燈無蕎麦
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第三章
二人共おかわりをした、そして。
丹次は三杯食べ大雷は十杯食べた、それから大雷は言った。
「さて、美味かったが」
「これで帰るのはな」
「それは悪いことだ」
「店でものを食ったらな」
それならというのだ。
「もうな」
「勘定を払わないとな」
「そうだ、誰もいないがな」
おれでもだ、丹次も言った。
「江戸っ子は宵越しの銭は持たねえが」
「それは銭払いがいいからだ」
「じゃあ食った分はな」
「ちゃんと払うか」
「見ればここに勘定が書いてあるぞ」
屋台の端の方に書いてあった、蕎麦もうどんも同じ値段だ。
「よく見れば安いな」
「美味くてしかもな」
「安いとなるとな」
「いい店だ」
「全くだ、では勘定を払ってな」
「帰るか」
「そうするか」
二人でこう話してだった。
勘定をしっかりと払ってそのうえで店を後にした、そうして本所も出てそれぞれの家に帰って寝た。
次の日今度は丹次から大雷のいる相撲部屋に行った、そのうえで朝稽古を終えてちゃんこも食った彼に言った。
「別に誰もいなくともな」
「灯りを消すと祟りがあってもな」
「特にな」
「おかしな店ではなかったな」
「そうしたことを除けばな」
「それでもな」
これといってというのだ。
「そうしたことに気をつければ」
「何ともないな」
「そうした店だな」
「全くだな」
「しかし」
ここで大雷はこうも言った。
「若しわし等が勘定を払わないとな」
「その時はか」
「灯りを消したら祟る」
「そうなるとな」
「それこそな」
「灯りの時なぞな」
「比べものにならぬな」
それこそというのだ。
「恐ろしい祟りが来るな」
「そうなるだろうな」
丹次もこう答えた。
「その時は」
「食い逃げは罪だからな」
「灯りを消しても本来は罪にならんが」
「勘定を払わないで帰る、即ち食い逃げはな」
これはというのだ。
「罪だからな」
「それでそうなるからな」
「だからな」
「それはしないことだな」
「誰もいないあやかしの店もな」
「全くだ」
それはというのだ。
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