DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
先輩たちの実力
前書き
今年の甲子園は色んな意味で波乱ですね。このまま流れ続けると女子野球の決勝が甲子園ではできない可能性すらあるようです|ョω・`)アメヤメー!
『1回の表、明宝学園高等学校の攻撃は、一番・ピッチャー・新田さん』
右打席に入った栞さんは足場を慣らすと、ゆっくりと構えに入る。
「栞さんってやっぱりうまいの?」
「そりゃそうだよ。うちの主力選手だからね」
野球では打順が早いバッターにいい選手を置く系統がある。理由はもちろん、多く打順が回ってくることで、得点の機会を増やすこと確率が上がるから。
相手のピッチャーはセットポジションからの投球。しっかりと足を上げると、小さなテイクバックから白球を投じる。
キンッ
スタンドからではどんなボールかよくわからないけど、栞さんはいきなりそれを叩くと、打球は低い軌道でサードとショートの間を抜けていく。
「わぁ!!綺麗なヒット!!」
「スイングもすごい綺麗!!」
まるで狙っていたかのようなスイングに思わず拍手が出てしまう。次の伊織さんは左打席に入ると、ベンチからのサインをもらったかと思ったら、すぐさまバントの構えに入った。
「やっぱり今日は送りバントなんだ」
「そうみたいだね」
瑞姫と紗枝が何やら話している声が聞こえ、そちらに目を向ける。やっぱり?今日は?
なんだか気になっていると、それに気付いた二人が解説してくれる。
「今日は栞さんがピッチャーだから、盗塁とかエンドランをしちゃうと疲れてピッチングに支障が出ちゃうかもしれないからね」
「だからアウトを挙げてもいいから、とにかく先の塁に送っちゃおうって作戦よ」
普段はライトを守っているらしく、その時は積極的に走ったりする栞さん。だけど、今日はまだマウンドに立っていないから、不安定になりやすい立ち上がりのことも考慮しての作戦らしい。
そんな話をしている間に伊織さんが危なげなくバントを決め、たったの2球でワンアウト二塁のチャンスを作る。
「陽香さんは打つかな?」
「打つと思うよ」
「陽香さんがバントしてるのを見たことないしね」
キャプテンを務めていることもあり相当信頼があるらしい陽香さん。それを相手もわかっているのか、全然ストライクが入らない。
「これはフォアボールになる?」
「まぁ、次のバッターを見たらそうしたい気持ちもわかるよね」
私たちの視線は次の打者が控えるネクストバッターズサークルに移る。そこにいるポニーテールの少女は、私たちが想像している四番打者とはかけ離れたほど小さく見える。
「ボール!!フォア!!」
予想通りストライクを一つも入れることなく陽香さんを歩かせる相手バッテリー。そして打席に向かうこの人は……
「わーい!!打点が付く場面だぁ!!」
チャンスとは思えないほど、緊張感のない声を出している。
「優愛ちゃん先輩ってうまいの?」
「なんかいつもの姿からは想像できないんだよね……」
一年生の指導をしてくれている時も、とても運動が得意そうには見えない。しかも、さっきまで打席に入っていた三人や次に控えている莉子さんと比べると背も低く、なんだか頼りなく見えてしまう。
「見てればわかるよ」
「なんで四番を任せれてるかがね」
ざわついているわたしたちとは対照的な瑞姫と紗枝。左打席に入った優愛ちゃん先輩は数回バットとピッチャー方向を見つめた後、ゆっくりと構えに入る。
その構えに入った瞬間、周りが静まり返ったのがわかった。普段の様子からは想像できないほどの集中力に、言葉を発してはいけないような気がしてしまったのだ。
「ボール!!」
ピッチャーもそれが伝わったのか、初球はストライクから大きく外れてしまう。続く2球目……
カキーンッ
遠目からでは決して甘くないように見えたボール。それなのに、目にも止まらぬ速度で振り抜かれたバットは難なくそれを捉え、白球は高々と宙を舞い……
「入った!!」
ライトスタンドへと突き刺さった。
「すごいな、あの子」
「これで高校通算10本目だよ」
驚いている私たちの後ろにいたおじさんたちがそんな会話をしている。ホームラン10本ってすごいんじゃ……
「優愛さんは陽香さんと同じU-18の日本代表だからね」
「去年の世界大会もスタメンで出てるよ」
そんな二人の解説を聞いて一瞬固まってしまった。陽香さんはともかく、優愛ちゃん先輩がそこまですごい人だったなんて……
「まぁでも、優愛さんよりもあの人の方がみんな嫌だろうけどね」
紗枝がじっと見つめているのは莉子さん。右打席に入った彼女は、浮き足立っている相手投手の初球を弾き返し、右中間を抜いていく。しかも……
「足早っ!?」
外野の一番深いところまでいったこともあるけど、莉子さんは三塁ベースにオーバーランできるほど余裕で到達。少しでも中継が乱れていたら、ランニングホームランすらあったと思う。
「あんなに綺麗に打ち返すバッターがいたら、例え日本代表だろうと優愛さんと勝負したくなるよね」
「た……確かに……」
キリッとした表情でベンチからサインを受けている莉子さん。それに対しベンチで妙に騒いでいる優愛ちゃん先輩。この二人だったら絶対後者の方が抑えられそうだもんね……
カンッ
そんな話をしている間も打撃の手は緩むことはない。次の明里さんは2ボール1ストライクからの4球目を難なくセンター前に運び、莉子さんはホームをゆっくりと踏む。
「次の葉月さん、よく見ておいた方がいいよ」
「きっとびっくりすると思うよ」
「「「「「??」」」」」
二人の言葉に顔を見合わせる私たち。駆け足で打席に向かう葉月さんなんだけど、たぶん会場中の人たちはみんな彼女のある一点に視線がいっていると思う。
「何食べたらあんなになるんだろ……」
「羨ましい……」
左打席に入り大きく伸びた瞬間、より際立つ大きな胸。間違いなくチームで一番大きいであろうそれに、私たちはなんだかタメ息が出てしまった。
「そ……そこは気にしなくていいから……」
「そうなんだけどさ……」
構えに入ってからもやっぱり気になってしまう。太っているわけでもないし、顔もどちらかというと子供っぽい。それなのにあれだけのものを持っているのは……
「あれ?」
なんて思っていると、構えた彼女の姿に首を傾げる。どこかで見たことがあるような構えだけど、どこで見たんだろう……
「なんか見たことあるよね?」
「やっぱり?」
他のみんなも同じことを思ったらしく、ザワザワをしてしまう。さらには相手も先ほどまでよりも真剣な表情になっており、明らかに警戒しているのがわかる。
一塁ランナーを気にしながらの投球。その手から放たれたボールは高めに外れる明らかなボール球。しかし……
スカッ
何を思ったのか、葉月さんはその球を思い切り空振りしていた。
「ありゃ」
空振りしたすぐ後にベンチに目をやる葉月さん。きっと監督はすごい顔で彼女のことを見ているんだろうなぁ……
「打ちたい気持ちが出すぎてたね……」
「マイペースな人だからなぁ……」
この試合に出ている二年生は三人。元気印の優愛ちゃん先輩とキチッとした性格の明里さん。そしてどこかおっとりしている葉月さんなんだけど、これだけで明里さんや三年生たちが苦労してそうなのがよくわかる。
果たして大丈夫なのかと見ていると、今度は内角にかなり厳しめのストレートが投じられる。ただでさえも打ちにくいコースな上に、指にかかったいいボールを投げ込んでくる。
カキーンッ
それに手を出した葉月さんだったが、腕を綺麗に畳んでジャストミート。セカンドがジャンプするがわずかに届かず……
ガシャンッ
そのまま伸びた打球は、右中間のフェンス上段に直撃した。
「うぇ!?」
「すごい打球!?」
夏の高校野球でもなかなかお目にかかれないほどの鋭い打球。抜けたのを確認してからスタートした一塁ランナーの明里さんが快足を飛ばしてホームへ滑り込み、葉月さんは悠々と二塁へ到達していた。
「すごい打球だね!!」
「そうだけど……」
「今のスイングもどこかで見たことあるような……」
すごすぎる打球に一人で興奮してたけど、みんなはそれとは違うところに意識がいっているみたい。私だけ蚊帳の外になっていると、二人が解説してくれた。
「葉月さんはプロ野球で活躍してる東信平さんの妹だよ」
「「「「「えぇ!?」」」」」
「お兄さんに教わって野球を始めたから、フォームが瓜二つなんだよね」
そのせいで左利きになったらしいけど、と続ける紗枝。
このチーム唯一の左利きである葉月さん。子供の頃から兄である信平さんとキャッチボールをしていたため、目に写る姿をそのまま真似していたら左でボールを投げていたらしい。そのため、投げる姿も打つ姿もお兄さんにそっくりらしく、その噂を聞いた相手チームはかなり警戒してしまうらしい。
「葉月さんそんなにすごかったんだ!!」
「うん。でも本当にすごいのは陽香さんと莉子さんだね」
「え?なんで?」
二人もすごいけど、それよりも葉月さんや優愛ちゃん先輩の方が能力が高いような気がしてしまう。しかし、瑞姫たち野球経験者からすると、それは違うらしい。
「普通のチームなら葉月さんと優愛さんをクリンナップに入れるけど、このチームはそうじゃない。それは陽香さんと莉子さんが攻守の要になってるからだよ」
「二人が優愛さんを挟む打順になるからクリンナップはどこからでも点数が取れるし、葉月さんを下位に回せるから得点できる機会も増える。本当に二人の高い能力がこれを実現させてるよね」
「「「「「へぇ~」」」」」
なんだか難しいことを言ってる気がしてよくわからないけど、とにかく先輩たちのすごさだけは伝わってきた。それなのに、二人の顔はなぜか険しい。
「まぁ、それを通用させなくしてくるのが東英なんだけど……」
第三者side
「うわぁ……相変わらず打線は好調だね」
莉愛たちが試合を観戦している球場。そのバックネット裏の出入口付近に、制服姿の少女たちがスマホを片手に試合を観戦していた。
「相手が相手だからな。打撃成績なんて参考にならない」
「それはそうなんだけどさぁ……」
わかっていることをあっさりと返されてしまいふ不貞腐れた表情を浮かべるツインテールの少女。それに対して、突っ込みを入れたショートヘアの少女は気にすることなくスマホのカメラを起動させ、球場の様子を撮している。
「数字の並びを見る限り、去年とスタメンに変わりはないか?」
「ううん。次のバッター、去年出てなかった子だよ」
まるでお姫様のような長い黒髪の少女の問いに、金髪のパーマがかかった髪の少女が答える。打席に入る背番号7の少女に、彼女たちは見覚えがないらしい。
「何年生?」
「三年生だな。次の九番も三年生だ」
「じゃあまた得意の守備要員ってところ?」
「だろうな。サードとレフトを守らせてるみたいだし」
ツインテールの少女の問いに、黒髪の少女が選手名鑑を見ながら答える。それを聞いた彼女は大きなタメ息をついていた。
「なんだぁ……今年はいい子が入らなかったのかぁ?」
「いや……シニアで全国に行った斉藤が入学してるはずだが……」
「まだ登録し直してないんじゃないの?練習試合もできてないだろうし」
春の大会が一年生の入学後すぐ始まってしまうため、多くの学校は練習試合に一年生を出すことができずに大会を迎えてしまう。それでも、実績がある選手や人手が足りないチームは出したりするが、明宝学園はそれをしていないようだ。
「これじゃあまた陽香に三連投させることになりそうだな」
「三連投はないよ。うちと準決勝で当たるんだから」
「あぁ……そういえばそうだったね」
ゆっくりと席に着きながらそんな話をしている少女たち。彼女たちの存在にいち早く気がついたのは、ベンチ前でキャッチボールをしていた栞だった。
「うわ……偵察に来てるじゃん……東英の人たち」
最大のライバルであり絶対の王者……それに気が付いた彼女たちの目は、先程よりも鋭く、ギラギラとしていた。
後書き
いかがだったでしょうか。
先輩たちの実力と最大のライバルの登場ですね。
次もいつも通りゆっくりと進めていきたいと思います。
ページ上へ戻る