、三個艦隊なら現場レベルで意志疎通や連携を取れるかもしれないが、全体を見渡す者が居なくては、その連携プレーも無駄になる。
「准将、引き受けてくれるかね?命令が出された以上、引き受けるも引き受けないも無いのだが」
コーネフ提督の言う通りだ…後でシトレ親父と話してみるか。
「承知致しました。謹んで拝命致します」
「ありがとう…では一旦解散とする。各艦隊司令官は一九〇〇時に靡下の艦隊の整備状況を報告せよ」


同日17:35
同所、食堂
ヤマト・ウィンチェスター

 駐留軍司令部として使われているこの建物は、元々ホテルだったものを接収したものだ。接収とは言ってもスタッフはそのまま働いているし、一般人が宿泊出来ないだけで、必要設備が運び込まれた以外はホテルだった頃と何ら変わりがない。
「此処の司令部は食事が旨くていいですよね」
「ああ、元々ホテルだからな」
ワイドボーンは子羊のカツレツ、ヤンさんは鱸のソテークリームソース和えを食べている。俺もワイドボーンに倣ってカツレツにした。
突然宇宙艦隊司令部の参謀チームとして雇われたが、俺達専用の部屋がある訳ではなかったから、皆と夕食を食べながら大まかな作戦説明をする事にした。作戦の内容は当然ルーカス司令長官代理の許可を得たものだ。
「では、作戦を説明する。ああ、手を止める必要はないよ、食べながら聞いてくれ」
作戦内容はオーソドックスなものだ。敵の戦力の判明しているフォルゲン宙域に、先行している第十二艦隊、第一、第二艦隊の三個艦隊を配置する。残りの四個艦隊はアムリッァ星域外縁部のボーデン宙域方向に配置する。

 フォークが口の端をナプキンで拭いながら挙手している。「よろしいでしょうか」
「どうぞ、大尉」
「ありがとうございます…敵の兵力はフォルゲン宙域の約五万隻と判明しております。此方に比して戦力は過少、何故一挙に叩かないのでしょう?一個艦隊をボーデンに派出、残りの六個艦隊で一挙に包囲殲滅致しますれば完勝間違いないと小官などは考えますが」
高度な柔軟性を維持し、とか言い出したらどうしようかと思った。無言の俺を見て、ヤンさんが代わりに答える。
「状況が変わらないのであれば、大尉の策でフォルゲンでは勝てるだろうね。だがボーデンに敵の増援が来ないとも限らない。フォルゲンに更に増援があるかもしれない。フォルゲンの敵は陽動かもしれない。帝国艦隊の出方を見るのが先ではないかな」
「…ヤン大佐の仰る事は可能性に過ぎません。大佐の仰る様な事態を考慮すれば尚更フォルゲンの敵は早急に撃破せねばならないと考えますが」
フォークとてフォルゲン、ボーデンの両宙域から挟撃される可能性は考えたろう。敵の援軍が来ないうちに判明している敵を叩く…構想は正しい、正しいが…。次に口を開いたのはワイドボーンだった。
「現在、エル・ファシル駐留の二個艦隊及び、イゼルローン駐留艦隊も出師準備中だ。その三つの艦隊がアムリッツアに到着するまで、戦線を維持せよ、というのが司令長官代理の意図されるところだ。フォーク大尉の意見は正しいが、ただ戦えばいいというものではない。宜しいな」
短く返事をしてフォークは着席した。ワイドボーンが言った事は俺が言おうとしてた事だ。全部聞かないで発言するからだぞ…。
「エル・ファシルの二個艦隊、イゼルローンの駐留艦隊がアムリッツアに到着するまでおよそ十日、という所ですか」
ブランデーをドボドボとグラスに注ぎながら、アッテンボローが天を仰ぐ。天井しか見えない筈だが、こういう時は皆上を見たくなるものらしい。
「では、一旦解散とする。一九〇〇時には作戦室に集合だ。別れ」
皆、自室に向かって食堂を出て行く。残ったのは俺、ローザス少尉、マイク、オットーだった。少尉が残るのは当然としても、オットーとマイクは何故戻らないんだろう…と思っていたら、マイクが突然笑い出した。
「お前と居ると退屈しないな、なあオットー」
「ああ。まさかいきなり宇宙艦隊司令部勤務になるとはね。しかも長官代理が居ないからやりたい放題ときたもんだ」
劇中でヤンさんが頭を掻いて場を取り繕う理由がよく分かる。方針が決まっているとはいえ、俺が前線の指揮を執る事になるとは…。



 
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