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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第61話 エル=ファシル星域会戦 その5

 
前書き
文章では1年ぶり。絵では3ヶ月ぶりでしょうか。お久しぶりです。

ウマ娘の絵を描いたり、文章を書いたりで結構浮気してすみません。だって、
酒好き不幸体質、運もほどほどなジュニアより、サクラスターオーの方がかわいいじゃありませんか。

でも皆さん、サクラスターオーのウマ娘はいないって、いつもおっしゃるんですよね。
メリーさんもマティさんも、ウチのチームでいつもシチーと笑顔で走ってますよ?
(→もしかしなくてもウイニングポスト9/2021)
 

 
 宇宙歴七八九年 四月二六日 エル=ファシル星域エル=ファシル星系


 これはもう連絡士官の仕事というより、陸戦参謀の仕事ではないだろうか。のんびりと珈琲を飲みながら陸戦参謀達の後ろ姿を眺めていた一〇時間前が、えらく遠く懐かしく感じられる。

 ディディエ少将が協力要請という名で出してきた作戦は、単純に言えば帝国軍の救出作戦を偽装して、都市部に引っ込んでいる帝国軍陸戦部隊を、野戦可能な原野に釣り出し纏めて始末するというモノだ。既に帝国軍の宇宙艦隊が壊滅していることは、地上にいる帝国軍も理解している。衛星軌道上管制センターも奪われ、中継衛星も破壊されたことで、超光速通信も地上施設からの直接送信している状態だ。送信情報量は著しく少なく、受信はまともにできる状態ではない。

 いわばエル=ファシルの地上にいる帝国軍は目と耳を失ったほぼ孤立状態。情報戦を仕掛けるには十分な条件が揃っているが、逆に言えば中途半端な作戦では容易に見抜かれる。見抜かれたら以降の行動は力押しが主体となり、犠牲も損害も大きくなる。

 そして帝国軍をだます為には宇宙艦隊の協力が必要となる。通信では傍受の恐れがあるので、俺はジャワフ少佐を連れて直接旗艦エル・トレメンドに戻り、少佐も交えて司令部に地上軍の意向を説明する。

「すっかり地上軍の水になれたようじゃな、ジュニア。ん?」

 傍にジャワフ少佐がいるというのに、皮肉たっぷりに爺様は俺に水を向けてくる。このエル=ファシル攻略部隊においては今のところセクション対立は起こっていないが、地上戦においてほぼ優位を確保しつつあることを宇宙艦隊側は十分認識しているし、それを承知の上で協力要請してくる地上軍司令部には爺様も皮肉の一つも言いたくなるのだろう。

 まぁジャワフ少佐ではなく俺に向けて言っているということは、『協力することはやぶさかではないが、それなりの結果は求めるし、宇宙軍が犠牲を払うような作戦なら宇宙軍が指揮をとるぞ』と言外に地上軍側へ伝えるよう俺とジャワフ少佐に言い含めているわけだ。爺様は単なる短気直情な皮肉屋軍人ではない。

「詳細については貴官らに詰めてもらうが、具体的にはどれだけの規模の兵力を必要とするのかね?」
 宇宙艦隊の姿勢をジャワフ少佐に伝達したと認識したモンシャルマン参謀長は、軽く空咳を入れた後で俺に問いかけた。
「残念ながら戦場整理はまだ終わっていない。会戦が終わってまだ三六時間だ。動かせる戦力はさほど多くないと思ってほしい」
「小官としたしましては宇宙艦隊の全兵力を動員したいのですが」
「……どうしてもかね?」
「どうしてもです」
「……司令官閣下、いかがでしょうか?」

 真正面からぶつかった俺とモンシャルマン参謀長の視線は、先に参謀長の方から外され、爺様に向けられる。その視線に気が付いた爺様は黙って目を瞑ると腕を組んだまま椅子の背を大きく揺らした。
 これは爺様の長考の兆しだ。心の中では結論は出ているが、それに対するリスクを計算している。ジャワフ少佐を加えた第四四高速機動集団司令部が、じっと爺様の口が開くのを待つこと約三分。どんぐりのような爺様の目が音を立てたかように見開いた。

「ジュニア」
「ハッ」
「儂はタダで仕事をするつもりはないぞ」
「星系防衛戦闘の実地演習として最適の舞台であると考えます」
「何隻必要じゃ?」
「大気圏降下が可能なレベルの帝国巡航艦を三〇隻。残存する自力航行可能な戦闘艦艇は全て自動操縦状態にして頂きたく存じます」
 俺の答えに爺様は無言で視線を動かすと、眉間に皺を寄せ渋い顔のカステル中佐が応える。
「……帝国軍約四万人の命がかかってますからな。演習経費はともかく、キベロンまで引っ張っていく船の数が減るなら補給部としては結構なことです」
 それに応えるように爺様は、今度は視線を反対側に動かす。その先には人の悪い苦笑を浮かべたモンティージャ中佐がいる。
「ボロディン少佐の敵味方を超えた人道的な優しさに、小官は感動を堪えきれません。四〇隻分の帝国語に堪能な乗組員の編成一切は小官にお任せを」
 そして爺様は俺の横に立つジャワフ少佐に、鋭い視線を向けて言った。
「ジャワフ少佐、そういうことじゃ。貴官にも存分に働いてもらいたい」
「ありがとうございます。陸戦司令部総員に代わり、御礼申し上げます」
「ジュニア」
「ハッ」
「儂らに襲い掛かってくる不逞な『帝国軍救援部隊』の先任指揮官は誰が良い?」

 拿捕し手元にあって動かせる帝国軍艦艇は三〇〇隻に満たない。帝国軍がエル・ファシルの地上部隊を救助すると見せかけるためには、それなりの戦力を動員するように見せなくてはいけないが、単純に数が足りない。演習における『敵役』として惑星エル・ファシルの識別探知内で行動できるだけの戦力、その指揮官には爺様に匹敵するであろう戦術能力のある指揮官が必要だ。それができるのは……

「第三四九独立機動部隊のネイサン=アップルトン准将閣下にお願いいたしたく存じます」





「つまり私は帝国軍の救出部隊指揮官として、実働の帝国艦隊を送り込むに際して味方と砲火を交えるふりをしろ、ということかね?」

 戦艦「カンバーランド」の司令艦橋で、未熟でありつつも突き抜けた見解を述べる学生に、面白いことを言うなぁ~と感心半分呆れ半分といった教授の表情で、アップルトン准将は再度確かめるように俺に言った。

「そこまで帝国軍に寛大である必要はないと私は思う。降伏勧告後に極低周波ミサイルの三ダースばかり地表に撃ち込めばすっきり解決すると思うが、ボロディン少佐。どうだろうか?」

 面倒くさいというわけではなく、ちゃんと根拠立てて陸戦のお手伝いをすることに不満の意思を隠さない第三四九独立機動部隊の参謀達を納得させろということだろう。アムリッツアで僅かに画面に映った淡い栗毛色の髪をした先任参謀……まだ髭は生えていないフルマー中佐はどうやら陸戦士官に含みがあるのか、鉄面皮で口を開くことなく眼球だけでジャワフ少佐を睨んでいる。だが何とか納得してもらう為にも、舌下の徒になるしかない。俺は空咳をしてから、アップルトン准将に言った。

「エル・ファシル星系は失われて既に一〇ヶ月になります」
「無論、承知している」
「エル・ファシル星系の総所得は統計のある昨年度で三〇四四億ディナールになります」

 金の問題ではない、とは流石にここにいる誰も言わない。もしアップルトン准将の言うように極低周波ミサイルを撃ち込めば、帝国軍は掃滅できるかもしれないが同時に残されるインフラ設備も失う。復興させるためにもただでさえ厳しい国家予算からやり繰りしなければならない。その程度の計算ができない参謀など、この世界のどこにもいない。

 もしインフラ設備がそれなりの状態で保持できるのであれば、ハイネセンに避難しているエル・ファシルの住人が戻れば直ぐにでも経済活動が再開できる。それにより税収が上がる。〇から一を作るより、一から三を作る方がはるかに楽なのはいつの世も変わらない。

「……既に我々は制宙権を確保している。地上戦も腰を据えて行えばいいのではないか?」

 地上戦部隊が宇宙艦隊を使って楽をしようとしているのは気に食わない、というフルマー中佐の裏言葉を俺は十分すぎるほど理解できる。危ない橋をなんで宇宙艦隊だけが渡らねばならないのか。地上軍も相応に仕事を果たせというわけだ。だが、それに俺は同意できない。

「地上軍将兵とて人間です」
「……当然だ」
「戦闘すれば犠牲者は出ます」
「それは……貴官の言う通りだが」
「戦闘しなければ死なずにすみます」
「……ボロディン少佐は、平和主義者なのかね?」

 軽い嫌味のつもりでフルマー中佐は言ったのだろう。階級が高い故に口を滑らしたのかもしれない。だが許容範囲以上の仕事を押し付けられている俺の血圧を上げるには十分な挑発だ。一〇秒ほど目を閉じてから、俺は中佐の眼を、湿度を充分に含めてから睨みつけて言った。

「勿論平和主義者です。ついでに申し上げれば人道主義者でもあり、それを誇りとしております」
「な!?」
「君の負けだよ、フルマー中佐。相手が悪かったな」

 喧嘩腰になりそうなフルマー中佐をあっさりと一言でアップルトン准将は抑えると、准将は口だけの笑みを浮かべて俺に言った。

「エル・ファシルに巣食う帝国軍人すら救おうというのだから、君のお人好しさにはほとほと頭が下がるよ」
「恐縮です」
「では君の作戦案の詳細を提示してもらおう。詰めるところは多くありそうだからね」

 まだまだ無精髭といったレベルの顎を撫でながら、未来の第八艦隊司令官はそう言うのだった。





 四月二八日二二〇〇時。ネイサン=アップルトン准将率いる第三四九独立機動部隊五九八隻(内戦闘艦艇 五四八隻)は、本隊と離れて一時的に星系外縁部へと離脱を開始した。これに加え第四四高速機動集団より分派した第八七〇九哨戒隊二〇隻、および拿捕した帝国軍艦艇の内で一応の運航が可能な三〇九隻が、艦隊より選抜された帝国語の堪能な搭乗員と共に同行する。地上軍からも所属する全ての白兵戦部隊(二個大隊)が派遣され、この時点を持って俺の連絡将校としての任務は一時的に解消された。

 また同時にセリオ=メンディエタ准将率いる第五四四独立機動部隊のうち三〇三隻が、損傷艦艇三〇八隻および捕虜となった帝国艦隊の乗組員を連れて、後方エルゴン星域ウォフマナフ前進基地へ向かうこととなる。同行艦が多いのは運行要員をこの作戦に搾り取られた為、第五四四独立機動部隊は十全な戦闘運用ができなくなってしまったからだ。所属する残りの二〇〇隻には僚艦から兵員を充足し、第四四高速機動集団の第四部隊として運用される。メンディエタ准将は先程の艦隊戦で残念ながら僅差で損害率がビリだったので、残念ながらババを引いた形だ。

 現時点におけるエル・ファシル星系に駐留する同盟軍『防衛』戦力は

 第四四高速機動集団  アレクサンドル=ビュコック少将 以下 二四七〇隻(内戦闘艦艇二二〇八隻)
 第三五一独立機動部隊 クレート=モリエート准将    以下  六〇一隻(内戦闘艦艇 五七七隻)
 第四〇九広域巡察部隊 ルーシャン=ダウンズ准将    以下  五一一隻(内戦闘艦艇 四九九隻)

 となる。

 また地上軍は一部の偵察隊を惑星エル・ファシルに降下するにとどめ、戦力の大半を軌道上と軌道航法センターにのこすこととした。


 翌二九日〇六〇〇時。作戦『エル・ファシルの霧』は司令官アレクサンドル=ビュコックによって発動された。


 
 

 
後書き
2022.05.05 投稿 
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