燈無蕎麦
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第四章
「しないことだな」
「わし等は勘定を払ってよかったな」
「左様であるな」
「これからも何もなければそうなるな」
「そうなって欲しいな」
実際に二人にも周りにも何もなかった、それでだった。
二人はそのことは喜んだ、それで怖いもの見たさでその屋台に行く者はいたというがそれでもだった。
「何だ、一人も食わんのか」
「そうらしいぞ」
丹次はまた大雷に話した。
「これがな」
「そうなのか」
「ああ、それにな」
丹次はさらに話した、二人は今は鰻屋で鰻を食っている、かなり待った後食ったがその間に飲んでいて結構出来上がってもいる。
「灯りを消す奴もな」
「いないか」
「誰もいないのが気味悪くてな」
それでというのだ。
「しかも灯りを消すとな」
「祟りがあると聞いてか」
「ただ誰がいないのを確かめてな」
噂通りにそうであることをというのだ。
「それで帰るらしい」
「それで終わりか」
大雷は鰻丼を食べつつ言った。
「それは実にな」
「面白くないな」
「そこはわし等みたいに食ってな」
そうしてというのだ。
「それでな」
「話の種になるな」
「面白くなる」
そうもなるというのだ。
「そうなるのにな」
「わしもそう思うけれどな」
丹次も言ってきた、鰻を食いつつの言葉だ。
「しかしな」
「誰もそんな度胸はないか」
「そうらしいな」
「それが面白くないな」
実にとだ、大雷はまた言った。
「折角だから食っていけばいいのにな」
「美味いのにな」
「それをするにも度胸が必要か」
「そうらしいな」
「火消しに力士だとな」
こうした仕事ならというのだ。
「そうでないと務まらんしな」
「うむ、わし等は何とも思わず食ったが」
「他の連中はそこまで度胸がない様だな」
「何でもないから食えばいいのにな」
「しかも安くて美味い」
「それなのに食わぬとはな」
「勿体ないことだ」
二人で鰻を食いながら話した、そしてその屋台のことを話したがそれでもそれをする者は二人以外にはいなかった。その為本所七不思議のこの屋台の味を知る者は今も殆どいない。ただそこには誰もいないと言われているだけである。
燈無蕎麦 完
2021・5・13
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