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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第五十二話 疑惑と憔悴

帝国暦483年11月27日17:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞管制宙域、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 イゼルローン回廊は再び静寂を取り戻した。
我が軍が停戦を受け入れたのは、叛乱軍の停戦要求から三時間後の事だった。要塞司令官クライスト大将は、イゼルローン要塞が陥落寸前である事、叛乱軍から降伏要求に近い停戦を申しこまれている事を宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガー元帥に報告した。更に状況を楽観視して途中経過を報告せず追加の援軍を求めずに現在の惨状を招いたのはクライスト大将本人と駐留艦隊司令官ヴァルテンベルグ大将の責任であり、防衛戦を戦った将兵には何ら罪はなく寛大な処置を乞う、と陳情したという。ミュッケンベルガー元帥はこれを是とした。

 臨時に命ぜられた移送班長の大尉が伯に状況報告を行っている。
「要塞守備兵の移送、予定より遅れています。申し訳ございません」
「ふむ…重傷者の搬送にでも手間取っているのか?」
ヒルデスハイム伯の手には赤く満たされたワイングラスがあった。サイドテーブルにはチーズとザワークラウトが置かれている。
「いえ、軍人および軍属の移送は順調なのですが、軍の委託業者の一部の者達が要塞内の現地資産を運び出せない事に腹を立てておりまして…」
「何だと」
「その、まことに申し上げにくいのですが当人達はブラウンシュヴァイク公御用達の業者、と申しておりまして、難を恐れて兵達も中々手が出せない様で」
「…私の名前を使ってよい。本当に公の御用達なら私の名前がどんな意味を持つか判る筈だ」
移送班長は恐縮そうに艦橋を出て行った。

 参謀長は叛乱軍は素速く、辛辣で、容赦がなかった。要塞内部に侵入した敵は装甲兵だけではなかった。戦闘艇射出口を使って侵入してきた彼等は、内部に橋頭堡を確保すると、装甲車まで投入してきた。射出口の中は単座戦闘艇(ワルキューレ)の整備スペースや格納スペースがあるし、元々要塞自体が巨大なのだから、装甲車を持ち込んでも充分使用出来るのだ。侵入した敵を撃退する白兵要員多くはない。イゼルローン要塞内には軍民合わせて二百万人近い人間がいるが、軍人のほとんどは軍属で、それも要塞の機能維持、保守点検の為の技術者が半数以上を占めていた。残りは純粋な軍人と民間人だが、その軍人も宇宙港の要員、要塞主砲や要塞の兵装のオペレータがほとんどで、白兵要員は一個装甲擲弾兵連隊があるだけだった。その上その擲弾兵連隊も編成上の存在で、内実は一個大隊強の兵力しか存在しなかった。そもそも帝国軍自体が、要塞への直接的な敵の侵入を想定していないのだからある意味仕方のないことだったが、実際にその状況が起こると目も当てられなかった。防御上の地の利は要塞守備隊側だとしても、戦力差と装備の差で劣り、守備兵の誇りであった要塞主砲が破壊された、という事実、そして直接侵入されたという複数の悪条件ではまともに戦えるはずもなかった。更に要塞主砲を破壊した事で外の艦隊戦でも有利に戦える様になった叛乱軍は、要塞司令部ではなく要塞内部中央に鎮座する中央核融合炉の占拠を目指した。そしてそこを占拠し、連絡通路の安全を確保した時点で我々に一時停戦を申し込んできたのだ。

 「叛乱軍も無駄飯を食わせる余裕は無いのでしょう…これは、申し訳ありません、ご相伴にあずかります」
伯は従卒を呼び、俺と参謀長、そして報告にきていたキルヒアイスにもワインを注がせた。従卒が去ると、再び喋り始めた。
「来た、見た、勝った、か。先地球時代の英雄の言葉だそうだ。まるで今日の叛徒共の為に用意された台詞の様ではないか」
「ローマのカエサルの言葉ですね…はい、正にその様に聞こえます」
「中佐は詳しいな。…帝室の藩屏が聞いて呆れる…要塞を救えず、更にその要塞は敵の手に渡った。かくなる上は、自らを裁く必要がありそうだ」
「何をお考えですか?お止めください」
中佐の眼には強い制止の火が灯されている。中佐の視線を受け止める伯の眼光は柔らかかったが、その眸には中佐に負けずとも劣らない強い意志が感じられた。
「私は弱い男だ、自らで自らを裁くなど空恐ろしい事だが、責任を取らねばブラウンンシュヴァイク一門の名を汚すのでな」
僅かに震えている伯がそこまで言った時、オーディンからの通信があります、共有回線の様です、と通信オペレータの報告が上がって来た。
「大スクリーンではなく司令部に回せ」
参謀長はそうオペレータに伝えると、遮音力場を作動させた。映像が映り出す。要塞指揮官クライスト大将、駐留艦隊司令官ヴァルテンベルグ大将がそれぞれ映し出されていた。そして最後に映し出されたのは宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガー元帥…だけではなく軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部長シュタインホフ元帥の姿もあった…要塞を落とされたのだ、帝国軍三長官の肝も氷点下まで冷えているだろう…。

”クライスト、済まぬ。我等がまともに増援を繰り出しておけば、”

”お顔をお上げ下さい長官、ヒルデスハイム伯を援軍に頂きながら叛乱軍を覆滅せしめ得なかったのは小官とヴァルテンベルグ両名の罪でございます“

「援軍として防衛戦に参加しながら、何も成し得ず…指揮官としてもブラウンンシュヴァイク一門としても恥ずかしい限りでございます」


”卿等が無事なだけでもよしすべきであろう。卿等まで失っては帝国は人材の上でも重大な損失だ…イゼルローン要塞失陥の報を受け、我等三人は陛下に職を辞する事を願い出た”


”何ですと!?”


”まあ最後まで聞け…願い出たが果たされなかった。要塞失陥の今、復仇戦の指揮を執れる者が他にいない、引き続き軍の指揮は三人に任す、と陛下は仰せられた。国務尚書リヒテンラーデ候も同意見、という事だった。我らの留任が認められたのは他にも理由がある。昨日、フェザーンの高等弁務官府から情報がもたらされた。まもなくイゼルローン回廊に叛乱軍の第二陣が襲来するそうだ。兵力は八個艦隊という事だ”

八個艦隊…元帥の口から発せられた八個艦隊という言葉が意味するものは明白だった。叛乱軍は帝国本土侵攻を考えている。

”来襲の時期からみてイゼルローン攻略と連動していると考えていいだろう。フェザーンの黒狐…自治領主(ルビンスキー)は叛乱軍の情報遮断が巧妙で分析に手間取り通報が遅れた、と高等弁務官府に弁明したそうだ…本当かどうかは分からんがな”

元帥がそこまで口にした時、ヴァルテンベルグ大将の映像回線が突如として切断された…しばらく間を置いて映像が回復したが、映っていたのは副司令官のギースラー少将だった。

”イゼルローン要塞駐留艦隊副司令官、ギースラー少将であります。報告致します、ヴァルテンベルグ大将が自裁なされました…敗戦の責任を感じておいででした、残念です”
映像に映るギースラー少将の顔面は蒼白に引き攣っていた。ヴァルテンベルグ大将の自裁…今となっては責めるべくもないが、駐留艦隊がもう少し能動的に動いていれば状況は違うものになっていた筈だ。それをさせなかった叛乱軍が一枚も二枚も上手だったという事だが…。最前線で艦隊運用を任されていたのだ能力も自負も有った筈だ。だからこそ責任を感じていたのだろう、自決は唐突だったに違いない…。

”卿等まで失っては、と今伝えたばかりだったが…遺書等があればそのままにせよ。ギースラー少将、別命あるまで艦隊を掌握せよ…再度皆に申し置くぞ。短慮は慎むように”

 ”はっ”

”現在、イゼルローン奪還の為の部隊編成を急がせている。叛乱軍の目的は判らないが帝国本土に押し寄せる事は間違いない。不本意だが叛乱軍が停戦を要求してきた事は不幸中の幸いだった。卿等は時間を稼ぐのだ、いいな。以上だ”


映像通信が終わると、キルヒアイスが伯へ通信文を差し出した。
「…自らを裁くのは後回しになってしまった様だ。これを見たまえ参謀長」
伯は手渡された通信文を参謀長に回した。参謀長は俺にも見る様に促している。
「駐留艦隊の残兵を収容しこれを統率せよ。発、宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー。宛、エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム伯爵中将殿」
間を置かず映像通信が入る。駐留艦隊のギースラー少将だった

”閣下。駐留艦隊の残存兵力、七千二百六十隻。再編成中ですので被害報告は後程再度報告致します…よろしくお願いいたします”

「うむ。急な話で大変だろうがよろしく頼む。急がずともよい、休養と再編成を並行して進めたまえ」


”はっ”





宇宙暦792年11月28日12:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞管制宙域、自由惑星同盟軍、
総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、ヤマト・ウィンチェスター
 
 眼前のイゼルローン要塞からは、要塞駐留艦隊に移送中の連絡艇(シャトル)の列が連なっている。
要塞に駐留する人員だけでも二百万人はいた筈だ。俺達が宇宙港を破壊してしまった為に、移送作業は遅延を極めていた。そのせいでギャバン准将やキャゼルヌさんは大わらわだ。作戦の為とはいえ誤算だった…。後続の八個艦隊は大規模な補給部隊を随伴しているからこの件で困る事は無いものの、問題はイゼルローン攻略組だ。要塞機能を回復後、現地で補修、補給、休養を済ませる事になっているから、要塞宇宙港が使えないのは痛い。原作やアニメで見る限り、三万隻くらいの収容能力はある筈だった。現金なものだ、お陰で宇宙艦隊司令部を遠回しに非難する声が多い。だけどね、負けていたらそんな事言ってる暇はないんだぞ…ん?総参謀長が手招きしている。
「何かありましたか?」
「帝国の艦隊司令官が会見を求めているんだ。まあ今後の事だと思うが…貴官にやって貰いたい、と長官代理は仰っておられる」
「小官がですか?」
「無論、長官代理や私も同席するが、直接のやり取りは君に行って貰いたいとの事だ。君は以前にも、EFSFで似た様な経験があった筈だから適任だ、と長官代理が仰っていたよ」
「はあ」
「気が進まないかね?」
「いえ、やります。その帝国軍の艦隊司令官は何という方でしょう?」
「えーと…ああ、ヒルデスハイム伯爵中将という帝国軍人だ。伯爵中将となっているから、貴族のようだな」
「ヒルデスハイム伯爵中将…会見予定時刻は何時でしょうか」
「一五〇〇時に接舷、一五三〇時に開始だ」
「場所は」
「作戦会議室だ。広いから、相手との距離もとれるしな」
「了解いたしました…あのう、会場のセッティングは小官が行ってもよろしいですか」
「構わんよ。では頼む」

 ヒルデスハイム伯爵中将?あのヒルデスハイム伯か?
もしそうなら、帝国軍も大変だな。この時期ってそんなに人材不足だったのか??…リップシュタット戦役の時の間抜けなイメージしかない…まああれはどちらかというとシュターデンのせいなんだが…。それはともかく、相手は大貴族だ、敗者として扱ったら、冷静に話せる物も話せなくなってしまうだろう。それに相手は大貴族だ、丁重に扱わないと額に角を立てて狡猾な共和主義者め、とか言われそうだ。
…キャゼルヌさんとヤンさんにも手伝って貰おう。うん、そうだよ、俺を使おうなんて言いだしっぺはシトレ親父なんだから、副官の二人には手伝う義務がある筈だ…。


 …うん、これでいい。
やっぱ総旗艦だよな、ちゃんと赤絨毯とか積んでる。接舷ハッチ前の通路、作戦会議室に向かう通路…と。ああ、会議室の中もだ。会議室のドア前はどうするか…やっぱ完全武装の装甲儀仗兵だよな。うん、絵面がいいね!中にも二人立たせて…応接セットは長官公室から運ばせて…もてなすお茶はの支度ヤンさんにやって貰って、ウェイター、いやウェイトレスの方が場が和むだろう、シモン大尉に任せよう。多分随員も居るよな…面倒だ、一緒に入って貰おう……よし、これでいい、っと。
「お前さん、意外と気を回すんだな。赤絨毯は解るが、皆に礼服を着ろとはね」
「相手は降伏した訳ではないですからね。ですが向こう側から会見を望んだとなれば、一応此方の立場も理解してくれている、という事ですから」
「立場?」
「我々は叛乱軍ですよ」
「…ああ、そうだったな。我々は叛乱をしているんだったな、そういえば」
「はい。それにこれからはこういった事が増えるでしょうから、最初が肝心です」
「なるほどね…おいヤン、頷いてばかりいないでお前さんも少しは見習え」
「見習えと言われましても…ウィンチェスター、これからは、という事はやはり帝国本土に攻め込むという方針は変わらないのかい?長官代理が作戦を認めているのだから、私ごときが口を挟むのはアレなんだが…」
「…多少苦しくても小官は攻めた方がいいと思っています。優勢、劣勢どちらに転んでも攻める側にたった方が選択肢は増えますからね。それに…」
「それに…何だい?」
「いえ…あ、帝国軍の司令官がまもなく到着ですよ。この話はまた後にしましょう」

 
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