正之と朱の盆
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第一章
正之と朱の盆
会津の話である、この地の神社である諏訪の宮にはおかしな話があった。
それは朱の盆という妖怪が出るというものだ、この話は会津では知られており社の神主がいないと言っても誰も信じていなかった。
だが神主があまりにも言うので藩主である松平正之かつての姓を保科という彼は神主を会津若松の城に呼んで話を聞いた。
神主は兎角必死にそんな妖怪はいないと言う、だが正之は神主の目が時折動くのを見て彼に対して言った。
「お主実は知っておる」
「そ、それは」
「よい、こうした話は誰もがいないと言うもの」
神主を気遣って述べた。
「だからな」
「それで、ですか」
「隠しておるのはよい」
「そうなのですか」
「うむ、しかしその様な妖怪が出るのならな」
社にとだ、正之はあらためて言った。
「放ってはおけぬ」
「だからですか」
「ここはな」
まさにと言うのだった。
「わしに任せてくれるか」
「妖怪をどうにかしてくれますか」
「うむ、人も獣も妖怪も目を見ればわかる」
「目ですか」
「それでわかるからな」
それ故にというのだ。
「ここはな」
「殿がですか」
「収める、これもまた政じゃ」
妖怪のことを収めることもというのだ。
「だからな」
「それでは」
「うむ、後は任せよ」
正之は微笑んで言った、そうしてだった。
彼は供の者を一人だけ連れて宮の前に夕暮れ時それも夜になろうとする刻に向かった、そこで供の者は正之に問うた。
「殿、あえて妖怪が出るという場にですか」
「こうしてな」
正之は微笑んで答えた。
「来た」
「それは何故でしょうか」
「妖怪のことを収めるには妖怪のいる場所に行かねばならぬ」
正之は宮の前に向かいつつ供の者に述べた、お忍びなので普段以上に質素な身なりである。
「そして妖怪が出るのはこの刻」
「夕暮れ時ですか」
「それも夜に近いな」
「この刻ですか」
「逢魔ヶ刻じゃ」
まさにこの時にというのだ。
「この時こそ妖怪が出る時じゃ」
「それで、ですか」
「この刻に来る様にしたのじゃ」
「そうでありますか」
「うむ、ではな」
「はい、これよりですな」
「妖怪が出たら対するぞ」
こう言って宮の前に来た、すると。
正之は何時の間には供の者が増えていて二人になっているのを見た、最初からいる者は驚いたが正之は笑っていた。
それでだ、その供の者に問うた。
「城から来たか」
「殿がお一人ではと思い」
畏まっていて顔を伏せているその供の者はこう答えた。
「それで手空きでもあったので」
「成程な、実はわしはこれから朱の盆という妖怪に会いに来た」
「朱の盆ですか」
ここでその供の者が応えた。
「それは一体どういった妖怪でしょうか」
「ここに出るというな」
「出るのはここですか」
「何でも顔は一面朱色、目は皿の様に広くざんばらで針の様な髪で耳まで裂けた口にぎざぎざの歯をがちがちと鳴らして」
「そうした顔ですか」
「そう聞く」
「ではその朱の盆とは」
その供の者はここでだった、ゆっくりを顔を上げた。すると。
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