展覧会の絵
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第十六話 最後の審判その五
「あの時だけはできますが」
「あの時?」
「はい、その時だけです」
「ええと。その時というのは」
「いえ」
ここでは何も言わない十字だった。それは何もだった。
「何でもありません」
「そうなんだ」
「はい、それでなのですが」
「うん、君のその絵はね」
「また教会に持って行っていいでしょうか」
「いいよ。君が住んでいる教会だね」
「はい、あそこに」
今の彼の家でもある。少なくとも殆どの人間がそう思っている。
「飾らせてもらいます」
「あそこはいい画廊になっているね」
全て十字の描いた絵だ。模写ではあるが。
「世界の名画が揃った」
「そうなっていますね」
「ただ。不思議な絵が多いね」
先生はふとだ。こうも思った。十字の描いたその絵について。
「名画の中でもね。変わった絵が多いね」
「どういった風にでしょうか」
「いや、何ていうか怖いっていうかね」
「怖い、ですか」
「そうした絵が多いね」
こう描いた本人に話す。
「どうもね」
「そうですか。怖いですか」
「色々と絵を描いているけれど無気味だったり怖かったり」
そうした絵ばかりだというのだ。
「そんな感じに思えるんだ」
「おそらくそれがそうした絵にある心なのです」
十字は先生のその言葉にこう答えた。ミケランジェロの絵を観ながら。
「その絵それぞれに心がありますから」
「ムンクやブリューゲルの絵も」
「そうです。ですから」
「怖く感じるんだね」
「そうではないかと」
十字は先生に対して答える。
「僕もその辺りは認識しています」
「成程ね。とにかくね」
そのミケランジェロの絵は先生も観続けている。そのうえでの言葉だった。
「この絵も結構怖いね」
「そうかも知れませんね。やはり」
「そうだね。地獄の悪魔達といい。けれど」
「この悪魔達にも人の心が出ています」
「悪魔達にも?」
「そうです。この場合の悪魔は邪悪ではなく」
では何かということもだ。十字は先生に話した。
「神曲の悪魔なのです」
「ああ、あの悪人を責めている」
「そうです。地獄の悪魔達なのです」
「僕も神曲は読んだよ」
ダンテの古典である。トスカナ方言で書かれているが日本語訳するとあまり意味はない。むしろそこに書かれている当時の宗教観や倫理が主に観るべきものだ。
「あれは中々ね」
「面白い作品ですね」
「特に地獄篇かな」
先生は考える顔になり述べた。
「面白いのはね」
「地獄篇ですか」
「そう、その地獄篇だね」
こう十字に話す。
「この悪魔達がいるね」
「そうですね。ただ裁きの代行は悪魔達が行うものではありません」
「というと?」
「この世にもあります」
最後の審判の前に生きているだ。この世界にもだというのだ。
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