星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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敢闘編
第六十五話 トラーバッハ星域の戦い(前)
帝国暦484年6月17日05:30
トラーバッハ星系近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「ノルデン艦隊より連絡、前面の敵艦隊、急速に距離を詰めつつあり!指示を乞う!」
ノルデン艦隊は何をやっているのか、それぐらい自分達の判断で決められないのか……。
「閣下、このままノルデン艦隊を待たせますと敵の圧力で自壊しかねません、戦端を開かせた方が宜しいかと」
参謀長の言葉に伯が深く頷いた。
「無論そのつもりだ。参謀長、ノルデン艦隊に連絡し敵の行き足を止めさせろ。我が本隊も援護する」
「はっ」
参謀長は短く返事をするとミッターマイヤー中佐を呼び、彼の耳元で何か囁いた。
「了解致しました…ノルデン艦隊に向けて発信、前方の敵艦隊を圧迫せよ!」
圧迫か。細かい戦術運動が出来ないと見越しての命令…司令部の意図を理解し、自らの艦隊を手足の様に扱える者なら自由裁量権を得た、と自在にも動けるだろうが…この場合は文字通りの圧迫だろう。
「圧迫とは面白い言い様ですな」
「ノルデン閣下は初陣だ。撃破は難しかろう。我々が正面の敵の後背を取ってこの戦闘を終わらせないと、アントン、ベルタ両提督に負担がかかる」
ロイエンタール中佐からの問いにそう答えた俺は改めて戦況概略図に目をやった。ノルデン艦隊と対峙する敵艦隊、我々の後方のアントン、ベルタ両分艦隊にそれぞれ対峙する敵艦隊…敵の三方向からの分進合撃に対し我々も本隊以外の各戦力で対応している。自由に動けるのは本隊だけ…
「アントン、ベルタ両閣下なら戦線を維持出来るだろう。ノルデン艦隊と協力して正面の敵を撃破した後に後背の敵に向かえば、どちらを叩いても優位に戦える」
「同感です」
「小官も同意します」
“ノルデン艦隊、攻撃を開始しました!”
オペレータの声が艦橋に響く……しかし統制の取れない攻撃だ。突出する部隊、流されて追従する部隊…
「参謀長、早めに援護せねばノルデン艦隊は統制の取れない集団となってしまいます」
「そうだな…閣下、十時方向に変針、そのまま前進してノルデン艦隊を迂回、敵右翼方向から側面攻撃を加えては如何でしょうか」
「参謀長を是としよう。艦隊前へ」
6月17日6:25
銀河帝国軍、討伐艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
ノルデン艦隊と正対していたクロプシュトック艦隊は俺達の本隊に右側面から橫撃を喰らい、惨めな程に混乱していた。掃討戦に移るのは時間の問題と言っていいだろう。早めに切り上げて、アントン、ベルタ両閣下の戦線に加わらねば…俺がこの後の展開を考えているところに近付いて来たのは、ミッターマイヤー中佐だった。
「アントン閣下より通報です。敵はどうやら叛乱軍艦艇の様だと」
「何を当たり前の事を言っておられるのだ、アントン閣下は」
参謀長の口振りにミッターマイヤー中佐は複雑な表情で言葉を続けた。
「いえ、叛乱軍は叛乱軍でも、自由惑星同盟軍と僭称する叛徒どもの艦艇と…」
「何だと」
俺達の会話が聞こえていたのだろう、参謀長の報告を受ける前にヒルデスハイム伯が割り込んできた。
「叛乱…ええい紛らわしい、同盟軍がクロプシュトック軍に手を貸しているというのか」
流石に参謀長も即答は出来ない様だ。考えられない事ではない、だがアムリッツァと此処では距離がありすぎる。アムリッツァが落ちて以来、攻勢を取れない我が軍は哨戒網を厚くする事で奴等に対処している。その哨戒網にかかる事なくこのトラーバッハまで同盟軍が小規模とはいえ艦隊を送り込める事は有り得ない。ましてやイゼルローン遠征軍が先行しているのだ。
「考えられない事ではありません、通商破壊の為の小規模な艦隊かも知れません」
「それは違うだろう参謀長、もしそうであれば他の星域でも似た様な状況が起きている筈だ。トラーバッハだけ通商破壊を行ったとて全く意味がない、こういう事は同時多発的に行った方が効果が上がる筈だ、違うか?」
伯爵の反論を聞いていたロイエンタール、ミッターマイヤーの両中佐が僅かながら驚いた顔をしている。まあそうだろう、俺も伯爵の意外な見識には驚かされたものだ。
「そうでした、申し訳ありません」
参謀長は陳謝したが、参謀長とて本当に通商破壊と思っていた訳ではないだろう。可能性の一つとして答えただけの筈だ。
「謝る必要はない…参謀長、この戦場は早めに切り上げた方がよさそうだな。敵は混乱しているし、相応の損害も与えている…ノルデン艦隊と映像回線を繋げ」
伯の指示にロイエンタールが短く返事をすると、一分ほどで回線が繋がった。
“司令官閣下…効果的な援護、忝ない。何用にございましょう”
「とんでもない、余計な手出しをしてしまったかと悔いておるところだ。私は部下達の救援に向かわねばならぬ。この戦場は卿に任せる。宜しいか」
“承ってございます。我が艦隊の力、とくとご覧あれ”
「頼みましたぞ」
映像通信が切れると、伯爵が大きな息を吐いた。
「我が艦隊の力か。参謀長、よくて膠着状態というところかな」
「…はっ、敵は混乱状態を脱してはおりません。小官としてはこのまま攻撃を続行したいところですが…」
「ミューゼル大佐、どう思うかね」
「小官も参謀長と同意見でありますが、閣下がノルデン艦隊に点数を稼がせる必要がある、とお考えなのであればそれが宜しいかと思います」
「うむ。攻撃を続行すれば武勲を横取りされた、と言われかねんからな。それに同盟軍の艦隊が組しているとなると、早々に彼奴等を片付けねば帝国領土の混乱は増すばかりになってしまう」
「仰る通りです」
伯爵の考えは派閥次元の、多分に政略的なものだが、確かにノルデン艦隊に功を立てさせないとノルデン伯爵はともかくリッテンハイム侯がいい顔をしないだろう。
紅茶をすすりながら概略図を見ていた伯爵が命令を下す。
「参謀長、艦隊を反転させよ。まずはアントン分艦隊から援護するとしよう」
「はっ…艦隊反転!反転後、艦隊針路を十一時方向に固定!」
それにしても…アントン、ベルタの両分艦隊は本当に同盟軍と戦っているのだろうか。事実なら、いや事実なのだろうが、そうだとすると奴等の意図が見えない。敵陣深く侵入し通商破壊…聞こえはいいが伯爵の言う通り一斉に、多発的に行わねば意味がない。ヤマト・ウィンチェスターやヤン・ウェンリー等を擁する敵の総司令部が、単独での通商破壊などという愚行を前線司令部に許すだろうか。
「参謀長…アントン分艦隊との合流はおよそ三時間後かと思われます。現時刻より一時間ずつ半舷休息のご許可を願います」
「そうだな、敵が同盟軍ともなればこれまでの様にはいくまい。大佐の進言を是とする。閣下、宜しいでしょうか」
「うむ、卿等のよいように。私も少し休ませてもらう」
伯爵が艦橋を去っていく。思わずため息が漏れた。三時間後には分かる、分かる筈だ…。
宇宙暦793年6月13日12:30
アムリッツァ星系、チャンディーガル、シヴァーリク郊外、ホテル・シュバルツバルト、
ヤマト・ウィンチェスター
「思ったより活気がありますね」
フォーク…あまりキョロキョロするんじゃない、まるでお上りさんだぞ…。そう、同盟領で今一番活気があるのはここだ。ここだけではない、今までイゼルローン前哨宙域と呼ばれていた地域は民間船の航行制限が解かれ、多くの商船が行き来する様になっている。制限は解かれたもののダゴンなどの星系は危険な為、エル・ファシルからアスターテ、ヴァンフリートを経由する一直線の最短航路が設定されている。ヴァンフリートは小惑星だらけで民間船でなくとも危険なのだが、やはり企業や商人達は商魂逞しい。資源採掘の為に数多くの小惑星を運搬し、資源取得と航路啓開を同時に行っている。勿論軍も協力しているが、軍と彼等とではやる気が段違いだった。以前、サイオキシン麻薬事件のとなったヴァンフリートⅣ-Ⅱの補給基地も軍民、いや官民共同で運営されている。前哨宙域から帝国方面に航行が許可される船舶は、同盟政府の許可を受けた企業所属のものに限られているものの、その企業連から委託された中小の企業も船を出している為、実際は全ての民間船が航行可能な状態だった。
「植民地、いや新領土バブルだな」
「バブル…ってなんです?」
「実際より大きく見える経済活動の事さ。俺もよく分からんが好景気感が多くの投資を生んでまた更に経済活動の規模が大きくなる。それがまた投資を生む…キャゼルヌ少将がいれば上手く説明してくれるだろうが…まあ、今同盟で一番活気があるのは新領土だろうな」
フォークがなるほど、と頷いている所に、話に入って来たのはカイザーリング氏だった。氏は同盟に降伏後、亡命者として同盟にいたのだが、新領土の統治にその知識が活かされるだろうと思って高等参事官のスタッフとして参加してもらった。
「参事官閣下は経済活動にもお詳しい様ですな。大いに結構な事です」
「いや、歴史上の出来事を参考に口に出してみたまでですよ。如何です、久しぶりの帝国の地は」
「不思議な物です。まさか同盟の人間として帝国領域に足を踏み入れる事になろうとは…閣下、もうここは帝国ではありませんよ。言葉にお気をつけてください」
「ああ、そうでした」
「貴族と言うのは言葉尻を捉えて来るのが上手い。言葉一つ一つに注意なさって下さい」
「意地の悪い評定官の様なものですね、気をつけます」
「なるほど、言い得て妙ですな」
カイザーリング氏は笑った。氏には新領土に存在する元貴族階級の人々の、同盟市民としての地位について知恵を借りている。本来なら俺の仕事じゃないが、面倒臭がって誰もやろうとしない。それで俺にお鉢がまわって来た、という訳だ。
元帝国人との折衝なんてやりたがらないのは分かるけれど、何で俺が…。シトレ親父曰く『軍人ではあるが君も役人には違いがない。無任所で、それなりの地位にいて、話が分かる役人など他にいないのだよ。それに君はトリューニヒト氏のお気に入りだから丁度いい』のだそうだ。好き好んでお気に入りになった訳じゃない…そろそろ隣の部屋に移動するか…。
「ロボス閣下、入られます。キヲツケ!」
ん?ロボスだと?
ロボス親父の後にぞろぞろと元貴族の連中が続く…しかし何故ロボス親父が……来てしまったものは仕方ない、同席で話を始めるか。ロボス親父に続く彼等は現在は資産家、という立場に置かれている。立場はそのままでもいいのだが、いきなり同盟市民になった彼等の意識がそう変わる訳でもない。が、同盟市民になってもらわねば困る…その話をしに来たのに…
「休みたまえ。久しぶりだな、准将」
「ご無沙汰しております」
「今日はどのような案件かな?」
ロボスめ…。何しに来やがった?
「はっ。現地の統治状況は報告として上がって来ておりますが、文字と通信だけでは分からない事もある、現地に言って見てこいと言われまして…」
「以前もそう言って此処に来たな君は。中央は何か懸念でもあるのか?」
「はい、統治そのものには懸念はありません。ですが、貴族の方々の同盟での立ち位置を政府は気にしている様です」
「やはり懸念があるのではないか…亡命、という形でよいのだろう?」
ロボス親父からすればいい気はしないだろうな、貴族について何も考えてない、と言われたのと同意義だからな…。本来ならこの場にロボス親父は居る必要はない。俺が来た、という事が問題を微妙にしている。俺の事を現地のあら探しに来たシトレ親父の代理人とでも思っているんじゃないだろうか…。
頃合いと見てとったのだろう、ミリアムちゃんとフォークが隣の部屋からティーセットを運んで来た。三段のティースタンドなんてお洒落じゃないか…。
お洒落はともかく、隣の部屋にはヤンさんをはじめとする俺のスタッフ達が控えている。この部屋にはあらかじめカメラとマイクが仕掛けられてあって、会見の様子は隣のスタッフ達も観ているんだ。俺も髪で隠して骨伝導インカムをつけていて、元貴族の面々に対する助言をカイザーリング氏から受けるはず、だったのだが…ロボス親父が居るとなると話は変わってくる。
12:45
同ホテル内、マイケル・ダグラス
「ヤン大佐…なんでロボス提督が居るんです?」
「私に分かる訳ないだろう、アッテンボロー」
聞く方も聞く方なら、答える方も答える方だぜ…だがこれでは…あの貴族の面々は言いたい事も言えないんじゃないか?
「どう思う、ラップ」
「都合の悪い事を言わせない為じゃないのか?誰にとって都合が悪いかは分からないが。中佐はどう思います?」
「俺達だけだ、ワイドボーンでいい…貴族達がどうこうより、准将の事を疑っている様な気がするんだが」
「それは何故だい、マルコム」
「マルコムはやめろ!…辺境の司令官が国内の六割近い兵力を握ってるんだぞ。ある意味王様みたいなもんだ、何か勘違いしてたっておかしくはないだろう?」
ヤン大佐はぼんやり、ラップ少佐は明るくて気さく、ワイドボーン中佐は真面目で気難しい。俺の抱いた印象はそれだ。指揮官として、参謀としての顔はまた違うんだろうが…しかしヤマトの奴、なんでパオラを呼んじまったんだ?オットーが切なそうな顔しているの分からねえのか?プライベートはプライベート、任務は任務、信頼出来る人間を集めたんだろうが、こればかりはキツくねえか…。
「何か言い合っているみたいだわ。皆ちゃんと聞きなさい」
皆、はい、じゃないだろう…。パオラの尻に敷かれちまいやがって。カイザーリングのおっさんはクスクス笑ってやがるし全く…。
12:45
同ホテル内、ヤマト・ウィンチェスター
あまり、角は立てたくないんだがなあ、仕方ない。
「失礼ですが、何故提督がこの場に居られるのですか?小官は、提督のお連れの方々とお話したいのですが…」
「私が居ては不都合かね?」
「不都合はありません。ですが提督の顔色を気にして、お連れの方々が言いたい事も言えない…その様な事になっては小官の任務が果たせません」
「その様な事はない、と私は思うが」
「それは閣下のご存念であって、客観的なものではありません」
「なんだと!」
「彼等は弱者です。弱者は常に強者の顔色を伺う。彼等に本当に同盟に帰属してもらう為には、その様な事はあってはならないと小官は考えております」
「それこそ貴官の存念だろう!」
「小官の考えは統合作戦本部長、国防委員長ならびに人的資源委員長、その他の各委員長が御理解するところであります。更には最高…」
「分かった!私は先に帰る事にする、それでいいか!」
「…重ね重ね失礼をお詫び致します、申し訳ありません」
ロボス親父が勢いよくドアを開けて部屋を出ていく。仕方ない事とはいえ、拙い事を言ってしまった…。深いため息をつく俺を見て、連れの筆頭、ダンネベルグ氏がおずおずと口を開いた。
「いいのか?卿の立場が悪くなるのではないか?」
「いえ、任務ですから。それに提督が居らっしゃっては皆さんがものを言いづらいのは事実ではありませんか?」
「まあ、それはそうだが…」
ダンネベルグの横に居並ぶミュンツァー、バルトバッフェル氏も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「一旦、休憩しましょう。皆さん空腹ではありませんか?」
6月17日08:35
トラーバッハ星域近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ラインハルト・フォン・ミューゼル
アントン閣下から映像通信です、とのオペレータの声が響いた。遮音力場内の映像には、ホッとした面持ちのアントン中将が映っていた。
“お手を煩わせて申し訳ありません、司令官閣下”
「心にも無い事を言うな」
“バレてましたか”
「子供の時分から卿を見ているのだぞ。それより状況はどうだ」
“はっ、一進一退であります。こちらが押し出すと相手は退き、こちらが退くと相手は押して来ます。ですので彼我双方共に損害はそれほどありません”
「それは良かった。報告にあった、敵は叛乱…同盟軍というのは本当なのか」
“はい。ですが、少し妙なのです。同盟軍艦艇には違いがないのですが、艦型が古い物ばかりなのです”
「ほう」
“状況を打開する為に一度急速接近後、単座戦闘艇を展開しました。その際の各艇長からの報告ですので間違いありません。少なくとも二十から三十年前の同盟艦艇である事は間違いありません”
アントン中将の報告を聞いて、伯爵の顔がこちらを向いた。
「同盟軍は艦艇不足なのか?最前線にそんなボロ船を送るなど」
「損耗覚悟で送り込んで来た…いや、それは有り得ません、三十年前ともなると電算機や推進器の性能もかなり違います。失礼を承知で申し上げますが、優位に戦いを進める同盟が、そんな死兵紛いの策を立てる事はありません。何かの間違いでは…」
参謀長の言う通りだった。奇をてらうにも程がある…だが一進一退の説明はつく。艦艇の性能が一段落ちるとなると積極的には戦い辛い。個艦性能の差は集団となった時に顕著に現れる。
「古かろうと敵は敵だ。アントンよ、我々が先行し敵右翼を突く。卿は頃合いを見て正面から攻撃を再開しろ」
“了解いたしました”
通信は切れた。
「参謀長、聞いた通りだ。艦隊速度最大で突っ込むぞ」
「了解致しました…艦隊速度最大!砲門開け!前進!」
参謀長による号令が発せられると、伯爵は腕を組んで口を閉じてしまった。考えている事はこの場にいる全員と一緒だろう。果たして敵は何者なのか。
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