MOONDREAMER:第二章~
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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
第4話 三日月の塔 SIDE:I 前編
豊姫の能力により、月の都の結界を制御する三つの塔へと勇美、鈴仙、ヘカーティアの三者は送り込まれていったのである。
そして、それぞれの者の塔の攻略は同時に始まったのである。
まずは、勇美の視点で話を進めよう。
今、彼女は塔の内部にいるのであった。中に直接送ってもらったのは他でもない、外に見張りの玉兎がいる為である。
勿論豊姫と勇美に掛かればその玉兎を難なく倒してしまう事は出来よう。
しかし、もしそうすれば塔の他の仲間に知らされて面倒な事になるからだ。それに、無駄な戦いは避けたいという気持ちはこの作戦に参加する者達共通の思いでもあるからだった。
そして、いよいよ行動を起こす事となった勇美。その彼女の心境は、慎重ながらも意欲が沸き上がってくる所である。
「よし、やりますか!」
そう勇美が意気込む理由。それは少し時を遡る事となる。
◇ ◇ ◇
綿月姉妹に今回の作戦の旨を伝えられた勇美達。そんな彼女達は三者三様に思う所があるのであった。
「また玉兎達と戦うのかぁ……」
そう呟くのは鈴仙であった。何せ相手は自分と同じ種族である月の兎達なのである。
確かに鈴仙は先の月の異変で、自分は最早地上の兎になったのだという考えに踏み切った訳であるが。
だからと言って、玉兎達とはハイもう赤の他人ですとはそこまで割り切る事は出来ないのだった。
なので、今回の任務で再び玉兎達と対峙するだろうという事に引け目を感じてしまうのだ。それは無理もない事であろう。
「でも……やるっきゃないですよね」
だが、鈴仙はそう自分に言い聞かせるように思い切ったのである。もう彼女は自分に逃げ道を作りはしまいという意気込みがそこにはあったのだ。
ここに鈴仙の決意は決まった。続いてヘカーティアの心境の程である。
女神である彼女にとっては、玉兎を相手にするにはさほどの苦労はないであろう。しかし、彼女には彼女なりの葛藤がそこにはあったのだ。
「まさか、私が月の民の為に戦うなんてな……」
そう呟くヘカーティアの心境は複雑なものがあるのだった。今までは月の民への復讐の為に行動していたのに、今度は彼等と協力する関係となるのだ。
「まあ、それも面白いかもな……」
だが、ヘカーティアはそう言って割り切る事にしたのである。
と、言うのも彼女は純狐程月の民へは復讐心を抱いてはいないからであった。故に自分と彼等の立場をそこまで重要視しようとは考えなかったという訳だ。
「それに……この方が『らしい』からな」
ヘカーティアのその言葉は、正に勇美達や幻想郷と関わるようになってから思う所を指すのであった。
彼女達は、一度は敵同士として戦いはすれど、その後は親友同士になったり、共闘する事すらあるのである。そんな奇妙な間柄なのであった。
そして、ヘカーティア自身も勇美達との関わりを経て、今こうして彼女らに協力しようとしているのだ。この事は興味深くて仕方のない事なのであった。
だから、彼女は甘んじてそのシステムに取り込まれる事に決めたのである。その方が自分にも、周りにもプラスになると考えたからというものだ。
こうしてヘカーティアの心情もここに固まっていたのである。
そして、後は勇美であるが、彼女は一つ確かめたい事があるのだった。その事を依姫に聞く。
「ところで、依姫さん?」
「何かしら?」
「あの、玉兎さん達は……『弾幕ごっこ』に乗っ取って行動してくれているのでしょうか?」
その質問を聞いて依姫は合点がいく所であった。その事は勇美が一番重要視するのを、自分の元に長く置いていた依姫はよく分かる所なのであった。
そして、勇美にとっての最重要事項に関して、依姫は言及していく。
「ええ、バッチリ。弾幕ごっこの元に行動してくれているわ」
◇ ◇ ◇
その依姫の言葉を思い出しながら、勇美は改めて決意を固めるのだった。
玉兎達は月の制圧という物騒な事をしつつも、ちゃんと弾幕ごっこのルールの下に動いてくれている。その事が分かっただけで勇美にとっては収穫なのであった。
そして、勇美にはもう躊躇いは存在しなかった。それを最後までしてくれるだけで、皆分かり合える機会となる弾幕ごっこ。こうなれば、勇美も最後まで付き合う算段なのだ。
「よし、じゃあ行くとしますか♪」
そう言って勇美は早速行動を開始し始めたのであった。
◇ ◇ ◇
三日月の塔。そこが今勇美がいる建造物の中である。そして、その中も月の施設らしく実に神秘的なのであった。
まず、内装は床は大理石のタイルが敷き詰められていて、どこかの高級ホテルを彷彿とさせる贅沢な一品である。
そして、壁は光量を抑える霊力でも籠められているかのような、派手さが抑制された金で出来ていた。
壁に金。そのような内装をお目に掛ける事を多くの人が夢想した事かも知れないだろう。
続いて、壁にはこれまた霊力で作り出しただろう、光の塊が所々に存在していたのだった。どうやら、これが照明の役目を果たしているようである。
その光景を見て、勇美は案の定呆けてしまったようだ。
「ほへぇ~……」
勇美の声は緩みきり、表情は見事に崩れてしまっていたのである。
無理もないだろう。目の前の光景は決して外界ではお目に掛かれるような代物ではないし、第一こういう神掛かった光景を勇美は大好物なのであるから。
だが勇美はここで思い直す事にしたのだった。
「うん、いかんいかん。私とした事が」
そう自分に言い聞かせて、自らを鼓舞したのである。
そうなのである。確かにこの塔の様相は目を引くものがあるが、いつまでもそれにかまけて気を緩めている訳にもいかないのである。
何せ、自分は鈴仙やヘカーティアと共に重要な任務を任された者の一人なのだから。それも、勇美がこの世で最も敬愛する依姫からの命であるのだ。何としても成し遂げなければならないだろう。
その気持ちの景気付けに勇美はパンツを脱ごうとして……そしてやめてしまった。
「……何か違うね」
今この瞬間、勇美は何か空しさを感じたのであった。
今までは彼女がパンツを脱ごうとすれば、側にいた依姫や鈴仙が決まって止めに入っていたのだ。だが、今はそれらの者がこの場にはいないのである。
「うん。目標というものは、苦難があってこそ目指し甲斐があるって事だね」
それは違うと思う。断じてパンツを脱ぐなどというしょうもない事を目標にしてしまっては、全世界に存在する様々な目標という概念に対して失礼であり侮辱というものだろう。
要は勇美はパンツを脱ぐ事自体には重点を置いてはおらず、周りから止められる中でそれを遂行しようとする所に意味を感じているようであった。
そして、それらの事を脳内で噛み締めると、彼女はある事に気付き始めたのである。
「そっか。今は私一人なんだよね」
ここに存在するのはその事実なのであった。
今まではいつも側に依姫や鈴仙といった親しい間柄の人がいた。だが、今回の任務では勇美は今一人なのである。
心細くないといえば嘘になる。だが、勇美には不思議と不安はなかったのである。
「今も鈴仙さんやヘカーティア様が頑張っているんだから、私もちゃんとやらないとね」
離れた場所でも仲間が行動している。その事実が勇美の背中を後押しするのであった。
◇ ◇ ◇
そして、勇美は三日月の塔の中を練り歩いていた。目指すは結界を制御する月の中枢である最上階なのであるが、まずはそこへ行く為のエレベーターに該当する場所を目指さなくてはならなかったのだ。
そう、エレベーターである。月の技術を用いれば、そのような代物を造り出す事など造作もないのであった。
そして、勇美は見張りの玉兎に運良く見つからずにエレベーターへと辿りついていたのだった。続いて勇美はその部屋の中に入る。
「ここがエレベーターかぁ……」
そう呟きながら、勇美は部屋の中を見回したのである。
エレベーターがある事は豊姫から聞いていたので心の準備は出来ていた。それでも月でそのような代物と巡り合うのは勇美にとって驚くべき事であったが。
驚きも一入な所で勇美は部屋の隅々を確認していく。
そこは、さすがに月の産物であり、現代で見掛けるそれとは些か様相が違っていたのだった。
部屋には現代のエレベーターにあるような、行き先を指定する階数の書かれたボタンのようなものは一切存在しないのである。
あるのは、ただ部屋の中央に水晶のような球体が浮かんでいるものだけである。
そう、『浮かんでいる』のである。決して壁のような場所に埋め込まれて固定されているのではなく、正真正銘部屋の中心に宙に何らかの力で以てその位置を保たれているようだ。
そして、もう一つこの部屋には特筆すべき事があった。
確かに部屋に備え付けられているのはその球体だけであったが、問題は部屋の仕様そのものであった。
普通外部から部屋に入ればその視界は狭められるのが当然であろう。何せ、外部よりも狭いのだから当たり前である。
だが、このエレベーターは違っていたのだった。逆にこの部屋に入った瞬間、勇美の視界は一気に開けたのだから。
一体何が起こったのか? それは部屋に入ると、周りに塔の外の風景が広がっていたのである。
それは、屋外に床だけが存在しているような状態であった。つまり、その上でどこを見回しても完全に屋外にいるのと変わらない光景になっているのだった。
「すごいね……月の技術は……。SF映画の演出そのものだね……」
勇美は当然呆気に取られながら呟くのであった。そして、これは紛れもなく今、現実に起こっている光景である事を認めなくてはならないのだった。
勇美の興奮は冷め上がらないが、彼女は冷静に今の状態を認識していた。
それは、こうして『近未来的な』エレベーターの中に入ったはいいが、ここが今エレベーターとしての機能を発揮してはいない事であった。
「多分、部屋の中央の玉がエレベーターを作動させる装置なんだと思うんだけどなあ……」
勇美の読みは正しかった。この球体が正に、行き先の階を脳内で思い浮かべて作動させる、現代のエレベーターの階数ボタンの役割を果たす装置なのであった。
だが、現実は勇美の目の前ではその装置は作動してはいなかったのである。
このまま立ち往生していても埒が明かないだろう。そこで勇美は行動に移す事にしたのだった。
「マッくん、お願い!」
そう勇美が呼び掛けると、彼女の目の前に機械仕掛けの小動物のような存在が顕現したのであった。
その存在こそがこれまで主である勇美を幾度となく助けてくれた彼女の分身である、機械生命体の『マックス』だ。
そして、彼は勇美が依姫との契約により借りられるようになった神の力を注ぎ込む事で真価を発揮するのであった。
今回も正に、勇美によりその力が備え付けられようとしていたのである。勇美は、最早通例となった、神への呼び掛けを行う。
「『ヒドゥン』様よ、この状況を打破するためにその姿を現して下さい」
そう勇美が『いつものように』神に呼び掛けると、彼女の前にそれが顕現したのであった。
勇美が呼び掛けた神の名前は、『隠れる者』を示したものであった。その名が示す通り彼の姿は形容しがたいものであったのである。
その歪な神がマックスの中へと取り込まれていく。これが勇美の真骨頂たる、神の力を借りて分身の機械に反映させてしまう芸当であった。
そして、勇美は神の力の備わったマックスに対して命令を下すのだった──スペルカード宣言という形で。
スペルカード宣言は弾幕ごっこをしている時に必要なものであり、それを行っていない今は本当は宣言など必要はないのである。
だが、勇美は敢えてそれを行ったのだ。何故なら彼女は自分を変えてくれた弾幕ごっこをこよなく愛しているからである。彼女にとっては異変解決行為全てが弾幕ごっこなのであった。
「【調符「サーチシャドー」】」
そう『宣言』すると、マックスの機械の体はみるみる内に暑い日のチョコレートの如く溶け出し、その姿は黒い流動体へと変貌していったのである。
そして、彼はその溶けた体を水晶体へと向けて飛び掛からせた。
それにより水晶体はコールタールのようなドロドロの物体に侵食される事となった。続いてその物体はその水晶体の中へ吸い込まれていった。
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