DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
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後輩のミスは……
真田side
「OKOK。1点なら気にすることないからな」
みんな分かっていることではあるがそう最初に声をかけておく。ランナー三塁のタイミングで前進守備を行わなかったことからそれは全員わかっているため、焦っている様子の選手はいない。一人を除いてだが。
「山口はあと投げて二回だからな。狙い球は投球数の多いストレートとスライダー。こいつが来たら強振していいぞ」
「「「「「はい!!」」」」」
それだけ言って解散する。まだ回も浅いし何よりうちの打線は好調だ。何も慌てて攻め方を変える必要はない。
「澪、曜子、いつでも行けるように準備しておいてくれ」
「「はい!!」」
この試合は恐らく3、4点の争いになる。うちも翼星も守備力は高いがそれを破れる攻めは十分に持っている。この1点で試合が決することはない。
向こうにはいいピッチャーが二人控えてる。だがこっちには打撃の得意な澪と恵、守備がうまい曜子と美穂がいる。莉愛と紗枝は長打力がない分こいつらをうまく使って得点を奪っていかなければならない。
(特に莉愛がこの失点を気にしてる。もし引きずるようなら早めの交代も考えておかねぇと……)
先程から浮かない顔をしている莉愛。このくらいの失点は許容範囲であることは彼女もわかっているはずだが、最初のミスが気になっているのだろう、顔色が優れない。
(でもこのチームにこいつの力は必要だ。タイミングを見誤りなよ、俺)
緊迫感がなかった今までの試合とは違う。ここからの試合は選手の交代も鍵になってくる。今いるメンバーをベストに使っていくことに重きを置かなければならないと気を引き締めた。
第三者side
「翼星が先取点なんて意外だね!!」
「岡田が自分の強みを生かしたね」
試合を観戦している東英の面々は初回の攻防を終えた感想を語り合っていた。その中で不機嫌そうにしている人物が一人。
「どうしたの?瞳」
キャプテンである大河原が口を真一文字に塞いでおりそれに気が付いた大山が声をかける。それに対し彼女は一つ息をついてから話し始めた。
「翼星の狙いはあのキャッチャーだろうな」
「あぁ、一年生の?」
そうだ、と頷いた彼女はそのまま話を続ける。
「岡田はあいつを狙ってバントと盗塁をしてきた。あいつの足は頭に入ってたはずなのにバント処理で慌ててランナーの位置を把握できていなかった。盗塁の時も牽制を最初から入れておけばよかったものの投球を優先させた。そんなことも出来ないようなら莉子をキャッチャーに置いて置いた方がまだいい」
同じキャッチャーだから厳しいところまで見えてしまうのかそんな感想を漏らす。言われてみればと他の少女たちも納得していたが、まだ一年生だからと彼女ほど厳しい意見は出てこなかった。
(こんなんじゃ陽香と対戦できなくなる。組み合わせが悪いせいで決勝まで来れない可能性もあるぞ)
「女子野球もいいレベルの選手がいるもんだな」
多くの人が集まっているスタンド。そこの出入口付近で壁に背を預けて試合を見ている深紅の髪をした青年。日本人とは異なる容姿をした彼を見て、周囲にいた女子高生たちは盛り上がっていた。
「三回戦までがあれだったからガッカリしてたけど、これなら次の試合は楽しませてもらえそうだ」
スーツに身を包んでいる青年。その頭にある帽子には桜という文字が刻まれている。
「第二シードの日帝大付属ね……せめてこの程度の野球をやってくれなきゃ、興が覚めちまうよ」
そう言った彼はワイシャツのボタンを緩めながらスタンドを後にした。
「ファースト!!速い打球注意!!」
「はい!!」
打席に入った少女を見て指示を出す岡田。彼女は構えに入った葉月を見て配球を考える。
(あの東選手の妹だからな。身体能力はかなり高い。左利きじゃなかったら二遊間を任せられるって噂を聞いたことがある)
女性らしい体つきをしているせいで勘違いされがちだが、葉月は足も速い。優愛と同じく打ちたがりなためセーフティ等の小技は仕掛けてこないが、塁に出すと非常に厄介な存在になる。
(でも東は左打ち。グッチーの方が有利なことは間違いない)
左投げのサイドスローである山口。彼女の投球は左打者からすれば歪な軌道を描くため捉えることがなおさら難しい。ましてや長距離打者である葉月はその特性を生かしにくい。
(本当ならナックルは決め球にしたいけど、グッチーは行っても次の回まで。だったらここは意識をしてもらうために……)
初球からナックルのサインを送る岡田。山口もそれに賛同し、緩やかな軌道を描くそのボールを投じる。
(おぉ!!これがナックル)
初めて見るそのボールをじっと見送る葉月。不規則な軌道を描くそのボールを岡田はしっかりと捕球していた。
「ボール」
(外れたか、仕方ない)
ナックルは魔球と呼ばれるボールであるがゆえにストライクを確実に取るには適していない球種とも考えられる。際どいコースを狙ってしまうと外に逃げていくこともあるため、打者はもちろんだがキャッチャー泣かせのボールでもある。
(でも変化はすごくよかったよ。次はカウントを取りにいこう)
続いて外角へのストレート。これを葉月は踏み込んでいくが、バットは振らずに見送る。
「ストライク!!」
野球はベースの一角を過りさえすればストライクが認められる。それを見れる技量のある審判はなかなかいないが、ストライクゾーンが広い高校野球であれば十分ストライクを取れる。
(これが優愛の言ってたストレートね。確かにすごく遠くに感じる)
同じ左打者である優愛から投球の特徴を聞いていた葉月。彼女はその情報と自身の目で見た認識を照らし合わせる。
(次はシンカーを手元から落としてやる。無様に空振れ)
1点を取っていることでの余裕からなのか、思考が強気な方向へと向かっている岡田。彼女はストライクからボールになるシンカーで空振りを奪おうと画策したが、葉月はこれを始動しかけたスイングを途中で止め、ボールカウントを一つ奪う。
(よく今のが止まるよね。これで2ボール1ストライク。次は……)
一瞬迷ったがすぐに決断を下す少女。四球目に投じられたのは初球と同じナックルだった。
(迷ったらこれって球種があると楽だよね!!)
カーンッ
「「!?」」
このボールを引き付けて捉えた葉月。打球は高いライナー性の当たりになる。これにファーストが飛び付くがその上を越えていきーーー
「ファール!!」
ラインの外で弾んだ。
「あぁ!!惜しい!!」
「いいよ!!葉月!!」
いい当たりだっただけに明宝ベンチの残念そうな声が一際響き渡る。打球が切れたことに安堵した翼星サイドだったが、岡田と山口の表情は変わっていた。
(ナックルを捉えてきた……渡辺といい東といい……本当にいいバッターが揃ってるよね)
前の回の優愛にもナックルを捉えられた。もし二人がこれに狙いを絞っていたのだとしたら、これ以上このボールを続けることはあまりにも危険。
(でも追い込んでいるのはこっち。それにグッチーに初見じゃ打てないボールがもう一つある!!)
岡田が要求したのは背中から入ってくるスラーブ。遅いボールを続けることになるが、視界から消えるほどの大きな変化を持つこの球種を打つことは至難の技。
(入れていいんだよね?)
(もちろん!!多分これは東の狙い球じゃないはずだから)
岡田の中である仮説が出来上がっていた。それはこれまでの打者が手を出してきた球種による統計。
(新田、丹野、水島はストレートとスライダーに手を出してきた。でも渡辺と東はナックルを打ちに来てる。これはあの監督がこの二人だけ違う狙い球を指示しているってこと)
実際はそんなことはなく、優愛と葉月が勝手に指示を無視しているだけなのだが、今回はそれが功を奏した。キャッチャーであるがゆえの深読みが岡田をその思考へと誘っている。
(恐らくこの二人がチームで一、二のバッターであることはみんなわかってる。だからこそグッチーから点を奪うために決め球を狙いに来てるんだ)
狙っていても打てるボールではないが警戒をするに越したことはない。一方葉月は、全く違うことを考えていた。
(莉愛、まだ落ち込んでるじゃん。メンドくさ……)
ベンチに視線を向けると前の回のミスを引きずっているのか、声が出てない少女が妙に気になる。いつもなら気にしないようなことなのに、どうしてもその表情が脳裏に焼き付いて離れない。
(キャッチャーだから?チームを纏めるポジションを任されてるから?だからミスしたらいけない?)
先頭打者に対してのマネジメント不足を気にしているであろう少女のことを考えているうちにも、山口は投球に入り、背中腰からのスラーブを投じる。
(私はそういうの気にしたことないけど……でもーーー)
確実に彼女の視界からそのボールは消えている。それを追い掛けようと体が開いたことでバッテリーは勝利を確信した。
(よし!!決まった!!)
ミットへと向かって曲がってくるボール。高さもほぼ完璧なそれを見て岡田は勝利を確信した。
(そういうのを引っ括めて莉愛がレギュラーになったんだよ!!)
カキーンッ
確実に抑えられると思っていた投球。それなのに打ち上げられた打球は空高く舞い上がり、ライトスタンドへと突き刺さった。
(莉愛がミスすることなんて折り込み済。私たち先輩がそれをフォローすればいいだけなんだから)
ホームランを確信し一歩も動いていなかった葉月はスタンドに入った打球を確認してから、ゆっくりとした足取りでダイヤモンドを駆けていった。
後書き
いかがだったでしょうか?
ミスを気にする莉愛をカバーするための先輩のホームランです。
優愛と葉月がめちゃ強いですがこれは仕方ありません。だって強いんだもん。
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