MOONDREAMER:第二章~
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第三章 リベン珠
第21話 お留守番班Cチーム
『えっ?』
サグメが満を持して遷都計画の取りやめを打ち出そうとした所で勇美から返って来た答えが、『もうその必要はない』という予想外のものであったのだ。
事の詳細を明らかにしていく為に、時間は勇美達が月への通路へ足を踏み入れた所へと遡る。
◇ ◇ ◇
ここは、一晩泊まってくれた勇美達が去った後の守矢神社の境内であった。日が完全に昇り、爽やかなで目の覚める午前の時間を迎えた所で、漸く東風谷早苗は立ち直り始めていたのだった。
「勇美さん、あなたはあなたで頑張って下さいね。留守の間は私が護りますから♪」
そういう早苗の表情は明るく晴れ渡っていたのだった。見事に自分の使命を見つけ、その目標に一心に突き進む一途な少女の姿がそこにはあった。
「良かった早苗。漸く気を持ち直したんだね」
「全く、世話が焼けるな」
本調子となった早苗に対して、諏訪子と神奈子の二柱はやれやれといった様子で早苗に声を掛けていた。
「ご心配お掛けしました守矢様、神奈子様。私はもう大丈夫ですよ」
「それは良かった」
はつらつと言葉を返す早苗に対して、神奈子は安堵した様子であった。
対して、諏訪子は立ち直ったなら早速とばかりに早苗にこう言う。
「それなら、『例の件』の続き、お願いね早苗」
「はい、分かっています」
諏訪子の言葉に、早苗は素直に返したのであった。
『例の件』……。それは他でもない、幻想郷へ月の都遷都計画の為に遣わされた蜘蛛型の探査車の事についてだった。その探査車の調査を早苗は二柱に任されているのである。
「ごめんね早苗。今回の事は幻想郷全体に関わる事だけど、私や神奈子は神だから、極力異変解決には向かえないんだよね。やっぱりこういうのは主に人間の役割になるよね」
月の方への解決には片方は妖怪が行ったけどね、と後に諏訪子は付け加えた。
「いいえ、諏訪子様。お気持ちだけで十分です。後は私に任せて下さい。私は主に勇美さんの為に頑張りますから♪」
『やっぱり最後に行き着くのはそこかい!』と諏訪子はそう思った。立ち直ったはいいものの、逆に変な火が付いてしまったなと彼女は遠い目をしながら感じるのだった。
「まあ、この異変の解決に乗り気なのはいい事だよ。今回のは今までにない性質のものだからね」
「気を付けていくんだぞ、早苗」
「はい、任せておいて下さい」
そう言って早苗は諏訪子と神奈子に別れを告げて出発するのだった。
◇ ◇ ◇
そして、妖怪の山の山中を早苗は探査車の調査を始めていた。無論、ただ闇雲に探すのではなく、その痕跡を追っていたのだった。
それは容易であった。何故なら探査車が通った後は植物は一つ残らず枯れているのだから、気付かない方が難しいというものであろう。
「これは酷いですね……」
その痛ましい光景を目に焼き付け心を痛ませながら、早苗は暫しそれを辿っていっていた。その追走劇もやがて終わりを迎える事となる。
つまりそれは、とうとう見つけたのである。
「あなたですね……」
機械にあなたという物言いも可笑しいかも知れないが、早苗はそう言わずにはいられない心境になっていたのだ。
そう、彼女の前には蜘蛛型の機械、紛う事なき月の探査車が存在していたのだった。今は無駄なエネルギーの浪費を防ぐ為か、微動だにせずに佇んでいる。
そして、早苗の気持ちは最早決まっていた。「これ以上幻想郷で好き勝手はさせません。あなたを破壊させて頂きます」
言って早苗は臨戦態勢に入ったのだった。
彼女とて、幻想郷が新たなる故郷となった者の一人であったのだ。故に、それを護りたい気持ちは同じであるのだ。
対して、例え機械であっても自分が破壊などされては堪ったものではないだろう。早苗の言葉に反応するかのように探査車は胎動を始めたのだ。
やがて、機械から生命染みたエネルギーがそこから感じられた。
「来ますか……」
本腰を入れて戦わねばならないだろうと、早苗は覚悟を決めるのだった。
◇ ◇ ◇
早苗にとって、幻想郷に来てからはまだ日が浅いのでスペルカード戦の経験は少ない新参者なのである。ましてや、蜘蛛型の機械という異形の存在と弾幕ごっこをするなど未だに経験した事がないのだった。
当然未知の領域での戦いとなるのだ。故に早苗は慎重に事を運ぼうとする。
「まずは手始めに。【奇跡「白昼の客星」】!」
そう早苗が宣言し手を翳すと、彼女の掌から無数の星の絵の形の弾幕が射出されていったのだ。その光景を自ら見ながら早苗は思っていた。
「あ、これ勇美さんのプレアデスブレットに似ていますね~♪ うふふふふふ……」
言いながら愛しい人への想いにどっぷりと浸りながら不気味な笑いを漏らすその様は、誰が見ても引き攣る事もうけ合いだった。
だが、丁度今その例外が相手だったのだ。何しろ相手は機械であるが故に恐れ等の感情は持ち合わせていなのだから。それは探査車にとってはある意味幸運だったかも知れない。
ともあれ、その感情を持たない機体へと早苗の生命のエネルギー攻撃は加えられていったのである。
見事に機体に星型のエネルギーが着弾すると、パチパチと弾けてその機体にダメージを与えていった。勿論相手は機械であるが故に痛みを感じない訳であるが、それでも怯む素振りを見せていたのである。
(普通に攻撃は効くみたいですね……)
その様子を見ながら早苗はそう感じていた。これなら、人型の相手と同じようにダメージを与えて倒していけるだろうと。
だが、相手は機械でも当然受けてばかりという事はなかったのだ。とうとう、今まで謎に包まれていた機械蜘蛛の行動がここに始まったのだ。
ウィィィンと不気味なモーター音が機体から奏でられたかと思うと、胴体の部分がパカッと開いたのである。──そして、その中にあったのは無数のすし詰め状態のミサイルが存在していたのだった。
「!?」
当然早苗はその光景に息を飲んでしまった。勿論相手が反撃してくるものだろうとは思っていたが、こうもあっさりとえげつない事を見せつけてくるとは想像出来なかったようだ。
それは、相手がスペルカード宣言をしてくれる、人語を操る存在でない事が大きく影響したようであった。何せ、予備動作がないから相手の出方を読む事がなせないのである。
ここで早苗は機械相手に弾幕ごっこを挑むのは間違いであったかも知れないと後悔するのだった。この勝負方法は、互いの了承があって始めて成り立つ手段だからである。
だが、早苗は出来る所まで弾幕ごっこで挑もうと心に決めるのだった。何故なら、それが幻想郷に住む者としての礼儀作法だと彼女は思うようになっていたからである。
早苗がその時様々な思惑に囚われている中でも、機械蜘蛛のやる事は一つであった。──自身にプログラミングされた、『敵の殲滅』ただその一点を実行に移すだけなのだ。
刹那、機械蜘蛛の開いた胴部からミサイルが壊れた蛇口の水の如く垂れ流されていったのであった。
「来た!」
こうなってしまったら、早苗のやる事は決まっている。例え相手の攻撃が無機質で無感情なものであろうと、自分はそれを迎え打つだけだと。
「【水壁「リバースモーゼ」】!」
そう早苗はまた新しいスペルを発動した。すると、彼女の両脇に水の流れが出現したのであった。
そして、その二つの水流が一つに重なり合い、彼女を護るように防壁となったのである。
そこへ機械蜘蛛が放ったミサイルが次々に着弾していった。そして、彼等はまるで自分達がそうなる事を望んでいたかのように続々と爆散していったのだった。
だが、それも早苗の水の盾で見事に全て防ぐ事が出来たのであった。漸く敵の攻撃が止み、早苗は安堵の様子を浮かべるのだった。
「ふぅ……取り敢えず山場はクリアしましたけど、まだ何をしてくるか分からないから油断は出来ないですね」
そう言って、早苗は油断なく次の手を打とうとするが、そこに割って入る者の声があった。
「待ちなさい」
「!?」
突然の事に早苗は驚愕してしまった。一体誰だろうか。
もし敵であったら厄介である。ただでさえ無生物故に行動を読み辛い機械が相手だというのに、そこに加勢などされたら非常に良くない流れとなってしまうだろう。
だが、その早苗の心配は杞憂に終わるようであった。そこにあった姿は銀髪のミニスカメイド服の女性であっからだ。その様相には早苗にも情報があるのだった。
「あなたは……十六夜咲夜さんですか?」
「ええ、あなたにもご存知頂いて幸いですわ。東風谷早苗さん」
ここに、互いに自分の事を知ってくれていたようで意思疎通がやりやすくて良いなと二人は思うのだった。だが、ここで早苗には一つの疑問が生まれる。
「何故、咲夜さんがこの妖怪の山に?」
「私とて、幻想郷が今厄介な事態になっている事は知っていますわ。紅魔館周辺はお嬢様が引き受けてくれましたから、私は別の場所へ加勢するようにって言われたって事ですよ」
「成る程……」
早苗はその咲夜の主張に納得するのだった。普段は絶妙な緊迫した各勢力のバランスで成り立っている幻想郷であるが、今こうして共通の故郷の危機となれば、力を合わせるのが共に住まう者達の役目なのだと。
無論、早苗にとっても渡りに舟であった。自分のような新参者では対処に限界がある中で、こうして加勢してくれる者が存在してくれたのだから。
なので、彼女の答えは決まっていた。
「ご助力ありがとうございます、咲夜さん」
「お安いご用ですわ」
そう言って、咲夜と早苗は微笑み合うのだった。
咲夜はそのやり取りの後、機械蜘蛛に向かい合いながら、独り言とも、早苗に聞かせるともとれるような口調で言い始めた。
「それに、あの神霊使いの元での修行の成果を見せる時が来たこの機会、利用しない手はありませんわ」
「依姫さんの元で、ですか?」
早苗はその言葉に驚いた。噂には咲夜が依姫に修行をつけてもらっていたという事を小耳に挟みはしたが、こうして事実だったとはにわかには信じられないでいたからだ。
だが、それはこの目で確かめるまでは半信半疑である。咲夜は種も仕掛けもない奇術を使いはすれど、嘘をつくような人ではない事は分かっているが。
そう早苗が思っていると、咲夜はミニスカートの中に悩ましく存在する太ももに備え付けられた中からスペルカードを取り出したのだ。
(あ、何か素敵……)
思わず早苗はそう思ってしまった。ミニスカートはこういう事が出来る所に魅力があると思うのだった。
そして、更に言えば折角勇美はミニの和服なのだから、彼女もやるべきだと切実に感じるのだった。もし勇美がやってくれたらその度に幸せを噛み締める事が出来ると早苗に渇望が生まれていた。
早苗のそこまでの思考に掛かった時間は僅か一秒であった。彼女の萌えに対する追求心は半端ではなかったのである。
勿論咲夜はその一瞬の内に熱くたぎる情熱を燃やされた事は知る由はなかった。もし知ったら軽く人間不信となっていただろう。
なので、咲夜は滞りなくスペルの発動へと向かっていった。
「手始めに【穫符「クロノスの大鎌」】ですわ♪」
咲夜がそう宣言すると、彼女は大量の銀のナイフを展開させたのだ。
そこまではいつもの咲夜のお得意の戦法である。それだけなら問題はなかったのである。
だが、ここから先の様相が些か違っていた。いや、『些か』では片付けられないような規模のものといっていいだろう。
彼女は大量展開したナイフを一直線状に宙に並べると、そこで『神力』を注ぎ込んだのである。
そう、神力である。咲夜は依姫に修行をつけてもらった事により、ある程度の神力を扱えるようになったのだ。それに咲夜自身の奇術的な戦闘スタイルが加わってかなり独自のものとなっていた。
咲夜が今し方行った事。それは集めた無数のナイフに神力を注ぎ込み──一本の巨大な大鎌へと変貌させるという荒技であったのだ。
後はその大鎌に迎撃命令を下すだけである。
「大鎌よ、やりなさい!」
その一声の下に、彼女が生成した収穫の鎌は無慈悲に機械蜘蛛へと振り下ろされた。
金属同士がぶつかり合う激しい音が辺りに響き、ものの見事に大鎌は機体を叩き潰していたのだった。
「すごい……」
その光景に早苗は呆気に取られる。咲夜が幻想郷でも有数の実力者である事は早苗も知っていた。だが、このような目を引く演出を軽々とやってのける程ではないと早苗は思っていたのだ。
だが、現実はどうであろうか。今正に咲夜は普段の彼女のイメージであるトリッキーな戦法からは想像もつかない大胆な攻撃に転じたのであった。
その事実から早苗から導き出される答えは一つである。
「これが……依姫さんの力……?」
それが結論であった。以前に早苗も依姫と接触して、彼女は同じ巫女的な存在としての憧れだと思うようになってはいた。
だが、その時は早苗は依姫の底力をまだ完全には理解していなかったという事に他ならないのだ。
確かに、あの時は依姫の元で修行をしていた勇美と戦いはした。だが、彼女はまだ発展途中であり、現にその勝負は早苗が勝ったのである。
しかし、元から高いポテンシャルを持った咲夜が依姫に修行をつけてもらったが為に、その影響力というものが目に見えて分かるに至ったのが今という事である。
その事から、早苗にはもうある一点の話題しか頭になくなっていた。
(私も依姫さんに修行をつけてもらいたい……)
そうすれば今よりも強くなる事が出来るだろうから。彼女も幻想郷では新参者であるが故に、もっと高みを目指していきたいと切望するのだ。
そして、依姫の元で修行する環境になったら、当然勇美と共に修行出来るのだ。彼女と一緒に苦楽を共にしたり、修行の後は勇美の汗を拭ってあげたり、その後汗を流す為に居二人で一緒にシャワーやらお風呂に入ったり……。
それが、早苗が行き着く最大限の発想という残念な結果だったのだ。そして、その妄想とも言える思考が表に見える形になってしまっていたようだ。
「えへへへへ……」
気付けば早苗はだらしなくよだれを垂らしながら恍惚の表情を浮かべていた。それに咲夜が気付く。
「……あなた、突然なんなんですか? 気味悪いですよ」
「はっ、私とした事が妄想で頭の中がまみれていました」
「事情は分かりませんが、気を引き締めて下さいませ。何分敵は未知数なのですから」
「……はい、善処します」
早苗にそう言いながらも、咲夜はどこかデジャブを覚えるのだった。そう、まるで今の早苗はお嬢様の事で夢中になる自分と似て……。
そこまでで咲夜は考えるのをやめにした。これ以上は自分でも踏み込んではいけない領域だと感じての事であった。
不運にも、この場には妄想癖の強い二人が揃ってしまったという事であった。だが、幸か不幸かそんな二人が思考の泥沼にどっぷりと浸かってもいられない事態がこの後起こるのであった。
先程咲夜の生成した大鎌に叩き潰されていた探査車。これで機能停止するかと思われていたそれが、何と再起動を始めたのである。
機械蜘蛛は半壊したボディーとは思えない機敏な動きで、咲夜と大鎌との距離を取って安全を確保したのだ。
更に続いて起こった事が問題なのであった。咲夜の一撃で半壊した筈の機械蜘蛛は、その場でみるみるうちにビデオの巻き戻しのように元の姿に再生してしまったのである。
「「!?」」
さすがの二人もこれに驚かない程の度量は備わってはいなかった。
咲夜はかつて竹林の蓬莱人と戦いで、相手が再生する所を見た事はある。だが、それはかなり特殊な例であり、基本的に敵は攻撃を受ければ疲弊していくのが常識なのである。
その常識が今の敵の機械蜘蛛には通用しなかったのだ。いくら戦いに手慣れた咲夜と言えどもその光景には息を飲まずにはいられないのであった。
だが、一方で咲夜の今の相方の方の表情は晴れ渡っていた。そして、その理由を彼女は口にする。
「大した事ありませんよ。私はもう幻想郷では常識に囚われないと決めたのですからね♪」
そう、その弁こそ早苗が幻想郷で紆余曲折あって導き出した持論なのである。こういう時こそその効力を活かさないでいつ活かすというのか。
「再生には相手が距離を置かなければならなかったのは、隙が出来ないと再生出来ないって事でしょう。なら、隙を作らないまでですよ」
そう言って早苗は手に持った祓い棒に自身の現人神としての力を注ぎ込んだのである。
それにより、彼女の手には大振りの剣……に見える張りぼての代物が握られていたのだ。
見た目だけが立派になったという事だ。だが、問題は彼女の霊力と神力を存分に出力出来る媒体になればいいのである。
「あなたも、私の知らないような事が出来ましたのですね」
「はい、まあそうですね」
そう咲夜の素直な驚きに対して、早苗は返しながらどこか感慨深い気持ちとなっていた。
──思えば勇美にはこの技で勝ったんだと。だが、今の勇美に対しては決定打にはなり得ないだろう、そう早苗はしみじみと感じていた。
だが、今の相手は勇美ではない。勇美のような器は持っていない。故にこれで十分だろうと早苗は踏ん切りを付けるのだった。
「行きますよ。【奇跡大剣断「アンビリバ棒カッター」】!!」
宣言の下早苗が大剣……に見える何かを振りかざすと、そこから無数の風の刃が形成され、一気に敵に向かって突き進んでいったのだ。
それにより、機械蜘蛛は風の刃の奔流にその身を次々にズタズタに切り裂かれていく。これで、普通の相手なら勝負は着くだろうが、生憎相手は普通ではないのだ。故に彼女はすかさず口にする。
「咲夜さん、今です!」
「いい判断ですね。幻想郷に馴染んで来ている証拠ですわ」
さりげなく早苗のその対応を褒めながら、咲夜は彼女の心意気に答えるべく、間髪入れずにまた新たなスペルカードを取り出す。
「偉大な時の神『クロノス』の力を借りて顕現せん! 受けて見なさい【無符「タイム・ゼロ」】」
神の力に自分の『時間を操る能力』を上乗せして、咲夜はとっておきのスペルを発動したのである。
続いて、今風の猛攻を受けている機械蜘蛛の周りを取り囲むように無数のナイフが出現していた。
だが、やはり今回の咲夜の攻撃方法は様相が違うのであった。機体を包囲したナイフの群れはまるで円を描くように彼を中心にして回転を始めたのである。
その後、更なる変化が起こっていた。回転を始めたナイフ達は、一つの円上の刃へと変貌していたのだ。
もし、相手である機械蜘蛛が人間の感性を持っていたら、恐らく驚愕していた事だろう。
だが、この場合敵が感情のない機械であったのは幸いかも知れなかった。
機械蜘蛛の周りを取り囲んだ元ナイフの群れの円刃。それが、みるみるうちにそのサイズを狭めていったのだ。即ち、その現象がどういう結果を生むのかは明らかだろう。
円刃は見事に機械蜘蛛を縛り上げていた。そして、その狭まりはますます強くなっていった。
機械蜘蛛はその圧力に押されて、ビキビキと軋む音と火花を撒き散らしながらもがくように蠢いている。
「……」
その光景を見ながら早苗は思わず唾を飲み込んでいた。相手が非生物とはいえ、計らずとも同情してしまう程のものがここにはあったからである。
その間にも、円刃の狭まりは続き──後に残った物は何もなくなっていたのだった。
それは比喩ではなく、文字通り跡形も無く、敵は無へと還っていったのである。
事の張本人である咲夜は頭を掻きながら、こう呟いた。
「やれやれですわね。今回のようではとても対人妖には使えませんね。……調整が必要ですわね」
対して早苗は開いた口が塞がらなかったが、漸くを以て言葉を発した。
「咲夜さん、凄まじすぎます。依姫さんの修行でそこまで腕を上げたのですか」
そう早苗に聞かれて、咲夜は触れられたくないと言った様相で答える。
「ええ、あの地獄の見返りはこれ位ないと割りがありませんわ……」
呟く咲夜は、普段の凜々しい彼女からは想像もつかないような遠い目をしていた。
「咲夜さんがそこまで言う程なんですか……」
「ええ、あんなのによく勇美は着いて行っていると思うわ……」
その上で平然と振る舞っている黒銀勇美という存在を、咲夜は改めて評価を意識するのであった。
「そうですか、やっぱり勇美さんは素敵ですねぇ♪」
そして、勇美の意外な美点を知った早苗も改めて勇美愛の熱を更にたぎらせる事となったのだった。こうして、月から帰って来る勇美には新たなる災難が向かう事が確定してしまった。
だが、取り敢えずこの場の事は終わったのだ。その事に安堵して二人は言う。
「咲夜さんのお陰で予想よりも早くカタが着きました。ありがとうございました」
「あなたの頑張りもあったからですよ。こちらこそお礼を言わせてもらいますわ」
そう言って咲夜は、自分の主たるレミリア達の方はどうなっているか想いを馳せるのだった。
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