亡国の兆し
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第三章
「それはよくありませぬな」
「といいますと」
「その獣はシイといいます」
「シイですか」
「はい、黒の文字に上は生下は目の文字を書きまして」
それでというのだ。
「二文字でシイと呼びますが」
「我等を襲ってきましたが」
「ただ人を襲うだけでなく」
それに止まらずというのだ。
「姿が現れると戦乱や亡国の兆しと言われます」
「そうなのですか」
「何でも先の源平の乱の時も出たとか」
「では」
「はい、足利様がここに来られたのは」
「天下を憂いてです」
それでとだ、尊氏は宮司に答えた。
「それを願おうとです」
「来られたのですか」
「そうでしたか」
「ですが、あのあやかしが出たということは」
「天下は乱れますか」
「それは避けられぬかと。ですが足利様はそのあやかしを退けられました」
「我等で」
「それをされたということは」
宮司は尊氏に考える顔で話した。
「足利様がその乱を収め亡国を退けられる」
「それがしがですか」
「そうされるということでしょう」
「そうなのですか」
「終わらぬ戦乱はなく本朝の命運は果てしなく長いと星は言っています」
宮司は尊氏にこうも述べた。
「ですから」
「それで、ですか」
「それならば足利様がです」
「戦乱を収め亡国を退ける」
「そうした方かと」
「ですか、ではそれがしがそうした者なら」
それならばとだ、尊氏は宮司は確かな声で応えた。
「是非です」
「その様にされますか」
「天下と民の為に」
宮司にこのことを誓った、そして吉野では天下が救われることを願った。そしてそれが終わってだった。
尊氏は弟達と共に領地に戻った、その帰路でこんなことを言った。
「これから何があってもな」
「戦乱が起こってもですか」
「それでも心を確かにしてな」
こう弟に話した。
「そして働いていこうぞ」
「そうされますか」
「うむ」
「では我等も」
「宜しく頼む、だが」
尊氏はこうも言った。
「若し我等があのあやかしに倒されていたら」
「その時は。ですな」
「果たしてどうなっておったか」
「わかりませぬな」
「全くじゃ、では拾った命をな」
「天下の為にですな」
「役立てていこう」
強い声での言葉だった、そして実際に天下は乱れ。
足利尊氏はその中で征夷大将軍となり天下に泰平が戻る礎を築いた、そこで吉野でのことを思い出し常にその時のあやかしのことを傍の者達に話していたという。
亡国の兆し 完
2020・8・20
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