DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
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王者の焦り
前書き
時間が取れないと一気にモチベーション下がるのが私の悪い癖。
マウンドから外野手用の大きなグローブを受け取りレフトの守備へと向かう後藤さん。マウンドに上がった佐藤さんはマウンドの感触を確かめるように丁寧に投球練習を行っている。
「あのフォークを振らせられなかったのが大きかったな」
「あれで決めきれれば、理沙が降りることはなかったさ」
莉子さんと陽香さんの言う通りではある。ただ、それだけに少し引っ掛かるところがある。
「どうしたの?莉愛」
「なんで栗原さんはあのフォークを見逃せたのかなって」
高さもコースも変化のキレも申し分なかっただけにどうしても解せない。なぜ栗原さんはバットを止めることができ、次の甘い球へと繋げることができたのか。
「手が出なかっただけだったりして」
「もしくは配球を読んでいたのかもしれないな」
意地悪く笑う紗枝とあくまで冷静な考え方の瑞姫。しかしこれで東英は二枚看板のもう一人を早々に出してしまったことになる。もし佐藤さんも捕まったら本当に……
キンッ
その予感は的中した。1アウト一、二塁の状況からマウンドに上がった佐藤さん。彼女の投球は外角へのスライダーだったが、それをライト前へと運ばれる。その当たりで二塁ランナーがホームへ生還、一塁ランナーもバックホームの間に三塁を陥れていた。
「緊急登板の初球を狙われたな」
「不用意に入りすぎですよ、今のは」
マウンドに上がったピッチャーは最初のアウトがどうしても欲しい。そうなるとストライクを先行させようとするのだが、それを狙われたように見えた。
マウンドに戻る佐藤さんに声をかけながらボールを渡す大河原さん。打たれた少女はあまり気にしていないのか、表情がほとんど変わることがない。
(ここからどうやって立て直すのかな?なんとかしないと本当に番狂わせが起きかねない)
何でもできそうな場面で初球は外に逃げていくスライダー。これは外れて1ボール。次のボールもスライダー。今度は外角に入れて1ボール1ストライク。
(スライダーを二球続けた。でもストレートを投げたら狙い打ちされそう……)
第三者side
ランナーの動き……相手の指揮官の動向……打者の構えから感じられる雰囲気……球場中のあらゆるものを見つめ、感じ取りながら大河原はさらに思考を張り巡らせていく。
(スクイズの気配もダブルスチールの気配もない。ストライクを取りにいっても問題ないだろう)
ストレートのサインを送った大河原。しかし佐藤はそれに対して首を振る。
(狙い球っぽいもんな。ならもう一球スライダーで……)
しかしそれにも首を振るピッチャーを見て眉間にシワを寄せる。しばらく硬直した後、彼女はサインを送り佐藤も頷いてセットポジションに入る。
(スライダー二球からのストレートって話だった。今度は内角ってことだったからレフト前に引っ張る)
ストレートに山を張りタイミングを合わせるバッター。しかし右のサイドハンドから投じられた球種は想定とは違うものだった。
「!?」
山なりの軌道の投球。しかし緩いそのボールなら踏み込みを耐えることができればなんとかできると懸命に堪える。
(よし!!打てる!!)
完全に打つつもりで動いていた彼女は止まることはしなかった。しかし、その山なりのボールはタイミングを外すだけではなかった。
ユラユラと揺れるように落ちてくる緩いボール。打ちに出ていたためにバットを止めることができなかった少女の打球はショートへの緩いゴロとなる。
「希!!」
「ほいほい」
大山が素早い球出しでセカンドへ送球。笠井も早い握り替えで一塁へ送球。ダブルプレーを成立させた。
莉愛side
「え?今の球なんですか?」
見たことない球種に思わずそんな声が出てしまった。春の大会ではストレートとスライダーしか投げていなかったはずだけど、あんな軌道の球種なんて記憶にない。
「瞳の話だと、あれはチェンジアップらしい」
「え?チェンジアップじゃなくないですか?」
ストレートとのスピード差でタイミングを外すチェンジアップ。しかしチェンジアップはもっと変化が小さく手元を離れた瞬間はストレートと勘違いしてスイングをしてしまう球種。今のボールは投げた瞬間からストレートと違うのが丸分かりだった。
「チェンジアップはタイミングさえ外せればどんな握りでもいいからな」
「自分の投げやすい握りにした結果あの変化なんだろう」
言われてみれば一概にチェンジアップといっても変化の仕方は人それぞれ。ただスピードを抑えたボールもあればショート気味に落ちてくるものもある。佐藤さんのもその派生と考えればいいのかも。
「でもこの回2点入りましたよ」
「そろそろ打ってもらわないとヤバいよ」
ピンチを脱したとはいえ東英は既に0対4。そろそろ打たなければ本当に大変なことになりかねない。
「もう少し見ていたいが、そろそろ行くか」
「えぇ!?そんなぁ!?」
「仕方ないだろ、私たちにも試合があるんだから」
立ち上がった陽香さんの言葉に優愛ちゃん先輩が反論しようと声を上げるがもう既に三回を終わっている試合。残り半分となればもう準備に入らなければならない。
「陽香、あんたは試合見てなよ」
「え?でも……」
「陽香じゃ一緒に走りかねないからね」
「うっ……」
足を捻挫しているため動くことが禁じられている。そのためこの場に留まることを進められていた。
「楓、陽香が動かないように見張っててくれ」
「わかりました」
今大会はベンチから外れてしまった楓さんと他のベンチ外の皆さんに預けられ不貞腐れている陽香さんを置いてスタンドを後にする。
(どんな試合をするのか見ておきたかったな)
第三者side
ベンチ前で円陣を組んでいる東英学園。その全員の視線を浴びている青年は選手たちの表情を確認した後、ニヤリと笑みを浮かべる。
「まだまだ諦めてないようで安心した。そろそろ俺たちのターンだもんな?」
その問いかけに全員が笑みを見せる少女たち。それを受け町田は指示を出した。
「狙い球はスライダー。ストレートは追い込まれるまで忘振らなくていい。焦って前に突っ込みすぎだからな、変化球をしっかり待って打てよ」
「「「「「はい!!」」」」」
新たな指示を受け打席へと向かう大山。少女たちも試合を見ようとベンチに入る中、彼に後藤が呼び止められる。
(終盤で理沙を戻すことを考えてのことだろうな。うちのエースなんだからこのままやられっぱなしじゃ終われないだろうし)
既にバッティンググローブをはめて準備を進めている大河原。他の選手たちもいつ回ってきてもいいように全員が思い思いの準備をしている。
(気合い十分って感じだね。でもこのまま逃げ切らせてもらうよ)
マスクを被る西が対戦相手の目の色が変わっていることにいち早く気が付いた。しかしそれでも彼女たちは大きなリードを持っているため慌てる必要はない。
(まずはこれから……)
初球はストレートを外角へと決めて1ストライク。次のボールもストレートだったが力が入ったのか高めに外れてボールとなる。
(ストレート二つ……)
狙い球が来ないことに焦りを覚えた大山。それを見透かしたかのように三球目にスライダーが飛び込んでくる。
(キタッ!!)
待ちわびたボールにスイングした大山だったがバットから快音は響かなかった。コースも高さもボール球だったために芯で捉えることができずに打球はセカンドへの平凡なゴロへと終わる。
「ボールだったね」
「気持ちが焦っちゃった」
コーチャーとそんな言葉を交わしてベンチへと戻っていく大山。その姿を見て笠井は頭の中で整理していた。
(マッチーは私たちの身体が突っ込んでるから変化球狙いにしろって言ってなら……チェンジアップを狙うのはあり?)
スライダーもチェンジアップも球速には大差がない。監督の狙いがあるならそれによって対応できる球種に合わせるのはありだと彼女は考えた。
その初球、彼女の思考を読み取ったかのようにチェンジアップが飛び込んでくる。
(溜めて溜めて……)
キンッ
じっくりと待つことができた彼女はチェンジアップを流し打つ。会心の当たりだったもののサード正面へのライナー。敢えなく2アウトになってしまう。
「惜しかったですね」
「マッチーに怒られるかなぁ?」
「のんちゃんが怒られるのはいつものことじゃないですか」
「むー」
笑いながら打席に向かう鎌倉。笠井は頬を膨らませていたが町田に呼ばれて慌てて向かう。
「甘いボールだったか?」
「そう見えたんだけどねぇ」
「狙いは悪くなかったよ。もうちょい打球を上げれればよかったな」
それだけ言って次の準備へと彼女を向かわせる。町田は腕を組んで打席の少女を見つめていた。
(優樹菜も希も待つ意識をもって動いてくれた。だが相手の配球がうますぎる。まるで手のひらの上で踊らされているような感じだ)
地力は自分たちの方が上なのはわかっている。それなのに試合を支配されている感覚に気味悪さを感じていた。
(望美と瞳になんとかしてもらうしかない。そろそろランナーが出ないことには点数なんて奪えない)
ここからはクリンナップ。いい打者が続くだけに彼女たちがなんとかしてくれれば流れを引き戻すことは容易い。
カキーンッ
その事をわかっているからか鎌倉は甘く入ったスライダーを見逃さずにセンター前へと弾き返した。待ち望んでいたヒットが生まれたことに東英ベンチは沸き上がっている。
「まずは1点……奪いに行くか」
数回素振りを行い打席へと入る大河原。彼女は野手の位置を確認してからサインを確認する。
(外野は深め……セオリー通りではあるけど、これなら内野の間を抜ければ望美は三塁までいけるな)
町田もそれを理解しているからかサインは出ていない。ランナーを動かさずともヒットが出ればチャンスが大きく広がるのだから。
初球は外に逃げていくスライダー。これは見極めて1ボール。
(ランナーは溜めたくないだろうし次はストライクだろう)
ボール先行は避けたいだろうと次のボールを待つ。しかしここで力が入ったのか、ストレートがワンバウンドしてしまう。一塁ランナーの鎌倉は走りかけたが、キャッチャーがボールを止めていたため自重した。
(甘く来たら打つ。際どいのは見送ろう)
ボール先行なら打者が有利。心理的な余裕が生まれた大河原に対し投じられたのは真ん中高めへのストレート。
(もらった!!)
カキーンッ
快音を響かせ宙を舞う打球。大きな弧を描いたその打球はぐんぐん伸びていき……
「オッケー!!」
フェンス間際まで下がっていたレフトのグローブへと吸い込まれる。
「あいつ……外野下がってたの忘れてやがったな」
早く得点を上げたい焦りから生まれた当たり。それに指揮官はタメ息を漏らし、打った少女は奥歯を噛み締めていた。
後書き
いかがだったでしょうか。
次くらいからもっと加速させたい今日この頃。
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