| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第2部
ダーマ
  シーラの転職・後編

 オレたちの前にやってきたのは、あろうことかシーラの弟だった。突然の身内との邂逅に、シーラはさらに帽子を深く被り、俯いている。
 オレは十メートルほど先にいるそいつを、ちらりと盗み見た。
 弟と言ってもそんなにシーラと年が離れてないと思っていたのだが、目の前のそいつ……いや少年は、どう見てもオレよりも二つか三つ年下に見える。他の僧侶よりも上等の服を着ており、悠然と歩くその姿は大僧正の息子だと言うことを自ら触れ回っているように見える。おまけに彼の後ろには従者と思われる二人の僧侶がかしずくように並んで歩いていた。
 シーラと同じ金髪を肩まで切り揃えた容貌は、事前に弟だと把握してなければ少女とも見紛うほど中性的だ。その恐ろしいほどに端正な顔立ちは、信心深い人間がいたら真っ先に天使だと勘違いするかもしれない。
 童顔のシーラとは、さすが姉弟というだけあって所々似ている部分がある。ただ一つ彼女と決定的に違うところと言えば、その目つきの鋭さだろう。親しみやすい太陽のような雰囲気のシーラに対し、弟のそれは月……と言うより、研ぎ澄まされた刃物のようだった。
 オレたちは極力目立たないよう、俯き加減で歩き続けた。このまま弟がこっちに気づくことなく通りすぎるよう、必死で祈る。彼らとすれ違った瞬間、思わず息を止めたほどだ。
ーーだが。
「止まれ」
 甲高いが、抑揚のない声が響く。肩越しに振り向くと、こちらに背を向けていながらもまるで睨み付けているかのような圧を感じさせる少年の後ろ姿があった。
「な、なんだよ!?」
 思わず口に出すと、弟はゆっくりとこちらに目を向けた。その表情はまるで精巧に作られた氷の彫刻のように美しく、冷ややかだった。
「僕の姿を見て、なぜ挨拶をしない? 僕は次期大僧正だぞ」
 は!? んなこと言われても、言われなきゃわかんねーだろうが。オレは文句こそ声に出さないが、口をへの字に曲げる。
「ふむ、まあいい。その風体、おそらく盗賊だろう? さっきの無礼は見逃してやる。……君のような盗人風情でもこの聖なる地に足を踏み入れることが出来ることを、光栄に思うんだな」
 それだけ言うと、弟は従者とともにすたすたと行ってしまった。辺りに人がいないことを確認したオレが大きく息を吐くと同時に、張り詰めていた空気が霧散した。
「……本当にあれがお前の弟か?」
「うん。正真正銘、マーリンはあたしの弟だよ」
 マーリンとかいうクソガ……いや少年は、こいつの弟とは思えないほど無愛想で人を卑下するのが得意そうな人間だった。あんなやつが次期大僧正になるのか? 大丈夫か、ダーマ?
 だが、幸いオレの隣にいる人がシーラだと言うことには、全く気づいてないようだ。視界に入れようともしていないようだったが、こっちとしては好都合である。このまま大僧正に会って転職させてもらえれば、全て解決するのだから。
 シーラの案内に従い、オレたちは大僧正がいるという本堂の方へと向かった。と言っても、この神殿で一番広い部屋がそうなのですぐたどり着けたのだが。
 本堂への入り口は扉がなく、中が見えるようになっている。けれど広すぎて、部屋がどこまで続いているのかわからないほどだった。天井には、イシスで見たことのあるステンドグラスと言うものが張り巡らされており、窓の代わりを担っている。
 そんなバカみたいに広い室内の中央に、男が二人立っている。一人は転職希望者なのか、戦士風の装備を身に纏っており、もう一人は、マーリンと同じような服装をした中年の僧侶のようだ。僧侶の方が二、三段高い台の上に立ち、向かい合わせに立っている。
 おそらく高いところにいるのが大僧正だろう。そして、シーラの父親でもある。息子のマーリンとは違い、大僧正は柔和な表情を浮かべながら転職者に何やら話しかけていた。
 相手は数回頷いたあと、祈るようなポーズをした。そして、大僧正が何事か言うと、天井から青白い光が射してきた。光が消えたあとも特に目立った変化はなさそうだったが、戦士風の男は無事に転職できたらしく、歓喜の声を上げた。
「転職って、ああいう感じでなるんだな」
 なんと言うか、思ったより地味だったな。なんかこう、姿形が変わるもんなのかと思ったんだけどな。
「ナギちん、職業が変わったからって、顔や体つきが変わる訳じゃないからね?」
 まるで心の中を読んだかのようなシーラの発言に、オレは心臓がビクッと跳ねた。
「あ、ああ、当たり前だろ。でもさ、お前は僧侶から遊び人になったんだろ? いつからあのバニーガール姿になったんだ?」
「そりゃあもちろん、アッサラームでアルヴィスと一緒にバニーガールの仕事をしたときからだよ。あ、そういえば言ってなかったっけ?」
「あー……、だからあの人、お前と同じ服着てたのか……」
「そうそう、アルは『ぱふぱふ』のお店がメインだけど、昼間は劇場でバニースーツして呼び込みもやってるからねえ」
「『ぱふぱふ』? なんだそれ?」
 オレの素朴な質問に、シーラは含み笑いを漏らす。
「ふっふっふ♪ ナギちんも気になる? なんとユウリちゃんも経験済みなんだよね☆ 興味があるなら今度アルに言っておくよ?」
「えー、あいつと同じ経験すんの、なんか嫌だなあ」
 陰険勇者の話題が出てきたところで、オレはこれ以上話を続けるのをやめた。こんなところで無駄話をしている暇はない。
 とりあえず、入り口にいる別の僧侶に話をすることにした。転職をしたいと言うことを告げると、若い僧侶は快く了承してくれた。
「ちょうど前の方が終わるようなので、戻られたらそのまま大僧正のところまでお進みください。付き添いの方もどうぞ」
 受付の方も、ずいぶんあっさりと通ることができた。そうこうしているうちに元戦士の男がこちらにやってきた。彼が通りすぎるのを見送ると、早速オレたちは大僧正がいるところまで歩いて行く。
「次の転職者は、どちらになりますか?」
 うん。初対面で敬語な分、父親の方が常識的だ。ただ一つ欠点なのは、息子の育て方を間違えてしまったと言うことだ。
「ええと、オレじゃなくて、この子なんです」
 オレは一歩下がって、シーラを大僧正の前に立たせた。シーラは極力大僧正と目を合わせないように微妙に視線を外している。
「わかりました。お名前をうかがってもよろしいですか?」
「えっ!? あ……!」
 名前!? マジか!! 本名なんて名乗ったら、バレちまうんじゃないのか!?
 シーラも、『そういえばそうだった』みたいな顔すんじゃねえ! 一回経験したんなら覚えとけよ!
「えっと……シエラ、と言います」
 苦し紛れに偽名を使い、何とかこの場を切り抜けるシーラ。てか、『シエラ』ってギリギリすぎねえか?
「ではシエラ殿。あなたは何の職業になりたいと仰いますか?」
「はい、ええと、僧侶になりたいんです」
「わかりました。では……」
 大僧正はそれきり、シーラの顔を凝視したまま言葉を止めた。まさか、ここへ来て娘だとバレたのか?
「あ、あの、何か?」
「……あなた、呪われてますね?」
『へ!?』
「何か呪われたアイテムを装備してますね? この呪いを解かないと、転職はできません」
 こいつが呪われている!? しかも、今身に付けているアイテムの中にあるってことか!?
「あ、あたし、呪われてるんですか!?」
 本人も全く自覚がないのか、 動揺を露にしている。
 一体いつから呪われてたんだ? この変装にしてからか?
 だが、ここでやたらに狼狽えると怪しまれる。オレは極力平静を装う。
「教会で呪いを解くこともできますが、あいにくこのあたりに教会はありません。よろしければ私が呪いを解いて差し上げましょうか?」
「は、はい! お願いします!」
 よほど解いてほしいのか、食い気味に返事をするシーラ。だがオレは心のどこかで、何か引っ掛かるものを感じていた。
 そんなオレの心中など知らない大僧正は、本堂の端にある棚の中から、一つの巻物を取り出した。そして、それを持ってシーラの前に戻ってきた。
「これは解呪呪文を込めたスクロール……、いわゆる巻物です。その昔、偉大なる三賢者の一人であり、先代の大僧正でもあるイグノーによって生み出されたアイテムです。これを使ってあなたの呪いを解きましょう」
 そう言うと、大僧正は巻物を広げ何やら呪文を唱え始めた。唱えている間も、オレは小さな違和感が何かをずっと考えていた。
「……古の呪縛を、今ここに解放せよ。シャナク!!」
 すると、スクロールが突然まばゆく光り始めた。その光はシーラへと流れていき、やがて彼女の頭に光が集中した。
 頭……。石のかつら……。まさか!!
 あのアイテムを盗んだとき、何故陰険勇者が何も言ってこなかったのか、今頃になってようやくわかった。
 呪われたアイテムなら、何の価値もない。だからわざわざ口を出さなかったのだ。あいつのことだ、そうと知っててあえて盗んだオレには何も教えなかった可能性は高い。
 てことはつまり、呪われているのはあの石のかつらだったんだ。そのかつらが解呪されると言うことは……!!
 パキィィィン!!
 弾けるような破壊音と共に現れたのは、長い金髪だった。石のかつらが壊れたことで、変装のため魔法のコテ?だかで巻くこともなかったストレートヘアが露になってしまう。
「ひゃああっっ!」
 かつらとともにはじけ飛んだ皮の帽子を慌てて拾い、シーラは必死に頭を隠している。一方大僧正と言えば、光を失ったスクロールを持った手をぶらりと下ろしたまま、金髪姿に戻ったシーラの姿を呆然としている。
「その髪、その顔立ち……。まさか……!!」
 疑問が確信に変わった途端、大僧正の表情がみるみるうちに一変する。さっきまで温和だったのに、まるで忌まわしいものを見るような顔つきに変化していった。
 すると大僧正はシーラに近づくと、手を伸ばして彼女の右目の下を思いきり擦った。すると、化粧で隠していたホクロが現れた。
「化粧でごまかしてもダメだ!! その泣きボクロは間違いない!! お前、シーラだな!?」
「!!」
 すると、大僧正は手を振りかざすと、先ほどこすった右の頬を平手打ちした。
「っ!!」
 反動で後ろに大きく倒れるシーラ。その表情には、涙だけでなく絶望感も滲み出ていた。
「オレの仲間に何しやがる!!」
 オレは頬が真っ赤に腫れ上がり立ち上がれないでいるシーラの前まで行き、かばうようにして叫んだ。けれどバカ親父はオレに目もくれない様子で、いまだにシーラを睨み付けている。
「家出した人間が、今さら何の用だ!? まさか、また転職でもするつもりか!?」
「……」
 激昂するバカ親父に、シーラは何も言えないでいる。我慢できずにオレが何か言おうとしたとき、
「僧侶になる道を捨て、遊び人なんぞにわざわざ転職したと思ったら、また僧侶に戻るだと? 笑わせるな!! どこまで我が一族に泥を塗れば気が済むんだ!! お前にはもう二度と僧侶に転職する資格などない!!」
 先に怒鳴ったのは、バカ親父の方だった。その怒号に身をすくませているシーラは、とても自分の父親と対話出来る状態ではなく、その光景を目の当たりにしたオレの怒りは頂点に達した。
「なあ!! 確かに他人の目から見たらそう言う風に映るかもしれない。けど、こいつはこいつなりに、皆の役に立つために必死で努力して、あんたらに責められるのを覚悟で人生を変えにここまで来たんだ!! こいつの全部を見てもいないくせに、あんたの独りよがりな考えで責めるんじゃねえよ!!」
 初対面の盗賊にいきなりそんなことを言われ、しばらく呆気にとられていたが、やがてバカ親父は不敵な笑みを作った。
「なるほど。類は友を呼ぶと言うが、お前の周りにつく人間も、下らないことを犬のように鳴きわめくことしか出来ない雑種しかいないんだな。悪いが底辺の者たちとこれ以上付き合う暇はないのだよ。我らが奉る神々にも失礼だ。早々にお引き取り願おうか」
 その言葉を合図に、入り口から数人の僧侶がぞろぞろと入ってきた。おそらく今のやり取りを聞き付けてやってきたのだろう。
 オレとシーラは駆けつけた僧侶たちに取り押さえられながらも、じっとバカ親父を睨み続けている。
「ずいぶんと粗野で野蛮な連中だ。二度とこの神殿に入れないようにしておけ」
『はい』
 僧侶たちが揃って返事をすると、一斉にオレとシーラを拘束し始めた。
「おいこら、放しやがれ!!」
「ナギちん、ダメ!!皆を傷つけないで!!」
「なっ……!!」
 シーラに止められ何も抵抗出来ないでいると、僧侶たちはオレたちを強引に本堂から退出させた。
「ごめんね、ナギちん……」
 今にも泣き出しそうな顔で謝るシーラ。てか、仮にも年上なんだから、しっかりしてくれ。
「……いや、オレの方こそ事態を悪化させちまった。すまん」
 でも、どうしても抑えることが出来なかった。仲間の悪口を言われて我慢できるほど、オレは大人じゃない。
 すると、来たときと同じ廊下を歩かされ、通りがかった別の転職者に白い目で見られる中、あろうことか再びマーリンと遭遇してしまった。
「随分と騒がしかったが、まさか姉上が来てたとはな」
 姉上というが、その侮蔑しきった目は年上の身内に対してする表情ではない。この親にしてこの子あり、ってところか。
「一族の面汚しが何の用だ? ここには姉上のような恥さらしが訪れるような場所ではないぞ」
「てめ……」
「マーリン。あたしはあなたや父様、他の皆のことを誇りに思ってる。けして僧侶という職業を軽んじてる訳じゃない」
 マーリンにつかみかかろうとしたオレを制し、シーラは強い口調でそう言った。
「口では何とでも言える。けれど実際姉上は僧侶の修行を途中で投げ出した。その行為そのものが我らに対する冒涜だというのがまだわからないのか?」
「……あの時は目の前のことに必死で、周りを何も見てなかった。でも、今は違う。今度は本気で自分の職業に向き合おうと思ってるの」
 きっぱりと言いきったその言葉に、マーリンは嘲るような笑みを浮かべながら息を吐いた。
「へえ。でも、父上は二度と姉上を転職させないって言ってなかったか? 転職させることが出来る人間は今この世界で父上ただ一人。それでどうやって僧侶になるつもりなんだ?」
「それは……」
 言われてシーラは口ごもる。それに関してはオレも二の句が継げない。ここへ来て、転職できる可能性がゼロになってしまったのだから。
「ああ、なんて憐れなんだろうな。そんな人間以下の姉上に、取っておきの情報があるんだが、一応聞いておくか?」
「けっ、そう言ってどうせシーラを突き落とすようなことを言うんだろ? 悪いがあんたたちの言葉は信用できない」
 年下だからって遠慮はしない。何が次期大僧正だ。今の大僧正も大概だが、未来の大僧正がこんなんじゃ、きっとダーマはこれから大変なことになるだろう。
「信じるかどうかは姉上次第さ。いいかい、ここから少し離れた場所に、『ガルナの塔』という修行場があるのは知っているだろう? そこには我が偉大なる祖父イグノーが書き記したとされる『悟りの書』が眠っているらしい。それがあれば、誰でも賢者になれるという。それを持ち帰ることが出来れば、きっと父上も姉上のことを認めてくれるんじゃないか?」
「ガルナの塔……」
 シーラは反芻するように呟いた。てか、『賢者』って何なんだ?
「行こう、ナギちん」
 さっきまで頼りない声を上げていたシーラが、決意に満ちた目でこっちを振り向いた。
「お、おう?」
 いったいこいつにどんな心境の変化があったのかはわからない。だが、マーリンの言葉に思い当たる節があったんだというのがわかる。どのみちこのままじゃお手上げ状態なのだ。ここはシーラに従うしかない。
「ていうか、いい加減離せよ、お前ら。自分で歩けるっつーの」
 オレは僧侶どもを振り払い、同じく振りほどこうとしているシーラの手を引っ張った。そしてマーリンたちの方をちらりと振り向いた。
 マーリンは薄笑いを浮かべながら、歩いていくオレたちの姿を見送っている。口では姉を救うようなことを言ってはいたが、絶対何か裏がある。
 けど、シーラに心当たりがあると言うのなら、オレはそれに従うしかない。
 オレは新たな希望と不安を胸に秘め、シーラと共にガルナの塔を目指すのだった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧