真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第108話 難楼 中編
泉は無臣を連れ戻ってくると、片膝をつき拱手し礼をしました。
彼女の表情を見ると困った様子でした。
主だった家臣は言わずもがな、この場に同席しています。
「泉、無臣。お前達を護烏桓校尉の属官である司馬に任官する。これからも頑張ってくれ」
私は泉の様子が少し気になりましたが、二人に任官の話を告げました。
「謹んでお受けいたします」
泉は厳かな面持ちで拱手をして任官を受けました。
「司馬任官のお話ご辞退したく存じます」
無臣は拱手して、私の任官を拒否してきました。
「どういうことだ」
私は怒りの表情を露にした冥琳等を目で制止した後、咄嗟に無臣へ尋ねました。
彼女は出世したいと言っていたので、この話を喜んで受けると思いました。
何が気に食わないのでしょう。
そういえば理由になりそうなことが一つあります。
難楼を下すにあたり、女を献上させた一件に不満を抱いているのかもしれません。
でも、幾ら不本意といえど、車騎将軍である私からの直々の任官を真正面から拒否するなんて命が惜しくないでしょうか?
私はこの程度のことで命を奪うなどしませんけど。
私は無臣が話出すのを待っていましたが、彼女はただ黙っていました。
「理由も無く、私の任官を拒否する気か?」
私は埒が開かないと思い、口火を開きました。
ささっと、無臣から任官拒否の理由を聞き出さないと冥琳や星が切れそうです。
曲がりなりも上司の私が何で部下をこうも気を使わないといけないんでしょう。
心の中に愚痴を言い、無臣の様子を窺いました。
「正宗様! お待ちください。この私が訳を話します」
泉は少し泡わてて、私と無臣の間に入ってきました。
「分かった。泉、訳を話せ」
私は泉の言葉に肯定の返事をしました。
「満寵様、私がお話しします」
無臣は泉の申し出を断り、私の顔を見ました。
「劉将軍、何故烏桓の女を所望されたのです」
無臣は私を敵意に満ちた表情で見ました。
「それは難楼達を虐殺しないために仕方なく行った」
私は先の軍議で話したことをもう一度、無臣に話しました。
「それで泣く者達がいることは理解されているのですか?」
「その時、私は難楼達を救いたい一心だった。無臣、お前の言う通り、私はその点を見過ごしていたかもしれない。しかし、私は自分の行いを後悔しない。私にできるのは、その時最善と思ったことをやるだけだ。全ての者を救うことはできずとも、救える命を救いたい」
私は無臣を兵卒と侮ることなく、真摯な表情で彼女を見て言いました。
「今回、劉将軍の元に来た女は千人にも昇るではございませんか。その女の中には夫と子供もいる者もいるのです。あなた様が彼らを辱める気がないと言っても、最早、彼女達は戻る場所等ございません」
「彼女達は折を見て返す。それでいいだろう」
「劉将軍の奥方が敵将の奴隷として送られた後、仮にあなた様の元に戻って、以前通りに愛すことができますか?」
無臣は私を睨み言いました。
彼女の言わんとするとは分かります。
私は十人でいいと言いましたが、難楼側が千人の女を献上してきました。
これを難楼の責任だと断ずるのは容易いですが、難楼にそうさせた私にも責任があります。
「では、お前はあの時、難楼達を虐殺すれば良かったと言うのか?」
「そのようなことは申しておりません! 私はただ、あなた様ならもっと良い手だてを探すことが出来たのでは思っているだけです」
無臣は私に感情を露にして声を上げました。
「無臣、私は神ではない。そもそも神であれば、態々、難楼を武力で制する必要など無い」
私は無臣を厳しい表情に見ると、話を続けました。
「私の権力で強権を発動し、難楼達を救った場合、その後の烏桓族はどうなったと思う。彼らは図に乗り、幽州の民への無法を止めなかっただろう。私に対し日和見を示した者、明らかに反意を示す者等は私をどう思う。結果は私がこの幽州に来る前と何も変わらない。幽州の民と烏桓族の復讐の連鎖が続くのみ。そんな下らない争いなど何も生まない。この地は田畑は荒れ、人心は乱れ、この地に住まう民は心を安らぐ日々は夢のまた夢だ。そんなことのために私は多くの敵兵と味方の兵の命を奪っている訳でない! 私が望むのは漢人と烏桓族の争いを止めさせ、共に力を合わせ生きる道を模索することだ。そのためなら、私は幾らでも汚名を被るつもりでいる」
私は自分の本心を包み隠さず無臣に言いました。
「お前とて出世を望むのは烏桓族達の生活をより良くしたいからではないのか? それなら、司馬の官位を受けよ。兵卒のままでは私に諫言することも叶わないのだぞ。そして、この私に不満があるなら、良策を私に献策せよ。お前は今、この私に献策できる地位につける機会を見す見す手放そうとしているのだぞ。今のお前は愚者でしかない。私に献策できる地位を望めるにも関わらず、私を批判するのみではないか。それがお前の望んだことなのか?」
私は無臣にもう一度、司馬の官位を受けるように諭しました。
烏桓族の地位を向上させるには、無臣のように官職につけるようにすることです。
ただし、それは同情にて行うのではなく、彼らの力で勝ち取らなければいけないと思います。
私は彼らが結果を出せば、その機会を惜しみなく与えるつもりです。
それによって漢人と烏桓族の争いが起こるかもしれません。
それでも実行するしかないと思います。
私の代で成し遂げるつもりなどないです。
将来、漢人と烏桓族の垣根が無くなることを期待して、最大限の努力をするのみです。
「無臣・・・・・・。正宗様のお気持ちは分かったでしょう。素直に、ご厚情をお受けなさい」
泉は無臣を優しい表情で見つめ、彼女を諭しました。
無臣は暫く何も言わず、黙っていました。
「劉将軍、任官慎んでお受け致します。この無臣は司馬の官職に相応しい身でないかもしれませんが、御身のお志のために命を掛け頑張ります」
無臣は決心した表情で私を見て言いました。
その表情には先ほどまで、私への敵意は微塵も感じませんでした。
「精進して勤めよ」
無臣の応えに満足した私は彼女に優しい声で言いました。
無臣がなんとか司馬の官位を受けてくれて良かったです。
しかし、無臣に言われたことは胸が痛いです。
仕方なかった・・・・・・。
不可抗力とはいえ、私の考えは無責任です。
どうすればいいのか?
冥琳は既婚者や子持ちの女性は叩き出せと言っていましたが、どうするかじっくり考えた方がいいかもしれません。
「劉将軍」
私が泉と無臣を眺めながら、物思いに耽っていると無臣が私に声を掛けてきました。
「無臣、何か言いたいことがあるのか?」
「私の真名をお預かりください」
無臣は神妙な面持ちで私に言いました。
「ああ、預かろう」
私は笑顔で言いました。
「私の真名は瑛千と申します」
無臣は私に拱手して言いました。
「瑛千。この私の真名も預けよう。私の真名は正宗」
「正宗様。この瑛千、あなた様の真名を謹んでお受けいたします」
この後はまず難楼に会うつもりです。
気が重いですが彼女を側室にするのが無難でしょう。
彼女も私に酷い目に遭わされることを覚悟の上で私の元に来たと思います。
ただ、彼女が私を殺しに来た可能性も捨てきれないので、彼女に一度会う必要があります。
難楼とのことを考えると凄く憂鬱になってきました。
冀州に戻ったら一度洛陽に行こうと心に決めました。
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