漁師とイフリート
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第一章
漁師とイフリート
イスラムの古い話である。
ある貧しい漁師、ハーシムという若い男がカスピ海の中で網を使って漁をしている時にだった。彼は共に漁をしている弟のクサムに言われた。見れば二人共日に焼けた肌で黒い髪と目である。大柄で体格もいいが身なりは貧しい。兄は面長で弟の目は丸い。
「兄貴、網に壺がかかってるぞ」
「魚じゃないのか」
「魚じゃなくてな」
それでというのだ。
「今かかってるのはな」
「確かに壺だな」
「この壺真鍮だな」
クサムはその壺を見て言った。
「これは」
「金や銀だと売れるのにな」
「まあそれを言ってもな」
「仕方ないな」
「ああ、だからな」
「それにがっかりしないでか」
「それでな」
そのうえでというのだ。
「まずはこの壺取ろう」
「そうするか」
「それでちょっと調べよう」
「それじゃあな」
兄弟で話して網を岸辺にあげて壺を取った、見れば結構なものでこれは売れるなと二人共思ったが。
印があった、その印は。
「これスレイマーンの印だな」
「そうだな」
「あの偉大な王様の印か」
「じゃあ何か凄いものが封じられてるな」
印がある鉛の封を見て話した。
「それじゃあまずはな」
「この封を取るか」
「そうするか」
「さあ、中に何がある」
「スレイマーンはきっと凄いお宝を封じてあるぞ」
兄弟で期待して話してだった。
そうして開けるとだった、すぐに。
煙から一条の煙が出て燃え盛る身体を持つ逞しい男が出て来た。
「アッラーをおいて他に神はなし!」
「こいつはィフリートか」
「そうだな」
兄弟はその燃え盛るターバンと髭だらけの顔で足から下は煙の様に壺から出たままの彼を見て言った。
「間違いないな」
「スレイマーンはこいつを封じていたか」
「そうだな」
「スレイマーンはアッラーの預言者なり!」
イフリートはさらに叫んだ。
「ですからどうかここから出して下さい!」
「いや、今出したぞ」
「わし等がな」
兄弟でそのイフリートに答えた。
「というかスレイマーンっていってもな」
「かれこれ千八百年も前の人だな」
「もう死んでるぞ」
「立ったまま死んでいたぞ」
「素晴らしい死に様だったな」
「まさに偉大なる王、偉大なる預言者だった」
「何っ、そうなのか」
イフリートは二人の言葉に顔を向けた。
「死んだのか」
「人間は千八百年も生きられないからな」
「とてもな」
「もうすぐに死んでな」
「アッラーの御前に行く」
「そうだったな、ではわしはお前達に出してくれた礼をしよう」
イフリートは二人に対してこう返した。
「サクル=エル=ジンニーの名にかけてな」
「それがあんたの名前か」
「また立派な名前だな」
「イフリートの権門の一つジンニー家の者である、そしてその名にかけてお前達に死に様を選ばせてやろう」
「何っ、死に様!?」
「そんな話はわし等が爺になってから言え」
二人はサクルの言葉に仰天して返した。
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