八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる
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第三百七話 静かなクリスマスソングその四
「いいんだ、狼を敬愛しているんだ」
「そこ日本と同じね」
「うん、我が国は本当にね」
狼という生きものはだ。
「怖がられるどころか」
「神様ね」
「そうなっていたんだ、まあ今はね」
「奈良県と和歌山県の境にしかいないわね」
「ずっと絶滅したって思われていたし」
ドリトル先生が発見して絶滅していなかったとわかった、本当にいいことだ。ドリトル先生の功績の一つだ。
「天然記念物で」
「数が少ないわね」
「昔は日本中にいたのが」
それがだ。
「もうね」
「殆どいないわね」
「日本にはね」
「残念なことね」
「それで狼のイメージも変わったよ」
江戸時代までとはだ。
「欧州の童話のイメージが入ったね」
「そうよね」
「赤ずきんちゃんとかね」
「三匹の子豚とか」
「七匹の子山羊とか」
見ればその子山羊達も赤ずきんちゃん達もイルミネーションにいる、三匹の子豚と一緒に狼と遊んでいる。
「そういう童話のイメージがね」
「あるわね」
「悪いことをして」
そしてだ。
「お仕置きされる」
「そうした生きものよね」
「今の日本人の狼のイメージって」
「欧州の狼のイメージとは違うけれど」
「あっちじゃもう猛獣よね」
「あちらの狼の剥製凄いから」
僕はこのことも話した。
「日本だと普通に立ったままだけれど」
「あちらだと」
「もう唸り声をあげて今にも襲い掛かる様な」
「そんな風になってるの」
「それがね」
「あっちの狼のイメージね」
「家畜どころか人も襲う」
実際は殆ど襲わなくてもだ。
「そんな風だよ」
「そうなのね」
「だから童話のイメージよりも」
赤ずきんちゃんとかはあちらの童話だけれどだ。
「欧州の狼は怖いよ」
「そうしたイメージね」
「うん、狼少年でも」
この童話でもだ。
「日本だとよく狼少年の羊を食べられて終わりだけれど」
「あっちだと狼少年が食べられるのよね」
「八つ裂きにされてね」
首だけになってその首を食べられている絵がある。
「そんなイメージだから」
「欧州の狼は人を襲う猛獣ね」
「そうなんだ」
「実際は襲わなくても」
「だから赤ずきんちゃんも食べるんだ」
「お婆さんも」
「そうなっているんだ」
確かペローの方だと食べられて終わりだ、助かるのはグリム兄弟の方だ。同じお話でも作者によって違う。
「実際は違うのね」
「それでこのイルミネーションだとね」
「狼も皆と一緒に遊んでいるわね」
「仲良くね」
欧州のそれと違ってだ。
「そしてこれがね」
「いいのね」
「最近人権とか平和とかが変な組織の謀略で裏に何かあるって言う人がいるけれど」
そして平等もだ。
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