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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
ダーマ
  シーラの転職・前編(ナギ視点)

 
前書き
この章は視点がちょこちょこ変わります。
今回はナギ視点です。 

 
「僧侶に転職!?」
 それはオレとシーラがユウリたちと別れてから、五か月ほど経ったくらいの頃だった。
 バハラタに残ってあと、オレたちはあの陰険勇者の鼻っ柱を折る……もとい自身のレベルアップのため、町の近くにある森でひたすら魔物を倒していた。
 おかげでオレはレベルが五も上がったし、シーラも遊び人としてのレベルはとっくに二十を越えた。……ただまあ相変わらず時々ふざけたことをするときもあるが、それが意外に魔物に効果的だったりすることもあるので、二人での戦闘でも何とかやっていけていた。
 だがそんな中、シーラが突然僧侶に転職すると言い出したのだ。
「急に何言ってんだよ。せっかくここまでレベルが上がったのに、何で今さら僧侶に転職するんだよ?」
 森から帰ったあと、オレたち以外に客のいないバハラタの宿屋のロビーで、オレは思わずそう彼女に問い詰めてしまった。
「別に急じゃないよ。ユウリちゃんたちと離れる前からそう決めてたもの」
 あっけらかんと話すシーラは、オレの質問にも動じることはなかった。
「? じゃあなんで今ごろになって僧侶に転職しようとしてるんだ? だったらあいつらと別れてからすぐ転職すればよかっただろ」
 オレの至極もっともな発言に、シーラは渋い顔で返す。
「あのね、転職するには今の職業をレベル二十まであげないと出来ないんだよ。あのときはまだ転職できるほどレベルが上がってなかったからやれなかったってだけ」
「ふーん。転職って面倒なんだな」
「あったり前じゃん! 転職なんてすればこの先の人生変わるんだよ? そう簡単に職業なんて変えられるわけないでしょ!」
 なぜか責められるような言い方をされ、オレはムッとした顔をする。そんなオレの感情など知るよしもなく、この遊び人は呆れた表情を浮かべながら大きなため息をついた。
「でもよ、お前昔一度僧侶だったんだろ? もう一度僧侶に転職しても、レベル一からになっちまうんじゃねえの? それでもいいのか?」
 この五ヶ月の間、お互いほとんどとりとめのない話をしてきたが、ごくたまに彼女の過去が垣間見えるときもあった。と言ってもこいつが元僧侶で、実家がダーマのお偉いさんで、その身内と色々あって、遊び人に転職したあと家出したってことくらいしか知らないが。
 だから、元々僧侶だったあいつがわざわざ遊び人に転職したのには、それ相応の理由があってのことなんじゃないのかと勘繰ってしまう。実家であるダーマ神殿から飛び出してきたのなら、戻ってきたところでダーマの奴らは果たしてあいつに転職と言う機会を与えてくれるとは言い難い。
それにオレはここにいる間、近くのメシ屋で小耳に挟んだ情報を思い出す。この町は転職が出来るダーマ神殿からさほど遠くない場所にあるからか、そう言う類いの噂話は割と耳にするのだ。
 そしてその中のひとつに、一度転職したらたとえ以前同じ職業に就いていたとしても、レベルは一からになると言う話も聞いた。せっかく今まで経験してきたことがリセットされると言う感覚がオレには理解できず、たまらず矢継ぎ早に質問をしたのだが……。
「もう! ナギちんったら質問多すぎ! とにかくあたしは僧侶になるって決めたんだから、これ以上とやかく言わないでよ!」
 シーラは機嫌を損ねたのか、最後にオレにそう叩きつけるように言い放つと、自分が泊まっている部屋へと行ってしまった。ナジミの塔で会ってからずっと一緒に旅をしているが、未だにあいつの考えていることはよくわからない。
 だが、僧侶に転職したい気持ちはわからなくもない。例えばオレが仲間の中で戦力になっているかと問われたら、すぐに肯定できるほどの自信はない。そしてあいつはオレ以上にそのことを感じているようだ。
 確かに、遊び人という職業がいかに戦闘に向いていないのか、あいつと一緒に戦っていればわかる。このまま遊び人としてレベルアップしていても、その体制は変わらないだろう。
 そもそもあいつの問題にオレがとやかく言う筋合いはない。わかってはいるのだが、オレより年上の癖にあいつはどこか危なっかしいところがある。このままダーマに向かっていいかと問われると、素直に頷くのは躊躇われた。
「……あー、くそっ!!」
 そんな押し問答を脳内で繰り広げること数分。元々考え込むのが苦手なオレは、吐き捨てるように言った。
 オレは自分の頭をかきむしると、早足でシーラの部屋の前に向かう。そして扉を叩き様こう言い放った。
「わかったよ。そこまで言うなら付き合ってやるよ!」
 半ば投げやりにそう言うと、程なく中から扉が開いた。
「さっすがナギちん♪ あたしが見込んだだけのことはあるよ!」
 さっきまでの不機嫌そうな様子とは一変、満面の笑みを見せるシーラ。
「けっ。ホント調子いいよなお前」
「ナギちんならあたしの気持ちわかるかなと思って。んじゃあ、明日の朝にでも出発しようよ☆」
「はいはい、わかりましたよ」
 何でオレがこいつの保護者みたいな役回りになってるんだ? オレの方が年下なのに。
 ああ、やっぱりオレにはビビアンちゃんみたいな可憐で大人の魅力を持った子が必要だ。しみじみとそう思うと、オレは深いため息をついたのだった。




 次の日。晴れ渡った青空の下、オレたちはバハラタを出発し、順調にダーマへと向かっていた。
 遊び人と盗賊の二人旅という無謀な挑戦にも拘わらずここまで無事に旅を続けられているのも、レベルアップしたオレの頑張りに他ならない。シーラは相変わらず戦闘中に遊びまくるし、たまに味方であるオレにダメージを与えやがったりするが、オレは持ち前の体力と運のよさでなんとか難を逃れている。ただ、一瞬陰険勇者のベギラマで鍛えられたのではないかと頭をよぎったが、気分が悪くなったので考えるのをやめた。
 バハラタからダーマまではおよそ一週間。その間に立ち寄れる町や村などはほとんどないらしい。なのでこれからしばらくは野宿ということになるのだが。
「はあぁ~、これからしばらくお酒が飲めなくなるの辛い~」
 二言目には酒だのワインだの言っているシーラの嘆きに、前を歩いていたオレは仕方なく顔を向ける。
「あーもう、いちいちうるせーよ。どのみち酒なんて買う金ねーだろーが」
「ううっ、近くに格闘場でもあればお金たくさん稼げるのに……」
「これから僧侶になるやつが賭け事なんかするなっての」
 そんな下らないやり取りをしながら、オレたちはダーマへと続く山道をただひたすら歩く。途中魔物に出くわしたが、半年近くこの辺りの魔物を倒し続けたオレたちの敵ではなかった。
 ところが、シーラに至っては、野宿五日目頃には禁断症状が出始めた。夜中にひたすら『酒場に行きたい』と寝言を呟くのはもちろん、戦闘中に突然退治する魔物のオッズを口走ったり、どの魔物が最後まで生き残れるかを予想したり、とにかく日常生活に支障を来すほどの症状が現れ始めていた。
「いや、お前どれだけ酒と賭け事に依存してんだよ!」
 思わずそう叫ばずにはいられなかった。そんな彼女は野宿六日目にしてひたすら携帯食料を貪っている。
「ううっ、ナギちんにはこの辛さがわからないんだね」
「わかりたくもねーよ!」
 とは言え、こいつのこの状況は異常だ。今まで旅をして来て、何日も酒や賭け事とは無縁だったときはあったはずだ。にも拘らずなんで今回に限って極端な行動を起こすのか――。
「あ……!」
 今オレたちが向かっている場所。それは言わずもがな、シーラの故郷である。家出をするくらいだ、故郷には嫌な思い出もあるのだろう。それでも行かなきゃならない心情を考えれば、こいつが無意識にこういう行動を起こすのも仕方ないことなのかもしれない。
 オレはちらりとシーラを盗み見た。一心不乱に食事をしている様は、どこか痛々しい。それは見る人によっては、無理をしているようにも見えた。
 そうとわかってからは、どれだけあいつが不満を言おうとも、オレは口うるさく言わないようにした。まあ、どうしても我慢できないときはついツッコミを入れてしまうけれど、それでも普段よりは大目に見ているつもりだ。オレはミオみたいに、人に優しくすることも不条理に耐えることも出来ないけれど、自分なりにサポートはするつもりでいる。ああ、大人だなあ、オレって。
 そんなオレの配慮を知ってか知らずか、鷹の目を使わずとも遠くに大きな神殿が見えるようになった頃、シーラの口数が極端に少なくなった。
「あれがダーマ神殿か?」
 隣でオレが尋ねるが、シーラは無反応。いや、考え事でもしていたのか、一拍置いてから狼狽えるように返事をした。
「え? あ、うん、そうだよ? ここから見てもやっぱり大きいよねぇ」
 どこか心ここにあらずといった面持ちで、シーラは視線の先にあるダーマ神殿を見つめる。なんとなくだが、歩くスピードが鈍くなっているような気がする。
「……なあ、勘違いだったらいいんだけどよ、ダーマに行くこと躊躇ってねえ?」
 オレは単刀直入に聞いてみた。シーラはびくりと一瞬体を硬直させたが、すぐにいつもの能天気な顔に戻ると、
「やーだ、ここまで来て何言ってんのナギちん! あたしの意思は固いんだから!」
  そう言って何かを取り払うような笑顔を見せた。
 オレはイシスでルカにもらったキメラの翼を鞄から取り出し、シーラの目の前にちらつかせる。
「別に町に戻りたきゃ、これ使っていつでも行けるぜ? 酒も飲めるし」
 我ながらなんて意地悪なんだろう、と自嘲する。シーラは瞠目したが、すぐに頭を振ってオレから視線を逸らした。
「ホントナギちんって意地悪だなあ。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
「いや別にオレ、ビビアンちゃんがいれば十分だし」
「……」
「誰かダーマにお前のことを悪く言う奴でもいるのか?」
 オレの質問に、シーラは閉口する。それは肯定と受け取っていいんだよな?
「ま、言いたくないなら無理して言わなくていいんだけどよ」
 もしダーマに着いてこいつが何か嫌な目に遭った時、何も事情を知らないオレはこいつを助けられる自信がない。だから聞けることは聞きたかったのだが、本人が言いたくないのなら仕方がない。
 彼女の答えを待たず、オレは一人先に歩き出す。すると、背中越しにシーラがオレを呼び止めた。
「あ……あのね!! あたし……、親に見放されたの」
 その一言に、オレは立ち止まって振り返る。
「出来の悪いあたしは弟といつも比べられてて、ずっと周りの期待に応えられなかった。あたしが遊び人になって神殿から出た時も、誰一人心配なんてしなかった。たぶん今も、あたしのことなんて誰も気にしてないと思う」
 振り向くと、シーラは今にも泣き出しそうな顔で立っている。今まで明るく振る舞っていたのが嘘のように、精神的にも限界が来ていたのかもしれない。
「でも、このまま遊び人としてレベルアップしても、ユウリちゃんの役に立てない。だから、皆と一緒に戦えるように、絶対に転職しなきゃならないの。そのためには一刻も早くダーマに行かなきゃならないけど……、やっぱりちょっと怖いかな」
「……」
 最後にひきつるような笑みを見せるシーラに近づくと、オレは力をいれずに彼女の両頬を引っ張った。
「はえ?!」
「あー、すまん、ついあの陰険勇者みたいなことしちまった。つーか、んなことより、そんな大事なことは早く言えっつの」
 オレはため息を一つつくと、ぱっと手を離す。
「んな勘当同然の状態で実家に戻るとか、無謀にもほどがあるだろーが。大僧正ってことは、お前を転職させるのもその人なんだろ? それじゃどう足掻いても顔を会わせないと行けねえじゃんか。なんでそう言うことをもっと早く相談しねえんだよ」
「え、でも、こんなこと相談したってどうしようも……」
「要するにお前だってバレなきゃいいんだろ? だったらやるべきことは一つだ」
 そう言うとオレは、肩に背負っていた荷物を下ろすと、その中からあるものを取り出した。
「……ナギちん、もしかして本気?」
「ああ、本気さ」
 オレは勝ち誇った笑みを浮かべながら言った。



 バハラタを出発してから七日目の朝。オレたちはようやくダーマに到着した。
 ダーマ神殿は山のてっぺんを削り取って、その上に建てたようなバカでかい建物だった。周りの山々を見下ろすように堂々と建っているその佇まいは、オレから見たら随分と偉そうに見える。それはまるで一つの町のようで、神殿というにはあまりにも規模が大きい。
 単に巡礼として訪れる聖職者などはもちろんだが、この世界で唯一転職ができる場所なだけあって、転職を目的に来ている冒険者もちらほらいる。ただ、そのほとんどは十数人程のパーティーで固まっており、どうやら代表者の一人がキメラの翼を使ってここにやってきているようだ。
 バハラタからの道すがら思ったことだが、徒歩でここにやってきた人は今のところオレたち以外はいないらしい。
 よく考えたらシーラにキメラの翼を使わせれば一瞬でダーマに着くんじゃないのかと道中思ったが、シーラ自身、心の準備が必要なのかもしれない。なのでオレはあえて言わなかった。
 神殿の入り口には大仰なくらい立派なデカい扉があり、その前には壮年の僧侶が一人立っていた。おそらく門番だろう。彼は近づいてくるオレたちに目を留めると、ぎょっとした顔をした。
「き、君たちは、転職希望の者か?」
 若干顔をひきつらせつつそう尋ねた僧侶は、オレたちの姿を眺め回すように見ている。いや、正確には、シーラの方を凝視している。
「ああ。といっても、オレじゃなくてこいつだけだけど」
 オレは斜め後ろにいるシーラを視線で指した。門番は神妙な顔をしていたが、やがて自ら納得したように頷いた。
「我々ダーマの者は新たな道を望む者に平等に機会を与える。この奥にいる大僧正にお会いになるといい」
 そう言って門番はゆっくりと扉を開けた。この先に、大僧正ってやつがいるらしい。
「ありがとな」
 オレは適当に手を振ると、後ろをついてくるシーラと共に扉を通った。
 どうやら、シーラとは気づかれていないみたいだな。
 オレは小さくほくそ笑むと、シーラを肩越しに見た。彼女はいつもと違い、どこかよそよそしい仕草で慌てたようにオレのあとをついてくる。
よし、これなら大僧正にも気づかれずに……。
「おい、ちょっと待て!!」
「!?」
 突然言い放った門番の言葉に、オレは後ろから胸を刺されるような衝撃を受けた。恐る恐る後ろを振り向くと、門番はシーラの方をじっと見つめている。
 ヤバい、バレたか!?
 オレは肝が冷える思いで門番の次の言葉を待った。目の前にいるシーラも怯えるように彼の方に目を向けている。
「そこの君……。そう、君だよ。君は、女性なのかい?」
「はっ、はい!!」
 聞いたことのないような裏声で返事をするシーラ。
「その頭……。なにか事情があるみたいだが、帽子か何かで隠した方がいい。ここには我らのように平等に接する者以外の人達もいるからな。好奇の目にさらされたくなかったら、目立たない方が良い」
「あ……ありがとうございます」
 どうやらバレたわけではないようだ。ほっと胸を撫で下ろすと、オレたちは門番に会釈をし、足早にその場から去った。
 その間に、シーラは荷物の中にあった皮製の帽子を目深に被った。そしてオレのところに寄ってきて、小声で話しかける。
「もう!ナギちんのせいで無駄に恥ずかしい思いしたじゃない!」
「いや、だって、あえて帽子被らない方が怪しまれないと思ってさ」
「ううっ、これでもしあたしだってバレたらお嫁に行けない~!」
 心底嫌そうな顔でシーラは頭を振った。まあ確かに、この顔で坊主頭ってのはやっぱり無理があるかもしれない。
 なんで坊主頭なのかというと、実は前にピラミッドで宝箱を開けたとき、その中の一つに『石のかつら』というアイテムが入っていた。陰険勇者は売れないからと捨てようとしたのだが、お宝に目がないオレはついあいつの目を盗んで掠めてしまった。
 まあ、きっと盗まれたことにも気づいていると思うのだが、その後も特に何も言ってこなかったのでこのままオレがずっと持っている。何か使えないかと思っていたが、シーラを変装させることを思い付いたとき、まっさきにこのかつらが思い浮かんだのだ。
 早速シーラにこのかつらを被ってもらったら、見事に坊主姿に変身することができた。さすがにその頭でバニーガールは違和感ありまくりだったので、これまたピラミッドで手に入れたマジカルスカートという防具を身に付けさせた。それでも違和感のある姿なのは変わらないのだが、要はシーラだとわからなければいい。これならただの坊主頭の変な女にしか見えないからだ。
 ちなみに顔もいつもと違うメイクをしているらしく、まるで別人かというくらいインパクトの強い印象になっている。普段のシーラかと問われれば首をかしげるほどだ。
「ああもう、ノールさんには訳あり女みたいに思われちゃうし、最悪だよ」
「ノールって、さっきの門番か?」
「うん。小さい頃僧侶の呪文を教えてもらったことがあったの。たしかあたしと同い年の息子がいるんだよ」
「じゃあ今でもノールって人とは仲いいのか?」
 オレの質問にシーラは首を横に振った。
「ううん。あたしが遊び人になるって言ったら猛反対してた。もしワーグナーがいたら少しは状況が変わってたかもしんないけど」
「ワーグナー?」
「ノールさんの息子だよ。あたしが家を出るちょっと前にどこかの国に修行に行ったみたいだけど」
「へえ。もしかしたら味方になってたかもしれないってことか」
「そうだね。見た目と中身のギャップがアレだけど」
「は?」
 まあ、今はいないやつのことを言っても仕方がない。とにかくまだシーラだということはバレていないんだ。このまま大僧正のところまで行って、転職させてもらわなきゃな。
 神殿の扉を通り中に入ると、そこは建物と言うより屋根のある街並みのようだった。
 広い廊下を挟む左右の壁には等間隔に扉が連なっていて、それが遥か奥まで続いている。鷹の目でも使わないと全ての扉が見えないくらいだ。
 シーラ曰くこの辺りは転職に訪れた旅人や冒険者用の宿や店が連なっていて、必要なものは一通り揃っている。入り口に近いこともあり、何人もの冒険者とすれ違う。まさにひとつの町といったところだ。
 ちなみにダーマの僧侶たちが住む区域はまた別の棟にあると言うから、この神殿がいかに広大かがわかる。
 大僧正のいる大神殿は、このまままっすぐ行った突き当たりにある。無駄に広くて長い廊下を延々と進むにつれ、次第に人の行き交う姿も疎らになってきた。
「このまま誰にも会わなきゃいいな」
「フラグっぽいこと言わないでよぉ」
 フラグってなんだ? と追及しようとしたときだ。突然複数の僧侶が目の前の扉から出てきた。
「!!」
 途端、シーラは目を見開き足を止めた。その様子はただことではない。下を見れば彼女の足は震えている。
(おい、どうした?)
オレは小声でシーラに問いかけた。彼女は唾を飲み込むと、目の前で起きたことが信じられないと行った様子で答える。
「あの子、あたしの弟……!」
「!!」
 その瞬間、オレは足が凍りついたように動かなくなった。

 
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