非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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10月
第129話『開店』
時間というのはあっという間に経つもので、ついに文化祭当日となった。学校中がすっかり飾り付けられ、まさにお祭りが始まろうとしている。生徒たちは浮き足立ち、開始を今か今かと待ち望んでいた。
初めての文化祭だから、当然晴登もその1人でとてもワクワクしていた。のだが、
「やっぱり着なきゃいけないのね……」
2週間ぶりのワンピースを着て、苦笑いを浮かべる晴登。
そう、これこそが目下の悩み。我がクラスの出し物で必要な"女装"である。行為そのものが恥ずかしい上に、人に見せびらかす訳だから気が休まるはずもない。
「よく似合ってるよ。自信持ってハルト!」
「そういう問題じゃないんだけど……まぁありがと、結月」
そう嬉々として褒めてくれるのは、執事服に身を包んだ男装姿の結月だ。正直全然慰めにもなってないけど、一応感謝はしておく。というか、似合っているのはどちらかと言えば結月の方なのだが。
「いいよな、お前は露出度低くて。俺なんて……」
「確かにそのコスプレが恥ずかしいのはわかるけど、今日は逃げちゃダメだよ伸太郎」
「くそ……!」
悔しそうな表情を露わにするのは『ナース服』を着た伸太郎だ。スカートだから下半身の露出度が高めで、女装だからこそ許される領域である。
試着の時に伸太郎が見つからなかったのは、あまりにこれを着たくなさすぎてトイレに逃げていたのが理由らしい。本音を言えば、このコスプレよりは今の方で良かったと内心安堵している。
「会計の仕事なんだから、俺は着る必要ないだろ!」
「俺も同じこと言ったけど、許して貰えなかったよ……」
憤慨する伸太郎に対して、同じ裏方の晴登はもう観念している。何度抗議したところで、どうせ莉奈のプロ意識を覆すことはできまい。
その後も伸太郎は何かぶつぶつと呟いていたが、結局自分の持ち場についた。
「それじゃ俺たちのシフトは午後からだから、頑張れよ晴登」
「目指せ、最優秀賞〜!」
午後シフトの大地と莉奈は、晴登にそう声を掛ける。
簡単に言いやがって。出店系の出し物は初動が肝心だから、午前シフトの方が大変だというのに。
ちなみに最優秀賞とは、この文化祭において最も人気のあった出し物をした団体に与えられる名誉だ。何か景品があるらしいが、詳しくは知らない。まぁやるだけやってみるけど。
「ドキドキしてきた……」
「柊君なら大丈夫だよ」
一方、晴登の隣で縮こまっているのは、本当に女子かと見紛うレベルで完璧な巫女姿となった狐太郎。彼の悩みはコスプレではなく、純粋に接客に対する不安である。
というのも、彼は今回裏方ではなく、接客をしなければならないウェイター係なのだ。しかもこれは本人の希望である。まさか自分から言い出すとは思っていなかったから、この時は驚いたものだ。
でも彼は今、自分なりに成長の一歩を進もうとしている。それを止める理由は無い。
「何かあったら俺が助けるから」
「……っ! ありがとう!」
晴登がそう申し出ると、狐太郎は目を輝かせて喜んだ。
元よりこれはクラスの出し物。何も1人で頑張る必要はない。サポートし合ってこそ、良い出し物になると思う。
「そろそろ開幕だな。それじゃあ実行委員、何か一言」
「いきなりだな! えぇと……最優秀賞目指して頑張ろう!」
「「「おぉ〜!!!」」」
唐突に大地にそう振られ、何も考えてなかったからさっき莉奈が言っていたことをそのまま言ってしまった。簡単に言っているのはどっちだ。でもクラスがやる気になったっぽいからどっちでもいいか。
*
場所は代わって体育館。そのステージの裏で複数のクラスが劇の準備を着々と進めている。
今回の文化祭で劇を行うクラスは合計4クラス。加えてその全てのクラスが体育館のステージを利用することになっていた。よって、予めそれぞれ公演の時間が決められており、1日のシフトを4分割したものがそのまま各クラスに振り分けられている。
そして最初のシフトに当てられているのが、この1年2組であった。
「緊張してますか?」
「はぅわっ! ……って、優ちゃんでしたか。驚かさないでください。もちろん緊張してますよ? 何せうちは重要な役なので……」
「大役を押し付けてしまってごめんなさい。でも刻ちゃんならきっと大丈夫ですよ」
「うっ、そんなこと言われたらやるっきゃないですね! ドンと来いバッチ来いですよ!」
「ふふっ、頼りにしてますね」
ステージの準備を進める傍ら、優菜が刻に声をかける。
そう、刻は転入早々でありながら、劇で大役を任されているのだ。緊張しない訳がない。
しかし、優菜の応援を受けて腹を括った。マジシャンたる者、この程度で怖気付くなんて情けない。人前に出て目立つことこそが本領なのだから。
……と、自分の心配ばかりをしているが、逆に目の前にいる人物はどうしてこうも落ち着いているのか。
「優ちゃんは緊張しないんですか? 主役なんですよ? お姫様なんですよ?」
クラス投票によって満場一致で主役のお姫様へと推薦された優菜。対して刻は悪役の魔女である。マジシャンだからという推薦理由はよくわからないが、推薦された手前情けない演技はできない。
お姫様、魔女と役が揃えば、やはり題材は『白雪姫』に限る。しかし、そのままでは味気ないので少しアレンジを加えた。何が違うかは本番のお楽しみだ。
「私なんかがお姫様なんて、照れちゃいますね」
「そんなことないですよ! よく似合ってます! 自信持って下さい!」
「ふふ、ありがとうございます刻ちゃん」
謙遜する優菜を、刻は本心から褒め称える。実際、今の清楚系純白ドレス姿は、普段の制服姿と比べて何倍も可愛くなっている。男の子はもちろん、女の子目線でも見惚れてしまうくらいだ。そして、
「……今さらですけど、そんな美少女に名前で呼ばれるのってすごく嬉しいですね」
「そうですね。私も刻ちゃんにあだ名で呼んでもらえて嬉しいですよ」
「はぅ! 天使!」
頭脳明晰で眉目秀麗な美少女から仲良しの証である名前呼びまでされてしまったら、男子なら絶対に落ちていることだろう。
刻自身、彼女と友達以上の関係になるのも吝かではない。と、冗談はさておき。
「劇、絶対に成功させましょう!」
「もちろんです。お互い頑張りましょう」
こうして、2人はやる気を漲らせるのであった。
*
『それでは日城中文化祭、開催です!』
文化祭の幕開けを放送が告げる。
軽快なミュージックが流れ始め、まもなく生徒や招待された人々がぞろぞろと校内を回り始めた。
「1番テーブル、ホットケーキ2つ」
「了解!」
『男女逆転コスプレカフェ』という真新しさに惹かれてか、開店と同時にお客さんが入る。早速厨房での出番だが、気負う必要はない。いつも家でしているように作るだけだ。
ちなみに厨房というのは、教室の後ろに机を並べて設営しており、主にホットプレートを用いて調理を行う。
ホットケーキの他にはクレープやフレンチトーストなどのデザート、そしてランチ用にオムライスや焼きそばなんかも用意している。全部誰でもできるような簡単なものばかりだ。
「いらっしゃいませ!」
晴登が調理している一方で、元気良く声を上げるのは銀髪イケメン執事こと結月だ。
その集客力は凄まじく、日本人離れした容姿に惹かれてお店を訪れる人が続々とやって来る。
みんなが結月の魅力に気づいてくれるのは嬉しい反面、少し妬いてしまいそうになる。
そうして、1時間が過ぎた辺りだろうか。
やはり順風満帆とは行かないようで、トラブルが発生した。
晴登のいる厨房は教室の後ろだから、そこから教室全体を見渡せるようになっているのだが、3番のテーブルが何やら騒がしがった。
「ごめん、ちょっと離れる!」
「え、ちょっと!?」
調理を他の人に任せ、晴登はその事態を収拾するために動く。
文化祭期間中は先生がクラスに常駐している訳ではないので、トラブルは生徒たち自身が解決する他ない。
──例えば、お客さんが店員に過度な接触をしていたとか。
「お客様、当店はお触り禁止です!」
「三浦君……」
3番テーブルに座っていたのは、恐らく上級生と思われる男子2人組。そして、接客をしていたのがふかふかな尻尾の持ち主、狐太郎だった。
彼は嫌がってはいるが、相手が上級生ということもあり、強く言えなかったという状況。だから代わりに晴登が注意しに来た。
「あ、また可愛い子出てきた」
「いーじゃんちょっとくらい。この尻尾すっげぇふかふかでさ」
「男の子なんでしょ? ちょっとくらい許してよ。もしかして本物の女の子だったりすんの?」
しかし、2人組はコスプレ衣装の尻尾くらい良いじゃないかといった様子で、触るのをやめようとしない。狐太郎はそれを目をギュッと瞑ってなすがままにされている。
本当に装飾の尻尾であれば、まだ落ち着いていられる。が、その尻尾は本物だ。つまり、これはボディタッチ案件なのである。
せっかく狐太郎が学校に馴染めるように手を尽くしているというのに、そういった行為を看過できる訳がない。
「その手を、離してください」
「痛っ、こいつ……!」
尻尾を触っている2人組の腕を無理やり引き剥がす。晴登の握力は至って平均レベルだが、そのレベルでも強めに握ればそれなりに痛い。
へらへらしていた2人もさすがに表情を変え、1人がもう片方の手を出そうとする。穏便に済ませたかったが、どうやらそうは行かないらしい。
大丈夫、素人の攻撃なんてその軌道さえ見切ればいなせ──
「え?」
「は、なんだお前?」
予知によって被害を最小限に減らそうとしていた晴登は、その状況に戸惑いの声を上げた。一方、晴登に伸ばしていた腕の手首の辺りを何者かに掴まれた男子は、凄みながらその正体を確かめようとする。
するとそこには、黒服を着こなした銀髪の少年……もとい、結月が立っていた。彼女の表情は決して穏やかではない。
「今何しようとしたの?」
「あ?」
「ボクのお嬢様に何しようとしたのかって訊いてるんだけど」
手首を掴んだ結月の目つきは険しく、晴登ですら気圧されてしまいそうになる。
歳下の、しかも男装した女子が相手だとわかっているのに、その圧でさっきまで態度のデカかった先輩も少しずつ表情が揺らいでいく。そして極めつけは、
「え、何、冷たっ!? ちょ、ま、待ってくれ、俺が悪かったからその手を離していてててててて!」
「お、おい、大丈夫か!?」
「お客様だからって限度があるよね?」
「「ひいっ!!」」
「(ちょ、結月! 角! 角出てるって!)」
ミシミシと音が立ちそうなほどの怪力と謎の冷気を前に完全に怯えてしまった2人組。彼らには結月がまるで鬼のように見えているのだろう。だって、実際彼女の額から角が出てきてしまっているのだから。
「「し、失礼しましたぁ〜!!」」
しかしそれに言及するよりも早く、彼らはその場から立ち去っていく。
結果的に、一部始終を見ていた周りのお客さんから拍手が上がるくらいには、スカッとした一幕であった。
上級生だろうと関係なく圧倒する結月に、晴登はただただ感心する。とはいえ、
「結月、あれはやりすぎだって」
「う、だってハルトを守りたくてつい……」
「その気持ちは嬉しいけど、結月に何かあったらどうするの?」
「それは……」
結月が凄いのは当然だがそれはそれ。晴登が言いたいのは、もっと自分を大事にして欲しいということだ。
晴登にそう指摘され、結月はいつの間にか角も引っ込めてしおしおと俯いている。
そもそも、今回は晴登がもっと強ければ結月の力を借りなくて済んだ話である。彼女を守ると決めたのだから、そう何度も守られてしまうとちょっぴり歯痒い。
「大丈夫だった、柊君?」
「う、うん、ありがとう2人共。さすがだね」
「さすが? 何かあったら助けるって言ったでしょ?」
「そうそう」
「でも本当にできちゃうんだから凄いよ。僕にはとても真似できないから……」
狐太郎はそう嘆きながら肩を落とす。
どうにも彼は自分のことを過小評価しているようだが、晴登はそうは思わなかった。
「そうでもなくない?」
「え?」
「だって運動会とか林間学校とか、みんなのために頑張ってたでしょ? 柊君も十分凄いって」
「そんなことは……」
「あるよ」
世辞でも何でもなく、これは晴登の本心からの言葉だ。そして事実でもある。
他人を尊重するのも良いけど、彼はもっと自分を省みるべきだ。
「もっと自信持ちなよ。ね?」
「……うん。ありがとう、三浦君」
晴登が笑顔を見せると、狐太郎は微笑みを返した。
初めて会った時と比べると、彼の笑顔は随分増えた。晴登の影響ももちろんあるだろうが、何より彼を差別しないでくれたこのクラスのおかげでもある。
彼の過去がどんなものかは知らないが、それよりも今が楽しいって思ってもらえるようにこれからも努めていきたい。
「さて、それじゃ仕事に戻ろうか」
「うん!」
トラブルも解決したし、晴登には他の人に任せっきりにしていた仕事があったので、急いで戻ることにした。
その隣、元気良く返事をした狐太郎も自分の仕事に戻ろうとする。が、
「……え?」
「どうしたの? 柊君」
突然、狐太郎がか細い声を漏らしたので、何事かと問いかける。せっかく元気を取り戻したところなのに、今度は一体どんなトラブルが起こったのだろうか。
「この匂い……いや、まさか……」
信じられないといった面持ちで、匂いを頼りに視線をさ迷わせる狐太郎。何か変な匂いでもするだろうか。晴登にはちっともわかんない。
だがついにその匂いの元を嗅ぎつけた狐太郎は、廊下にいる2人の人物と目が合った。
「何でここに──お父さん、お母さん」
後書き
気づいたらまた2ヶ月経ってました。お久しぶりです、波羅月です。最近時間の流れが早くて早くて、あっという間にぼっちおじいちゃんになってそうで不安です。誰か拾ってください()
さて、ようやく文化祭が始まったと思ったら、何やらいきなり不穏な気配。まさか過去回……?
ちなみに、皆さんは柊君の登場回を覚えておいででしょうか。まぁ100話以上前なんで覚えている方が凄いです。忘れていた方はこの機会に見直して頂いて……いや、昔の文章好きじゃないんでやっぱりいいです泣
最近更新間隔が長引いてて大変申し訳なく思っているところですが、恐らく次回の更新はさらに遠いです。3ヶ月を目処に頑張りますが、どうなるかはわかりませんので気長にお待ちください。その更新さえ済ませば、また少しずつペースを上げて行けたら良いなと思っております。
ということで、今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!
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