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レンズ越しのセイレーン

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Report
  Report4 クロト

 
前書き
 アナタのためならどんなことでも 

 
 トリグラフ駅前で、街で情報収集する組と、直接アスコルド自然工場に向かうチームに別れた。居残りで世界情勢把握はジュードとレイア、アスコルド行きはルドガー、エル、エリーゼ、アルヴィン、ローエン、ユティである。

 分史世界ではあるが、律儀に切符を大人3枚、学生2枚、幼児1枚、さらにペット持ち込みの追加料金券を買った。それらの切符を改札に通してから、列車に乗り込んだ。

「エル、これが正しい列車の乗り方だ。ちゃんと覚えとけよ」
「わかったってば! ルドガーしつこい!」
「しつこく教えないとどこで第二の俺が生まれないとも限らないからな」
「う゛っ」

 隣同士の座席に座ってじゃれ合うルドガーとエルをとりあえず一枚。二人とも慣れたものでノーリアクションなのがちと寂しい。

 座席は回転させて4人で向い合せになるよう調整してある。ルドガー、エル、ユティで一席。アルヴィン、エリーゼ、ローエンで一席の座席割だ。

「わたし、自分で列車乗ったの初めてです」
「ヘリオボーグまでは列車じゃなかったのか?」
「そうですけど、その時は引率の先生に付いてっただけですし。切符も団体予約で先に学校で取ってたみたいで」
『一人で切符買って一人で乗るのは今日が初めてなのー』
「一人じゃなくてみんなと一緒ですけど。ちょっぴりオトナの気分です」

 皆々が歓談する間に、ユティはGHSを開いてメールを打ち込み始めた。


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   To:J
   Subject:現在地報告

 自然工場アスコルド行きの列車の中。現時点ではトラブルなし。列車テロも起きなかった。
 トリグラフにはジュード・マティスとレイア・ロランドが残ってこの分史について聞き込み調査中。鉢合わせに注意されたし。

                                      Eu
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 メールを送信する。送信先の「J」はユリウスの頭文字で、文末の署名の「Eu」はユティの頭文字で登録してある。どこで傍受されるとも限らないので、極力自分たちだと特定できないよう、浅知恵を働かせてみた。

 返信を待つ間にみんなの記念写真を撮っていると、エリーゼが来てユティの隣に座った。エリーゼは正面のエルに話しかける。これもツーショットげっちゅ。

 しばらくするとルドガーも心得たもので、席を立って隣のアルヴィンとローエン側に移動した。

 これで男女別になった。きっとルドガーは「あのピンク色の空気に耐えられなかった」と冗談めかして言って笑いを取るのだろう。あ、笑い声。

 そうこうしている内にメールの受信を知らせるランプが点灯した。サイレントマナーなので振動はない。

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   From:J
   Subject:Re:現在地報告

 こちらはトリグラフにいる。情報感謝する。確かに鉢合わせは頂けない。
 この世界では列車テロが起きていないらしい。おかげで自由に動き回れた。
 今分かっているこの分史の正史との差異は、

 1、リーゼ・マクシアが認知されていない。おそらく断界殻(シェル)は開いていない。
 2、大精霊が存在する。世間的に認知されているのはアスコルドの動力源である光の大精霊アスカ。アスコルド自然工場の経営主はジランドール・ユル・スヴェント。
 3、アルクノアがいない。ただしジルニトラ号の事件は起きているためリーゼ・マクシアで活動中か、そもそもリーゼ・マクシアでアルクノアが組織されなかった可能性あり。

 この程度だ。手元の材料で判断すると、ここは「1年前に断界殻(シェル)が消えずリーゼ・マクシアとの国交がない世界」だと思われる。

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 スヴェント。そのファミリーネームを読み、ユティの手の中で筐体が軋んだ。

(この世界の彼もリーゼ・マクシアで実家の叔父さん共々アルクノアをしてるんだと思ってた。でも違う? アスコルドの経営主になるくらいだからスヴェント家の財界への影響は健在。この時代のアルおじさまはどうなったんだろう)

 そこまで考えて――ユティは車窓に自らデコをぶつけた。

「ユティ!? どうしたんですか!?」
『すごい音したぁ!!』
「ごめん。ただのイージーミス。今メンテナンス中だからちょっと待って」

 返信ボタンを押して返信メールを打ち始める。おでこはジクジク痛むが、理性的でいるにはちょうどいい刺激だ。

「何してるの?」

 エルが座席から身を乗り出して問うてきた。危ない。ユティはとっさに画面を操作する。
 席をエルの横に移しエルにも画面が見えるようにして。

「ゲームアプリの難読リーゼ・マクシア文字問題。今ステージ4」
「むつかしー字いっぱいで読めないー!」

 ちゃぶ台返しならぬルル返し。宙に舞ったルルは腹を見せて一回転して着地した。そしてルドガーのもとへと去った。

「ナァ~」
「はいはい。災難だったなルル」

 エルの興味がGHSから逸れてから、ユティは二重開きにしていたウィンドウをメール画面に戻した。誰かが絶対に一人GHSをいじるユティに尋ねると予想しての対策が役に立った。

 エルの関心が離れてから、ユティはメール作成を再開した。

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   To:J
   Subject:情報ありがとう

 すぐに列車に乗ったから世界情勢が分からなくて困ってた。助かった。
 よかったら次会う時に正史と分史の差異の見極め方教えて。いつでもアナタと一緒に分史に入れるとは限らないし、その時はワタシがアナタの分も働くから。
 正史のエレンピオスでは大精霊自体が珍しいのね。てっきり正史のアスコルドもアスカで稼働してるんだと思ってた。
 でもよくリーゼ・マクシアが「無い」って分かったね。「無い」は「有る」より見つけるのが難しい。その辺を見つけられるのがクラウンエージェントの力?

                                      Eu
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 送信する。返信は5分と経たず来た。

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   From:J
   Subject:単なる癖だ

 確認されている限りでも、カナンの道標の内3つはリーゼ・マクシアにある。道標を探すならまずリーゼ・マクシアと繋がった分史世界かどうか確認するのは当たり前だろう?
 まあ、よしんば繋がっていて道標があっても、鍵がいなければ道標を持ち帰れないから、本末転倒なんだがな。

 情報の集め方か。地図や新聞や雑誌のバックナンバーを読んだり、地道に聞き込みをしたりと色々あるが、詳しくは帰ってからレクチャーしてやる。

 悪いがそろそろ場所を変える。聞き捨てならない噂を仕入れた。
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 どんな噂? と問い返したかったが、今のユリウスなら心配いらないと思い直す。時歪の因子(タイムファクター)化が進んでいるとはいえ、この時代のユリウスはエージェント全盛期だ。なまじの敵ではユリウスを下せない。

 それを踏まえて、ユティは返信を打った。

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   To:J
   Subject:気をつけて

 分かった。あまり無理はしないで。ただでさえアナタの時歪の因子(タイムファクター)化は進んでる。ワタシはアナタが体を損ねてくとこ、見たくない。悲しくなる。泣いてしまう。だから、お願い。――無事で。
                                      Eu
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   From:J
   Subject:ありがとう

 事情を知った上で純粋に他人に心配されたのなんて何年ぶりだろうな。こんな役得があるなら、若い女の子との契約も悪くない。
 しかし、「若い女の子」の中でも君は変わり種だな、ユティ。クルスニクなのにカナンの地に行かないと言いながら、レースには勝ち残らせろと言う。なのにライバルを蹴落とせと言うでもなし、むしろルドガーに積極的に協力している。
 俺としてはありがたいが、ここらで真意を見せてほしいところだ。

 と、自分で移動すると書いておきながら、続けてしまってすまない。結果は後ほどメールする。
 ――ルドガーを頼む。
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 ユティはGHSを畳んで、窓枠に頬杖を突く。

(真意か。正直、一番このデッドレースの最終戦に残ってほしいのはユリウス、アナタなんだけどね。だからワタシに協力するって名目で契約して簡単に死ねない状況を作ったわけだし。真意っていうなら、ルドガーとユリウスの両方がカナンの地出現まで生き延びてほしい。それがワタシの目的達成の大前提だもの)

 ふいに、夜闇の中にあって、まばゆいサーチライトに幾条も照らされたドームが目に飛び込む。
 ――あれがアスコルド自然工場。
 あと15分もすれば降車を促すアナウンスが流れ、20分後にはアスコルド自然工場に列車が横付けされるだろう。

(安心して。他の何を切り捨てても、ルドガーは絶対にアナタの許へ無傷で帰してあげるから)

 誰にも見られない角度でGHSに口づける。ユースティア・レイシィの、最愛の父に誓いを立てる時の儀式。 
 

 
後書き
 アスコルドに行くまでに列車でどんな会話があったかを描いた番外編。実はユリウスとメールで連絡を取り合っていたオリ主でした。アルヴィンのフォローができたのはユリウスからの前情報があったからなのでしたー。
 本当はチャットを活かしてもっとにぎやかにしたかったのですが力尽きました。
 みんな、オラに感想(パワー)を分けてけろー!!!!

1/28 タイトルを変更しました。
【クロト】
運命の三女神モイライの一柱で、長姉。運命を「紡ぐ者」。手にする糸巻き棒から引き出し紡いで運命の糸を紡ぐ。紡ぐだけで、「割り当てる者」ではない。 
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