MOONDREAMER:第二章~
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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
第14話 炎の使者と地獄の変態:前編
満月の塔の最深部にて待つ一羽の玉兎。
彼女は嫦娥からこの塔の守護を任された玉兎の中でもエリートの存在であった。
故に彼女はこの任務に絶対の自信があったのである。だから、何者が来ても堂々として迎え撃てばいい。それだけの事なのである。
そう思いながら彼女は今しがたこの場へとやって来た存在を見ても動じる事は……。
「はうあ!?」
あってしまったのだった。
だが、それも仕方のない事であろう。何せ彼女はここへ向かって来る存在は一人だと思っていたからだ。
だが、実際は三人だったのである。
この瞬間彼女は世の中を憎んでしまった。一対複数。この理不尽なシチュエーションは他にあるだろうか?
今、彼女はRPGのボスキャラの気持ちを痛い程察する事が出来るのだった。
そして、自分の仕える主とは別の玉兎を育てた、綿月依姫が四人相手に勝ち抜いた事も彼女の頭をよぎったのだった。
全くを以ってあの人のような芸当を私が出来て堪るかと玉兎は項垂れる気持ちとなってしまうのだ。
だが、ここで敢えて指摘しておかなければならないだろう。その事は彼女は言葉にして紡ぐ事にする。
「何であなた達、三人で来ているのよ?」
「そういわれてもなー、これが私の能力だし……」
玉兎の疑問にそうあっけらかんと答えたのは、無論ヘカーティアであったのである。
そう、彼女達は無事にこの塔の仕掛けを順調にクリアして、この最深部へと辿り着く事が出来たのであった。だが、今も三人で現れたのかという疑問の答えはこれであった。
「まあ、このように複数でいる方が如何にもダンジョンのボスに立ち向かうって感じがするだろ?」
「……いよいよを以って私は『ボスキャラ』って仕様になってくるわね……」
玉兎は、最早呆れながらそう言うしかなかったのであった。
こうなったら、一対三でもまあいいっしょ、そんな気持ちで腹を括る事にしたのである。だが、ヘカーティアから掛けられて来る言葉はまた予想の斜め上を行っていたのだ。
「まあ、安心しろ。戦うのはこの『異界』の私だけだからな♪」
「……それはそれで嘗められているって感じね」
三人いるのに戦うのは一人。これまた手加減されているようで理不尽な思いを感じる玉兎であった。
だが、現に自分ではこのでたらめな存在三人に勝てる確信がなかったのである。だから、彼女の提案は渡りに舟だったのだった。
そう思い至る理由は、今回の作戦はあくまで弾幕ごっこに基づいたものだと理解していたからである。そう、これはルールの上で行動を起こすスポーツの一環としての意味合いがある事を彼女は良く分かっていたのだった。
だから、実力で相手に勝てなくても、ゲーム的勝負の中で勝てれば自分の任務は遂行されるのだ……そう玉兎はその結論へと自分の意識を持っていくのだった。
確かに彼女はエリートであり自分に絶対の自信を持っている。だが、いやそれ故にと言うべきか、彼女は下手なプライドは持たない主義であり、思考を努めてデジタルで合理的に運ぼうとするのが彼女のモットーなのであった。
なので、現実主義的な彼女の導く答えは決まっていたのだった。
「いいわ、赤いの一人で私に挑んだ事、後悔させてあげるわ」
「私とて、玉兎などこの『異界』一人で十分だって事を思い知らせてやるとしよう」
こうして互いに軽口を叩き合いながら、二人はいともすんなりと臨戦態勢へと入っていく。
「おや……?」
だが、ここでヘカーティアは今しがた抱いた疑問を口にするのであった。
「お前さん。ミニの和服とは粋な格好だね。何だか私の親友みたいで親近感が沸くよ」
そう、この玉兎は勇美と同じようにスカート丈の和服に身を包んでいたのであった。
だが、その様相は勇美とは大分かけ離れていたのだった。
まず、その色は目に焼きつかんばかりの赤と橙の中間といった派手なもので、更にはその和服の中にはスパッツを装備してその守りは鉄壁だったのである。それはそれで喜ぶ紳士な方も多いであろうが。
この玉兎の他の構成要素も目を引くものであった。まず彼女の髪の色も自身の和服と同じ色の派手なもので、頭には旅人が好んで身につけるようなデザインの帽子、そして和服の上からマントという奇抜な組み合わせさえしていたのだった。
以上の事から、彼女の様相はどこかゲームの登場人物然とした非常に目立つ仕様となっていたのである。
それも、主役キャラやボスキャラのような強く設定されているかのような風貌である。故にヘカーティアは好奇心をそそられる所なのであった。
「これでも私は玉兎の中でも重役に就いているからね。身だしなみにも気を遣っての事って訳よ。あなたもその辺りを意識したらどうかしら?」
自分の衣装について指摘された玉兎は、当然の流れでヘカーティアの出で立ちへと意識を向け返した。それに対してヘカーティアはこう答える。
「私はこの服装の方が身軽でいいんだけどな。確かに地獄の女神としては、かしこまったローブを身に纏うべきなんだろうけどな……」
「えっ? 女神様……?」
思いもよらない塔攻略者の自身の素性紹介に玉兎は度肝を抜かれてしまったのであった。
だが、当のヘカーティアは実にあっけらかんとした態度でこうのたまうのであった。
「まあ、私が女神だからってそう気構える事もないだろう。弾幕ごっこを始めれば皆平等な立ち位置となるんだからな。それは玉兎であっても女神であっても変わらないさ」
「確かに……そうかも知れないわね」
基本的に現実的な考えをするこの玉兎である。だから、このヘカーティアの主張にもすんなりと同意する所であるのだった。
それにより、両者の間にはこれから戦う者達としての程よい緊張感はあるものの、無駄に張りつめた空気はなくなっていくのだった。
その心地よい雰囲気に便乗する形でヘカーティアはこう切り出すのだった。
「そうだな、これから戦う者同士、名前を知っておかなければならないだろう。改めて……私はヘカーティア・ラピスラズリ、地獄の女神なんてものをやっているよ」
その自己紹介を聞いて玉兎は少し意表を付かれたと思う所であったが、それも悪い気はしないなと思い直して自分もその流儀に乗るのだった。
「この流れだと私も名乗っておいた方がいいのでしょうね。私は『マチ』。しがない玉兎をやっているよ」
こうして玉兎マチは自分も律儀に名乗りをあげたのであった。だが、やはり知っておきたい事があるのでそれをヘカーティアに聞いておく事とするのだった。
「でも、地獄の女神たるあなたがこんな一玉兎の私に丁寧な事ね。どういう風の吹き回しかしら?」
「いやな……さっきも言った通り、弾幕ごっこをやる以上皆同じ土俵に立つ訳だから女神も玉兎も関係ないという訳さ。後付け加えるなら、私の親友がこういうのが好きだから私も倣っておこうってのもあるな」
「あ、例の服装が私に似てるって子?」
「ま、そういう事さ。じゃあ話も済んだようだし、ボチボチ始めるとしますか?」
このヘカーティアの意見にマチは否定する意味合いを感じはしなかったのだ。もうここからは下手なやり取りは野暮だと彼女は意気込むのであった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、行くとしますか。さっきも言った通り、戦うのは三つの体の内、この私『異界』だけだからな」
そう言って『異界』は戦いの場へと威風堂々と踏み込むのだった。
だが、彼女はミニスカートに加えて裸足という破廉恥な格好なのである。故に今の勇ましい立ち振舞いも、その卑猥さを引き立ててしまう要素となってしまっていたのだった。
勿論その事をマチも意識をしてしまう所なのである。
「……あなた、三つの体もそうだけど、その格好もすごく目を引いてしまう所ね……」
「ああ、さっきも言った通り、この格好の方が色々とやりやすくてな……。まあ女神だから融通は利くだろう」
「確かにそうね……あはは」
このヘカーティアの言い分にはマチも乾いた笑い声を出すしかなかったのだった。そして納得せざるを得なかった。
これが人間だったらこうはいかないだろう。主に足を怪我してしまうだろうという危険において。
だが、ヘカーティアは女神なのだ。当然人間とは体の造りはまるっきり違うのである。
故に、彼女のラフすぎるスタイルは人外であるが故に出来てしまう振る舞いと言えるだろう。
「だが、私の格好をとやかく言うが、妖怪のお前も普通に出来るだろう。何せ地上の兎の話だが普通に裸足の子がいるしな」
そこまで言ったヘカーティアであったが、内心で『普通』とは少し違うかもなとも思う所であったのだ。
それは、彼女はその健康マニアの地上の兎の正体を知っている……もとい、真の姿の彼女と自分は『女神』同士なのだから。
その事を知らないマチはそこである合点がいくのであった。
「そうか! セイランが最近裸足で行動するようになるのが増えたのはそのためだったのね?」
そう、マチの同志たるとある玉兎の立ち振舞いが地上へ赴いた時から変化があった事を彼女は察するのであった。
ちなみに、『セイラン』と片仮名で表記するのがかの玉兎の本来の名前であり、『清蘭』と記するのは地上で行動する際の偽名だったりするのだった。
それはさておき、話は裸足で過ごすかどうかという論点に戻る。
「それで、お前もこれから裸足で過ごしてみる気はないかって、そういう話だ」
「いえ、お断りさせてもらうわ。何だかはしたないって気がするもの……」
「そうだな。着物の中にスパッツ履いてる位のお前さんには刺激が強すぎるだろうなこれは♪」
そう言った後、ヘカーティアはカラカラと豪快に笑い声をあげるのであった。それに対してマチは改めてヘカーティアのセンスに対して思う事を口にする。
「全く……女神様とはいえ、よくそんなミニスカートで戦える所ね。スパッツとか無しで」
だが、それは断じて開けてはいけないパンドラの箱なのであった。
「ああ、正真正銘の生パンだ。そして時々ノーパンだ」
「んなああああ!?」
当然マチはあられもない声を出して頭の中でのたうち回るしかなかったのであった。その様子をヘカーティアはニヤニヤと面白そうに見ているのだった。
伝説においてパンドラの箱の中に残ったのは『希望』であった。だが、その希望がノーパンであったマチの心境は如何にであろう。
「……まさか今もノーパンだったりしないわよね!?」
「ああ大丈夫だ。『今は』穿いてるからな。何なら確認するか?」
「遠慮させていただきます!」
きっぱりとマチはその誘惑を断ったのだった。これ以上やったらネチョになるだろうと思っての事だ。
まあ、相手がちゃんと穿いているなら大事には至らないだろう。なのでここから本当に勝負は始まるのであった。
「それじゃあ、始めるか?」
「ええ、是非そうさせてもらいたいわね。裸足とかパンツの話題はもう遠慮させて頂きたい所よ」
そう言い合うと、両者は適度な距離を取り合って臨戦態勢に入ったのだった。──今度こそ本当に戦いの火蓋は落とされたのである。
最初に動いたのはヘカーティアであった。その理由が彼女の口から発せられる。
「私は勇美とは違って後手が得意というような事はないからな。悪いが私から行かせてもらうよ♪」
「ええ、構わないわ」
その意見にはマチも同意する所なのであった。幾ら弾幕ごっこというルールに乗っ取った戦いとはいえ、相手が万全の状態で向かって来る事にマチは安心感を覚える所なのであった。
「まずはこんな所かな。【獄炎「ヘルファイア」】♪」
そう宣言するとヘカーティアの右手に炎が灯ったのであった。それを彼女は迷う事なくマチ目掛けて振りかざしたのであった。
そして、炎の弾幕はマチへ一直線に向かっていった。だが、この様子見な攻撃にエリート玉兎たるマチが慌てるよしもなかったのであった。
「この程度、お茶の子さいさいって所よ。【妖陣「火路の源の弾薬」】♪」
その宣言の後にマチは、懐から何かを取り出したのであった。
それは、木の棒の先に赤い発火性の薬品を備え付けた物が、小さい紙の箱にびっしりと入った、火を付ける為の最もポピュラーなアイテムであったのだ。
だが、当然それを全て一々紙のやすり部分で着火などさせていては敵の攻撃には間に合わないだろう。第一そのような灯火程度の火では攻撃にすら力不足というものだ。
なので、マチは当然この道具の本来の使い方ではない運用方法を用いるのであった。彼女はその箱に自身の妖力を籠めると、そのまま箱の中身を空中へとぶちまけたのである。
そして、宙にぶちまけられた木の発火道具は擦られる事もなく炎に包まれたのだ。
加えて、弾幕に使用するからには生半可な炎では話にならないだろう。故にこの木の棒はそれぞれがその体積の十倍以上の炎に包まれていったのだった。
これも、マチが木の棒に妖力を籠めたからに他ならなかったのだ。普通の発火道具をこうして武器に出来てしまうのは妖怪ならではといえるのだった。
そして、炎に包まれた無数の木の棒達は弾幕となってヘカーティアの放った地獄の炎へと向かっていったのである。
そして、炎と炎がぶつかり合い、その力は相乗して一気に爆ぜた後に相殺されたのだった。
「……」
「……」
ヘカーティアとマチは今しがた起こった爆炎が収まった後の光景を見ながら、互いに無言を決め込んでいたのだった。
だが、その沈黙はずっと続きはせず、最初に切り出したのはヘカーティアであった。
「いや、お前さんやるね。様子見とはいえ私の弾幕を相殺するなんてね」
「ええ、これでも私の能力は『火を操る』ものだからね。つまり私は火の専門家って事」
「これはこれは。中々珍しいものを見させてもらったよ」
そうヘカーティアは本心から感心して言うのであった。そして、改めて彼女は自分の知る『火を扱う者達』を思い起こしていく。
まず思い至るのは自分の旧友の主と因縁関係にある竹林の焼き鳥である。だが、彼女の能力は『不死を操る』ものであり、火は専門ではないのだ。
そして、主が勇美と仲の良い赤づくめの館の紫一色の魔法使いである。だが、彼女も『日月火水木金土』と火だけでなく七種類もの属性を操る器用極まりない能力なのである。
そして、忘れてはならないのがヘカーティア自身である。彼女の基本体である『異界』も火の扱いに長けた存在であるが、彼女達はひっくるめて『三つの体を持つ』のが能力となっているのだ。
故に目の前のマチは正真正銘の『火を操る能力』という逆に珍しい存在という訳であった。
「そんなに珍しいかしら?」
「ああ、貧乳より希少価値だな」
「……くっ、自分が大きいからって……」
それはマチにとって触れてはいけない事なのであった。つまり彼女は和服を着ているからわかりづらいが、実は……という事なのだ。
(勇美と同じ悩みを持つ子だったか。これはからかい甲斐……いやそれは可哀想だ。そうだな、今度勇美に合わせてあげるか。いい友達になりそうだ)
と、ヘカーティアは少し先の未来を想起して楽しみが増えたなと内心ほくそ笑む。そうしながらも、彼女は確認のためにこう言った。
「でも、おいそれと自分の能力を明かして良かったのかい?」
「私には能力を警戒させて相手の出方を鈍らせる趣味はないからね。そんなまどろっこしい真似は好きじゃないわね」
「うん、お前やっぱりいい子だな」
そう言ってマチの振る舞いを見ながらヘカーティアは頷くのだった。こういうサッパリした性格も勇美と合うんじゃないかと思う所なのである。
ともあれ、両者の攻撃は共に防がれる事となった今、勝負は仕切り直しとなっていたのだった。
そして次に出たのもやはりヘカーティアであった。
「じゃあ次はこれで行きますか。【冥炎「ヘルファイア2」】♪」
ヘカーティアは宣言後、再び右手に炎を灯した。だが、先程とは違うスペルであるが故に当然その様相は違ったのであった。
今度は左手も使っていたのである。それも、見事なまでの右手の赤い炎とは対称的に、左手のは青白く燃え盛る異質な代物となっていた。
そして、その異なる色彩の炎をヘカーティアは手を交差させる事で混ぜ合わせたのだ。
それにより赤と青の炎は溶け合い、鮮やかな縞模様ともまだら模様ともつかないハーモニーを生み出していたのである。
その炎の混合物をヘカーティアは当然敵へと向けて撃ち出した。そしてマチをその芸術的な炎が襲い掛かるのだった。
「何か多芸な事してくれたけど、要は炎には変わりない訳でしょ!」
だが、マチはそれに対して冷静に向き合っていた。見た目が変わっても、やってる事は変わらないのだから、その対処も変わる事はないのだと。
なので、マチのやる事も先程と同じなのであった。
「もう一回頼むよ。火路の源の弾幕!」
言うと再びマチは先程と同じ箱詰めの木の発火道具を取り出すと、それを同じように妖力を籠めて宙へと放り投げたのであった。
その動作は手慣れたものであった。それは合理的な考え方をモットーとする彼女ならではなのかも知れない。
そして、手筈通りといった感じでマチの発火弾幕はヘカーティアの炎へと向かっていったのだった。再びその力で相殺するために。
だが、ヘカーティアの様子は至って落ち着いていた。寧ろ不敵さすら感じられる程であったのだ。
そして、極め付きと言わんばかりに彼女はこう呟いた。
「……掛かった♪」
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